第2681日目 〈今月、発売がいちばん待ち遠しい文庫は、──岩波文庫『後拾遺和歌集』です。〉 [日々の思い・独り言]

 やはり怖い話、気味の悪い話、ゾクッとする話は良いものです。いまは季節が季節ですから、本屋さんや書肆でもその類のフェアをしているのが目につきますが、こんな時季だからこそ新刊書目のうちにこの分野のものを見附けるとうれしくなって、発売日がその瞬間から待ち遠してくてたまらなくなり、ソワソワしてしまうのです。
 たとえば、先月は東雅夫編『平成怪奇小説傑作集 1』(創元推理文庫)とHPL『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』(新潮文庫)が出た。今月は『幽霊島 平井呈一翻訳集成』(創元推理文庫)や綾辻行人『深泥丘奇談・続々』が文庫化(角川文庫)、気が早いけれど来月にはHPL<新訳クトゥルー神話コレクション>第4巻、森瀬繚編訳『未知なるカダスを夢に求めて』(星海社)と東雅夫編『平成怪奇小説傑作集 2』(創元推理文庫)がお目見えする(書くまでもないだろうが、個人の好みを反映したセレクトであることをお断りしておきます)。
 うれしくて、うれしくて、たまらない。手帳を開き、カレンダーを眺めて、発売日に書店へ並ぶ光景を夢想していると、ちょっと落ち着かなくなる。今月はほかにも欲しい本がたくさんあるので、月末に一気買いする予定──なのだが、今月は或る意味それら以上に刊行を知って驚喜し、手帳に発売日を大きく書きこみ、一日千秋の思いで待ち焦がれている文庫が1冊だけ、ある。
 久保田淳・平田喜信校注『後拾遺和歌集』が、それ。岩波文庫、8月18日刊行予定(18日って、日曜日だけれど……?)。
 かつて岩波書店は昭和に刊行した《日本古典文学大系》のあとを承けた、最新の研究成果を盛りこんだ《新日本古典文学大系》を平成の前半に刊行、完結させた。久保田淳・平田喜信校注『後拾遺和歌集』も、《新日本古典文学大系》に収録の1冊。
 大きめの新刊書店へ行けば函入りの、ジャンル毎に色分けされた帯で飾られた濃緑色の上製本が棚の一角を占めていたが、最近は場所塞ぎなのと完結から大分時間が経過したこともあって、だんだんと姿を消していっているのが淋しいところ(オンデマンドに移行していますね)。
 とはいえ、その古典文学のテキストと註釈がお払い箱になっているわけでは、勿論ない。出版社は《新体系》に収録された古典を暫時、改訂などして文庫におろしているのは、なんとも心強く、喜ばしいことである。いま手許に現物がないため記憶だけで書名を挙げれば、『源氏物語』や『平家物語』がその流れで文庫化されていたはず。嚆矢となったのは『平家物語』でなかったかしら。令和改元に伴うバカ騒ぎで特定巻だけ売れて、一時版元品切れとなった『万葉集』も、そのなかに含まれる。
 古典時代の和歌、就中八代集に関していえば、岩波文庫はいまも佐伯梅友校注『古今和歌集』と佐々木信綱校注『新古今和歌集』を持つが、これは《新体系》刊行以前から入っていたものだ。そう考えると、殊八代集に関していえば、《新体系》から文庫化されるのは今回の『後拾遺和歌集』が初めて、となるわけだ。
 いま頃になってようやく文庫化、というのも正直解せぬ話ではあるが、今回の文庫化の背景に令和改元という大きな出来事があったのは、想像に難くない。新体系→文庫という流れをとった『万葉集』の売れ行きをバネに、続く八代集もこの機会に……という思惑、わたくしはあっても良いと思います。行き届いた校訂と註釈・解説が付された良きテキストが市場へ出回ることに、果たしてなんの「否」がありましょう? もっとも、どうして第1弾が三代集でもなく『新古今和歌集』でもなく『後拾遺和歌集』であったのか、そのセレクトの意味はわかりかねるのですが……。
 ──『後拾遺和歌集』は『古今和歌集』に始まる勅撰21代集のうち、4番目の勅撰和歌集。勅を下したのは白河天皇、撰者は藤原通俊、応徳3(1086)年9月成立と伝えられます。前の『拾遺和歌集』から約80年後に成立した『後拾遺和歌集』は、平安時代の文化がいちばん爛熟した時代の産物だけあり、そこに載る歌人、詞書や官位に見られる政治情勢なども、われらが中学高校の日本史で学ぶ事柄(藤原北家の台頭と、特に道長時代の全盛、『蜻蛉日記』や『更級日記』『枕草子』や『源氏物語』が書かれる、など)に結びつくものであります。
 わたくしの気持ちとしては、勅撰集を初めて、1冊通して読んでみよう、と志を立てた人は、この『後拾遺和歌集』は入り口とするに相応しいと思うのです。この前の三代集は、いわゆる<古今風>が完成してゆく過程を知るにはいいでしょうが、ちょっと取っ付きの悪い面があるのも事実ですから、尚更そんな風に思うております。
 岩波文庫には戦前、西下経一が校訂した『後拾遺和歌集』があった。神保町の古本屋でコツコツ買い集めた岩波文庫黄帯のなかに含まれた1983年11月第2刷の『後拾遺和歌集』と、八重洲ブックセンターにて購入した1994年3月第3刷のリクエスト復刊された『後拾遺和歌集』を架蔵するので、いま書架から運んできてiMacのキーボードの横に置いているが、西下校注の『後拾遺和歌集』は解題は簡にして要を得て、索引もしっかりしていて、読みやすい1冊である。脚注はあるが、こちらは底本と異本の異同を示すなどしたものだ。
 そうして今回、《新日本古典文学大系》を基にした、信頼できる校訂と註釈・解説の『後拾遺和歌集』が登場する。出版に至る過程はともかく、これを契機に岩波書店はほかの八代集の文庫化を実現させ、また読者に於かれましては『万葉集』以外の古典和歌に親しむ人たちが1人でも増えてくださることを、切に希望する次第。
 ああ、発売日が待ち遠しい。◆

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