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第2730日目 〈書架の整理、第二幕;書架の前に鎮座していた荷物を撤去しました。〉 [日々の思い・独り言]

 昨日の続き。──とりあえず2列目の書架の整理が先送りになっていた原因を今日、取り除きました。障害という方がよいやもしれぬ。が、それが駆逐されただけで今後の2列目の片附け、その進捗具合が大幅にはかどることは間違いない。
 書架は合計4本のガイドレールのお陰もあり、ほぼ2センチ単位で棚板を動かすことができるようになっている。2列目の場合、いちばん下の部分は棚板を設けず、そこへ母が不要というので頂戴した桐の抽斗を置いて書類など突っこんでいたのだが、今回熟慮に熟慮を重ね、母に相談もして許可を得た上で、この桐の抽斗を処分することにした。
 棚板から飛び出した部分にずいぶんと重い荷物を載せ続けてきたので、抽斗が開かなくなったという物理的な事情あっての決断でもある。まだまだ使えるものだから、本当はどこかに相談して再利用してもらえる場所を探すのが、いちばん良いのだが……。どこかへ相談してみようかな。
 感傷はさておき、桐の抽斗を撤去して棚を渡せば、床に積みあた本の殆どすべてが、合計2列ある書架へ収まる。なにを意味するか? わたくし自身の可動領域がぐっ、と広がり、部屋の掃除にはクイックルワイパーなどでなく、それこそ何年振りかで掃除機を使えるようになる、ということだ。これはうれしい。ようやく人間が暮らすにふさわしい部屋へ戻すことができるよ──!!
 処分本の選別も順調に進んでいる。某新古書店では「買取額20%アップ」てふキャンペーンをやっているのだが、締め切りが本日中(昨日中、ですか)なので、もうちょっと早く腰をあげて少しでも多くの本をダンボールに詰めこみたかったな、と反省しているところだ。
 買い溜めたけれど読めそうもない、或いは読みそうにない本は、この際腹を括って片っ端から売り飛ばす。とっても愛着のある本であったり、思い出深い本であったり、また基礎文献を除いて、他は一掃する。ただ、それでも残る本というのはきっと尋常でない数になるだろうから、整理の終わった書架を眺めて目眩を覚えるであろうことは、薄々想像がついているわけで。
 しかしながら、大きな前進のメドはついた。どの段になにを収めるか、つい先程まで、一所懸命ああでもないこうでもない、と頭を悩ませながらiPadとApple Pencilの組み合わせでプランを練り、ようやっと(極めて現実的な)方向性がまとまったのである。<希望>という名の曙光が見えた気分だ。
 日曜日は体の痛みに耐えかねて、桐の抽斗の手前に居座りを決めこんでいた荷物を撤去し、掃除するだけに留めた。まだまだ書架の整理、部屋の片付けは続く。今後に備えて体の酷使だけは避けたいところだ。
 とはいえ、今後の作業の進捗は、例の桐の抽斗をいつ部屋から運び出すか、その一点にかかっているため、しばらく作業の停滞する可能性はなきにしもあらず。心中おだやかでないのが、正直な気持ちです。
 まぁ、コツコツゆっくりと、今年中になんとか形になるよう作業してゆこう。
 書架の前に鎮座坐していた荷物の撤去という、最大級の難作業をぶじ終えられたこと。これがいちばん、うれしい。これに満足して、今日は作業を終わらせます。◆

第2729日目 〈書架の整理、第一幕の終わり。〉 [日々の思い・独り言]

 2時間遅れての更新となりましたこと、まずはお詫び申しあげます。
 昨日お話ししたようにとつぜんスイッチが入り、数年来の懸案事項であった書棚の整理を今日も今日とて続けておりましたこともあり、原稿を書く時間をようやくいつもの更新時間が疾うに過ぎたいま(午前3時06分)設けて、からだのあちこちが疲れているのを感じつつ、キーボードを叩いております。
 じつはこれを書いている時点で机の上は、某CDショップへ売却するCDとDVDに占拠されています。4つの山頂を持つ山脈が、麓からでも確認できる。その向こうにあるiMacは使えぬ状況。でも、わたくしはこうして原稿を書いている。なぜか? ここでタイトル・コール;持ってて良かった、ノート・パソ。どこかの学習塾のキャッチ・コピーみたいだが、それはさておき。
 Mac Book Airを引っ張り出してきて、いまわたくしは本稿を書き進めている。すっかり放電されてしまっているので、充電しながらの作業であるのはご愛敬。
 特に肩甲骨あたりと股関節周囲に、軽い疲労が蓄積されているのがわかる。でも、満足だ。2列ある書架の片方、机に近い方の列が昨日から作業を続けてようやく、他人様に見せられるぐらい綺麗に整理されたから。奥行きの問題は解決できないから1段3列になってしまうのは仕方ないが、今回はちゃんと写真に撮りながら本をしまっていきました。どこに、なにがあるのか、完璧に把握できるようになったのであります。
 ああ、この状況を作り出すまでに、前段階の掃除や処分する本やCDの選別も含めて、いったい何時間を費やしたことだろう! えーと、計算してみよう。1日目は23時に始めて4時に切りあげた。2日目は重い心を叱咤して13時から始めて、つい先程、3時少し前に終わった。なんだかね、ランナーズ・ハイにも似た気分になってくるんだよね。体のあちこちが悲鳴をあげて来るのを無視できなくなり、ちょっとこのままだとマズいぞ、というときには途中何度か休憩したけれど。
 ひとまずは自分が使いやすく、まんいち他人様に見られても恥ずかしくないような、結果にはなったと思うている。あちこちに分散していた本を一定のテーマ、著者等で、或る程度まで一箇所にまとめておきたい、とつらつら望んでいたのが、ようやく実現した……これを満足といわずになんという?
 特に満足できているのは、渡部昇一の新書と古典文学と古典籍の本、コミックをそれぞれ同じ段に収められたことだ。紆余曲折の末に眼前へ現出したその光景は、もう殆ど桃源郷であります。じつをいうと、作業そのものは2時10分ぐらいに終わっていたのですが、ちゃんと収まった場面がもううれしすぎて、あれやこれやと引っ張り出しては摘まみ読みをしていたのです。その過程でどうしても、本ブログ用のエッセイのネタを拾ったりしてしまうのは、仕方のないことでありましょう。反町茂雄の著書を1列に並べたのなんて、自宅を建て替えてからは初めてのことだ。
 天理教の管長・中山正善との交流に仄温かい気持ちになりながら『定本 天理図書館の善本稀書』(八木書店 昭和56/1981年7月)や、古書店時代のエピソードの確認に端を発して『一古書肆の思い出』(平凡社)を、1時間程度ペラペラ目繰っていたのです。もっとも後者は全5巻の大冊でありますから、読んだのは生い立ち・一誠堂での修業時代から弘文荘の創業、終戦までの古典籍業界の栄枯盛衰を綴った第1巻(1986/昭和61年1月)と第2巻(1986/昭和61年12月)だけですけれど。
 話を書架の整理に戻して……キーボードを叩く手を休めて、椅子の背を反らして、手を頭の後ろで組んで眺める書架は最高だ。きちんと整理されているのは良いことだ。書架の前にはなにもない。踏み台代わりな木製の椅子だけだ。勿論、2列目も残っているし、整理の終わった1列目もまだまだ課題は残っている。数週間も経てば、多少の入れ替えはされていることだろう。とはいえ、いったん実現したこの快適な景色を今後もなるたけ維持できるよう、わたくしは努めなくてはならない。
 これを出発点として明日からは2列目の書架、その次は向かい合う書棚の整理(というよりも、その前に積みあげられた、本がつまったダンボール箱の山……)。先は長い。◆

第2728日目 〈書架整理のため、本日のブログはお休みします。……?〉 [日々の思い・独り言]

 まことに勝手なお話ではございますが、読者諸兄にちょっと一言お伝えしておきます。
 本ブログは毎日午前2時を原則として定時更新しておりますが、本日はサボらせてもらおうと思います。といいますのも、ちかごろよくここで愚痴って(?)おる、書架の整理をとつぜん思い立ち、その作業がおそらく夜中まで続くと見こまれるため。
 きっかけは、過日図書館で借りて来た谷沢永一の著書にある。これは抜群に良い本なので是が非にも、へたな感想文を認めたくなってしまう程なのですが、阪神淡路大震災に被災した谷沢はその著書のあとがきで述べる──蔵書を整理して、一部を除いて市場へ放流するべき時が来た旨を。
 ぴかん、とわが脳裏に閃光が走る。思い立ったが吉日、読む本、読んだ本を除いていつまでたっても読まれる気配のない死蔵本は、まとめて処分してしまおう。
 週末の2日間でどこまで棚を開けられるかわからないけれど、もう聴くことのできない音楽にまつわる本から、特に愛着のある本は別にして、捨ててゆこう。さらば、わが友垣。さらば、若き日の情念の墓標よ。
 先はもう短い。◆

第2727日目 〈モンゴメリ著/松本侑子訳『アンの青春』を読みました。 ※感想文ではありません。〉 [日々の思い・独り言]

 現在、文春文庫から松本侑子訳モンゴメリーの《アン・ブックス》が刊行されている。かつて集英社文庫で第3巻まで出てその後中断されていたシリーズだが、今回の文春文庫版では以前は未完であった作品も含めて全作が翻訳・刊行される由。
 ご多分にもれず、わたくしのアン初体験は《世界名作劇場》だったのだが、じつを申せば村岡花子の新潮文庫版を全部読んだことが、ない。そっと白状すれば既読のものは第3作、『アンの愛情』までで、それ以後の巻とは縁なく過ごしてきた。それでいて、『アンの想い出の日々』上下巻は早々に購入して読んでいるのだから、なにがなにやら自分でもよくわかりません。たぶんこの当時は、読む気になっていたのでしょうかね。
 えーと、話をすこし戻して松本訳《アン・ブックス》の話。今月初旬に第2巻『アンの青春』が刊行されました。第1巻に続けて読んでいたところ、仰天するような訳文に遭遇した。曰く、「くだらん黄表紙本なんぞ、すわりこんで読んでる暇があったら」(P16)と。畑を荒らされた新しい隣人、ハリソン氏がアンに怒鳴る場面である。原文では“than in sitting round reading yellow-covered novels,”という(※1)。
 このときアンが読んでいたのは「黄ばんだヴァージルの詩集」だったのだが(※2)、出版されてから相応の年月が経過してから、おそらく小口やページが黄ばんでいたのであろう詩集をさして、「くだらん黄表紙本」と曰ったところで仰天し、そうして吹き出した。これは鴻巣友季子が『嵐が丘』でキャサリンに「嘘!」と叫ばせたのと同じぐらいに画期的な訳語であるまいか。本気でそう思ったのである。
 それをTwitterで呟いたところ、なんと訳者ご本人からリプライをいただき、原文のご指摘を受けた。すぐにお返事するところを雑事にかまけていてすっかり忘れていたのが、じつは本稿執筆の直接の原因である。
 その後もつらつら考えていたのだが、とか<黄色>という言葉は、洋の東西別なくどちらかというとネガティヴな方向を連想させるのかな。もともと英語のには差別的侮蔑的な意味合いがあるし、「臆病」とか「嫉妬深い」とかの意味もありますものね。そういえばイスカリオテのユダは絵画に描かれる際、黄色の服を纏うていることが多いのだけれど、もしかすると英語のがネガティヴな意味を含む源は、このユダにあるのかな、と考えてしまう。  では、”yellow-covered novels”はこれまでどう訳されてきたか。永遠の定番ともいうべき村岡花子訳では「黄表紙の三文本」と訳し、村岡花子とほぼ同時代にこれを訳した中村佐喜子(※3)は、ここを「くだらん小説」とした(角川文庫)。アニメの底本にもなった神山妙子の訳では「黄表紙の小説本」である(河合祥一郎他訳も同じ〔角川つばさ文庫〕)。「黄表紙」という訳語はたいていの翻訳者に共通するが、原書に”yellow-covered”とあるから、逐語訳すればそれも当然か。  が、江戸文芸の黄表紙本を意識していたか、定かではない。松本訳の場合、が「くだらない」という意味を持つことから捻りを加え、先行訳を踏まえたかのように見えてその実、一歩踏みこんで江戸文芸の黄表紙本を連想させるこの訳語を生み出したのだろう。  ──重箱の隅を突くような話に終始したが、集英社版での中断を残念に思うていた1人として、今回の文春文庫での再出発と全巻の翻訳はたいへんうれしく思うている。途中刊行ペースが落ちることは予想されるが、つつがなき完結を祈りたい。◆ ※1 原書未所有のため、[The Project Gutenberg EBook of Anne Of Avonlea, by Lucy Maud Montgomery]より当該部分を引用した。 ※2 前70(?)〜前19年にローマで活躍したラテン語詩人ウェルギリウス(Publius Vergilius Maro)。これを英語読みするとヴァージルとなる。現在の北イタリアにあたるガリア・キサルピナはアンデス生まれ。 ※3 わたくしには《アン・ブックス》よりもむしろ、エミリ・ブロンテ『嵐が丘』(旺文社文庫)の翻訳や『ブロンテ物語』(三月書房)の著者という方がずっと親しみがある。□

第2726日目 〈増税前は忙しい。〉 [日々の思い・独り言]

 間もなく消費税が10%にあがります。増税についての意見は棚にあげるとして、駆けこみ需要がどの業界でも目立ってきております。むかし住宅販売の営業をやっていた時分は、少しでも前向きなお気持ちがあるのなら、とにかく消費税が上がる前に本契約までは済ませておかなくちゃならんですよ、と電話営業はおろか参考見学で来た人たちまでその気にさせるテクニックが横行しておりましたが、いまはどうなんでしょう。民法も宅建業法も、否、法律そのものが厳しくなったから、そんな営業スタイルは却って処分の対象になるのかな。
 駆けこみ需要は当然、本の世界にも及んでいる。とはいっても、わたくしが申しあげているのは購入する側のお話なので。消費税8%と10%とでは、1冊の値段はどれだけ変化するのか。手許に税別760円の文庫がある。消費税8%のときは820円だったのが、2%上昇しただけで880円になる。差額は60円。いつだって1冊だけ買う、という信念の人であれば、60円はさしたる問題ではないかもしれない。9,800円の本は、今月末まで10,584円、来月1日からは10,780円。差額は116円。
 ……いま計算してみて、ああこんなものなのか、と納得、合点しそうになった自分がいた。が、駆けこみ需要で本を買う人は、絶対に1度の会計で数冊をレジに運ぶ。今日もわたくしは書店のレジに並んでいるとき、美人のOLさんが時代小説と海外ミステリを中心に文庫・単行本取り混ぜ10冊近く、レジへ積みあげた光景を見ている。一々の価格までは知らないが、合計額は24,969円であったのは、しっかり記憶している。24,969円……えーと、逆算しよう……23,119円か。これを消費税10%で購入すると、25,431円。例によって差額を計算すると、462円となる。金額は騒ぐ程のものではないかも知れぬが、今度はここに心理学がかかわってくる。
 けだし、1円でも安く買おう、というそのさもしい、もとい、健全な根性が働いて、或る種の人々は[増税前の駆けこみ需要]という大義名分を旗印に、書店から書店へ渡り歩き、ほしかった本をこのときとばかりに摑んで、それを繰り返し繰り返しして、レジへどん、と積みあげるのだ。おれは/わたしは、これだけの冊数の本を買うのだ、と誇らしげに、帰りの荷物の重さはそのときだけはすっかり忘れ。
 斯くいうわたくしも、今日は新刊書店にて買いあぐねていた文庫・単行本を、「討ち死」の覚悟を持って買い漁ってきたのである。フレミングを買い、ポオを買い、ルヴェルを買い、ギッシングを買い、ブロンテ姉妹は増税後でもいいやと諦め、また北村薫を買い綾辻行人を買い、鮎川哲也を買い松本清張を買い、鴎外を買い空海を買い、その他投資や金融の本その他諸々を買い、……してきたのである。合計金額はとてもではないが、いえない。先述の美人OLさんとは良い勝負だった、とだけいうておこう。だって、増税前だもん。1円でも安く、でも新刊書店で買いたいもん。が、この一種の祭りは今日では終わらない。28日に欲しい文庫が数冊、出るのだ。これを買わずして、どうして増税前、駆けこみ需要の終焉を飾れるものか。
 明日は1日お家にこもり、本の整理をしなくては。図書館で借りた本も読みたいぞ。そうこうしているうちに、Macをスリープ解除してGoogle Chromeを開き、ヤフオクや「日本の古本屋」を開いて、「ああ、長年探していた本をやっと見附けた!」「増税前に買っておかなくっちゃ!!」なんて台詞を吐きながら、ポチポチしている光景が容易く浮かぶのだ……。あはれその人、あらおかしいね。◆

第2725日目 〈岩木章太郎『新古今殺人草子』を読みました〉 [日々の思い・独り言]

