第2839日目 〈太宰治と松本清張を間違えたあとで、気が付いたこと。〉 [日々の思い・独り言]

 ふだんは太宰治を読み、寝しなの一刻に松本清張を読む。両方とも新潮文庫なものだから、ふとした拍子に混乱してしまうた経験を、今日した。『津軽通信』の感想を昨日ようやっと書いたことで肩の荷が下りてそのままベッドへ潜りこみ、目蓋が重くなってくるまで清張の短編「権妻」を読み、翌る今日からは太宰の『きりぎりす』を読み始めた。途端、幻惑が生じて、こんな錯覚をしたのだ──あれ、いま読んでいるのは松本清張だったっけ? 否、太宰だ。
 われながら可笑しい経験である。題材も作風も文章も、性質を同じうするところなど一つとしてないはずの2人なのに、一瞬と雖も取り違えてしまうとは、はたしてなにゆえぞ。まぁ、すぐに気を取り直して読書を続けて、片道の電車のなかで冒頭の「燈籠」を読み終えたのですが、件の錯乱はなかなか記憶から消えてはくれなかった。
 古本屋で、阿刀田高『松本清張あらかると』(光文社知恵の森文庫)を見附けて、10分近く買うのを悩んだ末にレジへ運んだ。中央公論社が阿刀田高編集『松本清張小説セレクション』全36巻を刊行した際、阿刀田が巻末に添えた解説風エッセイをまとめたのが、本書である由。
 セレクトされた長短編、創作或いはノンフィクションに寄せた阿刀田の視点は、松本清張の小説へようやく取り掛かるようになった自分にはなかなか新鮮で、買ってよかったなぁ、と思うこと頻りな現在なのであるが、特に興味深く読んだのは、姉妹で松本番を担当した2人の元編集者と阿刀田の鼎談だった。創作の舞台裏を潜み見た思いがする一方で、こちらの関心をより惹いたのは、清張と海外ミステリの関わりに触れた箇所。
 ポオが好きだったことは薄々感じられたが、クロフツのように論理を重んじた作家も好んで読んでいたこと、またシムノンは作品に流れるムードゆえあまり好きでなかったらしいことなど、ほう、と思いながら読んでいた。清張の著書に、読書歴を語ってまとめた本があるのか、寡聞にして知らないが、もしあるならば是が非にも読んでみたい。
 これは歴史のifになる話だが、もし清張が『点と線』で新ジャンルを開拓するきっかけを得ず、あのまま歴史小説を書き続けていたらどのような作家になっていたのだろう、と改めて想像を逞しうさせるきっかけにもなったのが、この阿刀田高の好著である。
 さて、先程の錯乱の話だが先程、松本清張のプロフィールをなにげなく眺めていて、おや、と小首を傾げるところがあったので、それを最後にお伝えして本日は筆を擱こう。
 松本清張は、現在の福岡県北九州市に産声をあげた。1909年、つまり明治42年12月21日(火・先勝)のことだ。小首を傾げたのは、その生年である。この年号は、どこかで見た覚えがあるぞ。しかもつい最近だ。
 椅子をくるり、と回転させ、書架に入る本、床に積まれた本を舐めるように見渡して、もしかすると……、と立ちあがり、積まれた本のいちばん上を手にして、表紙を開いた。
 ──やっぱり!!
 なんのことはなかった。明治42/1909年。伊藤博文がハルピンで暗殺されたその年。それは太宰治が生まれた年でもあったのだ。青森県北津軽郡金木村に津島修治は6月19日(土・赤口)、誕生した。
 太宰と清張が同い年……信じられるか。太宰が戦後間もない時分に命を絶ったこと、清張が平成まで存命であったこと、この事実を突き合わせると余計に信じがたく思われるが、揺らぐことなき事実なのである。かけ離れた、とはいわないまでも、およそ接点のなさそうな二人の文学者がいみじくも同年に、この世に生を受けていようとは。
 そうしてこの二人の作品を偶然にもわたくしはいま、なにも知らぬまま並行して読んでいたのだ。驚きは隠せない。「え? 嘘でしょう?」と声をあげてしまい、然る後にカレンダーを点検して、「本当だ」と納得するのだろう。となれば、冒頭で告白した可笑しな経験も、宜なるかな。なんちゃって。
 でも、同じ年に生まれた文学者たちの作品を軒並み検めてみたら、案外著作の底に流れる、【通奏低音】とでもいうべき共通のなにか──<因子>のようなものを発見できるかもしれない。この年に生まれた日本人文学者はかれらの他、大岡昇平(3月6日/土・仏滅)、中島敦(5月5日/水・赤口)、埴谷雄高(12月19日/日・大安)、中里恒子(12月23日/木・先負)などがいる。
 日本人としては史上初めてベルリン・フィルの指揮台に立った作曲家・指揮者の貴志康一(3月31日/水・大安)、『フクちゃん』の作者で横浜市民には崎陽軒の「ひょうちゃん」のキャラクターデザインを担当したことで知られるマンガ家の横山隆一(5月11日/火・赤口)、三島由紀夫の義父としても知られる日本画家の杉山寧(10月20日/水・先負)、映画評論家の淀川長治(4月10日/土・先負)と小森和子(11月11日/木・先勝)、作曲家の古関裕而(8月11日/水・先勝)らも、この年の生まれだ。
 ……なんだか、先勝・先負、そうして赤口が目立つね。◆


松本清張あらかると (光文社知恵の森文庫)

松本清張あらかると (光文社知恵の森文庫)

  • 作者: 阿刀田 高
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2008/06/12
  • メディア: 文庫




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