第0851日目 〈詩編第149篇:〈ハレルヤ。〉&晴れた休みの日にはお散歩しよう。〉 [詩編]

 詩編第149篇です。

 詩149:1-9〈ハレルヤ。〉
 題詞なし。

 主により喜ばれ、救いの輝きで装われたイスラエル。その栄光を歌う詩篇だ。もちろん単なる自画自賛でなく、イスラエルの栄光が主の慈しみ、主の愛おしみ、主の庇護によってもたらされている、という自覚は忘れていない。それは即ち、主と民の調和である。
 ━━さあ、もう多弁は慎もう。読者諸兄は直接これにあたり、その声へ静かに耳を傾ければよい。是非。「イスラエルはその造り主によって喜び祝い/シオンの子らはその王によって喜び躍れ。」(詩149:2)

 「主の慈しみに生きる人は栄光に輝き、喜び勇み/伏していても喜びの声をあげる。/口には神をあがめる歌があり/手には両刃の剣を持つ。」(詩149:5-6)

 「これは、主の慈しみに生きる人の光栄。/ハレルヤ。」(詩149:9)



 冷たい雨に打たれた翌日、早い時間に起きてコーヒーを飲んでいたら、あたたかな陽射しにムズムズしてきて居ても立ってもいられなくなり、午後からお散歩へ繰り出した。
 新しくした携帯電話にステップカウンターなる機能がある。一日の総歩数や消費カロリーなどをカウントできるのだが、その日、歩いた距離によって、シルクロードを西安からローマ目指して進むようにもできている。こんな楽しい、散歩好きの心をくすぐる機能あればこそ、いつもより少し遠い場所まで足を伸ばしてみようか、と思い立つのだ。
 そこで今日、栄えある第一回目の休日散歩に選んだ目的地は、嗚呼代わり映えのしない目的地で申し訳ない、スターバックスなのであった。が、単にスターバックスと笑うなかれ。今日行くスタバは初めて行くスタバであり、バスで前を通り掛かるたび気になっていた場所でもあったのだ。地図でおおよその場所を確認したら、さあ、歩いて行こう。
 丘を越え、谷を縫い、てくてく歩く。丘の天辺(てつぺん)に立って眼下を見れば斜面に連なる戸建ての屋根、屋根、屋根。風にはためく洗濯物、遠くの国道から聞こえる車の音、揚げたてメンチの香ばしい匂い、喉を潤すミネラル・ウォーター、中学のグラウンドから落ちて来て投げ返したボール。━━こんな、自分の知らない場所にも人はいて、それぞれに生活している。散歩の楽しさの一つはそれを自分の五感で確かめられる点だ。地図を見ているだけではわからぬ情報が、そこに立つ自分のまわりにあふれかえっている。素晴らしいよね?
 件のスターバックスは国道から少しあがった場所にあり、ウッドデッキがすてきな印象を醸している、広くはないがちょっとよさげな感じの店。窓際の席で「詩編」のノートを終わらせ、ドストエフスキーを読んだ。休みの日にはまた来てみたいな。次はあなたと?
 13,414歩、約10.1キロ、約4.5時間のお散歩でした(どこかで聞いた〆の言葉だ)。◆