 いまはむかし。もうない神奈川県下最大級の床面積を誇った某古書店で、ずっと棚ざらしになったと或る推理小説が、とても気になり始めた。タイトルにまず惹かれ、主人公の職業に食指を動かされ、トリックとアリバイはともかくダイイング・メッセージの解読には唸らされ、そうしてヒロインのイメージが当時好きだった人を想起させる点と結末が悲恋に終わる(らしい)点が後押しとなって、購入に至ったのだ──と記憶する。
 作者は岩木章太郎、タイトルは『新古今殺人草子』。第6回サントリーミステリー大賞佳作賞(※)に輝いた作品で、1988年11月、文藝春秋刊。帯の惹句を引けば、「書名に隠された意外な秘密//歌人藤原定家の研究家が32冊の本を机上に並べて//密室で殺された。被害者が伝えたかった真実は? //言葉遊びの趣向を凝らした長編推理小説」である。
 当時のわたくしは、研究者を目指して大学院へ進んで……と考えていた頃であったから、そろそろ素通りするも限界という時分にようやく手を出して、立ち読みし始めた(むろん、結末もこっそり覗いてみたが、なにがどうしてこうなったか、まるでわからなかった……幸いなことに!)。
 世のなかには自分の蔵書に加える必要を(理由はともあれ)感じない本と、万難を排してでも迎え入れたくなる本とが、存在する。
 『新古今殺人草子』はまさしく後者で、冒頭に記した種々の要素から、「これはおれが持っていなくてはならない本だ!」と強い所有欲が湧いたのですね。斯くしてまだ20代中葉のわたくしは、紐で縛りあげられていた『ウィアード・テールズ』全5巻別巻1と一緒に本書をレジへ運び、重い荷物もなんのその、ホクホク顔で赤い電車にゆられて帰宅したのであった。
 告白すれば、これまで読み返した回数の多いミステリ小説の1つが、実はこの『新古今殺人草子』である。これよりも多く読み返したミステリって、……ドイル『バスカヴィル家の犬』とクリスティ『そして誰もいなくなった』、赤川次郎『死者の学園祭』と『マリオネットの罠』、ぐらいだ。
 改めて粗筋をご紹介すると、──
 松村万太郎は藤原定家の和歌にこめられた言語遊戯研究の第一人者である。その松村がかつての教え子5人を赤城の別荘へ招いた。新聞記者;本多俊輔、推理作家;唐牛太一、弁護士;不破滋、刑事;四角正義、そうして主人公の大学講師;藤原定夫である。かれらはめいめい赤城へ赴くが、到着すると松村の孫という浅香繭子に紹介される。実はこの招待、かつての教え子との交流を復活させたい、という他に、藤原を繭子に引き合わせる目的も、松村にはあった。藤原も繭子も、互いに悪い印象を抱くことなく、傍目にもイイ感じの様子。
 別荘滞在の3日目に滞在客のうち藤原を除く4人が自分の仕事に追われて外出したり、自室にこもったりしたが、概ね平和に時間は過ぎていった。そうして4日目の朝、遂に事件は起こった。自室のベッドで本多が殺されていたのだ。喉元へナイフを突き立てられて、殺されたのだ。さっそく群馬県警の捜査が始まり、そこに警視庁の四角も加わる。聞きこみを重ねてゆくと、別荘滞在中に怪しい人影らしき者が目撃されていたり、ぶきみな遠吠えが頻繁に聞こえていたことなどが明らかになる。
 捜査が始まって数日後、松村が旅行に行く、と書き置きを残して姿を消し、不破も顧問弁護士をしている会社の問題で、強引にアメリカへ渡る。やがて地下の巨大書庫で松村が息絶えているのが発見される。机の上には32冊の本が、一見なんの脈絡もなく並べられている。が、じつはこれが松村の残したダイイング・メッセージであった。これは、並べ替えると一首の短歌になるのだ。
 定家の言語遊戯研究を専門にしていた松村は、同じ研究者の道を歩んだ藤原に向けて、架蔵する本のタイトルで犯人を指摘していたのだ。が、実はこのメッセージ、様々な読み方ができるのであった。恩師が残したダイイング・メッセージの解読に取り掛かった藤原はやがて。哀しい真相へ行きあたり、熱い涙を流すことになる……。
──以上。相変わらずな粗筋紹介の下手さには、どうか目を瞑っていただきたい。
 本作の趣向として面白かったのは、藤原定夫の人物造形である。美女を前にすると赤面どころか鼻血を盛大に噴出させてぶっ倒れる、というのには思わず吹き出してしまう。恩師と顔を合わせれば繭子がどんなに色っぽい姿でそばに侍っていようと眼中になく、ひたすら定家の話題に終始するのは、カリカチュアライズされているところはあるが、学究の徒としてひたすら邁進する、いわゆる愛すべき<専門バカ>なところも良い。それでいて学生たちのコンパや飲みの席には誘われて談論風発、「説き来たり説き去ってとどまるところを知らない」(P4)のだから、憎らしい。そうして、藤原とヒロインの間に流れる仄かな情愛の、きめ細かなその描写には、読んでいる最中ずっと胸を焦がされましたよ。ちなみに、かれがミミズののたくったような字で書き綴る日記の題は、『明月記』ならぬ『酔月記』であった。
 そんなかれだが、酒をいったん呑んで酔いが一定ラインを越えると途端、灰色の脳細胞の働きが活発になるのだ。今回も迷宮入りしかけた事件の真相を喝破し、それをカセットテープに録音して素面の藤原に聞かせる場面は、本書のクライマックスというてよかろう。
 ただ哀しきは、それをたまたま立ち聞きしてしまった真犯人が逃亡し、自首したあとかれに宛てて書いた自白の手紙。その内容をここで述べるわけにはいかないが、「お前も、ずいぶん惚れ込まれたもんだ」という登場人物の台詞が生々しく感じられてならぬことである。
 これまでそれなりの数の国内ミステリを読んできたつもりだが、本書に見られるような巧妙かつ遊戯的ダイイング・メッセージが他にあることを、不勉強のわたくしは知らない。
 古典文学を専攻していれば定家の和歌へ潜む言語遊戯性に触れる機会あるけれど、また古典和歌を読んでいると如何に言語遊戯が歌人の素養の一つになっていたかを窺い知ることができるけれど、それは歌人たちが自分の歌を詠むにあたって、「ああでもない、こうでもない」と頭をひねりながら作りあげてゆく創作行為なので、言葉選びの自由度は高い。
 が、松村が残したダイイング・メッセージは既成の書物のタイトルで作られたものである。しかも同じ書物を使って、それを並べ替えることで幾通りものダイイング・メッセージが浮かびあがる、という代物。ちょっとやそっとでは思いつけない、芸術的なダイイング・メッセージである。わたくしがいちばん感心したところはやはりこの部分で、読む度毎に自分の蔵書を眺め渡し、思い出してつらつらこの手のメッセージを作りあげてみようと試みるも、そのたびに挫折している。
 著者もよくこのダイイング・メッセージを考えついたものだ。おそらくこの部分が先に成立して、ここへ至る展開をまとめていったのであろうか。ときどきミステリ小説を書こうかな、と思うけれど、本書以上の衝撃と感動と狡猾さを備えたダイイング・メッセージは、とてもではないが思い浮かばない。
 著者の岩木章太郎は本書刊行当時、読売新聞の記者であった。本書でも新聞記者の生態や警察の動向など、仕事を通して培った知識と経験が活かされているのだろう。岩木章太郎は本書のあと、『捜査一課が敗けた』(立風ノベルス 1989,11)と『「曽根崎心中」連続殺人』(同 1991,3)を発表。この2作は未読だが、機会あらば読んでみたいと思うている。
 ちかごろ講談社文庫が「夏ミス2019 ミステリー作家&編集部が選ぶ推しミス」フェアを実施して、都筑道夫や土屋隆夫、仁木悦子の諸作を埋没から掬いあげて21世紀の読者を喜ばせた。文藝春秋もミステリにこだわらなくて構わぬから、いちども文庫化されたいない作品や疾うに品切れ・絶版となり入手困難となった作品を、文春文庫で読めるようなフェアを実施してくれないかな。岡松和夫『断弦』や小川国夫『ハシッシ・ギャング』と一緒に、岩木章太郎『新古今殺人草子』が読めるようになったら、とってもうれしい。◆

※サントリーミステリー大賞は1983年から2003年まで実施された。黒川博行や由良三郎などを輩出し、第6回以後も横山秀夫や伊坂幸太郎、五十嵐貴久らが受賞している。岩木と同じ第6回、樋口有介が『ぼくと、ぼくらの夏』で読者賞を受賞した。□

第2724日目 〈旧約聖書続編は、おもしろい。〉 [日々の思い・独り言]

 これから聖書を買うなら、続編付きを選んだ方がいい。特に助言されて最初の1冊を買ったわけではありませんが、顧みてこの判断は正しかったな、とつくづく実感しております。
 旧約聖書続編はけっして<おまけ>ではない。なくてもあっても構わぬ代物ではない。旧約聖書の時代と新約聖書の時代を繋ぐ、重要な役目を担うものである。その間、約400年。ユダヤ人がどのように生きたか、後にいう<ユダヤ教>が如何に生成され、内部で会派が生まれていがみ合い、忖度し合ったか;そのときそのときの反目と結託が、そこには刻印されている。
 いい換えれば、旧約聖書と新約聖書を読んでいるだけではけっしてわからない、ユダヤ人の生活習慣や、信仰や思想が変質してゆく過程を辿ることが、旧約聖書続編を読むと可能なわけです。或いはその手掛かりが、そこには埋まっているのです。
 いちばんわかりやすいのは「マカバイ記」だと思うのですが、この書物なくして地中海沿岸に誕生した列強国、即ちギリシア王国と共和政ローマですが、これらの国の政策にユダヤ人がどのように翻弄されたか、わかることはできません。
 ヨセフス『ユダヤ古代誌』は旧約聖書と新約聖書の時代を繋ぐ重要な書物ではありますが、これは当時広くローマで読まれていた史書や戦記、地誌などを援用して書かれた古代ユダヤ史であります。
 これの第12巻と第13巻がマカバイ戦争にあてられているのですが、その叙述には旧約聖書続編所収の「マカバイ記」を典拠とするものが、多く見受けられます。ヨセフスが執筆にあたって使用した資料について、わたくしはまだ勉強中でありますため、これ以上私見を述べるのは差し控えますが、「マカバイ記」がその中心にあったことは想像に難くありません。援用された資料があった、ということはつまり、執筆に際して主資料として採用されたものが別にあった、ということでもあります。
 続編が含む歴史書は2つの「マカバイ記」のみとなり、ほかの「トビト記」や「ユディト記」などは歴史の大きなうねりの陰にひっそりと身を潜めて、神への信仰を失うことなく善く生きた人物にスポットをあてた伝記でありますし、「シラ書〔集会の書〕」や「知恵の書」」は箴言と掟、教訓などが諸々綴られた人生論であります。また、「「エズラ記(ラテン語)」は終末や裁きといった事柄に重点を置き、「代替の不可避なこと」や「死後の黎のたどる道」(いずれも第7章)などにも触れた、「ダニエル書」や「ヨハネの黙示録」とはまた趣の違った黙示文学になっております。
 1947年以後発見・研究されている死海文書には、旧約聖書続編の書物も幾つか含まれている。死海文書の作者はエッセネ派に属するクムラン教団、ユダヤ戦争時にクムランへ疎開したエッセネ派の人々が文書を携え来たってこの地へ隠した、というのが定説であります。そうしてこのエッセネ派はグノーシスという(これは1世紀から4世紀まで地中海地方で勢力を持った宗教でありますが)思想の、一宗派である由(エッセネ派についてはヨセフスが『ユダヤ戦記』第2巻で紹介している)。
 グノーシスについては別に稿を持つ予定なのでここで詳述は避けますが要するに、エッセネ派が伝えた旧約聖書の文書にはグノーシス主義の影響も考えられよう、ということであります。むろん、疎開前にそれらは存在していたと考えるのが妥当ですから、エルサレムで書き写される際にグノーシスの思想が混ざりこみ、それがクムランの洞窟へ運ばれて20世紀へ伝えられたのでありしょう。
 旧悪聖書続編を読む際のポイントは、4つに大別できるように思います。
1つ目は、旧約と新約を繋ぐ歴史の綜合した書物として。2つ目は、新約以前の時代にユダヤ人に影響を与えた列強国の政策がどのようなものであったか。3つ目は、周辺地域から誕生した宗教・思想がどのようにユダヤ人社会のなかへ流れこんだか。4つ目は、3つ目のことが信仰にどのような変質をもたらしたか。
 続編には旧約聖書で語られた出来事や預言が関わってくる箇所があります。また、新約聖書に繋がるような内容も認められます。旧約聖書続編を収めていない聖書は、教会や信徒によっては「否」を強く叫ぶのかもしれないけれど、信仰なき非キリスト者にして聖書を1個の歴史書・思想書・文学書として愉しんで読んだ者にすれば、続編なきは不完全なり、と豪語したい気分なのであります。
 多少価格は高くなったとしても、聖書を買うなら旧約聖書続編付きを奨めたい。ヘルマン/クライバー『聖書ガイドブック』(教文館)や榊原康夫『旧約聖書続編を読む』(聖書授産所出版部)などは、読書の心強いガイド役になるはずです。
 正直なところ、旧約聖書続編を含まぬ新改訳2017などは、2冊目、3冊目として買えばよいと思います。新改訳2017と同じくカトリック教会の流れを汲んだフランシスコ会訳には、旧約聖書続編は一部を除いて旧約聖書に取り入れられておりますので、こちらを1冊目にするのも良いが、但し「エズラ記(ギリシア語)」や「エズラ記(ラテン語)」は未収録なので、ご注意を。◆

第2723日目 〈外国語学習のための、わたくしからの提案;ロシア語訳聖書を入手したことを契機にして。〉 [日々の思い・独り言]

 持て余している本が1冊。ロシア語訳旧新約聖書が、それだ。ロシア帰りの女の子からお土産の1つにもらった聖書なので、捨てるに捨てられず、かというてロシア語なんてチンプンカンプンだし、さてこれをどう活用したらよいものか、気附けば1ヶ月も悩んでいます。というか、迷っている。
 先日のエッセイで、ルナン著『キリスト教の起源史』翻訳の続刊を希望したが、そのなかでフランス語を勉強して未訳の巻を読もうか企んだ旨記しました。その伝でいえば、ロシア語訳聖書をテキストに、日本語訳の聖書と日露辞典を傍らに置いてロシア語を勉強しようか……と一念発起するべきなのだろうが、如何せんほかにやることが多すぎて、とてもではないが、そちらへまで手を回せないのが実際のところ。逃亡の弁、というてしまえばそれまでか。
 が、ロシア語訳聖書の一件はともかくとして、外国語の勉強に聖書を用いることは、冴えたやり方ではあるまいか。日本も然りだけれど聖書の各国語訳は、時代から取り残された/時代遅れの言葉でされているものではありません。それぞれの時代にふさわしい言葉で、天地創造から新しいエルサレムが降りてくるまでの物語が、常に供されている。向こう四半世紀はじゅうぶんに通用する言葉が、ページを開けば印刷されているのです。
 複数ある日本語訳からどれかを選び出したら、次は学びたい言語の聖書を用意しよう。注意せねばならないのは、殊英語訳聖書の場合、ヴァージョンが幾つも存在しており、困ったことにそれらが仲良く日本の書店の棚に並んでいるので、どれを選べばよいか迷ってしまうことだ。
 英語訳聖書の特徴については、わたくしが過去に参照したサイトからまとめてみます。サイト名は「ディレクターズ・コーナー 主に仕えるあなたのために」、ページは「どの翻訳の聖書がいいのか」(https://directors.tfionline.com/ja/post/which-bible-translation_ja/)。著者はピーター・アムステルダムであります。曰く、──
 英語訳聖書は3つに大別でき、それぞれ①逐語訳、②意訳、③パラフレーズ訳、となる。
 ①逐語訳は。「原語からの一言一句を(ほぼそのまま)翻訳することを重視します。全般的に言って、可能な場合は語順も同じく保とうとします。つまり、この手法では、原語の文言と対応する、または一致するテキストに翻訳しようと試み」た英訳で、欽定訳(KJV)と新欽定訳(NKJV)、新アメリカ標準訳(NASB)や英語標準訳(ESV)を挙げる。
 ②意訳は、「各単語をそのまま英語に移し替える代わりに、全体的な意味や文章を英語で表現する最善の方法を探ります。(中略)そうするために、英語を話す現代人にとって最も意味が通るようにと、原語の語順を入れ替えてあります。文言そのものにではなく、意味に焦点が置かれている」もので、改訂標準訳(RSV)や新改訂標準訳(NRSV)、新アメリカ聖書(NAB)、新国際版(NIV)などを挙げます。
 ③パラフレーズ訳は、「厳密には翻訳と見なされず、文章を自分の言葉で言い換えることです。(中略)それは神の言葉が告げていることについての、著者の解釈です。パラフレーズ訳聖書の背後にある基本概念は、聖書の文章を、誰にでもわかるような日常語で言い換えることです」とし、リビング・バイブル(TLB)とメッセージ(バイブル)(TM)を挙げております。
──以上であります。
 わたくしはこのページに書かれたことを参考に、キリスト教専門書店にて実際にぱらぱら目繰ってみて、欽定訳(KJV)と英語標準訳(ESV)、新改訂標準訳(NRSV)を買いました。折々開いて目を通しておりますが、ぱっと見た感じでは然程の違いはないように映りますが、細かく点検してゆくと、たとえば同じ逐語訳でも微妙な表現の違いや文章そのものの構文も違っていて、翻訳の面白さと難しさは万国共通なのかな、と考えこんだことであります。
 ちょっと話が脱線しましたが、外国語の勉強(リーディングとライティング)には聖書をテキストにするのが最良、とはあくまで〈いまの〉わたくしの考えであることをお断りしておきます。勿論、辞書と文法書も必要なのは、いうまでもありません。ネイティヴもしくは殆どネイティヴな日本人の知己? そりゃあ、持つに越したことはない。
 懐にもう少し余裕が生まれたら、ルター訳ドイツ語聖書やフランス語訳、加えてアイスランド語訳とスウェーデン語訳の聖書も蔵書へ迎え入れて、錆びついた外国語学習のネジを巻きたいものです。アイスランド語以外は全部、中途半端で放り出してしまったからなぁ……。
 とはいえ、わたくしはかつて英語の勉強に、と、主としてスティーヴン・キングの小説を原書で読んでおりました。高校卒業の前後にペーパーバッグの『IT』を、途中からただ忍耐と意地を原動力に読了した爽快感と達成感は、あれから何十年と経ったいまも忘れられません。
 斯様に本来なら「英語のみならず外国語の勉強には、小説やエッセイが宜しいですよ」というべきなのだろうけれど、正直いって、胸を張って推奨できる勉強法には思えない。どうしても作者のクセというのが出るからね、それに染まってしまうと実際の場面或いはほかの読書でまるで役に立たない、という経験がわたくしにはある。探せばテキストにふさわしい作者/作品はあろうけれど、わたくしはそれを見附ける前に聖書を採用する方法を教えられ、試してみたら成る程、こちらの方がすんなりと理解できるし、文章を綴るにも読むにも、或いは文法を考えるにも、これ以上のテキストは見当たらないな、と納得した。そんな経験ありきで、このようなエッセイを書いています。
 英語をはじめとする外国語が学生時代のようにいま一度読みこなせるようになったら、本ブログのためのネタも仕入れられます。そうしたら第3000日目は勿論、第5000日目まで書き続けることができるかもしれない。野望? 希望? いえ、ただの願望です。◆

