第2610日目 〈スタバの裏呪文メニュー、「ちゃんみおスペシャル」に懸想する。〉 [日々の思い・独り言]

 「Starbucks Rewardsᵀᴹをご利用いただき、誠にありがとうございます。
 現在お持ちのGold StarがReward eTicketと交換可能な150Starsに達しました。
 (中略)はじめてのカスタマイズを試したり、気になるFoodを楽しむなど、自分のぴったりの楽しみ方を見つけてみませんか?」
──こんなメールを受信したそのときであった、わたくしの野望がむくり、と頭を上げてほくそ笑んだのは。
 というのも……
 さる土曜日、台風12号が関東地方に最接近して「危ないから急用の人以外はぜったい外に出ないでねっ! 約束!!」と注意勧告が出されているのもわかっていながら、横浜一円に降雨はなく、空を見あげても雨雲がないどころか雲の切れ間から陽光すら射しこんでいたのを眺めて「平気だべ」と内心首肯、されど念のためと折り畳み傘が入っているのを確かめた。目指すは紅葉坂、だって本の返却日がその日までだったんだもん。
 赤い電車に乗って最寄り駅まで辿り着いた改札を出たわたくしの目に映ったのは、とんでもない土砂降り雨。弾丸と砲弾が飛び交い轟音炸裂、阿鼻叫喚の交差する戦場を目の当たりにした気分だった──と後日、わたくしは回想した──。
 凄まじかったのは雨音だけでは勿論、ない。道路に雨粒が叩きつけられたときに生まれるかの水煙、それは高さ人のくるぶし程度までしかないものの行く手をさえぎり前進を躊躇わせるにじゅうぶんな障壁──白く濁った壁というに他なかった。勇を鼓して歩道を歩く人はみな一様にたたらを踏み、荒れ狂う風に手にした傘を翻弄されてずぶ濡れに等しい姿となってなかなかな光景が駅改札前、庇の下で一歩踏み出すを恐れる人たちの前に広がっていたのだった。
 が、進むよりなかった。図書館へ行かねば、わたくしはならない。既に本ブログではお馴染みとなったかもしれぬ文句が、さぁ出番だ、とばかりにわが脳裏に響いて執拗に谺した……進むべき道はない、しかし、進まなくてはならない。
 雨が小降りになった瞬間を狙ってわたくしは傘を広げて街へ出た……それがきっかけであったかのように躊躇っていた人々も、それに続いた……数メートル歩いてふと顧みた駅の改札(その庇部分も含めて)、ああもしかすると古の都にあったという羅生門はこんな具合の建物だったのかもしれないな、となんて想起させられたのである。黒光りする駅改札の庇の陰から短い白髪をさかさまにして老婆がこちらを覗きこむ姿が見えそうな……そうしてわたくしの行方は、「誰も知らない」のだ。別に餓死をまぬがれんと引剥をしたわけじゃないけれどさ。
 さて、前置きはここまでだ。途中経過を省略して上述の野望まで話をすっ飛ばそう。ワープ!
 場所は変わって馬車道のスターバックス、わが籠もり場である。その窓際の丸テーブル席で気配を殺して坐り、濡れそぼった服を人目を避けて乾かしながら(脱いだわけじゃないよ!?)、雨粒が路地の向こう側のビルの壁を叩いて煙を上げる様を観察しつつ、リュックのなかが浸水して文庫本やモレスキンの手帳が水を吸っているのに悄然としているときだった。かのメールを受信して野望がむくり、と頭を上げて、にまり、とほくそ笑んだのは。
 と、ここで話は数日前に遡る(おい)。
 「面白いですよ」と同僚から奨められて、たまたまCSにてリピート放送中なのを発見した『日常』というアニメ。すっかりハマって会社から帰った深更、ビール片手に視聴するのが愉しみの一つとなった。
 『日常』とはあらいけいゐち原作のシュールな日常系ギャグマンガ、全10巻(KADOKAWA)。アニメ版は2011年4月から同年9月まで独立系UHF局にて放送された(全24話。別に全12話へ再編集された『日常 Eテレ版』もあり)。詳細についてはGoogle先生にお任せしよう。けっして責任放棄ではない。
 第2期第18話「日常の72」で主人公(の1人)長野原みおが相生祐子(ゆっこ)に誘われて、リニューアルオープンした「大工カフェ」へ寄り道する。そこはかつて街角の喫茶店「純喫茶 大工屋」であった。十字路の角に立地するゆえときどき登場人物たちが信号待ちをしている場面に映っている。
 この大工カフェは第16話「日常の64」に於いてゆっこがオーダーに苦しみ、店員とのやり取りに一々動揺、出されたドリンクを前に消沈して(「ちっちゃ……/ちょー苦げぇ……」)玉砕した、彼女にとっては因縁の場所。エスプレッソのショット、ドッピオを頼む流れは『日常』全体を通して(原作・アニメ共に)上位へ食いこむ爆笑回だ。そうなんだよね、とカフェでエスプレッソ初オーダーしたときの苦い体験を持つ身にはゆっこ挫折の回、同時に笑うに笑えぬものでもあったのだ。古傷が疼くどころではない、疼くそこへ超高濃度の塩をぐりぐり塗られている気分……。
 回は流れて第18話「日常の72」、ゆっこは親友を大工カフェに誘った。リヴェンジにして先輩風吹かせる好機だった──きっと彼女もオーダーに眼を回して四苦八苦するだろう、そうしたら自分が助け船を出してあわよくば尊敬の眼差しを承けよう、なんて目論みもあったろう。
 が、物事には常に想定外の因子が存在する。それを人は番狂わせとも、予想の右斜め上を行くともいう。絵的にいえば、あまりのびっくりに顎が外れることも往々にしてあり得るわけだ。
