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第2858日目 〈枯れ木に花を咲かせましょう;嗤いながら、『呪怨』を観る。〉 [日々の思い・独り言]

 あのね、みんなが怖い、怖いっていうホラー映画の殆どに、「え、どこが?」と返してしまうわたくしは、もはやそのあたりの感覚が麻痺しているのだろうか。いまではなにを観ても基本、心中ツッコミの言葉を呟き、時には呆れの溜め息、また失笑苦笑くすくす笑い。
 とはいえ、わたくしにもウブな時期はあったのだ、勿論。『悪魔のいけにえ』『死霊のはらわた』『デモンズ』『血の祝祭日』等々、いまでは鼻歌交じり、欠伸混じりで鑑賞できるが、初見の当時は怖くて観たことに後悔を覚え、そうして或る時期まで観るを控えていた映画は多い。
 本朝のホラー映画でそれに匹敵するような作品──初めて観たときは震えあがったけれど、いまでは当時の怖がりっぷりもどこヘやら、という作品あるとすれば、その最右翼に挙げられるべきが、『呪怨』であった。
 顔は血まみれ、全身は骨まで透けて見えそうな薄灰色の肌を持った不健康そのもの、四つん這いで移動するのが大の得意な佐伯伽椰子とその実子、母と同じく不健康な肌の色に加えて歌舞伎役者まがいの隈取り目立ち、四季を通じてブリーフ一丁で駆けずり回り時にソファの上で体育座りしている俊雄による、<呪い>という名の<笑い>が全編に満ちあふれて波状攻撃してくる、至高のファルス(笑劇)である。
 実はこれまでシリーズ全作をまとめて観ることができなかった。TSUTAYAへ行くたび、まとめて借りちゃおうか、と思案することあれども他の作品へ目移りしてそのまま忘れて帰ってしまうが毎度のオチ。偶さかシリーズのどれか1作を単独で観てしまったり、或いはYouTubeで<極めつけの恐怖シーン・まとめ>とか銘打たれて編集されたものを怖い物見たさで閲覧して、それなりに恐怖したことありと雖もまとめて鑑賞するにはどうにも腰が重く、爾来幾年過ぎたやら。
 そんな過去があったにもかかわらず。現在では当時味わった恐怖など微塵も思い出すことなく平然と、お茶を飲みながら『呪怨』を観ることができる。
 昨年であったか、CSのファミリー劇場他で全作が放送されたのを契機に、一所懸命内蔵HDの容量を開けて録画に臨み、休みの1日を割いて<イッキ観>を敢行したわけだが……観る前に抱いていた不安や躊躇い、後悔の類──「なんで録画しちゃったんだろう?」「4倍速ぐらいで早送りして、もう“観た”ことにしちゃおうか」etc.──は1作ごとに薄れ、終いには「なんやねん、『呪怨』ってホラーやなくてドタバタ喜劇やったんか」と思うに至った。いや、まったく。
 衝撃の結論に腑抜けたものを感じ、そのあとで襲ってきた脱力感と失望感、そうして疲労感に、翌日の勤務を休みたく思うた程でしたよ(『残穢 ──住んではいけない部屋──』を続けてみることで、どうにか出勤の意欲は振り絞りましたが、これって偉くないですか?)。
 テレヴィの画面、雨の学校、病室、遺影、床から後頭部から、布団のなか、と、所構わず節操なく現れては相手を嬉々と呪殺しまくる佐伯伽椰子(呪殺は彼女の生きがいであります!)。彼女のアクティヴぐあいは是非にも他のホラーヒロインに見倣ってほしいところがあるが、それでも敢えて一言したい。伽椰子、お前はやり過ぎだ。殺しすぎだ、というのではない。殺りたければ気の済むまで殺ればよい。
 どうしてそんなにウケ狙いな出現の仕方ばかりするのか、と小一時間問い詰めたいのだ。事前の打ち合わせや仕込みの都合もあろうが、お前の出現シーンは大概が演出過剰で観ているこちらはシラケてしまう。このあたりは他のホラーヒロインたちの出演映画を観て、勉強してみては如何か。謙虚な姿勢をゆめ忘れぬことだ。昔ながらの「ヒュー、ドロドロ」の方がお前の出現方法よりもずっと怖いよ。
 あと、小林センセーへの思いを綴った日記を、簡単に見附けられてしまうような場所へ隠すことはお奨めできない。それで隠したつもりなのだろうか? そんなに大事ならば、隠し場所にもっと知恵を絞れ(もっとも、お前にどれだけの知性があるのか、知ったことではないが)。見附けてください、読んでください、逆上してください、罵ってください、折檻してください、殺してください、と嘆願しているに等しい。すべては夫よあなたの御心のままにアーメン。剛雄でなくてもこれじゃぁ、気分を害すよ。伽椰子になけなしの想像力があれば、このような惨事は起きず、されど残念ながら『呪怨』もこの世に生まれ落ちることなかっただろうから、まぁ。結果オーライというべきか?
 もしかすると伽椰子、生前のお前はドMだったのか? ならばお前は専業主婦になど収まるべきではなかった。夫の目を盗んで平日昼間はどこか場末のSMクラブでM女として働くべきだったのだ。
 それと、俊雄。いまどきブリーフなの、とは訊かない。それは俊雄のアイデンティティを否定する質問だ。かれの個性を認めてあげなくてはいけない。
 が、「ニャー」とか「ミャア」とか馬鹿の一つ覚えのように猫の鳴き真似するだけでは、じきに誰からも相手にされなくなって、路線変更を余儀なくされてしまうよ。嗚呼、また俊雄が猫やってるよ、飽きたっつーの。そんな風にいわれたくはないだろう?
 それにな、猫嫌いの人間にしつこくそれやったら、蹴飛ばされてフルボッコにされるで。うん、わたくしならそうするね。猫の鳴き真似して可愛がられかつ許されるのは凛ちゃんぐらいだよ。いっそのこと、弟子入りでもしてきたらどうか。
 忌憚なくいうて、『呪怨』シリーズとは世にも愉快なシットコムである。恐怖の要素はことごとくお笑いに変換され、全編これ抱腹絶倒を約束された、役者揃い踏みなシチュエーション・コメディ。伽椰子よ、俊雄よ、かれらの弾けた演技に彩りを添える助演者たちよ、キミたちは活躍の場を映画やドラマの世界に求めぬ方が賢明であるまいか。佐伯伽椰子座長『呪怨』一座は今後、M-1グランプリ出場を目標に切磋琢磨すべきだろう。ああ、そうそう。くれぐれも結果が気に喰わないからとて審査員たちを呪殺することなかれ。そんなことしたら、怨むで?◆

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第2857日目 〈はじめての村上春樹;『辺境・近境』〉 [日々の思い・独り言]

 高校生の頃に『ノルウェイの森』が爆発的に売れて、社会現象にまでなった。『はなきんデータランド』の<書籍>ランキングでは長らく首位を守り、乗換駅の地下にあった書店の平台にはいつもこの上下2巻、赤と緑の表紙カバーに金色の帯が掛かった単行本が並べられていた。ご多分に洩れず、わたくしも読んだ。なんだか大人の小説を読んだように思い、それからしばらく目眩のするような濃密な読書の時間を過ごした。が、作者との付き合いがその後続くことはなかった。
 バブル崩壊の衝撃をもろに喰らって就職浪人のまま学校を卒業して数年が経った20代後半、大学生協の書籍部で『辺境・近境』(新潮社)という本を手にした。紀行作家になりたくて、あちこち旅行しては写真を撮り、文章を綴って、仕事をしたい雑誌の編集部に送って営業らしいことをしていた頃でもある。
 当時はどのような紀行書や雑誌を読み散らしていただろう。そのなかにあって『辺境・近境』は頗る付きで面白かった。否、当時のわたくしには唯一無二の聖典と映った。笑わば笑え、真正直に話された事実は得てして失笑を買うものである。それまでに読んでいた他の本はといえば、沢木耕太郎『深夜特急』と蔵前仁一『ホテルアジアの眠れない夜』、宮脇俊三『時刻表2万キロ』、和辻哲郎『古寺巡礼』などなど、ド定番といわれる作家・作品であったが、正直なところ、羨望こそすれそれはどこか一歩引いた冷静な感情で、溺れるぐらいに惚れこむのは難しかった。
 そこに現れたのが、書籍部の平台に置かれた『辺境・近境』である。そのジャンルの本を片っ端から読み漁りたい熱に浮かされ、かつ範としたき作家を求めていたその頃に、遭遇してしまったのだ。本を手にするときになにかしらの予感はあったかもしれない、目次に目を通し、イースト・ハンプトンやノモンハンの文章を摘まみ読みして、それまで自分が親しんできた外国文学の翻訳にも似た文章に一気に引きこまれ、讃岐うどんの文章に付けられたイラストにおかしみを感じて、勤務が終わったあと、レジを開けてもらってその本を買い、メディア・センターにこもって読書し、勿論読了すること能わず帰りの電車のなか、帰宅して大学の勉強もそっちのけ、翌る日の出勤の電車のなかで読み耽ってとうとう次の日の昼休憩には読み終わってしまった。そうして、この人のような文章を書きたい、この人のような物の見方捉え方を真似したい、と、たった一昼夜で思うぐらい心酔してしまったのである……。
 では、そのあとに書いた紀行文は、その人のようになり得たか。勿論、答えはノーである。見せかけだけの空疎なものにしかならなかった。別の日に同じ旅行を題材にして書いたときの方が、余程生気に満ち、情景や人々の息遣いを喚起させるに力あったぐらいである。これは果たしてなにを意味するか。なにをも意味しない。自分は自分でしかない、ということ。或いは、エピゴーネンの創出はこうも簡単に行われる、ということ。もっと単純にいえば、コピーを作るのは容易いことだ、と。賢明にもわたくしはそれを早々に悟り、「わしはわしじゃ」と心中呟きながらその後も紀行文めいたものを書き、いつしかそこから離れてこうした<うぐいすのさえずり>と自称する文章を、延々30年以上も飽きることなく書き続けている。
 『辺境・近境』のあとで『遠い太鼓』(講談社)を古本屋で買い、こちらにもいたく惚れこんだが、もうその人のスタイルで文章を書きたい、なんて大それた希望は棄てていた。それでも──小説を読むことはなくなっても、紀行だけはいつまでも買い続け、読み続けよう、と決意していたね。
 ──蛇足であるけれど、その人の単行本の初版を集め始めて8ヶ月か9ヶ月後には、9割を架蔵する幸運に恵まれた。それまでに所持していた単行本は基本的に処分した。が、『辺境・近境』はいつまでも第2版である。初版はよく見掛けるけれど、買い換える気が起きない。そんな考えが一瞬であっても刹那であっても、脳裏をかすめることがない。『辺境・近境』だけはあのときのわたくしが大学生協書籍部で手にし、満員電車のなかで果敢にも読み耽って、この人への尊崇象形を抱かしめるに至った第2版でなくてはならないのだ。◆

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第2856日目 〈荷風記す"霊南坂右手の宮内省御料地"とは、いずこのことなりや。〉 [日々の思い・独り言]

 永井荷風は麻布の偏奇館へ移居した大正9/1920年から翌年にかけて、『新小説』誌に「偏奇館漫録」と題する随筆を5回に分けて発表した。その第3回に曰く、「赤坂霊南坂を登りて行く事二三町。道の右側に見渡すところ二三千坪にも越えたるほどの空地あり。宮内省の御用地という。草青く喬木描くが如し」と。
 現在の霊南坂は起点の右側にアメリカ大使館を置き、左側にはThe Okura Tokyoがある。坂はゆるい登り坂となって奥へ進み、スペイン大使館・スウェーデン大使館のある高台へ至り、御組坂を下りて左手に折れれば偏奇館跡碑が、然程の自己主張もなく建っている。そのときあなたの目の前には泉ガーデンが、どん、と建ち、その向こうに首都高速都心環状線を見ることができるはずだ。偏奇館跡のある道を泉ガーデンの車寄せの方へ歩き、泉屋博古館分館へ続く橋をくぐると、やがて道は左手にゆるやかなカーブを描いて降りる格好となる。そうなれば、アークヒルズ一帯が視野に収まるのも時間の問題である。
 静かな六本木一丁目から賑わしい六本木一丁目へ。さっきまで歩いていた霊南坂からのコースがどれだけ静けさに満ちていたか、実感されるのではないか。
 先の「偏奇館漫録」にて荷風が書いた宮内省の御料地とは、おそらく霊南坂教会やアメリカ大使公邸からアークヒルズ一帯であると思しい。というのもまさしくその界隈には、麻布御用邸があったからだ。御用邸である、御用地ではない。麻布御用地は現在の有栖川宮記念公園である(漢字変換処理能力を測るにこの単語は、1つの判断基準となろう)。
 ──先程は霊南坂を登って途中で右手に折れてしまったが、そのまま歩みを進めると、皇女和宮が晩年に住んだ静寛院宮邸があった一帯に辿り着く。──
 荷風ともあろう者がどうして「宮内省の御料地」などぼやかした書き方をしたのか、わからない。皇室への崇敬? まさか、敗荷散人にそのような感情、あろうわけがない。不敬罪になるのを恐れたか? 馬鹿馬鹿しい。ならば「宮城」と書いた作家は全員罪に問われたか。勿論、これを荷風の無関心の裏返しと考えれば、納得はできる。さすが、とは口が裂けてもいえないが。
 今日、そこに御用邸があったことを示す碑などが建てられているのか、改めて仕事帰りに歩いて探してみよう、と思うている。◆

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第2855日目 〈深夜の霊園にて婚約者と話すこと。〉 [日々の思い・独り言]

 いまの勤務地が婚約者の眠る霊園のそばなのにかこつけて、仕事帰りにてくてくと歩いて、久しぶりのお墓参りへ行ってきた。程良く離れてもあるため、日頃の運動不足解消の一助にはなったかな。ちょうど同じぐらいの距離には彼女が通った高校もあり、何年振りかで訪問したいのだけれど、流石にいろいろ間違われそうな予感が強いので、断念することに。
 祥月命日、月命日にはほぼ必ず、ここに通っている。仕事帰りであろうと休みの日であろうと、横浜にいようと東京にいようと、夜中であろうと昼間であろうと、時間になぞ関係なく。まぁ、台風の日には行ったことがないけれど……逆にいえば、雨の日、雪の日には行ったことがありますよ、ということでもある。
 これまでにも両手両足の指では数えられないぐらい、横浜の飲み屋街にて呑んだくれたあとでタクシーへ乗りこみ、件の霊園へ行ったこともあります。夜中の2時頃にこちらを出発して。行く先を告げるとまずドライバーの皆様、一様に厭な顔をされる。長距離になるとか多摩川越えるとかそんなのではなく、その……行き先を伝えるや躊躇し、怪訝な顔をされるのだ。おいおい、勘弁してくれよ、という風な表情。これまで幾度、そのような顔つきをされたことであろう。
 なんというても行き先は、曰く付きの場所である。その霊園絡みでタクシー運転手の遭遇したエピソードは、頗る付きで有名。この話を聞いたことがない人って、すくなくともわたくしの同世代や上の世代には皆無でないか(むろん、口裂け女じゃないからね)。
 うすうすお気付きになった読者諸兄があるやもしれぬ。──然り、そこは、最恐にして最凶ではないまでも都内随一、定番の心霊スポットな青山霊園である。夜中にタクシーへ乗りこんできた客が唐突に、「青山霊園までお願いします」と告げたら耳を疑い、「なにいってんだ、こいつ?」となり、ヤな客乗っけちゃったなぁ、と後悔するよな。反省したいが、こればかりはどうにもならない。
 話を進めよう。
 時間はさておき、或る意味でわたくしは青山霊園の常連である。パトカーが不審者の類に職務質問しようと構えているが、いつの間にか警官たちとも馴染みになった。わたくしが霊園に入りこむのを見咎めて近附こうとすると、相棒の警官がそれを制して、あの人はいいんだ、とゼスチャーする。まるで金田一耕助にでもなった気分だ。それ程までにわたくしはここへ熱心に(?)、なかば恒例行事のように、巡礼者のようにして、通ってきているのだ。どうだ。
 ふらふらふらふら、勝手知ったる他人の家の如くに迷うことなく、どれだけ泥酔していても正確に、つまずくこともぶつかることも間違うこともなく、墓所へ参るのだが、そうして婚約者の眠る墓の前に着いて合掌し、やおらどこかで買いこんできた缶ビールをぷしゅっ、と開ける。生温くなったビールは、どこで呑んでもやはり美味しくない。拠って一頃は日本酒を片手にぶら下げて墓参したのだが、それはまた別のお話。
 ほぼ毎月やって来るむかしの婚約者を、お墓のなかから彼女はどんな目で見ているのだろう。もう、また来たの? と溜め息吐きながらそこから出てきて、わたくしの隣に坐りこんでいるかもしれない。そうだったら、とっても嬉しい。ぶつぶつ何事かを呟いている(ように傍からは見えるに相違ない)わたくしの話にいちいち頷き、相槌を打ってくれていたら、とっても嬉しい。早く私を忘れて誰かいい人見附けなよ、と呆れているのか、そんなに私のこと想い続けてくれて嬉しいよ早くこっちに来て一緒になろうね、と企んでいるのか、その心中、無粋なわたくしには思い及ばぬところであるのだが──。
 わたくしが帰ったあとは、まわりの墓所で眠る方々に、いつもお騒がせして済みません、と頭をさげているかもしれない。良い旦那さんをお持ちですな、といわれて、婚約中に私死んじゃったんです、なんて過去を話していたら、ちょっと頬がゆるむ。成る程、逝く前からわたくしはご近所さんには知られた顔、ということか。ラヴラヴバカップル? なんとでもいえ。
 さて、夜更けに墓所の前に坐りこんでビールなり日本酒なりを、良い気分で呑んでいると、時折、少々騒ぎながら、霊園に入りこんでくる連衆がいる。心霊スポットで動画撮影を、或いは肝試しをしようとのこのこ入りこんでくる浅墓な痴れ者衆だ。あたりがざわめくのを、そんなときは感じる。ここに眠る数多の霊が動き出す瞬間だろうか。墓石の向こう、墓所の間の通路になにかが揺らめき、進んでゆくのが肌でわかる。死者の眠りを脅かし、その場所の静寂を破って喜々とする者たちに、然るべき応えのあらんことを。◆

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第2854日目 〈影よ、お前は何者だ?〉 [日々の思い・独り言]

