第0641日目 〈ヨブ記第20章:〈ヨブと三人の友の議論 二〉6/7〉 [ヨブ記]

 ヨブ記第20章です。

 ヨブ20:1-29〈ヨブと三人の友の議論 二〉6/7
 ナアマ人ツォファルによる第二回目の弁論、━━

 君の弁は僕への批難か。ならば僕は自分の思いを述べよう、様々な感情が僕を興奮させている。

 君も知っているだろうが、神に逆らい無視する者の嗣業は惨めで空しい。彼は失われた者となる。彼は幻の存在となる。彼を見る目は地上からなくなり、彼の子孫は彼の業を背負って生きる。
 彼の腹は満たされることを知らない。欲望はひたすらに大きくなる。彼は豊かさの極致ですべてを失う。どこからともなく迫る火が熾り、彼のみならずその天幕までも焼き尽くす。
 彼のみならず、彼にまつわるすべてが滅ぼし尽くされる。

 「天は彼の罪を暴き/地は彼に対して立ち上がる。/神の怒りの日に洪水が起こり/大水は彼の家をぬぐい去る。/神に逆らう者が受ける分/神の命令による嗣業はこれだ。」(ヨブ20:27-29)



 エリファズ、ビルダド、ツォファルは、ヨブを改めさせるため頻繁に神に逆らう者、反逆者を例えとする。このままだと君も同じ末路を辿ることになるから、という諫めであり、われらの話を教訓とし、反面教師とし、早く神の信仰へ立ち返れ、という諭しであります。本章では反逆者の運命がこれまでになく克明に、痛烈に語られます。
 また、「洪水」という言葉を鍵として記憶をよみがえらせれば、ずっと前に読んだノアという人物の名前が浮かびあがります。ノアはヨブと同じ義人で、神の前に無垢なる人でありました。ツォファルのここでの弁は、ノアのエピソードを踏まえているのかもしれません━━が、さんさんかはこの点についてそれ以上考えを巡らし、妄想を暴走させて独り善がりの主張を並べ立てる気はありません。それって、馬鹿馬鹿しくて空しくて、聖書をねじ曲げるだけの恣意行為でありませんか?
 さて。そも、ノアの洪水はなぜ起こったか? それは地上に人々の悪が増したからでありました。主は、人間が常に悪いことばかり考えているのに心を痛め、生きとし生ける物みなを滅ぼし尽くすことを決意したのでした。但し、主は唯一人、ノアに好意を示した。ゆえにノアに主は顕現し、方舟の建造と種の保存を促したのでした。これは、創6:5-7にて読むことができる挿話です。お忘れの方、再び読んでみようと考えている方、この機会に是非どうぞ。



 ベートーヴェンの交響曲第5番を聴いた(今年初)。やはりすごい作品だ。5回も再聴した。手垢にまみれた、といって過言でない史上最強の通俗名曲;俗称《運命》。が、こうも人の心へダイレクトに響いてくるクラシックの曲は、そう滅多にあるものでない。◆
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