第2836日目 〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。(田辺剛『クトゥルフの呼び声』とさと『神絵師JKとOL腐女子』)〉3/3 【一部修正版】 [日々の思い・独り言]

 想定外の延長戦となり、恐縮しております。残り2冊のマンガの回であります。
 今回も長くなってしまいましたこと、あらかじめお詫びしておきます。

 最初に、田辺剛『クトゥルフの呼び声』(エンターブレイン/KADOKAWA ビームコミック 全1巻)を挙げましょう。一時の熱情は冷めてしまったとはいえ、わたくしは未だにラヴクラフトが大好きです。この人なかりせばいまの自分はあり得ず、10代の精神形成に大きく益あった作家であるのは否めぬ事実。もっとも、その益が有り難きものか悪しきものであるか、その判断は保留するとして。
 先日も、刊行を鶴首した『ラヴクラフトの怪物たち』下巻を買いこんできて、ぱらぱら目繰って神話の神々の名前を目にするたびわくわくして仕方なかったのですが、さて、これを読むことがあるのかなぁ、と一方で疑問に小首を傾げていたのでありました(といいつつ、カール・エドワード・ワグナー「また語りあうために」は買った帰りにパブへ直行して、黒ビール飲みながら読み耽ったのですけれどね)。
 クトゥルー神話のコミカライズというのが果たしてどれだけあるのか、寡聞にして知らないのですが、ラヴクラフト作品のコミカライズであればわたくしが一等最初に思い浮かぶのは──換言すれば、人生ではじめて出会ったラヴクラフトの原作をコミック化した1編ということになりますが──、『ヤングマガジン』1989年4月3日号に読みきり掲載された井上弘一「ピックマンのモデル」が思い浮かびます。原作の醸す禍々しさの表現力や異形の怪物の見せ方の上手さ、一瞬たりとも緊迫感の緩むことなき展開に魅せられて、何度となく読み返したものですが、単行本にまとめられた様子のないのが残念でなりません(あるならどうかお教え願いたい)。切り抜いておいてよかった……。
 その後、PHP研究所からクラシックCOMICSとしてラヴクラフト作品のマンガ化が何冊も刊行されましたが、描き手が統一されておらず、まさしく玉石混淆、むしろ石が目立つシリーズでした。出版社がどのような了見と意図で以て描き手をセレクトしたのか、皆目見当が付かぬ中途半端なシリーズでした。ただ、宮崎陽介という人が『ダンウィッチの怪』『狂気の山脈』『闇にささやく者』『クトゥルフの呼び声』を担当しておりましたが、ラヴクラフトの世界にふしぎとしっくりくる画風であったのを覚えています。
 が、今日ラヴクラフト作品をコミカライズして「この人の右に出る者なし」といえるのは、田辺剛を置いて他にないでしょう。『異次元の色彩』か『狂気の山脈にて』第1巻、どちらかを書店の平台で見附けて躊躇いなく購入したのだったと思いますが一読、脳天にハンマーを喰らったような衝撃を受けて翌る日、件の書店へ出掛けて既刊のコミックスを全点、注文しました。
 ここでは『クトゥルフの呼び声』になりますが、ストーリーは原作に忠実に、されどややアレンジを加えつつ、画風は大胆にして緻密、というところは本作でも健在。描きこみの異様なまでの凄まじさにマンガ家の狂的なまでの愛情と執念、そうしてどこか冷めた眼差しを感じてしまうのです──徹底的に原作を読み返して試行錯誤しなくては、とてもではないが生み出せる代物ではない。
 正直なところ、ラヴクラフトの小説は齢を重ねる程に読んでもイメージしづらくなってきて、自然と手が遠のいてしまっているのですが、田辺剛のお陰で今度は逆に、ラヴクラフトを読んでいると田辺剛の絵が思い浮かんできてしまい、却って想像の翼を自由に羽ばたかせることが難しい……それだけに完璧というてよい、或いは理想的な<ラヴクラフト描き>である証左といえるかもしれませんね。

