第1030日目 〈イザヤ書第47章:〈バビロンの陥落〉withちょっと良いことがあったのさ。〉 [イザヤ書]

 イザヤ書第47章です。

 イザ47:1-15〈バビロンの陥落〉
 娘バビロンよ、身を低くして塵のなかに坐れ。女カルデアよ、王座を離れて地に坐れ。お前たちは身ぐるみ剥がされ、いっさいの恥が露わになる。あがめられることも敬われることも、そうして讃えられることもない。
 「わたしは報復し、ひとりも容赦しない。」(イザ47:3)
 娘バビロンよ、女カルデアよ、わたしはわたしへの罪ゆえに汚れたわが嗣業の民を罰するため、かれらをお前たちの手に渡した。が、お前たちはかれらに憐れみをかけることがなかった。それどころか、軛をいっそう重くした。
 お前たちは栄華のゆえに自らを永遠と錯覚した。なにごとも心に留めず、物事にはかならず終わりがあることを思わなかった。が、すべてが一度に、根こそぎ奪われる日が来る。覚悟せよ。
 娘バビロンよ、女カルデアよ。お前たちが終わる日にどれだけまじない師に祈らせても無駄だ。「災いがお前を襲うと/それに対するまじないを知らず/災難が降りかかっても、払いのけられない。/思いもかけない時、突然、破滅がお前を襲う。」(イザ47:11)もし、まじないでなんとか苦境を脱することができると思うているならば、さあ、試してみよ。
 多くの呪術師や占い師がお前のまわりにはいる。かれらを束ねて災いへ立ち向かわせて、お前を救わせてみよ。かれらは焼き尽くされて、その炎のなかから自分の命を救い出すことができない。若い時分から占いや呪い、まじないを学んで身に付けてきたかれらでさえこの有様だ。ならばお前を、━━娘バビロン、女カルデアを救い出せる者があるだろうか?

 栄華はいつまでも続きはしない、かならず惨状を伴う終わりがやってくる。有史以来の歴史を見ても明らかであります。これを経験していない文明国が、いったいどれだけあっただろうか?
 わが国の歴史を顧みれば、ずっと昔、王朝時代に御堂関白が自身の栄華と専横を誇ったが、その次の世代、その末はどうであったか? 近くを探ればかつての日本の栄光と誇りはどこへ消えた? それは平成の始まりと共にゆっくり崩壊し始め、愚にもつかぬ民主党政権がそれにとどめを刺した。醜き菅はその座に在っていつまで恥をさらし、生きるのか。
 歴史は繰り返す。そうして、誰も懲りることがない。一抹の真実がそこには込められています。<歴史に学べ>というのは簡単だが、学んだことを適用するのはけっこう難しい。嗚呼!
 なお、カルデアとはバビロンとペルシア湾の間に広がる湿地帯の地域を指し、アブラハムの故郷ウル(創11:28)を擁す。新バビロニア帝国の末期になると、カルデアが帝国の代名詞となり、帝国そのものを指す言葉となった由。



 ちょっと良いことが幾つもあった。結構うれしい。いつもこんなだと良いな。真剣に、そう思う。『ドランのキャデラック』を読み始めたその日に、思い出としてこんなことを簡単に書き置いておく。◆

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