第0273日目 〈サムエル記上第6章&第7章1/2:〈神の箱の帰還〉〉 [サムエル記・上]

 サムエル記上第6章、並びに第7章1/2です。

 サム上6:1-21&7:1〈神の箱の帰還〉
 災厄をもたらすばかりの神の箱を、ペリシテはイスラエルに返還することに決めた。でも、どのようにすればよいか? ペリシテ人が祭司たちと占い師たちを呼んで訊ねて、祭司たちと占い師たちの曰く、━━
 ・必ず賠償の献げ物を添えよ。それは金のはれ物の模型と金のネズミの模型である。数は、ペリシ
  テの領主の数に合わせてそれぞれ5つ。これを箱に入れて、車の荷台に載せた神の箱の横へ置
  け。
 ・神の箱を載せる車は新しい車でなくてはならない。車を引くのは未だ軛をつけたことのない、授乳
  中の雌牛2頭である。これを、子牛を小屋へ入れて引き離しておいた上で、出発させよ。
 ・車の進路は牛が引くに任せよ。そのままイスラエルの嗣業の土地のなかにある町ベト・シェメシュ
  へ行くなら、我らペリシテに災いをもたらしたのはイスラエルの神に他ならない。そちらへ行かぬ
  なら、災いはすべて偶然である。
 ━━神の箱を載せた車は出発し、ペリシテ人は国境(くにざかい)まであとを尾(つ)けた。果たして車はベト・シェメシュへ到った。
 イスラエル人は神の箱の帰還を喜び、車を壊して薪として、雌牛を焼き尽くす献げ物としてささげた。他のいけにえも主にささげた。賠償の献げ物は、車が到着したベト・シェメシュのヨシュアの畑にある大きな石の上に置かれた。
 が、ベト・シェメシュの人々は、神の箱のなかを覗いてしまった。ゆえに主は、5万の住民のうち70人を打った。
 「主が民に大きな打撃を与えられたので、民は喪に服した。」(サム上6:19)
 その後、ベト・シェメシュからギルヤト・エアリムへ使者が送られた。斯くして神の箱はギルヤト・エアリムに安置されたのである。神の箱は、アビナダブのの息子エルアザルが聖別されて、これを守った。

 神の箱は、敵の手に渡ったから災いをもたらしたわけではない、とここでははっきりと示されます。ベト・シェメシュの人々は偶然か故意にかわかりませんが、神の箱のなかを覗く、という不敬虔な行為を犯しました。それゆえに主の怒りは、神の箱の帰還に喜び沸き立つベト・シェメシュの人々の上に下りました。何人(なんぴと)であろうとも主の領域を汚す者は打たれる、という旧約聖書の根本原理を忘れかけていた者に思い出させる箇所でもあります。
 でもこのベト・シェメシュ。ヨシュ21:16で明記されているようにレビ人の町なんですよね。レビ人の町ということは、祭司が必ず配置されているはず。神の箱を覗こうとする人々に祭司の警告があって然るべきなのですけれど、それが(なぜか)ない。祭司はどこへ行ったのか? 故人となって後任が着任するまでの空白期に、こんな事故が━━都合良く━━起こってしまった? まさか! ここはなんとも解せぬ記述であります。
 さて。昨日のブログで、神の箱が災難をもたらした町(アシュドド、ガト、エクロン)をペリシテの5大都市、と説明しました。今日はそれについて書きましょう。
 まず、本章での「5つの金のはれ物の模型」は、そのペリシテの5大都市にちなんで、5つ作られたのでありました。5つの町、━━即ち、アシュドド(サム上5:1)、ガザ、アシュケロン、ガト(サム上5:8)、エクロン(サム上5:10)であります。
 サム上5にて神の箱がたらい回しにされたのは、アシュドド→ガト→エクロンの順。ですが、『岩波Ⅴ サムエル記』に拠れば、アシュドド→アシュケロン→ガザ→ガト→エクロンの順で運ばれた可能性も指摘されております(P24地図)。つまりそれは、アシュドドを起点に、海(地中海)沿いに一旦南下してガザから内陸へ北上、エクロンへ到るコースでありました。
 なお、神の箱を載せた車が到着したベト・シェメシュの畑の持ち主、ヨシュアが誰なのかは、未詳であります。



 急逝から10日。ようやくマイケルのCDを聴くことができました。昨夜はCSで追悼コンサートの生中継を、眠いのも顧みずにじっ、と観ていました。◆

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