 いつの頃からか覚えていないが、視界の端を黒い影が過ぎるのだ。前触れなし、出現する条件も一定でない。
 その影は虫のように見えるときもあれば、朧に人の姿をしているときもある。視界に入るか入らないか、ぎりぎりのところに誰かがいる──脇に退いた方がいいか、と思うてひょい、とそちらを見やると、何者の影も気配も、ない。狐につままれた気分で、わたくしはまた歩き出す。
 こちらの思い過ごしかもしれないが、人の影に見えるときの<それ>は、なにやら口許(と思しきあたり)に薄ら笑いを浮かべているようである。誰かに付き纏われる謂われは、ない。死霊にも生き霊にも祟られる覚えがない。わたくしは至極健全に、正直に、正しく生きてきた。誰彼を恨んで丑の刻参りをしたこともなければ、呪詛の祈祷を行ったこともない。
 では、あれはいったいなんだったのか。わたくしにはわからない。どう小首を傾げても、思いあたる節はない。わたくしのまわりをいつもうろついているのは、親しきひとたちの霊だけだ。父と叔父、従兄弟、母方の祖父と叔父叔母たち、そうして婚約者。が、かれらが件の影となってわたくしの視界をかすめて消えるわけはない。かれらはきっと、出るなら堂々と、わたくしの眼前に現れるだろう。暇だから遊びに来たよ、とか、お迎えに上がったよ、とか、出て来る理由はともかくとして。
 あれはいったい、なんだったのか。わたくしの視界を侵犯してはまた立ち去ってゆく、いと腹立たしき影は果たして何者ぞ。
 わたくしに用事があるなら、わが国の領海を侵しては去るどこぞの国の船舶みたいな行動はやめたまえ。死霊であっても生き霊であっても、それ以外の存在であっても構わぬ、お前たちにプライドはないのか。人でなくなったあとも矜恃を保て、馬鹿者。きっとそんな連衆だろう、心霊動画に現れて人を驚かせるのは。死んだあとまで生者を脅かしたり、迷惑をかけたりするな。傍迷惑な奴らや。
 まぁ、あの人の生き霊になら取り憑かれて、精搾り取られたってかまへんけどな。
 あれ。んんん、これがひょっとして、怪談実話というものか?
 「──はっきり言ってごらん。ごまかさずに言ってごらん。冗談も、にやにや笑いも、止し給え。嘘でないものを、一度でいいから、言ってごらん」(太宰治「善蔵を思う」 『きりぎりす』P148 新潮文庫)
 でもな、これ、ホンマのことなのよ。読者諸兄よ、信じてほしいねん。◆

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第2853日目 〈太宰治「善蔵を思う」を読んで、ナザレのイエスをも思う。〉 [日々の思い・独り言]

 毎度のことで恐縮ですが、ゆるゆると太宰治『きりぎりす』を読み進めている。今日は集中のなか程に置かれた「善蔵を思う」を読んだ。三鷹に移って早々に、みずぼらしい老婆に8輪の薔薇を押しつけられて憮然と過ごす太宰が、郷里の名刺を集めた会合に出席して醜態を演じ、その翌る日に訪ねてきた洋画家の友どちになかなか優秀な薔薇であると誉められ、どんな人間であってもうちに秘めているはずの善意を信じて生きてゆこう、「この薔薇の生きて在る限り、私は心の王者だと、一瞬思った」(P171 新潮文庫)ところで筆が擱かれる。
 本巻にも好きな作品が目白押しで困るのだが、殊「善蔵を思う」は、『きりぎりす』のなかでも1,2を争う名品、いわば白眉と思う。改めて感想の筆を、いつものように執るつもりですが、前に置かれる「皮膚と心」「鴎」と並んで偏愛すること他に劣ることなき逸品とはいえるだろう。そのなかにこんな一節を見附けたことで、昨日に続いて新約聖書に絡めたエッセイをそうすることにした。その一節に曰く、「私は永久に故郷に理解されないままで終わっても、かまわないのだ」(P169)と。
 故郷の人たちは自分の醜聞を知っている、「郷里の恥として、罵倒、嘲笑している」(P160)に相違ない、と太宰は己をカリカチュアか卑下かする。この一節に触れて、脳裏に瞬いたのは、イエスが故郷ナザレにて宣教しようとして相手にされなかったエピソードだ。頭を振り振り、かれは弟子たちに呟く。「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである」(マタ13:57)と。
 勿論、太宰をイエスに仮託しようというのではない。が、そのときのかれらの境遇が、よく似ているのだ。2人とも故郷に受け入れられなかった(すくなくとも、そう思っていた)し、故郷の口さがない人たちからあれこれ揣摩憶測で語られていた。それが自身のなかで枷になったか、かれらは故郷へ帰ることに二の足を踏んだ──イエスがそれでもナザレに帰ったのは、神の子の務めを果たすという使命在ってこそのことである。太宰にはむろん、それがなかった。躊躇う気持ちはあっても、帰りたくない気持ちはあっても、それを封じこめて帰郷する必要があった;作品のため、家族を守るため、幾度も太宰は金木の地を踏んだ。
 時代がかれらに追いついた、とはあまりに野暮天な表現である。時代よりもかれらが先を歩いていた、と陳腐なことを申しあげるつもりもない。「生前の誹り、死後の誉れ」とは佐藤春夫が上田秋成を評していうた讃辞と記憶するが(間違っていたら、ごめん)、共に生まれ故郷でむかしから自分を知る人たちに受け入れられることなく、或いは<故郷の恥>と誹られて和解することなく、若くして死出の旅に出た2人の姿を重ね合わせてしまうたのである。そういえば2人とも、享年は30代ですな。
 全編を読了したら、改めてこの「善蔵を思う」を読み返す。◆

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第2852日目 〈パウロの言葉に弱者救済を思う。〉 [日々の思い・独り言]

 「むしろ、あなたがたは、その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、赦して、力づけるべきです。そこで、ぜひともその人を愛するようにしてください。」(二コリ2:7−8)
 パウロは推定57−58年頃、コリントに住まうキリスト者たちに宛てた手紙にそう記した。
 これをどう受けとめればよいか。わたくしはかつて本ブログにてこの章を読んだとき、「罪を犯した者へ手を差し伸べて孤独にしてはならない、相手を愛しなさい、とパウロはいう。これなのです、すべての弱き人に必要な言葉は。なんと涙があふれそうになる、あたたかな言葉でありますことよ」(第2169日目)と書いている。
 この感想はいまに至るも、微塵たりと変わることがない。
 罪人のなかには自分の行いを悔い改めることができる者がいる。罪を償い、更生しようと努めることができる者がいる。そう信じる。なかにはとうていその犯した罪を許しがたく、心よりの改悛を望めぬ重度の犯罪者もあるが、連衆までもここで擁護する気はない。が、しかし、……。
 人を死に至らしめる最大の病は絶望である、と曰ったのは、キェルケゴールであったか。されどそれと同じぐらいに人を、ともすれば死に駆り立てる場合のある病こそが<孤独>なのだ。孤独は人の心に猜疑を生み、被害者意識を植えつけ、感情の幅を狭くし、精神を卑しくさせ、周囲との間に強固な壁を築き、そうしてその人自身を蝕んで絶望の淵へ追いつめて、そこから死の深淵へ飛びこませる。斯くして失われるべきでなかった魂が1つ、肉体と人の世から去って彷徨うことに。
 まわりはそうした人を視界から外してはならない。救いを求める声には応え、差し伸べられた手を握ることに躊躇してはならない。相手の姿は未来のあなたの姿だ。相手を救うならばあなたも救われよう。もしあなたが助けを求めるならば、応えてくれる人もあるだろう。理想論とは承知している。
 70代と60代の兄弟が都内の公団で、人知れず死んでいたという記事を読んだ。水道も電気もしばらく前から止まっていたが、それが行政に報告されることはなかった由。また生活保護も受けていなかったため、なおさら実態の把握に遅れが生じた様子である。
 ──これはけっして他人事ではない。わたくしはこれを読んで、身震いを感じた。向こう三軒両隣のまじわりが途絶え、地域社会が形骸化している現代に在ってはゆめ珍しくない出来事といえよう。他者への干渉が悪しき風潮と思われるようになって、人々が他人とまじわるのを恐れるようになった結果、絶望と孤独を募らせてひっそりと誰知られることもないまま死んでしまう人もあるのだ。
 国の経済力、人々の給与の高額なることは心を潤わせる。換言すれば、それらが低下すれば人の心は殺伐となり、無関心と不干渉が人のなかにこびりついて、<生きづらい世のなか>が生まれる温床となる。バブル経済と当時の世の中の動きはたしかに、わたくしの目から見ても異常だったけれど、それでも人々は互いを知ろうとし、見知らぬ者が隣り合っても朗らかでいられた。すくなくとも、自分の関心領域の外にある人とは没交渉を貫く、という人を見掛けた覚えはない。
 「あなたがたも互いに相手を受け容れなさい」(ロマ15:7)というパウロの言葉と併せて、二コリの文言に触れて、そんなことを考える。◆

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第2851日目 〈崖を削り、土を盛り、地下を抉った六本木一丁目に、ひっそりと偏奇館跡碑はある。〉 [日々の思い・独り言]

 須賀敦子が偏奇館跡を訪れたことをエッセイに書いて、それがいま永井荷風『麻布襍記』(中公文庫)の巻末に収録されている。彼女がいつ頃そこを訪うたのか、調べが行き届かず済まぬことだが、すくなくとも須賀が見たことも想像したこともないだろう、現在の偏奇館跡とその周辺をわたくしは見ている。
 彼女がこの地を散策した或る年の五月初めの休日の朝。その頃の六本木一丁目のあたりは地域の再開発計画が破綻して、霊南坂からアメリカ大使館、現在のThe Okura Tokyo(当時はホテルオークラ別館として開業していたか)、スペイン大使館。スウェーデン大使館を横に見ながら登ってくると、そこから先は建設現場でお馴染みなスチール壁で覆われて、江戸の面影戦後もまだ辛うじて残ったこの界隈からそれを一掃して殆ど廃墟と見紛う光景が広がったのではないか。すくなくとも、現在の姿を須賀敦子が目にすることはなかった。
 荷風はこの地に大正9/1920年5月、かねてより普請中であった洋館の完成を待って、移ってきた。その前年に土地の貸借契約を(代理人を立てて)締結して後、件の洋館を翌春落成に合わせて造築したのである。当時の住所は、「東京市麻布区市兵衛町一丁目六」であろう(よく「崖上」と、さも住所の一部の如く列記する文献を稀に見掛けるが、それを書いた衆は国立国会図書館や港区役所、或いは管轄法務局等へお出掛けされるがよろしかろう)。
 その崖上の土地の初見から偏奇館入居までを『断腸亭日乗』で追うと、以下の如し、──
 大正8年11月8日条:麻布市兵衛町に貸地ありと聞き赴き見る。帰途我善坊に出づ。此のあたりの地勢高低常なく、岨崖の眺望恰も初頭の暮霞に包まれ意外なる佳景を示したり。西の久保八幡祠前に出でし時満月の昇るを見る。
 同月12日条:重て麻布市兵衛町の貸し地を検察す。帰途氷川神社の境内を歩む。岨崖の黄葉到処に好し。
 同月13日条:市兵衛町崖上の地所を借ることに決す。建物会社々員永井喜平を招ぎ、其の手続万事を依頼せり。
 12月8日条:留守中箱崎町の大工銀治郎麻布普請の絵図面を持参す。
 同月15日条:午後永井喜平麻布借地の事につき来談。
 大正9年正月3日条:歩みて芝愛宕下西洋家具店に至る。麻布の家工事竣成の暁は西洋風に生活したき計画なればなり。日本風の夜具蒲団は朝夕出し入れの際手数多く、煩累に堪えず。
 同月8日条:大工銀治郎を伴ひ麻布普請場に赴く。
 同月30日条:大工銀治郎来談。
 2月14日条:建物会社々員永井喜平見舞に来る。
 同月24日条:午後永井喜平来談。
 3月9日条:麻布普請場に赴く。近隣の園梅既に開くを見る。
 4月13日条:麻布普請場よりの帰途尾張町にて小山内君に会ふ。
 同月16日条:半蔵門外西洋家具店竹工堂を訪ひ、麻布普請場に至る。桜花落盡して新緑潮の如し。
 5月2日条:麻布普請場に往き有楽座楽屋に立寄り夕刻帰宅。
 同月21日条:永井喜平来談。
 同月23日条:この日麻布に移居す。母上下女一人をつれ手つだひに来らる。麻布新築の家ペンキ塗にて一見事務所の如し。名づけて偏奇館といふ。
──と。
 そうして荷風は『麻布襍記』に収められた随筆「偏奇館漫録」と「隠居のこごと」に、偏奇館周辺の地理や謂われを綴った箇所がある。本来ならそれについてもここで取り挙げるべきだろうが、ちょっとその記述に触発されるところあり、むかしの東京市の地図を探して調べてみたい部分があるため、この点に関しては後日に譲ることにしたい。
 さて。
 いちどわたくしはなにかの文献で、当時の麻布を撮った写真に偏奇館の一端が写るのを見た事がある。まこと、その端は、断崖絶壁とはいわぬまでも東京市中にしては急な傾斜角を持った大地の縁部分である。そうしてそれは、実はそのまま現在の六本木一丁目に重なる地勢でもあった。
 いちど歩いてみられると良い。再開発ゆえに消えた落合坂のような例もあるとはいえ、現在の泉ガーデンやアークヒルズ、泉ガーデンレジデンスの立地が、六本木一丁目駅から大使館が建つ霊南坂の路地に至るまでの斜面をよく活かしてあることに、気が付かれるのではないだろうか。ただ、そこそこ複雑にエスカレーターが走り、屋外に怪談ならぬ階段はあってもひと思いにまっすぐ上り下りできないことで、自分のいま居る場所が刹那わからなくなったりする弊害はあると雖も、なんとなく体で感じていただけるのではないか、と、再開発前から馴染みの場所でいまはここに通勤することとなったわたくしは思うのである。
 須賀敦子が訪れたときは宙ぶらりんになっていた再開発計画はその後突如として動き始めて崖を削り、土を盛り、地下を抉って東京メトロ南北線の開通前後に周辺はオフィスビルが建ち並び、むかしを知る人がその光景を見たらかならずや目が点になるであろうぐらいの変貌を遂げて、面目を一新した。思うに東京23区内でここぐらい、地勢そのままにむかしの面影を掃討して、華やかにして眠ることなき街へと衣替えした場所も、そう思い浮かばないのである。
 永井荷風はこの地へ移り住んで以後、幾つもの作品を書いた。『雨蕭々』を皮切りに『麻布襍記』、『下谷叢話』、『つゆのあとさき』、『濹東綺譚』、「来訪者」等々。そうして昭和20/1945年3月9日、偏奇館は米軍の空襲によって焼亡。その一切を荷風は離れた場所から観察して、『断腸亭日乗』に清書した。蓋し『断腸亭日乗』最大級の白眉というてよい。曰く、
 「三月九日、天気快晴、夜半空襲あり、翌暁四時わが偏奇館焼亡す、……麻布の地を去るに臨み、二十六年住馴れし偏奇館の焼倒るるさまを心の行くかぎり眺め飽かさむものと、再び田中氏邸の門前に歩み戻りぬ、巡査兵卒宮家の門を警しめ道行く者を巡り止むる故、余は電信柱または立木の幹に身を隠し、小径のはづれに立ちわが家の方を眺る時、……近づきて家屋の焼け倒るゝを見定めること能はず、唯火焔の更に一段烈しく空に上るを見たるのみ、是偏奇館樓上少からぬ蔵書の一時に燃るがためと知られたり」云々。
 また翌る3月10日の条に曰く、「嗚呼余は着のみ着のまま家も蔵書もなき身とはなれるなり、余は偏奇館に隠棲して文筆に親しみしこと数れば二十六年の久しきに及べるなり……昨夜火に遭ひて無一物となりしは却て老後安心の基なるや亦知るべからず」と。
 実際に火事で家をなくし父を亡くした身には、荷風の行動は狂気の沙汰である。文学者として、というよりも荷風という不世出の個性が為せる技/業であるのは重々承知、だがしかし、わたくしには地に唾吐き捨てて、定家卿よろしく「吾が事に非ず」と切り棄てたい。
 かつて麻布区市兵衛町1丁目の偏奇館に住まった荷風に、再開発が実はリスタートを切っていたことを知らぬままここを訪ねて逝った須賀敦子に、現在の六本木一丁目界隈を見せたら、果たしてかれらはなにをいうのだろう。◆

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第2850日目 〈クラリネット吹きの友どちのこと。〉 [日々の思い・独り言]

 耳を患ったとき、つらつらと思い出す人のなかに、クラリネット奏者の男性がありました。その人は日本の音大を卒業後、ドイツにあるブラームスゆかりの音楽大学に留学して、帰国しました。わたくしは帰国して間もない時分のかれに出会い、縁を結ぶことになったのです。
 きっかけは何気なしに投稿して掲載された音楽雑誌の記事。それを見たかれが手紙をくれて、年明けにある小さなリサイタルへ招いてくれたのでした。その際どんなお話をしたのか、もう覚えていない。伝ワーグナー作曲とされていた、クラリネットのための小品の真の作曲者がベールマンという人である。そんな話をした覚えだけは、たしかにあるのです。
 その後、機会ある毎にかれのリサイタルへ足を運び、クラリネットのまろやかであたたかみのある響きに魅せられてゆき、そのままどっぷりと室内楽の深い沼に嵌まりこんでいったのです。
 そも交を結ぶきっかけが雑誌への投稿記事である旨既にお話ししました。当時のわたくしはベートーヴェンの弦楽四重奏曲とシューマンのオーボエのための曲に魅了されて、室内楽を徐々にながら聴くようになっていました。
 とはいえ、いまのように居ながらにして、末端へ至るまでの情報があっという間に集められる時代ではありませんでしたから、図書館で音楽雑誌のバックナンバーを読み漁り、グローブ他の辞典で当該項目の記述へ目を通したり、或いはやはり図書館で音楽書のコーナーを舐めるように、片っ端から読み耽り、そうして違う図書館でCDを借りては聴き、カセットテープにダビングして、返してはまた借りて来て、を繰り返していました。
 そんな風にして室内楽の名曲を知ってゆく過程で、件の友どちと知り合うことができたのです。ブラームスやモーツァルトがクラリネットのために書いたソナタや五重奏曲を始めとして、サン=サーンスやプーランク、ブリテンの曲を知り、ショスタコーヴィチの曲のクラリネット編曲版という珍品に出会い、かれのために作曲された曲やかれ自身の筆になる曲の初演に立ち会えた喜びは、そのあとのかれとの会食や飲み会での愉しい思い出と一緒にいまでもはっきりと、胸のなかに刻まれています。
 わたくしが不動産会社に就職した頃から段々と、かれのリサイタルへ足を運ぶ機会は少なくなりました。仕方ない、と普段ならいうところだが、今回ばかりはそんなことをいう気分になれない。もっと時間をやり繰りして、そちらへ回すお金を作り、可能な限りかれの吹くクラリネットのまろやかな響きの時間に心身をゆだねるべきでした。──やがて年賀状のやり取りが精々となり、それもこの数年はこちらの筆無精と人でなしゆえ途絶えてしまっている──嗚呼!
 かつてのように頻繁なる手紙のやり取りの復活はもう望めなくても、まだ聴力の残っているうちに、白石光隆さんや奥様を伴奏者にした、あなたのクラリネットを客席から聴きたい。白川毅夫さん、わたくしを覚えてくださっていますか?◆

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第2849日目 〈お部屋のお掃除:これが完成形、かな。〉 [日々の思い・独り言]

