第1469日目 〈創世記第50章:〈ヤコブの埋葬〉、〈赦しの再確認〉&〈ヨセフの死〉with新しいメガネを受け取ってきました。〉 [創世記]

 創世記第50章です。

 創50:1-14〈ヤコブの埋葬〉
 泣きあかしたあとヨセフは侍医に命じて、父の遺体に防腐処置を施させた。然る後、宮廷に赴き亡父の埋葬のためカナンへ行かせてほしい旨、伝えた。ファラオがそれを許可した。
 ヨセフは父の遺体を収めた棺を持って、自分の家族とかれの兄弟たち、幼児を除く父ヤコブ/イスラエルの一族を連れて、一路カナンのヘブロン目指して出発した。付き従うはファラオの宮廷の重臣たちすべて、戦車と騎兵。
 一行はやがてヨルダン川東部のゴレン・アタドでイスラエルの葬儀を執り行った。期間は1週間に及んだ。カナン人がそれを見て、あれはエジプト流の盛大な追悼の儀式だ、といったところから、ゴレン・アタドは別名をアベル・ミツライム(エジプト流の追悼の儀式)と呼ばれる。
 そのあと、ヨセフとかれの兄弟はヘブロンに向かい、父の遺体をマクペラの畑の前にある洞穴へ埋葬した。父の望みはここに果たされたのである。
 埋葬を済ませたかれらはカナンをあとにし、エジプトへ戻った。

 創50:15-21〈赦しの再確認〉
 イスラエル亡きあとヨセフの兄たちは、昔自分たちがヨセフにした仕打ちと咎について戦々恐々した。かれらは人を介してヨセフに赦しを求めた。あなたの父の神に仕える僕たちの咎を赦してください、われらはあなたの僕です。
 これを聞いてヨセフは泣いた。そうして兄弟たちにいった、――
 「恐れることはありません。わたしが神に代わることができましょうか。あなたがたはわたしに悪を企みましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。どうか恐れないでください。」(創50:19-21)
 ヨセフはそう語りかけ、兄たちを慰めた。

 創50:22-26〈ヨセフの死〉
 ヨセフは110歳で逝った。いまやイスラエルの子に列せられる息子エフライムとマナセの子孫を見、抱くこともできた。
 かれは臨終に際して兄弟たち、イスラエルの息子たちにいった。神は必ずあなたたちを顧みてくれます。父祖に誓ったカナンの地へ導き上らせてくれます。そのときはわたしの骨も携えて上ってください。
 かれの兄弟がそれを約束した。
 薬が塗られ、防腐処置がされたヨセフの遺体が棺へ収められた。

 ゴレン・アタドはどこか? 創50:10が初出となるこの地は聖書に於いて他に名を見せることがありません。場所の手掛かりはヨルダン川東岸というのみ。そもなぜマクペラへ向かうヨセフ一行が、わざわざヨルダン川を隔てた地域に足を運ばなくてはならぬのか。東岸地域にヤコブに深い所縁のある場所があるか、といえば、それはほぼ「否」の一言を以て返される問いであるはずです。
 そのこともあってでしょうか、初代キリスト教会ではゴレン・アタドはガザ南西約6キロの位置にあるベテ・エグライム、即ち現在のテル・エル・アジュールであろう、としている由。ガザはヨルダン川西岸地域にありますが、ヨセフ一行の行程としてはこちらの方がまだ納得がゆきます。
 なお、逝去直前にヨセフが頼んだ自身の埋葬について一言加えます。ヨセフの遺骸は出13:19にてモーセによりエジプトから運び出され、ヨシュ24:32にてカナン入植を果たしたイスラエルの人々によって「シケムの野の一角に埋葬され」ました。モーセにあとを託されたヨシュアはこの直前に逝去して、ガアシュ山の北にあるかれの嗣業の地ティムナト・セラに葬られました(ヨシュ24:29-30)。

 事情により10日間の空白が生じましたが、本日を以て「創世記」読書を終わります。古くから読んで支えてくださっている方々に、新たに参加して読んでくれている方々に、みくらさんさんかは限りなき感謝をささげたく思います。どうもありがとうございました。
 さほど時を経ずして「出エジプト記」欠落章の読書ノートを開始しますので、その節はまた改めて宜しくお願いいたします。



 10日前に新しいメガネを注文、今日(昨日ですか)の宵刻に受け取ってきました。この原稿も新しいメガネで書いているのですが、頗る快調。レンズ幅がわずかに広がっただけなのに、なんだか視界はぐーんと開けた気がする。ほんの数ミリがこれだけの違いを実感させるのか……。
 なによりも、いままで使っているメガネがもし(以前のように)割れたりしたらどうしよう、スペアのメガネはないんだよな……という不安から解放されたのがいちばん嬉しい。あとはPC作業や読書用の室内用メガネを作れば、当面は安心できるかな。別にメガネ道楽になるわけじゃぁないけれどさ。
 そういえば『CSI:NY』で検死官シドが掛けている、リムの部分がマグネット式になっているメガネ。だいぶ高価だそうですが、これもね、なんだか気になって仕方ないのですよ……。ふむ。◆

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第1468日目 〈創世記第49章:〈ヤコブの祝福〉&〈ヤコブの死〉with道の上に墓標を見ること〉 [創世記]

 創世記第49章です。

 創49:1-28〈ヤコブの祝福〉
 いよいよ臨終というとき、ヤコブは息子たちを呼び集めた。そうして一人一人に、後の日にかれらに起こることを語って聞かせた。
 ルベンには父に隠れて犯した罪ゆえに長子の特権を失うことを、ユダにはかれの家系から王が生まれメシヤが到来することを、ヨセフには民族の誉れが与えられることを。
 ルベンよ、「お前は水のように奔放で/長子の誉れを失う。/お前は父の寝台に上った。/あのとき、父の寝台に上り/それを汚した。」(創49:4)
 ユダよ、「あなたは兄弟たちにたたえられる。/あなたの手は敵の首を押さえ/父の子たちはあなたを伏し拝む。/(中略)/王笏(おうしやく)はユダから離れず/統治の杖は足の間から離れない。/ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。」(創49:8、10)
 ヨセフは泉の畔で実を結ぶ若木。敵はあなたに矢を射て追いかけてくる。が、あなたの弓は弛(たる)むことなく相手を射て討つ。ヤコブ(イスラエル)の勇者の手によりそれは成されて、かれはイスラエルの石となり、イスラエルの牧者となった。
 「どうか、あなたの父の神があなたを助け/全能者によってあなたは祝福を受けるように。/(中略)/これらの祝福がヨセフの頭の上にあり/兄弟たちから選ばれた者の頭にあるように。」(創48:25-26)

 創49:29-33〈ヤコブの死〉
 そのあと、ヤコブは集まった息子たちに、埋葬地について命じた。それは前(さき)にヨセフ一人にしたのと同じ内容であった。曰く、――
 わたしが死んだら遺体はカナンの地に埋めてほしい。そこが主の約束された永遠の所有地なのだから。マムレの前のマクペラの畑にある洞穴がわれらの墓所だ。そこは祖父アブラハムがヘト人エフロンから買い取った場所。アブラハムは妻サラ共々そこに埋葬されている。父イサクと母リベカも、わが妻レアも、その洞穴に眠っている。そこはわれらイスラエルの墓所である。
 ――ヤコブは息子たちへそう命じて、息を引き取った。

 〈ヤコブの祝福〉では、トピックとなる3人しか取り挙げませんでしたが、むろん、他の息子たちについてもそれぞれ語られております。ヤコブはかれら全員に対して、「おのおのにふさわしい祝福をもって祝福した」(創48:28)のでした。
 シロと聞けば、既に旧約聖書を最後の書物まで読んできた者の脳裏へいの一番に思い浮かぶのは、やはり地名としてのシロであります。が、もちろんここでいうシロは地名ではありません。ここでの「シロ」はむしろ人名に部類されるもので、本文にも反映させたように「メシヤ」的存在を指すとのことであります。ユダの家系からボアズが出てダビデが出、その遠い未来に大工ヨセフが出てイエスが出る。「王笏はユダから離れず」という点を併せて考えれば、「シロ」の意味も自ずと明らかになるものと思います。



 本章の原稿をノートからPCへ写すにあたって読み直したところ、どうにも未熟なものと思えてならず、気分を新たに本日改稿。本日というのは11月25日夜。即ち、宵刻より風邪が出て雨が降ると予報されていた日、さんさんかは風邪が治らず会社を休んでゆっくり養生していた日のことだ。
 この日、神奈川県東部地方に暴風警報が出た。さんさんかの住む西部地方に於いても暴風はその勢いを強うし、雨は弾丸の如く家の屋根に叩きつけることがあった。夜更け、ふと目が覚めて用を足し、窓から外を見れば、黒ずんだアスファルトを背景に紅葉した木の葉が散り敷き詰められている。
 それは名を成さぬまま中途で死んでいった人々の墓標と映った。25年前のこの日の未明に逝った婚約者の墓標、9.11でなにもわからぬままこの世との縁を断ち切られた2人の友の墓標、先達て交通事故で意識戻らぬまま不帰の人となった恩ある人の墓標。あといったいどれだけの大切な人々を奪えば神は気が済むのだろう。酷さこそが愛とでも? ――ふざけるな。
 これを書いているいま、外は静かだ。わたくしの心も静かだ。が、それは静穏とは程遠い。もっとどろどろしていて、負の感情渦巻く暗い情念が支配する静けさ。それの縁者を狂気という。それはさんさんかがいつ囚われるかと不安になり、恐怖するものである。いや、正気を保って生きていること自体が狂気なのかもしれないけれど。◆

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第1467日目 〈創世記第48章:〈ヤコブ、ヨセフの子らを祝福する〉with段ボール箱から出て来た『モダンホラーとU.S.A』〉 [創世記]

 創世記第48章です。

 創48:1-22〈ヤコブ、ヨセフの子らを祝福する〉
 父から埋葬地について遺言されてから旬日経ぬ頃である。イスラエルはいよいよ衰え、臨終間近となった。ヨセフは取るものも取り敢えず、長男マナセと次男エフライムを連れて父の天幕へ赴いた。寝台に半身を起こしてイスラエルはこれを迎え、かれらを枕辺へ呼んで、いった。曰く、――
 かつて神はベテルにてわたしを祝福し、わが子孫にあのカナンの地を永遠の所有地として与える、と仰った。ヨセフよ、この機会にお前の息子マナセとエフライムをわたしの息子の列に加えたい。エフライムのあとに生まれた子は皆お前の子としてよいが、しかし、かれらの嗣業の土地は兄たちの名で呼ばれるようになる。……わたしは妻ラケルをパダン・アラムからの帰途に亡くし、エフラト(ベツレヘム)に向かう街道の途中に埋葬した……。
 ――かれは老齢でかすんだ目でマナセとエフライムを見ると、ヨセフにこれは誰か、と問うた。神がここエジプトで授けてくださったわたしの息子たちです、とヨセフが答えるのを聞いて、イスラエルは2人の孫を抱きしめて、口づけた。
 「お前の顔さえ見ることができようとは思わなかったのに、なんと、神はお前の子供たちをも見させてくれた。」(創48:11)
 さて。イスラエルは自分の右手をエフライムの頭の上に置き、自分の左手をマナセの頭の上に置いて、かれらを祝福した。本来ならば右手が置かれるべきは長男マナセのはずなのに、である。ヨセフはこれを不満に思い、置かれた手を正しく直そうとすると、イスラエルは、いやこれで良いのだ、と拒んだ。曰く、――
 ヨセフよ、わたしには分かっている。そう父はいった。マナセもやがて一つの民となり、大きくなるだろう。が、エフライムは兄よりも大きくなる。そうしてエフライムの子孫は国々に満ちるものとなる。
「その日、父は彼らを祝福して言った。/あなたによって/イスラエルは人を祝福して言うであろう。/『どうか、神があなたを/エフライムとマナセのように/してくださるように。』」(創48:20)
――斯く斯様にしてイスラエルはエフライムをマナセの上に立てたのである。
 イスラエルはヨセフにいった。もうすぐわたしは死ぬが、神はお前たちと共にいる。きっとお前たちを先祖の国、子孫へ与えられる嗣業の地、即ち“乳と蜜の流れる地”カナンへ導き上らせてくれる。ヨセフよ、わたしは剣と弓でアモリ人から奪った一つの分け前(シェケム)をお前に、他の兄弟よりも多く与える。

 エフライムとマナセに祖父が与えた、序列を逆転させた祝福について読むと、かつてヤコブが兄エサウを欺いて祝福を騙し取った挿話を思い出します。そういえば、<族長の物語>と<ヤコブの物語>には弟を篤く扱う挿話が目立つようであります。



 年末の大掃除を控えて、部屋の掃除と本やCDの処分に手を着け始めた。その過程でスティーヴン・キング作品を詰めこんだ段ボール箱を発見。書棚が超過しそうだった時分に(いまでも変わらないけれど)一部を避難させたときの段ボール箱だ。
 角川書店版『暗黒の塔』シリーズの単行本と文庫、文藝春秋を版元とする単行本がそこにはあるが、1985年6月に北宋社から刊行された日本初のキング研究書『モダンホラーとU.S.A』が出て来たのは意外だった。捨ててはいないとわかってはいたが、まさかこの箱に入っているとは思わなかったからね。
 村上春樹のエッセイが巻頭を飾り、甲斐よしひろ他のインタヴューがあったりして楽しめるけれど、如何せんキング作品の邦訳が未だようやく端緒についたばかりの頃の刊行物なため、幅と奥行きがないのが残念といえば残念か。
 全体が幾つかのパートに分けられているのだけれど、その合間合間にキング著作の紹介記事が載っている。1ページにつき2作品。邦訳も既に新潮文庫と集英社文庫にて読めるようになってはいたものの、代表作『シャイニング』はパシフィカ版(しかも映画タイアップのカバー)の書影が載るだけで当時は既に絶版。文春文庫からの復刊にはあと1年ばかり待たねばならなかった。
 往時のキング紹介がどれだけスローペースであったかお察しいただけよう。いまもスローペースだが、現在海彼で刊行されているうちで日本語で読めない作品がどれだけあるだろう? そうした意味ではいまとはまったく状況が違う。
 が、それでも1985年時点に於いて未訳作品すべての翻訳権が取得済みであることには驚きの気持ちを隠せない。なかでもわたくしが、実現されていたらどうなっていただろう、と妄想を逞しうしてしまうのは、筑摩書房から刊行予定であった評論『死の舞踏』(堤雅久・訳)と、サンリオ文庫(!)が刊行を予定していた短編集『ナイトシフト』(訳者記載なし)の2冊。前者はやがて福武書店から(安野玲・訳)、後者はサンケイ文庫から2分冊で刊行された(高畠文夫・訳)けれど、いずれも訳者が実際とは異なる/異なっただろうため、どんな日本語で読むことができたのだろう、とついつい考えてしまうのだ。……。
 未読のスティーヴン・キング作品が実はそこそこ溜まっている。良くないことだ。それらは件の段ボール箱のそばに(物理的意味合いで)置かれている。良くないことだ。負の相乗効果に注意。
 大掃除を控えての部屋の片附けであるはずが読み耽って、ミイラ取りがミイラにならぬよう気を付けねばなるまい。◆

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第1466日目 〈創世記第47章:〈ファラオとの会見〉、〈ヨセフの政策〉&〈ヤコブの遺言〉with飼い慣らされた犬になろうとも、……〉 [創世記]

 創世記第47章です。

 創47:1-12〈ファラオとの会見〉
 ヨセフはファラオに、父と自分の兄弟がカナンから辿り着いた、と報告した。ファラオはさっそく宰相ヨセフの縁者を御前に召した。
 まずはヨセフが選んだ5人の兄から。お前たちの仕事はなにか、とファラオが訊いた。兄らは事前に弟から教えられていた通り、自分たちは羊飼いです、と答えた。飢饉のため、カナンにはもう羊に食べさせる牧草がありません。どうかわたしたちをゴシェンの地に住まわせてください。
 ファラオが諾い、ヨセフにいった。この国のことはすべてあなたに任せてある。あなたの父や兄弟が住むにいちばん適していると考える土地を与えよう。一族に有能な者がいるならその者にわたしの家畜の監督を任せよう。ファラオはヨセフにそういった。
 次に父ヤコブがファラオの前に立った。ファラオはヤコブに、あなたは御年何歳になられるのか、と訊いた。ヤコブは、130歳になります、と答えた。「わたしの生涯の年月は短く、苦しみ多く、わたしの先祖たちの生涯や旅路の年月には及びません。」(創47:9)
 ――ヨセフはファラオの命により、父ヤコブと兄弟たちにエジプトで最良の土地を与え、そこをかれらの所有とした。そこはゴシェン地方で最も良い場所であった。町は出エジプトの時代までの間にラメセスと名附けられる。ヨセフは父と兄弟たち、父の家族の者すべてを扶養した。

