第2652日目 〈マカバイ記・一第5章1/3:〈ギレアドとガリラヤ在住のユダヤ人の危機〉他withシューベルトの交響曲第5番/思い出に別れを?〉 [マカバイ記・一(再)]

 マカバイ記・一第5章1/3です。

 一マカ5:1-8〈隣接諸民族との戦い〉
 ユダヤの民がエルサレム神殿を再建して聖所を清め、奉献した、という報は、周囲の異邦人を激怒させるにじゅうぶんだった。なかでも特にユダヤ人に対して怨恨や不快の念を抱く連衆は、自分たちのなかで暮らすユダヤ人を虐げ、殺め、根絶やしにこれ務めた。
 勿論、マカバイたちは黙っていない。かれらは異邦人との戦いに赴き、遠近の地にて相争うた。──ユダヤを包囲したイドマヤのエサウの子孫に対してはアクラバタにて戦い、「路上に待ち伏せて、民に対する罠とつまずきとなっていた」(一マカ5:4)バイアンの子孫を塔に閉じこめて呪いをかけ、塔へ火を放って焼き殺した。
 また、アンモンの子孫とも戦ったが、かれらは数も多く手強かった。アンモンの司令官はティモテオスであった。かれは後にギレアドのユダヤ人を苦しめ、またマカバイとの再戦も、ヨルダン川の渓流に面したフォンにて控えている。
などユダヤに隣接する諸民族との戦いに明け暮れた。
 時に苦戦し、圧されることもあったが、マカバイ以下のユダヤ軍は敵を蹴散らし、殺し、退け、最後には敗走させたのだった。

 一マカ5:9-20〈ギレアドとガリラヤ在住のユダヤ人の危機〉
 異邦人によるユダヤ人弾圧は北部のガリラヤとヨルダン川東岸のギレアドでも行われていた。
 ギレアド地方の異邦人はティモテオスを司令官にいただき、その下に結集、イスラエル/ユダヤ人を攻撃した。たくさんのユダヤ人が犠牲になった。
 が、どうにか死を免れた人々はダマテの砦へ逃げこんだ。かれらはエルサレムのマカバイに宛てて、自分たちを見舞った危機と救援を希う書状を認め、使者に託して送り出した。
 マカバイがその書状を読んでいるまさにそのとき、今度はガリラヤからの救援要請が届けられた。その使者の曰く、プトレマイス、ティルス、シドンの異邦人が連合して、わたしたちガリラヤ地方のユダヤ人を根絶やしにしようと行動しています、と。
 これを聞いたマカバイは民や兵を集めて、かつてない艱難のなかにある同胞たちのためになにを為すべきか、協議を重ねた。その結果、ガリラヤ地方にはユダの兄シモンが3,000の兵を率いて、ギレアド地方にはマカバイが8,000の兵を引き連れて、同胞救出のため遠征することになった。マカバイは弟ヨナタンを伴うことにした。
 マカバイやシモン不在のエルサレムならびにユダヤ防衛は、ザカリヤの子ヨセフと民の指導者アザリアにゆだねられた。マカバイはかれら二人にいった、民をよく統率せよ、われらが帰るまでけっして敵と戦うな、と。
 斯くしてシモンの軍勢とマカバイの軍勢はそれぞれ、かの地へ向けて出撃したのである。

