第2795日目1/2 〈などてわたくしは単行本派となりしか。〉 [日々の思い・独り言]

 本屋さんでふとした拍子に目が留まり、手にした1冊が心へ響いたのをきっかけに、その人の他の本も読んでみる。いつしかその作家は自分のなかで重要な位置を占めるようになり、生涯付き合うも辞さぬぐらい鍾愛の存在となる。
 大概の場合、そのきっかけは文庫が演じる。それからは過去に出版された本、好きになってから出版された本を追いかけてゆく。学生だった人は社会人になる。社会人だった人は昇格昇給や転職を経験する。一時的であっても可処分所得が増えるにあたって、それまで文庫一辺倒だったのが単行本に手を出せるようになった。喜ばしいことである。
 あなたが新刊書店で好きな現役作家の本を買うことは即ち、その作家が「今後も作品を書き続けられますように」という祈りに等しい。出版社では、その作家の本を出すことで利益が発生する=初版部数のすべてを捌くことはできないまでも、確実に購入する層がいることが数字で可視化できる=次の本の出版を打診する、てふサイクルが生じる。これが円滑に、継続的に回るようになれば、まさしくだ。  好きになったら──否、毒を喰らわば皿まで、という言葉を体現するかの如く、その作家の初版本や署名本、限定本、版元違いなど生活事情と懐事情の許す範囲で、買い集める人が出てくる。コレクターの領域に達するかはともかく、偶然の出会いを運命と感じて、「わたくしのところにいらっしゃい。悪いようにはしませんよ」と胸のうちで呟きながら、慈しむような眼差しで本をレジへ運ぶ……が、きっとかれは気が付いていない。その目はまさしく猟奇の人のそれであり、口角の上がり具合は周囲の人を引かせる程で。  堀北真希曰く、好きな作品は文庫でも単行本でも持っていたい、と。よくわかる。涙が出る程、共感できる。その言葉に出会う、はるか以前から実行していた身には、あたかも百万の援軍を得たかのような福音であった。ドイルを読み耽った高校時代、乗換駅にある大型書店の洋書売り場でペーパーバックを買ったのも、とどのつまりは同じことである。おかげで英語の長文に対する免疫はできたし、辞書をこまめに引く癖もついた。小説の背景にあるヴィクトリア朝に興味を持って、図書館にこもったりもした。かというて英語の成績が極めて優れたものになったか、といえば、それは別の問題だ。難しいね、このあたりの関係は。  では、近代文学の場合はどうなるか。初版本を狙うが常道、されど蛇の道は蛇である。いちど足を踏み入れたら完治不能の古本病に罹るは必至。罹患しているわたくしがいうのだから、間違いない。読者諸兄よ、安心してこちら側へくるといい。さあ、遠慮はいらない。  まぁ、それは冗談として、初版本を購う程資力のない場合は、復刻本がオススメだ。復刻本には復刻本の良さがある。なんというても、当時の読者がどのようなフォーマットで、どのような閑職をてに感じながら、それを読んでいたか。それを想像する余地がじゅうぶんにある。  わたくしが初めて買った復刻本は、荷風『すみだ川』。函入りのはずがそれのない、いわゆる裸本であるが、当時はそれで満足だった。荷風作品のなかではお気に入りの作品の一つであったがゆえに。その後、室生犀星や田山花袋、佐藤紅緑や佐々木邦の復刻本を折に触れて買い集め、気が向いたときに読んでいる。  そうして昨年から朧ろ気に気が付いていたことを、ここで告白したい。復刻本や単行本で好きな作家の本を読むことの、最大級のメリットを。  かつて渡部昇一『続 知的生活の方法』(講談社現代新書 1979・4)を読んだときは、実感としてわかるところのすくなかった点だが──質の良い本を買え、という項でいみじくもこういうのだ。これから先、どれだけの本が読めるかと考えた場合「安い本をたくさん買うよりも、少し高くても活字の大きい本とか、装丁の趣味のよい本とか、挿絵のよい本とかを買ったほうがよいと考えるようになる」(P51)と。続けて、渡部はいう。曰く、「年を取るととくに字の細かいのは読むのが辛い」と……そうなんだよ! いまにしてこれを実感できるようになったのだ。ちなみに渡部が本書を書いたのは、いまのわたくしと同じ年齢である様子。  そう、けっきょくは視力なのだ。メガネの度数がだんだん合わなくなってきているのに加えて、或いはパソコン仕事がウェイトを占めているので、休憩を取ってもモニターとにらめっこすることに変わりはない事情がそれに拍車を掛ける。  わたくしが単行本のみならず、初版本や復刻本、全集にちかごろ力を注ぎ始めたのは、むろん可処分所得の幾許かをそちらの購入に避けるようになったことと、活字の大きさと版面の余裕に読みやすさを感じたからだ。最近は文庫は通勤用に携帯するケースがしばしばで、家にいるときはなるべく読みやすい単行本等で読書に励んでいる(それでもハズキルーペは手放せないときあり)。  復刻本と全集、次は太宰治と夏目漱石、幸田露伴、泉鏡花を迎え入れたいものであります。◆

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