第2569日目 〈推理小説読書の第一期を振り返る。〉 [日々の思い・独り言]

 昨年の秋から、江戸川乱歩や横溝正史を皮切りにして、遅ればせながら推理小説に淫した日々を重ねて今日へ至っていることを、これまでにも何度か本ブログにて述べてきた。今年になってからは専ら現代の作物ばかり読み耽ってそれらの概ねについて感想めいたコメントをモレスキンのノートに書き留めているが、遅かれ早かれそれらの幾つか(全部ではあるまい)はやがて相応しい分量を伴って清書された後、ここにお披露目されることであろう。が、皆様にご承知置きいただきたいのは、日本人作家の手に成る推理小説に夢中になって読み耽っている現在はいわばその第二期に相当する、ということだ。
 では、第一期とは? 第一期はいまから四半世紀程前に存在した。手紙のやり取りを収めた数十冊のファイルを繙けば容易に当時の読書履歴を確認できるが、いまは外出先(会社からの帰り道、乗換駅にあるスターバックスである)でそれを参照することなどできようはずもなく、ゆえに自分の記憶力を試してみるのも兼ねて本稿の筆を執ってみる。
 ──下地があったとすれば、それは中高生時代に耽読した赤川次郎と久美沙織にあろう。殊、久美沙織の<半熟せりか>シリーズ、いやぁ大好きだったなぁ……。
 歳月は経て元号が変わり、バブル崩壊の余波がわたくしの身の上に降りかかった。入社日直前に内定は取り消され、アルバイトの求人も日雇いばかりでレギュラーの口はなく、辛うじて学生時代のバイト代を基にした蓄えと、加えて実家住まいだったことが幸いしてどうにか日々を生き延びることができていたあの頃の或る日、──
 黄麦堂という古本屋の棚でその1冊を見附けた。偶然の引き合わせである。そうしてその偶然の1冊がわたくしを、面映ゆい表現をすれば大人の推理小説に開眼させたのだ。折原一の『天井裏の散歩者──幸福荘の殺人』、角川文庫版。帰宅して一読、思わず仰け反り、嘆息し、ぶっ飛んだ。こんな推理小説がこの世にあったのか、と。大袈裟だが、本当にそんな風に思うたのだ。
 以来、黄麦堂と中三の冬から週末毎に通っている先生堂、一ト月に一度の頻度で足を向ける学生時代を過ごした神保町の諸々の古書店に通って、同じような興奮を味わわせてくれそうな推理小説を物色する日が始まった。そんな風にして見切り棚から「適正価格」の棚までじっくりと眺めて懐具合とも相談しつつ買い溜めていった推理小説を、次の買い物までの間に片っ端から読破していった。使えるお金はいまよりもずっと少なく、限られていたから、それ程の量にはならなかったけれど。
 そうした時期に読んだものを挙げてみる、記憶のままに、順不同で。折原一では『幸福荘の秘密──続・天井裏の散歩者』と『覆面作家』、『ファンレター』他を読んだ。北村薫の<円紫さんと私>シリーズ他を、宇神幸男の音楽ミステリー4部作──『神宿る手』と『消えたオーケストラ』、『ニーベルンクの城』と『美神の黄昏』──と『ヴァルハラ城の悪魔』を読んだ。森雅裕の鮎村尋深をヒロインにした一連の作品と『ベートーベンな憂鬱症』、『モーツァルトは子守歌を唄わない』他を読んだ。小森健太郎の『ローウェル城の殺人』と『コミケ殺人事件』、『ネヌウェンラーの密室』、『ネメシスの哄笑』、『バビロン空中庭園の殺人』を読んだ。小泉喜美子はエッセイ集『ミステリーは私の香水』をきっかけにして『弁護側の証人』と『血の季節』を読んだ。他に読んだもので覚えているのは、東野圭吾の『むかし僕が死んだ家』と『ある閉ざされた雪の山荘で』並びに『眠りの森』、高田崇のシリーズ(但し最初の3作)と井沢元彦の『猿丸幻視行』ぐらいかな。倉知淳とか日明恩(たちもり・めぐみ)もこの時期に読んだと思うていたが、日明については調べてみたら世紀が変わったあとのデビューだから、どうやら記憶は拘泥している様子だ。確かなのは、この時期を〆括ったのは戸板康二の『家元の女弟子』だったことである。  ……え、乱歩も横溝も、鮎川哲也も泡坂妻夫も、島田荘司も綾辻行人も、有栖川有栖も京極夏彦も読んでいなかったの!? と呆れる向きもあるだろう。そんな方々にわたくしは胸を張って答えよう、イエス! と。だいいちね、当時からかれらの小説を読んでいたら、「第一期」も「第二期」もないですよ。そのまま持続されて今日に至ってます、って。斯くして戸板康二のあと推理小説読書の熱はゆっくりと冷めてゆき、読書生活は従前のそれに戻り、わが推理小説熱は15年以上になんなんとする潜伏期間に突入する。  わたくしは敢えて上で挙げた作品の一々に私見を述べ立てることはしなかった。本稿はあくまで<歴史>に過ぎず、個々についての感想文を目論んだものではないからだ。もっともな理由を一つ挙げるなら、その後の自宅の火事によって殆どが失われたり、手放さざるを得なかったことだろうか。災を免れたのは戸板康二の文庫だけだ。本項に於いて感想を一言だに口にしないのは、手許に本がないからだ、というに過ぎぬ。  ──が、なんということだろう。本稿を書いていたら、またぞろこれらの作品を読みたくなってきてしまった。新装版でも出版社が変わっていても、新品でも古本でも、どうであっても構わぬから、この際一息に上で並べた作品たちを買い直してしまおうか。さて?◆

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