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第0578日目 〈ネヘミヤ記第13章:〈ネヘミヤの改革〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第13章です。

 ネヘ13:1-31〈ネヘミヤの改革〉
 城壁が奉献されたその日、律法の書がエズラによって朗読された。すると、そこに、出エジプトを果たしたイスラエルの民に援助の手を差し伸べなかった科でアンモン人とモアブ人は神の会衆の一員となれない(申23:4-7「あなたは生涯いつまでも彼らの繁栄や幸福を求めてはならない」申23:7)、とあるのに気附いた。
 「人々はこの教えを聞くと、混血の者を皆、イスラエルから切り離した。」(ネヘ13:3)
 ※以上、ネヘ13:1-3は本来ネヘ12に属す記述であり、ネヘ12:47に接続する。

 アルタクセルクセス王の治世第32年、わたしは一時的にエルサレムを離れていた。その間、アンモン人トビヤと縁あった祭司エルヤシブが、トビヤのために大きな祭司室(ネヘ12:44の収納庫である。神殿の庭にあった)を流用し、悪事を働いていた。
 わたしは憤り、その祭司室にあったトビヤ家の祭具をすべて投げ捨て、そこを清め、イスラエルのための祭具と穀物の献げ物と香料を納めた。また、収納庫(と神殿)を見捨てて自分たちの耕地へ逃げ帰っていた役人を責め、レビ人と詠唱者を再び任務に就かせた。
 「わたしは祭司シェレムヤ、書記官ツァドク、レビ人ペダヤに貯蔵室の管理を命じ、マタンヤの孫でザクルの子、ハナンを彼らの助手とした。彼らは忠実な人物とされており、仲間に分配する任務が彼らにゆだねられた。」(ネヘ13:13)

 その頃、エルサレムの城壁の中では安息日にもかかわらず仕事し、商売する者があった。ティルス人もそこには居り、エルサレムの住人相手に商いをしていた。
 わたしは憤り、ユダの貴族を責めた。なぜ安息日を汚し再びイスラエルへ神の怒りを降そうとするのか、と。
 そこでわたしは、安息日の前夜になると城壁の扉を閉じ、安息日が終わるまでその扉を開かせなかった。その日に外から商売のための荷物が運びこまれないようにである。門が閉ざされているので商売人は、城壁の外で夜明かしせざるを得なかった。それは一度ならず何週も続いたが、わたしが戒めるともう来なくなったのである。
 「わたしはレビ人に、身を清めて門を守り、安息日を聖とするように命じた。」(ネヘ13:27)

 その頃、ユダの男子が異民族の娘と結婚しているのを、わたしは知った。夫婦の子供は異民族の言葉を喋り、ユダの言葉を知らなかった。「わたしは彼らを責め、呪い、幾人かを打ち、その毛を引き抜き、神にかけて誓わせた。」(ネヘ13:25)
 わたしは雑婚の罪を犯した彼らを責めた。ユダの純血を汚してはならない、かのソロモン王さえ同じ罪を犯して国を分断させたではないか、と。この大きな罪悪を、わたしも聞かされなくてはならないのか、と。
 わたしは彼らを悔い改めさせた。大祭司エルヤシブの孫でヤダの子の一人が、ホロニ人サンバラトの娘婿となっていたので、わたしは彼を遠くに追放した。

 「わたしの神よ、祭司職を汚し、祭司とレビ人の契約を汚した者のことを覚えていてください。わたしはすべての異民族から彼らを清め、祭司とレビ人に守るべき務めを定め、それぞれの任務に就かせました。また定められた時に薪を奉納し、初物をささげるように定めました。
 わたしの神よ、わたしを御心に留め、お恵みください。」(ネヘ13:31)

 ネヘミヤが果たした数々の宗教改革の成果を報告するのですが、最後の雑婚について、一言だけ。
 ここでのネヘミヤの言葉に我らは、20世紀の某独裁者を否応なく連想します。が、さすがに聖書の世界でもその後のユダヤ教社会でも、斯様まで過激な純血主義は描かれません。もっとも、ユダヤ人によるジェノサイド(大量虐殺)は、次のエステル記に出て参りますけれど……。
 本章を以て約2週間にわたったネヘミヤ記は終わります。



 この前、寝しなにサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(白水社)を読んでいました。追悼とかでなく、単に読みたくなっただけ。
 意識して読み比べたわけではないから、あまり真剣に受けとめられても困るのだが、『ライ麦』に関していえば、野崎孝の翻訳(日本語文章)の方が、作品の世界と相性が良いように思う。気のせいか。
 でもこの感想というか意見(?)、『ライ麦』━━というかサリンジャー初体験が野崎訳であったのが、いちばんの決定的な勝因かもしれない。一方で、野崎訳にあった<危うさ>が村上春樹訳(『キャッチャー・イン・ザ・ライ』)では稀薄に感じられたせいも、ある。しかし、こればっかりはケース・バイ・ケースですから。
 正直なところを告白する。2つの翻訳が既にある現在、初めて『ライ麦』を読む人がいるのを羨ましく思うのであります。まさかねぇ、これの競合訳が登場するなんて思わなかったからなあ。それにしてもサリンジャーの未刊行作品って出て来ないんですかね?◆

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第0577日目 〈ネヘミヤ記第12章:〈帰還した祭司とレビ人の名簿〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第12章です。

