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第3029日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」あとがき 〉 [小説 人生は斯くの如し]

 顧みるまでもなくGW中はひたすら、この小説の改稿に心血を注いでいたように思います。それを人は時に、現実逃避、というようですが、そんなこと気にしない。
 日中はやるべきことに全神経を注ぎこみ、ふと落ち着いたときに無理に食事し哀しみ紛らせの情事に耽り、時計の針が日付の変わるのを知らせる頃にMacの前に坐って小説を書き直し始める……それは明け方まで続き、終わると睡眠導入剤代わりの日本酒を呑んで烏の鳴き声を遠くに聞きながら眠りに落ちる。数時間後に起きたら再びやるべきことに全神経を注ぎこみ……の繰り返し。
 改稿のピークであったGW前半は、まさにこんなサイクルで生きておりました。後半は自分の入院/手術の準備で大わらわとなり、派遣会社の対応に不審を抱き、憮然とした状態で病院の入院患者となった。検査と投薬と休息とで時間の感覚が殆どなくなり、手術の記憶もわりかし飛んでいる。気附いたら迎えの人が退院手続きや支払いを済ませてわたくしは待合室の片隅で呆けて坐り、そのまま夕刻帰宅した。
 そんななかでよく時間をやり繰りして、全9回の改稿を無事終わらせられたな、と感心しています。久しぶりに小説を書く難しさを痛感し、物語を紡ぐ喜びに法悦を覚え、あの頃から今日まで自分はどれだけ成長したのか悩んだりして、1回分が書き終わるたびに簡単な推敲を済ませて予約投稿すると、もう精も根も使い果たしてそのまま(アクセス数の解析すらしないで)電脳空間とMacから離れて、あしたのことを考える。
 第7回を書き直しているときかな、唐突にスピンオフとでもいうべき短い会話劇が思い浮かびました。本編から数年後の或る晩の一コマではありますが、案外とこれが本当の結末というべきものなのかもしれません。誰も不幸にゃならないよ、予定調和のハッピーエンドを書くのが好きなんじゃ。お披露目予定はありませんが、ネタ切れになったら唐突に公開するかもね。呵呵。
 書誌的なことを最後に、備忘として記します。本作は2011年2月に初稿が書かれ、それがほぼそのまま本ブログにお披露目された。その後、印刷したものをベースに朱筆を入れた版があったが、そちらは未完である。今回お披露目したものはそれとは異なり、2011年版を基に新たに書き直したエディションだ。いわば本作には2011年版を基にした2つのヴァリアント──未完の朱筆入れ版と今回の2021年版が存在している。出来映え等に関しては個人の印象としては、断然2021年版に軍配を挙げたい。
 まぁバックグラウンドとかいろいろ情報の提供不足はあるかもしれませんが、すべてが提供されたら読んでいてもツマラナイでしょ? と詭弁を弄して去り際に一言、最後までお読みいただきありがとうございました、と謝意をささげて作者、遁走。◆

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第3028日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉9/9 [小説 人生は斯くの如し]

 ──世事雑事に紛れて立ち止まる暇もないまま、一年半があわただしく過ぎてゆきました。会社は取引先に吸収合併されて、多くの社員がリストラされました。周りの人たちを見ていると、既に新しい会社への転職が決まっていて、退職から日数を置くことなくそこでの勤務初日を迎えられたわたくしは、幸運だったようでした。
 あの喫茶店があった場所は閉店から約八ヶ月後、蕎麦屋になっていました。外観からして既に喫茶店の面影はなく、もはや往時の構えを思い出すのにも時間が掛かるようになりました。オープン日時を記した貼り紙が貼られた扉を矯めつ眇めつ眺めているうち、なんだかとても長い、長い時間が経ってしまったように思えて、深い溜め息を知らず吐いてしまいました。
 とはいえ、気を紛らせる嬉しい知らせもあったのです。その蕎麦屋の主人はなんと、かつて管理部にいて一緒にリストラ対象になっていた石田さんだったのです。驚きました。前の会社にいてその知らせを聞いた人たちも皆、一様に驚きの声をあげた、と聞きます。一緒に息子さんが働いていると聞いたとき、なんだか心がほっこりしましたね。
 残念なことに蕎麦屋には開店記念の際に訪れたきりで、以後はいまの会社が忙しいのと、早く上がれてもこちらへ帰ってくる頃には暖簾が仕舞われているので、まったく客になることができていません。けれど石田さんとは、時に息子さんも一緒に近くの居酒屋で楽しい時間を過ごすことが、そうですね、平均週一のペースでありますね。
 それでもわたくしの心はぽっかりと穴が開いたままでした。からっぽの心を抱えたまま、世間様と無難に付き合うための仮面を被り、毎日毎日をやり過ごしているのです。独りしコテージのポーチでバドワイザー(King of Beers.)やスタウトを腹の奥へ流しこんでいると、あの子のことを否応なく思い出します。小柄な体躯と涼しげな目元、ほどけば肩の下まで伸びた黒髪、色素の薄い肌、あのかわいらしい物言いとほんわりとした喋りがかいま見たベッドの上の姿態と一緒に、封印しようと努める記憶の蓋をこじ開けて甦ってきます。なお、それは戦場での経験よりも更に辛い思い出でした。生き地獄と称すより他ない苦しみでした。もはや慢性PTSDです。
 それでも生きてゆかなくてはなりません。生きてゆくにはいまの会社でさざ波立てることなく勤めなくてはいけません。判で押したような生活にむりやり自分を嵌めこみ、感情を殺して仕事に勤しむことにしました。やってみるとこれが案外と楽で、大抵の厭なこともやり過ごすこともできます──もっとも<厭なこと>というような出来事ともほぼ無縁ではありましたが──。
 そんなこんなでどうにか、新しい職場にも馴染んできた或る日の夜でした。
 雑木林を切り拓いて作ったでこぼこ道に車で乗り入れるとすぐに、あれ、と声をあげてしまいました。コテージの一階の電気、そうして玄関の電灯が点いているのです。可笑しいな、と思いました。二階なら過去に消し忘れたまま寝てしまい、そのまま気附かず出勤したことは何度もあります。が、一階でそのようなことは一度もありませんでした。
 泥棒か? 近隣の家からはただでさえ距離がある上、その間には雑木林がある。隣の家の灯りなど、木立の陰から余程目を凝らさないと見ることはできません。しかし、留守宅の主人がいつ帰ってくるかわからない以上、どんな泥棒だって電気を点ける愚など犯したりしないでしょう。では? 車を停めるまでの時間で結局いちばん正解に近いと思われる結論が出ました。即ち、消し忘れです。
