第0752日目 〈詩編第060篇:〈神よ、あなたは我らを突き放し〉&映画『渚にて』を観ました。〉 [詩編]

 詩編第60篇です。

 詩60:1-14〈神よ、あなたは我らを突き放し〉
 題詞は「指揮者によって。『ゆり』に合わせて。定め。ミクタム。ダビデの詩。教え。ダビデがアラム・ナハライムおよびツォバのアラムと戦い、ヨアブが帰って来て塩の谷で一万二千人のエドム人を討ち取ったとき。」

 サム下8:3-14,代上18-19を背景とする、前途を見失った失意の詩。付言すれば打ち倒されたエドム人は、サム下8:13では「一万八千人」と記される。
 わたくしにとってこの詩は謎であった。題詞と詩の内容がどうにも重ならなかったのだ、上述の並行箇所を何度読んでも。
 その内に、である━━アラムとエドムの側にしてみれば存亡がかかった戦であるから、死に物狂いでイスラエルに抵抗するのは当然だ。それゆえにイスラエルにとっては苦戦を強いられる局面もあったろう。━━視座を逆にしてみて、ようやく「そうか!」と膝を叩いたのだ。詩60がわかったのだ。斯くして謎は解明された。
 文字で書かれて伝えられる作物には、良くも悪くも限界がある。それはすべてを語るわけではない。むしろ、なにが書かれなかったのかを考えるべきだ。なにを残し(語り)、なにを捨てたか(語らなかった)か━━それを見極めるためには、よく読み、よく読みよく調べ、とく考えるのが必要なのだ、と(改めて)教えてくれる詩といえましょう。
 題詞から切り離して一個の詩作品として読めば、切々とした思いが伝わってくる、非常に良い作物である。「あなたは御自分の民に辛苦を思い知らせ/よろめき倒れるほど、辛苦の酒を飲ませられた」(詩60:5)なんて、なんだか、ぐっ、と来るではありませんか。
 これはぜひ、読者諸兄に全文をご賞味いただきたい、と思うておる。
 なお、詩60:8-10は聖所に坐す神なる主による宣言である、わたしはイスラエルを守り諸国を倒す、という宣言。

 「あなたは大地を揺るがせ、打ち砕かれた。/どうか砕かれたところを癒してください/大地は動揺しています。」(詩60:4)



 映画『渚にて』On the Beach(1959 米)を観ました。第3次世界大戦があって人類は死滅し、もはや生存可能な場所は南半球のみとなった。が、そこにも確実に死の灰は近づきつつあった。これは限られた時間を如何に生きるか、限られた時間で出来ることはなにか、を追求した映画です。この辺りが凡百の“世界の終末”物と一線を画す点でしょう。古典の地位を築くのも道理といえる秀逸な作品です。
 映画のクライマックスはモールス信号の出所が判明した場面だと思いますが、実はそこから続く深い絶望と僅かな希望の狭間にあって、最後の瞬間(とき)まで精一杯生き続けることを諦めない人々の姿こそ、この映画の真骨頂でありましょう。全盛期のハリウッドの片隅でこんな地味で、しかしいつまでも語り継がれる真摯な作品が作られていたとは信じ難いけれど、逆にいえば、あの時代のハリウッドだからこそ丁寧に、かつ良心的に作られた作品である、といえます。むろん、原作から隔たった部分があることは否定しない。
 『戦艦ポチョムキン』同様、「映画が好き」と曰うならば二度三度と観ておいてほしい映画。こういう映画をこそ<名画>と呼ぶのではないでしょうか。
 監督:スタンリー・クレイマー
 原作:ネヴィル・シュート(『渚にて』佐藤龍雄・訳 創元SF文庫)
 脚色:ジョン・バクストン
 音楽:アーネスト・ゴール
 撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ
 出演:グレゴリー・ペック/エヴァ・ガードナー/アンソニー・パーキンス/フレッド・アステア他◆

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