第0842日目 〈詩編第140篇:〈主よ、さいなむ者からわたしを助けだし〉&掌編小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」第6回〉 [詩編]

 詩編第140篇です。

 詩140:1-14〈主よ、さいなむ者からわたしを助けだし〉
 題詞は「指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。」

 出陣にあたって歌われたのであろうか。自分を、われらを包囲する敵から救い出してほしい、主はわれらのように貧しく乏しい者の叫びへ耳を傾けてくださる。「主よ/主に逆らう者に欲望を満たすことを許さず/たくらみを遂げさせず/誇ることを許さないでください。」(詩140:9)
 わたくし自身何度も書いてきて、ああまたこの類の歌か、と思う。が、ふしぎとこの詩篇には惹かれるものを感じる。イスラエルに攻撃の手を伸ばす諸国の敵、即ち彼らの神なる主の道を歩むのをよしとしない衆が、他ならぬ主の御手、主の御力、主の御業によって滅びてしまうのを望む詩篇であるのだけれど、詩140が他と少し異彩を放つのは、篇中にて敵対者の徹底的な滅びを求めている点である。
 この徹底ぶりは状況がなさしめたものであろう。出陣にあたって、と冒頭に記したのはそうした理由による。怖じけがちな兵の士気を統一・鼓舞して、主に逆らう者、不法の者へいざ立ち向かいこれを討たん、という場面に於いて、この詩篇がもたらす効果は、この詩篇が果たす役割は、如何ばかりであったか。━━王朝と王国の存続が雄弁にそれに応えている。

 「主にわたしは申します/『あなたはわたしの神』と。/主よ、嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。/主よ、わたしの神よ、救いの神よ/わたしが武器を執る日/先頭に立ってわたしを守ってください。」(詩140:7-8)

 「わたしは知っています/主は必ず、貧しい人の訴えを取り上げ/乏しい人のために裁きをしてくださることを。/主に従う人は御名に感謝をささげ/正しい人は/御前に座ることができるでしょう。」(詩140:13-14)



掌編小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」第6回
 昼過ぎ。メイドを見送って扉を閉めた、まさにそのときでした。昨日の出来事━━リストラの件を彼女へ伝え忘れたのに気附いたのです。一瞬悩みましたが、あの子のことだからそのまま引き返してくるとも限りません。メールであれ電話であれ、連絡は控えました。
 リビングへ戻ると座卓に、マグカップが二脚、肩を寄せ合うように置いてありました。帰る前にコーヒーを淹れてくれたのです。屈んでマグカップの取っ手が指に触れるや、午前中のあれこれが際限なく思い浮かび(プルーストの主人公もこんな風だったのでしょうか)……いわれようのない侘びしさと淋しさに襲われ、その場に頽(くずお)れてしまいました。
 半日程度の時間でしたが、それは一人暮らしの限界を痛感させるにじゅうぶんな時間でもありました。一緒に暮らす相手がいたら、同じ所作であっても斯くも潤いのあるものになるのか。びっくりはしましたが、今朝だって隣で寝ているメイドを見ていて、とても安らいだのです。このままこの子がここにいてくれたら、と考えないわけではありませんでしたが、一歩を踏み出す勇気を欠く男というのは、こんな場面に於いても積極的な行動には移れないもののようです。
 コテージのなかを見廻すと、室内のあちこちにまだメイドの気配がはっきりと、濃密に刻印されていました。キッチンで朝食を準備し、コーヒーを淹れる彼女の後ろ姿が、脳裏から離れそうにはありませんでした。耳を澄ませば、どこかから不意に、彼女の声が聞こえてくるような、そんな錯覚さえしたのです。
 ━━サイド・ボードの上の、例の婚約者の写真が目に止まりました。自然とそれに手が伸びました。細長い溜め息がフォト・スタンドのガラスを曇らせ、婚約者の微笑を覆い隠しました。……そろそろ、前に進んでもいいのかな? そう口のなかで呟いてみましたが、踏ん切りが付くには至りませんでした。
 自分の態度の曖昧さに呆れながら自分の部屋へ戻って、パソコンを立ちあげました。なんとか転職先の目星をつけておきたかったのです。幸いなことに、と申すべきか、電車で1時間程行った海辺の街にあるリース家電の会社でルート営業を募集していました。給料は少し安くなりますが、家賃を払うわけでもなし、ローンを払わなければならぬわけでもなし。生活費と貯金ができればまずは異存ありませんので、取り敢えずwebサイトから自己PRや職務経歴など、所定フォーマットに記して応募を済ませました(他にも、最終的に9社へ応募して2社から内定を頂きました。時系列を乱すようで申し訳ありませんが、結局、最初に応募したこのリース家電の会社に転職して、なんとか元気に働いております)。
 そのあとも幾つかwebの求人サイトを閲覧していたら、すっかり日は暮れて宵時になっていました。<その日の行動記録>になってしまっていますが、どうかご勘弁ください。これもわたくしを知っていただく一助となるか、と思いますため。米を研いでご飯を炊き、カツレツを揚げて付け合わせの自家製ポテト・サラダを皿に盛って、その晩の食事としました。テレヴィでは特に観たい番組がなかった、諦め半分でつけたラジオはジャズの番組を放送中。これは、いい、と思いました。たまたま、好きなアーティストの小特集が組まれていたのです。
 昨夜のワインをちびちび飲んでいたら、メイドの肢体が目の奥に浮かびました。むろん、実際に見たわけでなく想像の肢体でしかないのですが、むっちりと肉附いた、されど均整の取れた体つきで、滑らかで艶やかな肌と床(とこ)に散らされた黒髪がエロティックなまでのコントラストを放っていました。クラシカルなメイド服に隠された彼女の肢体は、その童顔も含めて、なににも増して美しい、と思いました。そこへ加えて、彼女がこのコテージで過ごしていたときの残像が被さり、なかなかベッドへ入る気分とはなりませんでした。思っていた以上の存在感を、どうやら彼女はわたくしのなかに残していたようです。
 ━━欠伸が連発して、出ました。時計の針は10時を回ったばかり。が、どうしようもなく眠気が襲い来たって抵抗するも空しい状態です。ぼんやりする頭で部屋へ戻った途端、携帯電話が鳴りました。慌てて取ると、誰あろう、かのメイドからのメールでありました。
 文面はシンプルに、「あした、店に寄ってね」とのみ。本来ならちょっと浮き足立つ場面でしょうけれど、却ってその素っ気なさに不安を覚えたのも、事実でありました。(…to be continued…)◆

共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。