 ネヘ12:1-26〈帰還した祭司とレビ人の名簿〉
 ペルシアからの第一次帰還団のなかにいた祭司とレビ人のリスト。

 ○イエシュア時代の祭司長(とその仲間)
  ・セラヤ
  ・イルメヤ
  ・エズラ
  ・アマルヤ
  ・マルク
  ・ハトシュ
  ・シェカンヤ
  ・レフム
  ・メレモト
  ・イド
  ・ギネトイ
  ・アビヤ
  ・ミヤミン
  ・マアドヤ
  ・ビルガ
  ・シェマヤ
  ・ヨヤリブ
  ・エダヤ
  ・サル
  ・アモク
  ・ヒルキヤ
  ・エダヤ      以上22人。
 ○イエシュア時代のレビ人
  ・イエシュア
  ・ビヌイ
  ・カドミエル
  ・シェレブヤ
  ・ユダ
  ・マタンヤ     以上6人が讃歌の責任を負った。
  ※ハクブヤとウンニが仲間と共に、イエシュアたちの前で任務に就いた。

 レビ人イエシュアの系図である。
  イエシュアの子はヨヤキム、
  ヨヤキムの子はエルヤシブ、
  エルヤシブの子はヨヤダ、
  ヨヤダの子はヨナタン、
  ヨナタンの子はヤドア。

 ○イエシュアの子ヨヤキム時代、祭司であり家長であった者
  ・セラヤ家のメラヤ
  ・イルメヤ家のハナンヤ
  ・エズラ家のメシュラム
  ・アマルヤ家のヨナハン
  ・メリク(マルク)家のヨナタン
  ・シェバンヤ家のヨセフ
  ・ハリム家のアドナ
  ・メラヨト家のヘルカイ
  ・イド家のゼカリヤ
  ・ギネトン家のメシュラム
  ・アビヤ家のジクリ
  ・ミンヤミン家(の某)
  ・モアドヤ家のピルタイ
  ・ビルガ家のシャムア
  ・シェマヤ家のヨナタン
  ・ヨヤリブ家のマテナイ
  ・エダヤ家のウジ
  ・サライ家のカライ
  ・アモク家のエベル
  ・ヒルキヤ家のハシャブヤ
  ・エダヤ家のネタンエル    以上21家の21(20)人。

 ヨヤキム家の子孫、即ち前述したエルヤシブからヤドアまでの時代には、レビ人の家長が祭司と共に記録された。そのリストには、ペルシア王ダレイオスの治世まで存命していた者が名を記されている。
 またレビ人の家長は、エルヤシブの子ヨハナン(ヨヤダではなく? ヨハナンなら、孫のヨナタンのことか?)の時代までの者が、年代記に記録されている。

 次のネヘ12:24-25は構文がすっきりしていないので当初は混乱した。いまは適宜手を入れて以下に引用する。従って、新共同訳本文をそのまま引いているわけではない、とご承知置き頂きたい。
 「レビ人の頭はハシャブヤ、シェレブヤ、カドミエルの子イエシュアと、(その前[ハシャブヤたちの前]に立って神の人ダビデが命じたように、交替で賛美と感謝を唱えた仲間たち、)マタンヤ、バクブクヤ、オバドヤ、メシュラム、タルモン、アクブ(の9人)。彼らは城門にある倉庫の警備に当たる門衛たち(でも)ある。」(ネヘ12:24-25)

 「以上の人々は、ヨツァダクの孫でイエシュアの子であるヨヤキムの時代、長官ネヘミヤと祭司であり書記官であるエズラの時代に奉仕した。」(ネヘ12:26)   



 天気のすっきりしない休日、コーヒー豆を買いに行く。
 が、限定コーヒーは既に売り切れ。無念じゃ。代わりに、リントン・マンデリンを200g。
 それにつけても気にかかる、有り明け刻の夢のこと。おぐゆーさん……。◆

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第0576日目 〈ネヘミヤ記第11章:〈エルサレムおよびその他の町と村に住んだ人々〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第11章です。

 ネヘ11:1-36〈エルサレムおよびその他の町と村に住んだ人々〉
 民の長はエルサレムに住んだ。その他の民は10人の内1人が、選ばれてエルサレムに移り住んだ。残りの9人はその1人を祝福した。
 エルサレムに住んだ者は、以下の通りである。
 ユダの一族(子孫)ではアタヤとマアセヤ。「エルサレムに住んだペレツの一族は合計四百六十八人で、勇敢な人物であった。」(ネヘ11:6)
 ベニヤミンの一族(子孫)ではメシュラムの子サル。次にガバイとサライたち928人。彼らの監督はジクリの子ヨエル、(エルサレムの)町の次官はセヌアの子ユダ。
 祭司では、ヨヤリブの子エダヤとヤキン、神殿の主管セラヤ。他に、神殿の努めに携わる者822人。アダヤとその仲間の家長242人。更に彼らの仲間である勇敢な者128人。彼らの監督はハドゲリムの子ザブディエル。
 レビ人では、ハシュブの子シェマヤ。レビ人の頭で神殿の外部の務めに就いていたシャベタイとヨザバド。祈りに於ける讃歌の先唱者マタンヤ。他に、仲間である副主任バクブクヤ、それとシャムアの子アブダ。この聖なる町、即ちエルサレムにいるレビ人の総計は、284人。
 門衛ではアクブとタルモン、他に門を警備する者が172人。
 神殿の使用人たちは、エルサレムのオフェル地区に住んだ。彼らの上司はツィハとギシュパ。
 エルサレムに住まうレビ人の監督は、ウジ。バニの子である。彼は詠唱者アサフの子らの一人だった。この詠唱者に対してはペルシア王の命令が別にあって、日毎に果たすべき役割が決められていた。
 また、メシュザブエルの子ペタフヤが、民に関するあらゆる事柄に関して、ペルシア王を補佐/助言する立場にあった。