第2722日目 〈遠のいてゆくイスカリオテのユダ。〉 [日々の思い・独り言]

 トイレへ行きたくなって目を覚ました途端、耳許で男の声が囁いたのです。声質の低い、すべての感情を押し殺したような声でした。それは闇の帳の降りた部屋の空気を一瞬震わせて、そのまま闇のなかへ消えていったのです。その声の曰く、「イスカリオテのユダ」と。
 イスカリオテのユダ──師であるナザレのイエスをファリサイ派へ銀30枚で売り渡し、ゴルゴダの丘に於ける磔刑への扉を開いた人。そうして福音が世界へ広まってゆくための決定的事態を実現させた、キリスト教の極悪人にして(見ようによっては)忘れるベからざる恩人の一。
 かれの生涯と言動は後世の文芸諸家にインスピレーションを与えた。われら日本人の知るなかでとりわけ有名なのは、太宰治「駈け込み訴え」でありましょう。冒頭の、耳許に囁く男の声。それはこの短編を朗読した佐藤慶の声なのでありました。新潮社から出ていた「走れメロス」とカップリングされた朗読CDの1つを、iPodに落としたものです。
 このユダという男、10年程前の『ユダによる福音書』発見と紹介以来、俄にこれまでとは別の角度からスポットライトがあてられた、おそらく使徒のなかでいちばん人物像が揺らいだ人物でありましょう。とはいえ、現在はその騒動も鎮静化している様子。イスカリオテのユダについては従前通り、裏切り者のレッテルが貼り直されたようであります。
 ただ、福音書のユダの描かれ方を追ってゆくと、裏切りに至る過程とイエス処刑が決まったあとのかれの行動が丹念に描かれていることもあり、ユダに感情移入できる点なきにしもあらずなのですね。むろん、これは非キリスト者ゆえの考えかもしれませんが、ユダはユダなりにイエスを裏切る(売り飛ばす)理由あっての行為である、という考えは微塵も揺らぎません。
 とはいえ、正直なところを告白すれば、ユダについて書かれた文献を検めるに従って、わたくしはどんどん、この使徒ユダという人物がわからなくなってゆく。それまではすぐ目の前にいた(と思えた)かれが、どんどん霧の彼方へ遠のいて、影となってゆらめくようになる。
 顧みるにその原因は、あの『ユダの福音書』かもしれない。イエスの命を承けてユダは師を売り渡したのだ、イエスの福音や宣教をいちばん理解していたのはなにを隠そうこのユダであった、なにとなればユダこそイエスがいちばん愛した弟子であり、自分がしようとしていること(磔刑と復活、そうして福音を世界へ広める)を理解している人物である、という、福音書のなかのユダからは想像するも難しい、仰天の人物像が、そこでは提示されたのだから。
 後世の学者たちが自著で提出する<イスカリオテのユダ>像に接すると、小首を傾げてしまうのだ。銀30枚という奴隷1人分の代金に過ぎぬ額で師イエスを売り渡した、軽薄かつ血も涙もない奸計巡らす裏切り者、という見解はおそらく正しい。が、もっと根本的な部分で「それは違うだろう」と囁く声があるのです。そこで描かれるユダには、肉体もなければ血も通っていないし、感情は専ら暗黒面に引っ張られている。
 共観福音書と「ヨハネによる福音書」に書かれたユダ像は、書物によって相違はあれなにかしらの出来事ゆえにイエスへ怨みつらみを抱いて銀30枚で売り渡すけれども、それでいて師への敬愛が微塵に消えたわけでなく、己のしでかした行為を嘆く側面も持つ。こうした見方を、わたくしは福音書に描かれたユダについての描写から、するのです。
 イスカリオテのユダは12使徒のなかで、とても感情豊かで承認欲求の強い人物だった──感情に流されがちであるが、ちゃんと自分のしでかしたことについて気附き、反省することのできた人物……というのが、わたくしの持つ<イスカリオテのユダ>像であります。
 とはいえ、これは勿論最終的な結論ではない。今後も読書と検討を重ねて考えてゆくべき話題だ、と思うております。
 いやぁ、もっと勉強せねばなりませんな。◆

第2721日目 〈いわれてみれば、三島由紀夫を読んでいました。〉 [日々の思い・独り言]

 「君の青春文学は、キングとHPL、赤川次郎と三島由紀夫であったろう。どうして未だに三島を話題にしないんだい?」と、小中時代の先輩にいわれて、考えこんでしまった。と同時に、ない記憶力を振り絞って、過去に本ブログにてお披露目したエッセイ、廃れてしまったSNSに投稿した記事を思い出す努力を試みた。
 結果;或る日の話題の1つにしたかもしれないが、話題の主役に三島由起夫が躍り出たことはなかった……はず。
 ではさっそく今日の話題に……となりたいところだが、なんの準備もなく三島を語る愚挙は犯したくない。たしかに三島由紀夫は或るきっかけでわたくしのなかに入りこんできて、読書の嗜好を根本から変革するに功あった作家だ。
 オレンジ色の背表紙をした新潮文庫の三島作品は殆どすべて読み尽くし、行きつけの古本屋では当時品切れだった角川文庫の三島作品(エンターテインメント小説が多いことにびっくりした!)を漁りまくり、河出文庫の戦闘機搭乗経験を描いた高揚感あるエッセイ「F104」を収めた、そうしてそこには戯曲「朱雀家の滅亡」の他、「憂国」と「十日の菊」と共に<二・二六事件>三部作をなす「英霊の聲」が収録されていたと思うが、その一巻を読んで三島の皇国主義に共鳴し、中公文庫の収録作を片っ端から読み倒している最中に同社より、1990年発見・翌91年公刊された『芝居日記』が発売されて高価ながら買いこんで読み耽り、能楽以外の伝統芸能へ目を向けるきっかけとなり、数年後に歌舞伎好きの知人を得たことで歌舞伎座へ通うようになり、安い席で見にくいのを我慢しつつふしぎな異空間に自分が彷徨いこんでいることをはっきり実感したものである。三島読書の過程で、石原慎太郎や安部譲二、ドナルド・キーンの著作へもどんどん手を出していったことは、いうまでもない。
 が、いま書架に三島の作品は殆ど並んでいない。1990年代初頭、マーラーとワーグナー、ベートーヴェンのLPを購うための軍資金調達に狩り出され、散逸したのだ。手許にあるのは、買い直したものも含めて10冊程度。書題は挙げぬ。助平だ。わたくしにもかりそめの羞恥はあるのだ。
 太宰治の読書とドストエフスキーの読書──未読文庫の消化作業──が済んだら、すこし間を置いてまた三島由紀夫を読み直そう、と帰りの電車でつらつら考えた。三島作品から離れて、じつは既に四半世紀が経過する。青臭くて身の程知らずなガキは疾うに姿を消し、いまここにいるのは希望よりも後悔の方が多い、それこそ恥の多い人生を歩んできました、と自白するがふさわしい、やりきれぬ思いを玩ぶ中年である。
 そんな、間もなくウン十歳に手が届こうというわたくしが、いま三島を読んでどのように思うか、われながら関心があるのだ。当時でさえ拮抗して美辞麗句の綜合体に思えた三島の絢爛かつ人工的そうして空虚な文章に、いまのわたくしは反発するか、迎合するか、或いはむかしのように割り切るか、非常に興味がある。その作品群も、おそらく好き嫌いはむかし以上にはっきり分かれるだろう、と朧ろ気ながら思うている。が、そんなであっても、わたくしはいま一度、三島由紀夫の文学に触れてみたいのだ。青春の残滓を追うのでは勿論なく、この年代になればまた違った捉え方もできよう、かれの皇国主義をいまの政権に重ね合わせてなにを思うだろう、と、そう考えてみたいのである。
 ──ああ、先輩。あなたの言葉がきっかけで、また三島由紀夫を読む気になってしまいました。イコール、どんどん聖書の再読は遅れる、ということです。責任取ってもらうよ、いつもの市民酒場で開店から看板まで飲んだくれて、食べまくるので、最後まで面倒見てね。当然、支払いも宜しく。どうでしょう、そのあともう2軒程、付き合ってもらえまいか?
 いやぁ、それにしても太宰治の書簡集について書いた翌日に、三島由紀夫の話題になるとはね……作為ではないよ、君。ドウカ信ジテクレ給ヘ。◆

第2720日目 〈太宰治からの手紙;小山清編『太宰治の手紙』と亀井勝一郎編『愛と苦悩の手紙』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 作品よりも作者を好む。作品についてあれこれ論じるよりも、作者の素顔や日々の暮らし、なにを食べてなにを考えていたか知りたい。つまりわたくしは、不健全な文学愛好家なのです。
 作者自身に、作品以上の興味と関心を抱いたのは、H.P.ラヴクラフトの全集を買いこんだ高校生の時分。そのなかで好んで読み耽ったのは小説ではなく書簡であり、また同時代に生きて関わり合った作家たちによる回想だった。読書を重ねるにつれて次第次第にラヴクラフトが時空を隔てた他人ではなく、まるで自分の分身に思えてきたりした(恥ずかし気もなくいえば、「ぼくがラヴクラフトだ」と……)。
 作家個人を知るにいちばん手っ取り早いアプローチは、「書簡集を読むこと、同世代の誰彼による回想記を読むこと、そうして複数種類の伝記を読むこと、この3つだ」と申しあげましょう。
 勿論、ここでいう<作家>が既に物故して相応の歳月が経っており、メモワールがあちこちから出てくるような名の通った”a grate man of letters”であり、かつ<紙の手紙>を相当の量、書き送り、唯1人の読み手のために<私的作品>を綴った”letter writer”のことだ。
 ──<毒を喰らわば皿まで>の言葉に従って、好きになった文学者、芸術家に書簡集あらば探して読み、ますます愛を深めていった。スタインベックやドストエフスキー、芥川龍之介、ベートーヴェン、マーラーとワルター、ラム、……etc,etc.

 とまれ、HPLに端を発した書簡集好みはいまに至るまで継続中で、河出文庫から出た小山清編『太宰治の手紙』は貪るように読み耽り、出先へ持ってゆくこと多く、購入して半年経った暮れには表紙が折れ、ページの端はよれたり丸くなったり、カバーを取り払うと凹みなど軽度のダメージが刻印されている。<愛するならば、毒であろうとなんであろうと、皿まで喰らって喰らい尽くす>がモットーなればこそ、この小さな書簡集も経年劣化は相応以上に爪痕を残したのだ。
 「ガラスのハート」の持ち主な太宰治がここにいる。有名になっても朴訥としたところが残る、照れ屋で気が小さな、面倒見の良い、等身大の太宰治がこの書簡集には息づいている。そうしてどうにもダメ人間で、「おたんこなす」な太宰治の姿も、われらはここに見る。
 河出文庫版小山清編『太宰治の手紙』は太宰没後70年を記念して、昨2018/平成30年6月に出版された。1952/昭和27年5月刊の木馬社版を基に再編された河出新書版(1954/昭和29年8月)の文庫化。全100通を収録。編者の「あとがき」に加え、正津勉の解説を付す。
 これ以前にも角川文庫から亀井勝一郎編『愛と苦悩の手紙』が出ている。令和元年のいまも書店の棚に並ぶロングセラーだ。こちらは212通を収め、編者解説と太宰の年譜がある。
 小山の編著が昭和8年から昭和15年と、太宰25歳から32歳までの書簡を収めるのに対し、亀井の方は昭和7年から没する昭和23年5月まで、24歳から38歳までの書簡が並ぶ。
 収録時期が長きにわたっているという点もあろうが、亀井が編んだ書簡集からは、小山編書簡集では姿を潜めていた暗い部分が、死を前にしての太宰の懊悩が、ひしひしと伝わってくるようで、読んでいてだんだんと苦しくなってきてしまう。歴史を知る者だからこその、穿った読みであろうことは承知している。
 が、むろんそれは行間からふと顔を出して気配を漂わせる程度のものであり、戦前戦中、そうして戦後も、無頼派のイメージからかけ離れて日々の営みを大切にし、家族に清らかな愛情を注ぎ、創作については機械的にこなす、ビーダーマイヤーというがぴったりな家庭人/職業人の姿が、本書からは立ちあがってくるのだ。
 両方の書簡集を通じて、わたくしは高田英之助に宛てた書簡が好きだ。高田は〈井伏門下の三羽烏〉と称された人物。残りの2人は伊馬鵜平(※)と、勿論、太宰治である。
 太宰の結婚に、高田英之助はキーマンとなった。「太宰くんの奥さんになる、良い女性はおらんものじゃろうか?」と井伏鱒二が高田の岳父に相談すると、その娘である高田夫人が、「友人の姉はどうだろう」と紹介した。それが石原美知子だった。2人のお見合いをスケッチして作品へ組みこんだのが、「富士には、月見草がよく似合う」の一節でよく知られる短編、「富嶽百景」である(「きめた。多少の困難があっても、このひとと結婚したいものだと思った」 『走れメロス』P59 新潮文庫)。
 高田が井伏の下に出入りしていなかったら、われらが知る太宰の生涯はなかったろうし、作品も書かれなかったろう。当然、かれらの娘で作家の津島佑子もいないわけだ。
 高田は太宰の良き友人であったようで、互いになにくれとなく相手を思い、世話を焼きあっていたらしい様子が、書簡から窺える。
 特にわたくしが好きな高田宛書簡は、『愛と苦悩の手紙』に載る高田の結婚を祝う手紙だ。曰く、「幸福は、そのまま素直に受けたほうが、正しい。幸福を、逃げる必要は、ない。君のいままでの、くるしさ、ぼくには、たいへんよくわかっています。……でも、もういい。君は、切り抜けた。『おめでとう。』『よかったね。』」と(書簡番号84 P140)。
 こんな手紙をやり取りできる程、かれらは肝胆相照らす仲であったのだ。羨ましい。こんな手紙をもらったら、心があたたかくなるばかりか、いつも以上に優しい気持ちになる。そうして、この生活を絶対に絶対に守ってゆこう、この女性を大切にしよう、不幸にはするまい、悲しませもするまい。裏切るまい、おれは男だ夫だ、と覚悟を固める。
 なお、亀井勝一郎編『愛と苦悩の手紙』は今年、河出文庫から二次文庫化された。但し、こちらは角川文庫版から戦前の初刊を省いたヴァージョンであるので、購入の際はくれぐれもその点を考慮し、いずれを購うか判断されたし。むろん、両方を持つのがいちばん良い。◆

