第2835日目 〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉2/3 [日々の思い・独り言]

 1日の間を置いて、昨年読んで良かった本10選の後半とさせていただきます。分割したのは予定の分量を超過したせいもありますが、それにかこつけてどうやって紹介すれば良いのか考えこんでいたためでもありました。むしろ、後者の方がウェイトは大きいかな。前半で取り挙げた5冊にむりやり共通項を見出すとすれば、いわゆる<活字本>であることでしょう。
 現にわたくしの蔵書のおそらく3/4は、この活字本であります(パーセンテージは適当ですが)。活字本の紹介はいままでも行っておりましたので──原稿の出来映えや読者への訴求力はともかくとして──、それ自体になんの抵抗と申しますか、構えるところはないのです。
 が、たとえば<絵>や<写真>を主体とした本の場合、さて、どのように紹介や感想の文章を綴ってゆけばよいものか、はた、と考えこんでそのまま筆を放ってしまうのであります。じつは過去に何度か、書きかけたことはあるのですが、どれもこれも中途で放棄、「格納庫」フォルダに突っこんでそのまま忘却……。
 が、今回ばかりはそうもいっていられません。なぜならば、このたびここに取り挙げる<絵>を主体とした本──つまり、マンガであります──はいずれもわたくしが、昨年出会って握翫するものばかりだからであります。それでは、──

 山崎雫の『恋せよキモノ乙女』(新潮社 バンチコミックス 既刊5巻)を挙げましょう。第3巻が刊行されるにあたって作成された書店用見本を手にしたのが、この作品へ惚れこむきっかけとなりました。読んでいて、心が幸せになります。主人公の恋や転職を応援するばかりでなく、作品全体にゆっくりと流れている時間と、情緒の濃やかさに、いつの間にやら自分が満たされており、幸福を分けてもらっているような気分になるのです。
 どうでも宜しい余談ですが、わたくしは女性の着物姿に弱い男です。わたくしはそうして方言を喋る女性が好きな男です。方言についていえば、やはりわたくしを完璧なまでにノックアウトしてくれるのは、京都弁であります。東男に京女、とはむかしからの定番的組み合わせですが、いまでも連絡を取り合うことのある元カノが京都の老舗の娘であったことも、京都弁にしてやられる要因でありましょうね。良いよね、都の言葉、その裏に隠された感情には触れないとしても。
 とはいえ、本書の主人公、野々村ももは大阪の女性なのである。ここまで京都弁で引っ張ってきたのはなんなんだ、とお叱りを受けそうですが、ここは平にご寛恕願いたく。
 ももは祖母が遺してくれた着物を纏って、休日に街を散歩する。友どちと琵琶湖畔の白鬚神社へお出掛けする。姉に頼まれて大阪へ「森のおはぎ」を買いに行く。母と一緒に和歌山は和歌浦の叔母宅へ、馴れぬ車を運転する。京都市東山区の長楽館で、姉の結婚式に参列して最後にステキな写真を撮る。奈良にある着物屋さんへ転職したももちゃんは通い詰めたくなる喫茶店を見附ける。そうして、京都市中京区の六曜社珈琲店でやがて恋い慕うようになる男性と出会う。
 恋模様は一進一退、最新刊にて気持ちにけじめを付けて新たな世界へ一歩を踏み出した主人公は、とても凜として、居ずまいの綺麗な女性になりました。やはりなにごとかを決意してそれに邁進すると覚悟を固めた女性は、綺麗ですね。
 着物について知ることがなくても、まったく問題はない。その回ごとに纏う着物の感じがもものモノローグで綴られ、話が終わったあとにはコバヤシクミによる「キモノ事始め ◌月の装い」というコラムが用意されている。和装に関しては正直なところ、写真よりもイラストの方がよくわかるところがあります。『恋せよキモノ乙女』は着物に興味はあるけれど、いろいろ種類があったり、コーディネートが難しそうで一歩引けてしまっている女性がいたら、是非にも手にしていただきたい1冊でもあります。
 (前述の元カノ、実家は呉服商なのですが、その業界にいる人たちが「着物の着付けをちゃんと描いているマンガって、はじめて読んだ」なる讃辞を述べているあたりからも、絵の完成度や丁寧さというものが伝わってくるのではないか、と思います)