 「他のイスラエルの人々、祭司、レビ人は、ユダのすべての町で、それぞれ自分の嗣業を持って住んだ。」(ネヘ11:20)
 村々や耕地について、ユダの一族が住んだのはキルヤト・アルバとその周辺の村落、ベエル・シェバとその周辺の村落、或いはラキシュ、イエシュアなどで(ex:ネヘ11:25-30)、「彼らはベエル・シェバからヒノムの谷までの地に定住した。」(ネヘ11:30)
 一方、ベニヤミンの一族が住んだのは、ベテルとその周辺の村落、ハツォル、ハラシムの谷などであった(ex:ネヘ11:31-35)。「レビ人のうち、ユダにいたある部分は、ベニヤミンに移った。」(ネヘ11:36)

 最後の引用文、「レビ人のうち、ユダにいたある部分は、ベニヤミンに移った」とは文意不明の箇所であります。ちょっと調べてみたのですが、この箇所について疑問を晴らしてくれる本はありませんでした。
 ネヘ7で城壁が完成し、外面的に町としての体裁が整ったエルサレム。今度はそのエルサレムを中心に民の居住地を決定してゆくことで、国(州)としての体裁を整えてゆく様子が描かれます。これをかつて我らはヨシュア記にて12部族への土地配分という形で、先例を見たことがありました。
 但し今回は、エルサレムに住まう者の職務内容にペルシア王が登場するように、ユダは独立国家としての機能を有することは出来ず、あくまでペルシアの属州に過ぎぬことを、ここで我らは改めて認識するのであります。あなめあなめ。



 ぷはあ、同期と呑む酒は、やっぱり美味いぜ! いつもの野毛で、終電前まで。
 でも、小倉さんと呑みたいのだ。
 好きな人と呑む酒。彼女の場合、<好き>という感情は、恐ろしく別次元なのである。
 この人ともう一度逢えるように、僕はいま、仕事をがんばっている。◆

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第0575日目 〈ネヘミヤ記第10章:〈誓約〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第10章です。

 ネヘ10:1-40〈誓約〉
 イスラエルが過去の過ちを告白したあと、彼らは、総督ネヘミヤと祭司、レビ人、民の頭が署名・捺印した誓約書を起草した。
 これは、神の律法の下に集まり、その内容を理解できるすべての者が、「神の僕モーセによって授けられた神の律法に従って歩み、わたしたちの主、主の戒めと法と掟をすべて守り、実行することを誓い、確約するものである。」(ネヘ10:30)
 誓われたのは、以下の事柄である、━━
 ・わたしたちは、異民族と婚姻関係を結ばない。
 ・わたしたちは、安息日を守りこの日に商いをしない。
 ・わたしたちは、7年ごとに大地へ全き安息を与える。
 ・わたしたちは、年間1/3シェケルの納税義務を負う。
 ・わたしたちは、毎年特定の時期に主の祭壇で薪を燃やして奉納する。
 ・わたしたちは、初物と初子を律法の定めに従ってささげる。
 ・わたしたちは、油やぶどう酒などを祭司室へ納める。また、その1/10をレビ人へ納める。

 ここは、改めて出エジプト記やレビ記、申命記を読み直していただきたいです。



 人の目を気にしていたらなにも出来ない。
 人の言葉を気にかけていたら疑心暗鬼になるばかり。
 自分が嫌になって、誰も信用できなくなっちゃうぜ。
 みんな、頑張りすぎずに頑張ろう! これは、堀北真希の至言です。◆

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第0574日目 〈ネヘミヤ記第9章:〈罪の告白〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第9章です。

 ネヘ9:1-37〈罪の告白〉
 同じ第7の月の24日。「イスラエルの血筋の者は異民族との関係を一切断ち、進み出て、自分たちの罪科と先祖の罪悪を告白した。彼らは自分の立場に立ち、その日の四分の一の時間は、彼らの神、主の律法の書を朗読して過ごし、その日の四分の一の時間は、彼らの神、主の前に向かって罪を告白し、ひれ伏していた。」(ネヘ9:2-3)
 そうしてレビ人の代表が神なる主に向かって大きく叫んだ。他のレビ人の代表が先祖の犯した罪を告白して現在の苦境を訴えた。が、32節にわたるこの告白分の最大のキモ(勘ドコロ)は、次の2つの引用文に尽きるというてよい。
 曰く、━━
 「あなたの民の皆が被ったその苦難のすべてを
  取るに足らないことと見捨てないでください。
  このすべては起こるべくして起こったのです。
  あなたは正しく行動されました。
  しかし、わたしたちはあなたに背いてしまいました。」(ネヘ9:32-33)
 「御覧ください、今日
  わたしたちは奴隷にされています。
  先祖に与えられたこの土地
  その実りと恵みを楽しむように
  与えられたこの土地にあって
  御覧ください
  わたしたちは奴隷にされています。
  この土地の豊かな産物も
  あなたがわたしたちの罪のためにお立てになった
  諸国の王のものとなり
  わたしたち自身も、家畜も
  この支配者たちの意のままに
  あしらわれているのです。
  わたしたちは大いなる苦境の中にあるのです。」(ネヘ9:36-37)

 帰還を果たしてもペルシアへ隷属することに変わりはない。
 “苦境”とは、ペルシアに払う税や貢ぎ物など重い負担を指し、かつ自治権はあっても民族国家として独立できないジレンマとフラストレーションが言わせた言葉。
 すなおに読むと、そう受け取られるのであります。