※伊馬春部。折口信夫門下であり──「伊馬春部」は折口が命名。『万葉集』(※※)が出典であることを池田彌三郎に指摘されると、しばらく折口はへそを曲げた、という挿話がある(池田『まれびとの座』P51-52 中央公論社 昭和36年6月)、──太宰の親友であった伊馬には、中公文庫に太宰回想の著作『桜桃の記』がある。近日感想をお披露目する機会があるかもしれない。
※※「うちのぼる 佐保の川原の 青柳は 今は春べと なりにけるかも」(打上 佐保能河原之 青柳者 今者春部登 成尓鶏類鴨)大伴坂上郎女 巻八1433□

第2719日目 〈ブログ記事のカテゴリーわけについて、管理者から一言。〉 [日々の思い・独り言]

 やっぱり他の人もそう思うのかぁ……。でもなぁ、と、日がな一日小首を傾げながら考えこんでいた。暇です。首がちょっと痛くなりました。
 Twitter経由で本ブログをお読みくださっている方の数、全体で見れば1/10に満つかどうか、微々たるものなのだけれど、そんな微々たるなかのお1人からDMでご質問いただいた。Twitterを始める前から読んでくれている、旧知の人なのだけれど、ただいま当方、プロバイダ移行中のためメールアドレスが使えなくなっているのでTwitter経由でご質問くださった由。ありがたし、ありがたし、古くよりの知己にして読者なる君。
 聖書読書ノートブログ以外の記事はすべて、どのようなものだろうと「日々の思い・独り言」か「ウォーキング・トーク、シッティング・トーク」、いずれかで一括りにしている。独立したものであれば、小説も、本や映画の感想も、日常随筆も、闇鍋のようにそこへ突っこんで、殆どカオスの状態だ。要するに、ごちゃごちゃで、一見して他のブログのようにカテゴリーが細別されていないから、特定のジャンルの記事をまとめて読もうとすることができない仕様になっているわけ。
 そこを今回、某氏は指摘されたのだ。今更な話だけれどさ……、と。
 やはりカテゴリーをもっと細かくした方が良いのかな。何度か考えて、1度はメンテナンスと称して幾つか大きなカテゴリーを作った後、該当記事をそこへ放りこんだのだけれど、今度はわたくしの側で収拾がつかなくなり、労多くして益極めて少ないため、元へ戻してしまい、現在へ至っている。
 サイト内の検索ボックスにカーソルあてて、検索ワードを打ちこんでエンター・キーを押す。これすら手間なのかな。本の感想をまとめてみたければ、「〜を読みました。」と有力すればいい。映画の感想ならば、「〜を観ました。」とすればいい。そんな検索の便を図るためもあって、記事のタイトルには統一性を持たせているつもりなのだけれど……。
 でも、それが面倒くさい人って、けっきょくカテゴリーを細分化しても揚げ足取るように「使いにくい」、「見にくい」、「わかりにくい」と不平を垂らしてくると思うんだよね。否、それ以前に自分のなかで見切ってくれるか。
 当方からの回答としては、即ちこうなる。曰く、──
 ①主文:他の方々のブログのように、カテゴリーを細分化させることは、今後けっしてない。
 ②理由:既に記事は1,000編を超える膨大な数となっており、それをいまから各カテゴリーへ篩い分けるには1ヶ月以上を要す。ブログの更新を一時休止或いは更新遅延等させてまで行う意味と価値は見出せず、またそれに費やす労力と時間の捻出が困難と判断する。
──以上。
 タイミングを逸してしまったことを、後悔している。
 このような回答になってしまい、申し訳ない。◆

第2718日目 〈繰り返し読む小説、って、あまり無いかもしれない。〉 [日々の思い・独り言]

 『晩年』をゆっくり、読み直しています。「道化の華」のみのつもりが思い返して、最初の「葉」から蝸牛の歩みで約1週、ようやく「地球図」までページを進めたところ。
 昨日の黄昏刻、寝転がって「地球図」を読んでいたのですが、興奮で沸騰する頭を沈めようと手を伸ばして取ったのが、『ビブリア古書堂の事件手帖』第6巻でした。篠川栞子蔵の『晩年』初版本を巡る事件が新たな展開を見せるに併せて、人物相関が大きく揺れ動いてさざ波を立てたまま巻を閉じる、シリーズ後半最重要の1巻。
 いや、偶然なのですよ。故意にそれを選んだわけでは! なんらかの共鳴現象が起こった、としか言い様がありません。ベッドサイドの小さな棚にぎっしり前後2列、上下2段に仕舞いこんだ文庫の、いちばん手にしやすい場所に、それは位置する。まぁ、『晩年』の興奮鎮めに、と手を伸ばして触れた1冊が『ビブリア』であったのは、うむむ、こうなると偶然ではなくなるか……。
 『晩年』は今回が2度目の読書。『ビブリア古書堂の事件手帖』は巻不問でどれだけの回数、読み返してきたか知れぬ程、近年に刊行された小説のなかでは握玩の一作であります。顧みればわたくしはこれまで、何度となく読み返す小説、というものが殆どありませんでした。これまで読み漁ってきた総数に較べれば、おそらく1/10に満つかどうか、というところでしょう。
 安岡章太郎は何度でも繰り返して読める小説がすくなくなったことを、渡部昇一にぼやいたことがあるそうですが(『知的生活の方法』P53 講談社現代新書 1976,4)、さて、自分は果たしてどうだったかしらん、と考える。
 その数は──何度となく、しかも明確な意思の下に(自覚的に、と換言してよいか)読み返す小説は、すくない。近代から現代の日本人作家、19世紀以後の欧米作家、いずれに於いても「作家単位」で読み返すこともあれば、好きな作家の特定の作品ばかり読み返すこともある。直近の例は勿論、太宰治だがそれ以前、暇にあかせて数週かけて読み返し、読み耽ったのは、ドストエフスキーの『罪と罰』と『悪霊』、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ全作でした……。後者は完全に、渡部昇一いうところの「コウスティング」の読書といえますね。
 すくないながら繰り返し特定の小説を読むのは、初読時に脳天をハンマーで、ガツン! ガツン! ガツン! 、とやられた衝撃の後遺症未だ冷めやらず、当時の法悦を忘れられずにいるためでもありましょう。
 繰り返し同じ小説を読むのは、それが自分にはとても面白い作品だからであります。それが自分にとっての「古典」であり、「名作」に他ならないからであります。
 面白い、とはゲラゲラ笑う類のそれでは当然なく、物語そのものだけでなくその背景、人物造形や会話の妙、それを支える鍛えられた文章を存分に堪能し、それを読むことで得られる感情の揺れ動きや思考の働きを愉しみ、ときには摑まえて簡単な文章にすることを意味する。
 あなたに繰り返し読む小説はありますか。あるなら、繰り返し読むその理由は?◆

第2717日目 〈そろそろ、<岩波文庫の100冊>を選ぼうと思います。〉 [日々の思い・独り言]

 夏も終わって読書の秋、到来──ゆえに、というわけではないが、<文庫の祖>である岩波文庫、そのなかから100冊を選ぶ、という無謀な企てを、そろそろ実施してみようと思うのです。が、──
 大変です。同じ「100冊」シリーズを企画している角川文庫と講談社学術文庫、中公文庫に較べて、対象になる書目の数が尋常ではない。数年で創刊100周年を迎えようとしている文庫の老舗は、やはり違います。歴史の重みに圧倒されそうだ、といえば聞こえは良いけれど、なんのことはない。その数の多さにゲンナリし、「やれやれ」と頭を振りながら溜め息しているだけなのです。
 岩波文庫の創刊は1927(昭和2)年7月10日。そうしていまは、2019(令和1)年9月である。今日までいったい、どれだけの文庫が新刊として刊行されたのか。その数は膨大である、としか申しあげようがありません──10年おきに出版されている『岩波文庫解説総目録』が書架の奥に、しかも場所もバラバラに埋まって取り出せない現状では。
 自分が読んで糧となった岩波文庫、繰り返し読み耽ってボロボロになった岩波文庫、火事の煤煙を丁寧に払っていまも架蔵する大切な岩波文庫。そんなのを、品切れなどはまるで気にせず、自由にリスト化すること、新潮文庫とのときと変わりはありません。
 岩波文庫は5色の帯で大まかなジャンル分けしていますが、目下わたくしを悩ませるのは、「どの色から何冊の本を選ぶか」でありまして。
 というのも、高校時代から親しんだ岩波文庫に、けっきょくは頼ること多く、寄せる信は篤く、国の内外・ジャンル不問で古典にアプローチしようとする場合、文庫という形で貧書生の渇きを癒やしてくれたのは、この文庫だけでしたから……。
 そんな過去あるがからでしょうか、ちょっと記憶をたぐってみただけでも、黄帯だけで30作は挙げられますし緑帯も同じか、もう少し多い数の作品が。赤帯は中国とイギリスとドイツ、この3国の文学を中心に40-50作ばかりは簡単に。白帯はずっとすくなくて5作ぐらい、青帯はたぶん35作程度、か。
 解説総目録が書架の奥にバラバラ殺人の死体の如くあちこちに埋まっていることは前述しましたが、却ってそうした目録に目を通すと選定は難しくなるんじゃないかな。けっきょく、記憶を頼りにリストアップするのが、唯一無二の正解なのかもしれない。
 情報の訂正や補足は、あとでゆっくり行えばよい。架蔵するものはそれを書架の奥から召喚し、処分してしまったものについては解説総目録を繙いて。すくなくともこの点に関して、岩波文庫のホームページはまるで役に立たないことを、声を大にして申し添えておきます。
 なにはさておき、近日中に「私的100冊の岩波文庫」のお披露目を致します。架蔵する岩波文庫の総点検も兼ねて、部屋の掃除と処分本の選別を並行して行うことを約束したい……です。◆

第2716日目 〈ルナン『キリスト教の起源史』への要望。〉 [日々の思い・独り言]

 聖書読書ノートブログの更新中からそれがひとまず終了した今日に至るまで、ルナン著す広範な『キリスト教の起源史』全7巻のうち、第1巻「イエスの生涯」と第3巻「パウロ──伝道のオデッセー』、第4巻『反キリスト』は目的意識の有無にかかわらず手に取り愛読、教えられる点の多い本であります。訳者は忽那錦吾(第1巻のみ上村くにこと共訳)、出版社は人文書院。
 が、残念なことがあるとすれば、それは上述の巻しか日本語訳がないこと、他の巻が日本語で読める日が来るのかどうか、定かではありません。いちど版元である人文書院に質問したところ、現時点で予定はない、てふ返事をもらいました。「ヨハネの黙示録」を読んでいた時分だったと記憶します。
 この大著を読むためにフランス語を学ぶことも、一時は真剣に考えました、が、腰はなかなか上がらず、そのうち読破の情熱も学習の熱意も鎮まってゆき、そうして今日に至っています。まぁ、訳者あとがきによれば、英訳もあるようですが、それが果たして信頼に足る翻訳なのか、わかりません。
 さきほどまで第3巻を読んでいたのですが(パウロがエルサレム教会から異邦人への福音を認められる章まで)、巻を閉じて溜息が出てしまうのは常のこと。溜め息の理由の大きなところは、むろん、第2巻「使徒」が未訳であること。
 フランス語原典ばかりか英訳すら読んだこともないのですが、その第2巻は磔刑から3日目の復活と運命の五旬節から説き起こされて、ステファノ殉教やエルサレム教会の形骸化を語り、パウロ回心をクライマックスとし、第一次宣教旅行の直前で筆が擱かれるのではないか。
 ルナンの執筆態度については、専門家筋から種々の批判があると仄聞しますが、読者の側にしてみればそんなことはどうだってよい。価値を決めるのは学者センセー方や批評家という他人のフンドシで相撲を取るしか能のない連衆ではなく、その書物を手に取り読み耽るエンドユーザーの仕事だ。
 わたくしには、イエスの生涯や原初キリスト教会について書かれたさまざまな書物のなかでルナンの本は、内容はもちろん話の展開や論旨の明確なる点、或いは訳文についてもいちばんわかりやすく、座右に置き続けてその位置を外れることはあるまい一書である。それゆえにこそ、特に用事もないのに何度だって読み返してしまうのでありましょう。
 だからこそ……と残念でならないのです。殊第2巻の未訳なままであることが。
 労は多く、実入りはすくなかろうがここは是非、訳者にも版元にも頑張ってもらって、第2巻の翻訳・刊行を実現していただきたいのであります。第5巻「福音書」以後もお願いして全7巻のつつがなき完結を期待したいところではありますが、いまは第2巻のみ、希望を出しておきます。
 そうそう、岩波文庫にあってときどき復刊された際の売れ残りを書店の棚で見掛ける、ルナン『思い出』上下の新訳・単行本サイズでの刊行も、人文書院にはお願いしたいのですが──やはり難しいだろうか?◆

第2715日目 〈読書のための場所〉 [日々の思い・独り言]

 ちょっと昨日のエッセイを補完するような文章を、書きます。
 ──マーフィー理論ではありませんが今後願い続けて実現させるために、祈るが如く、強き希望をこめて、どのような景色のなかに身を置いて、本を読み耽りたいのだろう、と考えてみます。今日は短いので、ご安心を。
 ここ20年でいちばん本を読んだ場所は、やはり通勤電車のなかですね。勤め人である以上、これは仕方ない。次に読書に励んだ場所は、おそらくカフェでなかろうか……南蛮屋Caféとスターバックス各店舗、これが両巨頭。
 南蛮屋Caféは、南蛮茶房に名を変えたあとも引き続きよく通った。2階の奥の、床が一段高くなった隔離室のような部屋の楕円形の大きなテーブルの片隅に座を占めて、書き物に励み、読書に耽り。
 余談;フランスとイギリスの好色小説を読んでいて、日本人形のような店員さんに「なんの本、読んでいるんですか?」と訊ねられて思わず赤面、シドモドしてしまったっけ。思い出の断片。
 ──軌道修正;どんな環境で読みたいの? 心に都度かすめるその光景は?
 まじめに考えよう。
 明窓浄机、独り静かに読書に向かうも宜しかろう。昔ながらの明窓浄机は、既に夢物語かもしれない。が、近い環境を実現させることは、心がけと居住環境次第で難しくないと思います。
 自分が読書する場所というのは、小さくて良い。むしろ、そちらの方が好ましい。
 ときどき、インターネットで読書スペースを紹介したページを見ていますが、こぢんまりとした空間(というか部屋の一角)で良いのです。寝転がりつつ坐りつつ、腰に負担のかからぬ楽な姿勢がとれるソファがあり、適度な明るさの照明と、コーヒーの入ったマグカップを置く丸テーブルがあれば、それでいいかな、と。
 そんなとき、決まって脳裏を過ぎるイラストがあります。
 有川浩『図書館革命』映画化に合わせて、『カドカワキャラクターズ ノベルアクト2』が刊行されました。その巻頭口絵がね……もう甘々なんてものじゃない光景なんだけれど、堂上と郁が2人仲良く並んでソファに坐り……窓際に配されたそのソファで本を読み、両脇には本のつまった書棚が2竿あって。
 ──ああ、これでいいのではないか。わたくしの求めていた読書スペースとは、とどのつまりこういうものではなかったか。
 子供の頃のように、家の縁側で寝転がってする読書も良い。海岸のテトラポッドに背中を預けて、波の音と風の音を聞きながらの読書だって、忘れ難い。が、それはおいそれと、容易く実行できることではない。
 一念発起して部屋の大片附けを行い、居住スペースに広がりが生まれたなら、このイラストを基にした小さな、なににも煩わされることのない読書スペースの実現を望む。目を疲れさせぬよう、照明にも気をつけて……。
 そこに腰を落ち着けて、時間の過ぎるのも忘れて、好きな本に没頭するのが、わたくしが当面実現させたい夢。
 さて、それでは3連休中日の明日、朝から蔵書の点検と処分を致すとしましょう。◆

第2714日目 〈build up one’s own library.〉 [日々の思い・独り言]

