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第2330日目 〈ヨハネの手紙・二:〈挨拶〉、〈真理と愛〉&〈結びの言葉〉withホレイショ・ケインの言葉(その3)他〉 [ヨハネの手紙・二]

 ヨハネの手紙・二です。

 二ヨハ1-3〈挨拶〉
 長老のわたしヨハネから選ばれた婦人とその子供たちへ。わたしはあなた方を愛しています。いえ、わたしだけでなく、真理を知っている人々は皆、あなた方を愛しております。
 われらの内にある真理は永遠にわれらと共にある。父なる神と御子キリストの恵みと憐れみと平和は、真理と愛の内にわれらと共にあるのです。

 二ヨハ4-11〈真理と愛〉
 わたしが書く掟は新しいものではなく、初めからわれらが持っていた掟です。つまりそれは、お互いに愛し合いなさい、ということ。
 「愛とは、御父の掟に従って歩むことであり、この掟とは、あなたがたが初めから聞いていたように、愛に歩むことです。」(二ヨハ6)
 なぜこんなことを書き送るのか、おわかりになりますか。あなた方の周囲に現れて教えも掟も異にする衆への警戒を促すためです。かれらは反キリストです。かれらはイエス・キリストが肉となって来たことを公言しようとしない。かれらは世の人を、キリスト者を惑わします。かれらは反キリストです。
 あなた方は神の掟に従ってあゆみ、努力して得たものを失うことなく、豊かな恵みを受けるように心掛けなさい。それが大事なのですよ。キリストの教えに留まる人の内にこそ、御父と御子はおるのです。
 キリストの教えに留まるどころか、そこから逸脱したような輩が神に結ばれているわけがありません。そんな連衆を家のなかへ招き入れたりしないように。挨拶を交わすことも厳禁です。かれらと親しうする者は異端に染まります。

 二ヨハ12-13〈結びの言葉〉
 書きたいことはまだ山程ありますが、紙にインクで、ペンを用いて綴るようなことはやめておきましょう。それよりもわたしはそちらへ行って、顔と顔を合わせて直に話すことを望みます。われらの喜びも満ちあふれることでしょう。
 あなた方の姉妹、選ばれた婦人の子らが、どうぞ宜しく、とのことです。

 本書簡が「一ヨハ」の論点をまとめたものであることは、昨日お話しした通りであります。短さゆえというところは割り引いて考えるとしても、こちらの方がより具体的で論旨明快なのは、本稿に留まらず実際新約聖書を繙いてみても即座におわかりいただけましょう。わたくしもおこがましくも著者ヨハネに成り代わって本稿を物したつもりでいるのです。



 本来ならばここで読了の挨拶となりますが、今日はイレギュラー。明後日の「三ヨハ」ノートにてまとめて読了の挨拶をさせていただきます。
 楽しみにしてくだすっていた読者諸兄よ、肩透かしを喰らわせて申し訳ない。いまはとにかく前進あるのみ。GOAHEAD.
 明日と明後日は「ヨハネの手紙 三」、その後はやはり2日をかけて「ユダの手紙」を読んでゆきます。意欲が突然奪われたりしないように、毎日更新を負担に思うて息切れしないように、気力を振り絞ってがんばるので、どうか愛する読者諸兄よ、モナミ、最期の日までわたくしを支えてほしい。

 その写真を撮ってLINEで送信し、はた、とわれに返ってつくづく自分は阿呆か、と嘆息した。同じ小説好きの人に今年下半期の読書予定として待機中の小説、文庫・単行本織り交ぜて写メしたのである。
 改めて床に降ろして積みあげて、iPhoneのカメラ越しにその光景を眺めてみると、いやぁ自分の「愚」を感じたね。このあとどれだけの時間を読書につぎ込むのか、と。他にすることはないのか、俺?
 愉しいから良いけれど、数少ないホンマの趣味やから構わないけれど、それにしても、ねぇ……。帰り際に同僚にいわれた言葉が思い出されて胸をちくり、と刺すのである。

 第何回目か忘れた「ホレイショ・ケインの言葉」。
 『CSI:マイアミ』S1#20「ヒトラーの子」に於ける、初視聴のときからわたくしを支配し、杖となったその一言──「人になにをいわれようと関係ない。大切なのは、自分が自分をどう思うか、だ。しっかりした信念を持て」
 嗚呼、これこそいまのわたくしが座右の銘とし、厚顔無恥を、或いは他人の批判へ耳を貸さない風を装うために<武装>すべき言葉だ。
 わたくしはわたくしの信じる道を歩く。誰が後ろに踏み留まろうが構わない。わたくしは1人だけであっても前に進む。共に歩めぬ者らよ、さらばだ。いつかどこかで会おう。この“This Hard Land”で生き抜いてほしい。わたくしもサヴァイヴァルに励もう。そのときまで元気で。盟友よ、では一緒に行こう。
 信念と信仰と希望を胸にしまって、ぬるま湯のような毎日を、汚濁末法の世を生きよう。◆