 昨年から断続的に連載(ということにしませんか?)してきた、「お部屋のお掃除」シリーズですが昨日、ようやっと胸に描いた姿に、限りなく近附いたと自負します。
 壁に造り付けられた書架は、真ん中の構造壁で右と左に別れており、すべての棚が可動可能。雑誌も文庫も同じ書架に収められる、場合によっては同じ棚に収められるのが強みだが、一方で救い難い欠点も1つだけ、ある……奥行きがあり過ぎるのです。
 否、これは贅沢な悩みかもしれません。同じ量を収めるとしたら、本棚が何杯必要になるか、どれだけのスペースを喰うか、それを考えると、造ってくれた棟梁さんには感謝しかないはずなのだが……。まぁ、「本の重みで床が抜けるか」的な不安と焦燥と、まわりからの讒言には、ここは敢えて、東照宮のアイドル・モンキーに倣って耳を塞ぐとして、話を前に進めましょう。
 いちおうの完成を見たのはたしか年が明ける前後と記憶する。過去のブログやHDDにしまってある原稿を検めれば判明するが、いまは横着してそう書かせていただきます。その後、廊下に長いこと積んであったダンボール箱を開け、詰めこまれていた本をサルヴェージした後、ひとまず件の書架の前に積み重ねて、できた山は4つ、腰高のため殆ど連峰というてよかった。そうしてその向こうにある書架の本の出しづらきこと、腹立たしくも時間が経てば馴れてしまい、なんとなく昨日までそのままにしておいた。
 もっとも、昨日になっていきなり片附けを再開、どうにかほぼ完成形までこぎ着けたわけではありません。左右いずれの列も最上段はパソコンやプリンタの箱が占拠しており、それらは部屋を、就中蔵書と書架の整理を始める前から温めていたプランで、遅かれ早かれそれらを撤去、空いたスペースに棚板を渡してスティーヴン・キングか村上春樹の単行本と文庫本をずらり、並べる魂胆でありました。が、そうはうまいこと問屋はおろさなかった。
 1つの棚へ収める本には、なにかしらのテーマを持たせたい。書架の前に積み重なって人間の可動領域を狭める4つの山を眺め、続けて書架を見あげて、ふむぅ、と考えた。さいわいとそこに積まれた本はみな、日本の古典文学である、そのテキストと、専門的な読み物である──じゃぁ、和歌・歴史・日記・随筆・俳諧俳文・思想・物語、と分ければいいさ、と結論が出るまでにさしたる時間を必要としなかったのは、読者諸兄もご想像されたことと思います。然り、わたくしは期待を裏切らないのだ。
 そのプランに基づいて山を切り崩し、書棚に入る本も引っ張り出して、作業開始。件の空き箱については埃の積もり具合に閉口したけれど、すべて拭いてから廊下に放り投げ、もとい積みあげて日曜日にバラシを行うとし、棚板も雑巾で綺麗にして、いよいよ作業開始。夕食をはさんで日付が変わった10分後に、じゅうぶんに満足できる、完成形に極めて近いと思うてよろしかろう姿がわたくしの前に現れた。
 左列の最上段には歴史・日記・随筆・物語・思想・俳諧俳文・折口信夫研究の単行本/雑誌を収め、対する右列の最上段は歴史小説と上田秋成関係の本でまとめた。むろん、秋成は国書刊行会版・中央公論社版の全集を含む(前者については、「遺文」も、勿論)。手前にはどうにも行き場がなかった中公文庫版『折口信夫全集』全31巻別巻1を並べました。
 右列に収めたものは上から順番に、古典の専門的な単行本や大学紀要、奢灞都館から出版された近代文学、そうして反町茂雄の著書を中心にした棚、小学生の頃に1冊ずつ買ってもらった集英社版『学習漫画 日本の歴史』全18巻と、貧書生の時分にこれも1冊ずつ買い集めていった中央公論社『日本の近世』全18巻を中心に、小学生の頃使っていた国語辞典や、日本語教師の勉強をしているときにかった日本語辞典、アクセント辞典、そうして郷土史の本を添えました。その下はクラシック音楽にまつわる本(難聴ゆえに音楽書を大量に処分した折、その別れから逃れ得た愛惜おく能わざる本)とお気に入りの現代小説数冊、渡部昇一の著書やその他の新書を収めた。その下の棚にはいよいよ村上春樹の単行本・文庫本を一ヶ所に集め(それでも文庫数冊があぶれるの)、さらに下の棚には分散しておかれていたコミックをまとめました。
 これで書架の前にはもう、床に積み上げ本はありません。すっきりした。なににもぶつかることなく歩けるのは、精神衛生的にも極めて良いことでありますね。これから多少の出入りはありましょうが、それは記すに値しないぐらい微々たるものでありましょう。
 今回の書架の整理で棚には幾らかの余裕が生まれた。そこを使って、或るコーナーを設けました。わたくしは10年以上前、ハンドル式のシュレッダーを使っていたことがあります。シュレッダー部分は疾うに刃が駄目になってしまい棄ててしまったのですが、紙片が落ちてくるプラスチック部分はなにに使うともなく部屋の片隅にありました。
 それを活用して、今後読む/読まなくてなならない本を置くようにした。透明なのでなにが入っているのか一目瞭然、しかもそこに本が入ると、あきらかにまわりとの違和感があるので、まぁ、目立つ、目立つ。「読まなくちゃ! 読んで参考にしたい/読むに値すると判断したから、お金払って買ったんだろ。読めよ、おれ!!」と自らに訴えかけてきて手を伸ばさせる効果は大。幸運にも来週からようやく働くことができるので、往復の電車のなかや隙間時間を使って、2日で1冊は読みあげるようにしよう、と心に決めたのであります。太宰はどうしたのだ、なんて野暮天なこと、訊かないでね。
 さて、まもなくCSで映画が始まるな。筆を擱いて、腰をあげよう。Let’s call it a day.ビールは2本、冷やしてある。そうそう、チーズも忘れないように、と。◆

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第2848日目 〈単行本と文庫本、買うならどっち?>〉 [日々の思い・独り言]

 単行本派か文庫本派か、と問うならば人よ、まずは対象を限定させることだ。然る後に続くべき質問では、それはあるまいか。
 そんな次第でここは国内外の別なく小説、そうして現代小説に絞ろう。それに則って、話をしてゆこう。その上でようやく自分の答えを述れば、──
 わが輩は単行本派である。と同時に文庫本派でもある。事実を申しあげた。中身の入った缶詰を投げるのは、くれぐれも自制してほしい。もし投げるなら、缶切りと、中身を食すためのお箸なりフォークなりをいっしょに頼む。
 両派なり、というのは単純に、作家によって異なりますため。双方に跨がる作家もあれば、どちらかのみな作家もある。外国人であれ日本人であれ、単行本でしか読むことかなわない作家がいるし、2,3年待てば文庫化される作家もある一方、はじめから文庫オリジナルで出す作家もある(今日はこのパターンが目立ちますな)。ゆえに、われは両派なり、というのだ。
 順番に考えてゆく。
 単行本しか出ない作家、待てば文庫化されるがさいしょは単行本が出る作家。この人たちについては当然、単行本を買う。──本当にその作家の作品が読みたいから。一刻も早く読みたいから。そうしてなによりも、その作家にこれからもずっと作品を書き続け、出版社にも出し続けてほしいから。読者にできる「作家の応援」とは新刊書店に並ぶ本を買って、かれらへ印税が振りこまれるようにすることだ。
 万年ノーベル文学賞候補の日本人作家、日本のまんなかで医師を務めながら本を書いた作家、世界的大ベストセラーでかつては「モダンホラーの旗手」と呼ばれたアメリカ人作家は、発表される新作、出る新刊を徹底的に追いかける心酔或いは畏怖、絶大なる信頼と鋼の如き愛を寄せる、単行本派な作家である。
 単行本を見送って文庫を待つ作家もある。それは大概、作家買いする程の存在ではなく、作品によって買ったり買わなかったりする作家だ。今日ベストセラー作家とされる人の本は、大体ここに入る。
 有り体にいって、敢えて単行本を買う気にならぬ作家、買うまでもない作家、いちいちを追っ掛ける程心酔或いは畏怖しているわけでもなく、また単行本を買わずとも他の誰かが売上げに貢献していまさらわたくしが買わずともじゅうぶんに生活が成り立ち、出版社からのオファーが引きも切らずな状態でありましょう? という作家を、ここでは念頭に置いている。
 まぁ、前段「いちいちを追っ掛ける程」云々は、単行本買いの作家の一部についてもいえることだが、その線引きは「心酔或いは畏怖」を除けばただ1つ、その作家へ寄せる絶大なる信頼と鋼の如き愛があるか否か。
 先年直木賞と本屋大賞をダブル受賞した作品が映画化された作家や、ミステリ小説と時代小説両ジャンルを横断して筆を揮う作家、今年筆名の一部を改めてその名でエッセイ集と新作小説を上梓した作家。──こうした人々はもとより真剣に追いかける情熱をかき立てられることなく、新作が出ても文庫を待つか或いは見送っても構わないと思うている、どちら付かずの人たちである。作品の出来不出来、クオリティの乱高下著しい(と、わたくしには感じられる)ため、単行本にせよ文庫本にせよ買うに冒険を伴うことしばしばで、そんなこともあってその仕事へ全幅の信頼も愛も持ちようがないのであった。
 そうそう、文庫オリジナルで出す作家についても、作品によって買ったり買わなかったりなのは、これまで述べたところとまったく変わるところはない。
 総括;単行本派か文庫本派か、それは作家によって、作品によって変わるので、一概に「こちら」と割り切って答えられやしない。繰り返すが、ゆえにわが輩は単行本派である、と同時に文庫本派でもある、というのだ。そも、そこまで単純明快な話でもあるまい。
 ご異論は?◆

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第2847日目 〈歌おう、感電するほどの喜びを! 修正申告と青色申告が、ほぼ完了しました。〉 [日々の思い・独り言]

 これでしばらく頭を悩ませる必要がなくなるか、と思うと、安堵と充足の気持ちしか起こらないのであります。昨年11月から始めた平成30年分の修正申告と、令和元年分の青色申告決算が、今日(昨日ですか)を以てほぼ完了し、残るは提出書類への転記・清書のみとなりました。青色申告に関しては今回が初めて、自分でがっつりとかかわって行ったこともあり、手探り状態でしたが、さいわいと青色申告の担当者の方が懇切丁寧に指導・掘り起こしを行ってくださったので、大きく悩んだり、誤ったりするところはなかった──と記憶。早くも記憶は風化しつつあるようであります(『IT』に出てくるルーザーズ・クラブの面々のように)。
 今回の申告作業、殊令和元年分の青色申告決算に関してはExcelを使って勘定科目事の入力、関数を使っての計算をしていました。なかなかに便利ではあるのですが、来年に活かすべき反省点が幾つも浮上しました。1つは勘定科目でまとめてしまうのではなく、そこにどのような内容の料金を含めたか、いちいち明細を作ってゆくべきでした。昨日も、○○はどの科目に含めたっけ? となる場面があり、しばし思い出しと書類をめくる時間が必要となってしまい、時間のロスだな、と思うた次第です。
 明日はExcelで作った資料やそれの基となった各種資料を検め見直したり、過去に出版されて手許にある収益計算や青色申告の本など参考にしながら、来年以後に使えるようなメモや表を作ってみようと思うています。そうして今年の11月頃から種々の通知や明細をまとめながら、適宜修正を加えてゆけばよい。
 始めたばっかりな頃はやることがあまりに多くて、やる前からうんざりしていたのが正直なところでした。が、実際に始めてみるとこの作業、とっても面白く、併せてExcelの(再)勉強もできたので、まぁ大変ではあったけれど非常に充実した一時でもあったことを告白して、本稿の筆を擱きます。◆

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第2846日目 〈英語を勉強し直したい。〉 [日々の思い・独り言]

 かえすがえす残念に思うのは、英語を自在に使いこなすこと叶わぬまま、大人になったことであります。沼津に住んでいた時期のうち、小学2年生から4年生までマルサン書店の2階に設けられたLL教室に通っていました。
 当時の授業については何度となく、英語ってなんて面白いんだろう、と親に感想を話していたそうですから、子供でも退屈しないカリキュラムが組まれていたのでしょう。
 どのような教材を使っていたのか、どのような先生がいたのか、もうさっぱり覚えていませんが、いちども休まず通っていたところをみると、愉しい体験だったのでしょうね。もっとも、帰りに1階のレジで、当時流行っていた怪獣や怪人のカードを1袋、買い集めてゆく愉しみ、マンガを立ち読みする愉しみ、学校の違う友どちと遊ぶ愉しみも、そこにはあったのでしょうけれど。
 中学・高校を通じて苦にならなかった英語ですが、高校を卒業してからは国文学の方へとふらふら歩いてゆき、……そうして英語とは再びの縁を結ぶことないまま、時を重ねてきました。
 久しく忘れていた、英語が好きだな、という気持ちがよみがえったのは、勤労学生をしていた三田時代。大学併設の語学学校へ入学を決めたのは、語学の独習の一環として選んからであろうか。きっかけは思い出せない。記憶は時間の果てへと流される。然る後に美化されるか、捏造されるか、忘却されるかするのです。
 とまれ、語学学校の講義は初級クラスでありながら、ずいぶんと刺激に満ちたものでした。20代の後半──知的欲望が燃えたぎっていた、最後の時代だったせいもあるのかな。
 苦しめられたのは、やはり文法でした。初級クラスのテキストとはいえ、文法を無視して文章が書かれることはない。思えば学生時代も英語自体は好きだが、文法だけは苦手でありました。いわゆる基本5文型は、理屈は理解できても実践しようとすると「?」が頭に点灯するのですね。
 さりながらこの時代を振り返ると、或いは当時のテキストやノートを見直してみると、わたくしはずいぶんと初級クラスでの講義を堪能していた様子。相当な勉強の跡が残っております。先生方の教え方も良かったのでしょう、いつしか英語が好きだ、という気持ちがよみがえってきて、己の特技を活かした自習までするようになった;即ち、英語で文章を書く、ということであります。
 ふしぎなことに文章を書いているうちに、文法への苦手意識は雲散霧消していました。芸は身を助く。その言葉の真実なることを一端ながら知ったことであります。
 ──手探り同然とはいえ、こんなことが可能だったのは、書店で見附けた2冊の文法書のお陰と思うています。巽一朗『「中学英語」を復習してモノにする本』(中経出版 1995/2)と、A・J・トムソン=A・V・マーティネット著/江川泰一郎訳『実例英文法』第4版[改訂版](オックスフォード大学出版局 1988/6)が、それであります。
 前者は表紙に「やり直し英語の早道」と謳っているだけあり、基本文と図解を要所に、豊富に配したところから読みやすく、わかりやすくできており、目からウロコが落ちる気分でした。予習復習の際は勿論、いっときも手放さず折あるごとに開いていた本で、カバーを外すと当時の酷使の刻印がはっきり残っている。これなくして、「文法は苦手」意識は消えなかったでしょうね。
 後者は英国の文法学者が著した文法書ですが、文法のあらゆるパターンを網羅した、解説は平易でありながらじつは初級から上級まで使用に耐える頑強な1冊。わたくしのなかでは、最強の文法書であります。訳者の江川泰一郎は本書を翻訳するにあたって<訳者注>を付し、適宜例文を増やしたり、解説を補ったりしているので、日本人にも江湖にお奨めできる文法書になっています。
 ……語学学校を卒業して、ふたたびわたくしは英語と縁のない世界で生きることになった。たまにむかし勢いに任せて読み切った小説、歴史書や聖書など読むことはあるけれど、文脈を追って丹念に進めるのではなく、開いたページに漫然と目を通す、というのが正解でした。
 いまつらつら企んでいるのは来週から始まる仕事に馴れて、時間の割り振りにメドが立つようになったら、もいちど英語の勉強をやり直そうかな、ということ。前にも書いているかもしれないけれど、定期的にやって来る向学心の現れまたは吐露、と受け取っていただけるなら、げに幸甚、さいはいなり(「妻は稲荷」とさいしょ、変換されました。みごとだ、ATOK)。◆


カラー版 中学英語を復習してモノにする本

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  • 作者: 巽 一朗
  • 出版社/メーカー: 中経出版
  • 発売日: 2010/05/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



実例英文法

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  • 出版社/メーカー: オックスフォード大学出版局
  • 発売日: 2020/02/05
  • メディア: 単行本



英文法解説

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  • 作者: 江川 泰一郎
  • 出版社/メーカー: 金子書房
  • 発売日: 1991/06/01
  • メディア: 単行本




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第2845日目 〈難聴も帰還も、きっと、なにかのご縁。〉 [日々の思い・独り言]

 かかりつけの医師によると、ほぼいつも聞こえる耳鳴りと、数人以上の集団のなかにあるとき相手の声が甲高くて聴き取りづらいことがあるというのは、もう仕方のないことで、ずっと付き合い続けてゆくしかない、とぞ。昨日、月に1度の経過観察の折、訊ねてみると、そのようなお返事でした。やっぱり……。
 突発性難聴に始まり真珠腫性中耳炎で左耳がやられ、治ったねぇ、と喜び安堵してかつての罹患を忘れかけた時分に、滲出性中耳炎とその後遺症かウィルス感染による失聴を右耳で経験して退職を止むなくされる結果に落ち着いて、爾来投薬と通院に専念して貯金を切り崩しつつ暮らしてきたこの約3年、悲喜交々の連続でしたが、この先どれだけ生きられるのか不明ながら、難聴ゆえの不安や苛立ち、そうして諦念を飼い慣らしてゆくことに正直なところ、自信はありません。
 こんな気持ちをつらつら吐き出しているのは、きっと来週から、古巣に戻っての就業が決まったため。聞くのに殆ど支障ない左耳を使うのであれば、問題ないでしょう。医師のその言葉を唯一の後ろ盾に、やはり自分はコールセンター業界から離れられそうもないからそのなかでいろいろ探していたけれど、就職活動(なのだな、やっぱり)を始めて約2ヶ月を経てやっと雇用契約を結ぶことのできた企業が、20年近く前に在籍していた企業であるというのも、会う人々が口を揃えていう台詞を借りれば、<これもなにかのご縁>。
 不安はある。だからめげずに通い、無理なく働いて、実績を残さなくてはならない。要するに、就業前からさっさと現場から離れることを視野に入れているわけです。それがわが身の健康を守るたったひとつの冴えた方法、それがわが耳を守って生きてゆくために与えられた最後の手段。誉められたことでは勿論、ない。が、長く働くためにも必要な考えではないでしょうか。口が達者でよかったな、と変な感心をわれ知らずするのは、やはり職業病かもしれません。
 ちかごろのわたくしの興味の1つは、難聴が記録される近現代の文士や音楽家、その他広く文芸家のそれがどの程度の症状であったのか、どんな風に過ごしたか、そんな事柄を知りたく思い、自身或いは第三者による記録の証言に目を通すことである。病名などは昔と現代とで隔世の感あること否めぬところなので、また本人も聞こえ方について記すこと少なく周囲の人も大同小異の発言しか残していないパターンが散見されるため、古い時代の人になる程検討と推測を重ねることになるわけですが、逆に現代の人たちの場合は突発性難聴もしくはそれと推測される罹患者が群を抜いて多くサンプリングされるのは、これが現代病であるかもしれません。加えて現代の場合、突発性難聴なのかメニエール病なのか判然とせぬ場合もあり、却って膨大になる資料等を前に「やれやれ」と肩をすくめて溜め息を吐きたくなるのが本音であります。
 いまは、2020年02月05日00時40分。外を行く車も人もなく、部屋も静かだ。耳鳴りは、本稿を書き始めた時分に較べれば低くなっていると雖も、いつ途絶えてくれるかわからない。時々、耳許ではなく室内で鳴り響いている錯覚に駆られる。ずっと金属音じみた耳鳴りが、音量一定の大きさで起きている間ずっと聞こえている不満と、聴力不調がもたらすやもしれぬ人間関係の不協和音に怯えながら、生きて仕事するのは、チトどころかソウトウ辛いものがある。が──、
 <進むべき道はない、しかし、進まなくてはならない>のであります。いつもの言葉で恐縮です。でも、物事をよく観ようとするならば(それを心掛けたい)、難聴になったのもきっと<なにかのご縁>ですよね。◆

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第2844日目 〈読む本の傾向が変わったとき、その転換点にあって自分に強く影響を与えた本 2/2 ;チェスターフィールド『わが息子よ、君はどう生きるか』〉 [日々の思い・独り言]