 創47:13-26〈ヨセフの政策〉
 飢饉はますますひどくなった。既にカナンに食糧はなく、エジプトにヨセフが管理する穀物があるだけだった。人々はそれを求めるため銀を支払い、ヨセフはそれをすべてファラオの宮廷に治めた。
 やがて貨幣であった銀は尽きた。すると人々がヨセフへ嘆願した。食べるものをください、見殺しにされるおつもりですか。しかし、もう支払うべき銀はないのです……。これに応えてヨセフはいった。ではあなたたちの家畜を食糧と引き替えよう。人々はそうした。
 次の年、穀物の代価となる家畜がいなくなった。人々がヨセフへ嘆願した。どうかわれらをファラオの奴隷とし、農地を買い取り、穀物の種を与えてください。「そうすれば、わたしどもは死なずに生きることができ、農地も荒れ果てないでしょう。」(創47:19)
 ヨセフはそうした。よってエジプト中の土地はファラオのものとなり、エジプト領内の人々は皆ヨセフの奴隷となった。かれは、ファラオの土地で収穫された作物の4/5は民のものとし、残り1/5はファラオに治めることを、エジプトの農業の定めとした。が、祭司は別である。かれらはファラオからの給料で生活しているため、敢えて農地を差し出す必要がなかったためだ。従ってそれがファラオのものとなることはなかった。

 創47:27-31〈ヤコブの遺言〉
 ヤコブ即ちイスラエルはゴシェンの地に住み、そこで憂うことなく満ち足りた日々を過ごした。かれはエジプトの地で17年生きて、147歳で逝去した。
 かれは死ぬ少し前、ヨセフを呼んで、いった。息子よ、わたしをこのエジプトに葬ることだけはやめてくれ。わたしが永遠の眠りに就いたならこの国から運び出して父や祖父、妻らが眠るマクペラの洞穴に埋葬してほしい。ヨセフよ、慈しみとまことを以て誓ってくれるか。
 もちろん、とヨセフが答えた。イスラエルは感謝をささげた。

 ヨセフはその政策ゆえにエジプトの人々を(少なくとも名目上は)奴隷とし、結果的にかれらを救った。飢饉の時代にあってそれは良い方向へ転がった。が、飢饉の時代が遠い過去の出来事となるにつれて記憶は薄まってゆく。往時の記憶が風化し、いつしか忘却されて世人の知らぬところとなれば、却ってこのヘブライ人の執った策は裏目に出たのではないか(太平洋戦争を思い起こせ、3.11を思い起こせ)。
 つまり、エジプト人の共同体のなかで蓄積された心的抑圧、鬱屈した思いが反ヨセフ、反ヘブライの感情に結び付くことはなかったか。<反旗を翻す>とは大仰な表現かもしれぬが、どこかの時点でエジプト人はヘブライ人(イスラエル民族)を蔑んだりするような事件が頻発するようになったのではないか。反感が事件を起こし、時代風潮を形成してゆく(今日の日本と韓国、中国に置き換えればわかりやすいと思います)。それの行き着いた先が「出エジプト記」冒頭で語られる、ヨセフの執った策を知らないファラオの登場とそれによって激化した(と覚しき)反ヘブライ感情/施策であった、と考えられます。
 ――正しいところはどうだったのか、誰にもわかりませんが、わたくしのような空想家には記述の背後にある人々の生活や感情を想像するのが、とっても楽しいのであります。



 しばらく仕事の帰りに病院通いを続けて思うたのは、悔いなく生きよう、という単純かつ困難な一事。
 風車のゲンさんのように「どんなことがあろうと笑って生きようと思うのだ」とは胸を張っていえないのが残念ですが、組織に飼い慣らされた犬になろうとも自分の足で大地に踏ん張って立ち続けることはできる。それは即ち、自分自身を律した生き方、自分を決して貶めない生き方だ。
 北極星はいつだって天の同じ位置にある。生きるとはまわりの闇に惑わされることなく、北極星を見失わぬよう歩き続けることだ、と、わたくしは信じております。◆

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第1465日目 〈創世記第46章2/2:〈ゴシェンでの再会〉withエッセイお休みのお知らせ〉 [創世記]

 創世記第46章2/2です。

 創46:28-34〈ゴシェンでの再会〉
ヨセフはゴシェンの地にて父イスラエルとその子孫に再会した。2人は泣いて抱き合い、喜んだ。
 ヨセフは兄弟やその家族にいった。これからわたしはファラオに、わたしの兄弟とその家族がカナンから到着しました、と報告します。そのあとファラオはあなたたちを御前へお召しになるでしょう。すると、お前たちの仕事はなにか、と訊かれます。そうしたら先祖代々われらは家畜の群れを飼ってきました、と答えてください。そうすれば皆、このゴシェンの地に住むことができるでしょう。といいますのも、羊飼いの仕事はエジプト人が厭う仕事だからです。

 ゴシェンの地は下エジプトにある一地方で生活するにも牧羊にも適した、非常に住みやすい肥沃な土地であったようです。次の章でここは「ラメセス地方のもっとも良い土地」(創47:11)と表現しています。
 このゴシェンの地はイスラエル民族が出エジプトを果たす際に出発点となった地でもあります――「イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した。」(出12:37)。そうした点でゴシェンは記憶の片隅に留めておいてよい地名といえましょう。



 本日のエッセイはお休みします。
 第一稿の状態で眠っているものが2つあり、一方で頭のなかで渦巻いている話題も幾つかあるけれど、どうにも脳みそが休止を求めていて、わたくし自身もそれに従いたい気分で一杯のため、断腸の思いで斯く決断した次第。
 大げさと、君、いふなかれ。わたくしも結構辛いのだ。
 では。◆

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第1464日目 〈創世記第46章1/2:〈ヤコブのエジプト下り〉withいま読んでいる本のこと。〉 [創世記]

 創世記第46章1/2です。

 創46:1-27〈ヤコブのエジプト下り〉
 斯くしていよいよヤコブは子孫を連れ、家畜と財産を携えて、エジプトへ向かった。途中ベエル・シェバに立ち寄り、父イサクの神へいけにえをささげた。その夜、神がヤコブに語りかけた。エジプトへ下ることを恐れるな。そこであなたは大いなる国民となる。「わたしがあなたと共にエジプトへ下り、わたしがあなたを必ず連れ戻す。ヨセフがあなたのまぶたを閉じてくれるだろう。」(創46:4)
 カナンからエジプトへ下ったヤコブの子孫の名は、以下の通りである。
 ルベンとその息子ハノク、パル、ヘツロン、カルミ。
 シメオンとその息子エムエル、ヤミン、オハド、ヤキン、ツォハル。カナンの女を母とする息子シャラル。
 レビとその息子ゲルション、ケハト、メラリ。
 ユダとその息子エル、オナン、シェラ、ペレツ、ゼラ。但しエルとオナンはカナンの地で死んで埋葬された。
 (ユダの子)ペレツの息子ヘツロン、ハムル。
 イサカルとその息子トラ、プワ、ヨブ、シムロン。
 ゼブルンとその息子セレド、エロン、ヤフレエル。
 ――ルベンからゼブルンまではパタン・アラムにてレアを母として生まれた。従ってかれらの子孫はヤコブとレアの子孫である。ここにヤコブとレアの娘ディナを加えて総勢33名が、レアを母(祖母)とするエジプトへ下った者たちである。
 ガドとその息子ツィフヨン、ハギ、シュニ、エツボン、エリ、アロディ、アルエリ。
 アシェルとその息子イムナ、イシュワ、イシュビ、ベリア、娘セラ。
 (アシェルの子)ベリアの息子へベル、マルキエル。
 ――ガドとアシェルはレアの召し使いジルパを母として生まれた。従ってかれらの子孫はヤコブとジルパの子孫である。総勢16名が、ジルパを母とするエジプトへ下った者たちである。
 ヨセフとその息子マナセとエフライム。2人はエジプトにてオンの妻子ポティ・フェラの娘アセナトを母に生まれた。
 ベニヤミンとその息子ベラ、ベケル、シュベル、ゲラ、ナアマン、エヒ、ロシュ、ムピム、フピム、アルド。
 ――ヨセフはパダン・アラムにて、ベニヤミンはベテルとエフラタ(ベツレヘム)の間の地域にて、ラケルを母として生まれた。従ってかれらの子孫はヤコブとラケルの子孫である。なお、元来ヤコブが妻に、と切実に願い求め望んだのはこのラケルであった。総勢14名が、ラケルを母とするエジプトへ下った者たちである。但し、この人数には既にエジプトにいるヨセフ一家も含まれている。
 ダンとその息子フシム。
 ナフタリとその息子ヤフツェエル、グニ、イエシェル、シレム。
 ――ダンとナフタリはラケルの召し使いビルハを母として生まれた。従ってかれらの子孫はヤコブとビルハの子孫である。総勢7名が、ビルハを母とするエジプトへ下った者たちである。
 以上70名だが、ここにレアの娘ディナを加えて総勢71名とする。但し、ユダの息子エルとオナンはエジプトへ下る際カナンにて没して埋葬されている。また、ヨセフとマナセ、エフライムは既にエジプトにいるため、この5人を除く66名が、ヤコブの腰から出てそのエジプト下りに同道した人々となる。ここには息子たちの嫁や使用人は一切含まれていない。
 斯くしてヤコブ一行は、ヨセフの待つエジプトへ向かった。

 ここに挙げたエジプト下りの一覧は民26〈第二の人口調査〉の一覧と同じ並びになっています。つまり、母親単位でグルーピングされているのです。偶然でありましょうか?
 こうして一瞥すると、「創世記」本文の記述には出て来ない人たちがなんとたくさんいて、その人たちこそが聖書という書物の、陰に隠れて見えない部分を支えているのだ、と実感できることであります。
 数え直し、見直して正確を期したつもりですが、もし人数の計算が間違っていたらご指摘ください。



 『スプートニクの恋人』の感想を書いていませんね、そういえば。メモ帳には感想というも烏滸がましい事柄が記してあるけれど、これを基になんとか文章を認められればいいのですが。或いは、この作品の成立事情に合わせてこのメモ、一年ばかり寝かせておきますか。……冗談です。
 この短い長編が終わった2、3日後から『海辺のカフカ』を読んでいます。或る程度時間が自由になるタイミングで始めたせいか、この約1週間で上巻の半分をちょっと超えたあたりに達しました。ゆっくりとか鈍いとかいわれるけれど、実はこれが自分に最適の読書スピードなのだ。本は(なぜだか)ゆっくり読む。年内には下巻の半分ぐらいまではいけるといいな。
 どうせクリスマスの予定なんてないものね。ケ・セラ・セラ。◆

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第1463日目 〈創世記第45章:〈ヨセフ、身を明かす〉withこれ程ラーメンを美味い、と思うたことは過去になく、……〉 [創世記]

 創世記第45章です。

 創45:1-28〈ヨセフ、身を明かす〉
 もはやヨセフは平静を保つことができなくなり、部屋にいた他の者を全員退かせた。兄たちと弟だけになった部屋で、ヨセフはかれらにいった。わたしはあなたたちの兄弟ヨセフです。……あまりの驚きに兄たちと弟が言葉を失ったのはいうまでもない。
 お兄さんたちがわたしをエジプトに売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はないのです。わたしは神の意により、先にエジプトへ来たのですから。「神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。」(創45:7-8)
 急いで父上のところへ帰り、エジプトに来るようお伝えください。ゴシェンの地に住めるように取り計らいます。お世話はわたしが引き受けます。この飢饉はあと5年も続くのですから、なに一つ困ることのないようしなくてはなりません。どうぞ家族と家畜を連れて、財産を持って、カナンからここエジプトへ移ってきてください。
 さあ、お兄さんたち、弟ベニヤミンよ、エジプトでわたしが受けているすべての栄誉を、あなたたちが見たすべてのことを、余さず父上に伝えてください。そうして急いで父上を連れてきてください。
 ――ヨセフの兄弟、カナンより来たる。この報はファラオの許へ届けられた。王も家来も喜んだ。ファラオはヨセフに一族移住後は特別に歓待する旨伝え、往復の道中で必要になる食糧や父ヤコブを乗せるための馬車を調えさせた。
 「途中で、争わないでください」(創45:24)とヨセフは出発する兄弟にいった。ヨセフの兄弟はカナンへの帰途に就いた。
 かれらは帰るとすぐ父ヤコブに報告した。まさかヨセフが生きていて、しかもエジプトの宰相になっていることを知らされ、かれらの父は気が遠くなった。半信半疑だったが、息子たちがエジプトから持ってきた馬車を見せられたことで、ヤコブ即ちイスラエルはようやくヨセフの生きていることを信じた。
 イスラエルはいった、「わたしは行こう。死ぬ前にどうしても会いたい」(創45:28)と。

 ゴシェンはヨセフとイスラエルの再会の場所となるエジプトの一地方ですが、続く「出エジプト記」に於いてもすこぶる関わりのある地名にもなります。為、かれらが再会を果たす創46にて説明を加えようと思います。
 なぜヨセフは出発する兄弟に対して、途中で争わないように、などというたのか? 読んだ当初はちょっと疑問でしたが、前の章を読み返すことで解決する疑問でした。
 かつてヨセフは兄弟の嫉妬によってエジプトへ売られましたが、その際、かれらは父に、どうやらヨセフは野獣に噛み殺されたらしい、と報告していました。いまやその嘘が明るみに出るのは必至。それが為にカナンへ向かう道中で、兄弟の間で互いを非難し合ったり喧嘩したり、ということをしないようあらかじめ釘を刺しておいた、というのが真実に限りなく近いものと思います。



 箱根からの帰り道はひどく時間がかかりました。というのも、ちょうど東名高速の集中工事の時期に当たり、それによる渋滞に加え、なにやら先の方で事故もあったらしく、パトカーが2台、猛スピードで前へ、前へ、と進んでゆく。
 そのせいもあってか、渋滞中は実際以上に時間の経過が遅く感じられ、既に寄るSAもなく休むこともままならず、海老名JCTを過ぎればだいぶ状況は好転するかといえば、期待した程でもなく。順調に流れ出したのは、どのあたりからだったろう。よく覚えていないが、皆が皆、それまでの抑圧を振り払うように結構なスピードで走ってゆく光景は目に焼きついている。
 われらは横浜青葉ICで降りることになるのだが、もう時間は遅く夜の9時頃。家に帰ってなにかを作ろう、という気にもなれず、かといって高速を降りたあとこのままどこかで食べよう、という発想は最初から却下。となれば、上り車線最後のSAとなる港北SAでなにかお腹に入れる他ない。
 というわけで、そこで醤油ラーメンを食べたのですが、正直なところ、こんなにラーメンを美味い、と思うたことは過去になく、大袈裟だがこれまで張りつめていた緊張の糸が切れ、ひどく大きな安堵に襲われました。状況が生み出した感想だったのかもしれないことは百も承知、しかし実際ここのラーメンは評判が良いらしく、幾つかのサイトで取り挙げられている。
 できることなら再び港北SAでラーメンを食べたいものだが、如何せん車の免許を持っていないからなぁ……。誰かに便乗するよりないわけですよ。えへ。
 とはいえ港北SAの醤油ラーメンは、絶品とはいわないけれど、極上とはいわないけれど、食べてみる価値はじゅうぶんにあるものだとわたくしは信じております。うむ。◆

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第1462日目 〈創世記第44章:〈銀の杯〉&〈ユダの嘆願〉with2013年中に旧約聖書読書&ブログは完了させられそうです。〉 [創世記]

