第0511日目 〈歴代誌下第15章:〈ユダの王アサ〉2/3&「工場夜景とみなとみらいクルーズ」〉 [歴代誌・下]

 歴代誌下第15章です。
 並行箇所は王上15:13-15〈ユダの王アサ〉、母マアカと聖別した物の件りのみ。

 代下15:1-19〈ユダの王アサ〉2/3
 オデトの子アザルヤ(※1)に神の霊が臨み、彼はアサ王の前に出て、いった。アサよ、すべてのユダとベニヤミンの人々よ、あなたたちが主と共にあるなら、あなたたちが主を求めるなら、あなたたちが主を捨てるなら、主はあなたたちに同じ態度を示されるだろう、と。
 「あなたたちの行いには、必ず報いがある。」(代下15:7)
 それに勇気を得たアサは、ユダとベニヤミンのすべての町々から、エフライムの山地で分捕った町々から、忌むべき偶像を取り払い、また、主の神殿の前廊にある主の祭壇を新しく造った。
 彼はユダとベニヤミンのすべての民、エフライムとシメオン、ヨルダン川西岸のマナセからの寄留者を集め、北王国イスラエルからの多くの投降者を受け入れた。
 その御代の15年目の第3の月、エルサレムに於いてアサはいけにえをささげた。「そして彼らは、心を尽くし、魂を尽くして先祖の神、主を求め、子供も大人も、男も女も、イスラエルの神、主を求めない者は誰でも死刑に処せられるという契約を結んだ。彼らは大声で叫び、ラッパと角笛を吹いて主に誓った。ユダの皆がこの誓いを喜び祝った。皆が心の底から誓い、喜んで主を求めたからである。主は彼らに御自分をお示しになり、主は、周囲の者たちから彼らを守って、安らぎを与えられた。」(代下15:12-15)
 更にアサは、母マアカの信じるシェラ像を切り倒して砕いて、キドロンの谷(※2)で焼き捨てた。大后の位から退けることまでした。父アビヤが聖別した物と自分の聖別した物を、金銀や祭具類と共に神殿へ納めた。
 「聖なる高台はイスラエルから取り除かれなかったが、アサの心はその生涯を通じて主と一つであった。」(代下15:17)
 「アサの治世第三十五年まで戦争はなかった。」(代下15:19)

 引用文中、聖なる高台はイスラエルから取り除かれなかった、とありましたが、これは先行する記述(代下14:4)と矛盾します。錯誤かもしれませんが、さんさんかはこれを、南北両イスラエルからは取り除かれなかった、と解釈しました。むろん、安易な発想であることは百も承知であります。
 ※1「オデトの子アザルヤ」→オデト、アザルヤ、共に本章にのみ登場する。他箇所に同名異人あり。
 ※2「キドロンの谷」→王都エルサレムと東のオリーブ山を隔て、塩の海すなわち死海に至る涸れ谷。サム下15:23にて、ダビデ王がアブサロムに襲われてエルサレムを脱出した際、ここを通って荒れ野に向かった。現在のワディ・シッティ・マリアム。



 横浜港・工場夜景クルーズに参加してきました。懸念されていたような雨降りになることもなく、それがなによりの幸いごとでした。クルーズ、といっても定員40名程度の小型船なのですが、これがちょうど手頃なサイズの船で、他の参加者と離れてもくっついてもいない、絶妙な距離が保たれている;おまけに手狭な運河で360°回頭するにもこれ以上大きかったらつっかえるだろうな、と納得する場面もありで。
 ルート;山下公園の発着場を出たあとは横浜港を横断して、ベイブリッジと鶴見つばさ橋を右手に眺めつつ大黒大橋を過ぎ、京浜運河を東扇島へ向かい、塩浜→田辺→南渡田運河を入ってみなとみらいの夜景を右手に臨んで山下公園へ帰ってくる、というもの。工場・倉庫の光は確かに綺麗で幻想的に映るのだが、あのなかで働いていた経験を持つ身としては些かやりきれぬ感情を持て余したのも事実。あの光の下、中では、多くの労働者が、生活のために汗して働いているんだ……。それに思いを馳せる瞬間が、乗客の誰彼の心に訪れてくれれば、と願うのだけれど、まぁ、それも難しい(というか、無理な)注文かな、と反省してもいたりする。
 だがしかし、海の上から見る大黒・川崎エリアの夜景は、本当に綺麗で、なんだか異世界へ迷いこんだようだった。スピーカーが割れてガイド氏の説明は殆ど理解不能だったが、それを無視してでも(失礼!)見入るだけの価値はある光景が、後から後から出現する様子はまさに「ザ・グレート!!」。これらの光景の一つ一つが、いつかそのうち小説や他の作品へ投影されるのは、いまから約束しておく、必定だ。というよりも、新しい物語の種子が芽吹く予感は、既にしている。
 繰り返す、雨でなくてよかった。だが結構なスピードで走っていたので、まぁ、揺れる揺れる。あの日のドーヴァー海峡程ではないが、紙コップ入りのドリンクなんて持っていた日にゃぁ、こぼれぬように必死でダンスするより他ないぜッ! さいとう夫婦の漫画にも同じようなシチュエーションがあったな。結構揺れる=写真はのピントはぶれまくる、ということ。手ぶれ軽減モードも、なんの役には立ちません。
 だけど、行ってよかったなぁ。しみじみと、そう思います。あの人と一緒だったら、もっと楽しくて、思い出もあざやかになっただろうに。“時が静かにつもる夜”……
 だがいまのところは、今日の喜びを胸に大事にしまって、明日からまた仕事をがんばろう。◆

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