 3回に分けて連載(?)することになった〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉ですが、掉尾を飾るのは、やはり、さと『神絵師JKとOL腐女子』(小学館 ヒーローズコミックスふらっと 既刊1巻)以外にあり得ません。何年も前の『フラグタイム』を最後に消息を仄聞することなかったため(こちらの怠慢も原因ですが)、まさか新作が読めるとは思うていなかったので、新刊書店に並んだとほぼ同時に購入、仕事帰りの電車のなかでは早く読みたい気持ちを抑えるのに苦労しました(たぶん、にへらにへらしていたと思いますよ)。その晩、買った、読んだ、のツイートを連投したので、まずはそれを並べてみるとします。曰く、
 「「もう新作読めないのかな」と諦めていた漫画家さんの新作! ふらり、と入った書店の平台に、どーん! と積まれてた〜。嬉しくて、涙出ました……。絵もお話も、とっても素敵で愛らしくて、好きなんだぁ。この人の作品。夜更かしして、これから熟読玩味する!」(8:26 2019年6月19日)
 「甘くて心がキュンキュンしますや、この漫画! キュンキュンって我ながらキモいけど、そうとしか言いようがない。読みながらこんなにくすくす笑い、息を呑み、頬をゆるませ、ページを進めては戻りを繰り返し、鼻の下を伸ばし、溜め息ついて、かわいいなぁ、と呟いた事なんて、これまで仲々なかったぁ。」(9:58 2019年6月19日)
 「相沢さんの突き抜けた腐女子っぷりと、ミスミ神の物怖じしない真っ直ぐさが、このお話をより魅力的にしているんだなぁ、きっと。また明日、読み返そう。ところで帯に小さく書かれた、「フラグタイム 2019年11月劇場OVA公開」って……!?」(10:05 2019年6月19日)
 「アグオカ観たい。イガ×トツ読みたい。色々読まされたせいで或る程度BL耐性はついていると思うので、尚更。それにしても、ミスミ神の姓は住田だが、下の名前は何と? どこかに書いてあったっかな? やっぱり今から読み返そう。」(10:33 2019年6月19日)以上。
 それから何日後だったでしょう、病院の帰りに秋葉原へ寄り道、初回特典が欲しいがためにアニメイト、ゲーマーズ、メロンブックスなどまわって荷物をずいぶんと重くしたのは。確かそのとき、穂乃果ちゃんと曜ちゃんのなにかも買ったような気が……と、これは完全なる余談ですね。そのあと、万世と竹むらでお腹をふくらませてぽっくらぽっくら帰宅した、というのはさらなる余談であります。特典欲しさに特定の店舗まで出掛けて購入したのなんて、そのあとは新田恵海の写真集ぐらいですよ。うん。
 昨今、なにかにつけて「尊い」なる讃辞を、特にオタク向け作品で見聞きするようになっていますが、わたくしは頑としてこの言葉を自分の文章で使わない、と決めている。が、殊この作品についてのみ、禁を破って用いるのを良しとすることに。「語彙力!」とは作中でアイさんが何度となく口にする台詞で、わたくしも「尊い」という言葉をこの作品へ手向けるにあたって内心同じことを呟いているのですが、それ以外に一言でこの作品を讃える言葉があるだろうか、と考えると、んんん、ないのですよねぇ。
 登場人物皆々愛おしいのですが、わたくしのお気に入りはアイさんの同僚の吉岡さんです。隣席でオタクモード全開のアイさんを冷静に観察、時に毒舌を吐き、でも面倒見の良いプラモオタの吉岡さんあってこそ、アイさんのキャラクターが生きてくるのです。
 発売早々から重版がかかり、これまで置かれているのを見なかった書店でもどうかすると目にするようになりました。もっともっと売れて、さと氏が今後も書き続けられる環境が作られてゆくといいですね。『りびんぐでっど!』で知って以来、どうしてこの人がもっと売れないのかなぁ、もっとこの人の作品を読みたいなぁ、とふしぎに思うていた過去を笑い飛ばせる未来の訪れを、わたくしは切に祈ります。
 『神絵師JKとOL腐女子』はヒーローズWebにて第7話まで読むことが可能(コミックスは第5話まで収録)。『フラグタイム』映画化の伴う諸事や出産などで更新は停まっている様子だが、先を急ぐことなくご自身のペースで、このあまりに可愛らしく微笑ましい恋物語を書き進めてほしいものです。
 とはいえ、最新話ではミスミ神への想い募らせてアイさんに「アンタなんかこの人にふさわしくない!」といい放つ少女が登場、今後の波乱を思わせるラストで終わっているだけに新しいエピソードの公開を渇望してしまうのは事実なのだが……けれどアイさん、「たしかにー!」という台詞はアカンでしょ。そうしてさりげなくアイさん相手に壁ドンしているミスミさん。この回に限らずですけれど、この惚気ダダ漏れのカップルの表情、仕草のすべてが可愛らしいですよ。
 最後の余談ですが、いまなにげなく文字数を調べたら、Twitterからの引用があったからという要因はあっても『神絵師JKとOL腐女子』がぶっちぎっていた。なんというか……。まぁ、このマンガが大好きなのだから、仕方ありませんね。

