第2841日目 〈記憶のなかにしかいない人。〉 [日々の思い・独り言]

 「いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬがすぐれてときめき給ふありけり。はじめより、われはと思ひあがり給へる御方々、めざましきものに貶め嫉み給ふ。」
 かつてそういう人に出逢った。鶏群の一鶴、もっと言葉を悪くすれば、掃き溜めに鶴。本人でなくても心当たりのある衆には、反駁の一言でも投げつけたい気分かもしれない。
 本の整理をしているとき、ふと思い出してしまったのだ。記憶の泉の底から、よみがえってきた過去の亡霊もといその御姿は、あれからずいぶんと<時>が経ついまでもかわいらしく、美しく、凜としている。
 どんな拍子に、その人の本好きを知ったのか、覚えていない。深入りのきっかけが有川浩『図書館戦争』シリーズであったことは、間違いないのだが──。映画化の報が公にされる少し前のことであろうから、うぅん、もうどれぐらい前のお話になるのやら。
 その人が読むのは専ら小説であったけれど、こちらとはテリトリーのかぶることが殆どなかったので、ずいぶんと教えてもらう作家や作品が多かったね。とはいえ、こちらがそれらを好きになれるかどうかは別問題である。
 乱歩をまとめて読んでみる気になったのは、どう考えてもこの人の導きあればこそだ。薄暗がりのなかで、「芋虫」の話が始まり、あなたも是非読んでみるとよいですよ、とくすぐるように囁かれては、ねぇ・・・・・・。もうノックダウンですよ、その人の審美眼にも乱歩にも。そのあと立て続けに乱歩を読み、一息入れたついでにガソリンがなくなって爾来4年ぐらいかな、放置して、いま再び向かう機運になりかけているのは、多分ここでも何度か鉄板ネタのように飽きられようと構わず、いい続けたことである。
 それから旬日経ぬ時分に、かの人はわれら皆の前から姿を消した。飄然と、何処へともなく静かに、黙して、残り香も見事に消し去って、時の流れの果てに去った。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。
 それからというもの、小説を読んでもつまらなくなった。面白い読み物がなくなってしまったのではなく、読んだものについてわずかであっても話す相手のいなくなったことが、どこへとも知れず発展してゆく会話を楽しめなくなったのが、つまらなくなったのである。
 その人去りしあとの<場>に、代わりとなる存在はどこにもなく、空白を埋めるようにFacebookやTwitterで読んだ本のことなど投稿してみても、丁々発止のやりとりがあるわけもなければ、こちらを刺激してくれるような反応が常時期待できるわけでも当然、ない。所詮は双方向の交流ではないのだ。やはり読書について語り合うは、生身の人間と対面して行うに限る。それに気がついたら、始めた頃のような熱心さは、霧消してしまった。
 消息不明のかの人とは会えば勿論のこと、LINEでも、どうでもいい会話や本のことを話していた。かつての同僚たちとのLINEはためいらなく消せても、その人とのLINEだけはどうしても消せない。バックアップは取ってあると雖も、LINEを削除することがどうしてもできないのである。いつか再び繋がる日が来ることを、わたくしは切実に希望している。あなた以上に話していて充実できる相手は、いなかった。
 「いつしかと待ちおはするに、かくたどたどしくして歸り来たれば、すさまじくなかなかなりと思すこと様々にて、人の隠しすゑたるにやあらんと、わが御心の思ひ寄らぬ隈なく、落し置き給へりしならひにとぞ。」◆

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