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第2711日目 〈Kazuou『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 「継続は力なり」を証明する同人誌に、立て続けで出会った。1冊はKazuou著『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』(2019,8発行)、もう1冊は朱鷺田祐介著『ラヴクラフト1918-1919 アマチュア・ジャーナリズムの時代』Ver.0.5(2019,8発行)である。今回は前者、『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を読んだ感想を認める。手許に到着した順だ。意図はない。
 これまでも大雑把なアンソロジーガイドは存在した。もっとも、読書ガイドの一部として、名の知られた、このジャンルを俯瞰する上でけっして外せぬ数種類のアンソロジーが、紹介されるに留まるが精々だったけれど。が、マニアとはそこに書かれていない情報を求め、該当書入手のために手段を講じる人種である。
 書かれたほんのわずかの情報を頼りに細い糸をたぐってゆき、得られた別の情報と既知の情報を結び合わせ、猟奇的蒐集欲に突き動かされて雨にも負けず風にも負けず、自由時間を最大限有意義に使って古書店を東奔西走、足を棒にしていつの間にやら地理に強くなるという副産物を得ながら、探求書を1つ1つ買い集め、熟読玩味し、やがて芽生えた目標に向かって更なる蒐集と参考文献の渉猟にこれ努め、内奥の情熱に焼かれるが如く<私見>と<発見>を筆先に迸らせて、遂に他のマニアが驚喜すること請け合いの里程標的労作物を世に問うのである。
 Kazuou氏の本を封筒から取り出して一読したとき、わたくしはそんなマニアの、ここへ至るまでの地道な努力と読書に費やした膨大な時間、執筆のための根気と体力の持続に、兜を脱ぎたい気分にさせられた。収納するためのスペースの確保も大変だったであろう(むろん、すべて架蔵している場合の話だが)。著者はこれだけのアンソロジーを博捜し、データベース化し、私見を加えつつ1冊の労著を完成させたのだ。称賛するより他にない。
 ここに紹介されたアンソロジーが幾つあるのか、と数えてみたら、ちょうど200あった。但しこれは「海外怪奇幻想小説参考書ガイド」の項に載る29冊を含めた数である。純粋にアンソロジーとなると、『怪奇小説傑作集』に始まり『スペイン幻想小説傑作集』に終わるまで、171を数えられた。これは内容が紹介されているものに限っている。
 余談ながら、カウントする際シリーズと見做して構わぬと判断したものや原著の分冊などは1冊と、また元版からの再編も1冊として数えた場合がある。「あとがき」に言及されるクトゥルー神話アンソロジーは数えていない(なお、記念すべき200冊目が雑誌『幻想文学』誌であった)。
 200もしくは171という数字、これは言い換えれば、戦後しばらく経った頃から今日に至るまでの歴史の俯瞰である。怪奇幻想小説が迫害乃至は等閑視されていた日陰の身分から、善き理解者。巧みな紹介者、熱心な支持者に恵まれたことでだんだんと太陽の下を歩くようになっていった歴史を辿る旅である。
 著者の丁寧かつ愛情のこもった紹介によって、既読でありながら印象の薄い作品、むかし読んで心に残りながらいまはすっかりその題名さえ忘れていた作品、或いはアンソロジーについては改めて、書架を引っ繰り返して読み直してみようか、と思うている。たとえばアンソロジーについては菊地秀行監修『妖魔の宴』(73)とロッド・サーリング編『魔女・修道士・魔狼』(92)である。作品では、『ロシア神秘小説集 世界幻想文学大系34』に収録されているA.トルストイの「吸血鬼」他がそれだ。
 むろん、これだけの本であるから、も認められてしまう。「海外怪奇幻想小説参考書ガイド」にラヴクラフトの毀誉褒貶相半ばする、されど斯界のガイドとして未だ第一級というてよい『文学における超自然の恐怖』がないのはなぜか? 正直なところ、東雅夫『ホラー小説時評』を載せるスペースがあるなら、取り挙げるべきはラヴクラフトであったように思うのだが……。こちらこそ「参考書ガイド」の趣旨に相応しかったのではないか。
 そも、わたくしが怪奇幻想小説を読み始めた際、読書とその後の開拓についていちばん参考となったのは、国書刊行会版全集のこの評論だったのだ。思い入れ深いラヴクラフトの作物ということもあり、取り挙げられなかったのはちょっと残念であった。
 紀田順一郎の著書を取り挙げるにも、『幻想と怪奇の時代』のみでなく『幻想怪奇譚の世界』を欠いたのは、どうしてか。『幻想と怪奇の時代』同様、「このジャンルに関わる回想と批評を収録」(『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』P100)しているのだから、尚更と思う。
 また、本書を読んでいちばん残念であったのが、書誌の不備であった。出版社が明記されるのは当然として、初版の出版年月や各アンソロジーの詳細な目次を欠くのは、ガイドとして致命的といえる。出版年月については『怪奇幻想の文学』の場合、版毎に1巻1巻のそれが必要。
 とはいえ、このようなデータも1冊にまとめるのは無理だから、有料のPDFにまとめて配布するのが最善か。書誌や目録の作成は深みにはまると泥沼で、もはや戻ってこられぬ危険性を伴うけれど、必要最低限の情報で済ませるならば、注意力と忍耐力さえ備わっていれば、なんとかなるものである。経験を踏まえて、斯く忠言する。
 すこしく苦言めいた文言を綴ったが、本書が貴重なガイドである事実はまったく動かぬ。
 初めてこのジャンルへ分け入る人たちのために、アンソロジーは格好の水先案内人だ。が、『怪奇小説傑作集』のあとはどれを読めばいいか、と悩む向きは必ず出てくるはず。そんな途方に暮れた人のためにも、本書は貴重な1冊である、と申しあげたいのだ。迷われた方はここへ来るがよい、教えてあげよう学ばせてあげよう、というわけだ。
 情報伝達と部数と流通経路が限られてしまう「同人誌」という形態で埋もれてしまうのではなく、連城三紀彦のガイド本がそうであったように出版社にて増補版が出るようになるのが、いちばん良い。『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』は今後何度となく版を重ねて補訂を繰り返してゆき、記述もすこしずつ新たにしてヴァージョン・アップしてゆくべきだ、とは、いいたい放題身勝手な一読者の思いである。◆