第2662日目 〈はじまりは、アレックス。〉 [日々の思い・独り言]

 毎度お馴染み、みくらさんさんかが傲岸不遜にも読者諸兄へ、ちかごろのわたくしが経済や投資、金融の本をよく読んでいる理由について語る時間のはじまりだ。……上から目線の文章って、書いていて疲れるね。
 では、気を取り直して。
 マイケル・J・フォックスがTVドラマ『ファミリー・タイズ』(「全米熱中TV」!!)で演じたアレックス・P・キートン。『BTTF』時代からかれのファンをやっている方には周知の事実だが、マイケルの出世作となった作品であり、また配偶者トレイシー・ポランとのロマンスが生まれたドラマでもある。
 日本では第3-4シーズンのみの放送であったそうだが、これがもう粒選りのエピソードがずらり、揃ったシーズンで、当時放送されていたアメリカ・ドラマのなかでも2番目にベタ惚れした作品である(1番は、『特攻野郎! Aチーム』だ。これは不動だ)。
 アレックスはお金が大好き。が、そこにカツオのようながめつさと卑しさと浅はかさは、ない。金持ち父さんではないが、かれはお金を循環させ、お金に働かせることの意味と、富の力とそれが持つ様々な良い面と悪い面を、理解していた人物であったように思う。
 想像でしかないし、顰蹙を買うやもしれぬが、アレックスはもしかするとビジネスの世界で大いに活躍、成功して、もしかするとドナルド・トランプのような成功して富を築き、各方面へ影響力と求心力を備えた人物になっていたって、ゆめ可笑しくはなかっただろう(どうでもよい話だが、わたくしは大統領としてはともかく、ビジネスマンとしてのトランプを大いに尊敬する)。
 お金が大好きなアレックス、お金に愛されるアレックス──かれはハイスクール時代から経済やビジネスの本を愛読し、将来のヴィジョンを組み立て、遂にはこんなことまで口走り始めるのだ、曰く、「夜になるとお金が僕に囁くんだ、いいぞ、アレックス、もっと仲間を集めろ、って」と。
 まぁ、かれも10代の少年、ドラマのなかでいろいろ問題行動/発言はあったが、お金やビジネスについてきちんと自分なりの意見や考えを持つアレックスは、当時のわたくしにとって憧れの存在だった。
 いまは若干風潮が変わってきているようだけれど、わたくしが10代の頃はまだお金の話はするものではない、それをするのはちょっと汚くないか、なんて空気が残っていたからなぁ……バブル景気の真っ只中にあった時代だったせいかもしれないが、あの頃はなにをやっても相応以上のお金が稼げたし、それを運用するのも銀行に預けるだけでとんでもない利子が付いたりして、両手団扇だったしね。つまり、特に資産運用なんてしなくても、稼げて貯められる時代だったのだ。ゆえに、お金の話をするのはチト貧乏くさい側面もあったのだ。
 また脱線した、軌道修正。
 まぁ、そんなわけで当時の日本にあってアレックス・キートンはひときわ目立つ存在だったのだ。すくなくともわたくしの目には、とても異質で新鮮で、なにがしかの啓示を与えてくれる人物と映ったのである。ゆえに、というか、影響されやすい、というか、大学へ進学したら経済学部か商学部、或いは法学部に学んで、就職先は金融機関か証券会社、総合商社か、或いは無難に公務員……なんて考えていた。
 が、その夢はあえなく潰えた。在学中にバブルは弾け、就職シーンは低迷どころか暗黒時代を迎え、わたくしの卒業する頃がもっともその影響が深刻になったのである。事実、わたくしは明日から新年度、という日に内定取消の電話をもらった……! 公務員という未来がずうっと具体的に自分の前に立ち現れたのは、バブル崩壊という背景あってのことだ(このあたりはアレックスと関係ない話ですな)。
 その時分からなんとなく、自分の未来が思い描いていたものとは違ってきたなぁ、という実感がある。結果的にわたくしは進学先で文学、しかも<日本古典文学>なんてものを専攻し、カビ臭い学問にウツツを抜かして、アレックスの影を知らず追い出すことに成功してしまっていたね。これは、顧みる必要もなくわたくしの人生が悪い方向へねじ曲がる、一種のターニング・ポイントであった。
 グウタラグウタラして毎日を過ごし、ただ好きな学問と創作に明け暮れて、未来への投資も蓄財も二の次三の次、いつしかアレックスの影も実業への情熱もわたくしのなかからは消えてしまっていた。それから干支は、なんと2度も巡って現在に至る。
