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第2721日目 〈いわれてみれば、三島由紀夫を読んでいました。〉 [日々の思い・独り言]

 「君の青春文学は、キングとHPL、赤川次郎と三島由紀夫であったろう。どうして未だに三島を話題にしないんだい?」と、小中時代の先輩にいわれて、考えこんでしまった。と同時に、ない記憶力を振り絞って、過去に本ブログにてお披露目したエッセイ、廃れてしまったSNSに投稿した記事を思い出す努力を試みた。
 結果;或る日の話題の1つにしたかもしれないが、話題の主役に三島由起夫が躍り出たことはなかった……はず。
 ではさっそく今日の話題に……となりたいところだが、なんの準備もなく三島を語る愚挙は犯したくない。たしかに三島由紀夫は或るきっかけでわたくしのなかに入りこんできて、読書の嗜好を根本から変革するに功あった作家だ。
 オレンジ色の背表紙をした新潮文庫の三島作品は殆どすべて読み尽くし、行きつけの古本屋では当時品切れだった角川文庫の三島作品(エンターテインメント小説が多いことにびっくりした!)を漁りまくり、河出文庫の戦闘機搭乗経験を描いた高揚感あるエッセイ「F104」を収めた、そうしてそこには戯曲「朱雀家の滅亡」の他、「憂国」と「十日の菊」と共に<二・二六事件>三部作をなす「英霊の聲」が収録されていたと思うが、その一巻を読んで三島の皇国主義に共鳴し、中公文庫の収録作を片っ端から読み倒している最中に同社より、1990年発見・翌91年公刊された『芝居日記』が発売されて高価ながら買いこんで読み耽り、能楽以外の伝統芸能へ目を向けるきっかけとなり、数年後に歌舞伎好きの知人を得たことで歌舞伎座へ通うようになり、安い席で見にくいのを我慢しつつふしぎな異空間に自分が彷徨いこんでいることをはっきり実感したものである。三島読書の過程で、石原慎太郎や安部譲二、ドナルド・キーンの著作へもどんどん手を出していったことは、いうまでもない。
 が、いま書架に三島の作品は殆ど並んでいない。1990年代初頭、マーラーとワーグナー、ベートーヴェンのLPを購うための軍資金調達に狩り出され、散逸したのだ。手許にあるのは、買い直したものも含めて10冊程度。書題は挙げぬ。助平だ。わたくしにもかりそめの羞恥はあるのだ。
 太宰治の読書とドストエフスキーの読書──未読文庫の消化作業──が済んだら、すこし間を置いてまた三島由紀夫を読み直そう、と帰りの電車でつらつら考えた。三島作品から離れて、じつは既に四半世紀が経過する。青臭くて身の程知らずなガキは疾うに姿を消し、いまここにいるのは希望よりも後悔の方が多い、それこそ恥の多い人生を歩んできました、と自白するがふさわしい、やりきれぬ思いを玩ぶ中年である。
 そんな、間もなくウン十歳に手が届こうというわたくしが、いま三島を読んでどのように思うか、われながら関心があるのだ。当時でさえ拮抗して美辞麗句の綜合体に思えた三島の絢爛かつ人工的そうして空虚な文章に、いまのわたくしは反発するか、迎合するか、或いはむかしのように割り切るか、非常に興味がある。その作品群も、おそらく好き嫌いはむかし以上にはっきり分かれるだろう、と朧ろ気ながら思うている。が、そんなであっても、わたくしはいま一度、三島由紀夫の文学に触れてみたいのだ。青春の残滓を追うのでは勿論なく、この年代になればまた違った捉え方もできよう、かれの皇国主義をいまの政権に重ね合わせてなにを思うだろう、と、そう考えてみたいのである。
 ──ああ、先輩。あなたの言葉がきっかけで、また三島由紀夫を読む気になってしまいました。イコール、どんどん聖書の再読は遅れる、ということです。責任取ってもらうよ、いつもの市民酒場で開店から看板まで飲んだくれて、食べまくるので、最後まで面倒見てね。当然、支払いも宜しく。どうでしょう、そのあともう2軒程、付き合ってもらえまいか?
 いやぁ、それにしても太宰治の書簡集について書いた翌日に、三島由紀夫の話題になるとはね……作為ではないよ、君。ドウカ信ジテクレ給ヘ。◆

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