第2833日目 〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉1/3 [日々の思い・独り言]

 いや、けっして手抜きではないですよ。都度一生懸命書いています。質の高低はさておき、そのときそのときで全力投球……信じてください。
 とはいえ、第三者の目で見た場合、「手抜き」、「やっつけ仕事」、その場凌ぎ」等々揶揄の声があがること多々なのは、じゅうぶん承知のこと。そこに「ベストを尽くした」、「これ以上のものは現時点では書けそうもない」というフィルターをかけたら、満足できる一編はわずかに数えるほどでしかない。第一ね、そんなこというていたらアンタ、1年の過半が手抜きの原稿になっちゃいますよ。失笑を禁じ得ません。
 ──と、のっけからの弁解詭弁が一段落したところで、昨年読んで「ああ良かったな、これは処分せずにずっと持っていよう」と思う本、ベスト10であります。
 何年も前からこのテーマで書いてみたかったのが、いまになってようやく書き、お披露目するのは単に内々の事情に起因するとことで、敢えて公にする必要はないでしょう。これよりも優先して書きたいことが山積みだったため、後回しにしていたらいつの間にやら時機を逸していた、というだけのお話なのです。ね、つまらない話でしょう?
 ここで取り挙げるのは、あくまで「読んだ本」であって、「刊行された本」と限定はしません。新刊で出た本にそこまでのアタリを求めるのは酷というもの。読んだ本、とした方が、こちらも気が楽だ。但し、ここに「平成31/令和元年にはじめて読んだ本」と括りは設けよう。でないと、再読が半分を占める可能性は否めませんからね。そうして、順位は付けません。
 さて、それでは、始めましょう。幕間狂言ならぬ選書の発表を──

 まず、福永武彦・中村真一郎・丸谷才一による『深夜の読書 ミステリの愉しみ』(創元推理文庫)を挙げましょう。
 小泉喜美子や青柳いづみ子などミステリ小説の実作者でない人のミステリ評論が、好きです。知的遊戯としてのミステリを純粋に、面白がって読み、時に騙されることを喜ぶ人たち──創作論からのアプローチに基本深入りしない人の書くそれは、このジャンルへの愛情と本音にあふれています。それを一流の文学者が試みると、単なる書評の域を超えた読み物となる。
 娯楽読み物としてのミステリ小説をこうまで自分の愉しみとしてのみ読み、奔放自在に思うところを露わにして述べた、品位と茶目を備えた文章を、寡聞にしてわたくしは存じ上げない。
 これからミステリ評論乃至書評を書く人は、必読必須の1冊。されどこれにタメを張ろうとかこれの上をゆこうと思わぬがよろし。なぜなら何気ない文章の背景には、途轍もなく膨大な知識や素養が横たわっているから。これを凌駕するできる才の持ち主が現れることは、もはや期待できまい。

 つぎは松本清張の、『或る「小倉日記」伝』(新潮文庫)を挙げましょう。これはほんとうに、愉しみのためにだけ、暇つぶしのためにだけ読んだ小説。けれど、圧倒されました。心を鷲摑みにされました。身震いしました。居ずまいを正しました。そうして、夢中になりました。読了後、新刊書店を中心に入手浮華なものは古本屋を回って、ずいぶんと買い集めた。とはいえ、読める量なんてたかがしれているから、加えて購書に割ける可処分所得を控えている状況のため、身震いして2ヶ月ばかり経つのに集めたのは、20冊とすこしでしかありません。
 わたくしはこの短編小説集を、秋の深まりゆく頃11日臥せっていた時分、寝つけぬ夜中に専ら読んだ。ちょうど1編を読み終える頃に睡魔が襲ってきて、分量的にちょうど良かった。
 学問に精進するもちょっとした躓きが主人公の運命を苦しいものとする作品が本書には多く、それらいずれにも共感を示したのだが、やはり表題作を屈指の1作と思うのです。涙が止まらぬのだ。己の過去を顧みて、主人公の運命に重ね合わせて、涙にむせんだのであります。もし自分に文学というものがなければ考古学の道に進んでいたかもしれない。それゆえか、いまも博物館めぐりを趣味の1つとするが、その興味をくすぐる好編も本書には収められている。学閥の陰湿さと冷酷さを描いて思いあたる節様々なのですが、それ以上に考古学の知識や大学関係者の心の機微を的確に描いた作者の才能と文才と構成力に脱帽であります。やはり松本清張は<本物>なのですね。
 (『西郷札』を[まだ]読んでいますが、こちらも共感共鳴する作品が幾つもある、傑作短編集の名に恥じぬ1冊。読了予定日不明ですが、そのときは感想文をお披露目したく思うております)