 なにがあっても手放すことがない本こそ、本当の意味での「座右の書」ではあるまいか。最近になって、そう思うのであります。
 文字通り、常に傍らに侍らせておく本を指して「座右の書」というのは、ちょっと違和感がある。手許にある辞書や事典、歳時記などレファレンス・ブックをそう呼ぶ人も、なかには居られようけれど、座右の書というのはもっと時間の経過と共に自分のなかで重きをなしてゆく、或いは事ある毎に巻を開いて人生の指針としたり、慰めを与え、再び立ちあがる活力をもたらしてくれる種類の本を指していうのではないでしょうか。そのような経験を重ねてゆくなかで、その人にとっての<古典>が定まってゆく。それを即ち「座右の書」と称す──わたくしはそんな風に考えます。
 そうした観点で考えるなら、チェスターフィールド著竹内均訳『わが息子よ、君はどう生きるか』(三笠書房)は、昨日の渡部昇一の本と並んで、古典中の古典、座右の書のなかの座右の書といえましょう。

 わたくしが初めてこの本を読んだのは、元号が平成になってからでした。『続 知的生活の方法』の翌年であります。
 高校を卒業した年、季節はいつであったか覚えていませんが、亡父から贈られたのでした。年齢的にそろそろ人生について倩ながら考えてもよい頃だ、と考えてくれたのでしょう、『広辞苑』第三版といっしょに、おそらく田町駅隣接のビルでむかしから営業する虎ノ門書房で買って帰宅後、渡してくれたものと記憶します。父の思い出をよみがえらせてくれるという意味でも、この『わが息子よ、君はどう生きるか』はわたくしには大切な1冊なのであります。
 初めて接する人生を考えさせる本でしたから、「あなた方にこれこれのことを教えましょう」的な本を読むのが初めてでしたから、これまで好き勝手に読んできた小説とはまるで勝手が違うから、最初は手こずりましたね。
 でも、通学の電車のなかでゆっくり、じっくりと読み進めてゆくうち、ここに述べられているのは著者の経験から導き出された本物の、唯一無二の人生訓であることに気が付きました。ならば当時学校で読んでいた『論語』と同じようなアプローチで読めばいいのかな。
 そんな風に自分なりの突破口ができてからは、格段に読む速度も、内容への理解も進み、1度読み終えたあとはまた最初から、己の血肉となるぐらいまで繰り返し、繰り返し、読み返すようにその年は心掛けた──。それからというもの、特に決めたわけではありませんが、1年に1度は必ず読み直すようにして、火事があって父が亡くなるまでにすくなくとも14回は反復読書しておりました。その年以後は、毎年読み返す、という習慣はすっかり廃れてしまい。
 勿論、というのも正直どうかと思うのでが、その後わたくしは何度も道を踏み外しかけました。母を何度も裏切り、悲しませ、嘆きの言葉を吐かせた。それでも辛うじて、いろいろな犠牲や痛みを伴いつつも本道に立ち帰ることができた理由の1つは、チェスターフィールドのこの本を何遍も読み返していたお陰であるかもしれません。
 後年読んだ聖書のなかには、神の前に正しい道を歩んだ人々、道を外れてしまった人々の話が、うんざりする程出てきました。──「あなたがわたしをゆるしてくださるなら主よ、わたしは罪を悔い改め、あなたに従います。信仰を守り、悪魔の囁きに耳を傾けません」(映画『ウィッチ』2015 米)──
 道を踏み外して立ち帰ることかなわなかった人々の姿を、心中を想像しているとおかしなことに、チェスターフィールドがこの本のなかで息子に与えた訓戒を連想してしまっていた、と申しあげたら、失笑を買うでしょうか。
 が、わたくしは聖書の時代から絶えることなく伝えられ、教えられてきた道を正しく歩んだ人たち、踏み外してしまった人たちの物語があればこそ、チェスターフィールドの本に代表されるような人生論、修養書が人々の心に染みこむようにして、世代を経て読み継がれ、東洋の島国に住まうわたくしたちが母国語で読めているのだ、と考えるのであります。
 本稿を執筆するにあたって、久しぶりに書架から出して目を通してみました。神田に用事があったのでその行きの電車のなかと、用事が済んだあとそのビルの1階にはいるドトールにて、著者と対話するような気持ちで、付箋片手に読んでいました。以前読んでいた時分はたいへん集中して「眼光紙背を照らす」勢いで読んでいたので、特に線を引いたり付箋を貼ったりすることはなかったのですが(いまよりずっと脳味噌がやわらかくて、記憶力も理解力も優れていましたせいもありましょうが)、今回は、おお、Lord、なんということでしょう、渡部昇一に於けるハマトンを気取るわけじゃありませんが、今日久々に読んでみると心に響くところ、来し方を顧みて頷けるところ多くあり、気附けば付箋でいっぱいになっていました。これでも自重したつもりなのですが……いやはやなんとも。因みにそのあと読み返してみて、ここはいらないかな、と思い直して外した付箋は2枚か3枚に過ぎませんでした。
 道を踏み外しかけたこと幾度ありと雖も、そのたびわたくしを本道に立ち帰らせたのは、父への感謝と尊敬と母の涙と愛、そうしてチェスターフィールドの言葉でありました。このたび突貫作業ながら読み直して、ああこの文章が自分のなかへ染みこんでいて、無意識に己の行動の指針になっていたのだな、と思う言葉に再会できたのは、とても良い経験であった──
 たとえば第2章。<「潔く生きる」ことの心がけ>に、「君も、良心や名誉に傷をつけることなく、社会のなかで立派にやっていきたかったら、嘘をついたりごまかしたりすることなく、潔く生きるといい」(P35)とある。妬みや羨望から嘘を吐いても、ごまかせるのは始めのうちだけ。言い訳や恥をかくのを恐れて吐いた嘘も、却って自分を傷附けるだけの話。いつか──遅かれ早かれ──自分が最も傷附くことになるのだ。
 わが来し方を振り返ると、それが真実であることを思い知らされます。さまざまな場面で、必要性の有無にかかわらず吐いた嘘は、かならず自分を傷附け、惨めにさせ、人間関係を狭めて悪化させる。悔い改めても後の祭り。心に痛手を残し、その人たちがいるであろう場所を、公共の場であってさえ顔をあげて、胸を張って歩くことができなくなるだけなのです。惨めで、淋しい。そうした意味では、わたくしは<潔く生きる>ことができなった者であります。
 ただ、今後はそのようなことをしないよう、改悛してやり直すことはできる。新しい環境を得て、そこで再び立ちあがる意思と自分を律する強い意思がありさえすれば。二度と同じ過ちは繰り返さない、と固く誓い、それを実行して軽はずみな言動を慎むならば。人はやり直すことができる、悔い改めて自分を良くしてゆくことができる生き物なのであります。咨、また皆と会って、酒を飲んで、笑いあいたいよ。
 付箋を貼った箇所は沢山ある、と先程お話ししたが、なかでも、ドキリ、としたのは第7章のこの一節。曰く、「わたしの長年の経験から言うと、友が多く敵の少ない人がこの世で一番強い。そういう人は恨みを買ったり、ねたまれたりすることがめったにないので、誰よりも早く出世するし、万一落ちぶれるにしても、人々の同情を集めながら、優雅に落ちぶれる」(P172)と。
 わたくしは逆であった──腹を割って話せる友が少なく、そうして自ら作ってできた敵が多い。最悪であります。隠れている敵を見附ける、炙り出す人生なんてないのだ、とわかったときにはもう遅い。いちばん大事にしなくてはならない人たちとの<環>もしくは<和>を、わたくしは自らの狭量から壊して棄てたのだ。もう二度と取り返すことのできない人たちとの思い出は、けっきょく人を苦しめるだけの、一種の枷でしかありません。チェスターフィールドの言葉を、相当な拡大解釈になるやもしれませんが、わたくしはそう捉えるのであります。
 この本の、どこがポイントで、どの章を重点的に読めばいいのか、というのはナンセンスといえましょう。全部を、自分のなかに刷りこませる覚悟で読め。経験から、そうとしか申しあげられません。ただ、それでも敢えて、というならば、そうですね、第8章「自分の『品格』を養う」(P179-204)と、第9章の「1 人生最大の教訓『物腰は柔らかく、意志は強固に』」(P207-213)を挙げましょう。むろん、次回同じことを聞かれたら違う箇所を挙げるかもしれません。要するに、全部読んだら宜しいのではないでしょうか、という結論に辿り着くわけです。えへ。
 最後に。
 この、チェスターフィールドの『わが息子よ、君はどう生きるか』”Letters To His Son”の原書は1774年に刊行されました。いうなれば本書は、今日なお人気の衰えることない<人生論>の原点であり、古典であります。原点である、というのは逆にいえば、ここに<人生論>のすべてが詰まっている、ということであります。すべての類書の出発点でもある。本書で取りあげられる様々な訓戒をどんどん細分化して時代性を加味すれば、書店の棚を賑わせる自己啓発や人生論、マナーや人付き合い、話し方、読書法の本となります。
 サミュエル・スマイルズ『自助論』やデール・カーネギー『人を動かす』、ナポレオン・ヒル『思考は現実化する』などよりもずっと前に書かれたこの本ですが、これなくして果たしてかれらの本の執筆出版、或いは内容の充実などあり得ただろうか、と考えると、ちょっと怖くなってしまいます。
 人生の本格的な始まりにあたって、どんな本を読んだらいいだろうか。もしそう訊かれたら、わたくしは迷うことなく本書をその第一番に推薦します。どんなに良いことが書かれていたとしても、そんな古い時代の本なんて内容的にも現代にはそぐわないですよ。そんな愚見を吐く輩があるなら、その言い分はもっともだ、と譲った上でこういいたい。まずはこの1冊から始めよ、と。書かれている事柄に、時代や国の違いによって価値を減ずる箇所なぞ、本書のどこにもない、と。
 およそ人生論を読む人、書く人は一度はかならず手にして目を通すことになる1冊が、『わが息子よ、君はどう生きるか』。これまでの経験や反省を含めて人生論、修養の本を書きたい、と、じつはずっと願っているのであります。◆


わが息子よ、君はどう生きるか(単行本)

わが息子よ、君はどう生きるか(単行本)

  • 出版社/メーカー: 三笠書房
  • 発売日: 2020/02/04
  • メディア: 単行本




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第2843日目 〈読む本の傾向が変わったとき、その転換点にあって自分に強く影響を与えた本 1/2 ;渡部昇一『続 知的生活の方法』〉 [日々の思い・独り言]

 小説が大好きです。読むのも、書くのも、これに優る愉しみがこの世にあろうとは、とうてい思えません。小説 − 物語をたらふく愉しむことができるなら、どんな境遇に落ちたって構わない……妃の位にもなににかはせむ、と吐露した孝標女に心よりの共鳴を覚えるのも宜なるかな。
 高校を卒業して進学先は推薦入学で決まったのですが、その際に面接なるものがあり、学院事務長と文学部長の2人が相手でした。どんなことを質問されたか、まるで覚えていないが、ただ1つだけ覚えていることがあります。どんな人生を歩みたいですか、なる主旨の質問。正確には記憶していないが、そのときわたくしはこんなことを答えました。曰く、会社に入って出世とかしなくてもいいから生活するに困らないだけの給料をもらって、好きな女性と暮らし、好きな本を読んで、明日の心配をすることなく暮らせればいいです、と。
 顧みてそのときの答えのままに、今日まで人生を歩んできた──と書ければいいのだが、現実は然に非ず。どこがどうとか詳らかに述べる必要はないが、それでも折節<来し方行く末>、そうしてなにより<いま>に思いを馳せるとき、このときの面接の答え以上の欲というか望みが思い浮かばないのです。就職してからはそれゆえに困った場面もありましたが、そんな横道のお話はさておき。
 年齢を重ね、経験を重ねるにつれて、徐々に自分の気持ちが小説から離れてゆくのがわかってしまい、淋しい思いをしています。事実は小説よりも奇なり。むかしからの言葉を信じる気には勿論なれないけれど、さりとて否定するだけの根拠も持ち合わせていない。大方の成人ならば、思い当たる節はあるのでは? もっとも、それでも胸を張って「小説が好きですよ。それ以外のジャンルの本は読む気になりませんね」といってのける羨ましき強者も居られましょう。ただ、わたくしはそちらに真より与することができない者なのです。
 ここでいう<小説>が今日の、所謂エンターテインメント小説、ジャンル小説であることは、遅ればせながら申し述べておきます。
 小説から離れた心が向かった先は、修養書とでもいうべき書物でした。修養書、というても漠然としますが、わたくしは単純に、人を成長させるに益する本の称、と考えております。自己啓発といえば今風なのでしょうが、わたくしのいう修養書には偉人の伝記や立志伝、パブリック・スピーキングやマナー、道徳なども含まれてきますので、敢えて中身の薄っぺらい、自ずと尊大の傾向過多となりがちな「自己啓発」なるジャンルとは線を引くことといたします。

 転機になったのは、高校3年になる年の春休みに読んだ本と、進学した後に亡父より与えられた1冊の本でした。
 前者は、渡部昇一の『続 知的生活の方法』(講談社現代新書)。これまでもさんざん挙げた本なので恐縮ですが、これを抜きにしてはどうしても話が画竜点睛を欠きますゆえ、またか、と思われるかもしれませんがご寛恕の程願いたく。
 『続 知的生活の方法』は、横浜駅東口の地下街、ポルタにあった丸善で買った。1989年2月の終わり。
 どうして当時縁薄かった新書コーナー(というても、棚3列程度のもので、岩波新書・中公新書・講談社現代新書、その3レーベルぐらいしか幅を効かせていなかった時代である。隅っこには群小レーベルがまとめられていたかもしれません)で足を止め、特に講談社現代新書の背表紙を目で追っていたのか。そのなかでも渡部昇一の本に手を伸ばしたのはなぜなのか。わからない。呼ばれている気がした、素直に手を伸ばしてみた、としか言い様がありません。
 手垢で汚れて、すっかりくたびれた『続 知的生活の方法』を、いま書架から持ってきているのですが、開いてみると、渡部がスコットランドにあるウォルター・スコットの書斎を訪ねたときのことやスコットの生活に範を仰いだ知的生活の要旨にまず惹かれるところ大で、次いで自分のライブラリーを作りあげてゆく、という記述に感心して、その本をレジへ運んだと思しい。
 『知的生活の方法』よりも『続 知的生活の方法』を先に買い、読んだのは、単純に前作が棚になかったか、単に『続 知的生活の方法』に惹かれるところが大きかったか、或いは単なる見落としもしくは存在を知らなかったか(え?)。定かではない。
 とまれ、帰りの電車のなかで読み始め、寝食を忘れて読み耽り、一両日中に読了。たった1冊で渡部昇一シンパとなり、以後『知的生活の方法』に始まり、講談社学術文庫に入る『教養の伝統について』『「人間らしさ」の構造』を購い、古本屋で偶然見附けた『クオリティ・ライフの発想―ダチョウ型人間からワシ型人間へ』と『知的風景の中の女性』(いずれも講談社文庫)を買ったがために、帰りの電車賃がなくなり保土ケ谷から横浜まで国道1号線を歩き通すはめになったなど、その年はまさしくわたくしにとって渡部昇一イヤーであると共に、小説以外に読書の情熱を傾けられる本/著者を(自分の力で)見附けた、まさしくメモリアルな1年となったのでありました。
 訳書についてもかれの訳したハマトンの単行本3冊(『知的生活』『知的人間関係』『幸福論』)を、古本屋をまわって苦労して買い集めました。読んですぐに、内容がよくわかった、とはならぬものでしたがその後何年にもわたって、手にするのは時々なれど、飽きることなく読み続けることをしたお陰でか、なんとなくわかるな、というぐらいにはなった。それだけでも自分では満足でした。
 渡部訳の修養書となると他にも、ウェイン・ダイアーという人の本からも多少なりと影響は受けているはずですが、そこで得た修養が果たしてどれだけ己の血となり肉となったか考えると、正直なところ自信はまるでありません。為、これについて述べて深入りするのは止めておきます(自分でも話がどのように展開してゆくか、皆目見当が付きませんのでね。でも、そのうち「感想」という形でその一端をお伝えすることはあるかもしれません)。
 その後、幾つもの渡部昇一の本を読み続けてゆくことで、ハマトンやダイアーのみならずヒルティを知り、フランクリンの自伝に手を伸ばし、幸田露伴や本多静六の本を見附けてわからぬながらもとりあえず勢いに任せて丸ごかしに読み倒し、ヒュームの文庫を古本屋で手に入れてその論旨の明快さと文章のわかりやすさに驚倒したり、佐々木邦の小説を買って存分に楽しみ、また『知的生活の方法』を精読して自分の学問の方向性や能動的知的生活の仕方について考えることしばしばであったり、まぁ、渡部昇一の本、就中『続 知的生活の方法』に出会うことなかりせば、至極ツマラヌありきたりな読書を続け、フィクション以外の文章を書くこともなかったであろうこと、そうして文章を書き続けることもなかったろうこと、容易に想像できて身震いするのであります──。
 ──これが、高校3年になる年の春休みに読んだ本のことであります。或る意味でわたくしのすべてが、殆どすべてがこの1冊から始まっているように思えます。この1冊こそが、恩書のなかの恩書なのであります。

 亡父より与えられて、これが転機となった本のあることは、先程述べた通りであります。
 これもまた『続 知的生活の方法』と同様、手にするごとに読み耽って己を鍛えるに益あり、その後も1年に1度は必ず読み返す本なのですが、この本についてはまた明日にお話しさせていただこうと思います。
 紙幅が尽きた? いえ、いえ。そんなことではありません。もうすぐ月曜日の午前1時、CSで観たい映画が始まるのです。わたくしにとっては読書したり文章を書くと同じぐらい、大事なことであります。
 ただ、著者と書名は挙げておきます。読者諸兄へのせめてもの礼儀でしょう。それは、チェスターフィールド著竹内均訳『わが息子よ、君はどう生きるか』(三笠書房)であります。
 それでは、またあした。◆


知的生活の方法〈続〉 (1979年) (講談社現代新書)

知的生活の方法〈続〉 (1979年) (講談社現代新書)

  • 作者: 渡部 昇一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/02/03
  • メディア: 新書




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第2842日目 〈10億円の使い道。〉 [日々の思い・独り言]

 約半月ぶりに新宿で友どちとの食事(と、当然、酒)を楽しんだのですが、会話が途切れた瞬間を狙ったように、後ろの席からこんな問いかけが聞こえてきました。むろん、その卓に坐る人たちはこちらと無関係、そのあとかかわることもなかったのですが、件の質問にはこちらもつい、考えこんでしまったのです。曰く、──
 「10億円あったら、どうする? 使い道を10個あげてくれ。但し、『貯金』という答えはなし。貯金にはiDeCoやNISA、投資積立も含む」
と。
 いちばんありがちな回答である、貯金、が封じられているのが、ミソといえましょう。さて、あなたはどうする?
 しばらく会話らしい会話は、われらの間になかった。口では種々語っていても、胸の内では10億円の使い道について、あれやこれやと思案しているに違いない。貯金が駄目、ということは逆にいえば、10億全額を使い切る勢いで、使途をあげてゆかなくてはならない、ということでもある。
 結論を話せば、お互いに10億円を使い切ることはできず、またその使途も、なんともいえずありふれて、つまらぬものでありました。友どちはともかく、わたくしが答えた内容は以下の通り、──
  1;収益用物件を複数棟(戸)購入する
  2;居住用住宅を購入する(書庫附き)
  3;現在返済中の事業者用ローンを完済する
  4;国内外企業の株式を最低1000株、購入する
  5;外国債券を購入する
  6;難聴者のための支援活動を行うための活動資金にする
  7;がん患者のための支援活動を行うための活動資金にする
  8;火事によって家族や住宅をなくした人たちへの援助活動のための資金とする
  9;特定の市区の長選選挙に出馬する
と、こんな感じでありました。
 10個目はどう考えても、ひねり出すことができませんでした。精々が100万円までの使い道であれば、いろいろ思い浮かぶのですが、もっと大きな額で、となると、難しい質問です。
 
