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第2074日目 〈「ローマの信徒への手紙」前夜〉 [ローマの信徒への手紙]

 福音書を読みあぐねたときだったでしょうか、気分転換も兼ねて読む順番を変えてみようか、と思うたのは。けっきょくは構想で終わって実行はされなかったけれど、いま再たわたくしは性懲りもなく同じことを<パウロ書簡>について企んでいるところであります。
 新約聖書には全部で13の<パウロ書簡>が収められます。内、「ローマの信徒への手紙」と「コリントの信徒への手紙」一と二、「ガラテヤの信徒への手紙」は主要書簡とされ、書簡集の始めの集団を成すことは昨日も述べたとおりであります。その配列はなんと、長い順である。執筆年代ではないのだ。古代はその分量、その長さが尊ばれて重視され、年代が問題となり配列基準となったのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのことといいます。どういうわけだかわたくしのような怪奇党はその時期を見て、おお怪奇小説黄金時代とぴったり重なるではないか、と意味もなく興奮する……閑話休題。
 パウロ書簡の筆頭に置かれる「ローマの信徒への手紙」は質・量共に他を圧するものということになるが、パウロ真筆とされる6つの書簡のなかでは最後に書かれたものとされ、使20:2-3で言及される3ヶ月滞在したコリントにて後56年頃、ローマのキリスト教教会宛てに書かれました(なお、いちばん最初に書かれたのは「テサロニケの信徒への手紙 一」で後50年頃の執筆云々)。そうして自ら創設にかかわっていない教会に宛てた手紙としては、現存する唯一のパウロ書簡であります。
 エルサレムを遠く離れた帝都ローマにも、キリスト教会はありました。離散ユダヤ人がそれを創ったのです。他地域の教会同様、ローマのキリスト者たちが一個、乃至は複数の共同体(コミュニティ)を構成し、それが離散集合を繰り返して在ローマ・キリスト教会となった、というのが実際でありましょう。
 殆ど律法原理主義というてもよい従来のユダヤ教徒からすれば、ナザレのイエスという厄介者を開祖とするユダヤ教イエス派と、その信者が集う教会は異端としか映らなかったはずであります。小アジアやギリシアでされたパウロの宣教を妨害したと同様な騒ぎが、ここローマでも幾度となくあったであろうこと、想像に難くありません。むろん教会はそれに耐え抜いた。クラウディウス帝によってユダヤ人及びユダヤ人キリスト者はローマ追放の憂き目に遭ったけれど(使18:2)、帝崩御して後かれらがローマへ戻ってくるまでの間は異邦人キリスト者が教会を守ったことでありましょう。パウロは祈るとき、常にローマ教会のことを思い起こし、そこへ行くことができるよう願っていた、と「ロマ書」第1章第9-10節で自ら語っております……。
 これを書いた当時、パウロはローマでの伝道の希望を、傍らの者へたびたび洩らしていた様子です。別のいい方をすればまだローマを訪れたことはない、ということ。ロマ15:22-29で本書簡の執筆背景が綴られていますが、それに拠れば、パウロの目的はイスパニア(スペイン)訪問/伝道にあり、ローマはその中継地、逗留地としての役割を与えられておりました。
 勿論、ローマ市民であってもパウロはまだローマの都を自身の目で見たことはなく、市民であれば一度は訪ねたい希望と共に帝都ローマでの伝道にも励みたかったことでしょう。が、当時パウロの眼差しは帝都のずっと西の方へ向けられていたのでした。エルサレムからすれば世界の果て、地の果てまでイエス・キリストの福音を運び、かの地の異邦人へ福音を届けて宣べ伝えるのが、パウロの役目だったのであります。
 「ローマの信徒への手紙」はパウロ書簡のなかで最大の規模を誇ります。その趣は最早「書簡」というより「論文」というてよい。「所信表明演説の原稿」といい換えても差し支えないでしょう。「ロマ書」が自分が創設にかかわっていない教会へ宛てた、そこへ集う未知の信者集団に宛てた、逆にいえば自分のことをよく知らない人々へ書かれた、意と筆をじゅうぶんに尽くした自己紹介と信仰への導きの手紙であれば、わたくしのこのような印象も宜なるかな、というところでしょうか。
 本書簡の内容は、個人の信仰や罪の問題、神の愛、ユダヤ人のみならず異邦人も含めた人類の救済、そうして信仰に生きるための諸事について触れ、終いに本書簡を書いた己の思いと挨拶を以て擱筆される。ここで取り挙げられる事柄はいずれもパウロの思想/神学の中核を成すものであり、新約聖書の心臓というてよいでしょう。暴言ではあるが、<パウロ書簡>のうちではこれさえ丹念に、きちんと読んでおいてくれれば良い、という代物であります。
 ──人が義とされるのは信仰によってである(ルターは初の聖書独語訳を作る際、信仰によってのみ、としたそうです。徹底的に聖書を読みこんだルターならではの解釈でありますね)。
 ──「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」(ロマ12:15)
 ──「だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。」(ロマ12:17)
 ……この3つ、就中引用した第12章からの言葉は、わたくしが本書簡で大好きな言葉であります。「ロマ書」の本題からはやや外れますが、そのあたりはご勘弁願いたく存じます。
 それでは明日から「ローマの信徒への手紙」、別称「ロマ書」(略せばロマ)を明日から1日1章の原則で読んでゆきましょう。今度は停滞なく読み進めることができますように。◆

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