 創世記第44章です。

 創44:1-17〈銀の杯〉
 兄たちと弟がカナンへ帰ることになった。
 ヨセフは執事に命じて、食糧を詰めた袋に代金である銀の包みを入れ、末の者の袋には自分が遣う銀の杯を入れさせた。兄たちと弟が出発すると、ヨセフは執事に、どうしてお前たちはヨセフが使う銀の杯を持ち出したのか、どうして悪を以て善に報いるのか問うよう命じた。執事はそうした。
 一同が否定したので、執事は「今度もお前たちが言うとおりならよいが。だれであっても、杯が見つかれば、その者はわたしの奴隷にならねばならない。ほかの者には罪はない」(創44:10)といって、かれらの荷物を、年長の者から順に改めてベニヤミンの番になった。すると、ヨセフの持ち物である銀の杯がかれの袋から出て来た。兄弟は衣を裂き、自分のろばに荷を積み直すと、執事と共に町へ引き返した。
 ヨセフはまだ屋敷にいて戻ってきたユダと兄弟たちを迎えた。かれらがひれ伏す前でヨセフはいった。お前たちがしたこの仕打ちは何事か、わたしのような者は占って当てることを知らないのか。
 如何にして身の証しを立てられましょう、とユダが答えた。われらは皆、あなた様の奴隷になりましょう。「神が僕どもの罪を暴かれたのです。」(創44:16)
 これにヨセフは、杯を持っていた者一人がわたしの奴隷としてここに残り、ほかの者は皆父のいるカナンへ帰れ、といった。

 創44:18-34〈ユダの嘆願〉
 それにユダが抗弁した。なにとぞ僕の申しますことに耳をお傾けください。なんとなればあなた様はファラオに等しい方でございますから。
 前回われらがエジプトへ来たとき、あなた様はわれらの家族について、いろいろお尋ねになりました。そうして末の弟を連れてくるよう仰いました。われらは、それは出来ません、と申しあげました。といいますのも、弟を父から離せば父はきっと死んでしまうからです。しかしあなた様は末の弟を連れてこなければ再びご自分の顔を見ることは許さぬ、と仰いました。
 われらはその後カナンへ帰りました。持ち帰った食糧が底をつくと、父は、もう一度エジプトへ行って食糧を買ってくるように命じました。われらはあなた様が仰ったことを伝えました。すると父は、もはや同じ母から生まれてただ一人手許に残った弟を連れてゆくのを拒みました。それでも説得の末、父は弟ベニヤミンをわたしに委ねてくれたのです。
 従って、いまベニヤミンを連れて帰らぬことになったら、父はその悲嘆のあまり死んでしまうことでしょう。父の魂はこの弟の魂と堅く結ばれているからです。そうしてわれら兄弟は、白髪の父を悲嘆に暮れさせたまま陰府へ下らせることになってしまうのです。
 「父に襲いかかる煩悶を見るに忍びません。」(創44:34)なにとぞかれはカナンの父の許に帰らせてください。この僕が代わって奴隷になりますので。

 誰だって親を悲嘆のうちに死なせたくはない。ユダの台詞は心情あふれる嘆願の思いに満ちている。親への敬意と交わした約束の重さについてここでは語られている。創42-43の再構成と雖も、ここはなかなか家族というものについて考えさせてくれる章である。
 さて、さんさんかはどうだろう。もしそのときが訪れたら、、唯一残った母を、悲嘆とは無縁のまま見送ることができるだろうか。せめていまの会社でもう少し立場を上げて給料を上げて、嫁を見せ、孫を抱かせることができるようにしたい。これまで苦労かけ心配させ泣かせもした母にわたくしができるのは、その程度のことだが、その程度こそが、いちばんわたくしが望んでやまぬ未来でもあるのだ。



 「創世記」は先が見えてきました。緊急案件のプロジェクトが前倒しで終わった昨日(一昨日ですか)の夜、本章のノートを書いていて、ふとその事実に気附きました。おそらくさんさんかの誕生日及び亡き婚約者の命日までにはこの書物を終わらせることができましょう。それはつまり、来月なかばあたりに「出エジプト記」の残り部分と「レビ記・前夜」をお披露目して、約5年の長きに渡った旧約聖書の読書とブログが完了するというわけです。
 途中1年強の中断期間があったのは残念だけれど、あれはどうしても必要な回復期の1年であった、と、いまは考えるようにしています。お陰でカテゴリ内での順位は大きく落ちて読者の数も減ったようだったけれど、あれから季節が一巡した現在、前者についてはなんとか以前の水準に戻りつつあり(とはいえ予断は禁物)、後者については離れた読者を取り戻すばかりか却って増えているようにも感じている――これはアクセス数に基づく感想であるが。
 聖書にまつわるブログとしてはがちがちのキリスト者のブログではないことに加え、おまけのように存在しているもう一つのエッセイ部分が本ブログのウリになっているような気もしないではない。為、同じ聖書ブログとはいえ異色/邪道のものである点が目立って面白がってもらえているのかな、と拙くも自己分析している。
 本ブログはこのあとも旧約聖書続編、新約聖書と続いてゆくからあと4年ばかり掛かる見込みだが、かりに早く終わっても遅く終わってもゴールは既に存在しているので、どうかそれまで気長にお付き合い願えればこんなに嬉しいことはない。最初の大きな節目に達するまであともう一息だ。倦まず弛まず歩んでゆこう。◆

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第1461日目 〈創世記第43章:〈再びエジプトへ〉with観るべきか観ざるべきか、それが問題だ;剛力彩芽&玉木宏出演『私の嫌いな探偵』制作発表記事に触れて。〉 [創世記]

 創世記第43章です。

 創43:1-34〈再びエジプトへ〉
 カナンを見舞った飢饉はますますひどくなるばかりだった。ヤコブ一家はエジプトで買った穀物を既に食べ尽くしてしまっていた。ヤコブ即ちイスラエルは息子たちに、もう一度エジプトへ行って食べるものを買ってきなさい、といった。
 が、兄弟たち就中ユダはこれに抗った。ベニヤミンが一緒であればわれらは再びエジプトで穀物を買ってきましょう。エジプトで会ったあの方がそう命じたからです。父よ、われらは訊かれるままに家族のことを話しました。しかしまさか、ベニヤミンを連れて来よ、といわれるとは思ってもみなかったのです。
 続けてユダは父イスラエルにいった。曰く、――
 「あの子のことはわたしが保障します。その責任をわたしに負わせてください。もしも、あの子をお父さんのもとに連れ帰らず、無事な姿をお目に賭けられないようなことにでもなれば、わたしがあなたに対して生涯その罪を負い続けます。」(創43:9)
 その言葉を聞いてイスラエルはベニヤミンをユダに任せることにした。そうして数々の贈り物と、袋に戻されていた銀の包み、穀物の購入代金として前回の2倍の銀を持たせて、再びエジプトへ送り出した。

 エジプトに着いたイスラエルの息子たちはヨセフの前に出た。ヨセフはそのなかに同じ母から生まれた弟ベニヤミンの姿を認めた。かれは(エジプトの言葉で)カナンからの客を自分の屋敷に連れてゆき、昼食の準備を調えるよう執事に命じた。執事はそうした。
 かれらはヨセフの屋敷の前で不安に駆られ、一緒にいた執事に訊ねた。これは袋へ戻されていた銀の包みのゆえなのでしょうか。今回われらはそれをお返しに来ました。穀物を購うための銀は別に用意してございます。
 執事はそんな不安は無用だと答えると、一同をヨセフの屋敷に招き入れ、飲み水を与えて足を洗わせた。兄たちはヨセフが昼食に戻ってくるまでの間に贈り物を調えた。
 昼になりヨセフが戻ってきた。かれは兄たちに父の安否を尋ね、弟ベニヤミンを祝福した。「(ベニヤミンに)『わたしの子よ。神の恵みがお前にあるように』と言うと、ヨセフは急いで席を外した。弟懐かしさに、胸が熱くなり、涙がこぼれそうになったからである。ヨセフは奥の部屋に入ると泣いた。」(創43:29-30)
 そうしてヨセフは昼食を用意させた。ヨセフにはヨセフの、ヘブライ人にはヘブライ人の、エジプト人にはエジプト人の昼食が、それぞれ用意された。当時ヘブライ人と食事を共にするのはエジプト人の厭うところであった。――カナンから来た兄たちとベニヤミンは、ヨセフの計らいによって長兄から末弟まで順番に、ヨセフに向かって坐らされた。かれらはこのことについて大いに驚いた。また、ベニヤミンは誰よりも多くの量の食事が供された。一同はぶどう酒を飲み、ヨセフと酒宴を楽しんだ。

 昼食の席次についてヘブライ人が驚いたのは、兄弟の順番を教えていなかったのになぜか順番通りになっていたことを驚いたのでありましょうか。



 なんと、再び剛力彩芽が原作破壊女神として復活するらしい。『謎解きはディナーのあとで』でその名はミステリ・ファン以外にも浸透した感のある東川篤哉原作の『私の嫌いな探偵』にて、件の者はミステリ・マニアのお嬢様役を演じるらしい。
 どれだけの凡演になるか容易に想像できて、いまから視聴意欲をなくしているのだが、残念なことに共演が実力派と呼ぶにふさわしい風格を持ってきた玉木宏とあれば、これは是が非でも観なくてはいけないだろう。もっとも、剛力が共演相手となれば玉木の評価も著しく下落することをなによりも警戒せねばなるまい。よりによっていちばん好きな俳優といちばん嫌いな女優が共演することになろうとは……。観るべきか観ざるべきか、それが問題である。
 おそらくは『ビブリア古書堂』以上のミスキャストとはなり得ぬだろうが、役者としては中学生の文化祭レベルというも烏滸がましい剛力彩芽は、いまでも事務所にごり押しされているのだろうなぁ、と嗟嘆し、かつ小首を傾げたくなるキャスティング。観るにせよ観ないにせよ、期待はまったくしないで視聴するが宜しきドラマとなるのでしょうな。呵々。◆

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第1460日目 〈創世記第42章:〈兄たち、エジプトへ下る〉withみくらさんさんか、飢饉と飽食についてつらつら考えてみる。〉 [創世記]

 創世記第42章です。

 創42:1-38〈兄たち、エジプトへ下る〉
 飢饉がカナンへ及んだ頃、ヨセフはエジプトで司政者となり、かつ穀物を国民に販売する監督官を務めていた。
 或る日、ヨセフの前に父に叱咤されてエジプトへ下ってきた、ルベンやシメオン始め10人の兄たちが現れた。当時、カナンの人々もエジプトに穀物の備蓄があると知って、買い物に旅してきていたのである。
 ヨセフはすぐ兄たちに気附いたが、兄たちは目の前にいるのがヨセフとは気が付かなかった。ヨセフは知らぬ風を装ってかれらの素性を尋ね、カナンにいる家族について尋ねた(父親は生きているのか、他に兄弟はいるのか。ex;創43:7)。また、かつてかれが兄たちについて見た夢のことを思い起こした。
 お前たちは回し者に違いない、とヨセフはいった。この国の守備に手薄なところがないか、探りに来たのであろう。
 ルベン始め兄たちは否定した。「わたしどもは皆、ある男の息子で正直な人間でございます」(創42:11)と。「僕どもは、本当に十二人兄弟で、カナン地方に住むある男の息子たちでございます。末の弟は今、父のもとにおりますが、もう一人は失いました」(創42:13)と。
 それならば、とヨセフはいった。わたしはファラオの名に於いてお前たちを試す。お前たちの一人を監禁しておく。残りの者は穀物を持って家族のところへ帰れ。そのあと、末の弟を連れてここへ戻ってくるのだ。お前たちの言葉の正しさはそうやって証明される。弟といっしょでなければ再びわたしの前に出ることは許さぬ。
 兄たちは嘆き(われらは弟ヨセフのことで罰を受けているのだ。弟が助けを求めたとき、われらは耳を貸さなかった。われらはいま、あの子の血の報いを受けているのだ……!)、ヨセフは泣いた。ヨセフはシメオンを選んで縛りあげた。残りの兄たちには、命じて道中の食糧を持たせてカナンへ帰らせた。
 帰郷したかれらは父ヤコブに、エジプトでの事の次第を話した。穀物を詰めた袋からは確かにかれらが支払ったはずの銀の包みが出て来て、一家を驚かせ、かつ恐怖させた。
 ――ヤコブはいった。ヨセフもシメオンも失くしたわたしから、お前たちはいままたベニヤミンまでも失わせようというのか。「みんな、わたしを苦しめるばかりだ。」(創42:36)
 ベニヤミンを自分に任せてもう一度エジプトへ下らせてほしい、とルベンが乞うた。しかしヤコブはこの子だけは行かせるわけにはいかない、と拒んだ。「お前たちの旅の途中で、なにか不幸なことがこの子の身に起こりでもしたら、お前たちは、この白髪の父を、悲嘆のうちに陰府に下らせることになるのだ。」(創42:38)

 続けて子を失う親の気持ちってどんなだろう。想像力を駆使しても実感まではわからない。それでもヤコブの嘆きはもっともだ、と思うし、その悲痛さはこちらにも伝わってくる。天を呪いたい気持ちなのかな、とおもうが、よくわからない。
 自分の娘たちが理不尽に、立て続けに失うことがあったら、わたくしは半狂乱になって遠近を彷徨うことになるかもしれない。能「隅田川」の鬼女の如く。亡き子を求めて鬼のような形相で街を徘徊することになるかもしれない。狂気と幻想の羽佐間を千鳥足で歩いて挙げ句にそのうちで死ぬかもしれない。なにかがトリガーとなって現実に立ち戻って子らを供養し、至って正常に生きてゆくかもしれない。子を愛さぬ親がいるとはわたくしには思えぬから、幻の向こう側にいる娘たちを探してしまうのだ。
 こればっかりは親になってみないとわからぬことですよね。……。
 ――本日のブログ原稿は一旦書きあげたものの、どうにも冗長で気に喰わぬ仕上がりだったので、翌日に仕事終わりのベローチェでコーヒー飲みながらしこしこ改稿しました。前よりは良くなったと思います。そんなの、前のものを出して来なきゃ比較できないだろうが、と仰る方々、ごもっとも。が、そんな恥さらしなものを公開する程わたくしも厚顔無恥ではないのだ。ご了解いただきたい(ふむ!)。



 飢饉の時代が訪れた。近隣の国に食糧の備蓄があると知り、そこに生存の一縷の望みを賭けて旅する人々がいる。今日読んだ創42はまさしくそうした内容でした。
 その道程は巡礼に等しく、その道中は疲弊の伴うものであったろう。砂漠の世界に於いてそれがまさしく命がけの行為であったろうか、と考えたとき、かれらを襲う嵐の烈しさ、かれらの肌を焼く日射しの強さ、皮膚に叩きつける砂粒、足許や周囲の大地の放熱によって奪われてゆく体力。そうしてなによりも飢えと渇きと困憊と。
 カナンからエジプトへ下る行為は生きて戻れぬ物語となる可能性も高かったろう。例えこれが事実に反した事柄であったとしても、だ。
 ――飽食の時代といわれて久しく、その一方で食糧危機も懸念される現代。真の意味で人口爆発が起こったとき、おそらく世界はほぼその全域で飢饉に見舞われるのかもしれない。
 そのとき、われら日本人はどうなる。地理的に孤立するこの国は輸入が途絶えたあと自給自足に耐えられるか。そんな飢饉の時代が訪れる前に、われらはいま自分にできることの第一歩として、己の食生活を見直して改めるべきところを改善し、自分の好きなもの、食べたいものが食べられて当たり前、食べ残したら捨ててしまえばいい、という幻想/驕りから目を覚ますことから始めなくてはならないのかもしれない。情けない話だが、<現代>とはそんなバロック(いびつ)な時代なのだ。
 創41:54以後で語られる飢饉の挿話は決して書物のなかの出来事ではない。われらに無関係の話でもない。寧ろそこからなにかを読み取ることが求められる挿話である。◆

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第1459日目 〈創世記第41章2/2:〈ヨセフの支配〉with緊急プロジェクトについて、早くもクロージングに入りました。〉 [創世記]

 創世記第41章2/2です。

 創41:37-57〈ヨセフの支配〉
 このことについてファラオと家来たちは皆感心した。ファラオは進み出てヨセフにいった。夢解きはあなたの神の業である、という。ならばあなた以上に聡明で知恵ある者はないだろう。あなたをわが宮廷の責任者とする。わたしは王というだけであなたの上に立つ。そうしてファラオは、ヘブライ人ヨセフをエジプト全国の上に立たせる旨、宣言した。人々はヨセフに対して、アブレク、と叫んだ。「敬礼」という意味である。かれはエジプト全国を巡回し、威光はエジプト全国へ隈なく及んだ。
 更にファラオはヨセフに、ツァフェネト・パネアという名を与え、オンの妻子ポティ・フェラの娘アセナトを妻として与えた。飢饉が訪れる前の大豊作の時代にヨセフは長男マナセ(「忘れさせる」;「神が、わたしの苦労と父の家のことをすべて忘れさせてくださった。」創41:51)と次男エフライム(「増やす」;「神は、悩みの地で、わたしに子孫を増やしてくださった。」創41:52)という2児を得た。
 豊かに食糧が蓄えられてその量、半端ない程となった時代のあと、これも夢解き通りに大飢饉の時代が訪れた。それは世界中の国々に及んだ。エジプト全国に飢饉が広まると、民はファラオに食糧を求めた。エジプトはどの町にもファラオが管理する穀倉があったからである。ヨセフはすべての穀倉を開いて、食糧を求める人々に売った。飢饉に見舞われた他国からも、穀物を求める人々がエジプトのヨセフのところへやって来た。そのなかにはあの兄弟もいたのである。