 ぼんやりした頭でディックを読む。なんだかこれが、とっても心地よい。酩酊から覚めかけたとき、ディックはとんでもなく強烈な印象を残すようだ。
 今日読んだ(再読含む)短編では「地図にない町」がいちばん良かった。そういえば、高校生の頃、設定がよく似た小説を書きかけたことがあったなぁ……◆

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第0573日目 〈ネヘミヤ記第8章:〈モーセの律法の朗読〉&〈仮庵祭〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第8章です。

 ネヘ7:72b-8:12〈モーセの律法の朗読〉
 第7の月、民は水の門の前の広場に集まった。彼らは書記官エズラに、モーセの律法の書を持ってくるよう求めた。エズラはそれに応じてモーセの律法の書を持って来、(このために用意された)木の壇に立って、律法の書を朗読した。そこにいた民は皆、朗読を聞いて内容を理解できる程度の年齢に達していた。
 エズラが朗読する律法をレビ人であるイエシュアやバニたちが、自分たちの言語に翻訳して聞かせ、説明し、意味を明らかにしてくれたので、民は皆、律法の内容をことごとく理解することができた。
 総督ネヘミヤと祭司にして書記官エズラは、律法の説明にあたったレビ人たちと共に、いった、━━
 「行って良い肉を食べ、甘い飲み物を飲みなさい。その備えのない者には、それを分け与えてやりなさい。今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」(ネヘ8:10)
 ━━「民は皆、帰って、食べたり、備えのない者と分かち合い、大いに喜び祝った。教えられたことを理解したからである。」(ネヘ8:12)

 ネヘ8:13-18〈仮庵祭〉
 律法の朗読の2日目であった。律法の言葉をより深く理解したい一念から、有志がエズラの家に集まっていた。そのとき、彼らはそこに、第7の月の仮庵祭の記述を見出した。
 捕囚の地から帰還した民から成る会衆は、定められた通りに仮庵を作り、その中で7日間を過ごした。かつて彼らの先祖、出エジプトを果たしてカナンの地を目指した先祖が荒れ野でそうしたようにである。
 「それは、まことに大きな喜びの祝いであった。最初の日から最後の日まで、毎日彼は神の律法の書を朗読し、彼らは七日間にわたって祭りを行い、八日目には定めに従って終わりの集会を行った。」(ネヘ8:17-18)

 律法の翻訳、ということについて一言だけ。エズラはヘブライ語原典を朗読し、レビ人はアラム語に翻訳して、民に聞かせました。つまり、ユダの社会で使用されていた言語は、ペルシア帝国の公用語であったアラム語であったのです。



 浴びるように酒を呑んだ昨夜(から今日の未明)。てくてく6キロ弱の道を歩いて帰宅し、んー、これから出勤のみなさま、申し訳ありません、おいらはいまから寝ます。
 まぁ、今後はこんな事態も(しばらく)あり得ないので、今日ばかりは大目に見ておくんなまし。えへ。◆

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第0572日目 〈ネヘミヤ記第7章:〈城壁の完成と警備〉&〈帰還した捕囚の民〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第7章です。

 ネヘ7:1-3〈城壁の完成と警備〉
 城壁は扉が付けられたことで完成した。門衛と詠唱者、レビ人をそれぞれ配置し、誰よりも誠実で神を畏れる人である要塞の長ハナンヤとその兄弟に、わたしはエルサレムの行政を託した。
 わたしが彼らに命じたのはこうである、━━陽射しが暑くなるまでは扉を閉ざしておくように。彼らが配置につくまで扉を開いてはならない。「エルサレムの住民に守備態勢を取らせ、各自が自分の持ち場と各自が自分の家の前を守るようにせよ。」(ネヘ7:3)

 ネヘ7:4-72a〈帰還した捕囚の民〉
 城壁に囲まれたエルサレムの町は第二神殿を中心に左右へ広がっていた。が、そこに住む民は少なく、建てられた家も(殆ど)なかった。
 わたしは帰還した捕囚の子らを家系に従って登録しようとした。これは、神の指示がわたしの心に及んだためである。折も折、最初に帰還した捕囚の民の名簿が発見された。[この間、約一世紀の歳月が流れている]
 それは、かつて南王国ユダの王ヨヤキムの孫ゼルバベルをリーダー(の一人)として、第1次ユダ/エルサレムへの帰還を果たした捕囚の民の一覧である。
 ゼルバベルの他、帰還者の指導にあたったのは、━━
 ・イエシュア
 ・ネヘムヤ
 ・アザルヤ(※)
 ・ラアムヤ(※)
 ・ナハマニ(※)
 ・モルドカイ
 ・ビルシャン
 ・ミスペレト(※ ミスパル?)
 ・ビグワイ
 ・ネフム(※ レフム?)
 ・バアナ
以上、計12人(エズ2では11人。※はエズ2に登場しない者である。以下、()はエズ2での総計を示す)。
 帰還したイスラエルの男子の数は、パルオシュの一族やベツレヘム、ネトファの男子など総計25,406(24,144)人であった。
 帰還した祭司の一族は、エダヤ即ちイエシュアの一族やイメルの一族など総計4,289(同)人であった。
 帰還したレビ人は、イエシュアとカドミエルの一族など総計74(同)人であった。
 帰還した詠唱者は、アサフの一族148(128)人であった。
 帰還した門衛は、シャルムの一族やアテルの一族など総計138(139)人であった。
 帰還した神殿の使用人の一族は、ツィハやハスファなど32(35)の一族。帰還したソロモンの使用人の一族は、ソタイやソフェレトなど10(同)の一族。両者の一族の総計は392(同)人であった。

