第2583日目 〈綾辻行人『奇面館の殺人』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 『奇面館の殺人』を満足の溜め息と共に読了した。鹿谷門美が活躍する<館>シリーズに接するのは久しぶりである。『十角館の殺人』から順に、間を置かずに読んできたわたくしがそうなのだから、リアル・タイムでシリーズを追ってきた人は尚更だろう。まぁ、前回かれが探偵役を務めて動いたのが6作目『黒猫館の殺人』で、本作との間にあるのがあの『暗黒館の殺人』と『びっくり館の殺人』だからね。感慨はどちらの立場であっても、深い。というわけで読者よ、喝采せよ、探偵・鹿谷門美の帰還である。
 『暗黒館の殺人』がミステリ要素薄めで専ら幻妖の世界へ軸足を置き、『びっくり館の殺人』がミステリとはいえど軽量級だったのに対し、『奇面館の殺人』は王道中の王道、待望の本格ミステリである。前2作に肩透かしを喰らわされてインターネット上で怨嗟を綴ったガチのミステリ・ファンもこちらが刊行されたことで溜飲をさげた向きが多いのではないか。
 シリーズ第9の館、奇面館はなんと東京都にある。具体的なことは書かれていないが都下のどこか──おそらくは日野市から更に奥の方と思しい山中。そこは例に洩れず人里離れた場所で、10年に1度の割合で大雪に見舞われ周囲から孤立するという、殺人事件にはお誂え向きの環境だ。然様、作中で奇面館は孤立する──10年に1度の大雪のために。お約束の「吹雪の山荘」である。事実上の密閉空間である館の、更なる密室で事件は起きた。むろん、完全無比の密室などあり得ない。秘密の抜け道? 秘密の隠し戸? 勿論ありますとも! 密室殺人が解決されるためにそれらは欠くべからざるアイテムなのだから。しかも舞台は奇面館、即ち中村青司の館なのだから、なにをか況んや、である。
 雪で閉ざされた山荘、曰くありげな正体主(館主)と一癖も二癖もありそうな招待客の面々、密室での殺人事件。斯くして探偵は立ちあがり、丹念に手掛かりを集め、容疑者のアリバイと言動を検め、クライマックスで一同が介したところで「犯人はあなたです」と指さす。考えてみればこの王道パターンも、<館>シリーズではずいぶんとご無沙汰だ(『迷路館の殺人』以来か?)。そうした意味で本作は原点回帰を果たした作物といえるかもしれない。
 さりながらシチュエーションに限っていえば、『奇面館の殺人』はこれまでのどれにもまして<異様>である。館の主人の意向で招待客は皆、意趣を凝らされた仮面をかぶらされるのだ。しかも仮面は頭部をすっかり覆うもので、後頭部のあたりで鍵が掛けられる仕様である。おまけに本文では誰彼を指すとき人名ではなく、仮面の名称でされるものだから紛らわしいことこの上ない。『奇面館の殺人』には所謂登場人物一覧がないので、面倒とは思うが混乱してしまいそうなら自身で一覧を作るのをお奨めする(もっともクライマックスではそんな努力を空しうさせかねない事態に見舞われるだろうけれど、おそらくはそのせいもあって『奇面館の殺人』には登場人物一覧が付されていないのかもしれない)。
 『奇面館の殺人』のキモは、ホストの影山逸史が<もう一人の自分>を探す目的で同年同月日生まれの人物を招待していることだ。それに加えて、かつ運命のいたずらか、皆が皆似たり寄ったりの背格好なところにある。そうした人々が、デザインは異なると雖も仮面をかぶって滞在中は過ごすことを義務附けられ、殺人事件の発生後はそれが犯人の画策で外せなくなってしまうと、もはやその仮面の下にあるのが誰の顔なのか、互いに疑心暗鬼を募らせるのも当然だろう。
 正直なところ、都度都度前の方を読み返し、気掛かりな点を検める労を惜しまなければ、真犯人を当てるのはそう難しいことじゃあ、ない。だいじょうぶ、わたくしでさえわかったのだ。が、鹿谷によって犯人が特定されて、その動機が犯人の口から告白されたあとに明らかとなる──もしあなたが登場人物一覧を作っていたら、それを反故にしてしまうような──記述には、参った。さすがにこんな仕掛けが用意されていることまでは見抜けなかった。降参である。そこまで徹底していたんですね、影山さん。思わずそう独りごちてしまったよ。たしかに、このあたりは『十角館の殺人』などシリーズ初期作品を彷彿とさせるかもしれないね。
 手掛かりはすべて提示された。それは物理的なものであり、また、台詞に、叙述に埋めこまれてもいる。一々を検めながら謎解きに耽る愉しみを、わたくしはようやっとこの作品で経験できた。いやぁ、詰めが甘かったとはいえ、犯人が当たるってうれしいね!◆

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