第2527日目 〈村上春樹『騎士団長殺し』を買いました。〉 [日々の思い・独り言]

 根附くかどうかわからないプレミアム・フライデーが最初に導入された今日2月24日、村上春樹の新作長編『騎士団長殺し』(新潮社)を購入した。仕事を終わらせ地下鉄に乗っていつもの乗換駅を通過、学生時代を過ごした古本屋街の一画に鎮座坐す老舗新刊書店に駆けこんで、いちおう刊行初日であるけれど早売りから数えて20時間近くとあってはテレヴィのニュースで報道されたような<ハルキ・タワー>は姿を消して他の作家同様新刊平台に積まれている状態の時刻に、こっそりと買ってきたのである。
 1階と2階の数ヶ所へ置かれる平台に積まれただけでは、ともするとそこに村上春樹の新作が並んでいるとは気が付かないかもしれない。視界に入ってもそれと認める前に通り過ぎてしまう人は、幾らもいることだろう。まぁ、ポップやら吊りポスターやらを駆使して目立つようにはされているから、まったく気附かないで通過するのは至難の業かもしれないが……。が、もしかりにそんな販促商材が皆無であったとしても、<気附かず通り過ぎる>なんて失態をわたくしは犯さない。なぜって、わたくしの目にその平台は、とても光り輝いて見えているのだから!
 むろん、わたくしは世間が<ハルキスト>と総称する信奉者集団の構成員ではない。然り、断じて違う!! そもハルキストとは何者か。如何なる属性の種族なのか。
 それは即ち、村上春樹の新作を発売初日に入手することに情熱を傾け、日付が変わった瞬間から販売開始する書店があると聞けば翌日の仕事に支障が出ると予測されてもそこへ駆けつけて財布から千円札数枚を本と一緒にレジへ差し出す人たちのことである。
 装丁の具合や汚れ、折れ、ズレに厳しい目で以て臨み、合格したものだけをそっと、しっかり、優しく携えてレジに運んでゆく人たちのことだ。
 言い訳のように、照れ隠しのように、他の本や雑誌を紛れこませてレジに持ってゆかない人たちのことだ。
 その日のうちに徹夜もしくはそれに等しい荒行の末早々に読破して、倩思いを巡らせた後やおら再読、三読に挑んでなにかを見出そう、そこに潜んでいるものについて解析しようとする人たちのことだ(勿論、純粋に物語の世界を堪能して再びそこへ帰ろうとする人たちも含む)。
 ウェブやSNSに読破したことに加えて評論や感想文をアップしたり、同好の士と本の内容について語り合ったり、或いは特定の文章を暗誦できてしまったりする人たちのことを、そう呼ぶのである。
 ──おお、その伝でゆけばかつての情人よ、あなたのような人を指して世間は<ハルキスト>というのだよ。
 以上を敷衍してゆけば、わたくしはけっしてハルキストなんかではない。それが証拠にわたくしは今日、『騎士団長殺し』を購うにあたってそれのみをレジへ持ってゆくことに抵抗があった。その根源にある感情をできるだけ当たり障りのない言葉で表現すれば、恥じらい、であろうか。なに考えてんだろうね。罪に問わるわけでもなく、ブラック・リストに名前が載るわけでもないのに。誰彼に見附かってフライデーされる(これは認定済みの死語なのか?)わけでもあるまいし。
 にもかかわらず、わたくしのようなハルキストにはなりきれない普通よりちょっと熱心な村上春樹ファンは新作を発売初日に買おうとする場合、下手な小芝居を打つことに奔走するのだ。一種の偽装工作ですな。つまり、こんな具合に──、
 『騎士団長殺し』と一緒に買うに値する文庫はないかしら。興味ある特集を組んでいる雑誌は売ってたりしないかな。乃至は、明日発売のビブリオ・ミステリーの完結巻が1日早く並んでいたりしないだろうか、フライング・ゲットできればそれに越したことはないのだが……。
 そんな風にして、装丁の具合、汚れや折れやズレに厳しい目で以て臨んで検品し、お眼鏡にかなった『騎士団長殺し』第1部「顕れるイデア編」と第2部「遷ろうメタファー編」をそっと、しっかり、優しく抱えて、店内2階の文庫売り場を隅から隅まで逍遙というか物色していたら、突然閉店の音楽とアナウンスが流れて肝を潰し、ええいこれを買ってしまえ! とばかりに摑んだちょっと前から気になっていた作家のミステリー専門古書店を舞台にした書き下ろし文庫を一緒に、同じように泡喰って目当ての本を手にした客とレジをフル稼働させて対応に勤しむ店員が織りなす刹那の交流場(販売業の立場に立てばその日最後の戦場である)へ赴き、順番を待つ。
 やがて自分の番が回ってきた。他の作家の文庫が1冊紛れこんでいるのだから偽装は完璧だ。大船に乗った気分でいるわたくし。書店のカードを千円札数枚と一緒にトレイに置く。村上春樹の新作だけが目当てで今日ここに来たわけではありませんよ。意思表示もばっちりだ。これで書店員もわたくしに疑いの眼差しを向けたりしないだろう。
 大いに安堵した気分でいるわたくしだった──が、まさか最後の最後で安堵から一転させる出来事に遭遇することになろうとは! 沈着冷静を絵に描いたような女性店員から「村上春樹の新作をお買いあげの方に先着でこちらの特製カバーを差しあげております」と、中央にはベージュ地に茶褐色で「村上春樹」の文字が印刷され、両端は深緑で書店名が色抜き印刷されたB5サイズの装丁カバーを、まるで掲げるかのように見せられたときには、いやぁ、これこそ正真正銘、想定外の展開でありましたよ。せっかくの偽装がこれで水の泡。でも、それが妙に気持ち良かったんだよね。だって特典ありって嬉しいんだもん。
 斯くしてわたくしは出入り口の自動ドア付近でお見送りを受けた後、下車した地下鉄の駅へ足を向けた。その途中にスターバックスがあったからそこへ(当然のように)立ち寄って柚子シトラスティーを飲みながら、にたにた顔をどうにか抑えて『騎士団長殺し』をぱらぱら目繰り、本稿の第一稿をモレスキンのノートに認めたのだった。
 ──さりながら未だ未読の本の山は大きく崩れる様子を見せておらず、ゆえに今回の『騎士団長殺し』も実際の読書開始がいつになるか不明だ。行く手の視界は黒に黒を重ねた厚い雲に遮られている。
 が、これだけは約束できる。読み終わったら本ブログにて必ず感想をお披露目することを。これは絵に描いた餅ではない。これまで実際に村上作品の感想をお披露目してきた実績に基づくほぼ確定した未来である。長きにわたる読者諸兄ならば、すくなくともこの点だけは首肯いただけるのではないか。◆

共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。