 また電気代が上がるなぁ。そうぼやかざるを得ませんでした。先月など電気代がふだんの一・五倍にまで跳ねあがった程です。電力自由化の時代でもありますし、新電力の検討も真剣に考えなければいけません。特に携帯電話の機種変のときは相手の口車に乗らぬよう注意しましょう。
 静かにドアを閉め、落ち葉を踏みしめながらポーチへの階段へのアプローチを歩いてゆきました。ドアノブの鍵穴に異常は見られません。なかに誰かのいる気配が、ドア越しにも伝わってきます。さもしい期待をしてしまいました。ここの鍵の在処を知っている人など、自分以外に一人しかいないではないか……。ついでにいえば、鍵は開いていたのです。
 頭を振って脳裏に一瞬浮かんだ期待を振り捨てて、ノブへ手を掛け、こちら側へ引こうとしたときです──同時になかからもドアが開かれて、わたくしの額と鼻の頭はドアの角に思い切りぶつかる仕儀となりました。
 「ごめん、大丈夫?」けっして忘れられない声が、顎の下あたりの場所から聞こえてきました。「まさか同時とは……私たち、気が合うね、ウッド氏?」
 これを気が合うといえるような人物を、わたくしはこれまで生きて知り得た人たちのなかでたった一人しか知りません。その人物が、いま目の前にいる。目が合った途端、その場にへなへなと坐りこんでしまったのは、或る意味で当然のことであったかもしれません。
 ──彼女が、そこにいました。一年前と変わらぬ容で、あの懐かしいメイド服も着ていました。「おかえり」と片手をあげて、にっこりと出迎えてくれました。「遅くまでお疲れ様。でもさ、鍵の場所、変えた方がいいと思うよ?」
 ただいま。そう小さな、震える声でいうと、わたくしは彼女を、正面から抱きしめました。抵抗にも躊躇いにも遭いませんでした。考えてみればこうして彼女を、自分から抱きしめるのは初めてであるように思います。まぁ、そんな状況になったこともないので当たり前ですが……。
 斯くして円環は再び開く。「おかえり……」
 「ここにいて、いいよね?」
 もちろん、とわたくしは頷きました。よかった、と呟いた彼女がわたくしの背中へ腕を回し、体をより強くすり寄せてきました。
 「人生は斯くの如し、だよ。ウッド氏?」◆

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第3027日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉8/9 [小説 人生は斯くの如し]

 「こんなときに限って客が重なる……」
 メイドは一頻り涙を流したあと盛大に鼻をかみ、赤くなった目蓋をティッシュで押さえながら奥のトイレへこもりました。ドアはけっして薄いわけではありませんから気のせいなのでしょうけれど、向こう側から彼女の嗚咽がまだ聞こえてくるような気がしてなりません。
 戻るのを待ちながら、空になったマグカップを覗いていました。底に残るコーヒーのシミの形をじっと見ているうち、そういえばコーヒー占いってのがあったな、カップの底のシミの形で……なにを占うんだっけ? 全体運であったか、恋愛であったか仕事であったか、或いは金運だったか、思い出せません。これをわたくしに教えてくれたのは、いま席を外しているこの喫茶店のオーナー即ちメイドなので、戻っていたら聞いてみることにしよう──が、それは結局果たされないまま、われらは別れの時を迎えます。
 それにしてもお腹が減りました。コーヒーこそ出してもらえましたが、肝心のオムライスはまだです。仕度しているのかさえ不明です。が、コーヒーを入れてすぐにこちらに来たところから察するに、まぁまだ取り掛かっていないのでしょうね。
 するうち、チャイム・ベルが鳴って近くの大学に通うここの常連三人組が入ってきました。彼らのひとりとは知り合いということもあり、いまも、あウッド氏こんにちは、と声を掛けて来、カウンターのなかを見やると怪訝な顔つきで、あれ奈々子さんは? と訊いてきました。
 無理もありません、いて当たり前の人物がそこにいなかったら、訝しく思うのは自然なことでありましょう。しかし、どう答えていいのか、わかりません。返事に迷っていると、おお今日も来たねぇ小銭の集団、とメイドの声が背後から聞こえてきました。
 小銭の集団は非道いや、と件の大学生が口をとがらせました。他の二人は苦笑しているだけです。メイドは大学生の台詞に耳傾けることなく、三人ともランチのカレーでいいかい? と訊いています。
 今日のランチ/カレー;牛すじ肉ときのこのカレーのセット(サラダとコンソメスープ付き 九八〇円也)
 勿論、というかれらの返事をわたくしも聞いて、あ、と口のなかで呟きました。カウンターのなかのメイドに、そっと視線を向けます。小首を傾げて彼女はこちらを見てきましたが、彼女はわたくしの行動に思いあたることはなかったようです。──さっきオムライスを頼んだときにメイドの目に浮かんだ冷たい色はきっと、ランチ・メニュー以外のもの頼みやがって、こっちはご承知のように一人でやってるんだからウッド氏、ちょっとはオーダーの内容についても気を遣ってよね、という無言の抗議/要望だったのでしょう。が、もう遅いですね。次から配慮することにしましょう。でも、メイドよ、わかってくれ、いまのわたくしはカレーよりもオムライスが食べたいのだ。
 「あのさ、僕のオムライスは……どうなってるかな? あ、勿論ランチのカレーが先でいいよ」
 「ちょっと話したいことがあるの、二人っきりで」大学生たちに気附かれないように顔をわたくしに近づけたメイドが、囁くようにいいました。「だから、もうちょっと待ってもらっていいかな。代わりに、はい」
 そういってメイドがカウンターの上に差し出したのは、二杯目の<晴れの日ブレンド>と千切りにした大根の上に鰹節と刻み海苔を乗せたサラダでした。ランチ・メニューとして用意してあるからとて三人分となると、流石に時間も若干要すことになります。お前のオーダーはそのあとに取り掛かるから、それまでこれを食べて空腹を紛らわせててよ、という意味でしょう。これを優しい言い方に意訳すれば、これぐらいならお腹に入るでしょ、となります。
 何年か経って件の大学生とお酒を飲んでいたら、あのときウッド氏と奈々子さん、なに話してたんですか、なんだか凄く親密な関係に映りましたよ、と訊かれました。覚えてないよ、そんなことあったかな、と返すのが精一杯でしたが、その直後、相手に気が付かれないよう連れ合いの横顔をチラ見しましたが、その人はいまの会話を聞いていたか聞いていなかったか、まるで悟らせずにひたすら白ワインを口に運んでおりました。