上は常々考えていることをあげたに過ぎませんが、優先順位はこれといって決めていません。また、細かな点を詰めているわけでも、ない。スペースを食うのを喜びながら上を優先順位の高い順番から並べ直すと、こんな風になりましょうか。曰く、──
  1;現在返済中の事業者用ローンを完済する
  2;収益用物件を複数棟(戸)購入する
  3;国内外企業の株式を最低1000株、購入する
  4;国内外の国債社債を購入する
  5;火事によって家族や住宅をなくした人たちへの援助活動のための資金とする
  6;難聴者のための支援活動を行うための活動資金にする
  7;がん患者のための支援活動を行うための活動資金にする
  8;居住用住宅を購入する(書庫附き)
  9;特定の市区の長選選挙に出馬する
と。

 まずはネックになっていることを解決する。これが1番目、なににもまして優先して解決すべき事象ゆえ、ここに置きました。負債をなくさずして、今後の収益活動はあり得ぬでしょう。

 収益用物件については以前から心中密かに企んでいたことを、これを契機と実行したいのであります。元手が大きいのでこれまでは夢にしか考えられなかった新築アパート/マンション1棟を現金購入して、今後の活動の礎としたい。築年数はせめて5年以内が許容範囲かしら。購入してすぐ出口戦略を検討・実行しなくてはならない、というのはちょっとなぁ。
 それでもまだまだ十分に軍資金はある。複数棟というのは、不動産投資を続けてゆくならば、最低でも5棟2戸のオーナーになる、そうして家賃収入、管理費別で1億1,000万円を実現させたいと思い、試算してみた結果を反映させている。但し、これは昨年夏の試算結果なので、現在とは多少の差異が生じるだろう。やむなきことである。いずれにせよ、収益用物件が1つだけ、というのでは、有事の際の補償にはなりますまい。

 3と4、株式と債券はお金の使い道としては当たり前の方法、運用といえましょうため、割愛。

 5,6,7,名目は異なっていてもいずれも活動資金という点では同じ。わたくしはいまから15年程前、自宅を火事で失い、同時に父を亡くしました。まだ父は若く、会社を定年退職して日が浅かった。茫然自失としているときであっても、前に踏み出すために背を押してくれたり、支えてくれたのは、周囲の人たちでした。
 自宅再建、生き残った家族のケアをしてゆく過程で、自分と同じ境遇の人たちがこの国にはたくさんおり、様々な支援活動が行われているのを知りました。が、それは大概事後のことであることが多く、住む場所が決まり、仕事が見附かるまでの当面の生活の支援に関しては、地域の人たちの温情の他には行政を頼りにする以外にありません。
 詳細を述べるのは控えますが、この場合、即応性のある支援機関があればとてもありがたいのです。すくなくともわたくしはその人たちのために、電気ガス水道が整い、あたたかい布団があり、あたたかい風呂に浸かったり洗濯ができたりする、そうしてこれからのことをゆっくり考えられる場所があることは、とてもたいせつなのです。買い物ができるスーパーや郵便局、金融機関、公共の交通機関がそれ程離れていない場所にあれば、残された人たちは当面やらなくてはならないことに専念できます。
 悲しみや苦しみが癒えることは、ない。それはわたくし自身もよく知っています。骨身に染みてわかります。が、衣食住が足りていさえすれば、故人を悼むこともできなければ、生活を立て直すメドすら立たない。最低限の生活が保障されているといないとでは、まるで違うのです。わたくしはそうした人たちのために、セーフティハウスを設け、個人的な生活相談や就業相談、或いはその援助を行いたい。収益用物件の所有は、維持費の確保も含めてその活動のためのベースにもなると思うています。

 わたくしの、これも経験ですが、6と7ですね、自分が病気をしたり、家族が病気になると、働き続けること、就職することの難しくなるケースが、残念ながらあります。自身の通院、或いは家族の通院に付き添う、というのは、往々にして欠勤を意味しますから、上司や面接担当者はけっしていい顔はしない。言葉や表情は親切でも、実際のところは否定的であります。
 そうして大概の場合、かれらは病気についての知識を持ち合わせぬし、どういう病気なのか、どのようなケアや治療が必要で、事後の生活についてどのよう注意が(自身では)必要なのか、そういった事柄を知ろうとしない。聞きかじった程度の知識を絶対的正とし、思いこみや偏見に基づいて人事評価を行い、そうして当人のヒアリングを行っても形式的なものでしかない。
 ちょっと余談になりますが、或る日、家族の者に付き添って病院へ行きました。その日、わたくしは欠勤の連絡を会社に入れています。診察から結果が出るまで、半日が必要でした。件の家族は病室で休んでいます。わたくしは病院側に確認を取った上で、ちょっと近くの図書館に本を返しに行き、家族から頼まれていた買い物をし、まだ時間があるのでカフェで時間を潰していました。そうして夕方、病院へ戻って診察結果を聞いたわけですが、一人で外出していたどこかの時点での姿を、どうやら会社の上司が目撃していた様子なのです。
 運が悪かった、というべきかわかりませんが、以来わたくしに対する会社側の目は変わりましたね。その件について事実確認のために呼び出されたりしたのであれば良かったのでしょうが、結局相手の思いこみによって人事評価は下がりに下がり、まぁいろいろなこともあり、年度の切り替え時期に6年以上勤めた会社を退職となりました。これまで自分がやってきたことのすべてが無にされた気分です。
 ちなみにこの思いこみによる馬鹿げた評価はいまも根深く蔓延っており、もはや事実を述べ立てる機会も永遠に奪われて今日に至っております。もっとひどいことに、それはかつての同僚間にも広められ、かれらと連絡を取ることも再会することもできなくなりました。口惜しい限りであります。これは、銀座の話であって、横浜の話ではない。
 6の話の領域に入りますが、横浜時代のかつての上司にこんな輩がおりました。異動した年の11月に一同で集まる機会があったのですがその席で、いまは多摩センターにいる一時はマネージャーになるもすぐに降格されたSVの発言です、「耳悪くして聞こえなくなったなら、さっさと会社辞めろよ、役に立たない人なんてお払い箱だ」と。どれだけ酒の席での発言とはいえ、許されることであるとは思えません。周りにいた”ちゃん”という女性管理者と、当時は既に別事業所に移っていた丸太のような管理者も、「そうだ、そうだ」を同調したのには、もはやこの連衆ともこれまで、と思いましたね。

 さて、そんなことはともかく、本題に戻りましょう。

6と7についても、自分の経験であります。軟調になると仕事の上だけでなく、生活してゆくに困難な状況が生まれます。それまで当たり前のように行えていたコミュニケーションに支障が生じるようになる。わたくしは自分の経験──困ったりしたことを踏まえて、難聴、メニエール病、難聴とはいわぬまでも著しく聴力を落として困惑している人たちに、手を差し伸べたい。そんな人たちに対してできることをしてゆきたい。
 有川浩が自作のなかで登場人物にいわせたように、「聴覚障害って、唯一のコミュニケーション障害でもあるんですよ」(『レインツリーの国』P113 新潮文庫 2006/07)
 この言葉の重さ、とく噛みしめてほしい。外の世界にもう1度触れるきっかけをもたらし、かかわってゆく手助けになれればいい。そう考えての、活動支援云々のお話。

 がん患者のための支援活動についても同じような風に考えています。家族の誰ががんに罹っても、つらいし、苦しいし、感情の持って行き場がなくなることに変わりはありません。当人もつらいし、家族もつらい。けっして不安は尽きない。時に気持ちが不安に押しつぶされそうになり、叫んだりあたったりしたくなる。よくわかる、自分もそうだったから。家族ががんに罹って、幸い手術の経過は良好だが、やはり年齢が年齢だけに、いつ何時……と不安になる。
 この場合の支援とは、火事のときと違ってもう手術後にしか、殆どできることはないように思います。むろん、見守る家族の方々が一緒にいるならば、という前提ですが。いない場合は、逆にできることは凄まじく増える。手術に備えての投薬や健康管理、規則的な食事と生活など、やるべきこと守るべきことは山積みになりますからね。一緒に住む人が誰もいない、或いは相談や不安を口にする相手に書く人がこれをやるのは、心理的に相当な負担がある。そうした人たちを補助することができます。
 術後は、大きな病院では開催されていますが、がん患者同士のお話会、その家族たちのお話会の運営にかかわって、人々の気持ちを少しでも軽くさせてあげられることができれば、どれだけお金を使っても良いのではないでしょうか。
 もし他にできることがあるとすれば、そうした人たちのためのコミュニティを設けること、泊まり込みで看病する家族のための住戸を病院近くに用意すること、がんに限らず末期の人たちが希望するなら入居できる小綺麗なアパートを用意して使ってもらうこと、でしょうか。

 考えていても書いていても、つらくなってきますが、自分にできることはしたいのです。それが、わたくしのような者を産み育ててくれた両親そうしてけんかしながらも一応仲良く育ってきた兄、これまでわたくしを育てて支えてくれた人たちへの報恩です。受けた恩を世のために還元したいのです。そんなことを考えていたら、例の10億円の使い道、上記のようになりました。

 長くなりましたが、いまの自分の気持ちを書きました。ご寛恕願えれば幸いです。◆

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第2841日目 〈記憶のなかにしかいない人。〉 [日々の思い・独り言]

 「いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬがすぐれてときめき給ふありけり。はじめより、われはと思ひあがり給へる御方々、めざましきものに貶め嫉み給ふ。」
 かつてそういう人に出逢った。鶏群の一鶴、もっと言葉を悪くすれば、掃き溜めに鶴。本人でなくても心当たりのある衆には、反駁の一言でも投げつけたい気分かもしれない。
 本の整理をしているとき、ふと思い出してしまったのだ。記憶の泉の底から、よみがえってきた過去の亡霊もといその御姿は、あれからずいぶんと<時>が経ついまでもかわいらしく、美しく、凜としている。
 どんな拍子に、その人の本好きを知ったのか、覚えていない。深入りのきっかけが有川浩『図書館戦争』シリーズであったことは、間違いないのだが──。映画化の報が公にされる少し前のことであろうから、うぅん、もうどれぐらい前のお話になるのやら。
 その人が読むのは専ら小説であったけれど、こちらとはテリトリーのかぶることが殆どなかったので、ずいぶんと教えてもらう作家や作品が多かったね。とはいえ、こちらがそれらを好きになれるかどうかは別問題である。
 乱歩をまとめて読んでみる気になったのは、どう考えてもこの人の導きあればこそだ。薄暗がりのなかで、「芋虫」の話が始まり、あなたも是非読んでみるとよいですよ、とくすぐるように囁かれては、ねぇ・・・・・・。もうノックダウンですよ、その人の審美眼にも乱歩にも。そのあと立て続けに乱歩を読み、一息入れたついでにガソリンがなくなって爾来4年ぐらいかな、放置して、いま再び向かう機運になりかけているのは、多分ここでも何度か鉄板ネタのように飽きられようと構わず、いい続けたことである。
 それから旬日経ぬ時分に、かの人はわれら皆の前から姿を消した。飄然と、何処へともなく静かに、黙して、残り香も見事に消し去って、時の流れの果てに去った。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。
 それからというもの、小説を読んでもつまらなくなった。面白い読み物がなくなってしまったのではなく、読んだものについてわずかであっても話す相手のいなくなったことが、どこへとも知れず発展してゆく会話を楽しめなくなったのが、つまらなくなったのである。
 その人去りしあとの<場>に、代わりとなる存在はどこにもなく、空白を埋めるようにFacebookやTwitterで読んだ本のことなど投稿してみても、丁々発止のやりとりがあるわけもなければ、こちらを刺激してくれるような反応が常時期待できるわけでも当然、ない。所詮は双方向の交流ではないのだ。やはり読書について語り合うは、生身の人間と対面して行うに限る。それに気がついたら、始めた頃のような熱心さは、霧消してしまった。
 消息不明のかの人とは会えば勿論のこと、LINEでも、どうでもいい会話や本のことを話していた。かつての同僚たちとのLINEはためいらなく消せても、その人とのLINEだけはどうしても消せない。バックアップは取ってあると雖も、LINEを削除することがどうしてもできないのである。いつか再び繋がる日が来ることを、わたくしは切実に希望している。あなた以上に話していて充実できる相手は、いなかった。
 「いつしかと待ちおはするに、かくたどたどしくして歸り来たれば、すさまじくなかなかなりと思すこと様々にて、人の隠しすゑたるにやあらんと、わが御心の思ひ寄らぬ隈なく、落し置き給へりしならひにとぞ。」◆

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第2840日目 〈たのしみは、“このあと読む本”の入れ替えをしているとき。〉 [日々の思い・独り言]

 楽しみは、なんの予定もない日に朝から本を読むことと、本棚の本を整理しているとき。そんなうれしい回答の主は、中居正広であった。読書人の鏡だ。
 今日、“このあと読む本”の入れ替えをしているとき、この言葉が脳裏に浮かんだのである。本を読む人、積ん読本を溜めている人ならば、およそ共感できるだろう言葉。
 過去に積み残した本を消化する。聞こえはいいが、生来の浮気症が祟った結果でしかない現行の読書マラソンだが、間もなく1つの大きな節目を迎える。──新潮文庫版太宰治作品集、年度中の読了はほぼ確実となった。喜ばしい。が、気を抜いてはならない。
 次に控えるは、新年度からのドストエフスキーである。わずか2作とはいえ、残ったのが『未成年』と『カラマーゾフの兄弟』だから、ちょっと難儀しそうな予感。されど読み果せれば、宿望成就、数多ある積ん読本もまったく気にならなくなる不思議さ。
 と、ここまではいつもと同じお話でしかない。ちょっと目新しい(と誇大広告)のはこの先だ。
 まぁ、こうしてゆっくり太宰を読んできていると時折、眼差しがそのまわりの作家たちへ向く。またぞろいつもの浮気癖か? 否、こんな理由があるのだ──
 いまを去ること6年と2ヶ月前の2013年12月。実業之日本社文庫が全3冊より成る<無頼派作家の夜>シリーズを刊行した。ん 3 1;織田作之助『夫婦善哉・怖るべき女』、ん 3 2;坂口安吾『堕落論・特攻隊に捧ぐ』、ん 3 3;太宰治『桜桃・雪の夜の話』以上3冊。各巻に文庫初収録の目玉がある。
 つい買いそびれているうちに書店の棚から姿を消してその後、注文することも怠ったまま今日に至っていたが、どうしたわけか、この3冊が別々の店で、同じ日に揃ったのだ。
 その前にも織田作之助短編集『聴雨・蛍』(ちくま文庫)を手に入れたり、坂口安吾『不連続殺人事件』(新潮文庫)を奨められたりしていたこともあり、或る意味で土壌は整っていたというてよいだろう。太宰に私淑した田中英光の文庫(西村賢太編『田中英光傑作選 オリンポスの過日/さようなら他』 角川文庫)を古本屋で、安く買ってきたのも、同じ時分だ。
 このタイミングに否応なく無頼派の作家たちへの関心が一気に高まったのも、致し方ないこと、とわたくしは考える。──寄り道浮気火遊び、言葉はどうあれ、する気になったのは、斯様な偶然が集積したがためのことだ。
 いまを逸したら、次にいつかれらの作物を読むようになるか、わからない。従ってド氏のあとは予定を変更して、無頼派の2人、太宰に私淑した1人の作家を読む。それぞれが1、2冊。記す程の後遺症は残るまい。
 前述の“このあと読む本”の入れ替えをしていたのは、この決定を承けてのことである。
 無頼派をそんな風に済ませたら、花袋→横溝→乱歩→綾辻と消化。そのあとは悠々自適、行き当たりばったり積ん読本消化の生活に入りたい。むろん、そうは問屋も卸すまいと覚悟の上。◆


夫婦善哉・怖るべき女 - 無頼派作家の夜 (実業之日本社文庫)

夫婦善哉・怖るべき女 - 無頼派作家の夜 (実業之日本社文庫)

  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2013/12/05
  • メディア: 文庫



堕落論・特攻隊に捧ぐ - 無頼派作家の夜 (実業之日本社文庫)

堕落論・特攻隊に捧ぐ - 無頼派作家の夜 (実業之日本社文庫)

  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2013/12/05
  • メディア: 文庫



桜桃・雪の夜の話 - 無頼派作家の夜 (実業之日本社文庫)

桜桃・雪の夜の話 - 無頼派作家の夜 (実業之日本社文庫)

  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2013/12/05
  • メディア: 文庫



田中英光傑作選 オリンポスの果実/さようなら 他 (角川文庫)

田中英光傑作選 オリンポスの果実/さようなら 他 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2015/11/25
  • メディア: 文庫




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第2839日目 〈太宰治と松本清張を間違えたあとで、気が付いたこと。〉 [日々の思い・独り言]