 次は、さかきしんの『大正の献立 るり子の愛情レシピ』(少年画報社 思い出食堂コミックス 既刊3巻)を挙げましょう。タイトルが示すとおり、大正時代の家庭料理にスポットをあてた作品です。これもたぶん、書店の平台に並んでいたのが気になって、たまたま用意されていた書店用見本がきっかけで買ったものではなかったかしら。
 「趣味は?」と訊かれて「料理と喫茶店めぐり」と答えるのですが、いわゆるグルメの蘊蓄が詰まったマンガは好きではない。家庭料理に焦点を絞った、自分好みのマンガってないものかな、と思うていた矢先に当時新刊であった第3巻に出喰わしたのだ、という覚えがあります。たしかそのときは第3巻だけしかなくて、方々の書店を回って他の巻を集めたのでした。
 資産家の次男坊で小説家な旦那(柳沢総次郎)と鎌倉生まれの料理上手な妻(柳沢るり子)を中心に、隣近所やそれぞれの家族との交流を、ほのぼのとしたタッチで描いてゆく……という粗筋めいたことはつまらないね、止めよう。夫婦の愛情と信頼をまったく厭味にならず、むしろ微笑ましく描かれ、舞台が大正時代と合って表立った表現はしていないが却って絆の強さが際立っているように、わたくしには読めます。
 るり子さんたちと同じぐらい本作の主役を張るのが、この時代のちょっとハイカラな一般家庭の食卓に上った、和洋中の料理の数々。るり子さんは、西洋料理のレシピ本を参考にしてハヤシライスを作ってみる。訪れた編集部の人たちを、鮭のバター焼きマイナイソース添えでもてなす。若くして逝った母との記憶のなかにある料理、例えばちらし寿司を再現する。他にも登場する料理は、サンドウィッチ、しめじの佃煮、筍と蕗のお味噌汁、スコッチエッグ、てまり鮨、ごま豆腐、ポークカツレツ、カニ玉、ワンタン、茶碗蒸し、鯛めし、おやき、フライドテッケン、等々……。
 で、これがじつに美味しそうに描かれているのです。『孤独のグルメ』や『深夜食堂』を指して深夜の飯テロと呼ばれますが、向こうはドラマだからまだ良いと思います。録画していない限り、放送時間帯が決まっていますから(Web配信やCS放送、再放送等を除く)。
 が、『大正の食堂』はマンガです。れっきとした書籍です。その気になればいつだって読めてしまう。つまり四六時中というもの、読者はいつ飯テロされるかわからぬわけです。その気になればすぐ調理へ取り掛かれてしまう家庭料理だけに、その懸念は常に付きまとう。いや、罪な作品であります。
 こっそり告白する必要はないと思いますが、わたくしはこれを献立に詰まったときに繙いて冷蔵庫の中身と相談しつつメニューを決める。じつに重宝しております。つい先日も、これを読んで牛鍋とキャベツの梅和えに決めました。作り方やその過程がしっかりと描かれているからこそ、はじめて作る料理でも問題ありません。
 いやぁ、ホント、レシピ本としては村上信夫『ニッポン人の西洋料理』(光文社知恵の森文庫)と大原照子『英国 家庭の食卓』(中公文庫ビジュアル版)、『NHKテキスト きょうの料理』(ビギナーズ含む)と並んでこの『大正の献立 るり子の愛情レシピ』は役立ってくれています。だから、というわけではないのですが、続きが気になって仕方なく、そうして早く新刊が出ないかな、と期待しているのであります。

 次は、水瀬マユの『むすんでひらいて』(マッグガーデン エデンコミックス 全8巻完結)を挙げましょう。マンガアプリで「GANMA!」というのがありますね。もうかれこれ読者になって5年目を迎えようとしていますが、このアプリの良いところは、毎日、ここでしか読めない連載マンガが幾つもあるところに加えて、既に各社から単行本で出ている作品が途中まで読める点であります。
 後者についていえば、『モンキーピーク』や『ReLIFE』、『中卒労働者から始める高校生活』、現在は『復讐教室』ですが、昨年のいつ頃だったか忘れてしまいましたが、『むすんでひらいて』が期間限定で、途中まで公開された。高校生たちが織り成すオムニバス形式のラブコメですが、ゆるやかにかれら彼女たちの物語が紡がれてゆく。絵がもう自分好みで、すっかり惚れてしまいました。
 作画もシナリオも、コマの取り方も、そうして作品を支配する独特の<間>も、なんだかすべてがツボで、本作の更新が楽しみでなりませんでした。頬を緩ませながら読む作品、ってそう滅多にないのですよね。そんな数少ない作品の1つであったからこそ、もうGANMA! で読めなくなったあとから、ブックオフやヤフオク! などで本作の全巻揃いを探しました。処分する人が少ないのか、なかなかこちらの要望に添う出物はありません。
 じつは本稿を書いているいまも全巻通しで読んだことはいちどもないのです。GANMA! 連載中に取ったスクリーンショットと、数日前に古本屋で買った第8巻(最終刊)があるだけ。が、間もなく全巻揃いの美品が来週中には到着する。そうしたら数日はじっくり、読書に耽ることでありましょう。楽しみでなりません。

 ──と、ここでわたくしは読者諸兄に謝らなくてはなりません。今回で終わりにする予定だった〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉ですが、あと2冊を残して筆を擱かなくてはならなくなったのです。その2冊もマンガです。あしたはそれのご紹介と合わせて、まだ第1巻しか出ていないけれど、今後も継続して追っ掛けようと思うている作品を箇条書きめくかもしれませんが、取り挙げてみようと考えています。◆


恋せよキモノ乙女 1 (BUNCH COMICS)

恋せよキモノ乙女 1 (BUNCH COMICS)

  • 作者: 山崎零
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/01/09
  • メディア: コミック



大正の献立 るり子の愛情レシピ (思い出食堂コミックス)

大正の献立 るり子の愛情レシピ (思い出食堂コミックス)

  • 作者: さかき しん
  • 出版社/メーカー: 少年画報社
  • 発売日: 2017/09/25
  • メディア: コミック



ニッポン人の西洋料理 (知恵の森文庫)

ニッポン人の西洋料理 (知恵の森文庫)

  • 作者: 村上 信夫
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2003/10/02
  • メディア: 文庫



英国家庭の食卓―朝食からアフタヌーンティまで (中公文庫ビジュアル版)

英国家庭の食卓―朝食からアフタヌーンティまで (中公文庫ビジュアル版)

  • 作者: 大原 照子
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/09
  • メディア: 文庫



NHKテキストきょうの料理 2020年 01 月号 [雑誌]

NHKテキストきょうの料理 2020年 01 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2019/12/21
  • メディア: 雑誌



NHKきょうの料理ビギナーズ 2020年 02 月号 [雑誌]

NHKきょうの料理ビギナーズ 2020年 02 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2020/01/21
  • メディア: 雑誌



むすんでひらいて (1)

むすんでひらいて (1)

  • 作者: 水瀬 マユ
  • 出版社/メーカー: マッグガーデン
  • 発売日: 2010/07/14
  • メディア: コミック



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