 ──メイドがカウンターの向こう側でカレーを作りながら、鼻歌を歌っています。聞き覚えのある歌でしたが、バロック音楽に紛れてすぐにはわからなかった。
 が、特徴あるフレーズを摑まえてみれば、それがなんの歌であるか思い出すことができました。わたくしの好きなオペラの第三幕で歌われる、有名なアリアだったのです。〈誰も眠ってはならぬ〉”Nessun dorma”、プッチーニ最後のオペラ《トゥーランドット》で王子カラフが朗々と歌いあげる愛の告白の歌でした。Ed il mio bacio sciogliera. Il silenzio che ti fa mio! (わたしの口づけは沈黙を打ち破り、あなたはわたしのものとなるのです)
 バロック音楽を背景にプッチーニとは、なんと面妖な組み合わせでしょうか。それでもわたくしは、これを聴きながら、少し安堵していたのです。最前までしとどに泣きじゃくっていたメイドが、鼻歌をハミングできるまでに気持ちが回復したように映ったからです。後年になって問わず語りに話すと、まったくあなたは女をわかっていないよねぇ、と蔑みの目で、憐れむような眼差しで、見下されたものですが。
 やがて大学生たちは会計を済ませて出てゆきましたが、それと入れ違うようにして喫茶店の隣に店舗を構える不動産会社の社長と向かいの古本屋の主が連れ立って入ってきました(なんでも二人は幼馴染みだそうです)。席に着くやランチのカレーとパスタを注文したかれらは、メイドがお冷やを置くのを待って、テーブルに書類を広げてなにやらひそひそ話を始めました。
 「こんなときに限って客が重なる……」
 わたくしの後ろを通り過ぎ様に放った彼女の愚痴が、耳朶の奥に谺してしばらくの間消えませんでした。なぜかはわかりません。ただ、普段の彼女が口にしそうもない類のそれであったこと、そうしてその台詞に苛立ちと諦めの感情が含まれていることを感じ取ったからです。
 出来上がったカレーとパスタを運んでようやく、わたくしのオムライスの番になりました。「これから作るから、待っててね」
 うん、とサラダの皿を殆ど空っぽにしたわたくしは答えて、手持ち無沙汰にコーヒーを飲みながらカバンから読みかけの文庫本を取り出して、読みさしのページを開いて読み始めました。が、心ここにあらずで、視線がページの表面を撫でているだけなのがわかります。まるで頭に入ってきません。というよりも、そこに書かれている単語の意味さえわかりかねる思いだったのです。
 彼女はどんな意図があって、わたくしの注文を後手に後手に回して、ようやくいま取り掛かったのか。しかも、ドアの脇にかかる札を裏返して「準備中」にしてきたのを、わたくしは視界の片隅で認めています。二人きりで話したい内容とはなんなのか。期待したいけれど、それはとらぬ狸のなんとやらです。もっと他のことである、と考えた方が無難です。話したいことがあるといわれて舞いあがるような年齢ではありません。期待するな、愚かになるな。そう自分にいい聞かせて、わたくしは本を読むフリを続けました。幸いなことにメイドも、なにを読んでいるの、とか訊いてくることはありませんでした……。
 <女性は男性の偉大な教育者である>(アナトール・フランス)といいますが、様々な意味でその言葉は事実である、と、そうわたくしは信じて疑いません。
 客二人の会計を済ませて送り出してカウンターに戻ったメイドが、ねえ、と呼びかけてきました。「ケチャップでなにか書いてほしい?」
 やけに静かな口調だったのが気になりました。なにか伝えたいことがあるんだな。そう思うとリクエストを出すのは慎んだ方がよさそうです。それに、もうお店も閉めたわけだし、われらの他に誰かがいるわけでもない。ならば、──
 「任せるよ。もうなにを書くか、決めてるんでしょ?」
 えへへ、と笑いながら器用になにかをオムライスの上に書くメイドの横顔──実際は前髪が垂れて表情までは殆ど窺えなかったのですが──を見ながら、自分の前に皿が置かれるのを待ちました。店内にはあいかわらずバロック音楽が流れていましたが、オーケストラから室内楽に切り替わったためか、さっきよりもずっとゆっくりと、静かに時間が流れているように感じられました。
 ふとドアの方を見やると、自転車に乗ったパトロール中の警官が、窓から店内を覗いていました。かれもこの喫茶店の常連です。ようやくお昼ご飯にありつける、と思って来てみたら準備中の札がかかっているとあっては訝しく思うのも当然でしょう。実際、かれはドアノブに手を伸ばしかけたようです。そのときにわたくしと目が合ったのです。そのままドアを開けてメイドに事情を聞くかと思いきや、目が合った瞬間に合点のいった様子でその場を離れていってしまいました。余程メイドにいおうかと思いましたが、なんだかそれも憚られていうことができませんでした。
 ようやく運ばれてきたオムライスにケチャップで書かれたメッセージが否応なく目に飛びこんできます。否、メッセージというよりは日附という方が正確です。人間、悪い事態についてはよく勘が働くようであります。とっさに最悪というてよい出来事が脳裏に、電光石火の如く浮かびました。
 スツールを半回転させて、カウンターから出ていまは傍らで寄り添うように立つメイドへ疑問をぶつけました。「これって、まさか……。違うようね?」
 ややあって、ごめんねウッド氏、と囁くような、吐き出すような調子で、薄く開かれた唇の間から声が洩れました。これまでに見たことのない、思い詰めたような表情をしています。まだ少し赤い眼が、再び濡れてきていました。
 「その日にね、お店を閉めることにしたの」と、事情をかいつまんで話してくれました。「これまで来てくれて、ありがとうね。ウッド氏」
 ──それからは無言の時間がわれらの上に垂れこみました。スプーンで食べる分だけ切り込みを入れたオムライスを機械的に口へ運ぶ最中もメイドは、わたくしの後ろに控えるように立ったままでした。彼女から伝わってくるものはなにもありませんでした。
 日附は一週間後を示していました。その間に何度来られるかわかりません。何度来られるかわからないけれど、無理をしてでも来たいと思いました。ひとたび席を立ったら、もう二度と彼女に逢えないような気がしてならなかったのです。ならばそれまでの日々を、彼女と一つでも多く会話を交わし、その姿を見、記憶に残しておきたい。そう思うのは可笑しな話ではないでしょう。
 食べ終わるとナプキンで口許を拭い、ごちそうさまでした、といって、改めてメイドの方に向き直りました。そうして、訊きました。
 「昨日今日で決まった話じゃないんだから、一昨日家に泊まったときに聞かせてほしかった」
