第1554日目 〈ユディト記第4章:〈イスラエル人、抗戦を決意する〉&〈全イスラエル、神の助けを祈る〉withご意見への回答。〉 [ユディト記]

 ユディト記第4章です。

 ユディ4:1-8〈イスラエル人、抗戦を決意する〉
 北方から迫る恐怖にユダヤ人は皆怯えた。捕囚解放から間もない時代を生きるかれらにとって、アッシリア軍の接近は辛苦を思い起こさせるに充分であった。
 そこでかれらはサマリアの全域に使者を出して警戒を促し、高い山の頂を確保して見張りを立てた。サマリア中の村という村で戦いの準備が急がれた。収穫期が済んだばかりの地方では食糧の備蓄も並行して行われた。
 また、エルサレムの大祭司ヨアキムはエスドレロンの平野に接する町、即ちベトリアとベトメスタイムの住民に、ホロフェルネスの軍隊の来襲に備えて、平野から山地に至る幅の狭い道を抑えて守るよう命じた。このあたりの道はユダヤの心臓、即ちエルサレムへ通じる道であったためである。
 以上の決定はヨアキムとエルサレムにて開かれた全イスラエル長老議会によって成され、各地へと伝えられた。

 ユディ4:9-15〈全イスラエル、神の助けを祈る〉
 抗戦の準備が進む一方でイスラエルのすべての民が、雇い人や奴隷も含めて皆粗布を纏い、心から神に祈り、厳しく節制に努めた。エルサレムを含むユダヤ各地で何日も断食が続けられた。
 エルサレムに住む者は残らず神殿の前に集まり、ひれ伏して頭から灰をかぶり、粗布を露わにして主に祈った。また神殿では大祭司ヨアキムと、主に仕えるすべての祭司、神殿に奉仕するすべての者たちが粗布を纏い、日毎の焼き尽くす献げ物に加えて、満願の献げ物と随意の献げ物をささげていた。
 全イスラエルはあらん限りの声を絞って主に向かって叫んだ。全イスラエルは、主が自分の民を顧みて救ってくれるよう祈り続けた。
 ……かれらの祈りは神に届いた。主はかれらの声に耳を傾け、かれらの苦悩に目を留めた。

 「ユディト記」の時代背景が本章にて明らかにされました。アケメネス朝ペルシアの王キュロスによって捕囚解放が宣言され、何次かに渡ってエルサレムへ、ユダヤへ帰還団が到着したあとの時代。エズラ、ネヘミヤの時代にエルサレムの町と神殿が再建されてそれ程経っていない時代。ユディ4:3の記述に従えば、そうなります。つまり、共同体はまだ確固とした形を取り戻しておらず、幾分なりとも流動的であった時代であります。
 オリエント世界の覇者がペルシア帝国であったことが提示されたなかで、アッシリア、ネブカドネツァルという過去の亡霊がユダヤを悩ませる役として登場する。これは一種の暗喩であるかもしれません。もしくは、それだけアッシリアやバビロニアがユダヤにとって忘れるべからざる脅威として後々まで語り継がれる忌むべき存在であったかの。
 可能性の推測など論拠を待たずとも幾らでも出来ます。わたくしは安易に<歴史のパッチワーク>と本書を指していいましたが、パッチワークすることで捕囚時代の苦しさ、その最中で再び育まれていった神への信頼を忘れないように、奇妙な時代背景を持った「ユディト記」が執筆されたのかな、と思うところもあるのであります。



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 確かに聖書をテーマにした本ブログの読者人口は多いとはいえない。読者も相当固定されている様子。閑散としているのは半分事実。しかし、どれだけ堅苦しくても、どれだけつまらなくても、わたくしには言葉を発信する義務がある。義務というのが大袈裟なら、役目、と言い換えた方が良いでしょうか。少なくとも、或る種の意志がなければ、現在のように約39度の熱に朦朧となりながらもブログ更新の作業を進めてはいないと思います。
 わたくしは<9.11>で死んだ友人を追悼するため、それ以上に亡き婚約者への途絶えることなき思慕を込めて、本ブログを運営し、原稿を執筆しています。もしわたくしが死んだときにはこれが偽りなき墓標となることを常に自覚し、或る程度まで覚悟も固めて、本ブログを運営し、原稿を執筆しています。
 重苦しい話になったけれど、まぁ、心情告解と思うていただければ幸いです。◆

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