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第2329日目 〈「ヨハネの手紙 二」前夜〉 [ヨハネの手紙・二]

 公同書簡とは特定の、明確な宛先を持たぬ、広く教会や信徒に宛てて書かれた手紙をいう。これに則れば読了した「ヤコブの手紙」や2つの「ペトロの手紙」、「ヨハネの手紙 一」はたしかに公同書簡としかいいようのないものであります。
 では翻って「ヨハネの手紙 二」はどうか、というと、冒頭の挨拶で「選ばれた夫人とその子たちへ」(二ヨハ1)とある。古来よりここに議論が集まったそうですが、その殆どすべてはあまりに考えすぎといいますか。それらは明白な表現のされていない文言をどうにか解析して事実を白日の下に曝したい、否、曝す必要がある、という強迫観念の賜物としかわたくしには思えません。物事は時に極めて単純で、拍子抜けするような事実をわれらの前に提示します。
 ここでわたくしが指摘したいのは、教会は女性名詞で語られてき、信徒は親子関係になぞらえるなかで語られてきた、ということ。これを「ヨハネの手紙 二」冒頭にあてはめれば、やはり他の公同書簡同様、広く教会やそこへ集う信徒(教会の構成員)ということになります。……この公同書簡の定義から逸脱するのはただ1つ、次の「ヨハネの手紙 三」でありますが、これについてはまた明後日に取り挙げると致しましょう。
 但し、実際に本書簡の宛先となったのは、「一ヨハ」よりも狭い地域だったでありましょう。つまり、著者ヨハネが暮らしていた町から多くの日数を費やして赴くような地域ではなかっただろう、ということです。示し得る揺るぎなき根拠は本書簡のなかにありません。が、手掛かりは1つだけ、ある。
 二ヨハ12「あなたがたに書くことはまだいろいろありますが、紙とインクで書こうとは思いません。わたしたちの喜びが満ちあふれるように、あなたがたのところに行って親しく話し合いたいものです」条。
 もしかするとそれは、仮説を補強して望む答えを導くため事実を歪めた結果なのかもしれません。しかしわたくしはこの筆致に物書きの感覚として遠路はるばる訪ねてゆくような場所を想定することに疑問を抱くのであります。なお、二ヨハ12は若干の語句を変更して「ヨハネの手紙 三」末尾にも見られます。
 では「ヨハネの手紙 二」はいつ、どこで、誰によって書かれたか、という毎度お馴染みの話題となるのですが、この点については既に見解を述べてあります(偉そうに申して相済みません)。「一ヨハ」前夜で申しあげたことと変わるところはない──即ち、著者は使徒ヨハネ、時期は90年代後半から2世紀初頭にかけて、場所はアジア州エフェソ。ヨハネの名前を冠する3つの手紙──「一ヨハ」については<手紙>と称することに抵抗がありますが──は時期を近しうして個々に、同じ場所にて筆を執られたでありましょう。
 単一章から成る本書簡の内容ですが、こちらもまた「一ヨハ」と同じであります。反キリストに対する警告であり、神の掟を守って異端に染まるな、という訓戒。全5章をかけて縷々述べられた「一ヨハ」の内容を凝縮させたようなものなんですね、といわれれば返す言葉もありません。事実ですしね。
 わたくしがふしぎに思うているのは、「一ヨハ」と残り2つの「ヨハネの手紙」の関係です。先にわたくしは「一ヨハ」を、手紙本体というよりは手紙に添えられた回状ではないか、と想像しました。
 かりにこの想像が事実だったとして、「一ヨハ」に添えられた手紙がもし新約聖書に収められるとすれば、「二ヨハ」と「三ヨハ」のどちらに可能性の軍配があがるだろうか。わたくしは「三ヨハ」の可能性は薄い、と考えます。
 本体である回状の内容を改めて手紙に書く。それは回状のみでは受取手にその内容がわかってもらえないかもしれない、と考えていることになりはしないか。相手方の理解度を疑問視していることを白状したも同然であります。ならば、個人への指導に終始する「三ヨハ」の方がより相応しく思うのですが、如何でしょうか……?
 それでは明日、「ヨハネの手紙 二」を読んでゆきましょう。◆

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