 「それこそ」とメイド。「いいたかったけど、いえなかった。楽しい空気に水を差したくなかったからね」
 悪いと思ってるよ、と呟いて彼女の台詞は終わりました。
 なにかいおうと口を開きかけたときです。
 メイドが、正面からわたくしをかき抱きました。とてもあたたかかったのを、あれから何年も経ったいまでも覚えています。まだわずかに残ってこのまま陰府へ持ってゆくであろうと思っていた亡き婚約者への想いは、そのときのメイドのあたたかさに取って代わられ、すーっ、と消えてゆくのを感じました。この人を手放したくない、と思いました。ずっと一緒にいてほしい、と思いました。年齢差がどれだけあろうとそんなものはただの数字だ、といってやりたかった。この人と最後の瞬間まで一緒に暮らしていたい、と思いました。でも、もうお別れの日はそこまで来ているのです……。
 ──それから一週間後、喫茶店は予定通り閉店しました。商店街の人々や商店街の入り口にある交番勤務の警官、それ以外の喫茶店の常連たちが最終営業日の閉店後に集まって、お別れ会が催されました。深更に至るまでそれは続いた、と仄聞しております。
 わたくしも呼ばれていたのですが、取引先の上役に引きずり回されて行くこと叶いませんでした。残念ではありましたが、行かなくてよかったかもしれません。行けば淋しさは増すばかりで、互いに気まずい思いを抱いたまま、話すことも目を合わせることもしない時間を過ごすことになったでしょうから。それに、……自分の気持ちはもう彼女に伝わってしまっているのです。が、メイドの方はといえば──もう止めましょう。円環は閉じられたのです。□

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第3026日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉7/9 [小説 人生は斯くの如し]

 店の前を行ったり来たりしているうちにメイドに見つかり、店内へ連行されたわたくしはカウンター席に坐らせられ、しばらく放置されました。といいますのも、店内には先客が一組あり、そちらの接客が優先されたからです。
 順番を追ってお話しましょう。
 午前中の外回りを速攻で終わらせると、会社に戻らず足を喫茶店へ向けました。昨夜のメールの件もありますし、それ以上に彼女に会いたかったからでもありました。
 マイアミ・デイド署CSIチームの主任ホレイショ・ケインは犯罪捜査に取り掛かるに際して、いまの自分を動かしているのは科学だ、と所信表明しておりましたが、その伝で行くならばさしずめいまのわたくしをして仕事をさっさと片附け帰社することなしに喫茶店へ足を向けるその原動力になったのは他ならぬメイドの存在である、メイドに会いたいその一心からである、ということができるでしょう。まぁ、それはさておき。
 喫茶店のオーニングが視界に入るまでは、心浮き立ち足取り軽かったにもかかわらず、それを目にした途端、足取りは一気に重くなり、彼女に会える喜びよりも一方的な気まずさが優ってきたのです。両の足首に鉛の錘でもくくりつけられたように、歩調は重くなりました。喫茶店まで十メートルもないのに、一キロ以上も離れた場所まで歩いているような気分です……一歩足を前に踏み出す毎に、不安と躊躇いが成長してゆくのがわかりました。
 窓下の花壇の植栽が、店内からも外からも視線を遮り、あまり見通しは効かないはず。しかし、さすがに何分もその場に突っ立って動こうとしないシルエットがあるとお店の人はそれを怪しみ、確認しようと手筈を打つもののようであります。人の動く気配がして、ドアが開きました。同時にチャイム・ベルが、からん、と軽やかな音を鳴らす。メイドが顔だけ覗かせて、お、来たね、といいながら、手招きしてきました。
 なおも突っ立ったままでいるわたくしを、爪先から頭のてっぺんまで観察するような眼差しで見たあとでメイドがいいました。「お客さんいるからあまり長いこと、扉開けていたくなんだよね。入ってくれると嬉しいな?」
 斯くしてわたくしは無抵抗で連行される犯人の如くメイドの言いなりになって、店内の客となったのです。「とりあえずいつもの席に坐っててよ、あとで話したいことあるから。あ、お水はセルフでね」というメイドの声に操られるようにして、カバンを隣の椅子に置いてコートを脱いだあとカウンターのスツールに腰をおろしました。
 ギシッ、ときしむ音が聞こえましたが、なに、気にすることはありません。通い始めて五年、このスツールに坐るようになって四年強、ずっとわたくしの体重を、そうしてそれ以外のお客さんの体重も支えてきたのだから、きしむ音がしたって不思議ではないでしょう。ふと、キングの小説『スタンド・バイ・ミー』のエピローグで、エース・メリルがダイナーにある特定の椅子に座り続けている、という描写があったのをふいに思い出しました。いえ、それだけのことです。
 メイドがいったように、店内には先客がありました。男女のカップル、といえばそれまでですが、あまりにちぐはぐな二人でした。
 女性の方は二〇代前半でしょうか、対して男性は既に頭髪に白いものが目立っています。でも髪の量は豊かで、しかもその総髪を後ろに流しているものですから一見、江戸時代の素浪人、いえ、もっといえば由井正雪のように映るのでした。体格のしっかりした人でした。とても良い顔をしています。古武士、という表現が相応しく思えます。召し物が紬の着物に羽織というのが、またよく似合っている。一方で女性はといえば、線が細くて色が白く、黒髪を肩まで伸ばして化粧の薄い人、という以外は特に記憶に残るような人ではありませんでした。まぁ、地味ではあるけれど可憐な女性、というのがわたくしの印象です。でも、声のほんわりしたところや一つ一つの言葉遣い、笑い方には、育ちの良さを感じられます。
 かれらはちょうど席を立って、ごちそうさまでした、とメイドに声を掛けてレジへ向かうところでした。改めて見ると、二人の身長差も相当なものでありました。おそらく男性の方は一九〇センチ近くはあるでしょう、女性の方はといえば一五〇センチあるかないか、というところ……ちょうどメイドと女性の身長はほぼ同じなようでした。
 メイドは、ありがとうございました、といいながらカウンターの内側にまわり、会計を済ませて、かれらを送り出しました。またどうぞ。つられてわたくしも同じ言葉を口にしました。男性はちょっとこちらへ頭を巡らせ、微笑を浮かべて肩越しに小さく頷き、女性の方はちょっとびっくりした表情でこちらを見つめました。メイドはといえば、……扉を閉めたときに横目で、呆れがちに睨んできました。
