第2822日目 〈吉岡葉月『聖なる淫女』改訂版への序文〉 [日々の思い・独り言]

 吉岡葉月『聖なる淫女』を生原稿の状態で読んだとき、わたくしはとっさにルイ・アラゴンの『イレーヌのおまんこ』を思い出した。冒頭から読者の頭を混乱させるかのような文章は、秘めたるエロスの極みに読者を、しかも選ばれたる読者を導かんとする一種の手段に他ならない。これは即ち、好色を愛するのではなく、エロティシズムを熱愛する数少ない本物の愛好家にのみ、ながく慈しまれる作品を世に送り出さんとする作者の意気込みに裏打ちされたものといえる。
 この『聖なる淫女』もそうした作者の意気込みによって生まれた、この分野の小さな佳品である。序に書くと、『聖なる淫女』は作者が大学在学中に講義の暇つぶしに書いた願望を基に発展させて執筆された、小説に於ける彼女の処女作であり、これまで4作の小説を発表した吉岡葉月のエロティック文学の原点といえる作品だ。
 著者の前作──あのめくるめく性の法悦と堕落の宴の果てに実現した三位一体の物語、『アイヒェンドルフ館綺譚』をお読みになった幸運なる読者のなかには、『聖なる淫女』の倒錯した一人称にアイヒェンドルフ館に永く仕える狂えるメイド、リンガルフの声を聞くかもしれない。また、最近作である『ヴィスペランテの灯し火』の第4章に於ける黙示的世界は、『聖なる淫女』の濃密かつ哲学的な乱交場面をさらに崇高な次元にまで高めた、殆ど唯一無二の力業である。
 このたび、諸般の事情により活動を停止していた書肆、Le Con’d Reneがふたたび、なんと15年ぶりにこの分野の出版を始める。活動再開に伴い幾つかの旧刊を復刊させるにあたり、そのうちの1つに本書が選ばれた。旧刊のなかでいちばん売れ行きの良かったものの1つであり、また活動停止中の間も復刊のリクエストの声絶えず、かねてより著者が機会あらば改訂版を出したいと強く希望していたためでもある。復刊に際してふたたび序文の筆を執る機会を与えてくれた書肆の主人と著者に感謝したい。
 なお、題は未定ながら吉岡葉月の新作が、本書肆より今夏の刊行を予定されていることをご報告して、擱筆する。◆

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