 バイアンについては未詳でありますが、文脈から判断して街道沿いに幅を効かせた1部族で、街道を行くユダヤ人に対して悪行を働いていた様子であります。かれらを閉じこめた塔というのもおそらくは、街道沿いに作られた物見塔、守備塔の1つだったのでしょう。ゆめ
 ティモテオスはこのあと、本章2/3にてマカバイと相対する敵将ですが、どうにもやられ役としか言い様のない人物と、わたくしの目には映ります。裏返していえば、マカバイの強さを印象づける引き立て役でしかありません。
 エルサレムの留守を任された1人、民の指導者アザリアは「マカバイ記・二」で「エレアザル」(二マカ8:23)や「エスドリス」(二マカ12:36)と呼ばれる人物と同一である、という(ハンス・シュモルト『レクラム版聖書人名小辞典』P14 高島市子・訳 創元社 2014年9月)。
 が、ちょっと待て。
 「マカバイ記・二」でエレアザルが登場するのは、マカバイがニカノルとの戦いに備えて兵を奮い立たせ、兄弟たちに軍隊を分割して与えた、その文脈に於いてだ。マカバイはエレアザルに聖なる巻物を朗読させている。マカバイ家/ハスモン家は王朝樹立に前後してその資格を欠くにもかかわらず、祭司職に就いた。エレアザルの朗読はその前哨のような記述であり、甚だ不可解なところがあるが、それはともかく。
 同一人物であればアザリアはマカバイの兄弟の1人である。さりながら本書第2章にてマタティアの5人の息子のなかに、アザリアの名前はない。「アワランと呼ばれるエレアザル」ならいるけれど……(一マカ2:5)。
 アザリアもまたアワラン同様、エレアザルの別の呼び名であるのか。その典拠となる文言は、どこにあるのか。外部資料ならば、それはなにか。納得できる材料は1つもない。「民の指導者」の一語を以て斯く曰うなら、牽強付会の誹りも免れぬのではあるまいか……?
 アザリア絡みの話題を、もう1つ。どうしてマカバイはエルサレムに残すアザリアとヨセフに、敵と戦うな、とわざわざ言い置いていったのか。
 ユダヤ/エルサレムに残していった「残りの兵」(一マカ5:18)がどの程度のそれであったか不明だが、<主力部隊>と称すべきはやはりマカバイとシモンが引き連れていった軍隊であったろう。これまで数多の戦いを経験してきたマカバイには敵の力がどれだけのものか、じゅうぶんわかっていたことだろう。互角かそれ以上の戦力をギレアドとガリラヤに差し向けていることは想像に難くないところだ。裏返していえば、ユダヤ/エルサレムに残した兵力で敵と戦うことは困難である、と判断したに等しい。かりに戦闘が始まったとしてもシモンや自分がかの地から戻ってくるまで持ち堪えられればいい、ぐらいには思うていたかもしれない。おそらくそこに残された戦力は、あくまで防衛に徹するに必要最低限なライン数だったのだろう。
 もっともユダ・マカバイ、さらに腹の底ではヨセフとアザリアを、一軍を率いて戦い抜く胆力も能力も、洞察力も統率力もない、資質を欠いた、その方面にまるで向かない人物、てふ評価を下していたのかもしれぬ。
 もしそうならば、マカバイの評価は正しかったことが、本章の最後で判明する。ヨセフとアザリアは「自分たちだって戦えるんだ」という焦りやマカバイへの自己プレゼンに彩られた、浮き足だった功名心からシリア軍に戦いを挑んで、みじめな負け戦を演じることになるのだから。ちなみにこのときの敵将は、かつてアマウスの戦いでマカバイに敗北を喫したゴルギアスでありました(一マカ4:26-35)。



 琥珀色の液体を喉の奥へ流しこんだあと、本稿の筆を執っております。シューベルトの交響曲でなにが好きか、と訊かれたら、《ザ・グレイト》は別格扱い、他の曲から、とお願いした上で、第5番ですね、と答える。
 バイロイト室内管弦楽団の演奏で聴いてから、すっかりこの曲のトリコだ。モーツァルトよりもさらに天真爛漫。あちらではふとした瞬間に覗く<闇>の顔が、ここにはない。どこまでも明るく、無邪気で、みずみずしさと快活さ、優雅さに彩られた、交響曲らしからぬ愛すべき佳品だ。
 とてもベートーヴェンが既に第8番まで交響曲を仕上げ、弦楽四重奏曲とピアノ・ソナタがいよいよ後期の孤峰へ踏みこんでゆこうとしている時代に同じ国の人によって書かれたとは思えぬような一曲、ともいえるか。
 前述のバイロイト室内管による、ひなびちゃいるがフレンドリーであたたかい空気に満ちたPLATZ盤がいちばん好きだが、じつはもっとも頻繁に耳を傾けているのはカール・ベーム=ベルリン・フィルのDG盤である。どうして? うぅん、どうしてなんでしょうね(くすっ)。
 ──シューベルトの作品は10年前の思い出と密接に結び付く。わたくしはそろそろその思い出と「さようなら」するべきなのかもしれない。しかしそれでも心は<悠久の希望>に搦め捕られたまま……。嗚呼!?◆

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