 その時は来た、みおがカウンターの前に立ち、店員を前にオーダーをするその時の訪れが。後ろに並ぶゆっこは早くもクスクス笑いをこらえられない様子だ。
 が、ゆっこの目論みも空しく、みおはためらうことなくつかえることなく、手慣れた風で、呪文ドリンクをオーダーした。曰く、「ホワイトチョコレートモカフラペチーノのグランデで。あっ、あとキャラメルソース、ヘーゼルナッツシロップ、チョコレートチップエキストラホイップの、エスプレッソショット一杯で」と。
 わたくしがゆっこだったらば、その瞬間プロコフィエフのバレエ曲《ロメオとジュリエット》から〈モンタギュー家とキャピトル家〉の勇ましい音楽が脳裏に再生されたことだろうなぁ、演奏はきっとクラウディオ・アバド=ベルリン・フィルで。
 みおのオーダーで察しのついた読者諸兄も居られようが大工カフェ、オーダーとメニューのモデルはあきらかにスターバックスである。
 スターバックスと来ればわたくし、みくらさんさんかだ。とはいえ恥ずかしげなく「ヘビーユーザーです」と胸を張れたのはいまや昔、本ブログが<聖書読書ブログ>として機能していた時分のこと。いや、ただほぼ毎日通っていたから斯く自称していただけなんですけれど、ね。聖書を読む場所原稿を書く場所を求めて流離い、彷徨して辿り着く先はいつだって海あるふるさとの街、もしくは異動して多摩川を越えるようになって以後は帝都のあちこちに点在するスターバックスだったのだ。坐るところがなくてたまに、更なる流離いを重ねて別の店に腰落ち着かせたこともあったけれど、それはまぁしょうがない。
 そのときかならず呑んでいたのはドリップコーヒー、ホットのトール、マグカップで、そこから浮気したのは片手の指を折って足りる程度しかない。それゆえもあろう、長野原みお嬢が立て板に水の如く呪文オーダーしたようなカスタマイズメニューのできる人に一種、憧れに似たような想いを抱いていたのは。が、それはあくまで<憧れ>に過ぎず実行に移すだけの理由はまったく持てずにいたのだった。
 そんなわけで、残念ながらみおちゃんオーダーの呪文ドリンクを賞味したことは、いちどもない。いつの日か……と思えどそんな日が来ることはない、と心の片隅で理解していた。決められたレールから外れて生きる、その勇気も決断力もなにもないのだ。あるとすれば不安と、外れることを否むために準備された詭辯だけ。
 でも、遅かれ早かれ自分でオーダーする瞬間の訪れが、実現の兆しが、唐突に、かの台風12号の猛威に負けず(いや、事実上負けたに等しいけれど、ここはまぁ言葉の綾という奴だ)到着した懐かしき馬車道はスターバックスの窓外を臨む丸テーブル席に在った夕刻、訪れたのだった。どこに? わたくしのスマホに、メールソフトに。それが、──
 「Starbucks Rewardsᵀᴹをご利用いただき、誠にありがとうございます。
 現在お持ちのGold StarがReward eTicketと交換可能な150Starsに達しました。
 (中略)はじめてのカスタマイズを試したり、気になるFoodを楽しむなど、自分のぴったりの楽しみ方を見つけてみませんか?」
 (斯くしてお話はここでようやく振り出しに戻る)
 ここで特に重要なのは、「はじめてのカスタマイズを試したり」云々という件。読んだ途端に思いついたのが、ご想像の通りで誤りはない、そう、みおちゃんが頼んだかの呪文メニューを試むことだったのだ。
 聞くところによればJR秋葉原駅に併設される、幾つかのアニメやライトノベルなどに登場する駅ビル内のスタバ──スターバックスコーヒー アトレ秋葉原1店(JR総武線各駅停車千葉方面ホームを窓越しに眺められるカウンター席が、わたくしのお気に入りだ!)ではかつて上記のオーダーが、<ちゃんみおスペシャル>と称して用意されていた由。
 噂の域を出ないけれど、客が「ホワイトチョコレートモカフラペチーノのグランデで。あっあと追加でキャラメルソースヘーゼルナッツシロップチョコレートチップエキストラホイップのエスプレッソショット一杯で」と噛まないように、されど間違わずに注文できたという達成感と共にいい終わるや、「ちゃんみお、入りまーす」と簡略化されたオーダーが入るのだそうだ。がんばって最後までいえた喜びも達成感も、すべてをぶっ潰す無上な一言といえよう。
 これも噂でしかないが、オーダーの際舌を噛みそうな呪文はすっ飛ばして、単に「ちゃんみおスペシャルください」といえばちゃんと通じて、数分後にはカウンター横の赤いランプの下から「ほらよ」とばかりに渡される……らしい。また、透明カップには可愛らしいイラストと一緒に、「ちゃんみおスペシャル」の文字が躍っていたと聞く。
 なんともうらやましく、ほほえましい光景ではないか。そんな現場に遭遇したら、たといちかごろちとやさぐれ気味なわたくしでも目尻をさげて、頬をゆるめて見入ってしまうよ。
 でも「ちゃんみおスペシャル」の価格は約700円、総カロリー数は約600キロカロリー──価格はともかくカロリーについてはなかなか覚悟のいるドリンクだね(経年ゆえにいまはもう「ちゃんみおスペシャル」なる通り名も、すぐには通用しなくなっているようだ)。オーダー直前、レジの前で糖尿病とかメタボとか、そんな気掛かりな言葉と心のなかで戦う人もあると思うのだが……あ、おいらもか。◆

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