 時同じくしてペルシアの各地━━テル・メラ、テル・ハルシャ、ケルブ、アダン(アダン)、イメルからユダ/エルサレムへ帰還した一団もあった。その内、以下の者は、「自分の家族と血筋が、イスラエルに属するかどうか示せなかった」(ネヘ7:61)。
 ・デラトの一族
 ・トビヤの一族
 ・ネコダの一族 その総計642(652)人。
 また祭司の一族のうちで、ホバヤとハコツ、バルジライの一族は、「自分たちの家系の記録を捜したが発見できず、祭司職に就くことを禁じられた。」(ネヘ7:61)
 一方でエルサレムを統治していた総督は、ウリムとトンミムを身につけた祭司が立つまで、捕囚の子らが聖なる食べ物にあずかることを禁じた。

 会衆の総数は、42,360(同)人であった。
 男女の使用人は、7,337(同)人であった。
 男女の詠唱者は、245(200)人であった。
 らくだは435(同)頭、ろばは6,720(同)頭いた(エズ2では他に、馬736頭、らば245頭の記述がある)。

 家長の幾人かは灰燼に帰して崩落した主の神殿(の跡地)に赴き、その地に新たな神殿、いわゆる<第二神殿>を再建するため、それぞれが随意の献げ物をささげた。
 「祭司、レビ人、門衛、詠唱者、民の一部、神殿の使用人、すなわちイスラエル人は皆それぞれ自分たちの町に住んだ。」(ネヘ7:72a)

 エズ2と比較して、人数に微妙な異なりがあるのは、おわかりいただけると思います。



 なんと、もうすぐMJ氏の一周忌なのである。信じられぬ思いでいっぱいだ。
 で、特集番組が様々放送されるが、なかでも必見はWOWOW。
 06月26日に併せて『THIS IS IT』のHV放送の他、あの「GHOST」完全版SFが日本初放送、世界初HV放送される。加えて、単独発売されていないミュンヘン・コンサートも。
 これは是が非でも、この期間だけでも、加入してじっくり観なくては! こんな機会、決してもう二度とない。

 さて。今年のGWもしっかり仕事したぜ! 明日から休み。むはは、満喫してやる。◆

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第0571日目 〈ネヘミヤ記第6章:〈敵の脅迫〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第6章です。

 ネヘ6:1-19〈敵の脅迫〉
 城壁が9割方完成したと聞いたホロニ人サンバラトたちは、言葉巧みにわたしを、オノの谷にあるケフィリムへ誘ったが、その都度わたしはそれを断ったのだった。
 五度目の誘いのとき、彼らの使者の手には開封されたままの手紙があった。そこには、こんな噂が記されていたのである━━ユダは(ペルシアに)反逆を企て、汝ネヘミヤは新たなユダの王になろうとしている、と。この噂は間もなくペルシア王の耳にも入るだろう。だから善後策を相談しよう、と。わたしはその噂はすべて、あなた方サンバラトたちのでっちあげだ、と一蹴した。
 わたしはメヘタブエルの孫にしてデラヤの子シェマヤの家に行った。彼はわたしに偽りの預言をした。彼のホロニ人とアラブ人トビヤに買収されていたのだ。偽りの預言に従えば、彼らはわたしを辱められるからだった。
 さて、城壁は52日を費やしてエルルの月の25日に完成した。「わたしたちのすべての敵がそれを聞くに及んで、わたしたちの周囲にいる諸国の民も皆、恐れを抱き、自らの目に大いに面目を失った。わたしたちの神の助けによってこの工事がなされたのだということを悟ったからである。」(ネヘ6:16)
 その頃、ユダの貴族とアンモン州の長官トビヤの間では、頻繁に手紙のやり取りがされていた。互いに誓約を交わす関係だったからだ。トビヤとユダの貴族には姻戚関係が結ばれていた。やがてトビヤは、わたしに脅迫の手紙を寄越した。

 〈脅迫〉の語は二重の意味を含んでいる、と、おわかりいただけましょうか。むろん深刻なのはトビヤの脅迫の手紙ですが、実はこれ以後、外敵の動静がネヘミヤ記で語られることは殆どありません。フェード・アウトしてゆくのです(!)。
 唯一、ネヘ13:5-9にて、祭司エルヤシブがトビヤのために祭司室を流用した、という事件と、ネヘ13:28にて、エルヤシブのひ孫がサンバラトの娘婿になっていたので(ユダヤ社会から)追放された、という記事がある程度であります。この辺は、ネヘ13にてまた取り挙げることとします。



 仕事帰りのスタバでノートを書いている。以前にもご報告した通りです。が、難点が二つ。不明箇所がある際、帰宅するまで「?」を付けておかねばならぬこと。また、理解がすぐには出来ずにいる箇所あれば、見切り発車でノートを進めなければならぬこと。
 そのために注釈書1冊でも持っていられれば至極便利だろうけれど、そうすると……重くなるんですよねぇ。鞄も代えなくちゃならないし。代えた鞄がロッカーに入るサイズでないとならないし。んー、悩みは連鎖反応を起こして、どんどん増幅してゆきます。◆

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第0570日目 〈ネヘミヤ記第5章:〈民の不正の解消〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第5章です。