 Twitterに流れてくるフォロワーさんたちの書棚の写真を見るたび、「綺麗に整頓されているなぁ」と羨望の溜め息を吐いてしまいます。と同時に、「もしこの人の全蔵書、或いは殆どがその写真に尽きているなら、綺麗に整頓できるのはいわずもがな。蔵書内容の把握に苦労することも、あまりないんだろうなぁ」とわが書架を顧みて嗟嘆してしまうのであります。
 この部屋は果たして、「衣」と「住」を兼ねた自分の部屋なのか、それとも体を横にする(≠就寝する)ためのベッドを設置した古本屋/紙屑屋なのか。と、斯く深き悩みに陥ってしまうこと度々なのでした。もうちょっと本の数がすくなくて、部屋の扉を開けたらケモノ道、なんて状況を改善することができたなら、人が住むにも本が住むにも快適な部屋となるのだろうが、残念ながら事態が好転する可能性は、著しく低いといわざるを得ない。それが不可能なまでに、蔵書数が収納スペースを圧しているからです。
 ダンボール箱にどんなジャンルの本を仕舞いこんだか、それは箱の外側にペン書きしているから問題ないが、では箱に入っている本がなんなのか、となると、もうお手上げ状態。いちいち開梱してみるより他にない。
 これを改善するにいちばん良い方法は、勿論古書店もしくは新古書店に売却することだが、買取値はともかく、処分する本を選定するための空間がここにはないのだ。まぁ、足の踏み場もないのが現状なのでね。さてさて、困ったことであります。
 本を処分することができぬとなると、次に思い浮かぶのが、書庫として近隣のアパートの空室を借りあげること。本を住まわせるための部屋を、居住目的にウソついて不動産屋さんと契約し、そこへプライオリティのけっして高くない本を移してしまう。読書用と仮眠用を兼ねたソファや書き物用の机と椅子、そうして小さな冷蔵庫と食器棚も、そこには置いて。ああ、パソコン使うことを考えたらネット回線も整えなくてはならぬのか。やることがたくさんあるなぁ。
 が、読書人はゆめ忘れてはならぬ、どんなに注意しても奴らは増殖するのだ、という普遍の真実を。
 アパートの一部屋を借りただけでは追いつかなくなる日が、遅かれ早かれやってくる。そのとき、どのように対処すればよいか。もっと広い部屋を借りる、買う? そこへ一括して移動させる、分散させる? ……嗚呼、もう答えの出ない悩ましき問題であります。
 ただ、ヒントになる対処法を、書痴とも蔵書家ともいえる先達に求めることはできる。たとえば、──
 シャルル・ノディエ「ビブリオマニア」には「一生を彼は本に埋もれて過ごし、本のことしか頭になかった」「善良なテオドール」(P63 生田耕作編訳『愛書狂』 白水社 1980,11)という人物が登場する。この人物にはモデルがあるそうで、生田耕作先生によれば「当時有名な法律家で、気ちがいじみた蒐書家ブラール」(P204)がその人物。かれは見境なしに買いこんだ書物を蔵するために自分が借りていた部屋のある建物を1軒買い取り、それだけではおさまらずその後家屋を何軒も買い足していった、という。当然ながら本人にもどの本がどこにあるか、わかろうはずもなく、借覧を願う人を引きずり廻した挙げ句、「どこかにあるはずなのだが……」と途方に暮れたとか。
 これはいささか(というか相当)行き過ぎな先例なので、もすこし現実的なところを探ってみると……渡部昇一が還暦過ぎに億の単位の額を金融機関から融資させることに成功して建築された(この金融機関の担当者、稟議を通すためにかなり頑張ったんだろうな)、都内某所の自宅かな。
 『渡部昇一 青春の読書』(ワック 2015,5)のカラー写真に全容というか一部というか、驚愕のプライヴェート・ライブラリーが紹介されていますが、これこそが読書家というより蔵書家の夢見る書斎/書庫の理想型、窮極なのではないのでしょうか。そこに収める程の蔵書がない、なんて台詞は反駁にもならぬ、ただのナンセンスだ。それだけのスペースを確保し、自分の蔵書のすべてが一箇所に集まり、すべての本の背表紙がこちら側を向き、必要な際に労せずアクセスできるようになることの有用性を、渡部昇一の書斎/書庫が教えてくれているのであります。
 かつて渡部氏は、図書館に住みこんだ経験から自分の図書館を持つことの必然性を、肌で感じ取った。私設図書館の所有を、若き頃に誓った。それを忘れることなく持ち続け、遂に還暦過ぎという、まだまだこれからだが先が見えてきた頃でもある年齢で実現した。ただ、始めに誓った頃と実現した頃とで、蔵書数が桁違いに多くなっていただけの違い。
 とはいえ、渡部氏のようなプライヴェート・ライブラリー(兼自宅)の所有は、人を選ぶお話であります。「自分にはそこまでの規模は必要ない」というのではなく、もっと現実的なところ──土地の所有と総工費、勤務年数と年収と頭金、そうして金融機関担当者との信頼関係に帰り着くお話。むろん、建設会社の選択も大事ですが。
 これとて非現実的な部類に属するケースではありますけれど、こうした先達もあるのだ、と心の片隅に留めて「いつかこんな風なライブラリーを持てたらいいなぁ」と願望し続けるのは、けっして悪いことではないと思うのです。マーフィー理論ではありませんが、おりふし心のなかで唱える祈りや願いは、それを失くしたり捨てたりしない限り、そのときの自分にふさわしい形で実現するのですから。そういえばマーフィー理論を日本に紹介したのは、この渡部昇一(大島淳一)でしたね。
 ブラールと渡部昇一は、たしかに非現実的な部類に属するケースかもしれません。が、イギリスにはグラッドストン式とでもいうべき蔵書収納法が存在する。グラッドストンは19世紀中期から後半、ヴィクトリア朝の時代に自由党党首を務め、4度に渡って首相を経験した人物。アンドレ・モロワにグラッドストン伝がある。政敵ディズレイリーとの論争や確執は、英文学のテキストでさんざん読まされた苦い記憶が、わたくしにはあるが、いまはさておき。
 さて、そのグラッドストンに『本とその収納』なるエッセイがあり、小冊子になっているという。アン・ファディマン『本の楽しみ、書棚の悩み』(草思社 2004,7)で初めて教えられたのだが、それによるとグラッドストンの提唱する書物収納法とは2つある。1つは滑車附き書棚の製作/採用、これは現在、形を変えて図書館や企業の資料庫等でおなじみのシステムですね。そうしてもう1つは、<棚一面に書棚を作り付け、然るべき間隔で書棚の一部を直角に、部屋の内側へ突き出すような形にする。突き出た部分の突端も書棚として使う。そうすれば、単に壁に書棚を作り付けただけよりも多くの書物を収納できる>という方法。
 前者は勿論だけれど、後者は最低12畳程度の広さがないと、より多くの書物を収納できるぐらいにはなるまい。それ以下の畳数だとおそらく部屋を、空間的にも精神的にも圧迫するだけでしょう。けっしてオススメはしない。が、逆にいえば或る程度の広さを確保できる自己所有物件であるならば、実現は十分に可能である、ということでもあります。
 ……と、3人の例を挙げてみましたが、自分の蔵書をすべて収めて背表紙が見えるようにできるのであれば、それがいちばん良いのですよね。ただ、行き着く先の理想をどこに持つか、で出発点は変わってきます。グラッドストンの方法も悪くはないが、やはり或る程度の蔵書を持つ身ならば渡部昇一のプライヴェート・ライブラリーに憧憬を抱くのは当然至極。
 理想は失うべきではない。とはいえ、──
 そこまでの資力も空間も持たない身には、8畳か10畳程度の部屋の四囲を書棚で埋め尽くし、かつ部屋の中央にちょっと低めの書架を背中合わせに置く(耐震処置をした上で)のが、いちばん現実的なのだ。最も使いやすい書庫を思い描くと、そんな光景に帰り着きます。そんなものだ。そこにパソコンが置けて書き物ができる抽斗附きの、或る程度のサイズの天板を持った机と、ゲーミング・チェアのように長時間坐っていても負担のない椅子が備わっていれば、なにもいうことはありません。そんな書斎/書庫を備えた一戸建てが持てるように、あと10年ちょっと会社勤めを致しましょう(勤続年数が長い程、金融機関からの信頼は篤く、担当者次第で実際以上の融資額を確保できる場合がありますからね)。
 さまざまお喋りしてきたが、それでも当然わが部屋の紙屑屋然とした様子に変わることはないゆえ、やはり蔵書の処分は実行しなくてはならず、まずはそのための空間をむりやりにでも作り出さなくてならぬのですが。
 最後に、10代の頃に読んで心に響き、時間の経過とともに輝きと重みを増してきた言葉を。曰く、──
 “to build up one’s own library.”(自分自身のライブラリーを作りあげる)◆

第2713日目 〈【中間報告】旧約聖書各巻の〈前夜〉は、順調に進んでいます。〉 [日々の思い・独り言]

 まさしく表題の通りなので、特にそれ以上お話しすることもないのですが……それでもすこし、くだらぬお喋りを致しましょう。
 本ブログは自分の聖書読書に於けるメモのような意味合いで始まりました。ゆえ、当初の記事は甚だ簡素な内容だったのが、読書が進むにつれて1日1日の記事は長くなり、それに歩を合わせるように〈前夜〉も書物の性格や読み処など紹介し、加えて成立時期と場所、執筆者についても私見を述べるようになってゆきます。
 そうして旧約聖書、旧約聖書続編、新約聖書、と聖書全巻を読み終えたあと顧みると、どうにも最初期と最後期を較べてアンバランスなところが目に付くようになってしまいました。本文のノートを改訂することは難しくとも、〈前夜〉だけならなんとかなるかもしれない。が、真剣にそう考えるようになったのは、じつはまだ昨年10月のことなのでありました。
 そうしてさるきっかけあり、〈前夜〉の増補改訂作業に本腰を入れ始めたのが先月8月。爾来、間遠になりつつあるけれど、作業は順調に進んでいる。もっとも、当初の予定では補筆すればいいだろう、と思うていたけれど、けっきょく最初から新しく書いてしまった方が楽なのですよね。というわけで、「民数記」から始めて今日(昨日ですか)、「サムエル記 下」〈前夜〉の第一稿を書きあげました。
 なにぶん旧約聖書を読んでいたのは2008年09月から2013年10月のこと。直近でも6年前であります。書物の内容はよく覚えていても、成立に関わるあれこれや「申命記史家」/「申命記的史書(歴史書)」、或いは執筆の資料となった4つの資料──即ち、「ヤーヴェ資料」(J)、「エロヒム資料」(E)、「申命記資料」(D)、「祭司資料」(P)──に関する知識なんて(殆ど)持ち合わせていなかった時分です。当時書いていた〈前夜〉には情報不備や記述不足など多々あったはず。
 むろん、いまだって満足な知識は持ち合わせていないが、当時と比較して目を通した資料は増えたし、架蔵してときどき繙いては読んでメモする資料も増えた。定着した知識もあれば、うろ覚えな知識もあり、そのたび調べ回ることになる事柄もたまにある。なによりも、不明な点、確かめたい点があれば、どのような資料にあたれば自分の知りたいことが書かれているか、おおよその見当が付くようになったことは、いちばん大きい進歩かも(だいたい図書館の蔵書も把握したからなぁ)。
 そんな次第で、〈前夜〉の執筆はとりあえず順調に進んでいます。執筆の前には当該書物の通読と、そこに描かれる時代や成立事情の下調べがあいかわらず欠かせないけれど、小首を傾げることも偶さかあれど心より愉しみながら、自分の部屋やスタバで、モレスキンの方眼ノートにブルーブラックのジェルボールペンで第一稿を、一所懸命に書き書きしております。
 このままのペースであれば、新しく書き直す必要のある旧約聖書の〈前夜〉は、年度末にはそのすべての執筆が終わる予定。お披露目は、そのあとになりそうですね。◆

第2712日目 〈朱鷺田祐介『ラヴクラフト1918-1919 アマチュア・ジャーナリズムの時代』Ver.0.5を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 スティーヴン・キングの短編集の訳者あとがきにラヴクラフトの名を見附けたのが、そもそもの始まりだった。キングに影響を与えたのか、いったいどんな作風の小説家なのだろう。いっぺん読んでみたいものだなぁ。
 そんな呑気なことを考えながら学校帰りの乗換駅、週4で立ち寄る新刊書店の平台を眺めていたら、その人の名前を冠した、表紙が黒い文庫に出喰わした。『ラヴクラフト全集』第4巻、訳者は大瀧啓裕、創元推理文庫。オレンジ色の帯が表紙の色と妙にミスマッチだが、却って禍々しさを覚えさせられたね。
 ラヴクラフトにいよよのめりこんだ決定打……それは、行きつけの古書店にて国書刊行会版全集全10巻11冊揃い・月報・オビ・刊行予告ポスター完備に出喰わしたことが大きい。というか、それを措いて他に、ない。それまで貯めていたお小遣いにお年玉の前借りを足して、勇んで大晦日の憂国、じゃない、夕刻に全集を迎えに行きましたねぇ。高校生が、ですよ。しかも来年は受験生になる、という17歳がですよ。これがわたくしの、ラヴクラフト菌に感染したそもそもの経緯であります。
 そうして進学、学問のなんたるかも朧ろ気ながらわかって来ると今度は手持ちの本に加えて、神保町をほっつき歩いて買い集めた微々たる数のラヴクラフトやアーカム・スクールの作家たちの原書や翻訳、英米文学史や幻想文学の研究書などを参考文献に、折しも生誕100年を迎えていたHPLへの信仰告白めいた、短いエッセイをコツコツ書き溜めた。1冊にまとめる夢を抱きながらね。
 とはいえ、如何せん学生の経済力は貧弱で、加えてあれは現代と較べて格段に情報不足の時代だった(良い時代であり、悪い時代であった!)。そのエッセイ集は立てた目次の2/3弱──「人間・ラヴクラフト」の項目を書き終え、「作家・ラヴクラフト」の項目を半分ばかり書きあげたあたり──を消化したあと、しばしの惰眠を貪り21世紀のいまに至っている(「しばし」じゃないでしょう、なんてツッコミは野暮だと気附いてほしい)。
 当時もいまもわたくしの興味は「作家」ラヴクラフトではなく、「人間」H.P.ラヴクラフトにあるから、件のエッセイ集も己の興味を満たしたことでだんだん意欲をなくしていったのだろう。あのまま情熱を持続させられたなら、いま頃同人誌であれ商業出版であれ、何冊かの著書は出せていたに相違ないのだが……。
 さて、先月の中葉頃か。電脳空間をサーフィンしていたら、ラヴクラフトの若かりし頃にスポットをあてた同人誌のあることを知った。途端、青春時代に罹患したウィルスが潜伏期間から目覚めたか、或いは単に懐古趣味が爆発したのか、矢も楯もたまらず注文手続きを済ませ、代金を支払い、入金確認メールと商品発送メールの受信を首を長くして待ち、そうして昨日(一昨日ですか)、病院へ行く日の午前中にそれは手許に届けられた。
 朱鷺田祐介『ラヴクラフト1918-1919 アマチュア・ジャーナリズムの時代』Ver.0.5である。
 本書は昨2018年発行の「ラヴクラフト1918 アマチュア・ジャーナリズムの時代」に1919年分を加筆したヴァージョンである由。加筆によってどの程度の情報が補われたのか、旧ヴァージョン未見のわたくしには報告することができない。
 アマチュア・ジャーナリズム時代こそラヴクラフトの創作活動の原点であり、要諦であることは、ラヴクラフティアンならば誰しも指摘できることであるが、ではその重要性となるとまとまった形ではっきり喧伝する者はこれまでなかった。稀に個人のブログや研究サイトと称するものにその時代のラヴクラフトを報告する記事は見掛けたが、どこまで信を置いてよいやらわからなかった。というのも、出典や典拠が非公開であったためだ。
 そこに来て巡りあった朱鷺田祐介のこの本である。ここにはわたくしの知りたかった、ラヴクラフトの「遅まきな青春時代」が簡潔に、要領よくまとめられている。たった1つの項目、たった1行の背後に、著者のこれまでの研究や思考がどれだけ積み重ねられていることか。時間(とそれなりの額となったはずの書籍購入費)をかけて博捜した資料は、きっと巻末の参考文献一覧に掲げられた本だけでは、けっしてあるまい。それらを読みこみ、分析し、まとめあげた手腕は見事としか言い様がない。こういう労著に接するとむかしわたくしが、かの小さなエッセイ集を出さなかったのはやはり正解だったかもしれないな、と嗟嘆してしまう。
 特にわたくしが唸らされたのは、ウィニフレッド・ヴァージニア・ジャクソン(筆名:エリザベス・バークリイ)との関係である。けっきょく恋愛関係にあったのか、2人の関係性がどのようにかれらの創作へ影響を及ぼしたのか等々。著者もこの点については更なる調査が必要、と仰っているが、ラヴクラフトが本当は女性に対して如何なる心情で接していたのか、など知りたくてならぬ身としては、是非にも決着を付けていただきたいと願う次第である。
 また、このご婦人絡みでいえば、いちばん注目すべき本書の言及は、彼女の夫にまつわる人種偏見の件りであるかもしれない。人間の思想は時代の風潮によって作りあげられる部分も多い。ラヴクラフトの人種偏見はまさしくこれであると思うのだが、それが身内や知己にまで及ぶとどうなるか──このあたりにきっと、ラヴクラフトがその後書きあげてゆくことになる神話作品の礎(の一つ)があるのだろう。
 また、S.T.ヨシ著『H・P・ラヴクラフト大事典』(森瀬繚/日本語版監修 エンターブレイン 2012年)で指摘されたラヴクラフトの州兵志願とその背景、UAPAとNAPAへのラヴクラフトの関わり方の詳述、老詩人ジョナサン・E・ホーグとの友情など、「成る程」と深く首肯させられるところ多く、ますます「人間・ラヴクラフト」への関心は強くなる一方である。
 気になるところといえば、一部文意が定かでない箇所があったり(他人のことはいえませんがね)、参考文献の出版社表記を欠いていたり、など他にもあるのだが、目くじら立てて指摘する類のものではない。
 著者には更なるヴァージョン・アップと1920年以後のラヴクラフト点描をお願いして、筆を擱く。◆