 ツァフェネト・パネアとはエジプトの言葉で「かれは生きる、と神はいった」という意味だそうです。ヨセフが神と共にある存在であることを象徴した名前である、といえましょう。
 ヨセフの義父となるポティ・フェラは祭司であるとのことですが、では「オン」とはなにか? これは太陽神ラーを崇拝する都市ヘリオポリスである由。ここはラーを崇める町々の中心を担っていたとのことです。
 本挿話にてマナセとエフライムが誕生。これでイスラエル12部族(+レビ族)の祖が出揃いました。ここで残りの2人が出て来るとわかってはいても、ずっと読んできて正直わずかばかりの不安を感じたことは、袖口で顔を隠してこっそりと申しあげることに致しましょう。



 来週初めまでと覚悟していた緊急プロジェクトが実は延長になり、非常に胃が痛む思いをしておるのです。が、本夕(昨夕、ですか)になって業務期間短縮の一報が伝えられ、思わずバンザイ。いちおう、明後日の出勤が本案件にかかわることが出来る最後となりました。
 しかし、本当に良かった。わずか3週間とは雖も濃密なことこの上ない時間であった。いままで会釈するが精々であった人たちや、これまですれ違うがせめての関わりであった人たち、そうして本社含め他センターの人たちと交流できたのが良かった。
 それにしても件の一報が引き金となって、あっという間に笑顔となり背筋を伸ばし、まるで勝負に勝ったかのような表情で、喜びを全身で表現してしまえたのかな、と。……でも、どうしてだろう、こんなにやりきった感が漂い、達成感と満足感にあふれる気持ちで一杯なのは。
 さて、明日は休みだ。部屋の掃除をしたあと、『海辺のカフカ』をリクライニング・ソファに寝そべって読むとしよう。否、読むことが出来ればいいな。◆

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第1458日目 〈創世記第41章1/2:〈ファラオの夢を解く〉withどうしてまた僕はビートルズを?〉 [創世記]

 創世記第41章1/2です。

 創41:1-36〈ファラオの夢を解く〉
 2年が経った。或る夜、ファラオはそれぞれ異なる夢を見た。朝になって胸騒ぎを覚えたファラオは、エジプト中の魔術師と賢者を集めて夢解きを試みたが、誰も行える者はなかった。が、そこに件の給仕役の長がいて、このときに至って2年前のことを思い出した。長はファラオにヘブライ人の若者のことを話し、自分の身の上に起きたことを説明した。そこでファラオは即ちヨセフを呼んだのである。
 ファラオは自分の見た夢について語った。曰く、――
 わたしファラオは夢のなかでナイル川の岸にいた。すると7頭のよく肥えて艶やかな雌牛があがって来て、葦辺で草を食べ始めた。そのあとから7頭の貧弱で醜いやせた雌牛があがって来て、肥えた雌牛をすべて食い尽くしてしまった。よく肥えて艶やかな雌牛を7頭も食べたのに、貧弱で醜くやせた雌牛たちは同じ見た目のままだった。
 もう一つの夢はこうだ。よく太ってよく実った7つの穂が1本の茎から出ていた。そのあとからやせ細って実の入っていない東風で干からびた7つの穂が生えてきた。そうして干からびた穂はよく実った穂を呑みこんでしまった。
 わたしはこの夢を解き明かそうと国中の魔術師や賢者たちを集めたが、一人としてその役を果たせなかった。ヨセフよ、お前はどうだ、――と。
 ヨセフは答えた。曰く、――
 ファラオよ、いずれの夢も同じことを告げております。よく肥えた7頭の雌牛とよく実った7つの穂は共に7年を指します。貧弱な雌牛を干からびた穂はそれに続く7年のことでございます。ファラオよ、これより7年の間、国は大豊作の時代を迎えます。その後、国は7年の飢饉の時代を迎えます。何年にも渡る飢饉のなかで、かつてあった大豊作の時代を民は忘れてしまうでしょう。
 しかしファラオよ、これは既に神がこのことを決定し、間もなく実行しようとしていることなのです。ファラオはいますぐ聡明で知恵ある人物を探して国を治めさせ、国中に監督官を立てるようにしてください。大豊作の時代にあっては国中の作物の1/5を徴収し、出来る限りの食物を集めて飢饉に備えて蓄えるのです。これが備蓄となってエジプトの国は飢饉の時代にあっても滅びることはないでしょう、――と。

 賢きヨセフがファラオに進言、国を救う知恵を授ける。――さしずめさんさんかならそうした小見出しを付けそうな挿話。豊作のあとに飢饉が襲う、という内容を知れば、ファラオが見た夢は比較的ダイレクトな告知と映ります。
 が、ここで重要なのは未来が夢のなかでどう語られたか、ではなく、変に穿って誰も真実を見抜けなかったことを監獄のなかにいる外国人が解き明かし、それによって為政者の知己を得る、という点であり、また知己を得たことがきっかけでヨセフが再び陽のあたる場所へ出ていよいよその才覚を発揮する第一歩を記した、という点であります。これが出エジプトの歴史の始まりを教えるものであることも忘れてはならないでしょう。



 TSUTAYAでビートルズのアルバムを4枚、借りようとしました。が、結局借りなかった。借りても聴く時間は殆ど取れないだろう。現実が娯楽を踏み潰した瞬間でした。せめてあと1週間、すべてを我慢しなくてはならない。我慢、というのが可笑しければ、楽しみを先延ばしにする、といおうか。それまでは既にiPodへ取りこみ済みの赤盤と青盤、ホワイト・アルバム、1を繰り返し繰り返し、飽きるまで、否、飽きてもなお聴き続けることにしよう。
 でもホント、よりによって自分が「1」以外のビートルズを、しかもいわばベスト盤のみでなくオリジナル・アルバムまで順番に聴こうという気になるとは、まったく数年前までは思いもよらなかったことでありますよ。もっとも、熱心に聴いているか、といわれれば、胸を張って「否!」と答えることができますけれど。『ノルウェイの森』の影響? ううん、それはぜったい違うと思う。むしろ、牧野良幸のイラストエッセイ集『僕の音盤青春記』であろうね。
 えへ。◆

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第1457日目 〈創世記第40章:〈夢を解くヨセフ〉with昨日のブログのこと&村上春樹『海辺のカフカ』を読み始めました。〉 [創世記]

 創世記第40章です。

 創40:1-23〈夢を解くヨセフ〉
 侍従長ポティファルの家にある王の囚人を繋ぐ監獄にて。ヨセフはまだそこにいた。或る日、ファラオに対して過ちを犯した廉で料理役の長と給仕役の長が送られてきた。侍従長はかれらをヨセフへ預けた。
 或る晩、給仕役の長と料理役の長はそれぞれに夢を見た。その夢にはそれぞれ意味が隠されていた。が、かれらは朝起きた途端に、その夢のことを思うて打ちひしがれた。夢解きをしてくれる者が誰もいなかったからである。ヨセフはかれらに話しかけて事情を知り、どうか自分に夢のことを聞かせてくれませんか、と訊ねた。
 給仕役の長;目の前に一本のぶどうの木がありました。そこには3本の蔓があり、見る間に芽を出し花を咲かせ、実を付けました。私は手にしていたファラオのための杯にぶどうを搾り、王へささげました。
 ヨセフ;3本の蔓は3日を指します。3日経てばファラオがあなたの頭を上げ、元の職へ復職させてくださいます。あなたは以前通り、ファラオに料理を供することが出来るのです。「ついては、あなたがそのように幸せになられたときには、どうかわたしのことを思い出してください。わたしのためにファラオにわたしの身の上を話し、この家から出られるように取り計らってください。わたしはヘブライ人の国から無理やり連れて来られたのです。また、ここでも、牢屋に入れられるようなことは何もしていないのです。」(創40:14-15)
 料理役の長;頭の上に編んだ籠が3個ありました。いちばん上の籠にはファラオのための料理がありました。しかしそれを鳥が食べているのです。
 ヨセフ;3個の籠は3日を指します。3日経つとファラオがあなたの頭を上げて切り離し、木に掛けられます。そうして鳥があなたの肉を啄みます。
 その日から3日経つと、ファラオの誕生日であった。王は家来たちを皆集めて、祝宴を催した。ヨセフが夢解きした通り、ファラオは監獄の給仕役の長と料理役の長の頭を上げて、給仕役の長を復職させて以前通り自分のために杯をささげさせ、料理役の長を木に掛けた。……この手の話にありがちなことだが、給仕役の長はヨセフのことをすっかり忘れてしまっていた。

 いったい2人が犯したファラオへの過ちとはなんでしょう。些細なことであろう、と思います。ファラオが嫌いな料理や食材が器に載っていたとか、盛り付けが気に食わなかったとか、配膳の順番がお気に召さなかったとか、かれらの立ち居振る舞いに不満があったとか。誤ってファラオの体や衣服に酒こぼしちゃいました、とかだったら、監獄に入れらることなく処刑されているような気がします。
 ただ、料理役の長が吊し首にあったという以上、咎は寧ろ料理役の長にあり、給仕役の長はそのとばっちりを受けた側なのかもしれませんね。もっとも、タイムマシンでこの現場を目撃することが出来れば、実際はもっと深刻な話であったのかもしれない、と考え直すのかもしれませんが……。
 なお、時のファラオが誰なのかさんさんかは知りません。第15王朝であるヒクソス朝に王位に在った者であることがわかる程度です。このあたりはエジプトの歴史に詳しい方にお伺いしてみたい者でありますね。



 友だちから連絡を受けて知りました。昨日のブログがいつの間にか閲読出来なくなっていたようですね。知らぬこととはいえ数時間放置していて申し訳ありませんでした。現在はチェックの上公開してありますので、どうかご寛恕ください。
 今日の休みはゆっくり村上春樹『海辺のカフカ』上巻を読み進めることが出来ました。とはいえ、まだ第4章までしか読めていないのですがね。早く緊急プロジェクトが終わって時間もゆとりも取り戻せればなぁ……。◆

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第1456日目 〈創世記第39章:〈ヨセフとポティファルの妻〉with痴話喧嘩には程よい時間?〉 [創世記]

 創世記第39章です。

 創39:1-23〈ヨセフとポティファルの妻〉
 エジプトへ連れて来られたヨセフは、ファラオの宮廷の侍従長ポティファルに買われて、その所有となった。
 主がヨセフと共にいた。主がかれのすることすべて上手く計らったので、やがてポティファルは家の管理をすべてヨセフに委ねた。財産すら信置くヨセフに委ねたため、ポティファルは自分が食べるものを除いて家のことは一切気にかけなくなった。
 「主はヨセフのゆえにそのエジプト人の家を祝福された。主の祝福は、家の中にも農地にも、すべての財産に及んだ。」(創39:5)
 眉目秀麗、体格立派なヨセフをポティファルの妻が誘惑した。かれは彼女を退けた。いまやこの家ではわたしの上に立つ者はありません。わたしの意のままにならぬものはありません。しかし奥様、あなたは別です、あなたは御主人様の妻なのですから。「わたしはどうしてそのように大きな悪を働いて、神に罪を犯すことができましょう。」(創39:9)
 以後も彼女はヨセフを誘惑したが、かれはそれを無視して退けた。
 彼女は策を講じた。家に誰もいないのを見計らって、彼女はまたヨセフを誘惑した。が、かれは逃げた。自分の着物を彼女の手に残したまま。そこで彼女は、戻ってきた家の者らを呼び、ヨセフを詰った。この家にいるヘブライ人に私はいたずらされた。悲鳴をあげたらかれは急いで逃げていった。ご覧、この着物がなによりの証拠だ。――彼女は帰宅した夫にも同じことをいった。あなたの奴隷が私を犯そうとしたのです。
 ポティファルは妻の言葉を信じた。怒ったかれはヨセフを捕らえ、王の囚人をつなぐ監獄へ送りこんだ。
 が、ここでも主がヨセフと共にいた。かれに恵みを施し、監守長の目にかなうよう、主がかれを導いた。ヨセフは監守長の信を得、囚人を皆委ねられ、獄中のことはすべてかれが取り仕切るようになった。監守長はその信ゆえに、ヨセフへ委ねたことは一切目を配らなくても良かったのである。
 「主がヨセフと共におられ、ヨセフがすることを主がうまく計らわれたからである。」(創39:23)

 意のままにならぬ使用人に濡れ衣を着せて監獄(刑務所)送りにしたポティファル妻。これはおそらく文献に見る初の冤罪ではないか。
 無実の人間を標的に、気に喰わぬからてふ理由を以て罪人に仕立てあげられることは、いまも昔もよく聞く話であったらしい。ヨセフが立派であるからこそ、この挿話は一際彩りを放ち、読む者の胸に(なんらかの形で)悪くも残すことになる。わたくしにも――濡れ衣を着せられスケープゴートにされたことある身のゆえに愛着ある挿話となっている。



 夜中です。痴話喧嘩には程よい時間なのかもしれない。が、だからというて寝静まった住宅街でカップルが喧嘩するのはやめていただきたいものですな。
 「返して」だか「帰って」だか、女性はもう涙混じりのヒステリックな口調になっているので判然としかねる上、男も「ああ、なら警察呼べよ。あすこ歩いている人(註;さんさんか)に電話してもらうか」といったり、大声で叫き散らして、もううるさいことこの上ない。サファリ・パークの方がまだ静かじゃ。
 あのカップルは遭遇から既に1時間半が経過したいまも、坂の下で喚き散らし、泣き叫び、互いを罵り合っている。よくそれだけの体力と悪態つけるボキャブラリーをお持ちであることよ。呵々。そろそろ誰か、警察呼んでくれ。安眠妨害じゃよな。
 明日休みだから年末調整の書類を書かねばならぬのに、寝不足の状態で明日一日貴重な休みを過ごさせないでくれよ? でもまぁ、喧嘩する相手がいるだけかれらの人生は吉なのかもしれぬな。◆

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第1455日目 〈創世記第38章:〈ユダとタマル〉withユダの系図はやっぱり凄いや。〉 [創世記]

 創世記第38章です。

 創38:1-30〈ユダとタマル〉
 ヨセフがエジプトへ連れてゆかれている頃、ユダは一人、兄弟から離れて友であるアドラム人ヒラの家の近くに天幕を張って暮らした。その地でユダはカナン人シュアの娘を見初めて、結婚した。エル、オナン、シェラという3人の息子が、夫婦の間に生まれた。
 ユダは長男エルのためにタマルという嫁を迎えた。が、エルは主の意に反したので、主により殺された。ユダは次男オナンに、未亡人タマルのなかに入って兄のため子孫を残すよういった。が、オナンは子種を地面に流してその責を果たさなかったので、同じく意に反したとして主により殺された。
 ユダは、三男シェラが成人するまで実家へ帰っているようタマルにいった。息子が成人したらタマルを呼ぶ、という約束で。彼女はそうした。
 年月が流れ、ユダの妻バト・シュアが死んだ。喪に服したあと、かれはアドラム人ヒラと一緒に、羊毛を刈るためティムナへ向かった。それを知った者が、実家にいるままのタマルへ教えた。彼女は、義父が約束を守る気持ちがないのを悟ると、娼婦のような格好をしてティムナへ行く途中にあるエナイムの町の入り口で、ユダが来るのを待った。そうしてかれは来た。
 ユダは相手がタマルと知らず、娼婦と思いこみ、一夜の値段を交渉した。価は子山羊一匹となった。タマルは、それが届けられるまでの間、ユダが身に付けている紐の付いた印象と杖を求めた。ユダは諾い、彼女のなかへ入って出した。タマルは孕んだ。そうして姿を消した。約束の子山羊を届ける役をアドラム人の友に任せたが、ヒラはそれゆえにタマルを探し出せなかった。
 タマルの妊娠を知ったユダは激怒し、ここへ引きずり出して焼き殺してしまえ、と命じた。が、連れてこられたタマルは潔白を主張した。なぜならば、と彼女はいった。お腹の子供の父親はこの品の持ち主だからです。タマルはそういって、かつてユダの持ち物であった紐の付いた印象と杖を見せた。それが自分のものとわかったユダは、タマルの正しいことを認めた。わたしがシェラを彼女に与えなかったのがいけなかったのだ。
 ――タマルはペルツ(「出し抜き」)とゼラ(「真っ赤な」)という双子の男子を産んだ。