 ネヘ5:1-19〈民の不正の解消〉
 ユダの共同体は団結して外敵からの攻撃に備え、城壁の工事を進めた。が、その共同体の内部からは大きな訴えの声があがるようになり、不協和音が響くようになった。
 飢饉に見舞われて穀物が得られぬのに加えて、(ペルシア)王が課している重税に喘ぎ一家離散の危機に直面するユダの民。既に畑やぶどう畑が人手に渡り、子供を奴隷として売るのを余儀なくされた家もあった。
 わたしは憤りを覚えて、貴族や役人を非難した。あなた方は同胞から搾取してばかりではないか、と。「あなたたちの行いはよくない。敵である異邦人に辱められないためにも、神を畏れて生きるはずではないのか。」(ネヘ5:9)
 そこで、あらゆる負債は帳消しにされることとなった。貴族や役人はこれに同意した。わたしは祭司を呼んでこの誓いを守らせ、さらに、衣の折り重ねたところを振って、塵芥を払い落としながら、彼らにいった、━━
 「この約束を守らないものはだれでも、このように神によってその家と財産から離され、振るい落とされるように。このように振るい落とされて無一物となるように。」(ネヘ5:13)

 わたしネヘミヤは、アルタクセルクセス王の治世第20年にユダの長官に任命されて、この地に帰還した。以来、王の治世第32年に至までの間、給与は受け取らなかった。
 (わたしの)前任者とその家来たちの課した重税が、ユダの民の生活を逼迫させ、それが為に城壁工事は彼らに重荷となったからである。
 「神よ、わたしがこの民に尽くしたすべてのことを快く心に留めてください。」(ネヘ5:19)

 食糧自給率の低下、政権の失策と増税に次ぐ増税、未だ払底されぬ不況という、今も昔も代わらぬ問題が旧約聖書の時代にもあったことを、本章が炙り出しています。もっとも、本章のようにあっさりと問題が解決すれば、我々も幾分か気が紛れるのでしょうけれどね……。



 ジャズを聴きながらのドストエフスキーは、結構イケる。アール・クルーとハービー・ハンコックは特にオススメ! 但し、『悪霊』のみの実験なため、全般的な結果でないことはご承知置きを。
 たぶんだが、ドに続けてトルストイの『復活』とショーロホフの『人間の証明』、ソルジェニーツィンの『イワン・デニソーヴィチ』と短編集を読んだら、もうロシア文学には目を向けなくなると思う。例外は『巨匠とマルガリータ』か。
 忌憚なくいって、小説に求めるものが、基本的にこの国の文学(小説)にはない。プロット・叙述・描写・会話はむろん、なによりも<法悦>がない。そんなの、文学かもしらんが、小説では断じてない。
 露文を終えたら、まずはクリスティとウッドハウス、そして、ディケンズ!◆

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第0569日目 〈ネヘミヤ記第4章:〈敵の妨害〉2/2〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第4章です。

 ネヘ4:1-17〈敵の妨害〉2/2
 サンバラトを始めとする敵はエルサレムへ侵入し、混乱させ、工事の中断を謀った。わたしたちは彼らへの警戒を強めたが、一方でユダからも挫けそうになる声が聞かれるようになった。また、敵の攻撃を受けるユダからは嘆願の声があがるようになった。
 そこでわたしは城壁のあちこちに各家庭の戦闘員を配して、警戒を強めたのだった。「敵を恐れるな。偉大にして畏るべき主の御名を唱えて、兄弟のため、息子のため、娘のため、妻のため、家のために戦え。」(ネヘ4:8)
 敵の計略を見破ったわたしたちは、城壁の工事を進める傍ら、日夜武器を携え城壁で警戒にあたるようにした。わたしは、角笛を吹く者をそばに控えさせた。
 「その日からわたしの部下たちは、半分が作業に従事し、他の半分が槍と盾、弓と鎧を身に着け、将校たちがユダの家全体の背後に控えた。」(ネヘ4:10)
 わたしはユダにいった、「わたしたちの神はわたしたちのために戦ってくださる」(ネヘ4:14)と。

 ネヘミヤは実際的で行動の人、しっかりとした行動理念が窺える人物です。祈りの人、祭司にして書記官エズラに欠けた部分を補う(埋める)ような存在です。



 読書ノートはネヘミヤ記を半ばで中断している。由々しき事態だ。蒔き直しを図らねば、ネヘミヤ記とエステル記の間に空白の日が生まれることになりかねない。がんばろう。
 G.W.初の日曜日とあって、みなとみらいはごった返しておる。知ってほしい、ここに来るのは行楽客ばかりではない。ここで働く者もいるのだ、と。だから、道空けて。◆

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第0568日目 〈ネヘミヤ記第3章:〈エルサレムの城壁の修復〉&〈敵の妨害〉1/2〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第3章です。

 ネヘ3:1-32〈エルサレムの城壁の修復〉
 崩れるままになっていたエルサレムの城壁が修復されていった。作業にあたった者たちの名と担当箇所は以下の通りである。
 ○羊の門、ハンメアの塔、ハナンエルの塔まで;
  大祭司エルヤシブとその仲間の祭司たち。
  その傍らでエリコの住民やイムリの子ザクルが修復にあたった。
 ○魚の門;
  ハセナアの子ら。
  その傍らでメレモト、メシュラム、ツァドク、更にテコアの人々が修復にあたった。
 ○古い門;
  パセアの子ヨヤダとベソデヤの子メシュラム。
  その傍らでギブオン出身のメラトヤ、メロノト出身のヤドン、ユーフラテス西方アバル・ナハラ地方を治める総督の管轄下にあるギブオンとミツパの男子たちが、修復にあたった。
 ○広い壁;
  鋳物師ハルハヤの子ウジエルと香料調合師のハナンヤ。
 ○自宅の前の箇所;
  エルサレムの半地区の区長フルの子レファヤと、ハルマフの子エダヤ。
 ○上記の箇所から炉の塔まで;
  ハシャブネヤの子ハトシュとハリムの子マルキヤ、パハト・モアブの子ハシュブ。
  その傍らでエルサレムの半地区の区長ハロヘシュの子シャルムとその娘たちが修復にあたった。
 ○谷の門とそこから糞の門まで1,000アンマの城壁;
  ハヌンとザノアの住民。
 ○糞の門;
  ベト・ケレム地区の区長レカブの子マルキヤ。
 ○泉の門、かつての王の庭園にあるシェラの池の壁、ダビデの町から下ってくる階段;
  ミツパ地区の区長コル・ホゼの子シャルン。

