第1147日目 〈エレミヤ書第34章:〈ゼデキヤ王への警告〉&〈奴隷の解放〉with数日前のブログを修正しました。〉 [エレミヤ書]

 エレミヤ書第34章です。〈エレミヤ書第34章:〈ゼデキヤ王への警告〉&〈奴隷の解放〉with12月7日(金)17時18分、大きな地震がありました。〉

 エレ34:1-7〈ゼデキヤ王への警告〉
 バビロニア軍が属国の軍隊と連合して、エルサレムとその周辺の町々を攻撃していた頃、主の言葉がエレミヤに臨んだ。それはユダ王ゼデキヤへの戒めの言葉、救いの言葉であった。
 主はいう、――ゼデキヤよ、お前は捕らわれてバビロン王ネブカドネツァルの前に引き出される。尋問されて、かれの国へ引いてゆかれる。しかしお前は安らかに死ねる。剣にかかって死ぬのではない。平和の裡に死ぬことが出来る。崩御の際は民は嘆き、歴代の王のとき同様、手厚く送られるであろう。
 預言者が王にこれを告げたとき、バビロニアの連合軍は王都エルサレムと、まだ砦が健在でそれに守られているユダの町々即ちラキシュとアゼカを攻撃していた。

 エレ34:8-22〈奴隷の解放〉
 主戦派に屈して敢然とバビロニアへ戦いを挑んだゼデキヤ王だが、かつてはかれもエレミヤの告げる主の言葉に耳を傾ける者であり、国政と外交の指針としていた時代があった。
 そんな時分のこと。王はエルサレムの民と契約を結び、奴隷の解放を宣言した。この契約にかかわって実行した貴族と民だったが、その後態度を一転させ、自由の身になっていた男女を捜して捉え、再び奴隷とした。
 そのとき、主の言葉がエレミヤに臨んだ。曰く、――
 昔、わたしはエジプトからお前たちの先祖を脱出させた際、数々の定め事をシナイにて、専らモーセに授け、そのなかで奴隷についても仔細を説き、契約した(「あなたがヘブライ人である奴隷を買うならば、彼は六年間奴隷として働かねばならないが、七年目には無償で自由の身となることができる。」出21:2)。お前たちの先祖はそれを守らなかった。ゼデキヤよ、一旦はそれを守り、実行したお前たちなのに、自由にした者たちを再び奴隷とするとは何事か。
 「それゆえ、主はこう言われる。お前たちが同胞、隣人に解放を宣言せよというわたしの命令に従わなかったので、わたしはお前たちに解放を宣言する、と主は言われる。それは剣、疫病、飢饉に渡す解放である。わたしは、お前たちを世界のすべての国々の嫌悪の的とする。」(エレ34:17)わたしは王と貴族たちをバビロン王に引き渡す。かれの軍隊はこの都を攻撃し、占領し、火を放つ。わたしはユダの町々を住む者の影なき廃墟とする。
 ――イスラエルの主なる神はエレミヤに、上のように語った。

 勿論、ゼデキヤ王が斯様な最期を遂げることはありませんでした。王下25:6-7,エレ52:11に見る通り、かれは敗走の途次バビロニアの兵に捕らわれて息子を目の前で殺され、自身は両眼を潰されて青銅の足枷をはめられバビロンに連行、死ぬまで牢獄にありました。
 果たしてなにゆえに主は斯くも残酷な預言をゼデキヤに与えたのか。もしかすると、これはバビロニアに降伏させるための方便であったかもしれません。
 ラキシュはエルサレム西南西約50キロのあたりにあってペリシテとの国境の少し内側にある町、アゼカはエルサレム南西約30キロの位置にある町で、いずれもユダの要衝でありました。ラキシュ文書というものがあって、これはエレ34当時、ラキシュの前線基地からラキシュの指揮官に当てて戦況を報告した手紙で、21通が1935年に発見された由。



 レイアウト崩れしていた以下の3日分を修正、改めて公開しました。
 ・第1128日目 〈アバド=BPO;ムソルグスキー管弦楽曲集を聴きました。1/2〉
 ・第1136日目 〈如何にしてわたくしはSKE48を愛するに至ったか?〉
 ・第1142日目 〈エレミヤ書第30章:〈回復の約束〉&〈ヤコブの災いと救い〉with AKBよりはSKE48の方が――〉
 少しは読みやすくなったと思いますので、閲読いただければ幸甚です。◆

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