第1334日目 〈金曜日の夜、ホテルのそばで。〉 [日々の思い・独り言]

 週末、仕事が終わってぼんやり駅に向かっていたら、どこからともなくカップルが一組、目の前に。かれらは歩道を塞ぐようにして、手をつないで歩いている。
 会社と駅の間に横たわる、ホテルが何軒かひしめき合うエリア。路地を隔てた向こう側にはNTT総合神奈川。企業の入る大きなビルも、銀行も三つ星ホテルも予備校も、カラオケもボウリング場もある。勤め人も予備校生のプチ軍団も、セレブ気取りの勘違いマダム連衆も歩いているような、そんな普通のエリアに何軒かのラブ・ホテルが肩を寄せ合って建っている――まぁ、そのエリアに縁なき者には入りやすいのかもね。
 さて、前を歩く件のカップルだが。男は必死で「俺に任せておけよ」感をアピール、<頼れる男>を演出して決断力不足を取り繕う。女の子は恥ずかしさが先に立って「みんなが見ている前で入るのはイヤ」って、<イノセント>な自分をカレシにPR。そうして、それを目の前にしながら、歩道の狭さゆえにどうしても追い抜けないわたくし。まさに気分は“GOOD GRIEF.”
 早くパブへ行ってカウンターで黒ビール飲みたいんだけれどな……。が、そうもいかないので、否応なしに観察を続ける。
 男がちらちらと、入り口の料金やサービスのプレートを横目で見ているのが、後ろからでもはっきりわかる。女の子もときどき相手に体をすり寄せていったかと思えばすぐに離れて、また歩道の縁でモジモジし始める。
 ……だんだん諦めが先に立ってきた。もういいよ、次のT字路であなた方を追い越しますから、好きにしてください。
 と、そう思った矢先だ。ようやく男が女の子の手を握り直して、自分の方へ強く引き寄せたかと思うと、視界の端へ――ホテルのある側に揺らめいた。T字路を曲がったかれらは路地から2軒目のホテルにて一戦交えることに決めたようだ。ちょっと暗いその路地を、今度は体をぴったりくっ付けて歩いてゆく。
 あの2人、今日が初めてのセックスじゃないのかな。童貞と処女が挑む初めての、という意味合いでなく、付き合い始めて最初のセックス――「相性? そんなのまだわからないよ。でも僕らは相手のことが好きなんだ!」――愛しているからこそ抱く止むに止まれぬ衝動。互いに心の奥へ秘めて臨む、最初の情事。誰にでもそんな経験、ありましたよね。
 正直いって羨ましかった。体を重ねる相手がいることについてではなく、人目のある所でホテルへ入るに際して、恥ずかしがれることが羨ましいのである。いまでは普通の顔して料金とかのプレートを検分し、さまざま胸算用していられる余裕ができたものね。勿論、いまのわたくしにそんな場所へご一緒するお相手なぞいませんけれど(呵々)。
 ――まさしく気分は“GOOD GRIEF.”
 ホテルを選ぶのにドキドキして、ようやく意を決して相手の手を固く握りしめて、心臓をばくばくさせながら、周囲の人たちの視線を勝手に想像しながら、ええい、ままよ、と、勇躍扉をくぐったあの頃、心の片隅にあったはずの羞恥心は、どこへ置いてきてしまったのだろう。もっとも、羞恥心って相手に感化される部分も、多分にありますからねぇ……。
 あのカップルはどうしたろう。ちゃんと想いを確認し合い、喜びを噛みしめただろうか。
 でも、と、わたくしは自分のことを棚にあげて、こんなことをいうのである。そんな喜びとは縁がなく、かなわぬ想いをずっと抱いて残りの人生を過ごす、心は永久凍土なおいらの前でそんな行動を取るなんて、それは罪だぜ?◆

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