 ふだんは太宰治を読み、寝しなの一刻に松本清張を読む。両方とも新潮文庫なものだから、ふとした拍子に混乱してしまうた経験を、今日した。『津軽通信』の感想を昨日ようやっと書いたことで肩の荷が下りてそのままベッドへ潜りこみ、目蓋が重くなってくるまで清張の短編「権妻」を読み、翌る今日からは太宰の『きりぎりす』を読み始めた。途端、幻惑が生じて、こんな錯覚をしたのだ──あれ、いま読んでいるのは松本清張だったっけ? 否、太宰だ。
 われながら可笑しい経験である。題材も作風も文章も、性質を同じうするところなど一つとしてないはずの2人なのに、一瞬と雖も取り違えてしまうとは、はたしてなにゆえぞ。まぁ、すぐに気を取り直して読書を続けて、片道の電車のなかで冒頭の「燈籠」を読み終えたのですが、件の錯乱はなかなか記憶から消えてはくれなかった。
 古本屋で、阿刀田高『松本清張あらかると』(光文社知恵の森文庫)を見附けて、10分近く買うのを悩んだ末にレジへ運んだ。中央公論社が阿刀田高編集『松本清張小説セレクション』全36巻を刊行した際、阿刀田が巻末に添えた解説風エッセイをまとめたのが、本書である由。
 セレクトされた長短編、創作或いはノンフィクションに寄せた阿刀田の視点は、松本清張の小説へようやく取り掛かるようになった自分にはなかなか新鮮で、買ってよかったなぁ、と思うこと頻りな現在なのであるが、特に興味深く読んだのは、姉妹で松本番を担当した2人の元編集者と阿刀田の鼎談だった。創作の舞台裏を潜み見た思いがする一方で、こちらの関心をより惹いたのは、清張と海外ミステリの関わりに触れた箇所。
 ポオが好きだったことは薄々感じられたが、クロフツのように論理を重んじた作家も好んで読んでいたこと、またシムノンは作品に流れるムードゆえあまり好きでなかったらしいことなど、ほう、と思いながら読んでいた。清張の著書に、読書歴を語ってまとめた本があるのか、寡聞にして知らないが、もしあるならば是が非にも読んでみたい。
 これは歴史のifになる話だが、もし清張が『点と線』で新ジャンルを開拓するきっかけを得ず、あのまま歴史小説を書き続けていたらどのような作家になっていたのだろう、と改めて想像を逞しうさせるきっかけにもなったのが、この阿刀田高の好著である。
 さて、先程の錯乱の話だが先程、松本清張のプロフィールをなにげなく眺めていて、おや、と小首を傾げるところがあったので、それを最後にお伝えして本日は筆を擱こう。
 松本清張は、現在の福岡県北九州市に産声をあげた。1909年、つまり明治42年12月21日(火・先勝)のことだ。小首を傾げたのは、その生年である。この年号は、どこかで見た覚えがあるぞ。しかもつい最近だ。
 椅子をくるり、と回転させ、書架に入る本、床に積まれた本を舐めるように見渡して、もしかすると……、と立ちあがり、積まれた本のいちばん上を手にして、表紙を開いた。
 ──やっぱり!!
 なんのことはなかった。明治42/1909年。伊藤博文がハルピンで暗殺されたその年。それは太宰治が生まれた年でもあったのだ。青森県北津軽郡金木村に津島修治は6月19日(土・赤口)、誕生した。
 太宰と清張が同い年……信じられるか。太宰が戦後間もない時分に命を絶ったこと、清張が平成まで存命であったこと、この事実を突き合わせると余計に信じがたく思われるが、揺らぐことなき事実なのである。かけ離れた、とはいわないまでも、およそ接点のなさそうな二人の文学者がいみじくも同年に、この世に生を受けていようとは。
 そうしてこの二人の作品を偶然にもわたくしはいま、なにも知らぬまま並行して読んでいたのだ。驚きは隠せない。「え? 嘘でしょう?」と声をあげてしまい、然る後にカレンダーを点検して、「本当だ」と納得するのだろう。となれば、冒頭で告白した可笑しな経験も、宜なるかな。なんちゃって。
 でも、同じ年に生まれた文学者たちの作品を軒並み検めてみたら、案外著作の底に流れる、【通奏低音】とでもいうべき共通のなにか──<因子>のようなものを発見できるかもしれない。この年に生まれた日本人文学者はかれらの他、大岡昇平(3月6日/土・仏滅)、中島敦(5月5日/水・赤口)、埴谷雄高(12月19日/日・大安)、中里恒子(12月23日/木・先負)などがいる。
 日本人としては史上初めてベルリン・フィルの指揮台に立った作曲家・指揮者の貴志康一(3月31日/水・大安)、『フクちゃん』の作者で横浜市民には崎陽軒の「ひょうちゃん」のキャラクターデザインを担当したことで知られるマンガ家の横山隆一(5月11日/火・赤口)、三島由紀夫の義父としても知られる日本画家の杉山寧(10月20日/水・先負)、映画評論家の淀川長治(4月10日/土・先負)と小森和子(11月11日/木・先勝)、作曲家の古関裕而(8月11日/水・先勝)らも、この年の生まれだ。
 ……なんだか、先勝・先負、そうして赤口が目立つね。◆


松本清張あらかると (光文社知恵の森文庫)

松本清張あらかると (光文社知恵の森文庫)

  • 作者: 阿刀田 高
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2008/06/12
  • メディア: 文庫




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第2838日目 〈太宰治『津軽通信』を読みました。〉 [日々の思い・独り言]

 読了して1週間。残るべきは残り、潰えるものは潰えた、という思いがする──太宰治『津軽通院』(新潮文庫)の記憶のことだ。
 <第二次太宰治読書マラソン>の要ともキモとも思わず、ただ以前のマラソンで読み残していたから、今回のリストへ入っていたに過ぎない1冊だったのに、現在はこのタイミングで読んでしまったことを心底後悔している。あまりに面白かったから。太宰の天賦の才能を見せつけられる思いがしたから。これ程に太宰の文章力に感嘆させられる作品集も、そうなかったから。短編小説の見本市とでもいうべきバラエティ豊かな1冊だったから。──うん、最後に予定している『グッド・バイ』の前かあとに読めばよかったよ。
 好きな作品ばかり、というてもけっして嘘ではない『津軽通信』。そのなかから、これは……! と思う作品を挙げると、「やんぬる哉」「未帰還の友に」「犯人」「酒の追憶」「座興に非ず」あたりになる。そのうちでも殊、記憶にこびりついて離れそうにないのが、前のうちの始めの3編。
 一言二言で感想を述べるなら、──
 「やんぬる哉」は、着の身着のまま、所持品というもの殆どなく焼け野原となった東京から逃げ出してきた疎開者と、腹に一物たくわえてかれらの言動に難クセつける陰湿な田舎人衆のまじわりが地方の閉鎖性を剥き出しにしている。この部分はいわば話中話なのだけれど、本編の語り手もまた生まれ故郷に疎開してきた人であり、件の話を語って聞かせるのは、かれの中学時代の同級で遊んだ記憶のあまりない、町の病院に勤める医師である。
 そうしてこの医師が無邪気ながらも残酷に、執拗に、語り手の空襲体験を話して聞かせろ、とせがむのだ。人の、無自覚な浅ましさと下卑た様を描いて見事というか、醜さを暴いて猥雑というか。さんざん放蕩と新聞沙汰の事件を重ねた太宰が、家族を連れて金木へ疎開しているときの経験が影を落としていよう(太宰が一家を引き連れての疎開は、けっして「放蕩息子の帰還」なんて収まりの良いものではなかったはずだ)。そういえば、田舎人と移住者の構造は、先に「新釈諸国噺」中の「吉野山」にも見られた。あちらは西鶴という原作のためか、ユーモア小説として読めたが、こちらはもっと生々しく、エゴ剥き出しの関係である。
 「未帰還の友に」は、出征した馴染みの友との思い出を語り、内地で過ごす最後の夜の交情を惻惻と綴った作品だ。戦後に発表された諸編のうち<もの哀しさ><余韻の静けさ>という点では何物にも優っている。
 わずかの時間であっても相手を楽しませよう、逃れられぬ憂き事を忘れさせられるよう努めよう、相手のためならばどんな無茶でもしてみせよう。そんな太宰のホスピタリティ精神が伝わってくる。これはもう、サーヴィス精神の発揮というよりも、おもてなしの心である。同じ時期に華々しく復権を報じられた荷風からは、断じて期待できぬ他者への寄り添いの姿だ。
 「未帰還の友に」を読んでいると気のせいか、また感情移入すること過多のためか、太宰の目から零れ落ちる涙を感じてしまう。どんな卑怯な振る舞いをしてでも、友よ、生きて還ってきてくれ。そんな祈りとも願いともつかぬ声を、聞くのである。
 そうして、「犯人」。『津軽通信』のみならず、すくなくとも新潮文庫版太宰治作品集を通じて、異色中の異色。独特の存在感を放つ。安定した職も稼ぎも、蓄えとなるお金もなく、ただ夫婦になりたい恋人だけがある青年が、一瞬の衝動にかられて既に嫁いでいる姉を殺傷、独り逃避行を続けたあと遂に観念して自殺してしまう。
 とてもではないが、小説のなかの出来事と割り切ることができない。青年の心理も行動も、加えてかれが置かれた状況も、わたくしには馴染みあり、もしかすると同じ道を辿っていたかもしれない──身につまされる、といえばそれまでだが、わたくしにはボタン1つ掛け違えただけでじゅうぶんあり得た過去なのだ。身震いがする。心胆寒からしめる小説とは、じつは「犯人」のようなものをいうのではないか。青年が自殺したあと、姉夫婦の様子が報告されるラスト・シーンは、皮肉である。マッケンの『夢の丘』に比してもゆめ劣るものではない。
 ──顧みて、本書に於けるお気に入りは、いずれも戦後に発表された。「やんぬる哉」は「月刊読売」昭和21/1946年3月号、「未帰還の友に」は「潮流」昭和21/1946年5月号、「犯人」は「中央公論」昭和23/1948年1月号に、それぞれ掲載。「やんぬる哉」と「未帰還の友に」は、津軽は金木の生家へ疎開中に、「犯人」は上京して三鷹の家で書かれている。
 細かな心理分析の類はしないけれど、生活の不安や精神の不安定の影は、大なり小なり作品へ反映していよう。この時代の作物程、かれの随筆、また特に書簡を併読しておくと良いものも、わたくしはないと思う。太宰の不安と哀惜、愛惜が露わになっている。
 そうしてもう1つ、嗚呼、と思うのは、「犯人」執筆・発表の時分にはもう、最期を共にする山崎富栄とのまじわりが始まり、ぬかるみへはまりこんでいることだ。即ち、太宰治、本名・津島修治の人生は終わりの時を刻んでいたのである。◆


津軽通信 (新潮文庫)

津軽通信 (新潮文庫)

  • 作者: 太宰 治
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/10
  • メディア: 文庫




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第2837日目 〈ゆき?〉 [日々の思い・独り言]

 関東地方降雪の予報、首都圏交通網の混乱回避のため利用者に注意喚起、みくらさんさんか当日朝惰眠を貪る予定とて布団にくるまることを非難せよてふ喚起あり。
 戯れ言であります。
 昨日は午後から、豊洲と初台に所用あって出掛けておりました。20時頃、甲州街道の歩道をてくてくと、初台駅へ向かっていたのですが、空を見あげればたしかに雪が降ってもおかしくない鉛色の空模様で、雨礫が細かく降りしきっている。にもかかわらず、どうしたわけか大気はあたたかく感じた──暖冬を誠と感じさせるにじゅうぶんな、あたたかさ。
 本当に雪、降るのかな。そう独り言ちつつ駅に着き、東京オペラシティの公演カレンダーを睨みつけるのも飽きたあと、スマホの天気アプリを起動。……北関東は関東平野のど真ん中ではそこそこの勢いで、雪が降り始めた由。あらら、そうなんだ。
 早くも電車に遅れが生じている、と、インターネットのニュース速報は伝える。が、北へ線路を延ばすJRのターミナル駅、或いは日光と赤城への動脈となる私鉄の起点駅のどこにも、「雪が降っているので電車遅れてま〜す! ごめんね〜!!」なんてお知らせは、ない。それは本当に雪なのか、舞台でおなじみ紙吹雪なのでは、と疑いたくなりますが、うぅん、やっぱり雪なんだろうなぁ。
 北海道や関ヶ原周辺地域にお住まいの方々から見て、降雪により交通網混乱、遅延や運休が生じるってどう映っているのだろう。致し方ないのか、脆弱すぎるのか。
 昨今は各鉄道会社もさすがに学んだらしく、あらかじめの計画運休や事前の注意喚起に勤しむようになりました。ちょっと前までの出たとこ勝負的な態度がなくなったのは、利用者として素直に喜ぶべきところであります。
 まぁ、1つの路線に支障あらば並行する他路線また私鉄地下鉄にメガトン級の皺寄せが来るのは、「いやぁ。またですか。どうにかならんものかしらね」と、両肩すくめて首を小さく左右に振り振り、溜め息まじりに、やれやれ、と呟きたくなるのですが、首都圏に住まう限り、首都圏で通勤している限り、避けては通れぬ難儀でありますな。
 大阪に住んでいた知己の話だが、あちらは朝夕のラッシュと雖も首都圏とは雲泥の差であるらしい。そういえば以前、京都に旅行した際、たまたま夕方の帰宅ラッシュに出喰わした。場所が場所ゆえ旅行者の姿もそこにはあるのだが、隣り合わせた京都人カップルの話に曰く;今日はなんだかいつもより混んどるな。そうやな、そういえばこの前東京の支社に行ったとき、夕方の電車に乗ったんやけど、これの何倍も人多くって身動き取れんかったで。ええ、マジで? いややわぁ、東京にはうち住めへんわぁ。──鮮明に記憶している会話であった。当日の京都の電車のなかはそういえば、たしかにこちらの感覚では空いている方やったわ。いやはやなんとも。
 最後に、と或る駅の構内放送で流れた、明朝、電車を使う人たちへのメッセージ。曰く、「明日の通勤時間帯は計画運休等により、電車が動いていない場合もあります。そのような事態に備えて、電車以外の移動方法を、今夜ご帰宅されたあと、お調べしておくことをお勧めいたします。明日の朝は駅員が混雑や電車遅延・運休に伴うお客様対応で大わらわになり、そのようなお問い合わせをされても対応できない場合がございます。何卒皆さまのご協力をお願いいたします」と。
 ……過去になにかあったのか、都営○○線。◆

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第2836日目 〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉3/3 [日々の思い・独り言]

 想定外の延長戦となり、恐縮しております。残り2冊のマンガの回であります。
 今回も長くなってしまいましたこと、あらかじめお詫びしておきます。

 最初に、田辺剛の『クトゥルフの呼び声』(エンターブレイン/KADOKAWA ビームコミック 全1巻)を挙げましょう。一時の熱情は冷めてしまったとはいえ、わたくしは未だにラヴクラフトが大好きです。この人なかりせばいまの自分はあり得ず、10代の精神形成に大きく益あった作家であるのは否めぬ事実。もっとも、その益が有り難きものか悪しきものであるか、その判断は保留するとして。
 先日も、刊行を鶴首した『ラヴクラフトの怪物たち』下巻を買いこんできて、ぱらぱら目繰って神話の神々の名前を目にするたびわくわくして仕方なかったのですが、さて、これを読むことがあるのかなぁ、と一方で疑問に小首を傾げていたのでありました(といいつつ、カール・エドワード・ワグナー「また語りあうために」は買った帰りにパブへ直行して、黒ビール飲みながら読み耽ったのですけれどね)。
 クトゥルー神話のコミカライズというのが果たしてどれだけあるのか、寡聞にして知らないのですが、ラヴクラフト作品のコミカライズであればわたくしが一等最初に思い浮かぶのは──換言すれば、人生ではじめて出会ったラヴクラフトの原作をコミック化した1編ということになりますが──、『ヤングマガジン』1989年4月3日号に読みきり掲載された井上弘一「ピックマンのモデル」が思い浮かびます。原作の醸す禍々しさの表現力や異形の怪物の見せ方の上手さ、一瞬たりとも緊迫感の緩むことなき展開に魅せられて、何度となく読み返したものですが、単行本にまとめられた様子のないのが残念でなりません(あるならどうかお教え願いたい)。切り抜いておいてよかった……。
 その後、PHP研究所からクラシックCOMICSとしてラヴクラフト作品のマンガ化が何冊も刊行されましたが、描き手が統一されておらず、まさしく玉石混淆、むしろ石が目立つシリーズでした。出版社がどのような了見と意図で以て描き手をセレクトしたのか、皆目見当が付かぬ中途半端なシリーズでした。ただ、宮崎陽介という人が『ダンウィッチの怪』『狂気の山脈』『闇にささやく者』『クトゥルフの呼び声』を担当しておりましたが、ラヴクラフトの世界にふしぎとしっくりくる画風であったのを覚えています。
 が、今日ラヴクラフト作品をコミカライズして「この人の右に出る者なし」といえるのは、田辺剛を置いて他にないでしょう。『異次元の色彩』か『狂気の山脈にて』第1巻、どちらかを書店の平台で見附けて躊躇いなく購入したのだったと思いますが一読、脳天にハンマーを喰らったような衝撃を受けて翌る日、件の書店へ出掛けて既刊のコミックスを全点、注文しました。
 ここでは『クトゥルフの呼び声』になりますが、ストーリーは原作に忠実に、されどややアレンジを加えつつ、画風は大胆にして緻密、というところは本作でも健在。描きこみの異様なまでの凄まじさにマンガ家の狂的なまでの愛情と執念、そうしてどこか冷めた眼差しを感じてしまうのです──徹底的に原作を読み返して試行錯誤しなくては、とてもではないが生み出せる代物ではない。
 正直なところ、ラヴクラフトの小説は齢を重ねる程に読んでもイメージしづらくなってきて、自然と手が遠のいてしまっているのですが、田辺剛のお陰で今度は逆に、ラヴクラフトを読んでいると田辺剛の絵が思い浮かんできてしまい、却って想像の翼を自由に羽ばたかせることが難しい……それだけに完璧というてよい、或いは理想的な<ラヴクラフト描き>である証左といえるかもしれませんね。

 3回に分けて連載(?)することになった〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉ですが、掉尾を飾るのは、やはり、さとの『神絵師JKとOL腐女子』(小学館 ヒーローズコミックスふらっと 既刊1巻)以外にあり得ません。何年も前の『フラグタイム』を最後に消息を仄聞することなかったため(こちらの怠慢も原因ですが)、まさか新作が読めるとは思うていなかったので、新刊書店に並んだとほぼ同時に購入、仕事帰りの電車のなかでは早く読みたい気持ちを抑えるのに苦労しました(たぶん、にへらにへらしていたと思いますよ)。その晩、買った、読んだ、のツイートがありますので、まずはそれを並べてみるとします。曰く、
 「「もう新作読めないのかな」と諦めていた漫画家さんの新作! ふらり、と入った書店の平台に、どーん! と積まれてた〜。嬉しくて、涙出ました……。絵もお話も、とっても素敵で愛らしくて、好きなんだぁ。この人の作品。夜更かしして、これから熟読玩味する!」(8:26 2019年6月19日)
 「甘くて心がキュンキュンしますや、この漫画! キュンキュンって我ながらキモいけど、そうとしか言いようがない。読みながらこんなにくすくす笑い、息を呑み、頬をゆるませ、ページを進めては戻りを繰り返し、鼻の下を伸ばし、溜め息ついて、かわいいなぁ、と呟いた事なんて、これまで仲々なかったぁ。」(9:58 2019年6月19日)
 「相沢さんの突き抜けた腐女子っぷりと、ミスミ神の物怖じしない真っ直ぐさが、このお話をより魅力的にしているんだなぁ、きっと。また明日、読み返そう。ところで帯に小さく書かれた、「フラグタイム 2019年11月劇場OVA公開」って……!?」(10:05 2019年6月19日)
 「アグオカ観たい。イガ×トツ読みたい。色々読まされたせいで或る程度BL耐性はついていると思うので、尚更。それにしても、ミスミ神の姓は住田だが、下の名前は何と? どこかに書いてあったっかな? やっぱり今から読み返そう。」(10:33 2019年6月19日)以上。
 それから何日後だったでしょう、病院の帰りに秋葉原へ寄り道、初回特典が欲しいがためにアニメイト、ゲーマーズ、メロンブックスなどまわって荷物をずいぶんと重くしたのは。確かそのとき、穂乃果ちゃんと曜ちゃんのなにかも買ったような気が……と、これは完全なる余談ですね。そのあと、万世と竹むらでお腹をふくらませてぽっくらぽっくら帰宅した、というのはさらなる余談であります。特典欲しさに特定の店舗まで出掛けて購入したのなんて、そのあとは新田恵海の写真集ぐらいですよ。うん。
 昨今、なにかにつけて「尊い」なる讃辞を、特にオタク向け作品で見聞きするようになっていますが、わたくしは頑としてこの言葉を自分の文章で使わない、と決めている。が、殊この作品についてのみ、禁を破って用いるのを良しとすることに。「語彙力!」とは作中でアイさんが何度となく口にする台詞で、わたくしも「尊い」という言葉をこの作品へ手向けるにあたって内心同じことを呟いているのですが、それ以外に一言でこの作品を讃える言葉があるだろうか、と考えると、んんん、ないのですよねぇ。
 登場人物皆々愛おしいのですが、わたくしのお気に入りはアイさんの同僚の吉岡さんです。隣席でオタクモード全開のアイさんを冷静に観察、ときに毒舌を吐き、でも面倒見の良いプラモオタの吉岡さんあってこそ、アイさんのキャラクターが生きてくるのです。
 発売早々から重版がかかり、これまで置かれているのを見なかった書店でもどうかすると目にするようになりました。もっともっと売れて、さと氏が今後も書き続けられる環境が作られてゆくといいですね。『りびんぐでっど!』で知って以来、どうしてこの人がもっと売れないのかなぁ、もっとこの人の作品を読みたいなぁ、とふしぎに思うていた過去を笑い飛ばせる未来の訪れを、わたくしは切に祈ります。
 『神絵師JKとOL腐女子』はヒーローズWebにて第7話まで読むことが可能(コミックスは第5話まで収録)。『フラグタイム』映画化の伴う諸事や出産などで更新は停まっている様子だが、先を急ぐことなくご自身のペースで、このあまりに可愛らしく微笑ましい恋物語を書き進めてほしいものです。
 とはいえ、最新話ではミスミ神への想い募らせてアイさんに「アンタなんかこの人にふさわしくない!」といい放つ少女が登場、今後の波乱を思わせるラストで終わっているだけに新しいエピソードの公開を渇望してしまうのは事実なのだが……けれどアイさん、「たしかにー!」という台詞はアカンでしょ。そうしてさりげなくアイさん相手に壁ドンしているミスミさん。この回に限らずですけれど、この惚気ダダ漏れのカップルの表情、仕草のすべてが可愛らしいですよ。
 最後の余談ですが、いまなにげなく文字数を調べたら、Twitterからの引用があったからという要因はあっても『神絵師JKとOL腐女子』がぶっちぎっていた。なんというか……。まぁ、このマンガが大好きなのだから、仕方ありませんね。