 ユダの嫁バト・シュアですが、「バト」とは女性に冠されてきた語のような記憶がある。ダビデ王のバト・シェバがいちばん有名かもしれない。わたくしの手許にはヘブライ語辞典の類はありませんし、聖書に関する研究書や解説書類を書架に揃えているわけでもありません。ゆえにこれまでの印象や記憶で申すのですが、「バト」は娘の意味であるのでしょうか。たとえば「菅原孝標女」みたいな? 趣味で読んでいるような聖書読書のためにヘブライ語辞典や大部な解説書や注釈書を購うつもりにもなれない身としては、どうにもこんなときに具合の悪い思いをするのですよね……。
 宜しければ〈ユダとタマル〉については代上2:3-5を併読いただけると、一目で系図がわかってよいかもしれません。



 この機会にユダの系図を簡単に記して、「列王記」や「歴代誌」の時代までの俯瞰が出来るようにしたいと思います。こんな風になります、――
 ユダ - ペルツ(母タマル) - ヘツロン - ラム - アミナダブ - ナフション - サルマ - ボアズ - オベド(母ルツ) - エッサイ - ダビデ(七男) - ヘブロン生まれの三男アブサロム、エルサレム生まれの四男ソロモン他 - 北王国イスラエル初代王ヤロブアム1世、南王国ユダ初代王レハブアム、〔以下略〕。
 前後の書物にリンクする固有名詞や事象が出て来ると、がぜん読書は面白くなる。人名や地名で後までつながってゆくケースはその最たるものだと思います。ベテルの由来や位置付けが「創世記」でわかると、「列王記・上」での王国分裂後にある〈ベテルへの呪い〉(王上13)という挿話がよくわかるのはその一例といえます。◆

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第1454日目 〈創世記第37章:〈ヨセフの夢〉&〈ヨセフ、エジプトに売られる〉with11月01日は「自衛隊の日」であるらしい。〉 [創世記]

 創世記第37章です。

 創37:1-11〈ヨセフの夢〉
 末子ヨセフは年寄り子であるがために父ヤコブから溺愛されて育った。それは兄たちの妬みを買うにじゅうぶんであった。
 或る日、ヨセフは自分が見た夢を兄たちに語って聞かせた。兄弟皆で束を結わえていると、わたしの束だけが起きあがり、兄さんたちの束はその前にひれ伏したのです。――兄たちはその夢ゆえにますます末弟を憎んだ。
 或る日、ヨセフは自分が見た夢を父と兄たちに語って聞かせた。今度はこんな夢を見ました。太陽と月と11個の星がわたしにひれ伏していたのです。――兄たちはその夢ゆえにますます末弟を憎んだ。が、父はこのことを心に留めた。

 創37:12-38〈ヨセフ、エジプトに売られる〉
 或る日、父ヤコブがヨセフに、シケムまで行って兄たちが飼っているわたしの羊の群れを見てきてほしい、と頼んだ。ヨセフは諾い、シケムへ行ったが、兄たちも羊の群れもいなかった。野原を探しまわっていると一人の人物に出会った。こういう人たちを見なかったか、と訊くと、その人たちならドダンへ行こうといっていた、と教えられた。ヨセフは礼をいってドダンへ向かい、そこで兄たちを見附けた。
 近附いてくるヨセフを認めて、兄たちは末弟の殺害を計画した。が、長男ルベンが反対した。手を下して血を流すようなことがあってはいけない、穴の一つに投げこめばいいではないか。――ルベンはヨセフが無事で、父の許へ帰るのを望んだのであった。幸いルベンの弟たちは、長兄の提案に従った。追いついたヨセフは水が涸れた穴へ投げこまれた。
 向こうから荷物をたくさん積んだイシュマエル人の隊商が来るのが見えた。ギレアドへ行く途中の隊商だった。穴へ投げこんだままより、かれらへ売ってしまおう、と兄たちは話し合った。なにも殺す必要なんてない、かれも肉親の一人であるのに変わりはないからな。
 ――ルベンはヨセフを穴から引き上げるため、そこへ行ってみた。が、かれの姿はどこにもなかった。そこで兄弟たちは破いてあったヨセフが着ていた裾の長い晴れ着に雄山羊の血を浸け、父の許へ帰った。
 子供たちが持ち帰った血染めの着物を見て、父ヤコブはヨセフが死んだ、と思いこみ、自分の衣を裂き粗布を纏い、幾日も嘆き悲しんだ。かれが息子たちの慰めに耳を貸す気配はなかった。「ああ、わたしもあの子のところへ、嘆きながら陰府へ下って行こう。」(創37:35)
 ――が、ところがどっこい、ヨセフは生きていた。ルベンが穴のところへ来る前、そこを通りかかったミディアン人の商人たちがかれを引き上げ、銀20枚でメダンから来たイシュマエル人を売り飛ばしたのである。
 イシュマエル人たちはエジプトでヨセフを売り、やがてかれはファラオの宮廷にはポティファルの所有となった。


 地名のことだけ、先に。
 第17節にあるドダンはサマリヤ地方にあった町である。なだらかな丘陵地帯で豊かな牧草地である、という。ここは後にマナセの半部族が受け取ることになる土地でもあります。
 第36節にあるメダン。これはいったいなんだろう、という登場の仕方ですよね。どこにあるのか? 本ブログではこれについて、慎重に各種文献も参照しながら、「メダンから着たイシュマエル人」という立ち位置で今回の文章を書きました。
 兄たちはやり過ぎた、と思わなかったであろうか。どれだけ妬んでいても、憎んでいても、そんなことは一つ屋根の下で生活を共にすれば、かならず起こることではないか。妬み、憎しみを悪しき行いによって成就させるのは、とても空しいことだ。そうして目の前から相手がいなくなってしまったあとに感じるのは、満足ではなく達成感でもなく、自己嫌悪や哀しみではないのか。
 自分の醜さや浅ましさ、狭さをいたく感じて、自分のしでかしたことに後悔したり自責の念に駆られたりするような気がするのだけれども。でもこれって一人のケースであって今回のように11人もの人数となると、そんな思いは周囲に呑みこまれて、妬みや憎しみは偽りの大義名分を得て正当化されてしまうのかもしれない。集団心理という奴だ。そう考えると、一人「否」の立場を貫き説得して止めさせたルベンはまともな神経の持ち主だったのかもしれない。なぜか、安堵。



 昨日11月01日は「自衛隊の日」であったそうです。LINEのニュースでそうと知り、安倍首相が自衛隊の式典や防衛大学の卒業式、被災地視察をした際などの映像とスピーチ映像を差し挟んだ、約6分弱の動画を観ました。
 航空ショーへ出掛けるのが好きなさんさんかは自衛隊容認派です。かれらの意義は過日の震災、伊豆大島や西日本の天災に見舞われた土地で、無私の精神で復興活動や救援活動、行方不明者の捜索その他知られざる行為の数々を垣間見れば明らか。
 そんなかれらの姿を見て、日本中が感謝し、その存在感と頼もしさに感銘を受け、かれらあることに誇りと安心を感じた経験をしているはずなのに、どうして未だ自衛隊は必要悪と白い目で視られてしまうことがあるのだろう。
 軍備なくして如何に国の自衛か、専守防衛か。
 自衛隊なくして平和と安心はなし。われらは改めてこの客観的事実を受け容れるべきだ。――と、こんな結びでいいでしょうか?◆

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第1453日目 〈「創世記」補遺〉 [創世記]

 旧約聖書「創世記」を始めて、途中不甲斐なくも休んだり、別原稿を挟むなどして、どうにか今日で46日目(合ってる?)。あとになって「これを書いておくんだった!」とか「うっかり間違えちまったぜ!」ってことがあり、なにげない風を装って訂正したことも、うん、何度かあるね。
 それにしてもわれらは幾つもの印象的な物語を、これまでに読んできましたね。天地創造。アダムとエバ、エデンの園。カインとアベル。洪水と方舟の物語。バベルの塔。アブラハムのイサク献上。アブラハム、マクペラの洞穴に墓所を買うの話。イサクの嫁取り。兄の権利を奪ったヤコブの逃避行。ベテルでの神の顕現。イスラエルとなったヤコブ。シケムの町での虐殺。
 どれもどこかでなにかの形でうっすら見聞した、馴染みある話が並びます。もしかすると読者諸兄のなかには山室静やウォルター・デ・ラ・メア、ヴァン・ルーン、パール・バック、三浦綾子といった人々の聖書物語で、或いは手塚治虫の漫画やアニメ、ハリウッド映画でこれらを知った方もおられるのではないでしょうか。
 「創世記」の物語についてそのたび触れていると大変なことになるため、例えネタがないときでも(そんな日もある!)それについて述べることは避けてきた。いまでもその気持ちに変わりはありません。
 が、それでも今日に至るまで機会を失ってきた事柄もあるわけで。さほど大きなことではなく、「前夜」で洩らした一点についてのみ、この場を借りて書き足しておく次第です。「前夜」でなにを書き洩らしたのか? なにを書き足そうとしているのか? ――「創世記」の構成について、であります。
 多くの解説書などにもありますが、いまわれらが読んでいる「創世記」は大きく3つに分けられます。章節も含めて分ければ、以下のようになります。
 第1部;天地創造からバベルの塔まで(創1:1-11:26)、〈原初の物語〉。
 第2部;アブラハム、イサク,ヤコブ3世代の(創11:27-36:43)、〈族長/父祖の物語〉。
 第3部;ヨセフの流離と一族再会を描く(創37:1-50:26)、〈ヤコブの物語〉。
 こう書き出してみると、これまで読んできた挿話の数々がしっくりと、一つの枠にはまって――装いも新たにわれらの前へ立ち現れるような思いがするのではないでしょうか。実をいえばわたくし自身、いまここに改めて書き出してみて、第3部〈ヨセフの物語〉を新たな目で視られるようになったのであります。序にいうと、そこそこ切りの良いタイミングで構成について述べられたことに安堵しているのです。
 ……さあ、もう大きな心残りはない。例の大型緊急プロジェクトも修羅場を経て落ち着きを取り戻し(このまま静穏にクロージングできますように!!)、帰りも1時間ぐらい早くなりそうだ。それってつまり、帰宅途中でスタバに寄って原稿を書く時間が割ける、ってことなんだ。ヨーセフ・シュトラウスのポルカに倣って、本ブログも〈憂いもなく〉「創世記」第50章の最後の一文を目指して、着実に歩を進めてゆこう。辿り着いた暁には、わたくしはこう叫ぼう。歌おう、感電するほどの喜びを! そうしてこう感謝しよう、サンキー・サイ。

 「道しるべを置き、柱を立てよ。/あなたの心を広い道に。/あなたが通って行った道に向けよ。」(エレ31:21)◆

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第1452日目 〈創世記第36章:〈エサウの子孫〉、〈セイルの子孫〉&〈エドムの王国〉withルネ・ラリック美術館に行きました。〉 [創世記]

 創世記第36章です。

 創36:1-19〈エサウの子孫〉
 「エサウは、妻、息子、娘、家で働くすべての人々、家畜の群れ、すべての動物を連れ、カナンの土地で手に入れた全財産を携え、弟ヤコブのところから離れて他の土地へ出て行った。彼らの所有物は一緒に住むにはあまりにも多く、滞在していた土地は彼らの家畜を養うには狭すぎたからである。エサウはこうして、セイルの山地に住むようになった。エサウとはエドムのことである。」(創36:6-8)
 そのエサウはまだカナン地方に住んでいるとき、3人の妻を得て5人の子供を設けた。ヘト人エロンの娘アダとの間にはエリファズが、ヒビ人アナの娘オホリバマとの間にはエウシュとヤラムとコラが、アブラハムの子イシュマエルの娘バセマトとの間にはレウエルが生まれた。
 その息子たちの系図はこうである。エリファズの男子はテマン、オマル、ツェフォ、ガタム、ケナズ。また、エリファズと側女ティムナが通じてアマレクが。レウエルの男子はナハト、ゼラ、シャンマ、ミザ。エウシュとヤラムとコラの男子は記されていない。
 ここに名を挙げたエサウ/エドムの子孫は、それぞれが首長になった。

 創36:20-30〈セイルの子孫〉
 エサウはエドム地方のセイルに住むフリ人を滅ぼし、ここに住んだ。エサウ入植以前にセイルを治めた首長たちの名は以下の通りである。
 首長ロタン。妹はティムナ、息子はホリとヘマムという。
 首長ショバル。息子はアルワン、マナハト、エバル、シェフォ、オナムという。
 首長ツィブオン。息子はアヤとアナという。アナは父のろばを飼っていたとき、荒れ野に泉を発見した。
 首長アナ、ツィブオンの子。息子はディション、娘はオホリバマ(エサウの妻)という。
 首長ディション。息子はヘムダン、エシュバン、イトラン、ケランという。
 首長エツェル。息子はビルハン、ザアワン、アカンという。
 首長ディシャン。息子はウツ、アランという。
 「以上がフリ人の首長であり、セイル地方に住むそれぞれの首長であった。」(創36:30)

 創36:31-43〈エドムの王国〉
 まだイスラエルに王がいなかった時代。エサウの子孫が入植以前に、エドム地方を治めていた王は以下の通りである。
 1;ベオルの息子ベラ(ティンババ)
 2;ゼラの息子ヨハブ。
 3;テマン人の土地出身のフシャム。
 4;ベダドの息子ハダド(アビト)
 5;マスレカ出身のサムラ。
 6;ユーフラテス河畔のレホボト出身のシャウル。
 7;アクボルの息子バアル・ハナン。
 8;ハダド(パウ)
 ベダドの子ハダドはモアブの野でミディアン人を打ち負かした。最後のハダドの妻はメ・ハザブの孫でマトレドの娘メヘタブエルという。
 8人の王が治めたエドム地方は、入植したエサウの子孫の所領となった。

 ゼラの息子ヨハブは「ヨブ記」の主人公ヨブである、といいます。「ヨブ記」を読むと、ヨブは確かにエドムの人であり、また生活や財産についても相応の地位にあった人であろうことが推察されます。
 また、エサウの息子にエリファズがおり、セイル地方の首長ディシャンの息子に地名に由来するウツが言及されいている点などから、第36章全体が「ヨブ記」の背景を提供するものとなっていると考えることに不可能はない、と思います。これはヘンリー・H・ハーレイも指摘するところであります(『新聖書ハンドブック』P123 いのちのことば社)。
 〈セイルの子孫〉については申2:12(「セイルには、かつてフリ人が住んでいたが、エサウの子孫は彼らを追い払って滅ぼし、代わってそこに住んだ」)も参照していただきたく存じます。
 ところで、創36:25「アナの子供たちは、ディションとアナの娘オホリバマである」という文章、もう少しなんとかならなかったでしょうか。どうにも引っ掛かる日本語訳です。この短い文章は読点を付ける必要があったのか? マソラ本文にはあるかもしれないけど、日本語に移す際「アナの娘」なる語は必要であったか? この二点に少々悩まされ、危うく読み誤るところでした(なにを今更、と申す方もおられるでしょうが)。素直に、「アナの子供たちは息子ディションと娘オホリバマである」と訳すことになにか支障があったのでしょうか。翻訳には読みやすさが優先されるべきときもあるはずでしょう。聖書に関しては尚更である、と考えます。
 ――新共同訳には稀にこんな意図不明の文章が出ます。自分の読解力を棚にあげるな、と文句が出そうですが、敢えてこんな報告もしておきます。



 ルネ・ラリック美術館に行ったのは2日目、宿を出て仙石原を抜けて向かったのでした。雨が降っていたのが残念でしたが、美術館に着いては却ってそれが良かったと思います。
 特別展「日曜日の庭」に伴って特別展示されていた作品の一つが、水面に映る波紋を描いたガラス工芸作品であったからです。これを鑑賞したあと、外の池に幾つも幾つも出来る波紋を眺めるのは、なんともいえぬ幸福を胸のなかで感じました。外光ありきの作品展示でもあったため、光量が一定である斯様な天気であることは良い方向に働いたように感じました。
 いつまでも居たかったけれど――心ゆくまで日がな一日ラリック作品と向かい合って時間を過ごしたかったけれど、残念ながらそんな贅沢が叶えられるはずはなく。また、叶わぬからこそいつまでも深く残り続けるものでもあるから、再訪を決めて次の場所へと向かったのであります。◆

