第0838日目 〈詩編第136篇:〈恵み深い主に感謝せよ。 慈しみはとこしえに。〉&掌編小説「人生は斯くの如し」第2回〉 [詩編]

 詩編第136篇です。

 詩136:1-26〈恵み深い主に感謝せよ。 慈しみはとこしえに。〉
 題詞なし。

 アプローチこそ若干ちがうが、詩135とほぼ同じ内容の詩。退屈と思うか、否か、それは読み手次第だ。が、事実を淡々と述べ並べている点、よくいえば、ストレートな讃美の詩篇とは申せるかもしれない。
 われらが唯一の神、イスラエルの神、万軍の主を讃えよ。━━「ただひとり/驚くべき大きな御業を行う方に」(詩136:4)、エジプトの初子をことごとく討ちわれらの祖先を「力強い手と腕を伸ばして導き出した方に」(詩136:12)、荒れ野を経てカナンへ行かせアモリ人の王シホンとバシャン人の王オグを滅ぼして「彼らの土地を嗣業として与えた方に」(詩136:21)、「僕イスラエルの嗣業とした方に」(詩136:22)感謝し、ほめ讃えよ。
 ひたすら神に、主に感謝し、その恵みと慈しみに感謝をささげる詩篇であった。
 ところで、不勉強で申し訳ないのだけれど、16世紀のフランスで活躍した音楽家、ギョーム・シャティヨン・ド・ラ・トゥールと、ジャン・マルティノンというフランス人指揮者で作曲もした人に、それぞれこの詩136に付曲した作品がある由。ぜひ音盤を探して聴いてみたいものだ。まだ他の作曲家にも、この詩篇に曲を付けた作品はあるだろう。むろん、それらも。

 「低くされたわたしたちを/御心に留めた方に感謝せよ。/慈しみはとこしえに。」(詩136:23)

 「すべて肉なるものに糧を与える方に感謝せよ。/慈しみはとこしえに。/天にいます神に感謝せよ。/ 慈しみはとこしえに。」(詩136:25-26)



掌編小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」第2回
 「こんな時間に珍しいねぇ、ウッド氏?」
 喫茶店に入るや、あのメイドが近寄ってきました。ぶふふ、といまにも笑い出したいのをこらえられない様子です。ご丁寧に目尻まで下げています。一体、わたくしが彼女になにをしたというのでしょう? なにもやっていません。「なに、サボリ?」
 サボリじゃないってば。そういって、いつものテーブルに座を占めました。「商談が終わってね、会社へ戻る途中の息抜きですよ。━━コーヒーをくださいな」
 「<晴れの日ブレンド>でいいよね? ちょっと待っててね。……あ、水、自分でお願い」
 「うん、わかった」腰をあげると、カウンターに置かれた水挿しより先、そこらへ広げられた本やノートが目に入りました。「邪魔したかな?」
 気にしないで、と彼女は答えました。「ちょっと急ぎで一冊上げなくちゃならなくなったからさ、ここの仕事の合間にやってるの」
 一体どっちが本業なんだい? 苦笑しながら訊ねると、にっこりと笑顔で「翻訳に決まってるじゃん」と、ほんわかした口調で答えました。
 このやわらかな口調と心蕩けさせられる笑顔が、この喫茶店が今日まで営業できた秘密だ、という人がいます。おまけにこの店、webではちょっと有名なようで、喫茶店マニアが作るHPで紹介されている程なのです。でもなぜか雑誌の取材は、彼女、頑として断り続けています。まぁ、わたくし共のような常連にはありがたい限りです。
 「ハイ、お待たせ」彼女お気に入りの香蘭社のカップに淹れられたコーヒーが置かれました。湯気が立ちのぼり、鼻腔をかぐわしい香りがくすぐります。「心して、ありがたく飲み給えよ」
 いつものままです、何も彼もが。このままなに一つ変わることなく、永遠にいまと同じ時間が流れ続ければいいのに。そう思いながら、反対側の椅子に坐りこんだ彼女を見て、口許が弛みました。「頂戴いたします」
 「でもさ、見附かっちゃ駄目だよ、ウッド氏。ただでさえあんたの会社、傾いてるんだからね」袖のカフスをいじくりながら、彼女はそういいました。「クビになっちゃうぞぉ?」
 まったくこの子は……。でも、うれしいのです。ありがたくて、涙が出そうなのです。<純真>という言葉は、いま目の前にいるメイド服姿の喫茶店の女の子のためにあるに違いありません。
 しばらく無言の時間が続きました。でも、この店で知り合って何年にもなると、こんな無言の時間さえなんだか当たり前の風景に思えてきて、とても心地よいものになるのです。彼女も、わたくし以外に客はいないのだから翻訳の仕事に戻ってもいいのに、そうしようとしないのは、彼女なりの気遣いであったのかもしれません。
 やがて、彼女が、チラッ、とこちらを見ました。刹那の後、あ、という小さな声がしたかと思うと、口がOの字の形になり、こちらを見据えるのです。
 「ウッド氏、ちょっとそのままでいてね……」
 彼女はテーブルの上に乗り出して、両の眼を細めてこちらへ顔を近づけてきます。唇に塗られたラメ入りの口紅が妖しく艶を放ち、うっすらと化粧がされた頬が薄桃色に染めあげられているように見えました。気のせいか、眼も潤んでいるようでした。一瞬、去っていった同僚の顔が浮かびましたが、形のない圧倒的な衝動の前に雲散霧消してしまいした……む、むろん、想いが消えたわけではありません、が……なのですが……。
 彼女の両手が、すっ、とこちらへ、頸元へ伸ばされました。がさがさ、と、なにやら覚えのある感触が、頸元でします。やがて、溜め息混じりに彼女がいいました。
 「相変わらずネクタイの結び方が下手ですなぁ」
 ━━やましいことを考えました。ごめんなさい。
 「早いとこ、ネクタイ結んでくれる女性(ひと)を探しなさいよ?」
 そんな人、いません。
 お礼をいって、あとはしばらくテーブルの木目から目を上げられませんでした。おわかりいただけるでしょうか、この居たたまれなさを? 
 どれぐらいの時間が経ったでしょう、好い加減会社に戻らないとな、と思い至ってカップをソーサーの上に戻したときです。そうだ、と、左掌を右手で、ポン、と打って彼女はいったのです。
 「ねえ、ウッド氏。半導体メーカーのMFDって会社と取引、ある?」
 わたくしは頷きました。もちろん、知っています。いちばん大切な取引先です。もっとはっきりいえば、この会社あってこそ、零細に等しいうちの会社もなんとか持っているのです。それに、この喫茶店に立ち寄るまでわたくしは、その会社へ行っていたのです。でも、なぜ彼女がMFD社のことを?
 そう訊ねると、うんうんもっともな質問だねぇワトスンくん、とパイプをくゆらす仕種をして、しばしホームズを気取ってから彼女はぐっと、わたくしへ顔を近づけました。不覚にも、またドキリ、としました。
 「あの会社ね、裏でとんでもなく物騒なことやっているらしいよ」(…to be continued…)◆

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