 それまで志しては挫折してを繰り返し、泥沼というか負のスパイラルにみごと落ちこみ抜けられず(ロバート・キヨサキいうところの<ラットレース>より、はるかにタチが悪い!!!)、そんな己に怒り、恥じ、侮蔑し、行く末の望みも抱けぬままだったが、じつは昨年あたりから転機が訪れているのだ。それを実感しているいまだからこそ、書けるエッセイが本稿である、とは流石に尊大の親玉じみているだろうか。
 ──転機とはなにか? 自宅敷地内に建つアパートの建て替えである。ここまで2019/07/20 13:00
 昨年の早春、地元の不動産屋さんに入居者募集や管理等々の件で挨拶に伺ったり、建設会社や各下請け会社の人たちと顔合わせ、打ち合わせを重ねたり、とこれまで自分が施主・オーナーという立場になったことで、これまで直接タッチしたことのなかった分野の方々と接することが多くなった。そのなかで最も重要な位置を占め、建物引き渡し後も長くお付き合いすることになるのが、金融機関のご担当者様であるのはいうまでもない。
 この時分から──8月の終わり頃かな──ようやく、<アパートのオーナー>という<経営者>である自覚が生まれ、また、不動産投資家たらんてふ志も生まれた。「カボチャの馬車」に端を発するスルガ銀行の不正融資の一件ゆえに投資家となる道に暗雲が立ちこめ、けっして予定通りに事は運んでいない。実業に関してはそんな次第で険しい道を歩いているが、いちど抱いた志を棄てることはけっして、断じて、ない。家族のため、自分のため、未来のため、社会のため、である。
 その代わり、というてはなんだが業者や金融機関と折衝してゆく過程で、どれだけ自分が無知であったか、思い知らされもした。不動産会社で営業をやっていたことはいちおうの下地になっているけれど、実務面ではまるで違う分野の人たちとの付き合いだから、わからぬことだらけなのだ。
 それゆえ、すくなくとも今年いっぱいは勉強の時間と割り切り、不動産投資や投資信託、またお金にまつわる本を読みまくり、証券会社や金融機関に持つ幾つかの口座の役割について思いを巡らせ、<資産運用>を真剣に考え、研究し、幾許かの貯金を元手に株やその他の投資を始めたのである。
 いまも傍らには『会社四季報 2019年3集夏』と株式投資、信託銀行について書かれた本、またFPと証券外務員2種のテキストがある(絶対合格しなくっちゃ!)。ああ、『ファミリー・タイズ』の影響が残っている年齢にこれらの本を侍らせ、読み耽っていたならば、わたくしはもう少し上向きの人生を歩んでいるはずなのに。同年代の人々と変わらぬ家庭を持ち、会社にあっても相応の肩書きを持ち、また収入を得ていたことであろうに。
 それとはまるで異なる現在の自分に憤りを感じている。せめて救いなのは、昨年からわたしの身の回りで起こった変化が結果的に失くしてしまったアレックスへの憧れを呼び起こし、芋蔓式に湧きあがって高じたお金への関心・執心からもっと給料の良い部署へ異動願いを出してそれが叶い、やっとわたくしはかつて胸のなかに抱いた金融機関に身を置くことができた。様々な知識をいま、研修を受けながら身に付けているのが、わたくしの現在(just now)である。ずいぶんと遠回りをしてしまった……。
 持病が悪化して研修中にもかかわらず1週間近く欠勤してしまったのが無念だが、事情はこれからかならず好転する。すくなくとも3年はここに齧りついて、自分のチームが抱える業務は勿論金融機関の知識と、対応の経験を積み、資格を取り、揉まれてゆこう。もう逃げることも、諦めることもできないのだ。それにね、願ったとおりに事態は流転して変化して、幸にあふれた未来が目の前に広がることを、わたくしは知っている。マーフィー理論? うん、そうかも。
 それに併せて、というわけではないけれど、つい先日、これから3年間で実行する、実現する、と決めた諸々をリスト化した。B/S作成の為、いろいろと洗い出していた副産物なのだが、負債が純資産を大きく上回っていたのには、狼狽させられたな。斯くなる上は、と強い決意を固めて財政健全化を目的に、件のリストを書き綴ったわけである。そのうちの2/3はかならず実現させるぞ。
 ……アレックスはドラマが終わったあと、どのような人生を歩み、いまどんな生活をしているのだろう。サブプライムローンやリーマン・ショックの煽りを受けて、貧窮した生活を送っている、なんてことになっていませんように。
 わたくしは、前に進む。そう誓う。◆

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