第2514日目 〈『ザ・ライジング』第4章 34/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 年末年始の休みを利用して東京から帰省した真里が、希美を心配してずっと付き添ってくれていた。実家はすぐ隣だというのに、まだ一歩もそこへ立ち寄らず。ありがとう、と口の中で呟き、通りかかったのが真里ちゃんでよかった、と思った。他のご近所さんだったら、あっという間に町内の噂種になっていたかもしれない。真里も口にはしないが、同じことを考えているのだろう、と希美は考えていた。
 「うん、ちょうどいいよ」と彼女は答えた。「もう少ししたら出るねえ」
 「ああ、わかった、わかった。子供の時みたいにゆでダコにはなるなよ」
 笑いながらそういうと、真里は脱衣所から台所へ戻っていった。ガラス扉からシルエットが消える。それを見届けると、希美は「わかってるよぉだ」と呟きながら、アカンベエをした。
 真里にコートを脱がされ、手を洗わされた後、着替えをするよう促された。その間に真里は居間のガス・ストーブを点けたり、浴槽に水を張って湧かしたりしていた。着替え終わると希美は、白井の携帯電話に何度かかけてみた。が、呼び出し音が鳴るだけで一向に本人が出る気配はない。留守電にもつながらないなんて……変なの。そしてそのまま彼女は電源を切り、充電器にセットした。
 居間の電話が鳴っている。夕食の支度をしていた真里が出たのか、呼び出し音がやんだ。
 「ありがとう、真里ちゃん、ふーちゃん……」
 希美はそういって、お湯をかき寄せた。さざ波が胸元や肩にぶつかって、小さな音を立てて砕けた。
 パパ。ママ。あれから全然逢いに来てくれないんだね。さっきは「嘘つき」なんて罵ったりして、ごめんなさい。だから、お願い。逢いに来て……。
 もしかしたら、と淡い希望を抱いて、浴室をぐるりと見回してみた。しかし、どこにも両親が姿を現しそうな気配はなかった。
 あまり浸かっていると、本当にのぼせてゆでダコになりかねない。
 若干の未練を残しながら希美は湯船からあがり、蓋をした。ガラス扉を開ける。すぐさま冷気が襲いかかってきた。

 「あんた誰なんだよ!? さっきから何度も何度もさ!」
 用意されたパジャマを着て居間に入ると、受話器に向かってそう真里が叫んだ。自分がいわれたわけではないのがわかっていても、思わずその場に棒立ちになり、身をすくめてしまう。
 それを視界の隅で認めた真里が、送話口をふさいで希美の方へ向き直り、「無言電話。もう何度もかかってきてるんだ」と教えた。
 「黙ってちゃわからないじゃんか。用がないなら切るよ!」
 そういって真里が受話器を置いた。そのときの、ちん、という音が悲鳴のように聞こえた。
 「ずっと無言なの?」
 「そう。最初はこっちが出るとすぐ切ってたんだけどね。三、四回目ぐらいから、ずっと無言なんだ」
 「ふうん……あ、全部非通知でかかってきてるんだ」と着信履歴を確かめていた希美はいった。「誰だろう。いやだな……」
 「非通知拒否したら?」と真里が提案した。「怖いよ」
 「でもさ」と希美は真里を見ながら渋った。真里が怪訝な顔で見返してくる。「真里ちゃんからの電話って、いつも非通知なんだけど? 出なくていい、っていうんだったら、そう設定してもいいけどね」
 真里の顔がみるみる赤く染まっていった。その様を見物するのはなかなか楽しいものだった。
 「嘘!? ひゃあ、知らなかった。ごめん、すぐに非通知解除する!」
 そういって鞄から携帯電話を出してくると、真里は希美の前で設定の変更を始めた。ボタン操作しながら顔をあげずに、「いままでもかかってきてたの、無言電話?」と訊いた。
 希美は頭を振って答えようとしたが、それだと真里に返事はわからないだろうと思い直し、「ううん」といってやった。
 思い当たる相手はいない。彩織達〈旅の仲間〉なら自宅も携帯電話の番号も登録してある。――というよりも、家に電話をかけてくるような人なら、いずれも電話番号を登録してあったし、かかってきた際もディスプレイ表示されるようにしてあった。父や母が登録した名前も番号も、一つも消さずにいまでも残っている。それに何度も無言電話をかけてくるほど、人生に於いて暇を持て余している面々とも思えない。□

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