第1309日目 〈ホセア書第7章2/2:〈イスラエルと諸国民〉withラム『エリア随筆抄』を読みました。〉 [ホセア書]

 ホセア書第7章2/2です。

 ホセ7:8-16〈イスラエルと諸国民〉
 エフライムは遠近へ散らばり、諸国民と混ざり合い、その地の民に骨の髄までしゃぶり尽くされても、また、その地に髪が真っ白になるぐらい長く留まっても、かれらはそれに気附くことはない。
 イスラエルは高慢ゆえに罪に堕ち、罪人となってもわたしを求めようとしない。かれらは力による庇護だけを期待している。だからエジプトアッシリアの間を行ったり来たりしているのだ。が、わたしはエフライムを孤立させる。
 わたしから離れたことを災いと知れ。わたしへの背きがイスラエルを滅ぼす。エフライムはわたしを尋ね求めない。尋ね求めたとしても、それは偽りだ。まやかしだ。荒(すさ)んだ民はバアル神に立ち帰るのだ。
 この国の高官たちは、自分たちが口にした呪いの言葉の実現を知る。他ならぬ自分たちが剣にかかって倒れるその瞬間(とき)に。そのことがエジプトで物笑いの種となる。

 主はイスラエルを愛し、かつ、憎んだ。その一面が容赦なく描かれた章です。民へ寄せる神の愛はあまりに酷く、神へ寄せる民の愛はあまりに軽い。愛憎のデフレ・スパイラルとはこのことか。
 愛は憎しみであり、憎しみは愛である。紙一重というよりも、両者は表裏一体のものと思います。純粋であればある程、愛は憎しみを生み、憎しみは愛を殺意に変える。アンヴィバレンツとはよくいうたものであります。
 神も人間も大差ない。愛の前に思い悩み、憎しみを制御するに必死な存在だ。でもまぁ、心よりの愛や憎しみに出会(でくわ)したら、理性なんて吹っ飛びかねないですからね。
 ……溜め息吐きたくなりますな。



 チャールズ・ラム『エリア随筆』に「幻の子供たち――夢物語」という一編があります。病身(とここではいうておきます)の姉と孤独に暮らすラムが、うたた寝で見た夢の家族の情景を描いた心を打つエッセイですが、初めて読んだ20代の初めからこの方、わたくしにはこれが他人事とは思えないのであります。それは年を経るに従ってますます強くなってゆき。
 当時のわたくしと同じぐらいの年齢の頃、ラムには一人の恋人がありました。互いに想い合う2人だったそうですが、事態はかれらのそれ以上の交際も、ましてや結婚も許しませんでした。かれの姉の症状が悪化の一途を辿るばかりで、ラムには自分が姉の面倒を見るより他なく、そうすれば恋人とは別れざるを得ないことを察していたからであります。
 結局2人は別れることとなり、その後のラムはどんな女性とも結婚することなく姉の面倒を見、介護をしながら生きました。かれら姉弟は『シェイクスピア物語』という、沙翁の戯曲から幾つかを選んで語り直した本を書きました。ラム姉弟が共作した『シェイクスピア物語』は断トツに有名で親しまれた一著でありますが、チャールズ本人単独著としていちばん親しまれて、日本でも早くから翻訳が出て読書人の宝物として読まれてきたのが、『エリア随筆』であります。
 「幻の子供たち」は冒頭で触れたように、ラムがもし恋人とあのまま結婚していたら恵まれていただろう子供たち――2人の兄妹――にせがまれて、曾祖母や叔父さん、亡くなったかれらの美しいお母さん、即ちラム夫人のお話をしてあげる自分を描いた作品であります。それはきっと、あるはずであった未来を思う哀しみの心が生み出した、あまりに儚くて脆い、一篇の美しい詩だったのであります。かれこれ数十年前になるが、わたくしも似たような掌編小説を、まだラムの作物に触れることなかった頃に書いたことがあります。だからラムの夢を淡彩で描いたこのエッセイを読むたび、涙がこぼれて仕方ないのです。
 ――わたくしが読んだ『エリア随筆抄』にはこれ以外にも、お気に入りの古陶器に描かれた模様を振り出しに貧しかったけれど楽しみの多かった時代を回顧する、集中極めつけの一篇「古陶器」や、ラムが対象を殊の外愛した「煙突掃除人の讃」、駆け出しのサラリーマン(といっても当時かれは少年でしたが)の風情が偲ばれる「南海商会」、個人的にお気に入りな「初めての芝居見物」と「婚礼」など、正編続編から精選された16編を収めます。翻訳もこれまで出されたなかで最も親しみやすく、平明な、滋味溢れる訳文となっています。
 古本屋で過去に出されたものを探すよりも、定価であれ古書価であれ、このみすず書房版をお求めいただくのがいちばん良いか、と思います。わたくしもこれまで図書館で何度となく借りた本書を購入したことで、岩波文庫で持っていた翻訳書は書架の奥にご引退願ったところであります。英語に自信のある方は原書に挑戦してみても良いのではないでしょうか。歯応えある英語ですが、きっと楽しい経験になると思います。
 『エリア随筆』や『シェイクスピア物語』はG.ギッシング『ヘンリ・ライクラフトの私記』(平井正穂・訳 岩波文庫)と共に、昔から日本人に愛されてきた英国文学の隠れた金字塔です。沙翁の戯曲、数多の英国詩人の詩集と一緒にいつまでも読まれることを願いたい作品です。なによりも人生を愛する人には是が非でもお読みいただきたい作品です。そうして、生涯の愛読書として座右に侍らせていただきたいのであります。人生の糧というにこれ程相応しい文学は、なかなかあるものではありません。
 なお、『シェイクスピア物語』は岩波文庫や新潮文庫、岩波少年文庫や偕成社文庫などで読むことができます。シェイクスピアの戯曲も新潮文庫や岩波文庫、ちくま文庫や白水uブックスなどに入っております。チャールズ・ラムについては福原麟太郎『チャールズ・ラム伝』(講談社文芸文庫)があります。◆

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