第2503日目 〈『ザ・ライジング』第4章 23/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 「さも偶然を装ったような台詞ですね。どうせ待ち伏せていたんでしょ、昨日みたいに」白井は冷徹に、ぴしゃりといってのけた。が、それさえわずかに震えているのがわかる。だが、なにはともあれ、先制攻撃は仕掛けられた。いいぞ、こっちが一ポイント、有利に立ったぞ。
 しかし、池本にひるむ様子は見られなかった。ただ頷いたきり。ええ、そうよ、よくわかったわね、とでもいいたげに。
 「どうなんですか。僕になにか御用ですか」
 「そこの境内で話さない?」と池本が天神社を指さした。「立ったままでお喋りもいいけど、ここは風が吹きつけて寒いわ」
 そんな格好じゃあね、と白井は独りごちた。
 「いやですよ。僕は早く帰りたいんです」
 アウディの横を通り過ぎようとする白井の前に、腰へ両掌をあてて背中を伸ばした池本が立ちはだかった。「深町さんのことで話があるのよ」
 白井は足を停めた。振り返って池本を睨視した。希美ちゃんのこと? こいつ、あの子になにかしたのか? まさか、と思ったが、白井にはその先を考え続けることができなかった。いざ最悪の状況を想像しようとすると、却って頭は混乱して真っ白となり、なにも考えられなくなってしまう。それでも何秒間かの後、徐々に落ち着いてきて、なんとか彼は考えをめぐらせられるようになった。
 いじめられているんだろうか。でも、どういうわけで? ハーモニーエンジェルスのオーディションのことかな。いや、まだ選ばれたわけじゃないんだから、それはたぶん違うだろう。じゃあ、なんだ。どういう理由がある? ご両親を亡くして同情を集めているが故の怨恨か? しかし、もしいじめられているのだとしても、希美ちゃんには三人の親友がいる。宮木彩織と森沢美緒と木之下藤葉。なにがあっても彼女達が希美ちゃんを守ってくれるだろうし、宮木さんは僕のところへ連絡してくるだろう。それがないというのは、彼女達の目が届かない――部活絡み? だけどなあ、と白井は考えた。昨日は半日ずっと一緒だったのに、希美ちゃん、そんなこといってなかったし、匂わせもしなかったぞ。信用されていないわけじゃないのに……。いずれにせよ、いま目の前にいるこの女がなにかを知っているのは間違いない。でなければ、まるでとどめの一突きにも似た、深町さんのことで話があるのよ、なんて台詞をああも無感情に言い放てるわけがない。
 本人も知らぬ間に拳にした彼の両掌を、ちら、と池本が見やってせせら笑った。「そんなに深町さんのことが心配?」
 頷くよりも早く、「当たり前でしょう」と白井はいった。予想外に厳しい口調だった。「彼女のことっていったいなんですか? ――わかりました、境内で話しましょう。そしたらさっさと教えてくださいよ」
 白井はむっとした表情で、天神社へ足を向けた。境内への三段の階段に足をかけて、彼は振り返った。池本は背中を見せたまま、動こうともしていない。腹立たしげないい方になるのを隠しもせず、「どうしたんですか、早く来てくださいよ」と白井はいった。
 はいはい、とからかうような口ぶりで池本が答えて、踵を返した。彼女がそのとき、コートのポケットに忍ばせたレンチを固く握りしめたのに、白井はまったく気づかなかった。
 白井は視線が合うのを避けるように顔を背け、天神社の境内へ足を踏み入れた。□

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