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第1972日目 〈旅したい場所;隠岐と小諸〉 [日々の思い・独り言]

 仕事の帰り道、突然どこかへこのまま旅に出たい、と思うことはないでしょうか? 勿論「突然」とは「失踪」の同義ではありません。こんにちは、みくらさんさんかです。わたくしはあります。仕事帰りに箱根に行くことなんて簡単ですし、伊豆へ泊まりに行くのも造作ない場所に会社があると、いつかそのうち実行しそうな気がしてなりません。
 通勤のみならず日常生活に於いても利用する横浜駅ですが、ホームに立つと昔に較べてなんとも殺風景な光景が広がっていることに突然気付かされることがあります。たいていは感傷的な気持ちになっているときですが……そんなときは一際目の前に広がって多くの人をホームに往来させ、電車を迎え入れては送り出す光景を見ていると、いったい自分はここでなにをしているんだろう、と懐疑に捕らわれてしまうのです。そんな気持ちが目の前の光景を殺風景と見させているのかも知れません。
 そんなときなのですね、どこかへこのまま旅に出てしまいたい、と思うのは。でも、仕事のこととか生活のこととか諸々の縛り付けるものを考えると、なかなか実行する勇気はありません。別にこれはいまに始まったことではない。20代の頃からです。
 理由はともかく、一人旅をしたい、と思うてもそのときどきの事情で思い留まり、でもどこかへ行きたくて、結局は上島鬼貫のように一人し家にこもって空想の旅行記を書いたり、地図や時刻表やガイドブックを眺めてそこから読み取れる情報に心躍らせたり、或いは小説や詩歌、マンガの舞台となった場所に立っていることを夢想したりしてね。そんな風にして、身軽になれない憂さを晴らしている。
 行きたいところは沢山ある。が、それは大概一過性のもので、20年、30年に渡って「ここへ行きたい!」と胸の奥に巣喰った場所は山陰隠岐と信州小諸の2箇所だけ。前者は古典文学を専攻して和歌に淫していた時分の所産で、或る程度鎌倉時代の歴史を知る人なら思い当たるだろうが、承久の乱の首謀者後鳥羽上皇が流されたのが隠岐であった。いまもそこには上皇の墓所があり、当時身の回りの世話をした村上氏の末裔が島にはいると聞く。隠岐本新古今和歌集はそこで上皇によって編纂された。
 あともう1つの小諸だが、ここは一時期島崎藤村が小諸義塾の教員として赴任していた地として有名だ。隠岐にはまだ一度も行ったことがないが、この小諸には既に一度行ったことがある。母方の祖父の持つ軽井沢の別荘へ家族で泊まりに行ったとき、この小諸に立ち寄ったのだと記憶するが、それは既に古典文学へ深く耽溺し、学びもしていた20歳前後のことだったろうか、と記憶する。横浜に帰る帰途だったかも定かでないが、小諸城址を訪い懐古園を逍遙し、千曲川を謳った詩の碑を見、蛇行する千曲川を眺め、ゆくりなくもここにいた藤村を、柄にもなく思うたものである。
 藤村が一時期小諸の人だったことは前に述べたが、かれの著作の1つに『千曲川のスケッチ』がある。学校の近代文学の講義で藤村文学について講師が語ったのを聞いたその足で、神保町の古本屋で何作か買いこんで読んでみたけれど、殆ど感じるものがなかったのをはっきりと、いまでも覚えている。が、そのうちの1冊は違った。淡々とした日常の素描が綴られているだけだが、それが却って新鮮で、面白かった。いまはもう知ることもできなくなってしまった風俗や自然の、貴重なドキュメントとしての一面をも楽しんだ。勿論、それが『千曲川のスケッチ』である。
 つい先日、おそらく誇張でもなんでもなく21世紀になって初めて、これを読んだ。元より藤村の良い読者でないけれど、この本は好きで、ずっと手放さずに持っている。これを読んだら、小諸に旅したくなった。小諸城址に立って懐古園から山々の間を縫うように、這うように進む千曲川を中年になったこの目でもう一度見たくなった。だがわたくしはそれだけを以て小諸に遊びたいのではない、……
 実はわたくしが信州小諸の地名を知ったのは、軽井沢で一夏を過ごしたその年ではない。もうずっと以前から、小学校高学年か中学に入って間もない時分から、長野県に小諸市という町があるのは知っていたのだ。
 その頃、小山田いくという漫画家が『週刊少年チャンピオン』に『すくらっぷブック』なる作品を連載しており、毎週読んでいたのだが、この学園漫画の舞台が小諸であったのだ。第21話の文化祭準備のエピソードが最初に接したものだったのだけれど、ただ1つだけ記憶が不明瞭なのは、初めての遭遇が単行本であったのか雑誌だったのか、という点だ。群馬の田舎にお盆かなにかでいたときに、兄が読んでいたのを横からさらって読んだことは覚えているが……。
 もともと作者が小諸の人であるから、作品の舞台は小諸市や長野市の周辺がやはり多い。東京を舞台にした作品もあるにはある。が、その底には信州への帰巣本能が働いているように見受けられること度々で。舞台云々についてはは読切短編に於いても変わりはない。
 ブッキングから復刊された小山田いく作品へ殆ど10年ぶりに触れたわたくしが志したのは、いまでは定着した<聖地巡礼>の真似事である。『すくらっぷブック』で描かれた中学校や喫茶店、山菜狩りやスキーの舞台となった山を訪ねてみたい。さすがに小諸駅を歩いているとき一瞬死角になる資材置き場はもうないだろうけれどね。
 できるならば、夜中の小諸の街の灯を電車から見てみたい、という気持ちもある。或る出来事がきっかけとなって、主人公たちが信州から日本海を回って青森まで旅に出るエピソードがあるのですが(第63話「夕闇発19時16分」-第66話「暁着3時31分」)、その終盤、急行「妙高9号」の車窓から見えた小諸の街。それを主人公はこう独白する、「浅間山へ向かってせりあがる光のつらなりはボクたちの街の光だ/ただ今ボクの街」と。これを見たいのだ。
 そうして<聖地巡礼>の真似事を思い立ったそもそものきっかけとなった短編「約束」、そのなかにある、千曲川対岸の久保や山浦に立って町を眺めると平衡感覚を失ったような気になる、という描写を実際に自分も体験してみたいのだ。小山田いくはさすが地元を知り尽くした者として見開きでその場面を見事に描いたが、それを自分もこの目で、この体で同じような光景を感覚を体感してみたいのだ。本作は『気まぐれ乗車券』(ブッキング)に収められている。
 隠岐にせよ小諸にせよ、実際に足を運ぶことができるのか、運べるとなればいつ頃か、自分でもさっぱりわからぬ。そもわたくしの人生に予定はなく、あるのは惰性の毎日だけ。非日常である旅を自分1人で楽しむことができる日が来るのか、そんなことわかりません。が、いつかそれらの地を訪れて満足して死ぬことができればいいな、と思うのであります。
 むろん、そのときの旅の友は、隠岐なら『隠岐本新古今和歌集』、小諸なら『千曲川のスケッチ』と「小諸なる古城のほとり」を収めた<藤村詩集>でありましょうね。◆