 ──わたくしとメイド以外、誰もいなくなりました。それを認識した途端、視界が灰色に染まるような感覚に襲われました。これから始まるであろうメイドの尋問を思うと、天井のスピーカーから流れているバロック音楽は、やけに皮肉たっぷりのBGMに感じられます。まさしく<いびつ>としか言い様のない組み合わせでした。
 「では、ウッド氏──」
 彼女は隣りに腰をおろすと、カウンターへ背中をあずけ、こちらを横目で見てきます。自ずと上体を反らす形になりましたから、否応なくお胸の豊かなラインが強調されて、目のやり場に困ります。昨日ベッドで見た下着同然の姿にはなんの助平心も沸かなかったのに、いまは視線を外すことさえ必死にならざるを得ない。いや、まったく男というのは不思議な生物です。
 「来てもらった理由、わかるよね?」
 ああ、とわたくしは頷きました。説明の前に落ち着こうと思いました。コップに並々と注がれた水をがぶり、とあおって口を湿らせると、スツールを四分の一回転させてカウンターに片肘つく格好で彼女を見ました。視線は前述の理由から、額から髪の生え際あたりに固定させました。そうして弁明を始めようとしたのですが、──
 「おっと、その前に」とメイド。「注文もらって、いいかな」
 気勢を削がれました。出鼻を挫かれる、というのは、こんな場合をいうのでしょうね。おたおたしながら、オムライスと<晴れの日ブレンド>を注文しました。なぜだかそのとき、メイドの表情が険しくなったようでした。それはさておき。
 「あなたの口から聞きたかったな」と、カウンターの向こうに回った彼女がぽつり、といいました。「ウッド氏の会社の内情なんて知ってるんだから、隠す必要なんてなかったのに」
 「隠したわけじゃない。いうのを忘れていたんだ」
 「同じことよ。その話があったとき、私たち一緒に夜を過ごしていたんだから、そのときにだっていえばよかったじゃん」
 「あのときは本当に忘れていたんだよ。それにね、──楽しかったから、水を差しそうで言い出せないよ、かりに忘れていなかったとしても」
 鼻を啜る音がかすかに、でも確かに聞こえました。
 「非道いよ。──まぁ、わたしもあなたに言っていない大事なことがあるけれどね」
 え、と思いました。それはいったいなにか。椅子から腰を浮かして、訊こうとしました。でも、すぐに坐り直した。コーヒーを淹れている彼女が「あっ」と小さく声をあげたからです。再び鼻を啜る音。
 ねえウッド氏、と呼びかける彼女の声がわずかに震えているのに、そのとき気が付くべきだったかもしれません。「失敗しちゃった。すぐに淹れ直すね」
 ──ややあってカウンターの上に置かれたコーヒーは、少ししょっぱい味がしました。<晴れの日ブレンド>ってこんな味したっけ、とは思いませんでした。そんな風に思うのはきっと、さっきのメイドが鼻を啜る音を聞いていたからです。それゆえに味覚は印象操作されたのでしょう、きっと。
 隣りに坐り直した彼女は先程と同じようにカウンターに背中をあずけていましたが、こちらを見たりはしませんでした。俯いたまま指先でエプロンをいじくっています。それは際限なく続く作業のようでした。
 どれだけの時間がそのとき流れたのか、よくわかりません。無限にも等しい時間が、われらの間にはあったような気さえします。その間、なにも言葉を交わすことはありませんでした。そんな二人を野次るように、やたら明るい曲調のバロック音楽が天井のスピーカーから降ってくる。
 一つの楽章が終わり、次へ映るまでのわずかな無音の時間のことでした。
 ふいに彼女がわたくしの肩へもたれてきて、しばらくそうしていたかと思うと、さめざめと涙を流し始めた──斯くしてかの無限に等しく感じられた無言の時間は終わりを告げました。その代わりわれらの間に訪れたのは、理由定かならぬメイドのむせび泣く声。それは一時ながら音楽を退けたのです。□

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第3025日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉6/9 [小説 人生は斯くの如し]

 昼過ぎ。メイドを見送って玄関扉を閉めた瞬間、淋しさに襲われました。重いものが両肩にのし掛かってきたような気分です。どうにかリビングまで戻るとそのままソファに倒れこみ、深い溜め息をついてしまいました。また今日から独りぼっちか。昨夜から先程までの、一日にも満たない時間でしかないとはいえ、彼女と一緒に過ごした楽しい時間は普段の独り住まいの侘しさ淋しさを払拭してあまりあるものでした。それは時間が経ってみると、時に残酷な思い出となり、苦しみの原因となります。わたくしのまわりの誰も知らないでしょうが、当事者であるわたくしはそれをよく知っています。
 ソファからふと座卓へ視線を向けると、マグカップが二脚、肩を寄せ合うように置いてありました。洗濯と掃除を手際よく済ませた彼女が帰る前の一刻、コーヒーを淹れてくれたのです。そのときの居心地の良さは、やはり何事も代えられぬものがありました。
 コーヒーを飲みながら交わすとりとめのない日常会話や特定の話題についての論議は勿論ですが、ふだんの生活で当たり前のようにこなしている諸事、たとえば掃除や炊事などですが、一緒に暮らす相手がいたら、同じ所作であっても斯くも潤いのあるものになるのか、と改めて実感させられたことであります。
 今朝だって隣で寝ているメイドを見ていて、まぁ驚きはしましたが実はそれ以上に、心がとても安らいだのです。このまま彼女がいてくれたら、と考えたりもしましたが、どうやら一歩を踏み出す勇気を欠く男というのは、こんな場面に於いても積極的な行動には移れないもののようです。据え膳食わぬは男の恥──これはきっと、わたくしに向けられた言葉でありましょうね。結局、メイドがどうしてわたくしのベッドに夜中、潜りこんできたのか、その理由は聞いてもはぐらかされてしまいました。
 コテージのなかを見廻すと、室内のあちこちにまだメイドの気配がはっきりと、濃密に刻印されていました。キッチンで朝食を準備し、コーヒーを淹れる彼女の後ろ姿が、脳裏から離れそうにはありませんでした。耳を澄ませば、どこかから不意に、彼女の声が聞こえてくるような、そんな錯覚さえしたのです。
 マグカップを洗い終えてリビングに戻ってくると、サイド・ボードの上の、例の婚約者の写真に自然と目が向きました。……そろそろ、前に進んでもいいのかな? そう口のなかで呟いてみましたが、踏ん切りが付くには至りませんでした。