 ここから先しばらくは、城壁が二重構造となる。文中「第二の部分」とは内側の城壁を指す。
 ○ダビデの墓と貯水池、「第二の部分」のなかにある兵舎まで;
  ベト・ツル半地区の区長アズブクの子ネヘムヤ。
 ○城壁の角の武器庫の上り道;
  ミツパの長イエシュアの子エゼル。
 ○城壁の角から大祭司エルヤシブの家の入り口まで;
  ザバイの子バルク。
 ○大祭司エルヤシブの家の入り口から家の端まで;
  ウリヤの子メレモト。
 ○アザルヤの家から城壁の角、城壁の突端まで;
  ヘナダドの子ビヌイ。
 ○城壁の角の前と警護の庭のそばにある塔;
  ウザイの子パラル。
 ○東の水の門の前まで(突き出た塔を含む);
  パルオシュの子ペダヤ。
 ○突き出た塔の前からオフェルの城壁まで;
  テコアの人々。
 馬の門の上からは祭司たちがそれぞれ、自分の家の前の城壁を修復した。
 ベレクヤの子メシュラムが自分の家の収納庫の前の城壁を修復した。
 ○ミフカド(召集、検閲)の門の前にある神殿の使用人と商人の家まで、また城壁の端の階上まで;
 鋳物師マルキヤ。
 ○城壁の突端の階上から羊の門まで;
 鋳物師と商人。

 ネヘ3:33-38〈敵の妨害〉1/2
 サマリア州の長官サンバラトは、エルサレムの城壁修復を快く思わず、仲間の前で我々の作業を嘲った。アンモン州の長官トビヤもそれに同調した。
 わたしは先祖の神に祈った、━━
 「彼らの投げつける侮辱が彼ら自身の頭上に降りかかり、捕らわれの身となって異国で辱めを受けるようにしてください。その悪を赦さず、その罪を御前から消し去らないでください。彼らは再建に励む者を嘲っています。」(ネヘ3:36-37)
 我々は城壁を再建し、半分の高さまで築いた。民は意欲的に働いた。

 〈城壁の修復〉への補足。
 “羊の門”は北側の門、即ち修復箇所は反時計回りで記述されている。因みにこれは、ネヘ2にてネヘミヤが調査した際と同じコースである。
 J.G.マコンヴィルは、地形把握の困難にもかかわらず城壁修復の記述の目的を、①正しいことをしている、という「信念」と、②作業がもたらす団結・連帯の意識を育んだ、という2点である、と指摘します。
 これを承けて、マコンヴィルはこう述べています。「だがこれらは、押しつけられたものではなかった。それぞれが喜んで自分の役割を受け入れており、自分の仕事がいかに全体に貢献するかを理解しているというのが━━戦時中の経験の強烈な記憶が私たちに告げているように━━ここでの主要な印象なのである」(デイリー・スタディー・バイブル『エズラ記・ネヘミヤ記・エステル記』P150 新教出版社)と。
 さんさんかからのお願いは、場所と名前の列挙に音をあげないでね、ということのみ。



 プーさんとクリストファー・ロビンの絆は誰にも断ち切れぬ強固な絆。
 あの黄色いおバカさんなクマはいっていた、「僕たち2人、いつまでも一緒だよ。いつだってキミのそばにいるよ」と。
 そう、そうなんだよね。◆

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第0567日目 〈ネヘミヤ記第2章:〈ネヘミヤのエルサレム旅行〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第2章です。

 ネヘ2:1-20〈ネヘミヤのエルサレム旅行〉
 アルタクセルクセス王の治世第20年のニサンの月、ぶどう酒をさし上げていたわたしの顔色が悪いのに気附いて、王が気遣いの言葉をかけてくださった。わたしは恐縮しつつ、エルサレムの現状を申し上げた。
 「わたしをユダに、先祖の墓のある町にお遣わしください。町を再建したいのでございます。」(ネヘ2:5)
 王と王妃が様々にお心を砕いてくださったので、わたしは県境の関所を自由に通過できる王の書状を携え、首都スサを発ってユーフラテス西方地域を横断し、ユダのエルサレムに帰った。その道程の途上、「ホロニ人サンバラトとアンモン人の僕トビヤは、イスラエルの人々のためになることをしようとする人が遣わされてきたと聞いて、非常に機嫌を損ねた。」(ネヘ2:10)
 ━━エルサレムへ到着して3日間を過ごしたあと、我々は夜陰に紛れて町の城壁と城門を調査した。以前スサで同胞から聞いていたとおりだった。わたしがここへ来た理由はそのとき、まだ誰も知らなかった。
 やがてわたしは、人々にいった、「御覧のとおり、わたしたちは不幸の中であえいでいる。エルサレムは荒廃し、城門は焼け落ちたままだ。エルサレムの城壁を建て直そうではないか。そうすれば、もう恥ずかしいことはない。」(ネヘ2:17)人々は、神がわたしにいってくれた言葉を聞くと奮い立ち、この良い企てに応じた。
 これを、ホロニ人サンバラトとアンモン人の僕トビヤ、そしてアラブ人ゲシェムが嘲った、王に反逆する心算なのか、と。
 否、とわたしはいって、彼らに告げた、━━
 「あなたたちには、エルサレムの中に領分もなければ、それに対する権利も記録もない。」(ネヘ2:20)