 最後に、昨年読んだマンガのなかで続刊を楽しみにしている作品をご紹介して、本稿を終えるとします。
 1つは清原紘の『十角館の殺人』(講談社 アフタヌーンKC 既刊1巻)、もう1つはみやびあきのの『珈琲をしづかに』(講談社 モーニングKC 既刊1巻)であります。
 前者は、新本格の代表作にして金字塔、このジャンルの開祖、立役者となった綾辻行人のデビュー作、『十角館の殺人』の「コミックリメイク」です。原作者となる綾辻がコミカライズのツイートを投稿すると、たちまち「どうやってコミカライズするんだ?」、「あのトリックをどう表現するんだ?」と、割と短時間のうちにTLへあふれたことでわたくしも存在をしり、おっかなびっくり、『アフタヌーン』誌への初掲載号を銀座の書店で購入して、人目もはばからず仕事帰りの電車のなかでじっくり読み耽ったのですが、これは案外と期待できるぞ、あの一行を表現するための下準備が入念に終わっているならば、途中迷走したりトンデモ方向へ進んでゆくことはあるまい、と溜飲をさげたっけ。
 しかしながら、〈館〉シリーズの準主役というてよい江南孝明が女性に変更、名前も江南あきらとなったことには面喰らった。事前情報でわかっていたとはいえ、実際目にしてみるとさすがに「うーむ……」と戸惑いを隠せぬものであります。
 が、ただでさえ本土側に<華>がないことを考えれば、この変更は大いに歓迎すべきというべきかもしれません。それも踏まえての「コミックリメイク」なのでしょうから。好奇心の旺盛な島田潔と、サークル仲間が合宿先に選んだ角島にまつわる四重連続殺人事件を知ってにんまりしてしまうあきらくんの組み合わせは、『十角館の殺人』に新しい光を当てるものになるかもしれない。引き続き、『アフタヌーン』誌を購読、そうして第2巻の発売を鶴首したく思います。
 (ついでながら『アフタヌーン』誌では現在、青木U平[原作]=よしづきくみち[漫画]=藤島康介[協力]の『ああっ就活の女神さまっ』と、工業高校の合唱部を舞台にした木尾士目の『はしっこアンサンブル』が連載されていて、こちらも楽しみに読んでいます)
 もう1つの『珈琲をしづかに』は題名からご想像いただけるかと思いますが、喫茶店を主舞台にした作品で、喫茶店の女主人に一目惚れした男子高校生のお話。なんとなくわが身に覚えのあるシチュエーションで、当時を思い出させられること時々あって複雑な気分に陥るのですが、本作の女主人は現実の何某と異なって控えめで立ち居振る舞いの凜とした、しづかさんであります。
 コーヒーの知識も得られますよ、なんて類のマンガでは特になく、喫茶店のなかに流れる静かな時間に身を浸して男の子との淡い恋の行方と、女主人の影にあれこれ妄想を逞しくしつつも見守るようにして読めばよい。
 喫茶店を主舞台にしたお気に入りのマンガに、山川直人の『コーヒーもう一杯』や『小さな喫茶店』、或いは小山愛子の『ちろり』がありますが、この『珈琲をしづかに』もそれらに並ぶ作品となるか。どきどきしながら続刊を待ちます。
 ──それにしても、『ラブライブ!サンシャイン!!』の第4巻っていつ出るんでしょうねぇ。永野護でさえ(失礼)ここ数年は連載を休むことなく単行本作業を並行、ちゃんと新刊を出しているというのに……。◆


クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集 (ビームコミックス)

クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集 (ビームコミックス)

  • 作者: 田辺 剛
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/20
  • メディア: コミック



神絵師JKとOL腐女子(1) (ヒーローズコミックス)

神絵師JKとOL腐女子(1) (ヒーローズコミックス)

  • 作者: さと
  • 出版社/メーカー: ヒーローズ
  • 発売日: 2019/06/14
  • メディア: コミック



フラグタイム(1) (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

フラグタイム(1) (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

  • 作者: さと
  • 出版社/メーカー: 秋田書店
  • 発売日: 2014/03/07
  • メディア: コミック



十角館の殺人(1) (アフタヌーンKC)

十角館の殺人(1) (アフタヌーンKC)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: コミック



十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)

  • 作者: 綾辻 行人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/10/16
  • メディア: 文庫



珈琲をしづかに(1) (モーニング KC)

珈琲をしづかに(1) (モーニング KC)

  • 作者: みやび あきの
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/10/23
  • メディア: コミック


コーヒーもう一杯 IV (ビームコミックス)

コーヒーもう一杯 IV (ビームコミックス)

  • 作者: 山川 直人
  • 出版社/メーカー: エンターブレイン
  • 発売日: 2008/03/24
  • メディア: コミック



珈琲色に夜は更けて シリーズ 小さな喫茶店 (ビームコミックス)

珈琲色に夜は更けて シリーズ 小さな喫茶店 (ビームコミックス)

  • 作者: 山川 直人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/エンターブレイン
  • 発売日: 2016/06/25
  • メディア: コミック



ちろり 1 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)

ちろり 1 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)

  • 作者: 小山 愛子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2012/02/10
  • メディア: コミック



ラブライブ!サンシャイン!!(3) (電撃コミックスNEXT)

ラブライブ!サンシャイン!!(3) (電撃コミックスNEXT)

  • 作者: おだ まさる
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/03/24
  • メディア: コミック



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第2835日目 〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉2/3 [日々の思い・独り言]

 1日の間を置いて、昨年読んで良かった本10選の後半とさせていただきます。分割したのは予定の分量を超過したせいもありますが、それにかこつけてどうやって紹介すれば良いのか考えこんでいたためでもありました。むしろ、後者の方がウェイトは大きいかな。前半で取り挙げた5冊にむりやり共通項を見出すとすれば、いわゆる<活字本>であることでしょう。
 現にわたくしの蔵書のおそらく3/4は、この活字本であります(パーセンテージは適当ですが)。活字本の紹介はいままでも行っておりましたので──原稿の出来映えや読者への訴求力はともかくとして──、それ自体になんの抵抗と申しますか、構えるところはないのです。
 が、たとえば<絵>や<写真>を主体とした本の場合、さて、どのように紹介や感想の文章を綴ってゆけばよいものか、はた、と考えこんでそのまま筆を放ってしまうのであります。じつは過去に何度か、書きかけたことはあるのですが、どれもこれも中途で放棄、「格納庫」フォルダに突っこんでそのまま忘却……。
 が、今回ばかりはそうもいっていられません。なぜならば、このたびここに取り挙げる<絵>を主体とした本──つまり、マンガであります──はいずれもわたくしが、昨年出会って握翫するものばかりだからであります。それでは、──

 山崎雫の『恋せよキモノ乙女』(新潮社 バンチコミックス 既刊5巻)を挙げましょう。第3巻が刊行されるにあたって作成された書店用見本を手にしたのが、この作品へ惚れこむきっかけとなりました。読んでいて、心が幸せになります。主人公の恋や転職を応援するばかりでなく、作品全体にゆっくりと流れている時間と、情緒の濃やかさに、いつの間にやら自分が満たされており、幸福を分けてもらっているような気分になるのです。
 どうでも宜しい余談ですが、わたくしは女性の着物姿に弱い男です。わたくしはそうして方言を喋る女性が好きな男です。方言についていえば、やはりわたくしを完璧なまでにノックアウトしてくれるのは、京都弁であります。東男に京女、とはむかしからの定番的組み合わせですが、いまでも連絡を取り合うことのある元カノが京都の老舗の娘であったことも、京都弁にしてやられる要因でありましょうね。良いよね、都の言葉、その裏に隠された感情には触れないとしても。
 とはいえ、本書の主人公、野々村ももは大阪の女性なのである。ここまで京都弁で引っ張ってきたのはなんなんだ、とお叱りを受けそうですが、ここは平にご寛恕願いたく。
 ももは祖母が遺してくれた着物を纏って、休日に街を散歩する。友どちと琵琶湖畔の白鬚神社へお出掛けする。姉に頼まれて大阪へ「森のおはぎ」を買いに行く。母と一緒に和歌山は和歌浦の叔母宅へ、馴れぬ車を運転する。京都市東山区の長楽館で、姉の結婚式に参列して最後にステキな写真を撮る。奈良にある着物屋さんへ転職したももちゃんは通い詰めたくなる喫茶店を見附ける。そうして、京都市中京区の六曜社珈琲店でやがて恋い慕うようになる男性と出会う。
 恋模様は一進一退、最新刊にて気持ちにけじめを付けて新たな世界へ一歩を踏み出した主人公は、とても凜として、居ずまいの綺麗な女性になりました。やはりなにごとかを決意してそれに邁進すると覚悟を固めた女性は、綺麗ですね。
 着物について知ることがなくても、まったく問題はない。その回ごとに纏う着物の感じがもものモノローグで綴られ、話が終わったあとにはコバヤシクミによる「キモノ事始め ◌月の装い」というコラムが用意されている。和装に関しては正直なところ、写真よりもイラストの方がよくわかるところがあります。『恋せよキモノ乙女』は着物に興味はあるけれど、いろいろ種類があったり、コーディネートが難しそうで一歩引けてしまっている女性がいたら、是非にも手にしていただきたい1冊でもあります。
 (前述の元カノ、実家は呉服商なのですが、その業界にいる人たちが「着物の着付けをちゃんと描いているマンガって、はじめて読んだ」なる讃辞を述べているあたりからも、絵の完成度や丁寧さというものが伝わってくるのではないか、と思います)

 次は、さかきしんの『大正の献立 るり子の愛情レシピ』(少年画報社 思い出食堂コミックス 既刊3巻)を挙げましょう。タイトルが示すとおり、大正時代の家庭料理にスポットをあてた作品です。これもたぶん、書店の平台に並んでいたのが気になって、たまたま用意されていた書店用見本がきっかけで買ったものではなかったかしら。
 「趣味は?」と訊かれて「料理と喫茶店めぐり」と答えるのですが、いわゆるグルメの蘊蓄が詰まったマンガは好きではない。家庭料理に焦点を絞った、自分好みのマンガってないものかな、と思うていた矢先に当時新刊であった第3巻に出喰わしたのだ、という覚えがあります。たしかそのときは第3巻だけしかなくて、方々の書店を回って他の巻を集めたのでした。
 資産家の次男坊で小説家な旦那(柳沢総次郎)と鎌倉生まれの料理上手な妻(柳沢るり子)を中心に、隣近所やそれぞれの家族との交流を、ほのぼのとしたタッチで描いてゆく……という粗筋めいたことはつまらないね、止めよう。夫婦の愛情と信頼をまったく厭味にならず、むしろ微笑ましく描かれ、舞台が大正時代と合って表立った表現はしていないが却って絆の強さが際立っているように、わたくしには読めます。
 るり子さんたちと同じぐらい本作の主役を張るのが、この時代のちょっとハイカラな一般家庭の食卓に上った、和洋中の料理の数々。るり子さんは、西洋料理のレシピ本を参考にしてハヤシライスを作ってみる。訪れた編集部の人たちを、鮭のバター焼きマイナイソース添えでもてなす。若くして逝った母との記憶のなかにある料理、例えばちらし寿司を再現する。他にも登場する料理は、サンドウィッチ、しめじの佃煮、筍と蕗のお味噌汁、スコッチエッグ、てまり鮨、ごま豆腐、ポークカツレツ、カニ玉、ワンタン、茶碗蒸し、鯛めし、おやき、フライドテッケン、等々……。
 で、これがじつに美味しそうに描かれているのです。『孤独のグルメ』や『深夜食堂』を指して深夜の飯テロと呼ばれますが、向こうはドラマだからまだ良いと思います。録画していない限り、放送時間帯が決まっていますから(Web配信やCS放送、再放送等を除く)。
 が、『大正の食堂』はマンガです。れっきとした書籍です。その気になればいつだって読めてしまう。つまり四六時中というもの、読者はいつ飯テロされるかわからぬわけです。その気になればすぐ調理へ取り掛かれてしまう家庭料理だけに、その懸念は常に付きまとう。いや、罪な作品であります。
 こっそり告白する必要はないと思いますが、わたくしはこれを献立に詰まったときに繙いて冷蔵庫の中身と相談しつつメニューを決める。じつに重宝しております。つい先日も、これを読んで牛鍋とキャベツの梅和えに決めました。作り方やその過程がしっかりと描かれているからこそ、はじめて作る料理でも問題ありません。
 いやぁ、ホント、レシピ本としては村上信夫『ニッポン人の西洋料理』(光文社知恵の森文庫)と大原照子『英国 家庭の食卓』(中公文庫ビジュアル版)、『NHKテキスト きょうの料理』(ビギナーズ含む)と並んでこの『大正の献立 るり子の愛情レシピ』は役立ってくれています。だから、というわけではないのですが、続きが気になって仕方なく、そうして早く新刊が出ないかな、と期待しているのであります。

 次は、水瀬マユの『むすんでひらいて』(マッグガーデン エデンコミックス 全8巻完結)を挙げましょう。マンガアプリで「GANMA!」というのがありますね。もうかれこれ読者になって5年目を迎えようとしていますが、このアプリの良いところは、毎日、ここでしか読めない連載マンガが幾つもあるところに加えて、既に各社から単行本で出ている作品が途中まで読める点であります。
 後者についていえば、『モンキーピーク』や『ReLIFE』、『中卒労働者から始める高校生活』、現在は『復讐教室』ですが、昨年のいつ頃だったか忘れてしまいましたが、『むすんでひらいて』が期間限定で、途中まで公開された。高校生たちが織り成すオムニバス形式のラブコメですが、ゆるやかにかれら彼女たちの物語が紡がれてゆく。絵がもう自分好みで、すっかり惚れてしまいました。
 作画もシナリオも、コマの取り方も、そうして作品を支配する独特の<間>も、なんだかすべてがツボで、本作の更新が楽しみでなりませんでした。頬を緩ませながら読む作品、ってそう滅多にないのですよね。そんな数少ない作品の1つであったからこそ、もうGANMA! で読めなくなったあとから、ブックオフやヤフオク! などで本作の全巻揃いを探しました。処分する人が少ないのか、なかなかこちらの要望に添う出物はありません。
 じつは本稿を書いているいまも全巻通しで読んだことはいちどもないのです。GANMA! 連載中に取ったスクリーンショットと、数日前に古本屋で買った第8巻(最終刊)があるだけ。が、間もなく全巻揃いの美品が来週中には到着する。そうしたら数日はじっくり、読書に耽ることでありましょう。楽しみでなりません。

 ──と、ここでわたくしは読者諸兄に謝らなくてはなりません。今回で終わりにする予定だった〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉ですが、あと2冊を残して筆を擱かなくてはならなくなったのです。その2冊もマンガです。あしたはそれのご紹介と合わせて、まだ第1巻しか出ていないけれど、今後も継続して追っ掛けようと思うている作品を箇条書きめくかもしれませんが、取り挙げてみようと考えています。◆


恋せよキモノ乙女 1 (BUNCH COMICS)

恋せよキモノ乙女 1 (BUNCH COMICS)

  • 作者: 山崎零
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/01/09
  • メディア: コミック



大正の献立 るり子の愛情レシピ (思い出食堂コミックス)

大正の献立 るり子の愛情レシピ (思い出食堂コミックス)

  • 作者: さかき しん
  • 出版社/メーカー: 少年画報社
  • 発売日: 2017/09/25
  • メディア: コミック



ニッポン人の西洋料理 (知恵の森文庫)

ニッポン人の西洋料理 (知恵の森文庫)

  • 作者: 村上 信夫
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2003/10/02
  • メディア: 文庫



英国家庭の食卓―朝食からアフタヌーンティまで (中公文庫ビジュアル版)

英国家庭の食卓―朝食からアフタヌーンティまで (中公文庫ビジュアル版)

  • 作者: 大原 照子
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/09
  • メディア: 文庫



NHKテキストきょうの料理 2020年 01 月号 [雑誌]

NHKテキストきょうの料理 2020年 01 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2019/12/21
  • メディア: 雑誌



NHKきょうの料理ビギナーズ 2020年 02 月号 [雑誌]

NHKきょうの料理ビギナーズ 2020年 02 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2020/01/21
  • メディア: 雑誌



むすんでひらいて (1)

むすんでひらいて (1)

  • 作者: 水瀬 マユ
  • 出版社/メーカー: マッグガーデン
  • 発売日: 2010/07/14
  • メディア: コミック



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第2834日目 〈”クソ”というなら根拠を示せ。〉 [日々の思い・独り言]