 夕食の仕度に取り掛かるまでの間、ネットの求人サイトで見附けた企業に応募したり、キングの小説を読んで過ごしました。そのとき、唐突に思い出したのです。メイドに自分のリストラを伝えていなかったことを。なんたる失態。が、その日が来るのはまだ先です。次に会ったときにいえばいいか、と軽く考えて、小説に戻りました。
 カツレツと自家製ポテサラの夕食をはさんで読み終わりましたが、『アウトサイダー』はたしかに面白い小説でした。ご多分に漏れずわたくしもほぼ一気読みに近い状態で読了したクチです。ミステリー小説の殻を被ったオカルト小説、というのがいちばん妥当かと思いますが、そうした意味ではウィリアム・ヒョーツバーグの『堕ちた天使[エンゼルハート]』(アラン・パーカー監督、ミッキー・ローク主演で映画化もされました。わたくしはこれをカナダの映画館で観た覚えがあります。地元の小さな映画館でよく上映されたな、とこどもながらに思うたことをいまでも覚えています)をどうしても想起してしまったことを申し添えておきます。むろん、どちらが良いとかそんな話しではございません。
 (幸いなことにこの日見附けて応募した九社のうち、二社から内定をいただきました。最終的に車で三十分程行った海辺の街にある、病院向けに家電をリースしている企業へ転職を決めました。給料は少し安くなりますが、家賃を払うわけでもなし、払わねばならぬローンがあるわけでもなし、かつがつ生活ができて、貯金もできるだけの額であれば異存はありません)
 読了して興奮した脳ミソを鎮めるべく、昨夜彼女が飲み残したワインをちびちび飲んでいたら、メイドの肢体が脳裏に浮かんでしまいました。むろん、実際に見たわけでなく想像の肢体でしかありませんが、そこに昨夜から今日にかけての姿が重なり、なかなかベッドへ入る気分とはなれなくなりました。思っていた以上の存在感を、どうやら残しているようです。
 ──欠伸が連発して、出ました。時計の針は10時を回ったばかり。が、どうしようもなく眠気が襲い来たって抵抗するも空しい状態です。ぼんやりする頭で部屋へ戻った途端、携帯電話が鳴りました。慌てて取ると、誰あろう、かのメイドからのメールでありました。
 文面はシンプルに、「あした、店に寄ってね」とのみ。本来ならちょっと浮き足立つ場面でしょうけれど、却ってその素っ気なさに不安を覚えたのも、事実であります。要件がなんとなく思いつくから、尚更でした。□

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第3024日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉5/9 [小説 人生は斯くの如し]

 座卓の上に握り合わせた両手を投げ、上体を屈めて彼女の顔を覗きこみながらわたくしは、重ねて、どうした? と訊ねました。「話せることだったら、聞かせてほしい」
 刹那、われらの目が至近距離で合いました。やはり、彼女の目はうっすらと濡れています。それが未遂で終わった欠伸とかそんな類のものでないことは間違いありません。こみあげてくる涙をどうにか抑えている、という風にしか、わたくしの眼には映りませんでした。
 「ウッド氏はさ、……」
 続く言葉は発せられませんでした。
 メイドはゆっくりと頭を振り、なんでもないよ、と小さな声でいいました。それはまるでわたくしにではなく、自分にいい聞かせているように聞こえます。ボックスティッシュを座卓の上に置くと彼女は無言で二枚、三枚と抜いて目を拭い、頬を拭き、鼻をかみました。
 そうして短い吐息をついた後、まわりを見回していた彼女の顔が、わたくしの肩越しに視線を向けて止まりました。その視線を追って、彼女の目がなにを捉えたのか察したとき、今度はわたくしが俯く番になったことを悟りました。
 メイドの視線の先にあるのはほぼ間違いなく、一個の写真立てです。壁際のサイドボードに置かれたそれに収まる写真とは、──
 「どなた? あの方が、その……?」
 そうだよ、と頷いて答えます。そちらに背を向けたまま、座卓に視線を落として、「あの女性が僕の婚約者だった人だよ」といいました。
 メイドも、わたくしにかつてそのような女性がいたことは知っています。が、大人の女性としての最低限の礼儀とデリカシーは持っていますから、写真見せてぇ、とか、どんな人だったのぉ、とか無神経な質問はしてきませんでした。当たり前のことではありますが、わたくしがメイドに好意を持っている理由の一つは、こうした他人への配慮がきちんとできる点にあったのです。
 見せていただいてもいい? と極めて自然な声で訊いてきます。わたくしも自然と、どうぞ、と答えることができました。
 彼女は立ちあがるとサイドボードまで歩いてゆき、写真立てのなかの婚約者を見つめています。わたくしはなにげなくそれを見ていたのですが、そのあとメイドが取った行動には正直、心を打たれるものがありましたね。写真立てに向かって目を瞑り、静かに合掌して、一分近くの間、祈りをささげていたのです。
 あざとさとかとはまるで無縁の、真に死者を悼む行為でありました。この光景を目の当たりにして、ああ、この人は人のつながりというものを本当に大事にして、生者死者の区別なく縁に結ばれた人たちを大切に想える心の持ち主なんだな、と感銘を受けたのは事実であります。おそらくこの一件なくして、<いま>これを書いているわたくしがいる未来の実現はけっしてあり得なかったことでしょう……。
 やがて静かに息を吐き、祈りを止めたメイドはこちらを向くと、深々と頭をさげて挨拶してきました。わたくしも姿勢を正して正座すると両腿に手を付き、頭をさげて返礼としました。「ありがとうございます」と言い添えて。
 メイドは元いた座卓のまえに戻ると、ちょっと仕事していい? とこちらを見ることなしにいいました。わたくしは勿論、と答えると立ちあがり、お湯がどれだけ張れたかを見に、風呂場へ足を向けました。すると間もなく規定容量までお湯が張れたことを知らせる女声のメッセージが流れました。
 リビングへ戻る途中で、彼女の寝床を用意していないことに気が付いたので、二階の客間のベッドを急いで整え、エアコンを付けて部屋を暖めると、廊下の本棚からジュンパ・ラヒリとウッドハウスの短編集を持ってきて、サイドテーブルに置いておきました。古き良き英国のマナーに従ったつもりです。そうしてこの行為とセレクトした作家に、わたくしは自分の気持ちをこめたつもりでおります。
 大の字になって寝転ぶメイドと階段の上で目が合いました。肩の下まで伸ばした黒髪が床へ扇形に広がり、顔がやけに紅潮しているのが、何メートルか離れている場所からでもわかります。なにげなく座卓の上に目をやるとそこにあったのは、鋭意取組中の原書の他に……一本の赤ワイン、そうしてグラス。──え?
