第1233日目 〈エゼキエル書第23章:〈オホラとオホリバ〉前夜〉 [エゼキエル書]

 ちょっとこの衝撃は近年に経験したなかで特筆すべきものであるように思う。
 ――なにも三島由紀夫が生田耕作先生訳ジョルジュ・バタイユ『マダム・エドワルダ』を絶讃したエッセイ冒頭を茶化しての書き出しではない。病院で聖書のノートを執っていて、そんな衝撃を味わう章に遂に出喰わしたのだ。
 エゼキエル書第23章〈オホラとオホリバ〉がそれである。要するに明日読んでゆく章なのですが、かつてこれに匹敵する衝撃を経験したのはソロモンによる神殿建設の件りでなかったか。あれもいまと同じ時季のことであったように記憶するが、はて、どうであったかな。
 当該章は理由あって2分割してお披露目することになる。というのも、これが主によるイスラエル/ユダ/エルサレム/シオンへの最終宣告に等しい重みを内包しているように感じられてならないからだ。否、むろん、実際のところはそんなことではないだろう。第23章を斯く感じるというのはやはり、ここを書いている数日前、或ることがきっかけで諸々の事情が発生したため、終日病院へ籠もらねばならなかったから、という、環境的心理的な面で心の深いところまで沈んでいっていたからに相違ない。――と、自分では思っているのだが、傍から見るとどうだったのだろう。
 第23章になぜ強い衝撃を受けたのか、われながら不明であるが、異様な興奮を道連れとして一ト息にノートを認められた事実を以て、わずかなりとも説明が付くような気がしてならぬのは気のせいであろうか。でも、落ち着いてノートを見返せば瑕疵の多少は目に付くこと必至だ。おまけにわが心はあれから数時間が経ついまでも興奮が鎮まりそうにない。
 既にノートはできあがっている。
 24時間を切ったいつもの時間まで、〈時〉の訪れを平静にして待っていてください。



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