 最後に、昨年読んだマンガのなかで続刊を楽しみにしている作品をご紹介して、本稿を終えるとします。
 1つは清原紘の『十角館の殺人』(講談社 アフタヌーンKC 既刊1巻)、もう1つはみやびあきのの『珈琲をしづかに』(講談社 モーニングKC 既刊1巻)であります。
 前者は、新本格の代表作にして金字塔、このジャンルの開祖、立役者となった綾辻行人のデビュー作、『十角館の殺人』の「コミックリメイク」です。原作者となる綾辻がコミカライズのツイートを投稿すると、たちまち「どうやってコミカライズするんだ?」、「あのトリックをどう表現するんだ?」と、割と短時間のうちにTLへあふれたことでわたくしも存在をしり、おっかなびっくり、『アフタヌーン』誌への初掲載号を銀座の書店で購入して、人目もはばからず仕事帰りの電車のなかでじっくり読み耽ったのですが、これは案外と期待できるぞ、あの一行を表現するための下準備が入念に終わっているならば、途中迷走したりトンデモ方向へ進んでゆくことはあるまい、と溜飲をさげたっけ。
 しかしながら、〈館〉シリーズの準主役というてよい江南孝明が女性に変更、名前も江南あきらとなったことには面喰らった。事前情報でわかっていたとはいえ、実際目にしてみるとさすがに「うーむ……」と戸惑いを隠せぬものであります。
 が、ただでさえ本土側に<華>がないことを考えれば、この変更は大いに歓迎すべきというべきかもしれません。それも踏まえての「コミックリメイク」なのでしょうから。好奇心の旺盛な島田潔と、サークル仲間が合宿先に選んだ角島にまつわる四重連続殺人事件を知ってにんまりしてしまうあきらくんの組み合わせは、『十角館の殺人』に新しい光を当てるものになるかもしれない。引き続き、『アフタヌーン』誌を購読、そうして第2巻の発売を鶴首したく思います。
 (ついでながら『アフタヌーン』誌では現在、青木U平[原作]=よしづきくみち[漫画]=藤島康介[協力]の『ああっ就活の女神さまっ』と、工業高校の合唱部を舞台にした木尾士目の『はしっこアンサンブル』が連載されていて、こちらも楽しみに読んでいます)
 もう1つの『珈琲をしづかに』は題名からご想像いただけるかと思いますが、喫茶店を主舞台にした作品で、喫茶店の女主人に一目惚れした男子高校生のお話。なんとなくわが身に覚えのあるシチュエーションで、当時を思い出させられること時々あって複雑な気分に陥るのですが、本作の女主人は現実の何某と異なって控えめで立ち居振る舞いの凜とした、しづかさんであります。
 コーヒーの知識も得られますよ、なんて類のマンガでは特になく、喫茶店のなかに流れる静かな時間に身を浸して男の子との淡い恋の行方と、女主人の影にあれこれ妄想を逞しくしつつも見守るようにして読めばよい。
 喫茶店を主舞台にしたお気に入りのマンガに、山川直人『コーヒーもう一杯』や『小さな喫茶店』、或いは小山愛子『ちろり』がありますが、この『珈琲をしづかに』もそれらに並ぶ作品となるか。どきどきしながら続刊を待ちます。
 ──それにしても、『ラブライブ!サンシャイン!!』の第4巻っていつ出るんでしょうねぇ。永野護でさえ(失礼)ここ数年は連載を休むことなく単行本作業を並行、ちゃんと新刊を出しているというのに……。◆


クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集 (ビームコミックス)

クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集 (ビームコミックス)

  • 作者: 田辺 剛
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/20
  • メディア: コミック



神絵師JKとOL腐女子(1) (ヒーローズコミックス)

神絵師JKとOL腐女子(1) (ヒーローズコミックス)

  • 作者: さと
  • 出版社/メーカー: ヒーローズ
  • 発売日: 2019/06/14
  • メディア: コミック



フラグタイム(1) (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

フラグタイム(1) (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

  • 作者: さと
  • 出版社/メーカー: 秋田書店
  • 発売日: 2014/03/07
  • メディア: コミック



十角館の殺人(1) (アフタヌーンKC)

十角館の殺人(1) (アフタヌーンKC)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: コミック



十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/10/16
  • メディア: 文庫



珈琲をしづかに(1) (モーニング KC)

珈琲をしづかに(1) (モーニング KC)

  • 作者: みやび あきの
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/10/23
  • メディア: コミック


コーヒーもう一杯 IV (ビームコミックス)

コーヒーもう一杯 IV (ビームコミックス)

  • 作者: 山川 直人
  • 出版社/メーカー: エンターブレイン
  • 発売日: 2008/03/24
  • メディア: コミック



珈琲色に夜は更けて シリーズ 小さな喫茶店 (ビームコミックス)

珈琲色に夜は更けて シリーズ 小さな喫茶店 (ビームコミックス)

  • 作者: 山川 直人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/エンターブレイン
  • 発売日: 2016/06/25
  • メディア: コミック



ちろり 1 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)

ちろり 1 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)

  • 作者: 小山 愛子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2012/02/10
  • メディア: コミック



ラブライブ!サンシャイン!!(3) (電撃コミックスNEXT)

ラブライブ!サンシャイン!!(3) (電撃コミックスNEXT)

  • 作者: おだ まさる
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/03/24
  • メディア: コミック



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