 どうしたものか、と頭を振りながら寝転がる彼女のかたわらにしゃがむと、ふいに彼女が体を起こしてヘラヘラ笑いながら、ウッド氏ぃ、と首に手をまわしてしがみついてきました。嬉しい行動ですが、唐突にやられると却って不審です。それに問答無用で押し付けてくるものですから、いつまでこちらも自制を保てるか、まったく自信がありません。とりあえず、両肩に置いた手に力を入れて痛くしない程度に彼女を引き離し、ちゃんと坐らせました。
 「どこから持ってきたの……いや、答えなくていい。テンプレの質問しただけだから。答えを求めていない質問だから。でも、この短時間でどんだけ飲んだの──あーあ、こんなに。ボトルの半分もよく飲んだね。僕がここを離れてまだ十分ぐらいのものでしょ。まったくもう」
 ボトルとグラスとメイドを順番に見ながらそんな風にいうわたくしを、メイドは頭を左右に揺らせて見ているばかりです。かなり眠そうな顔をしています。もうこれまでだな。そうわたくしは思いました。Let’ call it a day.
 もう寝なさい、ベッドは用意してあるから。
 そういうとメイドは、あー、わたしのこと襲おうとしてるぅ、ウッド氏のエッチィ、と背中を仰け反らせて、こちらを指さして笑い転げています。
 こいつ、案外酒癖悪いな、しかもたったこれだけの量で……と、なにげなくキッチンの方へ視線を投げると、自分の認識が甘かった、否、甘すぎたことに気附かされました。そこには確かに、先程までは存在していなかった赤ワインの空瓶が一本、転がっていたのです。つまり、彼女はこの十数分でボトル一本半を開けていたわけで。
 ベッド? メイドは色素の薄い肌を染めながら上目遣いで、そう訊いてきました。「ベッドに行くの?」
 「ああ、そうだよ、この季節にいくら屋内だからってここで寝かせるわけにも行かないでしょう。風邪引かせたくないんだよ」
 「優しいー。じゃあ、連れてってー」そういいながらまたもや、今度は全身の体重を掛けて、メイドがしがみついてきました。「ねぇ、一緒に寝るの?」
 酔っ払いの言葉です。真に受ける必要はありません。そうでもしないと、本当にわたくしの理性は完全崩壊するでしょう。
 「連れてゆくだけ。ほら、おんぶ」
 「やだ」とメイド。「お姫様抱っこがいい、ウッド氏は鍛えているからできるはずだ。命令。ウッド氏、わたしをお姫様抱っこしてあの階段を登り、わたしのために用意してくれたベッドに連れてゆけ」
 わざとらしく大きな溜め息をついて、はいはい仰せのままに、とメイドをお姫様抱っこして二階へ上がり、ベッドに寝かせました。
 「僕の部屋は廊下の反対側だからね、なんかあったら呼んで。あと、トイレは下にしかないから。いい?」
 「うん、わかった」と答えるメイドの声が、さっきと違ってやけにはっきりしたものに聞こえます。が、短い返事ですから、その程度は呂律が回っていなくても普通にできるでしょう。
 メイドはサイドテーブルに置かれたラヒリの短編集をパラパラ目繰っていましたがそれはすぐに閉じて、ウッドハウスに手を伸ばしました。「ウッドハウス、面白いよねぇ。イギリスに留学してたとき、古本屋で買った『The Code of Woosters』がとっても面白くってさ。イギリス人の笑いには若干付いてゆけないところがあったけれど、そういうの抜きにしてでもお話としてとっても面白いんだよね。古本屋漁って、ずいぶん買い集めて読んだよ。いまでも家にあるけれどね。でも、ジーヴス物やエムズワース卿だけじゃなくて、ユークリッジまで日本語で読めるようになるとは思わなかったよ」
 ──熱い話を聞きました。ウッドハウスが日本語で多量に読めるようになる以前から好きで、原書を読み漁っていた、と公言する人と、わたくしは出会ったことがありません。それにしても、赤ワインをボトル一本半開けた直後の人の口から出たとは信じられぬ話の明瞭ぶりではありませんか。この子が素面の状態で改めて、ウッドハウス談義をしたいものです。
 じゃあお休み。そういって踵を返そうとしたとき、メイドがわたくしの腕を摑んで、自分の方へ振り向かせました。
 ねえ、聞いて。そうメイドはいいました。ベッドのかたわらに両膝ついて耳を傾けるわたくしを、とろんとした目でまっすぐ見つめながら、彼女の語りて曰く、──
 「私はさぁ、かなえたい夢があってずっと働いてきたのね。その夢も翻訳家の肩書きをもらってからはどこかに忘れてきちゃったようでぇ。ひっく。で、んーと、あれ、なんだっけ? 私、なに話そうとしていたのかなぁ、わかる? わかるわけ、ないか。ウッド氏だもんなぁ」
 ウッド氏だもんなぁ、とはどういう意味だ。そう、ふだんなら返しているところですが、今夜は彼女の話すべてに耳を傾けていたい気分です。ツッコミはやめておきました。
 だけどね、とメイドがいいました。「いまの私があなたに伝えたいことは一つだけなの。聞いてくれる?」
 ああ、とわたくしは頷きました。どんなことでも聞いてやる。腹を括りました。
 「ううん、やっぱりいいや。この関係が壊れちゃいそうだから」と、背中を向けてしまいました。「──忘れてね、今夜の私のこと」
 その台詞に一瞬、怯みました。「どういう……」というのがやっとでした。
 ずるいよ、ウッド氏。こんなに──、
 そこで言葉を切ると、彼女は寝息を立て始めました。嘘寝であるのがわかります。でも、これがいまの彼女の意思表示です。電気を消してドアを閉めて出ていってね。わたくしは彼女の望みに従いました。
 風呂には結局浸かりませんでしたが、いつ目を覚ましてはいる気になるかわかりません。ちょっと電気代が勿体ないですが、そのまま自動湯沸かし機能は点けておくことにします。わたくしはシャワーで済ませました。
 晩酌でもしようかな、と思いましたが、もはやそんな気分になっていないことに気附くと、それは見送って早々に部屋に引っこむことにしました。廊下の反対側のドアをしばし見やり、そこで眠るメイドを思いましたが、誰かと一つ屋根の下に一緒にいるだけで幸福を実感できることを思い出せてくれた彼女には、もう感謝の念しかありません。だからこそ、さっきの彼女の言葉ではありませんが、この関係を崩すような行動も発言も慎まなくてはならないのです。
 宮台のスティーヴン・キング『アウトサイダー』をベッドのなかで開きましたが、いつものように物語に入りこむことができません。生活を大きく揺るがすような体験を二つ、今日一日で体験したことが原因なのでしょうか。リストラの知らせと、メイドの来訪/泊まり。<プラスマイナス・ゼロ>──否、プラスがマイナスを上回った日でした。至福、という表現は大仰ですが、間違ってはいないでしょう。一つ屋根の下に誰かが一緒にいる幸せ。それを噛みしめながら、満ち足りた気分でわたくしは休みました。
 だのに、夜が明けて朝を迎えてわたくしの眼に映ったこの光景を、いったいどのように説明すればいいのでしょうか──。
 カーテンの隙間から太陽の日射しが部屋に細い光の帯を作っています。ベッドから降りてカーテンを開けると、寝ている間に降り積もった雪に朝の陽光が照り返していました。そのせいでかカーテンを全開にした室内は、ふだんよりだいぶ明るく感じられます。
 明日のことを思い煩うな、と、いわれます。が、一日はまだ始まったばかりです。いまは土曜日の午前7時前です。「明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタ6:34)。有名な福音書の一節を敷衍すれば要するに、いま眼前に広がるこの情景について一日たっぷり思い悩みなさいな、ということなのか?
