第0065日目 〈レビ記第25章:安息の年とヨベルの年 1/3〉 [レビ記]

 レビ記第25章になります。

 ここはちょっと長いのですが、ちょうど3つのパーツに分けることが可能です。だいたい、以下のような感じでしょうか。
 25:01-22 ヨベルの年と土地の返却
 25:23-34 土地の売買について
 25:35-55 同胞が貧しくなったとき
 以上にかこつけてこれ幸いと、ノートも3日に分けて掲載しきます。

 カナンへ入植して50年目はヨベルの年。それは聖なる年ゆえに土地を耕し種をまき、穀物を収穫するなどしてはならない。ヨベルの年、畑は休閑地としなさい。

 カナンへ入植して6年間は土地を耕し種をまき、穀物を収穫して大地の恵みを受けなさい。しかし、7年目は安息年として、土地を休ませよ。その年は畑に育ち、実ったものを収穫してはならぬ。
 その代わり、6年目の収穫は常にも増して多く、おおよそ3年分の豊作を約束しよう。これは安息年に大地の恵みを受けられぬ民が備蓄し、その年、ひいてはその翌る年(8年目)まで食いつなぐことができるようにである。

 安息の年を7回経験した年、即ち7年×7回=49年目の第7の月の10日を贖罪日にあてる。雄羊の角笛を吹き鳴らして、この50年目の年を聖別し、これを即ち<ヨベルの年>と称す。
 ヨベルの年に民は各々の所有地へ帰り、また、各々の所有地を返却(返還)される。この際、土地の売買には互いが損をしないよう計らえ。
「あなたたちはわたしの掟を行い、わたしの法を忠実に守りなさい。そうすればこの国で平穏に暮らすことができる。土地は実りを生じ、あなたたちは十分に食べ、平穏に暮らすことができる。」(レビ25:18-19)

 7×7=49というのは、ヨーロッパの古典作品、近代の小説を読んでいると、時折出てきます。
 すぐ思いつくのは、エミリ・ブロンテの『嵐が丘』ですが、そのルーツはここ、レビ記第25章にあるのかもしれません。今度『嵐が丘』について書く機会があれば、ちょっと調べてみましょう。そのときは、結果をご報告します。

厳めしい記述が続いたレビ記でしたが、ここ第25章に至ってようやく、ほの明るいムードが漂ってきて、一息つけた心地がしました。
 そのレビ記も、幕切れに向かっています。


 アルミング=新日本フィル他のベートーヴェンの《第九》、自分にはどうも頂けません。管弦楽がなんともはや暴力的。ブラヴォーの声にはまったく同調できない……。嗚呼!◆

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