第2526日目 〈『ザ・ライジング』第4章 46/46〉 [小説 ザ・ライジング]

 宮木彩織はベッドから上半身を起こして、大きく伸びをした。頗る長い時間、ベッドに寝っ転がっていたせいか、背中の肉がずいぶんと張っている。そうして寝惚け眼のまま、足を床へ降ろして立ちあがり、よたよたと机に向かって歩き始めた。
 (彩織!)
 希美の声が耳の奥に響いた。
 両足から途端に力が抜け、膝をついて彩織は崩れ落ちた。周囲の光景がまるで引き潮の如く急速に自分の後ろへ引いてゆく。彩織は口を半開きにし、視線を天井へやった。知らぬ者が見たら白痴とでも思われていたかもしれない。体がゆっくりと背中から倒れていった。
 床に倒れこんで後頭部と背中をしたたかに打ちつけたとき、目の前で浮かんだ光景は彩織をしばしの間、息を呑んで、おののかせるに十分だった。希美が横たわったまま海の底へ沈んでゆく。屈折した光の輝きが美しい中、髪をたなびかせて、おだやかな面持ちで。その表情は気品にあふれ、会う者を知らずひれ伏させる威厳に満ちていた。
 (さよなら……)
 束縛が突然解かれ、彩織は上半身をはね起こした。いまの短い幻影が現実の、しかもいまこの瞬間に起こっている出来事だと確信するのに、さほどの時間はかからなかったし、根拠も必要としなかった。実際のところ、予感はあった。夜のローカル・ニュースで白井正樹殺害の方を知ってハウエルズを聴きながら漫画を読み出すまでの間、彩織は希美の家と携帯電話に五〇回以上は連絡をつけようと躍起になった。が、ただの一度もつながらなかった。藤葉や美緒にも連絡したが、やはり彼女達も電話がつながらないという。何度かは緑町の希美の家に行ってみようとしたものの、そのたびに季節外れの暴風雨が邪魔立てをした。
 「のの!」
 今度ばかりは邪魔なんてさせやしない。ののが危ないんやから――。
 彩織は机の角に掌をついて立ちあがると、(希美と二人で撮ったプリクラが二枚と、〈旅の仲間〉四人で撮ったプリクラが一枚貼られている)携帯電話を摑み、電源を入れるのももどかしく、藤葉と美緒に電話をした。パジャマを脱ぎ捨てると着替えてコートを羽織り、部屋を出ていった。◆

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