第2512日目 〈『ザ・ライジング』第4章 32/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 「それじゃあな。気をつけて帰るんだよ」
 ブルージーンズの男が希美の背中を押し、ライトバンの開け放たれた後部ドアから降ろした。そちらを振り向く間もなく、ドアは閉められ、車は走り去った。
 電柱に背中が触れた。途端、急に足から力が抜け、そのままへたりこんだ。目はうつろで、視線は千本公園の入り口あたりをさまよっている。口も半開きになってそこから白い息がか細く吐き出された。師走の風が路地を吹き抜け、希美の頬をさっと撫で、艶をまったく失った髪を嬲った。そのうち、希美は自分の体から感覚というものが――一時的にそうなっているに過ぎないのは承知していた――なくなってしまっているのに気がついた。
 そういえば五感だけでなく、時間の感覚もどこかで流れてしまったようだ。あの男達と車の中で、どれだけの時間を過ごしたのか、さっぱりわからない。覚えているのはただ、男達が代わる代わる希美の体に侵入して来、何度となく盛大にその精を吐き散らしたことだけ。一つだけ確かだろうと思えるのは、何時間も辱められて過ごした、ということだけだった。
 っくちゅん! ぼんやりとしていたら、くしゃみが出た。と同時に感覚が戻り、思考も復活した。
 一日に四人の男からレイプされたのか、私は……なんて一日だったんだろう。突然、頭を思い切り殴られたような衝撃を感じた。男達に輪姦された、という事実よりはるかに現実的で、想像もしたくない恐怖が彼女の心に芽生え、ほんの数瞬の間にあらゆる感情を吸い尽くして大きく、際限なく大きく成長していった。
 妊娠したらどうするのよ!? 
 誰の子供かわからない。四人が四人とも――いや、三人だった。細面の男は完全な早漏で、二回挑戦して二度とも(希美のお腹と太腿に)たっぷりと白濁した精液をぶちまけてくれたから。それはともかく、希美に侵入した三人の男達はいずれもきちんと膣内射精をしてくれた。コンドームはなし。
 いったいなんてことしてくれたのよ……これじゃ正樹さんに今夜抱かれて、その結果として新しい命を宿したとしても、彼の、未来の夫の子供です、なんていえないかもしれないじゃない……。
 小さくうずくまった体を震わせながら、希美は体育館坐りした足の間に顔を埋め、濃淡のついた青の格子柄のコートに頬をなすりつけ、さめざめと泣いた。どうしてこんなことになっちゃったの? なんで私だったの? なんで誰も助けてくれなかったの? パパもママも来てくれなかった……嘘つき!
 低く唸る風の音に混じって、靴の音が路面に打ちつけられる音が聞こえた。その足音は徐々に近づいてくる。なんだか疲れを窺わせる足音だった。希美は身を強張らせた。遂に足音がやんだ。相手の視線がこちらへ向けられる。
 「あれ?」と相手のあげた声、やや尻あがりのイントネーションと珠を転がすような高い声は、希美に懐かしい感情を抱かせた。女の声だった。物心つく前から一緒に遊んでいた、一人っ子の希美にとっては実の姉のように慕った女性の声だった。「のの? ――のの、だよね?」□

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