 ホロニ人サンバラトはサマリア州の長官、アンモン人(の僕)トビヤはアンモン州の長官。アラブ人ゲシェムはユダ南方で勢力を持った者であった。この3人はこの時代に権勢を握っていたことから、旧約聖書続編などでも名が見られる由。



 映画『シャッター・アイランド』(吹)を観てきました。拙い感想は、『のだめ』同様に「ネヘミヤ記」もしくは「エステル記」が終わったあと、ここでひっそりお目にかけたいと思います。
 来週は、『ソラニン』を観に行きます。いや、最終週なのでね。◆

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第0566日目 〈ネヘミヤ記第1章:〈ネヘミヤの祈り〉〉 [ネヘミヤ記]

 ネヘミヤ記第1章です。

 ネヘ1:1-11〈ネヘミヤの祈り〉
 ハカルヤの子である「わたし」ネヘミヤは、アルタクセルクセス王の治世第20年当時、王の下で献酌官として働いていた。王が口にするものを事前に毒味するのも仕事だったこの献酌官という役は、ペルシア国内にあっては相当高い位にあることをも意味した。
 その年のキスレウの月、わたしの同胞たちがユダからわたしのいるエラムの首都スサへやって来て、エルサレムの現状を教えてくれた。それによれば、破壊された城壁も、焼かれた城門も、まだそのままということであった。
 わたしはこれを嘆き、断食し、天に坐す先祖の神へ祈りを捧げた。
 ━━わたしは、あなたの僕であるすべてのイスラエルのために祈り、あなたに背いた罪を告白します。どうか耳を傾けてください、わたしたちは心からあなたを敬っているのですから。
 「どうか今日、わたしの願いをかなえ、この人の憐れみを受けることができるようにしてください。」(ネヘ1:11)

 エラムはチグリス川とペルシア湾の東岸にあった、アケメネス朝ペルシアの行政区の一つ。現在のイラン回教共和国の南西一帯がそこであります。
 なお、引用文中「この人」は時のペルシア王アルタクセルクセス王を指します。



 『1Q84』全3巻を収めるついでに書架の風通しをよくしよう。そう思い立って、2時間程かけて本を引っ張り出して入れ替える。その途中、処分する本もまとめてみました。
 だいたい30冊程であったが、大半を桜庭一樹が占めた。残したのは3冊のみ。ようやくこのときが来た。二束三文でいいから引き取っておくれ。内容浮薄で下劣な文章が並ぶ小説など、読むに耐えませんわ。タダでも読む気が起こらない、そんな小説が確かにあります、それがわたくしにとっては桜庭の著作である、というだけの話。あなたにはまた別の作家がいるはずだ。
 ほぼ同世代の女性作家で、かつ豊富な読書量を誇る人として、同じ直木賞作家の三浦しをんがいます。でも、その圧倒的な文章力と巧妙な構成力、作品一つ一つの質の維持向上という点でいうなら、おそらく桜庭が三浦嬢を超える作品を物す日は来るまい。
 なによりも桜庭一樹に欠けているのは、文章稼業に身を沈める者なら誰しも持っていなくてはならない能力、即ち文章力の欠落と、言葉のセンスとリズムの欠如である、と指摘しておきましょう。◆

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第0565日目 〈「ネヘミヤ記」前夜〉 [ネヘミヤ記]

 「エズラ記」のあとを承けて、聖書読書ノートは今日から「ネヘミヤ記」に入ります。
 崩れた城壁の再建と律法の書の朗読。これが、「ネヘミヤ記」が取り扱う題材であります。ここに於いて律法は民の知る言葉で語られ、エルサレムは神殿と城壁を備えた町として復活します。そうして最後は、ネヘミヤが果たした宗教改革に触れて締め括られるのです。
 「エズラ記」と「ネヘミヤ記」は他の書物に較べて読まれること少ない書物、と仄聞しますけれど(キリスト者でないわたくしには、その辺の事情はわかりませんが)、これらが旧約聖書で果たす役割は、新しいイスラエル(共同体)の誕生であり、ユダの民の再出発と受難の歴史の始まりを我らに知らせることであります。そうした意味では、頗る付きで重要な書物である、といえるのではないでしょうか。
 マコンヴィル著『ネヘミヤ記』序論の一節であります。「ネヘミヤ記の真の重要性は、煉瓦やモルタルでの建築作業にあるのではない。それは、神がそのご自身の民のために再び行動されており、また今後も行動されるという事実にあるのである。」(P24 新教出版社)
 主人公ネヘミヤはユダの人ながら、ペルシア帝国の高官。彼は城壁が崩れたままなのを哀しんで、アルタクセルクセス王の厚意により<総督>という立場で、12年の任期でエルサレムへ派遣(帰還)されたのでした。
 捕囚解放後のイスラエルに於いて、エズラと共に重要な役回りを担ったネヘミヤ。その彼の足跡を、我らは明日よりたどることに致します。



 LFJ開幕、か。所詮は過ぎた想いであったのか……? 否!!
 If as we're walking a hand should slip free,
 I'll wait for you.
 And should I fall behind,
 Wait for me.  
 (from B.Springsteen "IF I SHOULD FALL BEHIND")◆

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