第1151日目 〈エレミヤ書第38章:〈水溜めに投げこまれる〉&〈ゼデキヤ王との最後の会見〉withパブで本を読んだ記憶〉 [エレミヤ書]

 エレミヤ書第38章です。

 エレ38:1-13〈水溜めに投げこまれる〉
 エルサレムに留まり続ける者は、迫る北からの敵(バビロニア兵)のかざす剣の下に倒れる。剣に罹(かか)らない者は飢えと疫病によって倒れる。免れて助かりたいなら、投降する以外の道はない。王都はやがてかれらの手で破壊され、炎上して廃墟となる。
 ――エルサレムの住民たちの間で斯く遊説するエレミヤ。これを聞き咎めた四人の役人たち(※1)はゼデキヤ王に報告、預言者の逮捕を要求した。王は諦めたように頭を振って、エレミヤ逮捕を許可した(※2)。役人たちは監視の庭にある水溜に、捕らえたエレミヤを投げこんだ。その時期、水溜にあるのは水ではなく、堆積した泥であった。
 エレミヤ逮捕、監視の庭にて拘留中。その報を耳にしたクシュ人の宦官エベド・メレクは、ベニヤミン門の広場で坐していた王の前に出て、訴えた。このままではエレミヤは飢死してしまいます、最早都には一個のパンも残っていないのです。かれを泥だらけの水溜から助けてください。
 ゼデキヤ王はこれを許可した。宦官エベド・メレクは三〇人の部下を連れて監視の庭へ行き、水溜からエレミヤを引き揚げた。預言者は以後、監視の庭の一角に留め置かれた。

 エレ38:14-28〈ゼデキヤ王との最後の会見〉
 ゼデキヤ王は、王の権限を以てエレミヤを一時出所させ、宮殿に召した。なんでも隠すことなく話してほしい、と王はいった。エレミヤは拒んだ、進言しても聞き入れたりなさらないでしょう、と。王は、否、聞く、と答えて、かれの安全をも保証した。
 エレミヤは主の言葉をゼデキヤ王に伝えた。エルサレムはバビロニア軍によって滅び、かれらの手からは何人たりとも逃れられない。降伏すれば命は助かり、都が炎上することはない。が、降伏しないなら、ユダは敵の手に落ちる。
 それを聞いてゼデキヤは懸念を示した。既にカルデア人たちの許へ脱走したユダの人々からわたしは嬲られるのではないだろうか。エレミヤははっきりと、否、と答えた。いいえ、ユダの脱走者たちの手に王が渡されることはありません、あなたは生き永らえます。しかしもし、とエレミヤは続けた。降伏しなければ、王妃や王子のみならず王御自身もバビロニア軍の、カルデア人の手に引き渡されます。そうして都は破壊され、炎上するでしょう。
 ――この会見の終わりに、王はエレミヤにいった。あとで役人たちがあなたに訊くだろう、お前は王となにを話していたのか、と。あなたはこう答えなさい、憐れみを乞うていました、ヨナタンの家に連れ戻さないでください、あすこにいては死んでしまいますから、と。今日のこの会見の内容はわれら二人だけの秘密にしよう、そうすればあなたがこれ以上咎められたり、或いは殺されたりすることはないから。
 果たして役人たちはやって来て、エレミヤを取り囲んだ。かれは王にいわれた通りにしたので、役人たちはそのまま戻っていった。エレミヤはエルサレム陥落の日まで監視の庭に拘留され、エルサレムが占領されたときもそこにいた。

 ※1→マタンの子シェファトヤ、パシュフルの子ゲダルヤ、シェレムヤの子ユカル(エレ37:3と同一人)、マルキヤの子パシュフル。
 ……ユカルはエレミヤになにか恨みでもあったのか? 偶々そういう立場にあった、或いは、そうした場に居合わせてしまっただけ?

 ※2→ゼデキヤの台詞;「あの男のことはお前たちに任せる。王であっても、お前たちの意に反しては何もできないのだから。」(エレ38:5)


 時間が行ったり来たりしているのが「エレミヤ書」の一つの特徴ですが、ここでは前の章の記述に挿入されるべき挿話が語られます。
 逮捕されたあとを承けているにもかかわらず、再び逮捕前の様子や逮捕の経緯が語られたりすると混乱しちゃいますよね。困ったものです、この据わりの悪さには。まぁ、エレミヤ逮捕にまつわる一連の流れがこれで摑めるようになる、といえば聞こえはいいかもしれませんけれど。
 どちらにせよ。
 ゼデキヤ王は最後までエレミヤに依り頼み、深く信頼していた、とわかります。帰依をしていた、というて良いかもしれない。しかし王という立場が、次いで時勢がそれを許さなかった。板挟みになって苦しんだ悲しみの王――そう称して構わないようにも思えます。



 昨日の補足になりますが、パブで読む本の話。
 ラヒリの短編集を読んだのは昨日のことだが、過去、同様にパブで黒ビールを飲みながら読んだ数ある本の内、最も濃密な読書経験をしたのはやはり一巻、まるごと読み切ってしまったものであろう。つまり、青山南『短編小説のアメリカ52講』(平凡社ライブラリー)と千野栄一『ビールと古本のプラハ』(白水uブックス)である。
 グラスを重ねること数杯。されど酩酊して記憶が惑乱することなく、意識が刹那と雖も遠退くなんてこともなく、むしろ普段以上に印象に残り、記憶に定着したように思う。勿論、内容についての話だ。読書した環境、飲食の味の記憶が浮かぶのは、その次である。
 描かれた情景が絵になって浮かび、一種の歴史劇を目撃するかの如く手に汗が浮かぶのを禁じ得ない――そんな経験はそれまでにしたことがなく、今後どれだけそうした幸運に出会せるか、まるで見当が付かない。それだけにこの二冊への愛着は一入で、折節手にして読み返すのである。
 酒場の読書、なかなか侮れぬ。誠、読書とは罰せられぬ悪癖であるな。◆

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