第2711日目 〈Kazuou『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 「継続は力なり」を証明する同人誌に、立て続けで出会った。1冊はKazuou著『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』(2019,8発行)、もう1冊は朱鷺田祐介著『ラヴクラフト1918-1919 アマチュア・ジャーナリズムの時代』Ver.0.5(2019,8発行)である。今回は前者、『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を読んだ感想を認める。手許に到着した順だ。意図はない。
 これまでも大雑把なアンソロジーガイドは存在した。もっとも、読書ガイドの一部として、名の知られた、このジャンルを俯瞰する上でけっして外せぬ数種類のアンソロジーが、紹介されるに留まるが精々だったけれど。が、マニアとはそこに書かれていない情報を求め、該当書入手のために手段を講じる人種である。
 書かれたほんのわずかの情報を頼りに細い糸をたぐってゆき、得られた別の情報と既知の情報を結び合わせ、猟奇的蒐集欲に突き動かされて雨にも負けず風にも負けず、自由時間を最大限有意義に使って古書店を東奔西走、足を棒にしていつの間にやら地理に強くなるという副産物を得ながら、探求書を1つ1つ買い集め、熟読玩味し、やがて芽生えた目標に向かって更なる蒐集と参考文献の渉猟にこれ努め、内奥の情熱に焼かれるが如く<私見>と<発見>を筆先に迸らせて、遂に他のマニアが驚喜すること請け合いの里程標的労作物を世に問うのである。
 Kazuou氏の本を封筒から取り出して一読したとき、わたくしはそんなマニアの、ここへ至るまでの地道な努力と読書に費やした膨大な時間、執筆のための根気と体力の持続に、兜を脱ぎたい気分にさせられた。収納するためのスペースの確保も大変だったであろう(むろん、すべて架蔵している場合の話だが)。著者はこれだけのアンソロジーを博捜し、データベース化し、私見を加えつつ1冊の労著を完成させたのだ。称賛するより他にない。
 ここに紹介されたアンソロジーが幾つあるのか、と数えてみたら、ちょうど200あった。但しこれは「海外怪奇幻想小説参考書ガイド」の項に載る29冊を含めた数である。純粋にアンソロジーとなると、『怪奇小説傑作集』に始まり『スペイン幻想小説傑作集』に終わるまで、171を数えられた。これは内容が紹介されているものに限っている。
 余談ながら、カウントする際シリーズと見做して構わぬと判断したものや原著の分冊などは1冊と、また元版からの再編も1冊として数えた場合がある。「あとがき」に言及されるクトゥルー神話アンソロジーは数えていない(なお、記念すべき200冊目が雑誌『幻想文学』誌であった)。
 200もしくは171という数字、これは言い換えれば、戦後しばらく経った頃から今日に至るまでの歴史の俯瞰である。怪奇幻想小説が迫害乃至は等閑視されていた日陰の身分から、善き理解者。巧みな紹介者、熱心な支持者に恵まれたことでだんだんと太陽の下を歩くようになっていった歴史を辿る旅である。
 著者の丁寧かつ愛情のこもった紹介によって、既読でありながら印象の薄い作品、むかし読んで心に残りながらいまはすっかりその題名さえ忘れていた作品、或いはアンソロジーについては改めて、書架を引っ繰り返して読み直してみようか、と思うている。たとえばアンソロジーについては菊地秀行監修『妖魔の宴』(73)とロッド・サーリング編『魔女・修道士・魔狼』(92)である。作品では、『ロシア神秘小説集 世界幻想文学大系34』に収録されているA.トルストイの「吸血鬼」他がそれだ。
 むろん、これだけの本であるから、も認められてしまう。「海外怪奇幻想小説参考書ガイド」にラヴクラフトの毀誉褒貶相半ばする、されど斯界のガイドとして未だ第一級というてよい『文学における超自然の恐怖』がないのはなぜか? 正直なところ、東雅夫『ホラー小説時評』を載せるスペースがあるなら、取り挙げるべきはラヴクラフトであったように思うのだが……。こちらこそ「参考書ガイド」の趣旨に相応しかったのではないか。
 そも、わたくしが怪奇幻想小説を読み始めた際、読書とその後の開拓についていちばん参考となったのは、国書刊行会版全集のこの評論だったのだ。思い入れ深いラヴクラフトの作物ということもあり、取り挙げられなかったのはちょっと残念であった。
 紀田順一郎の著書を取り挙げるにも、『幻想と怪奇の時代』のみでなく『幻想怪奇譚の世界』を欠いたのは、どうしてか。『幻想と怪奇の時代』同様、「このジャンルに関わる回想と批評を収録」(『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』P100)しているのだから、尚更と思う。
 また、本書を読んでいちばん残念であったのが、書誌の不備であった。出版社が明記されるのは当然として、初版の出版年月や各アンソロジーの詳細な目次を欠くのは、ガイドとして致命的といえる。出版年月については『怪奇幻想の文学』の場合、版毎に1巻1巻のそれが必要。
 とはいえ、このようなデータも1冊にまとめるのは無理だから、有料のPDFにまとめて配布するのが最善か。書誌や目録の作成は深みにはまると泥沼で、もはや戻ってこられぬ危険性を伴うけれど、必要最低限の情報で済ませるならば、注意力と忍耐力さえ備わっていれば、なんとかなるものである。経験を踏まえて、斯く忠言する。
 すこしく苦言めいた文言を綴ったが、本書が貴重なガイドである事実はまったく動かぬ。
 初めてこのジャンルへ分け入る人たちのために、アンソロジーは格好の水先案内人だ。が、『怪奇小説傑作集』のあとはどれを読めばいいか、と悩む向きは必ず出てくるはず。そんな途方に暮れた人のためにも、本書は貴重な1冊である、と申しあげたいのだ。迷われた方はここへ来るがよい、教えてあげよう学ばせてあげよう、というわけだ。
 情報伝達と部数と流通経路が限られてしまう「同人誌」という形態で埋もれてしまうのではなく、連城三紀彦のガイド本がそうであったように出版社にて増補版が出るようになるのが、いちばん良い。『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』は今後何度となく版を重ねて補訂を繰り返してゆき、記述もすこしずつ新たにしてヴァージョン・アップしてゆくべきだ、とは、いいたい放題身勝手な一読者の思いである。◆

第2710日目 〈どうぞお待ちくだされ、わたくしは復活する。〉 [日々の思い・独り言]

 この数日、ふさぎこむことあり、なかなかパソコンへ向かえぬ日々であります。
 書きたいことは山程あるのに、意欲も筆力も追いつかない。否、追いつかぬどころか、満足に機能しない。わが身の上に覆い被さるこの憂いが去って、陽射しが覗けば力も戻って、またこれまでのようにお喋りも出来るのだろうけれど……。
 とはいえ、この状況がいつまで続くのかなんてことは、わからない。インプットがアウトプットに追いつかなくなっただけだ、加えて体力と気持ちが消耗したゆえの一時的な症例だ、と、そう思いたい。これまでも何度かあったものね。そも、今日まで10年近くブログを更新してきてこのような日のないことの方が、ちゃんちゃら可笑しい(そろそろ日本語が狂ってきているな)。
 為、読者諸兄よ。復活というか何度目かの本格的再起動の日が訪れるまで、のんびりまったり、暢気暮らしでお待ちいただければ、幸甚幸甚。
 それではしばらく皆様、ごきげんよう。◆

 追伸
 そういえば昨日、台風の片付けでアパートや自宅の掃除や庭木の手入れなどしたあと、『ラブライブ!サンシャイン!! The School Idol Movie;Over The Rainbow』を観たのですが、これの感想など認める日も、そう遠くないでしょう。渡辺月は思ったようなヒール役ではなかったし、沼津駅前のライヴ会場に恒例となったママライブが再現されたがそのなかに曜ちゃんのお母さんいたよね、っていう話を、そのときはしてみようかな、と思うております。
 ……あれ、いつもの調子に復活している? いや、まさかぁ……。□

第2709日目 〈映画『フッテージ デス・スパイラル』を観ました。〉 [日々の思い・独り言]

 台風15号が首都圏直撃中の午前1時から3時過ぎまで、映画『フッテージ デス・スパイラル』(2015 米=英)を観ていたのですが、いやぁ、やっぱりどう考えても自然災害の方がホラーだよな、と認識を新たにしております。
 NHKが台風情報の逐次更新に勤しむなかスカパー!は絶讃停波中。嵐の音はシャッターを揺るがして安眠を妨げ、雨粒が窓を叩く音はすさまじく、いったいここは首都圏なのか戦場なのか、よくわかりません。加えて故郷の街は一部が停電、隣接することには避難勧告が出、わたくしはまるで世の終わりのようなそれらの音と、それが連想させる終末の光景を想像してどんどん目が冴え、隣でくーすか寝ている御仁を半分恨めしく思いながら起き出して、前述の如く映画を観ていたのであります。しかし、いやぁ、どう考えても自然災害の方がホラーですよね(以下無限スパイラル、というのは冗談として)。
 さて、おふざけはここまでにして、本題。
 『フッテージ デス・スパイラル』は以前前作についてお話しした如く、期待半分、失望半分の覚悟で視聴したのですが……やはりその覚悟が小気味よく裏切られることはなかった。2作目のセオリーを『フッテージ デス・スパイラル』も踏んでしまったようで。
 良いところもあった。むしろ、高評価を付けたい場面や作劇の連続であった。が、ふとした拍子に底の浅さを見せつけられて、緊張感や徐々に大きくなっていった恐怖も途端にコメディに陥る場面に転じてしまい。
 前作で副保安官であった人が、私立探偵(次章)として、件の連続殺人の調査を(オズワルドの遺志を継いで)続行している。呪いの連鎖を断つため、曰くある家々に火を付けて回っているのだ。空き家と紹介された関係ある家を訪れたたところ、そこには訳ありの母親と双子の兄弟が住んでいた。暴力亭主から逃げている家族だったのだ。元副保安官は殺人現場となった家の裏の教会を調査中、ブグールの影を感じ取る。一方、双子の弟は夜な夜な失踪した子供たちの悪霊に導かれて、殺人事件の瞬間を捉えた映画を、地下室の8㎜映写機で観させられている。悪霊と化した子供たちは自分の家族の殺人事件の映画を観させながら、別の計画を密かに進行させていた……。
 粗筋紹介については前作の感想文でも反省しているので、この下手さをご寛恕願いたいところである。
 今作で「ほお、成る程」と感心したのは、過去の事件で失踪(=ブグールに魅入られた)した、いまは悪霊同然の子供たちが、ターゲットの家族の、自分たちの陣営に引きずりこめそうな子供を選んで地下室に導き、「映画」鑑賞を強要する件りだ。殆ど洗脳というてよいやり方で、そうして優遇する者と虐げる者を明確に区別して接するところ、後半の役割の逆転が一際あざやかに映るのであります。
 どういうことかというと、さいしょ悪霊たちのターゲットは双子の弟だった。弱っちくておとなしくて、見るからに与しやすいと判断したからだろう。が、悪霊たちは流石、奸計を巡らすに上手であった。
 優遇する者と虐げる者を明確に区別、とはこういうことだ。反抗的な双子の兄を一度は「君は仲間ではない」と突っぱねて、兄弟間に不和を芽生えさせてから、──それがまるで通過儀礼であったかのように──弟を役目は終わったとして切り棄てて、兄を仲間に招き入れる。悪霊と化してブグールの下僕となった子供たちは、兄と一緒に地下室にて8㎜映写機で「映画」を鑑賞するのだ。
 こんな風に悪霊たる子供たちが積極的に後いて、新たなターゲットを引きずりこんでゆく、というのは、わたくしの目には新しく映った。そうしてその背景にはきちんと(?)、古代バビロニアの邪神ブグールが暗躍して、子供たちの行動がブグールの意に沿ったものであることを教えている。
 正直なところ、発言したいことは幾らでもあり、手放しで絶讃できるところは前作に比べて少ないけれど、それでもこの映画にはどうしようもないぐらい愛おしくてならぬ箇所も、ある。と同時に発言したいことのうちには否定的な内容も含まれるので自重した方がいいな、とも思うている。
 ひとまず感想はこのあたりで擱筆とします。後日、これを読み返し、映画も観直したあとでもう一度本稿を点検し、改稿したく考えております。批判等はそれまで、どうぞご勘弁の程を。◆

監督:キアラン・フォイ
脚本:スコット・デリクソン/C・ロバート・カーギル
製作総指揮:ブライアン・カヴァナー=ジョーンズ/チャールズ・レイトン/クーパー・サミュエルソン
撮影:エイミー・ヴィンセント
音楽:トムアンドアンディ
ーーー
副保安官:ジェームズ・ランソン
コートニー・コリンズ:シャニン・ソサモン
ディラン・コリンズ:ロバート・スローン
ザック・コリンズ:ダルタニアン・スローン
クリント・コリンズ:リー・ココ
ストムバーグ博士:タテ・エリントン
マイロ:ルーカス・ジェイド・ズーマン
テッド:ジェイデン・クライン
エマ:テイラー・ヘイリー
ピーター:カーデン・マーシャル・フリッツ
キャサリン(カレン):オリヴィア・レイニー(※ マイロからキャサリンまで、本文では「悪霊と化した子供たち」とした亡霊たち)
ブグール:ニック・キング□

第2708日目 〈いつか宮沢賢治に好かれる日は来るのだろうか?〉 [日々の思い・独り言]

 何度と読むのを試みても、どうしても先へ進めない作家、というのが、あるでしょうか。わたくしは、あります。宮沢賢治がそれです。
 小学3年か4年の、夏休みの課題図書に『風の又三郎』(ポプラ社文庫)があったが、その夏わたくしはそれを選ばなかった。小学5年国語の教科書に「注文の多い料理店」が載っていた。学芸会とかその類の催しで、同級生何人かとこれを劇に仕立てて上演したところ、まぁそれなりに好評だったのだが以来、賢治との縁は途絶えた……1990年代中葉まで。
 刊行が始まった『【新】校本 宮澤賢治全集』(筑摩書房)が図書館に納品されるや、さっそく借り出して読み耽った男が、高校時代の後輩にいた。「やまなし」や賢治の詩について一時、熱く語ることのあったかれに感化され、さて宮沢賢治ってどんな風な作家だったかな、と興味本位で新潮文庫を開いたみたのだが。
 開いてみたのだが、読書中はどうにも不可思議なイメージしか与えられず、読後はどうにも煙に巻かれたような曖昧模糊とした印象しか残らなかった。いちおう、文庫1冊は読み通したのだが、「賢治さん、ごめんなさない。わたくしにはあなたの良さが伝わりませんでした」と申し訳なく思いながら書架のいちばん片隅に押しこんだことである。
 それから今日までの間、世紀が変わり元号が変わり、身辺にも変化が生じた。アニメ映画『グスコーブドリの伝記』を仕事が半休だった日の帰りにふらり、と映画館で鑑賞し、同作の朗読をポッドキャストで発見してダウンロード、そればかり寝しなに流して結末に至ることなく眠りに就くのが、それから今日までのわたくしの宮沢賢治とのお付き合いである。
 そうして今年平成31/令和1年、或ることがきっかけで再び宮沢賢治を読む気になったのだ。
 とはいえ、いまのわたくしの心は太宰治に傾き、ゆるゆるばっちり、これの読書を進めている。新潮文庫で残り6冊。今年中には読み終わる予定だが、そのあとは長く棚上げ中のドストエフスキーをそろそろ片附けてしまおう、と覚悟を決めたばかり。
 どうあがいても本格的に宮沢賢治へ取り組むのは、来年夏以後となるのだが、幸いと賢治の作物は──内容の抽象性とか形而上的とかそんな点は抜きにして、単に分量の話だけをするなら──みな、短編である。むろん、中編と呼ぶべき作品もあるが、それとて数は少ない。
 わたくしはこういいたいのである、太宰読書の合間々々に賢治も1つ、2つは読めるよね、と。
 太宰治と宮沢賢治、心のありようが真逆な人間2人。太宰はね、どうにも不純ですよ。それでいて薄汚れた世界のなかに美しいもの、純粋なものを見附け出す。賢治は純粋なのだけれど、その目は理想の世界、人々の心根が改革された未だ観ることのできぬ世界へ向けられている。わたくしは賢治のよき愛好家でなければ、太宰のよき理解者でもない。けれども、わたくしにはこの2人が、互いに共感を抱かせつつもじつはまったく理解し合えぬ、相反する作家性の持ち主であるように、映ってならぬのであります。
 わたくしはきっと賢治に愛されていない。こちらから歩み寄ろうとすると、途端に離れていってしまう人。そういえばかつてモーツァルトがそうだった。モーツァルトの音楽に憧れてその懐に入るのを焦がれていた。良き導き手が現れたことで、「わたくしはモーツァルトに愛されていない」という気持ちは徐々に薄らいでゆき、いまとなってはその音楽の敬虔な信徒である。
 いつか宮沢賢治の文学に親炙し、大切に想うて鍾愛するに至る日が、いったい来るだろうか。「来たらいいよね」ぐらいにしか感じていない時点で、若干の諦めが心中に漂っているのは否定できない。小気味よく裏切られればいいのだけれど……嗚呼!
 いけない、駄弁を垂れ流してしまった。ではまた明日。◆