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第1451日目 〈創世記第35章2/2:〈ラケルの死〉、〈ヤコブの息子たち〉&〈イサクの死〉with秋の箱根から帰ってきました。〉 [創世記]

 創世記第35章2/2です。

 創35:16-22 1/2〈ラケルの死〉
 ベテルを発ってそう経たぬ頃、ラケルが産気づいた。難産の末に男子が産まれたが、産後すぐにラケルは死んだ。息を引き取る寸前彼女は息子をベン・オニと呼んだ。「わたしの苦しみ」という意味である。が、ヤコブはその子をベニヤミン(「幸いの子」)と名付けた。
 ――ラケルはエフラタ即ち今日のベツレヘムに埋葬された。そこには記念碑が立てられて、いまでも葬りの碑として残っている。かれらは更に旅を、ヤコブにとっては帰還の旅を続けた。
 ミグダル・エデルを通過した場所で天幕が張られた。ヤコブの長男ルベンとヤコブの息女ビルハが同衾したという話がヤコブの耳に入ったのはここである。

 創35:22 2/2-26〈ヤコブの息子たち〉
 ヤコブには12人の息子がいる。
 妻レアがルベンとシメオン、レビ、ユダ、イサカル、ゼブルンを産んだ。
 妻ラケルがヨセフとベニヤミンを産んだ。
 ラケルの召し使いビルハがダンとナフタリを産んだ。
 レアの召し使いジルパがガドとアシェルを産んだ。
 ――ベニヤミンを除く11人がパダン・アラムで生まれた。

 創35:27-29〈イサクの死〉
 ヤコブは父イサクのいるヘブロンのマムレに到着した。かつて祖父アブラハムが滞在し、祖母サラと共に埋葬されたマクペラの洞穴に近い場所である。イサクはベエル・シェバの北に位置するこのヘブロンへ移ってきていた。
 ヤコブの帰りを待つかのようにしてイサクは息を引き取った。享年180。セイルから上ってきたエサウと、パダン・アラムから帰ってきたヤコブの兄弟によって、イサクはマクペラの洞穴へ埋葬された。

 ミグダル・エデルというのが今日でいうとどこになるのか、それは不詳です。が、「見張りの塔」や「群れの塔」などの意味から、そうしてミカ4:8に出て同じ場所を指す「羊の群れを見張る塔」なる表現からして、この一帯が養羊が盛んであったことが窺えます。となると、羊飼い/牧者として描かれるメシア所縁のベツレヘム近郊にミグダル・エデルがあるというのは、とても納得できることなのであります。
 なお、ベツレヘムはダビデ王と、その血を引くイエスが生誕した地でもあります。聖書のなかでメシアとして表現される2人が同じ町の出身であることは決して偶然ではないでしょう。
 イサクがベエル・シェバを離れてヘブロンへ移ってきていたのは、もしかすると自分の死期を悟ってのことだったかもしれませんね。



 更新が遅れて申し訳ありませんでした。旅行から帰った疲れでもうブログ更新に費やす余力もなかった。
 でも、久しぶりに家族と出かけた秋の箱根は静かで快適で、良かったですよ。2日目は雨に降られたけれど、台風が過ぎたあとというが幸い。
 2つ3つの思い出については追々スケッチみたいに記して、ここでお披露目してゆければ、と思います。◆

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第1450日目 〈創世記第35章1/2:〈再びベテルへ〉withノートの方法を変えています。〉 [創世記]

 創世記第35章1/2です。

 創35:1-15〈再びベテルへ〉
 神の言葉に従ってヤコブたちはベテルへ向かった。かつてその地であなたのために現れた神のための祭壇を築きなさい、と神はヤコブにいった。それに伴ってヤコブは家族と一緒にいるすべての人々に、われらは皆、衣服を改め身を清め、身に付けている外国の神々を取り去ろう、といった。わたしヤコブはその地に苦難のときに一緒にいてくれた神のための祭壇を造る。
 人々はいわれたとおり、身に付けていた外国の神々を取り去り、シケムの近くの樫の木の下にそれを埋めた。かれらはシケム近郊に張っていた天幕を畳み、そこを発ってベテル目指して南へ進んだ。主の威光が途中の町の人々を恐れさせたので、ヤコブ一行は誰にも襲われることがなかった。
 かれらはカナン地方を南下し、かつてはルズという名のベテルへ着いた。リベカの乳母デボラが死んで埋葬されたのは、ベテルの下手にある樫の木の下である。そこがアロン・バクト(「嘆きの樫の木」)と呼ばれる由縁である。彼女はヤコブの家族から深く愛され、篤く敬われていた。
 ヤコブがパダン・アラム/ハランから帰ってきたことを神は喜んだ。神はかれを祝福して、いった。曰く、――
 「あなたの名はヤコブである。しかし、あなたの名はもはやヤコブと呼ばれない。イスラエルがあなたの名となる。(中略)/わたしは全能の神である。/産めよ、増えよ。/あなたから/一つの国民、いや多くの国民の群れが起こり/あなたの腰から王たちが出る。/わたしは、アブラハムとイサクに与えた土地を/あなたに与える。/また、あなたに続く子孫にこの土地を与える。」(創34:10-12)
――神はそういって、その場所を離れ、昇って行った。
 ヤコブはその場所に、石の柱で記念碑を立てた。そこにぶどう酒を注ぎ、油を注いだ。神が自分に語ったその場所を、かれはベテル(「神の家」)と名附けた。

 シケムを出発するにあたって、ヤコブは外国の神々を象った像や装身具の一切を捨てることを人々に呼び掛けました。これから自分をこれまで守ってきてくれた神の縁の土地へ入ること、既に神が祖父と父に与えると約束したばかりでなく自分とその子孫にまで与えるといった土地を進んでゆく以上、それは絶対に必要な行動であった。
 汚れなき身で神の守護を得ながら、縁の地ベテルへ進んでゆくことはヤコブにとって、満ち足りた気持ちを保ったまま帰るべき地へ帰ってきたという自信と誇りであったろう。
 おそらく、ハランを発つ際ラケルが父の家から盗み出した家の守り神の像も、このとき樫の木の下に埋められたものと思われます。
 乳母デボラの名はここが初出ですが、既にその存在は創24:59にイサクの妻リベカの乳母として登場します。彼女はリベカ没後ヤコブの家に仕えて、推測の域を出ませんがハランへの逃亡に動向したのかもしれません。埋葬地に斯様な名が付けられ、殆ど唐突な言及のされ方などから、デボラはヤコブの家の人たちから愛されていたのでしょうね。



 一日のブログの文字数が「創世記」に入った途端、多くなっていることにお気付きと思います。情報量の多さといってしまえば聞こえはいいが、自分のノート力の低下にその原因があるのかもしれない。
 これまで本ブログの原稿は、まず無印良品のリングノートに書かれました。そのあと100円ショップで買うA5サイズのノートに推敲した上で、ワープロソフトを用いて清書され、午前2時の定時更新と相成っていました。
 が、現在はそうではないのだ。12小預言書の後半あたりからだが、無印良品のリングノートへ下書きを書いたあと、すぐにノートPCでの清書に取り掛かる。
 文章の量が増えたりしたのは途中のワン・クッションがなくなったことで、文章の推敲に多くの時間を割けなくなったためかもしれない。本来のやり方の方がより良いものが出来るとわかっているのだが……。
 現在の手法で良くなれるのならば、それに越したことはない。下書きの段階で限りなく決定稿に近い文章にしておけばいいだけの話だもの。しかしそれがまた難しいことも限りなく事実である。困ったものだね。◆

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第1449日目 〈創世記第34章:〈シケムでの出来事〉withどうしてベローチェって、……〉 [創世記]

 創世記第34章です。

 創34:1-31〈シケムでの出来事〉
 町の首長であるレビ人ハモルの息子シケムは、偶々町に用あってやって来たヤコブの娘ディナに情欲を抱き、これを辱めた。が、かれは彼女を真剣に愛した。妻にしたい、と願った。それがため、シケムは父と共にヤコブの天幕に行き、ディナを嫁に欲しい、と頼んだ。
 ハモルがヤコブに、息子とあなたの娘を夫婦にしてわれらは縁者となりましょう、といった。あなた方にわれらの土地の一部を差しあげます、自由に使ってください、とも。
 シケムはヤコブにいった。あなた方の望むものを差しあげますから、お嬢さんをわたしの妻にください。
 ――そのときヤコブはなんの返事もしなかった。かれの息子たちが皆狩りに出掛けていたからである。戻ってきたかれの息子たちは父から話を聞いて憤怒した。
 かれらは町へ行き、ハモルとシケムに会って、いった。割礼を受けていない男に妹を嫁にやるわけにはいかない。あなたはもちろん、町の男子は皆が皆、割礼を受けて、われらと同じようになってほしい。そうすればわれらは町の娘を娶り、一つの民となることができましょう。町の男子が皆割礼を受けること、この条件に同意されるなら、われらはこの町から立ち去ります。
 ハモル父子はこれを良い提案と思った。「とくにシケムは、ヤコブの娘を愛していたので、ためらわず実行することにした。」(創34:19)
 町の人々を集めた前でハモルがいった。ヤコブとその家族はなかなか信頼できるひとたちだ。かれらの提案を受け容れ、男子はみんな割礼しようではないか。そうすればわれらはかれらと同じになり、かれらの家畜の群れも財産もすべてわれらのものとなる。われらはただ、ヤコブの息子たちが出した条件に同意さえすればよいのだ。
 こういう次第で町の男子は皆、割礼を受けた。
 が、割礼の傷の痛みがまだ消えぬ3日目のこと。ヤコブの息子シメオンとレビは剣を持って町に入り、殆ど抵抗されることもなく男たちを殺した。ハモルとシケムも例外ではなかった。シメオンとレビは女と子供をすべて捕虜とし、町のなかのものも、野にあるものも、家のなかにあるものも、すべて略奪した。かれらはディナをシケムの家から連れ戻して家に帰った。
 ……これを聞いたヤコブは、なんということをしたのか、といった。これでわれらはカナンの人々から憎まれるようになった、少人数ゆえに攻められたら滅ぼされてしまう。
 が、シメオンとレビは、ではわたしたちの妹が娼婦のように使われてもよいのですか、と反駁するのだった。

 果たしてどちらが悪いのだろう。ディナを凌辱したシケムと、その復讐に町を滅ぼし略奪した兄弟と。シケムは行為のあとでディナを愛する自分に気附き、悔いて改めて妻に迎えようと誠意を見せた。が、その誠意が実って始まったディナとの生活はあっという間に終わった。
 妹が辱めを受けたことに対する報復とはいえ、シメオンとレビはちょっとやり過ぎなのではないか。精々がハモルとシケムを殺せばよいものを、どうして割礼の傷の痛みで満足に動けない男子皆を剣に掛け、捕虜を作り、町のものや野のもの、家のものすべてを略奪する必要があったのか。もし強姦ゆえにシケムが糾弾されるなら、シメオンとレビも同じかそれ以上に弾劾されて然るべきであろう。
 肉から始まる愛もある。今日に於いても古代に於いても然り、ならばシケムの行為はその悔い改めゆえに限りなく<否>に近い<是>であったのではないか。むろん、それを容認する意見に与する者ではないことは、これまで本ブログをお読みくださってきた人々にはご理解いただけよう。

 予感でしかないが、これはけっして<復活>ではない。睡眠時間を減らしてでも、本ブログを更新しなくてはならない理由がある。それだけの話です。



 どうしてベローチェってあんなにカウンター内がうるさいのだろう? 皿を重ねたりマグカップを置いたりする音を、まるで店内の隅々にまで響き渡らせることがわれらがステータス、とでもいわんばかりの騒々しさだ。それともそれは店に30分以上いる客たちへの威嚇行為なのかな。
 もちろん、これは横浜市内にある某オフィスタワー1階に入っているベローチェの話。わたくしのベローチェ・デヴューであった田町や伊勢佐木モール入り口の店舗、或いはアルバイトが終わったあと神保町の古本屋街を彷徨したあとで寄る駿河台のヴェローチェは、なかなか快適であった、と記憶する。願わくばこの記憶が事実で、いまでも当時の印象が保たれている店舗でありますように。
 そういえば駿河台にあった地下のシャノアールがなくなってずいぶんになりますね。淋しいものです。◆

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第1444日目 〈創世記第33章:〈エサウとの再会〉with真夜中の数十分の読書〉 [創世記]

 創世記第33章です。

 創33:1-19〈エサウとの再会〉
 いよいよエサウと再会する瞬間が訪れた。事前の情報通り、かれは400人の供を引き連れていた。
 ヤコブは家族を血のつながる母子の集団に分けた。即ち側女、レア、ラケルの集団で、その順番に進ませた。ヤコブ自身は先頭に立ち、兄の前に出るまで7回、地にひれ伏した。
 弟に続いて自分の前に出てひれ伏す人々を見たエサウが、この人たちは誰なのか、と訊いた。ヤコブは答えた。御主人であるあなた様への贈り物です。どうぞお受け取りください。「神がわたしに恵みをお与えになったので、わたしは何でも持っていますから。」(創33:11)
 何度か拒んだ末、エサウはヤコブからの贈り物を受け取った。
 エサウはヤコブに、セイルへ一緒に行こう、といった。が、ヤコブは断った。人も家畜も皆疲れ果てています。どうぞ先に行ってください。わたしどもはあとからゆっくり参ります。
 では、何人かを置いてゆこう、とエサウはいった。が、ヤコブは断った。ご好意だけでじゅうぶんです。
 エサウとその供の者たちはヤコブ一行に先立ってセイルへ帰った。ヤボク川がヨルダン川と合流するため大きく南へ折れた場所に、家畜のための小屋を造った。ゆえにそこはストコ(「小屋」)と呼ばれる。
 斯くしてヤコブはカナン地方にあるシケムの町へ無事到着し、その郊外へ宿営した。天幕を張った土地の一部をシケムの父ハモルから購入したヤコブは、そこに神なる主のための祭壇を建てた。かれはそれを“エル・エロヘ・イスラエル”(イスラエルの神エル、もしくはイスラエルの神の神)と呼んだ。

 一部引用もした創33:11はまるで、兄エサウが持っていた長子権も父イサクから与えられるはずであった祝福も、すべて、弟であるわたしヤコブが持っていますから、家畜はどうぞあなたに差しあげますよ、というているように聞こえます。わたくしの先入観もあるでしょうが、ちょっと嫌な奴ですな、やはりヤコブという男は。少なくともこの台詞がなんの思惑もなく意図もなく発せられたとは考え難い。過去の罪ゆえに自分をちょっとでも大きく見せたいのかもしれませんが、事実長子権も祝福も手に入れ、家族に恵まれ財産を築いたヤコブがそんなポーズを取る必要はないはずであります。となれば、どうしても腹に一物抱えての台詞に聞こえてならぬのであります。
 ところでなぜ、ヤコブ一行はまっすぐベテルへ向かうことなく、シケムへなど寄り道したのであろう。アブラハムがハランからカナンへ入る際、最初に滞在したのがシケムでありました。わたくしはおそらくヤコブは祖父の行程を、その経緯からなぞったものではあるまいか、と考えます。が、いずれにせよ、寄り道しなければ、次章で紹介する悲劇は起こらなかったでありましょうに……。無念としか言い様がありません。なお、シケムはエバル山とゲリジム山の間にあって、カナンの中心地。そうして、ヤコブの遺体が埋葬された場所でもありました(ヨシュ24:32、ex;創50:26、出13:19)。
 兄弟のやり取りを窺っていると、ヤコブはエサウと一緒に行動したがっていないように思えてしまうのも、やはり先入観に捕らわれているためかなぁ……。いけないね。



 寝る前の30分程度でしか本が読めないけれど、それだけにこの時間は至福の一時で、なにがあっても守りたい時間となっています。
 『スプートニクの恋人』はそれに加えて通勤時間にも読んでいるから別として、真夜中の数十分の読書には『鬼貫句集』や『シュトルム詩集』のような韻文が素敵なまでに似合っています。◆

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第1443日目 〈創世記第32章3/3:〈ペヌエルでの格闘〉with Evernoteが楽しい。〉 [創世記]