 もう1つのSNSでのこと。読書が趣味で、自称「広範に読み漁り、作家の文章評には一家言を持つ」という人と語らっていた。取り挙げる作家はみな、日本人作家の作品で、ジャンルはミステリ、時代は現代物ばかりである。
 いちどなにかの拍子に、海外の作家や戦前の探偵小説家の作品は読まないのですか、と訊ねたことがある。そこに載せられているのは本の書影と、紹介はあっても裏表紙の粗筋や解説を摘まんでつなげたに過ぎぬ短文。それでも作品のセレクトには一貫した主張のようなものが感じられたので、こちらもちょっと楽しみにしつつかれの投稿を追っていたのだが、ふとした拍子に上述のような訊ねたきことが浮かんだので、ぶつけてみた次第。
 返事に曰く;読まないですよ、なにか読む意味のある作品がありますか、あったら教えてほしいです。文章が大時代的で、風俗も社会習慣も現代とはそぐわないし、登場人物の考え方が古くさくて辛気臭くって、読み通せる作品なんて両手の指使っても余りますよ。ボクには皆、クソに思えているのです。
 ──Amazonのレヴュー欄を読んでいる錯覚に陥りました。
 では、かれのいう「クソ」とはなにか。要するに、自分に合うものは可、合わぬは否、というところか。自ら感性の器を広げるのを怠った挙げ句の自白と、わたくしの目には映った。「愚か」と申しあげるつもりはない。それもまた1つの生き方である。但し、なんと淋しく、哀しい生き方であることか、とは思うけれど。
 むろん、かれが過去に浴びるほど国内外のクラシックスに触れて読み倒し、該博な知識とそれらへの理性的な「一家言」を持った上で、食傷気味となったそれらに三行半をつきつける気持ちで斯様にいうたのならば、こちらも深く首肯してかれの新しい投稿を心待ちにするところだが、そうではないのである。
 その後、かれとのやり取りや投稿を目にする度毎に、件の返事は別に自らの衒学や蓄積を戒めるための方便などではなく、本当に「そのまんま」の意味であったことを知ってしまった。なんと正直かつ肝の坐った人であることか。
 また別の機会に曰く;その作家については、あれも読んだ、これも読んだ、どれも駄目、文章がクソ。買って読むに値せず。お金をドブに棄てるようなもの。此奴の作品を出す出版社も出版社なら、喜んで受け容れるファンもファン。
 ──呆れてしまいました。悪口雑言をまき散らすのは、幼稚園に入る前のお子様方にもできること。文章を書く人なら誰でもご経験あり、ご存知と思うが、文章は人の感情を暴走させるのである。それに悪口というもの、単語を並べれば或る程度の形は整うから、いちばん簡単な「期待を裏切られた」、「自分とは肌が合わなかった」ことを表明する手段なのだ。いみじくも読書家であり、作家の文章評に一家言を持つ、と自称するならば、このあたりのことはわかっていて良さそうなものであるが、どうやらこちらの「期待は裏切られた」らしい。
 これを言外に申しあげたらその御仁、SNSでこちらへのネガティヴ・キャンペーンを図ったようで、知己の人がそれを知らせて運営に報告、さっそくアカウント凍結の憂き目に遭ったと聞く。
 しかし、そうなる前に是非にも貴方には、「クソ」の根拠を示していただきたかった。残念である。◆

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第2833日目 〈平成31/令和元年、読んで良かった本10選。〉1/3 [日々の思い・独り言]

 いや、けっして手抜きではないですよ。都度一生懸命書いています。質の高低はさておき、そのときそのときで全力投球……信じてください。
 とはいえ、第三者の目で見た場合、「手抜き」、「やっつけ仕事」、その場凌ぎ」等々揶揄の声があがること多々なのは、じゅうぶん承知のこと。そこに「ベストを尽くした」、「これ以上のものは現時点では書けそうもない」というフィルターをかけたら、満足できる一編はわずかに数えるほどでしかない。第一ね、そんなこというていたらアンタ、1年の過半が手抜きの原稿になっちゃいますよ。失笑を禁じ得ません。
 ──と、のっけからの弁解詭弁が一段落したところで、昨年読んで「ああ良かったな、これは処分せずにずっと持っていよう」と思う本、ベスト10であります。
 何年も前からこのテーマで書いてみたかったのが、いまになってようやく書き、お披露目するのは単に内々の事情に起因するとことで、敢えて公にする必要はないでしょう。これよりも優先して書きたいことが山積みだったため、後回しにしていたらいつの間にやら時機を逸していた、というだけのお話なのです。ね、つまらない話でしょう?
 ここで取り挙げるのは、あくまで「読んだ本」であって、「刊行された本」と限定はしません。新刊で出た本にそこまでのアタリを求めるのは酷というもの。読んだ本、とした方が、こちらも気が楽だ。但し、ここに「平成31/令和元年にはじめて読んだ本」と括りは設けよう。でないと、再読が半分を占める可能性は否めませんからね。そうして、順位は付けません。
 さて、それでは、始めましょう。幕間狂言ならぬ選書の発表を──

 まず、福永武彦・中村真一郎・丸谷才一による『深夜の読書 ミステリの愉しみ』(創元推理文庫)を挙げましょう。
 小泉喜美子や青柳いづみ子などミステリ小説の実作者でない人のミステリ評論が、好きです。知的遊戯としてのミステリを純粋に、面白がって読み、時に騙されることを喜ぶ人たち──創作論からのアプローチに基本深入りしない人の書くそれは、このジャンルへの愛情と本音にあふれています。それを一流の文学者が試みると、単なる書評の域を超えた読み物となる。
 娯楽読み物としてのミステリ小説をこうまで自分の愉しみとしてのみ読み、奔放自在に思うところを露わにして述べた、品位と茶目を備えた文章を、寡聞にしてわたくしは存じ上げない。
 これからミステリ評論乃至書評を書く人は、必読必須の1冊。されどこれにタメを張ろうとかこれの上をゆこうと思わぬがよろし。なぜなら何気ない文章の背景には、途轍もなく膨大な知識や素養が横たわっているから。これを凌駕するできる才の持ち主が現れることは、もはや期待できまい。

 つぎは松本清張の、『或る「小倉日記」伝』(新潮文庫)を挙げましょう。これはほんとうに、愉しみのためにだけ、暇つぶしのためにだけ読んだ小説。けれど、圧倒されました。心を鷲摑みにされました。身震いしました。居ずまいを正しました。そうして、夢中になりました。読了後、新刊書店を中心に入手浮華なものは古本屋を回って、ずいぶんと買い集めた。とはいえ、読める量なんてたかがしれているから、加えて購書に割ける可処分所得を控えている状況のため、身震いして2ヶ月ばかり経つのに集めたのは、20冊とすこしでしかありません。
 わたくしはこの短編小説集を、秋の深まりゆく頃11日臥せっていた時分、寝つけぬ夜中に専ら読んだ。ちょうど1編を読み終える頃に睡魔が襲ってきて、分量的にちょうど良かった。
 学問に精進するもちょっとした躓きが主人公の運命を苦しいものとする作品が本書には多く、それらいずれにも共感を示したのだが、やはり表題作を屈指の1作と思うのです。涙が止まらぬのだ。己の過去を顧みて、主人公の運命に重ね合わせて、涙にむせんだのであります。もし自分に文学というものがなければ考古学の道に進んでいたかもしれない。それゆえか、いまも博物館めぐりを趣味の1つとするが、その興味をくすぐる好編も本書には収められている。学閥の陰湿さと冷酷さを描いて思いあたる節様々なのですが、それ以上に考古学の知識や大学関係者の心の機微を的確に描いた作者の才能と文才と構成力に脱帽であります。やはり松本清張は<本物>なのですね。
 (『西郷札』を[まだ]読んでいますが、こちらも共感共鳴する作品が幾つもある、傑作短編集の名に恥じぬ1冊。読了予定日不明ですが、そのときは感想文をお披露目したく思うております)

 続いて、丹羽宇一朗の『仕事と心の流儀』(講談社現代新書)と『人間の本性』(幻冬舎新書)を取り挙げます。伊藤忠商事の社長を務めた人の著書を、最近になってよく本屋さんで見掛けるようになりました。単にこれまで自分の意識の外にあっただけかもしれませんが。
 2月か3月、読売新聞朝刊に『仕事と心の流儀』の広告が載っていました。思うところがあったのでしょう、この本はすぐに買って読まなくっちゃ駄目だ。強迫観念みたいなものを覚えました。数日後、ようやく地元の新刊書店で購い、そのまま近くの喫茶店にこもって読み通したのですが、ちょうどその頃<働く>ことに息苦しさを感じていた頃でもあり(いま思えば既に肺癌や聴力のさらなる悪化、その兆候はあったのでしょうね)、自分のなかへ染み通るようにして書かれていることが入ってきました。
 いちばんガツン、と来たのは、「くれない症候群」からぬけだせ、という部分でした。まさに丹羽氏の本を読んでいる頃が、自分のスキルアップを目指して、本心からしたい業務に就きたく異同願いを出しては空しい結果になることが続いていました。当時の上司に対して含むところはまったくありませんが、何度も続くと自分のスキル不足、志望動機の弱さを棚にあげて、「本当にちゃんと先方に伝えてくれているのかな」と不信な思いを心中募らせていた。それがまさしく、「くれない症候群」であったわけです。
 本書の他の部分にありますが、自分の能力を決めるのは自分ではなく他人なのだ、ということをすっかり忘れていたのですね。金銭目当ての仕事ではなく、本心からいま目の前にある仕事を楽しもう、精通しよう、上司に意見できるぐらいになろう、そんな気持ちがなくてはサラリーマンのプロにはなれないのです。よし、心を入れ替えて、いま一度ここでがんばってゆこう、と心に決めた矢先……健康上の理由から、これまで務めたうちで最も愛着あり、ここで一生働いて終わりたい、と思える会社を辞めざるを得なくなったのでした。
 自分語りになってしまいました。退職したあと、単発的に派遣社員や倉庫での軽作業に就きましたが、どれも自分を完全燃焼できる仕事ではありませんでした。人間関係のねちこさに辟易して、うち何人かの顔や声が脳裏にちらつき嫌になって鬱になりますが、それでもそこで生きてゆかなくてはならない、と自分を奮い立たせるために、丹羽氏の本を読んで支えとしていたのです。それらからいっさい解放された秋以後は、それまでと同じ姿勢で読むことはなくなりました。当然のことだと思います。でも、ここに挙げた2冊は勿論、それ以外の氏の本も、恩書としてこれからも何度だって読み返し、生涯の糧とするであろうことは間違いありません。

 最後に、渡部昇一『財運はこうしてつかめ』(致知出版社)を挙げましょう。『私の財産告白』など著した本多静六を検証するに渡部昇一ほど貢献した人はいなかったように思うのですが、本書は如何に本多静六が有数のお金持ちになったか、博士の生涯を辿りながら渡部自身の経験を随所に交えて説いてゆきます。僭越ながらわたくしは数多ある渡部の著書のうちで、本書は最上の仕事の1つというて構わないと思う。
 本多静六が実践してわれらにも提唱する貯蓄方法として有名なのが、「四分の一天引き法」であります。会社勤めで得られる収入の1/4は問答無用で貯金して、残り3/4で万事生活することを断固として実行せよ、然らば財は築かれよう、築かれた財は投資にまわし、得た福はみなに分けよ、と本多博士はいう。
 これは既に渡部のみならず他の人も紹介する、本多流蓄財のキモですが、本書は、生涯を辿るという側面を持つだけあり、お金持ちになったがゆえの同僚からの妬みや投資のポイント、人付き合いの方法、家庭をたいせつにする心身からの態度など、広く博士の本を読んで血肉とした渡部が紹介する本多静六の人間像の、なんと賢く懐深く、愛情細やかで温かみある人か。
 本多静六という不世出の蓄財家、福万家の思想と生涯を説いてこのようにコンパクトかつprofitableな本は、いつでも手に入れられるよう流通されていて然るべきと思うのですが、なかなかそうはゆかぬ実情がなんとも歯がゆく感じます。

 以上、5冊を「読んで良かった本」として挙げました。
 残り5冊は後日とさせていただきます。◆


深夜の散歩 (ミステリの愉しみ) (創元推理文庫)

深夜の散歩 (ミステリの愉しみ) (創元推理文庫)

  • 作者: 福永 武彦
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/10/30
  • メディア: 文庫



深夜の散歩―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA)

深夜の散歩―ミステリの愉しみ (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 福永 武彦
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1997/11
  • メディア: 文庫



或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

  • 作者: 松本 清張
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1965/06/30
  • メディア: 文庫



仕事と心の流儀 (講談社現代新書)

仕事と心の流儀 (講談社現代新書)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/01/17
  • メディア: Kindle版



人間の本性 (幻冬舎新書)

人間の本性 (幻冬舎新書)

  • 作者: 丹羽 宇一郎
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/05/30
  • メディア: 新書



財運はこうしてつかめ―明治の億万長者本多静六 開運と蓄財の秘術 (CHICHI SELECT)

財運はこうしてつかめ―明治の億万長者本多静六 開運と蓄財の秘術 (CHICHI SELECT)

  • 作者: 渡部 昇一
  • 出版社/メーカー: 致知出版社
  • 発売日: 2004/08/01
  • メディア: 単行本



私の財産告白 (実業之日本社文庫)

私の財産告白 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 本多 静六
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2013/05/15
  • メディア: 文庫




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第2832日目2/2 〈やはり自分の考えは間違っていました。Twitter再開します。〉 [日々の思い・独り言]

 なにもいうことはありません。タイトル通りであります。
 アクセス数を見て、劇的な現象に驚きを隠せません。あの分析やアンケートはなんだったのか。
 よって本日2回目の投稿を以て、舌の根の乾かぬ本稿から、ブログ更新通知としてのTwitterを再開します。
 ああ、はずかしい。いやぁ、ほんと、ごめんなさい。◆

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第2832日目1/2 〈封印している本。〉 [日々の思い・独り言]

 残念ながらわが書架に『ネクロノミコン』や『妖蛆の秘密』のような魔道書は並んでいない。
 架蔵していたら、もしかしたら世界征服を実現できるかもしれないが、払われる代償はあまりに大きすぎ、正直なところ、対価にまるで見合っていないと考える。ゆえに所持せぬが正解。封印されているだけの魔道書なんて、ただの場所塞ぎでしかないのだから。
 ではここでいう「封印されている本」とはなにか、といえば、答えは単純で、即ち読むのを避けて、視界に入れず、意識にも上さぬようにしている本を指して、これなむ「封印本」と呼ぶ。
 今度の日曜日、宅配業者が古本屋へ売却する本を引き取りに来る。それの準備を進めているが、今日はその作業と同時進行する形で、書棚の入れ替えも行った──そうして、嗚呼、ルードヴィヒ・プリン、わたくしは長らく封印していた本を、1冊に限らず何冊も目にして、あまつさえ手にしてぱらぱら目繰ってしまったのだ……。
 まぁ、冗談はさておき、秘めたる願望ゆえに敢えて久しく読むのを止めていた文庫を、書棚の一角に見出して、つい、ふらり、と手にしてしばし読み耽ってしまったのだ、というお話です。
 その封印本とはつまり、旅本なのだ。どこかへ行きたい、てふ治療不可に分類される病に罹って久しく、万一宝くじでも当たったら借金完済した後、あてどない旅に出て数日の孤独を愉しんでくるに相違ない。そんなわたくしが旅本を封印するのは、自重せよ、とわが身わが心にいい聞かせんがための荒療治(チト違うか。まぁ、よい)。
 内田百閒の『阿房列車』シリーズ、宮脇俊三の鉄道紀行、沢木耕太郎の『深夜特急』シリーズ。これが封印本だ。読んだら絶対、旅に出たくなる。お金が自由にならぬ現在ならば、別に読んだって構わないよね、というのは間違いだ。株や債権を売却してお金を作り、そのお金を軍資金に時刻表を眺め、新幹線や飛行機の行き先表示を見あげて、よし行くベ、と切符を買って飄然と故郷を去るに違いない。そんな未来が容易く想像できてしまうから、読むのを避けているのだ。
 ではいつ読むの、という話になると思うけれど、……答えは出せそうにない。1つだけ確実にいえるのは、通勤中に読むのがいちばん危険だな、ってことですか。やれやれ、であります。◆

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第2831日目 〈ツイートの整理をしていたら、気が滅入りました。〉 [日々の思い・独り言]

 ブログ更新のお知らせだけでも消したくて、今日は時間あらば粛々と、Twitterの削除作業をしていました。税務署にいるときはiPhoneで、自宅にいるときはiPadで、ひたすら。
 Twitterの利用は2014年4月から。以来昨日まで5,000近くのツイートを、これまでわたくしは投稿していたそうだ。うわぁ、と声にならぬ悲鳴をあげて、天井睨みましたね。この先どれだけの時間を費やすことになるのかしらん、と。そのあと、いまやらなきゃずっとやらない、と腰をあげ、ひたすら削除作業に没頭し──。
 でもね、これだけの数があると、とっても面倒臭いことが1つだけ、生じるんです。なんだと思います?
 それはね、過去になればなるだけ、端末の動きが鈍くなって読みこみも遅くなる、ってことです。殊に2016年のツイートを読みこむのは本当に時間がかかり、削除のボタンを押下しても反応するまで数分。殆どこれ、フリーズに等しいですよ。イライラが募り、退屈しのぎも兼ねて机に積んだ本を流し読み。が、1冊終わろうとしても、未だ画面に新たな反応はみられず、更にイライラを募らせ、また誰に呟くともしれぬ愚痴を吐く。斯様なことありと雖も、閣下、事態に変化なし、とご報告致します。
 けっきょく、削除作業は明日以後に持ち越しとし、いちおう備忘として書けば、作業は2016年7月まで完了した。あと2年分、か。長いな。「ブログ更新通知をすべて消し終えるまで、まだまだ道は長いな」という意味で、長い、というのでは断じてない。「待ち時間が長いな」という意味だ。嗚呼!
 もうちょっとサクサクと進められれば、いいのだけれど……。待ち時間にMacを立ちあげてGoogle先生に、自分のツイートだけを表示させる方法はないか、訊いてみた。「ツイート」は勿論、「ツイートと返信」にはこれまで投稿したツイートのみでなく、誰かのツイートへリプライ、またリツイートや「いいね!」まで、なにかしらのリアクションをしたものが全部表示されてしまうから、時間も容量も喰って非常に障りがあるのです。ところで先生の検索結果だが、果たして有効な解決策は見出せなかった。無念であります。
 そうしてわたくしは、ふたたび粛々と削除作業を再開し、また固まったな、と思うていたらいきなりTLの表示に切り替わったり、或いはTwitterのアプリそのものが落ちたりする。もう、イヤや。
 されどブログ更新通知だけは、(2つの例外を残して)すべて抹消したい。というわけで、しばらくこのむくつけき作業は続くのでありました。◆

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第2830日目 〈最後のTwitter〉 [日々の思い・独り言]

 表題の件、以下のようにお伝え致します。
 本日を以てブログ更新通知としてのTwitterは最後とさせていただきます。為、今後は本に関することを中心に、日常の他愛ないツイートが主となります。
 本ブログは約6年間にわたり、更新通知にTwitterを運用してまいりました。Twitter経由でお越しくださってそのまま固定読者になる方が、月を追うごとに増えてくる様子をアクセス解析等で確認するたび、単純なわたくしは歓喜し、より力を注いで原稿執筆に精を出すようになりました。
 が、読書関係のツイートを始めた昨年6月頃から、伸び悩みといいますか、Twitterから本ブログへ誘導されてくる方がめっきり減少してきたことに気が付きました。これはどういうことだろう? 理由は様々想定できましょう。
 が、考えるにいちばん大きな理由とは、かつてTwitterを経由してお越しくださっていた方々がそのまま固定読者となり、本ブログをブックマークしてくださったからではあるまいか。Twitterを見て更新されたことを知り、そのままsafariなりGoogle Chromeを開いてブックマークした本ブログを閲覧されている──そのままTwitterから飛んだ方が楽ちんであるのは確かです。この方法は手間がかかっている。されど他に「いちばんの理由」と呼ぶべきものが見当たらないのです。
 実際のところ、本稿を執筆すると決めた時点で、Twitterで新たに読者となってくださっている方々のうち、無作為に選び出した40人に不躾ながら事情をご説明の上、アンケートを取ってみました。選出の条件の1つは、直接わたくしと面識のない方。すべては限りなく事実に近い回答を得たいから。すると、うち7割強がツイートの有無にかかわらず、定期的に本ブログをチェックしてくださっていることが判明したのです。うれしかった〜!
 さて、斯様な回答結果が出たことで、わたくしはブログ更新通知にTwitterを使うことを止めることを決めました。役目は果たされたのです。むろん、これが永続的決定事項であるとお伝えするつもりはまったくありません。ただ、これを行うことで過日話題にした、「義理いいね!」を回避することができるのは、この決定の数少ないメリットとわたくしは考えます。
 前述の通り、ブログ更新通知としてのTwitterは本日が最後になりますが、他の話題でツイートすることは継続しますので、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。◆

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