 続いて、丹羽宇一朗の『仕事と心の流儀』(講談社現代新書)と『人間の本性』(幻冬舎新書)を取り挙げます。伊藤忠商事の社長を務めた人の著書を、最近になってよく本屋さんで見掛けるようになりました。単にこれまで自分の意識の外にあっただけかもしれませんが。
 2月か3月、読売新聞朝刊に『仕事と心の流儀』の広告が載っていました。思うところがあったのでしょう、この本はすぐに買って読まなくっちゃ駄目だ。強迫観念みたいなものを覚えました。数日後、ようやく地元の新刊書店で購い、そのまま近くの喫茶店にこもって読み通したのですが、ちょうどその頃<働く>ことに息苦しさを感じていた頃でもあり(いま思えば既に肺癌や聴力のさらなる悪化、その兆候はあったのでしょうね)、自分のなかへ染み通るようにして書かれていることが入ってきました。
 いちばんガツン、と来たのは、「くれない症候群」からぬけだせ、という部分でした。まさに丹羽氏の本を読んでいる頃が、自分のスキルアップを目指して、本心からしたい業務に就きたく異同願いを出しては空しい結果になることが続いていました。当時の上司に対して含むところはまったくありませんが、何度も続くと自分のスキル不足、志望動機の弱さを棚にあげて、「本当にちゃんと先方に伝えてくれているのかな」と不信な思いを心中募らせていた。それがまさしく、「くれない症候群」であったわけです。
 本書の他の部分にありますが、自分の能力を決めるのは自分ではなく他人なのだ、ということをすっかり忘れていたのですね。金銭目当ての仕事ではなく、本心からいま目の前にある仕事を楽しもう、精通しよう、上司に意見できるぐらいになろう、そんな気持ちがなくてはサラリーマンのプロにはなれないのです。よし、心を入れ替えて、いま一度ここでがんばってゆこう、と心に決めた矢先……健康上の理由から、これまで務めたうちで最も愛着あり、ここで一生働いて終わりたい、と思える会社を辞めざるを得なくなったのでした。
 自分語りになってしまいました。退職したあと、単発的に派遣社員や倉庫での軽作業に就きましたが、どれも自分を完全燃焼できる仕事ではありませんでした。人間関係のねちこさに辟易して、うち何人かの顔や声が脳裏にちらつき嫌になって鬱になりますが、それでもそこで生きてゆかなくてはならない、と自分を奮い立たせるために、丹羽氏の本を読んで支えとしていたのです。それらからいっさい解放された秋以後は、それまでと同じ姿勢で読むことはなくなりました。当然のことだと思います。でも、ここに挙げた2冊は勿論、それ以外の氏の本も、恩書としてこれからも何度だって読み返し、生涯の糧とするであろうことは間違いありません。

 最後に、渡部昇一『財運はこうしてつかめ』(致知出版社)を挙げましょう。『私の財産告白』など著した本多静六を検証するに渡部昇一ほど貢献した人はいなかったように思うのですが、本書は如何に本多静六が有数のお金持ちになったか、博士の生涯を辿りながら渡部自身の経験を随所に交えて説いてゆきます。僭越ながらわたくしは数多ある渡部の著書のうちで、本書は最上の仕事の1つというて構わないと思う。
 本多静六が実践してわれらにも提唱する貯蓄方法として有名なのが、「四分の一天引き法」であります。会社勤めで得られる収入の1/4は問答無用で貯金して、残り3/4で万事生活することを断固として実行せよ、然らば財は築かれよう、築かれた財は投資にまわし、得た福はみなに分けよ、と本多博士はいう。
 これは既に渡部のみならず他の人も紹介する、本多流蓄財のキモですが、本書は、生涯を辿るという側面を持つだけあり、お金持ちになったがゆえの同僚からの妬みや投資のポイント、人付き合いの方法、家庭をたいせつにする心身からの態度など、広く博士の本を読んで血肉とした渡部が紹介する本多静六の人間像の、なんと賢く懐深く、愛情細やかで温かみある人か。
 本多静六という不世出の蓄財家、福万家の思想と生涯を説いてこのようにコンパクトかつprofitableな本は、いつでも手に入れられるよう流通されていて然るべきと思うのですが、なかなかそうはゆかぬ実情がなんとも歯がゆく感じます。

 以上、5冊を「読んで良かった本」として挙げました。
 残り5冊は後日とさせていただきます。◆


深夜の散歩 (ミステリの愉しみ) (創元推理文庫)

深夜の散歩 (ミステリの愉しみ) (創元推理文庫)

  • 作者: 福永 武彦
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/10/30
  • メディア: 文庫



深夜の散歩―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA)

深夜の散歩―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 福永 武彦
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1997/11
  • メディア: 文庫



或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

  • 作者: 松本 清張
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1965/06/30
  • メディア: 文庫



仕事と心の流儀 (講談社現代新書)

仕事と心の流儀 (講談社現代新書)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/01/17
  • メディア: Kindle版



人間の本性 (幻冬舎新書)

人間の本性 (幻冬舎新書)

  • 作者: 丹羽 宇一郎
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/05/30
  • メディア: 新書



財運はこうしてつかめ―明治の億万長者本多静六 開運と蓄財の秘術 (CHICHI SELECT)

財運はこうしてつかめ―明治の億万長者本多静六 開運と蓄財の秘術 (CHICHI SELECT)

  • 作者: 渡部 昇一
  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2004/08/01
  • メディア: 単行本



私の財産告白 (実業之日本社文庫)

私の財産告白 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 本多 静六
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2013/05/15
  • メディア: 文庫




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