 創世記第32章3/3です。

 創32:23-33〈ペヌエルでの格闘〉
 その夜、ヤコブは妻と側女と子供たちを連れてヤボクの渡しを渡った。先に皆を渡らせ、次に荷物を。ヤコブは一人あとに残ったのだが、そのときである、かれが何者かと夜明けまで格闘したのは。相手はヤコブと組合い、勝てぬと思うてか、ヤコブの腿の関節、つまり腰の筋のところを打った。それは格闘中に外れた。
 もう去らせてくれ、夜が明けてしまう、と、相手――その人がいった。否、とヤコブは拒んだ。放しません、祝福してくれるまでは。相手が、お前の名はなんというのか、と訊いた。ヤコブは答えた。わたしの名前はヤコブです。
 「その人は言った。『お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。』
 『どうか、あなたのお名前を教えてください』とヤコブが尋ねると、『どうして、わたしの名を尋ねるのか』と言って、ヤコブをその場で祝福した。
 ヤコブは、『わたしは顔と顔を合わせて神を見たのに、なお生きている。』と言って、その場所をペヌエル(神の顔)と名付けた。」(創32:29-31)
 ――ヤコブがペヌエルを発ってヤボクの渡しを渡ろうとしたとき、太陽が彼の上に昇って大地を照らした。そのときのかれは腿の関節が外れていたため、足を引きずっていた。このことが理由となって、いまもイスラエルの人々は腿の関節の上にある腰の筋を食べない。

 ようやくここでイスラエルという名の由来が明かされましたね。「神は闘う」或いは「神と闘う」がその意味。<ヤコブではなくイスラエルと呼ばれる>というのは、このあと創35:10でも繰り返されます。
 神の顔を見たのに生きている、というヤコブの台詞は、出33:11でのモーセの台詞と重なります。本来は神の顔を見ると死ぬ、といわれていました。顔を合わせてなお生き存える者は即ち選ばれた者であるのかもしれません。
 ヤコブが格闘する相手の名前を尋ねようとした場面については、デレク・キドナー著ティンデル『創世記』(いのちのことば社)に「名前は、その名前の持ち主の性格を示す可能性があると見なされている。自分の名前を言うことは、時には自分自身を明らかにする行為となりうることがあった」(P213上段)とあることをご紹介しておきます。
 なお、今日出勤前に立ち寄ったカフェで漫然と「エレミヤ記」を読んでいたら、エレ31:19で語られるエフライムの嘆きの表現が、本挿話を念頭に置いての表現であるように感じました。なお、同じ「エレミヤ記」の同じ章には、ラケルが息子たちのゆえに泣いている、という文言も見えます。



 最近、Evernoteが楽しくて仕方ない。
 取り敢えずのものから必携のものまで、タイトルさえちゃんと付けておけば、放りこんでおくだけで結構な分量の情報が蓄積できる。プライオリティをタイトル覧に表示しておくと勝手も良くなることに気が付き、ただいま鋭意編集中。
 望むべくはノートがそれぞれカテゴライズできて、カテゴリ毎にソートが出来るようになればなおベターなのだが、もしかするとわたくしが知らないだけで出来るようになっているのかな。◆

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第1442日目 〈創世記第32章2/3:〈エサウとの再会の準備〉with『小澤征爾さんと、音楽について話をする』はいつ文庫化されるのだろう?〉 [創世記]

 創世記第32章2/3です。

 創32:2-22〈エサウとの再会の準備〉
 ヤコブ一行の旅は続いた。或る場所まで来ると、突然、神の御使いたちが現れた。ヤコブは思わず、ここは神の陣営だ、といった。この場所が「二組の陣営」を意味するマナハイムと呼ばれるようになったのは、そうした由縁からである。

 ヤコブはセイル地方、即ちエドムの野に住む兄エサウとの再会の準備をした。まず、帰還の一報を伝える者をエサウのところへ派遣した。その者が戻ってきていうには、エサウ様はあなたを迎えるため400人のお伴を連れてこちらへいらっしゃるとのことです。
 兄エサウの攻撃を恐れたヤコブは思い悩んだ末、一緒にいる人々と羊を始めとする家畜を2つの集団に分けることにした。仮に兄が一方に攻撃を仕掛けてきても、残りは助かるだろう、との考えからである。かれはアブラハムの神、イサクの神に祈った、――
 どうか、わたしを兄エサウの手から救ってください。わたしはかれが怖いのです。かれがわたしのみならず母やわたしの妻子をも殺そうとしないか、不安なのです。あなたはわたしにこういいました;かならずお前に幸いを与える、お前の子孫は天の星浜辺の砂のように数えきれない程多くなる、わたしはお前と共にいる、と。どうか、わたしを兄エサウの手から救ってください。
 その晩、一行はそこに野宿した。ヤコブは自分の荷物からエサウへの贈り物を選り分けた。内訳は以下の通りである、――
 ・雌山羊:200匹
 ・雄山羊:20匹
 ・雌羊:200匹
 ・雄羊:20匹
 ・乳らくだとその子供:それぞれ30頭ずつ
 ・雌牛:40頭
 ・雄牛:10頭
 ・雌ろば:20頭
 ・雄ろば:10頭
以上。
 ヤコブはこれを幾つかの群れに分け、それぞれを召し使いたちに委ねた。そうして先頭の群れを預かる者に、エサウに会ったらこういうように、と指示した。お前の主人は誰か、どこへ行くのか、これらの家畜の群れは誰のものか、とエサウに問われたら、これらの家畜はあなたの僕ヤコブが御主人であるあなたへ差しあげるものでございます、ヤコブもあとから参ります。
 ヤコブは2番目の群れを預かる召し使いにも、3番目の群れを預かる召し使いにも、同じことをエサウに会ったらいうよう指示して送り出した。この贈り物によって兄エサウの気持ちを宥められたら良い、とヤコブは考えていた。
 その夜、かれは野営地に留まった。

 慎重に計画を詰めて事を運んでゆくヤコブですが、自分の身に危険が迫ると感じるや、かれは真剣な思いで神へ祈りをささげる。そうして、自分と家族に災いが降りかからぬよう求めた。これまでヤコブはどちらかというと頭が切れる策略家、ずる賢さが目立つ役回りでした。
 が、本章ではエサウの接近を知って狼狽し、それこそ一心不乱に先祖の神を求め、祈り、望んだ。ここまで如何様に描写されてこようとも、ああ、やはりヤコブは神に寵愛された民の首長であった、と安心する。その思いは次の挿話にてより明らかになるはずです。
その夜、かれは野営地に留まったーーそこでヤコブはどんな体験をしたか? 明日はそれについて触れることに致します。
 個人的にはお気に入りの挿話の一つであります。



 村上春樹の著作で小説以外に好きな本は? と問われたら、あれやこれやと思い悩んだ末に『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社)を挙げます。
 クラシック音楽についての対談としては、異色中の異色といえる一冊ですが、まるで作品の襞に光を当てるような予想の斜め上を行く発言の数々には、幾度となく唸らされてしまった。特に読み応えがあったのは、マーラーとオペラを巡る対談と、スイスでのマスタークラスについての文章。ここばっかり読んでいた時期もあったっけな。
 本書の刊行は2011年、そろそろ文庫化されるかな、と期待しているが、なかなか希望はかなわない。ジム・フジーリ『ペット・サウンズ』の文庫化が単行本から3年後だから、本書もまだ先かな。◆

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第1441日目 〈創世記第31章&第32章1/3:〈ヤコブの脱走〉、〈ラバンの追跡〉&〈ヤコブとラバンの契約〉withヴェールに隔てられた世界にいるあなたへの頌歌〉 [創世記]

 創世記第31章と第32章1/3です。

 創31:1-21〈ヤコブの脱走〉
 ヤコブは気附いていた。ラバンの息子たちが、ヤコブはお父さんの財産をすべて奪って自分の富を築いたのだ、と陰口していることを。義父ラバンの態度が以前の親しみあるもの信頼あるものとすっかり変わってしまったことを。
 或る日、ヤコブはレアとラケルを野原の羊の群れのところへ呼んだ。近頃あなたたちの父君と兄弟たちがわたしを快く思っていないことは知っているだろう。父君はわたしの約束を何度も違えた。しかし、わたしへ手を下すには至らなかった。わが父イサクの神がそれをさせなかったからだ。けれども、夢のなかに神は現れて、わたしにいった。あなたの故郷であるカナンへ帰りなさい、わたしはあなたと共にいる、と。お前はかつてベテルで記念碑を立てて油を注ぎ、誓願を立てたではないか。さあ、ここをあとにして故郷へ帰りなさい。そう神が夢のなかでわたしにいったのだ。
 それにレアとラケルが首肯した。「神様が父から取りあげられた財産は、確かに全部わたしたちと子供たちのものです。ですから、どうか今すぐ、神様があなたに告げられたとおりになさってください。」(創31:16)
 ――ラバンが羊の毛を刈るため出掛けていた或る日、ヤコブは妻と子供たち、パダン・アラムで得たすべての財産である家畜を伴い、父イサクのいる故郷カナンのベエル・シェバ目指して出発した。かれは自分が逃げ去ったことを悟られぬようラバンを欺いた。そのときラケルは父の家の守り神(テラフィム)の像を盗んだ。一行はユーフラテス川を渡って南西に向かい、ギレアドの山地へ差しかかった。カナンはもうすぐであった。

 創31:22-42〈ラバンの追跡〉
 3日目になってようやくラバンはヤコブの脱走に気附いた。一族を率いてかれはあとを追い、ギレアドの山地で追いついた。双方共にギレアドの山に天幕を張った。
 ラバンはヤコブに、なんということをしたのか、といった。なぜわたしを欺いてこっそり逃げていったのか。一言いってくれれば喜んで送り出してやったのに。わたしはお前を痛い目に遭わせることもできる。が、お前の神の言葉――「ヤコブを一切非難せぬよう、能く心に留めておきなさい。」(創31:24)――ゆえにそれはしない。故郷が懐かしく思うなら去っても構わぬ。しかしどうしてわたしの家の守り神の像を盗んだりしたのだ。
 ヤコブはラバンに、帰るといえばあなたがわたしの妻たちを奪い取るのではないかと恐れたのです、といった。もし、あなたの家の守り神の像をわたしたちのうちの誰かが盗んだなら、その者を許さずにはおきません。どうかわれらの前でお調べください。――ヤコブはこのとき、ラケルが盗んだことを知らなかった。
 ラバンはヤコブ一行の天幕をつぶさに調べた。家の守り神の象は見附からなかった。月経のせいで立つことができません、といったラケルの坐るらくだの鞍の下に隠されていたからである。
 ヤコブがラバンを責めた。あなたの家のものが一つでも出て来たならそれをここに出して、われらを裁いてもらおうではないか、と。続けて曰く、――
 「この二十年間というもの、わたしはあなたの家で過ごしましたが、そのうち十四年はあなたの二人の娘のため、六年はあなたの家畜の群れのために働きました。しかも、あなたはわたしの報酬を十回も変えました。もし、わたしの父の神、アブラハムの神、イサクの畏れ敬う方がわたしの味方でなかったなら、あなたはきっと何も持たせずにわたしを追い出したことでしょう。神は、わたしの労苦と悩みを目に留められ、昨夜、あなたを諭されたのです。」(創31:41-42)

 創31:43-32:1〈ヤコブとラバンの契約〉
 もはや手出しはすまい、とラバンがいった。お前とわたしの間で契約を結び、証拠となるものを立てよう。
 ヤコブは一つの石を取って記念碑とした。そうして石塚を築かせ、その傍らで食事をした。そうしたことから、そこはガルエドと呼ばれ、また、「見張り所」を意味するミツパとも呼ばれた。互いに離れたところにいるときでも、主がわれらを見張ってくれるように、との思いからである。
 「神御自身がお前とわたしの証人であることを忘れるな」(創31:50)とラバンがいった。更に、「ここに石塚がある。またここに、わたしがお前との間に立てた記念碑がある。この石塚は証拠であり、記念碑は証人だ。敵意をもって、わたしがこの石塚を越えてお前の方に侵入したり、お前がこの石塚とこの記念碑を越えてわたしの方に侵入したりすることがないようにしよう。どうか、アブラハムの神とナホルの神、彼らの先祖の神が我々の間を正しく裁いてくださいますように。」(創31:51-53)
 ヤコブも父イサクの畏れる方にかけて誓った。そうして山上でいけにえをささげ、一族を招いて食事し、一夜を過ごした。翌朝、ラバンはアラム・ナハライムへ帰っていった。

 どうしてラケルは家の守り神の像を盗んだりしたのか? 真意は定かでありませんが、そこにはなんらかの宗教的な衝動や意味があったのかもしれません。が、アラムの神を象った偶像をアブラハムの神の愛と護りを受けるイサク-ヤコブの土地へ持ちこむことは、そこに意図するものがなかったとしても禁忌というに相応しい行動であったであろうことは、まず疑うべくもないでありましょう。
 ギレアドはヨルダン川の東側に広がる山岳地帯で、後に嗣業地として分割壌土された際はガド族とルベン族、マナセの半部族の所領となりました(ex;民32、ヨシュ13:8-12,15-32)。ヤコブらがどれだけの日数でここに到着したかはともかく、ラバン一行が追跡した際の記述では、ハランからギレアドまで7日の距離があったということです(創31:23)。
 ヤコブとラバンが契約を結び、記念碑を立てたガルエドは「証拠の石塚」という意味である。この直前にラバンはここをエガル・サハドタと呼んだ。意味するところは同じで、ラバンはガルエドをアラム語で斯く呼んだのであります。改めて創31:20でも触れられているように、ラバンがアラム人であり、ヤコブとは異なる地域に根を持つ民族であることを、われらに思い出させます。



 切ない程に手が届かない存在に憧れ恋い焦がれること程嗚咽に等しい苦しみってあまりないと思う。
 どこかで頑張るあなたに負けぬようわたくしも生きてゆこう。◆

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第1440日目 〈創世記第30章3/3:〈ヤコブの工夫〉with『和漢朗詠集』刊行に寄す。〉 [創世記]

 創世記第30章3/3です。

 創30:37-43〈ヤコブの工夫〉
 ヤコブはポプラとアーモンドとプラタナスの若枝を手折り、表面が縞模様になるよう皮を剥いだ。それは家畜の水飲み場にある水槽へ沈められた。家畜が水を飲みにやって来ると、果たしてかれらはそこで交尾し、縞やぶちやまだらのある子が生まれた。
 次にヤコブは羊を二手に分けた。一方の群れをラバンの群れのなかの縞のものと全体に黒みがかった羊に向かわせた。それをしたのは自分の群れだけで、ラバンの群れにはしなかった。
 また、丈夫な羊が交尾する時期になると、ヤコブは件の枝をいつも水ぶねのなかへ入れておいた。すると、水を飲みにやって来た羊はそこで交尾して子が生まれた。それはヤコブのものとなった。が、弱い羊には件の枝を与えなかったので、それはラバンのものとなった。
 斯くしてヤコブは以前にも増して富み、たくさんの家畜や男女の奴隷、らくだやろばを所有した。

 ヤコブの母親譲りの才覚が発揮されたのが〈ヤコブの工夫〉です。
 自分の望みが伝えても叶わぬなら叶う状況を作ってしまおう、という発想の切り替えと、実現するためにはなにをすればいいのかを考えて実行する能力は、これまでお目に掛かることは殆どなかったように記憶します。
 そうして最後には相手の持ち駒を有効に、巧みに使って自分自身を勝利へ導く術は驚嘆せざるを得ません。かれの才覚はもちろん、困難な条件の下で最前、最良の結果を引き出す粘り強さと、流れを読むに敏な目端の鋭さなどを評価すべきでしょう。
 生涯を象牙の塔や教会にこもって過ごす方々にとっては――数多くの研究所や注釈書の類が表面を撫でて通り過ぎるだけの本挿話は、なるほど、さして興味を引かれず関心も持たれぬようなこぢんまりとしたものだけれど、わたくしはここに組織に組みこまれて生活する者たちが汲み取るべき<教え>を読む。げにすまじきは宮仕えなれど、げにすべきも宮仕えなのである。
 与えられた環境、条件、状況からどれだけ最良の結果を生み出すか? そのヒントが本挿話にはある。それは、朝起きたら会社に行き、上司同僚取引先に揉まれながら仕事して、退社したら帰って寝る(ときどき寄り道あり)、というありきたりな毎日を送っていなければ見出せぬものでもあるだろう。むろん、夜勤ならこのパターンは逆になる。言わずもがなだろうけれど、いうておく。
 大袈裟かもしれぬが、わたくしはここにカラヤンを見る。パウエルを見る。数多の無数の努力家たちを見る。