第2707日目 〈太宰治『地図 初期作品集』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 「内的必然に促されて筆をとり始め、自己の可能性を模索していた時代で、一面においては遊び半分の呑気さが、さまざまな試みを許しています」
 ──昼間、『現代日本文學全集 別巻1 現代日本文學史』の「明治・第三章 明治末期・第六節 夏目漱石」(中村光夫筆)を読んでいたら、こんな文章に行きあたりました(P139)。
 初期の漱石作品が職業の余技に書かれたことを指摘しての一文ですが、これは多くの文学者に対して同人誌等で自由に筆を揮っていた時代を指していえることであります。特にいまわたくしの場合、この文章に行きあたっていっとう先に思い浮かべたのは、紛れもなく太宰治『地図 初期作品集』(新潮文庫)であったのは致し方ないところでありましょう。
 『地図』は太宰が津軽時代に校友会誌や同人誌に、本名或いは変名で書き散らした小説・戯曲を中心に、近年太宰作と認められた、またはなんらかの事情により新潮文庫の作品集からもれた作品を、曾根博義がセレクトして編んだ1冊。これを昨日(一昨日ですか)、09月04日夜に読了しました。
 読み始めた当初はずらり、習作が並ぶので或る程度の覚悟を決めていたのですけれど、いざ読み始めてみたら予想を裏切って、面白い作品ばかりが並んでいたのです。これはうれしい誤算でした。読んで良かった、と心底より思える文庫だったのであります。
 巻を閉じてまず去来したのは、これらはほんとうに無名時代の作品なのか、ということ。『地図』に収められた22編の習作から『晩年』所収作の執筆まで、平均して5年程度の隔たりしかない。それだけあれば……と考えるのは正しい。
 が、そのためには相当の克己精錬が必要だったはず。しかもこの間、太宰は生活に喘いで実家へ無心を繰り返し、その一方で共産主義運動に身を投じてみたり、或いは女性と情交して自殺未遂事件を起こし、なかなか忙しい身の上であったのです。そのかたわらで文学修行とは、いまさらではありますが、太宰治という稀有なる文学者の大きさを実感せざるを得ないのであります。
 いつものことではあるが読み進めながら、特に気に入った作品には二重丸、良かったと思うたものには丸、と符牒を付けてゆきました。習作から二重丸の付いたのは2編、丸が付いたのも2編でした。ついでにいえば三角とバツ、これは1編ずつでした。近年の発見作等6編のうち、二重丸は1編、丸を付けたのは2編であります。
 どれも初読直後の感慨に基づくゆえ、読み返してみれば印象の変わる作など出て来ましょうが、まずは現時点に於けるわがフェイヴァリットということでそれらの題名を挙げてみます。符牒の区別は、( )内に示したとおりです。「地図」(◎)、「針医の圭樹」(○)、「股をくぐる(×)、「彼等とそのいとしき母」(◎)、「此の夫婦」(△)、「鈴打」(○)、「断崖の錯覚」(◎)、「律子と貞子」(○)、「貨幣」(○)、となりました。
 上に挙げた作品群すべてに、文庫の余白やEvernoteに書き留めたメモがあるので清書しておきたいのだが、それは流石に長くなる一方なので止すとします。とはいえ、二重丸を付けた「断崖の錯覚」、丸を付けた「針医の圭樹」と「律子と貞子」については、本作品集に於ける鍾愛の作となることから、ちょっとそのメモを基に書いてみます。
 「針医の圭樹」(○)──
 圭樹はすこぶる傲岸不遜な針医である。多右エ門の世話で一人前の針医となった。その恩人が病に伏し、回復して間もなく圭樹は一緒に湯治へ赴く。ある晩、宿が燃えて逃げ出そうとするが、多右エ門の床にあるを思い出して助けに戻り、自分が命を落とす。●
 恩ある多右エ門に一日でも長く生きてほしい、と願う圭樹は心持ちは純粋だが、その一方で生活が殆ど多右エ門の世話で成り立っているので、この恩人に死なれては困るわけです。火事の晩、多右エ門を助けに戻ったのも、金づるに死なれては困る、という思いが強かったがゆえですが、それが新聞では逆に忠義の行動と受け取られる。
 圭樹の行動は浅ましいものですが、同時に哀しみを帯び、またけっして笑えぬ話であります。善行と世人に見られた行いも皆これすべて自分のためなのにね。こうした出来事は、社会人ならば多かれ少なかれ経験しているのでは。わが身に覚えある側には抉られるようなお話でしたよ。
 「断崖の錯覚」(◎)──
 大作家になるには殺人も止むなし。そう考える男が熱海へ遊びに出かけた。宿には、と或る新進作家の名前で逗留し、宿の者たちもかれを「先生、先生」と呼ぶ。そこの喫茶店で働く少女に入れこんだ男は一晩を一緒に明かしたあと、伊豆半島に連なる断崖から殆ど衝動的に少女を突き落とす。幸い目撃者はなく、断崖の高低差ゆえ唯一男の姿を目撃した木こりも、男の偽りの話に疑うことはなかった。それから5年経っても、男は捕まらない。かつて思うた如く、大作家になるための殺人を果たした。そんな男は未だ傑作の1つも書けず、日々少女の追想に耽っている。●
 これを読んだときは正直、腰を抜かすかと思うた。太宰治がこんなユーモラスでスムース・スポークンな犯罪小説を書いていたなんて、まったく知りませんでしたからね。本作はじつは習作に非ず、昭和9年に発表された小説で、このとき既に太宰は『晩年』を世に問う準備を進めていた。逆にいえば、「断崖の錯覚」が処女作品集に仲間入りしていた可能性だって、十二分にあったわけです。
 小心者が犯した犯罪が露見しない、目撃者の木こりが人の話を鵜呑みにしすぎる、という難点こそ抱えてありますが、それがいったいどうしたというのでしょう。太宰は推理小説を書こうとしていたのでは、当然ない(もっとも当時、推理小説てふ言葉はなかったそうですが)。鎌倉腰越での心中未遂事件──相手の女性は死亡──に依拠した論考もあるようですが、たしかにその影は落ちていましょうけれど、わたくしはむしろその時分、太宰が読み散らした種々の小説に刺激されて行った「さまざまな試み」の一つと事件が有機的に結びついて生まれた一作である、と考えます。
 「律子と貞子」(○)──
 呆れた話である。友なる若者が結婚の相談をしてきたのだ。しかもその相手は姉妹で、どちらを選ぶべきか、相談に乗ってください、というのだ。呆れた話である。友なる三浦君の話;姉妹は山梨下吉田町の旅館の娘なんです。そこはぼくの郷里でもあるんですがね。徴兵検査に極度の近視眼ゆえ丙種で不合格となったので、教師になるつもりで帰省したんです。そこで会ったんですよ、その姉妹と。姉の律子はおとなしくて、妹の貞子はうるさい。妹はぼくが丙種になったのをバカにして、いろいろまとわりついて散々である。数日してぼくはおいとましたわけですが、はて、ぼくはどちらと結婚すれば良いでしょうか;と三浦君の話は終わる。呆れた話だ。私に人の将来の幸不幸を任せられても困る。さて、と思うた私は新約聖書の一節をなにもいわずに、かれに「読め」とだけいうて渡した。三浦君から手紙が来た。ぼく、お姉さんと結婚することにしました。●
 結論からいうと「私」は言外に、妹を嫁にするのが良いんじゃね? というていた様子。三浦君に渡した新約聖書の一節とは、「ルカによる福音書」第10章に出る姉マルタと妹マリヤの姉妹の話。「主はお答えになった。『マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。』」(ルカ10:41-42)
 でも、三浦君はわかったのか、わからなかったのか、「私」の意図とは逆に姉を選んだ。ゆえに「私」はぼやくのだ、「三浦君は、結婚の問題に於いても、やっぱり極度の近視眼なのではあるまいか」(P329)と。面白いですね。この投げやり感。
 いや、なににしても羨ましい話であります。姉妹2人に懸想して、どちらを嫁にしたら良いでしょうか、と呑気に悩めるとは。語り手たる「私」の呆れる様子が目に浮かびます。三浦君は、そもそもの始めから姉律子を妻に、生涯の伴侶に、と最初から思い定めていたのではないか。自分の決心を行動へ移すため、答えは自分と違って構わぬから誰かに背中を押してもらいたかっただけではあるまいか。踏ん切りを付けるためにね。こうしたこと、ありません?
 さりながら律子と貞子、平成を生き令和の時代を迎えたわれらには、どこか引っ掛かる名前でもあります。律子とは某女子校にある軽音楽部の部長兼ドラマーの名前を連想させますし、貞子に至ってはわたくしがなにを、誰を思い描いているか、いわずもがなでありましょう。呵々。それにしても「貞子」は「さだこ」と読むか、「ていこ」と読むか、刹那悩んじゃいますね。
 ……だんだん粗筋と感想が長引いたことに、他意も意図もなし。況んや企み事をや。ふふ。
 <第二次太宰治読書マラソン>を開始してこれが3冊目となりますが、この『地図 初期作品集』がいちばん面白かった。ヴァラエティに富んだ内容、と紋切り型の紹介で済むかわかりませんが、事実その通りなのだから仕方がない。
 冒頭に引いた、「一面においては遊び半分の呑気さが、さまざまな試みを許しています」てふ言葉を具現したかのような奔放な筆運び、その結果たる小説と戯曲の数々が、そんな感想を抱かせたのでありましょう。コンビニ弁当と思うて蓋を開けたら実際は松花堂弁当だった、読み終えてみればそんなオチまで喰らわせてくれたのであります。
 引き続き、途中で読み止したままな『晩年』収録の「道化の華」を読んでしまうつもりだったのですが、今回初期作品に触れたことで、『晩年』全体、或いは1編1編の読後感など変わるかもしれない。というわけで、明日明後日からゆっくり、『晩年』を読みます。◆

追記
どうして「だざい」を変換したら、「太宰」ではなく「堕罪」といちばん最初に変換される? 大丈夫かい、ATOK。残暑にやられちゃった?□

第2706日目 〈映画『フッテージ』を観ました。〉 [日々の思い・独り言]

 久しぶりに直球勝負のホラー映画を観ました。『フッテージ』”Sinister”(2012 米)であります。
 スランプ気味の犯罪フィクション作家が以前殺人のあった家に家族で引っ越してくる。屋根裏で見附けた8㎜フィルムには、この家のみならずかつてアメリカ各地で起こった未解決の殺人事件の記録が収められている。どうやらそれは殺人の実行犯が撮影したものらしい。それを契機とするように徐々に作家の周囲で勃発する奇怪な現象。一連の殺人事件の裏には、古代バビロニアの邪神、ブグールことミスター・ブギーが関わっていることが判明する。プグールの邪気は子供がいちばん感染しやすいという。遂に被害は家族にまで及び、事ここに至ってようやく作家は曰く付きの家を離れて許の自宅へ戻るのだが……。
 というのが、映画の粗筋。あいかわらずこういう作業がへただな、わたくしは、気を取り直して、では、──
 本朝の怖い映画『リング』のヴィデオ・テープが放つ禍々しさに、かつてわれらは恐怖したのですが、『フッテージ』はそのさらに前の映写機械である8㎜フィルムが恐怖を運び、邪悪なものを主人公たちの身辺にはびこらせるツールとなった。ざらりとした質感の映像がもたらす緊迫感、フィルムに付いた傷が視聴者に与える不安感、映写中に機械から発せられる低いモーター音、いずれもヴィデオ・テープを凌駕しています。どうしてだろう、と考えると既に今日の、多くの人々にとって8㎜フィルムが博物館級の遺物で、<未知なる過去の機械>であるためではないでしょうか。
 主人公は自分の書斎で件の8㎜フィルムを観続ける。スクリーンに映る残虐な殺人の光景は、ほんのわずかな時間だけ映し出されるだけで、それ以上その描写を追いかけることがない。ここがキモで、一瞬のショッキング・シーンの方が殺人光景を延々と見せるよりもはるかに視聴者の脳裏に望もうと望むまいと永く刻みこまれて、或るときフイに、そのたった数秒しか映し出されたなかった恐怖を思い出して、体を震わせるわけです。『フッテージ』はこれをやってのけたのであります。
 そうして恐怖の本体である古代バビロニアの邪神、プグール。正直なところ、この説明が出たときは「ああ、昔ながらのオカルト映画であったか」としょんぼりしたのですが、豈図らんや。主人公と直接対峙するのではなく、あくまで間接的に、しかしとても効果的に殺人を繰り返し、主人公とその家族から安寧を奪い、容赦ない方法で最後の幕が閉じられる……。これはちかごろのホラー映画からはツブ程も感じられなかった演出の知性と抑制を、感じるのであります。
 映画のラストは当然、お伝えしません。ただ胸くその悪くなるラスト、しばらくトラウマになりそうなラスト、「そう来ましたか」と唸らされてしまうラスト、ホラー映画にはめずらしく納得のゆくラストであったことは、ここでちゃんとお伝えしておこうと思います。どこまでも追っ掛けてくる、って、最悪ですよ。わたくしには、全視聴者に悪夢を見させた『ミスト』と同等の結末でありましたね。
 キングつながりで名前を出してしまいますが、間もなく後編の上映が控えている『IT/イット ”それ”が見えたら、終わり。』(2017 米)を「怖かった!」と叫んで絶讃している向きには、チトこの『フッテージ』の怖さは伝わらないかもしれない。あちらが場末の遊園地にある<こけおどし>のお化け屋敷だとすれば、こちらは逃げ道なし・あるのは絶望だけの人間屠殺場であります。
 力業で最後をうやむやにしてしまうホラー映画が跋扈する昨今(まぁ昔からですが)にはめずらしい、がっぷりと四つに組んで作られた、地味ながら2010年代最恐の映画と断言したい。オカルトを絡めたホラー映画は1960年代から名作とされる作品が幾つもありましたが、ここ十数年は観るべきものがまるでなかった。そんななか現れた『フッテージ』。それら過去の名作たちに肩を並べ得る作品、というて憚りません。
 さて、それでは録画しておいたものを、もう一度観てこようかな。それにしても続編『フッテージ デス・スパイラル』”Sinister2”(2015 米=英)を観るのはこわいな。でも唯一人、俳優陣では続投となる副保安官の活躍は要チェックやな(あ、プグール役も続投か)。◆

監督:スコット・デリクソン
脚本:スコット・デリクソン/C・ロバート・カーギル
製作総指揮:スコット・デリクソン/チャールズ・レイトン
撮影:クリストファー・ノア
音楽:クリストファー・ヤング
ーーー
エリソン・オズワルト:イーサン・ホーク(※1)
トレイシー・オズワルト:ジュリエット・ライランス
トレヴァー・オズワルト:マイケル・ホール・ダダリオ
アシュリー・オズワルト:クレア・フォーリー
保安官:フレッド・ダルトン・トンプソン
副保安官:ジェームズ・ランソン(※2)
ジョナス教授:ヴィンセント・ドノフリオ
ブグール/ミスター・ブギー:ニック・キング

※1:マイ・ベスト・シネマ『いまを生きる』”Dead Poets Society”(1989 米 主演はロビン・ウィリアムス!)で優秀すぎる兄を持ってしまった悩める気弱な転校生。トッド・アンダースンを演じた。いやぁ、なんだか隔世の感がありますよ。
※2:『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』(2019 米)で大人になったエディ・カプスプラグ役を演じる由。この人のエディは期待できるかも。□

第2705日目 〈横浜市に避難勧告あり。豪雨降りやまず、雷も鳴りやむを知らない夜の一刻……。〉 [日々の思い・独り言]

