第2787日目 〈途中報告;<岩波文庫の100冊>の進捗状況について〉 [日々の思い・独り言]

 <岩波文庫の100冊>を今年中にお披露目しよう、とゆで卵を作っているときに決意して、思いつくままにリストを作り始めたらいつの間にやら、どうしてそうなったかわからぬうちに、部屋のなかで所在が確認できる岩波文庫の総ざらいへ替わっていた。
 HDDに保存してある写真に、岩波文庫が映っているものは無いか、片っ端から確認してゆく。部屋のあちこちを睨視して、ここには岩波文庫が何冊か挿してあったはず、と記憶を頼りにサルヴェージする。目視できる場所に置かれた文庫を一旦スマホで撮影したり、或いは机に積みあげてひたすらリストへ入力。
 できあがったリストは、それでも架蔵するすべての岩波文庫ではゆめあり得ず、最後の保存をした時点で相当数の漏れを確認できる、いわば暫定的なリスト(『大鏡』や『栄花物語』が抜けているゾッ!)。現時点でリストアップされた文庫は、198冊。殆ど所蔵リストを兼ねているせいで、同じ書題もしくは作品でも複数タイトルを所持する場合は両方を記録した。
 一例を挙げれば、『古今和歌集』。現在まで長く流通する佐伯梅友校訂、二条家相伝本即ち貞応二年本を底本としたものの他、かつて尾上八郎校訂の嘉禄本が活字になって出回っていた。両方を架蔵してどちらにも親しんできたこともあり、リストには貞応本と嘉禄本、それぞれを底本とした『古今和歌集』を入れた。
 また、若山牧水の歌集も喜志子夫人が編集したものと伊藤一彦が新たに編集したものが岩波文庫にはあるけれど、歌人への偏愛あり殊前者は数冊読み潰した愛着ある1冊であるゆえ、現役か否かを問わずその両方をリストに加えている。
 とはいえリストを作る上で、ふと立ち止まって「ふむぅ」と悩んでしまうことも、度々。旧版と新版がある作品は、どちらを選ぶか、と世人には「なんだ、そんなことか」と呵々大笑されてしまうような悩みなのだが……。『古今和歌集』や牧水歌集は、同じ悩みを纏うはずがなんの躊躇いなく両方を選べたのになぁ。なんだか可笑しいね。
 新版になんの愛着も想うこともなく切り捨てられるようであればともかく、両方に馴染んだ場合は「さて……」と悩み始めてしばらく考えこむ羽目に(上述の2書がどれだけ例外であったか知るべし)。──解決はまだしていない。為、ここで書くこともこれ以上には、無い。ただ付言すれば、『源氏物語』と『田舎教師』はいちばん最後まで結論を出せないだろう。
 黄帯と緑帯も然りだが、赤帯と青帯はそれ以上に不完全。なにがまだリストに加わっていないか、はっきりとわかっている。白帯なんか、まるで手附かずだ。そういえば、フレイザー『金枝編』全5巻(白帯)って、いつの間にやら版元品切れのようですね。嘆かわしい。
 不完全ながら、しかしリストの作成は一時中断する。ひとえに眠いからに他ならない。
 それでは。◆