 『和漢朗詠集』が本屋の平台に置かれていた。懐かしい、と思うた。手にしたら意図したわけでないのに昔から好む作品が目の前に現れて、じわりと一滴の涙があふれた。◆

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第1439日目 〈創世記第30章2/3:〈ラバンとの駆け引き〉withポメラ購入を迷っています。〉 [創世記]

 創世記第30章2/3です。

 創30:25-36〈ラバンとの駆け引き〉
 12番目の子ヨセフを授かった頃だ、ヤコブはラバンにいった。そろそろ妻と子を連れて父のいる故郷へ戻ろうと思います。これまでにわたしがあなたにどれだけ尽くしてきたか、よくご存知でしょう。だからその働きに免じて、そろそろお暇をいただけませんか。
 伯父はかれを宥めて、もっといてもらうわけにはいかないだろうか、と尋ねた。占いによればお前のお陰でわたしは主から祝福を授かっているそうなのだ、と弁を弄し。続けていうには、かならず支払うからお前の望む報酬をいってみなさい、と。
 が、ヤコブは首を縦に振らなかった。わたしがどれだけあなたに尽くしてきたか、よく考えてください。わたしが来る前と来たあとでは、家畜の数は増えました。そう、確かにわたしが来てからというもの、あなたは主に祝福されているかもしれない。しかしわたしはどうでしょう、故郷へ帰って父イサクに嫁と孫の顔を見せることも、そこで自分の家を持つことも許されないのですか。
 甥の希望を無視して重ねてハランに留まるよう説くラバンに、ヤコブはとうとう諾の返事をした。が、或る条件を呑んでくれるなら、との提案附きで。曰く、――
 ただこういう条件ならもう一度あなたの群れを飼い、世話をしましょう。「今日、わたしはあなたの群れを全部見回って、その中から、ぶちとまだらの羊をすべてと羊の中で黒みがかったものをすべて、それからまだらとぶちの山羊を取り出しておきますから、それをわたしの報酬にしてください。明日、あなたが来てからわたしの報酬をよく調べれば、わたしの正しいことは証明されるでしょう。山羊の中にぶちとまだらでないものや、羊の中に黒みがかっていないものがあったら、わたしが盗んだものと見なして結構です。」(創30:32-34)
 ――ラバンは諾った。が、ラバンはその日のうちにヤコブが自分の報酬として求めた外見の羊や山羊を選び出して、自分の息子たちの手に渡して管理、飼育させた。その群れと、ヤコブが飼うラバンの残りの群れとの間には、歩いて3日かかるだけの隔たりがあった。

 第35節に「縞とぶちの羊」とあるのは変だ。70人訳ではヤコブの提案/条件に文意を合わせるためか、「まだら」と読み替えているそうです。
 甥を手許から放すのが勿体なくなったラバンは、ヤコブの条件に気附かぬふりをしながら、かれを出し抜くことに成功しました。そこまでして手許に留め置きたく思うたのは、自分の娘たちやその子供たちと離れるのが心情的に嫌だったからなのか、それともヤコブが牧者として有能であることの証しと考えるべきなのか。
 いずれにしてもラバンはヤコブを手許に置くためならば、なりふり構わぬ手段に訴え、それはひとまず成功したのでありました。 
――中途半端な理解のまま第一稿を著した〈ラバンとの駆け引き〉を、インターネット不通の間に何度か読み直し、今日ようやく、ああそういうことか、と納得して仕事帰りにスタバ以外のカフェっぽいところで書き改めておりました。前のものよりは多少なりとも良くなった、と(珍しく)自負していることであります。



 みくらさんさんか、ただいまポメラ(DM100)の購入を検討中。ヨドバシカメラで新しいカバンを物色したあと、ふらふらフロアをうろついていたら、新しいモデルが登場していることを知って、いろいろ操作してみたりしていたのね。
 ところがこれが思っていた以上に使い易い。キータッチも軽快で案外と指に馴染む。ディスプレイは5.7インチと少々小振りだがそれ程見ずらくはない。おまけに搭載日本語入力システムがATOKだから、一太郎ユーザーのわたくしには願ったり叶ったりなマシン(?)なわけだ。
 これを買ったら外出用にノートPCなんて要らないんじゃないか、と思うぐらい、外での執筆にはこれがあれば事足りそうな気がしている。うーん、悩ましいな。◆

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第1438日目 〈創世記第29章2/2&第30章1/3:〈ヤコブの子供〉with「帰れま10」ってありますよね?〉 [創世記]

 創世記第29章2/2と第30章1/3です。

 創29:31-30:24〈ヤコブの子供〉
 ヤコブはラケルとレア、及び2人の側女、即ちラケルの側女ビルハとレアの側女ジルパとまぐわり、以下に挙げる12人の子供を設けた。()は生まれた順番と名前の意味である。
 ・レア ;ルベン(01/子を顧みよ)
      シメオン(02/耳にする、聞く)
      レビ(03/結び付く)
      ユダ(04/讃美、ほめたたえる)
      イサカル(09/報酬)
      ゼブルン(10/尊敬する)
      娘ディナ(11/正義、公平)
 ・ビルハ;ダン(05/裁き)
      ナフタリ(06/争い)
 ・ジルパ;ガド(07/幸運な)
      アシェル(08/幸福な)
 ・ラケル;ヨセフ(12/加える)

 どこかで聞き覚えのある名前が並びます。
 それもそのはず、ここは後のイスラエル12部族の祖たちが、ヤコブとそれぞれの女の胎から生まれたことを報告する場面なのです。本来ならこの先で、当該章にて語るべき話ですが、創35にてラケルは次男ベニヤミンを産みます。また、創41と創48にてラケルの長男ヨセフはマナセとエフライムの2兄弟の父となります。以てここにイスラエル12部族の祖が全員揃うのでありました。
 ……12? 13の間違いでなく? 然り、12であります。ここでいう12部族とはカナン入植後、ヨシュアによって土地を分割譲渡された者らをいいます。つまり、ルベン、シメオン、ユダ、イサカル、ゼブルン、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、ベニヤミン、マナセ、エフライムであります。レビは祭司職を司る家系となるため、ここでいうイスラエル12部族には加えられておりません。それだけ念頭に置いていただければ、と思います。
 そうして、イスラエルの主(おも)たる系譜はヤコブとレアの子ユダに源を発してボアズ-オベド-エッサイ-ダビデ(ルツ4:21-22)と続き、やがて悠久の時を経てベツレヘムのヨセフ-イエスに至るのでありました(マタ1:2-3、16、2:1)。

 テレビ朝日系列のバラエティ『お試しかっ!』の人気コーナー<帰れま10>が大好きです。昨日は久しぶりに2チームに分かれての対決とあって、より楽しく拝見させていただきました。舞台の一つがミスドとあっては尚更です。
 対決式のときにいつも思うのですが、タカトシ・チームも竹山チームもたとえば同じミスドの別エリア(関東と関西とかね)での<帰れま10>をやってみてはどうでしょうか? ゴールデン進出前からの一試聴者の提案です。
 しかし今回、パーフェクト目前でのチョイス失敗は痛かったですね。◆

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第1436日目 〈創世記第29章1/2:〈ラバンの家に着く〉&〈ヤコブの結婚〉withシューベルト《未完成》&《ザ・グレート》を聴きました。〉 [創世記]

 創世記第29章1/2です。

 創29:1-14 1/2〈ラバンの家に着く〉
 ヤコブの旅は続いた。いまやかれは東方の人々の土地に入った。そこの野原には井戸があり、その周囲では羊飼いたちと3つの群れに分かれた羊が休んでいた。井戸の口は大きな石で塞がれていた。
 あなた方はどこの方ですか、とヤコブは訊いた。ハランの者です、と相手が答えた。では、ナホルの息子ラバンをご存知ではありませんか、とヤコブは訊いた。知っている、と相手が答えた。かれは元気ですか、とヤコブは訊いた。元気ですよ、もうすぐかれの娘ラケルが父の羊を連れてやって来ます、と相手が答えた。
 そのうち、ラケルがやってきた。ヤコブは井戸の口を塞いでいる大きな石をどかして、彼女の羊の群れ、即ち伯父ラバンの羊の群れに水を飲ませた。そうしてかれはラケルに接吻し、自分がラバンの甥にしてリベカの息子ヤコブである、と打ち明けた。ラケルは急いで家に帰って、このことを報告した。
 ヤコブは迎えに来た伯父ラバンに連れられてかれの家に行き、そこで事の次第をすべて話した。「お前は、本当にわたしの骨肉の者だ」(創29:14)と、ラバンがいった。

 創29:14 2/2-30〈ヤコブの結婚〉
 ラバンの許へ身を寄せて最初の一ヶ月が過ぎた。その間、ヤコブは伯父の家の仕事を手伝った。ラバンから報酬を求められると、ヤコブは、あなたの娘ラケルを妻にください、と頼んだ。そのためなら向こう7年間、あなたのところで働きます。伯父が諾ったので、ヤコブはそれから7年間、一所懸命に働いた。ラケルへの愛ゆえにそれはわずか数日のように思えた。
 約束の期間が過ぎて、ヤコブの結婚の祝宴が催された。が、その夜、ラバンが連れてきたのは長女のレアで、ヤコブは朝になるまでそれに気附かなかった。レアがいることに愕然としたヤコブは、ラバンに抗議した。なぜわたしをだましたのですか。
 この地方では、とラバンは弁明した。妹が姉よりも先に嫁ぐことがあってはいけないのだ。この一週間のうちに婚礼の祝い事を済ませてしまいなさい。そうしたら、初めの望み通りラケルをお前に嫁がせよう。が、あともう7年、わたしのところで働いてもらわねばならぬ。
 ――斯くしてヤコブはラケルと結婚した。かれは彼女を愛した。レアよりもラケルを深く愛した。そうして更に7年間、伯父のところで働いた。

 娘については生まれた順番に嫁ぐのがルール。それは現代には馬鹿馬鹿しく、古にあっては絶対であったのであろう。地方のルール、家のルール、これらに縛られた若者たちの困惑ぶりが一端なりとも描かれたヤコブの求愛場面であります。
 容姿について詳しく書いてはいませんが、レアについては優しい目をしていた、とあるだけなのが却って残酷と感じるのはわたくしだけでしょうか。きっとヤコブ、野原で羊を連れてくるラケルの美しい姿に一目惚れしてしまったのでしょうね。



 三度、シューベルトの聴き直しを行っている。正しくいうなら、偏っていたレパートリーから脱して、もっと広範囲で包括的なシューベルト再聴(再挑とも)である。
 どのジャンルに関しても、この曲ならこの人、という各々のベスト・ワンがあろう。たとえば交響曲、就中第8番《未完成》と第9番《ザ・グレート》に関して、わたくしはペーター・マーク=NHK交響楽団による音盤を愛聴しており、それゆえに好みにぴったり合ったまさしくベスト・ワンの1枚である、と申しあげることができる。
 マークといえばモーツァルトとメンデルスゾーン。そうして実は、シューベルトも十八番。そんなスイス生まれの巨匠マークとN響の協演はこれが最初で最後となった。マークの登壇はG.ヴァントのキャンセルによるためという。
 一期一会の出会いが功を奏したか、緊張感とスリル、極上の歌心が塗りこまれた絶美の演奏がそこに生まれた。堂々たる風格を備えたマークの手練れの指揮が、N響から信じ難いほどしなやかで陰影の深い音楽を引き出しており、聴き応えはたっぷりである。この音楽の推進力、タダモノではない。
 斯様な演奏会のエッセンスを詰めこんだCDが、キング・レコードのの掉尾を飾るとは。ペーター・マークの芸風をこよなく愛して日々の糧とする者にとって、これほど嬉しく誉れと思う出来事もないだろう。わたくしにとってこれが、シューベルトの同曲異演盤のなかで最強のオススメだ。1986年4月16日、NHKホールでのライヴ録音。  買うべし。聴くべし。玩味すべし。  なお、本盤でマークのシューベルトに興味を持った方へ。かれにはVOXレーベルに録れたシューベルト交響曲全集があった。よかったら探してみては?◆

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第1435日目 〈創世記第27章3/3&第28章:〈ヤコブの出発〉、〈エサウの別の妻〉&〈ヤコブの夢〉withブログ開設5周年のあいさつ。〉 [創世記]

 創世記第27章3/3と第28章です。

 創27:46-28:5〈ヤコブの出発〉
 それからリベカは夫のところへ行って、エサウの2人の妻について愚痴をこぼした。この上ヤコブまでがあのようなヘト人の娘と結婚したら、わたしはやり切れません。
 そこでイサクはヤコブを呼び、祝福して、ゆめカナンの娘を妻にするな、といった。ヤコブよ、お前はすぐにここを発ってお母さんの故郷へ向かいなさい。ラバン伯父さんの娘のなかから結婚相手を見附けてくるのだ。どうかわれらの神、主が、お前を祝福して繁栄させ、お前たち夫婦から多くの民が生まれて広がってゆきますように。どうかお前とその子孫が主によりアブラハムに与えられた地、お前が寄留しているこの土地を受け継ぐことができますように。
 そうしてヤコブはアラム・ナハライム(パダン・アラム)のラバン伯父の許へ出発した。

 創28:6-9〈エサウの別の妻〉
 エサウは両親に背いて、更に新しくカナンの娘を娶ることにした。それはイシュマエルの娘マハラトであった。

 創28:10-22〈ヤコブの夢〉
 アラム・ナハライムのハランへ向かっていた或る日のこと。日も暮れたのでヤコブはそこで夜を明かすことにした。その場にあった石を一つ、枕とし、眠った。
 と、かれは夢を見た。天から地へ、階段が伸びていて、神の御使いが昇り降りしていた。すると、主が傍らに現れてヤコブにいった。曰く、――
 わたしはいまあなたが寝ている土地を、あなたとあなたの子孫へ与える。あなたの子孫は代々に渡って数を増し、北へ東へ西へ南へ広がってゆくだろう。「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを必ず守り、必ずこの土地に連れて帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」(創28:15)
 寝覚めたヤコブは、自分がいまいるこの場所に主がいることに驚いた。なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。」(創28:17)
 夜が明けるとヤコブは、枕にしていた石を記念碑として立て、それに油を注いだ。いままでルズと呼ばれたこの場所は、以後ベテルと呼べれるようになった。ベテルとは「神の家」という意味である。
 ヤコブの誓願の言葉、――「神がわたしと共におられ、わたしが歩むこの旅路を守り、食べ物、着る物を与え、無事に父の家に帰らせてくださり、主がわたしの神となられるなら、わたしが記念碑として立てたこの石を神の家とし、すべて、あなたがわたしに与えられるものの十分の一をささげます。」(創28:20-22)

 昨日リベカがヤコブにいった言葉――そのうちエサウの怒りは鎮まり、ヤコブのしたことも忘れるだろうから、それまでラバン伯父さんのところへ行っていなさい云々――は本日読んだ〈ヤコブの出発〉の前哨であった。彼女は息子の逃亡に嫁探しという大義名分を付けて堂々と送り出したのでした。この母の奸計! 計算高さも上手に利用すれば概ね吉に転ぶという典型でありましょう。
 ゴスペル・ソングや西洋絵画を好む方なら、<ジェイコブの梯子>Jacob's Ladderなるタイトルを耳にしたことがあるかと存じます。その出典といえるのが、〈ヤコブの夢〉に登場した神の御使いが昇り降りする階段/梯子であります。わたくしもこれをタイトルとする曲にヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースのアルバムに収められた同名曲で初めて知って以来、馴染みのある言葉でありましたが、「創世記」を読んでいてこの場面に出会したとき懐かしい気持ちを覚えたことであります。
 ベテルは創12:8にてアブラハムが祭壇を築いた場所であります。



 風が強い丘の上から今日もさんさんかがお届けする聖書+αなブログ。開設からいつの間にやら5周年を迎えていました。昨年は殆どお休み期間でしたので実質4年となりますが。
 最近はお読みいただける記事が増えたためもあってか、毎日平均600越えのアクセスを頂けるようになりました。毎日続けてきた結果がいまこうして数字という形で現れているのかな、と考えると、まさに「継続は力なり」という言葉の真実を思わずにはいられません。
 今後もゆっくりとした足取りで、やや独り善がり気味になるかもしれないけれど、本ブログを続けてまいります。いつまでも読み続けていただけるブログとすることをいちばんに考えて、これからも聖書を読み、原稿を書き、記事をお披露目してゆきます。
 これまでありがとうございました。そうして、これからも宜しくお願いいたします。◆

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