 09月03日(火)、横浜市に避難勧告、出る──。
 病院と区役所のあと、馬車道にて聖書の原稿を書き、治太宰を読みして過ごすうち、夜になりけり。昼頃よりぽつりぽつり、時にゲリラ豪雨となりすぐ止み、を繰り返していたが、夜になり雨はいよよ本格的に、継続的に降り始め、雷を伴ひ、ジョイナスやモアーズ、ビブレの出入り口は様子見の人々でごった返す。
 雷は徐々に近附き、天空に雷光一閃、大気に恐鳴響き、そのたび傍らの女子高生怖し怖しと笑みつつ震へて、かつ都度人目憚ることなく装ひを翻し、ついでの如く雨滴をあたりへ飛ばしけり。余、これに「めっ」といひて諭す。
 豪雨降り止まず雷土鳴り止むも知らず、頭を振り振り屋内のスターバックスに待避して、太宰治を読んで雨雷の去るを待ちわび、するうち今朝早くからの行動が祟ったか、睡魔訪れてしばしうとうとして過ごす。やがて看板なりけり去れ去れの声、耳許にすなる。
 手取り導かれて呆と外階段降りてあれば突然、四囲より抑揚あるけたたましき音のす。かぼそき女声、あはれお菊さまの如くあたりへ広がり、いと恐ろし。女子高生と共に震へあがるも、すぐにその音、警報アラームとわかる。わが故郷に大雨警報・洪水警報の発令、横浜駅以南の危険地域にレベル4の避難勧告が出るゆゑその町名を一部なりとも教えるなり。
 西区:境之谷、西戸部町1丁目
 中区:石川町4丁目、打越、北方町2丁目、小港町1丁目、仲尾台、西竹之丸、根岸旭台、本郷町3丁目、本牧町1丁目、山手町、山元町3丁目、山元町5丁目
──その他、周辺各地域が非難勧告対象なり。
 共に横浜駅以北がため、慌てることなしと雖も、たとへば山手町はかつてのゲリラ豪雨で山肌崩れて被害ありき場所なり。またわれらそれぞれにかの地域に知る人多く、心細るばかりなり。
 幸いにして現時点にて大きな被害なし。港南台駅冠水、桜木町駅も周辺の土地はすり鉢状なりしゆえ一帯たちまち湖と化す云々。されど桜木町駅については恒例の現象なり。かつてみなとみらいに通ひし折、地下鉄使ふ同僚殊に水害に遭ひ、出勤時は多くが濡れそぼちて風邪引きさんの手前となれる。なほ他に様々被害報告、警戒促進の声、乱れ飛ぶ。
 二人して小降りのなかを歩けば横浜駅西口のロータリー、タクシー待ちの行列すさまぢく、高島屋入り口前まで列伸びる様子を見て、すなほに電車使ひてわれら帰りなむ。
 いま故郷の空おだやかなり。まさしく「雨霽れ月朦朧の夜」(『雨月物語』序)なり。空の星今宵は見ルを諦めるも、代はりに秋虫の涼やかなる声に慰みを求め、翌る朝まで床中にて過ごさむとす。
 いま知る、某アニメの聖地となり果てし第二の故郷に大雨警報の出づるを。続報に拠れば静岡県内に記録的短時間大雨となり、駿河湾荒れて浪高しとぞ。愛鷹連峰、沼津アルプス、伊豆山麓の地盤ゆるみ警戒せよとぞ。人ヨ、自分ノ所ハ大丈夫トユメ思フナカレ。
 ──いや、久々に擬古文めいた文章を書きました。文法の誤り等は改めて辞書を引き引き、典拠の古典を繙き、正してゆくと致します。今宵は、もう寝るのである。現在は2019年09月03日の22時45分。風邪を引かぬよう、褥に臥して睦事など想いましょう。◆

第2704日目 〈「秘めたる文学、妖しい文学、危険な文学」を求めて……好色文学の場合。〉 [日々の思い・独り言]

 秘めたる文学、妖しい文学、危険な文学。それに惹かれて探書して、後ろめたさを覚えつつ読み耽った、そのそもそもの始まりはいつだったか、と考えてみる。友どちと年に1度のマクドナルドで話しこんでいたときの話題を引きずっている。
幻想文学をいうているのではない。いみじくも斯界の識者により好色文学と名附けられた、その分野の小説詩歌の類のことだ。
 男の子ですから当然、そちらへの興味は一丁前にありました。が、当時はむしろ婚約者を病気で亡くしたそのショックから立ち直るのに精一杯で、とてもではないけれど、好色文学へ手を出す気分にはなれなかった。逆にこれで手を出して愉しんでいられたら、わたくしの趣味嗜好はいまとはもっと別のところにあったよね。
 学生時代は殆ど講義に出ないで神保町の古本屋街をほっつき歩いて過ごした。幻想文学の絶版本や雑誌を漁っていた一方、当時既に心酔して私淑し、お手紙のやり取りまでしていた生田耕作先生の著書をガイド代わりに、超現実主義の作家たちの翻訳を探し、奢灞都館の本を探し、近世漢詩人の版本をわくわくしながら目繰り、そうして目を皿のようにして好色文学を探し求めた(思い出したこと:或る古書店にて生田先生の著書を買おうとレジへ持っていったら、すっごく不機嫌な顔をされて会計を済ませたことがあった[※])。
 バタイユやマンディアルグ、サドやマゾッホはきちんと流通していたから良いのだが、生田先生が著書で取り挙げるなかで、いちばん当時入手難だったのは(あくまで「自分の行動範囲内プラスαのエリアで、見掛けることがなかった」という意味で)、レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ『ムシュー・ニコラ』であった。
 余談:生田先生の著書に教えられた秘めたる文学、妖しい文学、危険な文学はいろいろある。なかでも、先生の翻訳でいちばん読みたかったのが、「いちばんむごたらしいさわり場面を克明に紹介した葉書」を「苦虫を嚙み潰したような不興面を想像してほくそ笑みながら」恩師生島遼一に送りつけた、と或る意味先生の面目躍如というエピソードを添えて紹介されたオクターヴ・ミルボー『処刑の庭』”Le Jardin des supplices”。国書刊行会から『責苦の庭』という題で翻訳が出ていたけれど、読んでいて生温い文章で、「どこが残酷描写なのですか?」と小首を傾げたくなる代物であった。期待値が高かったのか?
 話は戻って、──
 『ムシュー・ニコラ』は作者の履物フェチが炸裂した告白小説、という触れこみで自分のなかに刷りこまれたものだから、興味が先走って現物を入手する前に図書館にこもって読み耽りました。どういうわけか、それからしばらくその図書館、『ムシュー・ニコラ』を借覧禁止にしていましたが……。これを自分用に手に入れたのは、先生が故人となられた年の師走。その年末年始はレチフとマゾッホを読んで過ごしたこと、年賀状のファイルで確認が出来ます。
 まぁそういう年頃だったのでしょうね、20代初めの数年間にあれだけ熱心に好色文学に耽ったのは。隠れて読む後ろ暗い愉しみも、あの頃は持ち合わせていた。
 でも、それが徐々に後退していったのは認め難くも厳然たる事実だ。始まりが突然なら終わりも突然。或るときを境に憑きが落ちたようにさしたる関心を持たなくなったのは、たぶん、自分の興味がはっきり日本の古典文学に向いたから。大学院へ進学して研究者となり、その一方で教壇に立って学生を指導し……そんな未来図を、これまで抱いたどの夢よりも具体的に描くようになると、己の関心や興味の第一位から好色文学が転落し、幻想文学とミステリ小説が趣味の読書になるのは、そうね、当然の帰結だったかも。
 転落イコール処分に非ず。自宅建て替えの際、倉庫にとりあえず放りこんだダンボール箱のなかから連衆の表紙を見出したときは、往古に跋扈して調伏したと思うていた怨霊が現前に現れたような、そんな絶望と、と同時に禁じられた闇の愉悦があふれそうになりましたね。
 既に名前を挙げた作家の秘めたる文学、妖しい文学、危険な小説たちは勿論、ポーリーヌ・レアージュにバルベー・ドールヴィリー、ジュリアン・グラック、ルイ・アラゴン、ビアズリー、黒沢翁麿に平賀源内、伝荷風、伝龍之介、モダン・エロティック・ライブラリー、生田耕作コレクション、林美一の江戸艶本研究書と復刻本、岡田甫『川柳末摘花詳釈』『同 拾遺篇』、『秘籍江戸文学選』全巻、恥ずかしいので小声でいえばフランス書院の文庫もちょっぴり……と、よくもまぁ1箱に押しこんであったな、と感心するぐらいの本が、「お久しぶり!」とばかりに出てきたのだ。
 先日、アポリネール『一万一千本の鞭』(ロマン文庫版)を古本屋の棚の隅っこで見附けて買ったことも契機となって──、ずいぶん久しく失っていた好色文学への関心がよみがえりつつあるのを感じる。
 ただ、流石むかしのように血気盛んではないから、今度の関心とは好色文学史の構想となるわけだけれども……。でも、これだけで歴史が書けようはずは、ない。まだまだ資料を博捜する必要がある。でもそれだけの時間と体力、維持される情熱と根気が、いまのわたくしにあるだろうか。やはり愉しむにのみ越したことはない……?◆

※もとより覚悟のこと。その古書店は生田先生をどうしたわけか毛嫌いして、その著書は扱いません、扱ったとしても適正価格で処分します、と公言して憚ることがありませんでした。おかげで、ほかでは10,000円前後していた『るさんちまん』を1,200円という破格値で買えたのだから、文句なしですが。
 まぁ、なにがあったか存じませんが、特定著者の著作の取り扱い方には古書店の見識がうかがえることであります。□

第2703日目 〈YouTubeで懐かしの洋楽を聴こう! Huey Lewis & The News "It Hit Me Like A Hammer" 〉 [日々の思い・独り言]

 いったい何年振りなのでしょう、このタイトルのエッセイは? いったいどれぐらいぶりなのでしょう、音楽のエッセイを書くのは? それぐらいお久しぶりな今回は、聴覚を失う前にこのグループについては少しでも多く書き残しておきたい、と願う唯一の洋楽バンド、Huey Lewis & The Newsであります。
 「誰だ、それは?」としらけた顔をする世代も、もうあるでしょうね。1980年代には圧倒的人気を誇ったアメリカのバンドだった。映画『Back to the Future』の主題歌、「The Power of Love」を歌ったオジサンたち、という方がずっと通りは良いよね、うん。
 この「YouTubeで懐かしの洋楽を聴こう!」には「1980年代の洋楽にリリースされた洋楽に限る」という括りがあるのですが(あったんですよ?)、今回はイレギュラー・ケースとして1991年のかれらのアルバム『Hard At Play』からシングルB面としてカットされた曲、「It Hit Me Like A Hammer」を取り挙げます。爽快感極まりない、そうしてわたくしをバドワイザー・ユーザーにさせた「Couple Days Off」と迷ったのですが、いまはまったりしたい気分なので……。
 YouTubeに公開されている「It Hit Me Like A Hammer」はオフィシャルMVである(https://www.youtube.com/watch?v=AtxX1MFXkeg)。
 このMVを初めて観たのは、いつだったかしら。高校を卒業したあとは同じような嗜好を持つ洋楽好きと出会うこと叶わず、わたくしも音楽ではクラシック音楽とジャズへシフトしてゆくところだったから、記憶を補強する材料がまるでないのだ。ただ、YouTubeで視聴したときに覚えた新鮮な喜びから推察するに、当時は殆どテレヴィで観たことはなかったのではないか。あまり熱心に洋楽番組を追いかけることも少なくなっていたからなぁ。
 これまでたくさんのHLNのMVを観てきましたが、わたくしがいちばん好きなのは、この「It Hit Me Like A Hammer」です。これまでのMVと較べてさしたる目新しさはない、でも明らかに80年代の映像と較べて完成度は高い。「It Hit Me Like A Hammer」は勿論、「He don't Know」然り、「Couple Days Off」然り。『Hard At Play』の頃がHuey Lewis & The NewsのMVはいちばん見応えがある。何度でも繰り返し視聴したくなる、そんな映像作りがされているのだ。むろん、楽曲それ自体に高いクオリティが備わっていなければ、映像も素晴らしいものになるはずはないのだけれど。
 それにね、このMV、メンバーの見せ方がとにかく格好良いのだ。メンバーの演奏する様はみなダンディでアダルト、コーラス風景も含めてシルエットを多用して、うーん、とっても痺れてしまうのだ。タイトルに因んで登場する女性たちも、んんん、美人なんだ。特に敬礼ポーズを見せてくれるアメリカの帽子をかぶった女性は、或る意味でこのMVの内容を象徴する存在のようにさえ映ります。
 「It Hit Me Like A Hammer」は世紀の変わり目前後に相次いで脱退したオリジナル・メンバーの揃う、最後の時代の貴重なMVでもある。そうして現在、ヴォーカルのヒューイ・ルイスはメニエール病(と伝えられる)により活動停止の状態だ。いまの世界にこそ、かれらの健康でストレートなロックが聴きたい。テクノロジーに寄りかかるところのない、豪快無比なアメリカン・ロックが復活すべきは、世界が黒い影に包まれようとしているこの時代なのではないかな。新しい歌手も聴きたいけれど、やっぱりHuey Lewis & The Newsの音楽がいまはいちばん聴きたいよ。◆

第2702日目 〈NHK-FM「ダミーヘッドによる恐怖の館」から『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』へ。〉 [日々の思い・独り言]

 いまは当たり前のような録音機材の1つであるダミーヘッドですが、これで録音されたドラマを初めて聴いたときは、本当に身震いする程の臨場感に驚かされました。むろん、現在のダミーヘッドは当時よりずっと高性能で、拾える音域もずいぶん広くなっていると思うのですが、それだけに今度はシナリオの完成度や声優の力量というものが問われてくるわけですが、このあたりも時代と共にレヴェル・アップしているものと信じたいですね。そう、劣化ではなく。
 ちょっと先走りましたが、わたくしが初めてダミーヘッドを使って録音されたものを聴いたのは、1990年のことでした。NHK-FMが夏場に放送した、日本と海外のホラー短編を脚色して、実力ありきで選ばれた声優たちが熱演した、「ダミーヘッドによる恐怖の館」であります。
 たしかそれよりも前に日本の古典怪談、現代日本のホラー短編が放送されたと思うのですが、こちらはあまり記憶がない。『雨月物語』の「青頭巾」、これはよく覚えています。あとは幸田露伴の「幻談」。こちらは聴いたときの感想などでなく、放送を聴いた翌日や翌々日ぐらいに神保町の三省堂で岩波文庫を買って読んだことの方を、よりあざやかに覚えています。
 海外編の話をするつもりが、横道に逸れてしまいました。
 カセットテープに録音したものを引っ張り出して確認したところ、ポリドリの「吸血鬼」、リチャード・バーハムの「ライデンの一室」、F・G・ローリングの「サラの墓」、アンブローズ・ビアースの「死闘」、レ=ファニュの「カーミラ」の全5話が1990年08月13日(月)から17日(金)まで放送されていたようです(NHKに問い合わせたところ、カセットレーベルに記入したデーターと一致していたので、ちょっと安堵しつつ自信を持ってここに書くことができます)。まさかお盆時期に、海外ホラー短編のドラマを聴けるとは……! と驚喜したような純粋さは、いまのわたくしには残念ながらありません。
 これらのなかでいちばん印象に残ったのは、リチャード・バーハム(Richard Barham)の作品でした。この作品が総合的な観点から見ていちばん、ドラマとしての出来が良かった。
 そのためか、さきほどの露伴ではありませんが、聴き終えたあと、どうしても原作を読んでみたい、という衝動に駆られました。が、お盆が明けるのを待って神保町の古書店街をほっつき歩いたけれど、これを収めた『怪奇幻想の文学Ⅱ 暗黒の祭祀』(新人物往来社 1970)を見附けることは出来なかった。けっきょく同じ日、たまたま下車した川崎の古書店にて全巻揃いを安価で入手できたのですが、真っ先に読んだのはこの「ライデンの一室」だったのですね。この「ライデンの一室」については後に記す理由により、後日改めて感想を書いてみます。
 昨2018年12月末。藤原編集室のTwitterで、平井呈一の入手困難な翻訳を集めた1冊が創元推理文庫から出ることを知りました。その日の訪れを首を長くして、或いは一日専従の思いで待った。そうしてようやく一昨日(そう、飲んだくれた日ですね)になって『文豪たちの怪談ライブ』(東雅夫編 ちくま文庫)と一緒に『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』を購入、昨日拾い読みしていたところであります。当然、ここには件の「ライデンの一室」も収録されています。
 ただ、『怪奇幻想の文学Ⅱ』では作者名が「バーハム」となっていたのが「バーラム」と、今日風に訂正されております。一昔前までイギリス中部の町、「レスター」(Leicester)──ロンドン市中にもスペルの同じ公園があります──が「ライセスター」とか表記されていたのが原音表記に近附いたのと同じでしょうか。とは申せ、プロ・ゴルファーのベン・バーハム(Benn Barham)は同じスペルなのに「バーラム」ではない。なにがどうなっているのやら。
 『幽霊島』には前述の「ダミーヘッドによる恐怖の館」で放送されたうち、ビアースを除く4編がすべて収録されている。これだけでわたくしにはうれしい内容なのですが、かつて『幻想文学』誌にて図版で閲覧し得た同人誌「THE HORROR」掲載のエッセイが読めるのがうれしい。雑誌に載ったのは冒頭の数行だけだから、続きが読みたくて仕方なかったんだ。それがようやく……! 『真夜中の檻』もそうだったけれど、創元推理文庫の平井呈一集のいちばんのウリは、付録として掲載されるエッセイの類である。すくなくとも、わたくしにとって価値あるのはこちらであります。
 まだ摘まみ読みの段階だけれど、秋のうちには太宰治をすべて読み終えて、夜長の虫の音をBGMに本書をゆっくり読み耽ろう。そうしてチト早いが恐怖に肌をチリチリさせながら、翻訳の奥の院級のみごとな日本語の文章を、海彼の作家が作りあげた恐怖の物語ともども、存分に堪能しよう。それまで待っててね。
 なお本書に生田耕作との「対談・恐怖小説夜話」を載せる。こちらは生田先生の『黒い文学館』(白水社/1981.9 中公文庫/2002.1)と『生田耕作評論集成』第3巻「異端の群像」(奢灞都館 1993.8)に収録されていたが、いずれも絶版。為、今日この名伯楽同士による丁々発止の名対談を復活させてくれたことに感謝したい。◆