第2699日目 〈聖櫃(アーク)が歴史から消えるまで。〉 [日々の思い・独り言]

 アカシア材で作られた契約の箱(※1)には、モーセがシナイで受け取った十戒の石版のほか、アロンの杖とマナを収めた黄金の壺が納められていた(※2)。
 契約の箱はカトリックでは「聖櫃」とも呼ばれる。また、正教会もしくは東方正教会では「約櫃」と呼ばれる。聖書本文に於いても「掟の箱」など呼び方は様々だ。が、本稿では新共同訳聖書に倣い、「契約の箱」で統一する。但し一箇所だけ、文脈上「神の箱」と聖書表現に従った箇所があることをお断りしておく。
 契約の箱はカナンをめざすイスラエル就中レビ人によって担がれて、荒れ野を北上。エフライムの嗣業地のなかの町、シロに設けられた臨在の幕屋へ安置された。
 「サムエル記 上」第4章にて描かれる対ペリシテ戦で劣勢となったイスラエル軍は、シロに人を遣わして契約の箱を戦場へ持ってきてくれるよう言伝る。「そうすれば、主が我々のただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう。」(サム上4:3)
 それは裏目に出た。ペリシテ軍はイスラエル軍を呑み、神の箱を奪った。その報せに祭司エリはショック死し、臨月の嫁は男児を産み落としてそのまま絶命した。彼女の今際の際の言葉、「栄光はイスラエルを去った。神の箱は奪われた。」(サム上4:22)
 が、イスラエルの神もおとなしくしていたわけではない。そんなことがあってたまるものか。神はペリシテ人に災いをもたらした。その挙げ句、ペリシテ人は契約の箱を、あまりの恐ろしさにとても手許には置いておけない、とばかりイスラエルへ返却したのである。その後はアビナタブの家に一時保管されていた。
 それから幾年。統一王国の3代目、ソロモン王の御代に(第一)神殿が落成した。そこの至聖所に契約の箱は安置される。臨在の幕屋という永き仮住まいから新築なった自宅へ移ったのだ。なおソロモン王の当時、契約の箱には十戒を刻んだ石版しか納められていなかった、という(※3)。
 斯くして契約の箱は在るべき場所に納められ、訪れた安らいはそれからしばらく破られることがなかった。そうしてさらに歳月は流れる──南王国ユダの王位にヨシヤ王が坐す時代まで、一気に。
 神の教えに従ってことごとく悪に染まった歴代の王のあと、ヨシヤ王は果敢に宗教改革を断行した。「申命記」の発見と民の前での朗読、神殿男娼の追放と異教崇拝の一層、過越祭の祝い、などが改革の成果だ。このことは「列王記 下」第22章から第23章第1節に記されるが、契約の箱は並行箇所となる「歴代誌 下」で触れられる。「(王曰く、)ソロモンが建てた神殿に、聖なる箱を納めよ。あなたたちはもはやそれを担う必要がない。」(代下35:3)
 ここを最後に聖書から、契約の箱の記述は途絶える(比喩表現は別だ)。ネブカドネツァル2世率いる新バビロニア帝国軍によって神殿が汚され、荒らされ、壊され、略奪された際、ほかの祭具と一緒に接収されてしまったのかもしれない。が、もしそうだったなら、なにかしらの記述がされているだろう。第二神殿の建設を報告する「エズラ記」についても然りだ。
 契約の箱は前586年から2019年の今日まで行方不明である。
 ──1981年アメリカ。記念すべき<インディ・ジョーンズ>シリーズ第1作、『レイダース 失われた聖櫃(アーク)』が公開された。
 映画の前半でインディとブロディがアメリカ陸軍諜報部に聖櫃講義を行う場面がある。曰く、「歴史では前980年、エジプト軍がエルサレムを攻めた際、聖櫃を奪って帰還した。タニスの町の<霊魂の井戸>に聖櫃を隠したがその1年後、町は砂嵐によって砂漠に埋もれて地上から消えた」云々。
 勿論、聖書にそんな記述はない。古代オリエント史やエジプト史を検めても、結果は同じ。映画のための創作というてよい。とはいえ、前980年とは絶妙な時代設定をしたものだと思う。
 映画の制作が進んでいた1980年から2000年を引いて出した年代であろうけれど、ちょうどこの時期はイスラエルはダビデ王制が折り返し点を過ぎた頃である。そうしてエジプトでは第21王朝が成立してペル・ラムセスからタニス(!)へ移った時代である。改めてローレンス・カスダンの脚本は上手いな、と思わせられるのであります。
 というわけで、契約の箱は2,400年以上も行方知れずのままである。考古学者や聖書学者にとっては聖杯と並んで、発掘を心待ちにしている聖書の遺産であろう。
 でも、聖櫃は本当にわれらの前に出現してよい遺物なのだろうか。聖書や伝承、物語が伝える<力>がもし本当だったら、……ぶるぶる。◆

※1 出25:10-22
※2 石版;出40:20、マナ;出16:33-34、杖;民17:25、全体報告;ヘブ9:4
※3 王上8:6,8:9□

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