第2259日目 〈「テモテへの手紙 二」前夜〉 [テモテへの手紙・二]

 64年、帝都ローマは大火に見舞われました。時の皇帝ネロはその様子を皇宮のテラスに立って眺めながら、トロイア陥落を詠った詩を吟じていた、と伝えられています。帝都を焼き尽くした大火がどのようにして出たのか、出火の原因は? 故意によるものなら首謀者は誰か? いったいなんの目的で? 真相は歴史のカーテンのずっと奥に隠されていて、定かではありません。諸説ある、というのが精々であります。
 その様々の説のなかに、そうして有力視されてほぼ定見となっているものに、首謀者ネロ説があります。理由はわかりませんが、建築マニアだったそうですから、旧来のローマの街並みを一掃して自分の理想とする帝都ローマを再構築したかったのかもしれません。ただわれらがこの大火について確実に知るのは、これが皇帝への従順を潔しとしない、当時異端視されていたキリスト教を信奉する人々によって引き起こされた、一種の謀反であったこと、そうして、これを契機に史上初のキリスト者の弾圧が開始されたことであります。いわばキリスト者はスケープゴートとされたのでありました。
 パウロは最晩年をローマにて囚人として過ごした。やがて殉教へつながる監禁なわけですが、かれの死は67年頃とされるのが今日の大勢であります。パウロがいつ頃捕まって2回目のローマ監禁生活を送るようになったのか、報告する資料はありません。
 が、「テモテへの手紙 二」はまさにこの(2回目の)監禁中に書かれたのであります。二テモ2:9や同4:6などがそれを示唆しております。従って本書簡はパウロの死の直前、66-67年頃、ローマにて書かれた、と考えるべきでありましょう。おそらくは本書簡が〈パウロ書簡〉のなかで最も新しい時期に書かれた手紙、言い換えれば現存する/新約聖書に収められる〈パウロ書簡〉のうち最後の手紙なのでありましょう。
 なおパウロ殉教の前年、即ち66年、シリア・パレスティナ地方のユダヤ人がローマからの独立を叫んで一斉蜂起しました。これはすぐさまローマ帝国との戦争にまで発展し、ユダヤ人は相応に奮闘したようですが、圧倒的武力を擁すローマ軍を打ち倒せるはずもなく、善戦空しく70年にはエルサレムが、73年には最後の砦であったマサダが、それぞれ陥落したことで独立戦争はユダヤ側の敗北で幕を閉じました。以後、ユダヤ人は、シリア・パレスティナ地方は、ローマのより厳しい監督を受けることになります。これが第一次ユダヤ戦争であります。「テモテへの手紙 二」が書かれたパウロの最晩年は、このような時代であったのです……。
 この手紙が書かれた当時、パウロは孤独でありました。監禁されているから当たり前ではないか、という勿れ。ローマ市民の肩書きが効いたのか、そうした身であっても傍らにあって世話してくれる人物はいたようです。パウロ自身述べるところによれば、それはルカでした。「ルカによる福音書」と「使徒言行録」を著した、とされる医者ルカでした。が、他の兄弟たちはかれの傍にはいなかった。ローマ帝国によるキリスト教/キリスト者弾圧に由来するのか断定はできませんが、結果としてそれを理由に離れてしまった人は多くいた、と推測されます。ルカ以外に侍る者のないパウロが、もう1人自分の傍にいてほしい、と願ったのはマルコでありました。これは「マルコによる福音書」の著者と伝えられるマルコだったでしょうか。そうしてかつての宣教旅行にて袂を分かち、バルナバと一緒にキプロス宣教へ赴いたマルコであったでしょうか。
 パウロ最後の手紙というフィルターが掛かるとすべてがそんな風に見えてきてしまう、という弊害はありますが、その内容の一々が諦観の極みのように読めてくるから、思いこみとはふしぎなものであります。これを最後の聖訓として読むならば、本書簡でいちばん重きを置くべきは、そうしてパウロの涙にあふれた言葉は、二テモ1:13-14、同4:1-5である、とわたくしは思います。最後にこれらを引用して本稿を終わります。
 「キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。あなたにゆだねられている良いものを、わたしたちの内に住まわれる聖霊によって守りなさい。」(二テモ1:13-14)
 「神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい。」(二テモ4:1-5)
 それでは明日から1日1章の原則で、「テモテへの手紙 二」を読んでゆきましょう。◆

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