第2630日目 〈果たしてホームズを脇にのけてまで観る必要もないのでは、と思うのだが……。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 毎年正月3が日はのんべんだらりと、シャーロック・ホームズのドラマを観て過ごすことにしているのだが、今年はどうもその慣習を自ら破る羽目になりそうだ。
 というのもそろそろHDの容量が怪しくなってきて、録画しっぱなしの番組を片端から観てゆかねばならぬ状況と相成ったためである。自業自得? うん、そうとしか言い様がない。
 正直なところをいえば、観ようと観まいとどちらにせよ、DVD-Rに焼いて保存となるのだけれどね。とはいえ、焼いたあとで観ようとしてもそれは絵に描いた餅以上に非現実的なことだから、やはりどうしても事前に観ておく必要があるのだ。
 で、毎年恒例のホームズ鑑賞を放棄してでも観ておかないとならぬドラマとは、いったい何か?
まぁ金田一耕助なんですけれど。これが古谷一行や石坂浩二ならまだしも、片岡鶴太郎の金田一耕助だからなぁ。正直なところ、過去30年に於いて金田一を演じた俳優のなかでこれ程魅力のない人もいない。
 なんか腹の底で悪巧みしていそうな、善人の面をかぶった卑怯者。これが片岡鶴太郎の金田一耕助を初めて観たときから今日に至るまで、変わることなき印象。かれの主演した金田一耕助シリーズは全8作あるけれど、どれを観てもその演技にわざとらしさとあざとさがあって、原作にあるような「人懐っこさ」を微塵も感じられないのだ。
 人の輪のなかに自然と入りこんでゆくことは困難でしょう、相手方は皆一様に警戒して口をつぐみ、疎んじ、挙げ句に誤解に基づいたリンチを喰らわすでしょうよ、片岡/金田一がコミュニティに入りこんできたら。疑わしさじゅうぶんですもん。
 でも観ておかないと、気分が悪いのですよ。それに横溝正史の魅力にどっぷり浸かるようになった昨年以降、映像化されて鑑賞する機会に恵まれた横溝作品にはすべて目を通すことを誓っているから、むかし観てそれっきりだった片岡/金田一もいちおう観ておこうと思うている次第。おまけに全8話、ってことも知らなかったからなぁ。
 片岡鶴太郎の金田一耕助が製作されることは、今後さすがにないだろう。製作されたとしても、観たくないです。が、先日放送された加藤シゲアキの『犬神家の一族』、あれは好かったな。ジャニタレの金田一かぁ、と正直馬鹿にしていたのですが、実際はこれがなかなかのお似合いで。1作だけじゃなんともいえないから、あと2作ぐらい──原作に可能な限り忠実に、と前置きした上で個人的には『女王蜂』と「貸しボート十三号」を観てみたいですね。
 古谷一行や石坂浩二、小野寺昭(想定外に適役だった!)に続く、21世紀の金田一耕助として期待したいのは、この加藤シゲアキと池松壮亮(この人の「貸しボート十三号」と「蝙蝠と蛞蝓」が観られたら、ファンとしては文句なしですね!)、そうして長谷川博己の3人ですね。桐谷健太やムロツヨシ、小栗旬の金田一耕助なんて実現したら悶絶するわ。でも、実はいちばん期待したいのは、やっぱり堂本剛であります──無理かなぁ。
 さて、つまらない片岡鶴太郎as金田一耕助を観てくるか……。催眠効果は抜群だろうな。◆

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