 そうです、まったく記憶にないのです。意味がわかりません。
 なぜメイドがわたくしの寝床にいるのでしょう。なぜ彼女はすやすやと小さな寝息を立てて、薄手のキャミソールとショーツだけという斯くも無防備な姿を曝して、幸せそうな横顔を見せてぐっすり寝ているのでしょう。
 嗚呼、わたくしには、まったく記憶がないのです。□

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第3023日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉4/9 [小説 人生は斯くの如し]

 帰宅してみるとメイドはポーチのいちばん奥、風をしのげる場所にうずくまっていました。わたくしがそばまで来ると、きっ、とこちらを睨むように見、色の薄くなった唇を横一文字に引き結んで、無言で抗議の色を表情に浮かべています。鍵の場所を教えたのにどうしてなかに入っていなかったの、と玄関を開けながら訊いても、彼女は答えようとしません。
 大急ぎで鍵を開けて、取るものも取り敢えず彼女にシャワーを浴びてくるよう促すと、わたくしはもともと作る予定でいたボルシチとビーフストロガノフの仕度に取り掛かりました。手間や時間が掛かりそう、と及び腰になる方もおられるようですが、作り馴れると案外短い時間で、然程の手間を掛けずに出来上がってしまうものです(世界のどこでも家庭料理ってそんなものだと思います)。もっとも、彼女がだいたいどれぐらいの時間でシャワーからあがりそうか、あらかじめ訊いていたから時間配分ができたことは否定できません。
 持参したTシャツとショートパンツに着換えた彼女が、お先にいただきましたぁ、といいながらスリッパを履いた脚をペタペタさせてこちらへやって来ます。食卓の上に乗った料理を見て歓声をあげてくれたことが、頗る嬉しかった。誰かのために、誰かを思って食事を作る喜びなど、もう何年も経験していませんでしたから……。バスタオルで髪をわしゃわしゃ拭いてひょい、とこちらを見やった彼女はすっぴんでした。当然初めて見るすっぴんですが、あまり普段と変わらないな、とぼんやり思ったことを覚えています。
 いただきます。どうぞ、お口に合えばいいけれど。
 「ロシアにいるときに覚えたの? 自炊しているのはもちろん知ってたけど、こんなに美味しいものが作れるなんて思わなかったよ。もっと簡単に済ませてると思ってた」
 「え、どんな風に?」
 「んー、まぁ、いいじゃん」
 「なんだ、それ」
 「でもね、なんか本場の味、って感じ。行ったことないから想像でしかいえないけれど、ロシアの家庭で日常的に作られているボルシチとかってこんな風にシンプルだけど、素朴な温かみがあるんだろうなぁ、って思うよ。ほんと、美味しいとしか言い様がない」
 お代わりでもしかねない勢いで口に運ばれてゆく料理を眺めていたら、ああ、もうすこし多めに作ればよかったかな、と思わざるを得ませんでした。別に餌付けするつもりはありませんが、こんな風に美味しく食べてくれるなら、幾らでも食べてほしいと思うのが作り手の本音ではないでしょうか。
 メイドとのこのやり取りが、わたくしの心に触れてこれまで抑えていた気持ちがむくり、と鎌首もたげさせたのは、いまにして思うとまったくふしぎなことではありませんでした。むしろ、自然な成り行きであったかな、と思うことであります。
 「ねえ、転職先が見附からなかったら、うちの喫茶店で働きなよ。給料はいまより安くなっちゃうけど、どうかな?」
 「ロシア料理専門のシェフとして? それだけで? 人件費に見合わないと思うんだけどな」
 「いや、結構本気でいってるんだけれどね。ウッド氏がいつもお店にいてくれたら嬉しいな?」
 え……。いまの台詞、どんなつもりでいったんだ? 気のせいではないと思います、心臓の鼓動が耳の内側ではっきりと聞こえたのは。
 口が開いては閉じ、を繰り返しているのがわかります。手が不自然な動きを始めたのもわかります。が、メイドはこちらの様子など気に掛ける様子もない風で、──
 「ウッド氏が来てくれたら、うちのメニューにロシア料理とカナダ料理のレパートリーが増える。それに加えて私が翻訳の仕事に集中できる時間が増える。Win-Winじゃん?」
 いや、Win-Winの使い方、間違ってるぞ、といいたかったのですが、その気も失せました。
 「じゃあ、そうなった暁には是非宜しくお願いします。雇用主様」
 ウィ・ムシュゥ、と頷いて、再びビーフストロガノフを食べ始めたその表情には、得も言われぬ幸福感が貼りついていました。どれだけ満足しているかは、彼女の表情がすべてを物語っています。この表情を至福とか法悦とか表現せずして、なんというのでしょうか。
 ふだんは見ぬ服装、ふだんは見ぬ化粧を落とした顔、普段は見ぬ下ろした黒髪、普段は見ぬ誰かとご飯を食べているときの満面の笑み。これらすべてを総合して、可愛いな、と改めて思わざるを得ませんでした。この子と結婚した人は、きっとどれだけ生活が窮乏していたり世間から理不尽な目に遭ったりしても、毎日を笑って過ごせるんだろうな。そう思うと途端に、まだ現れぬ(見ぬ?)彼女の結婚相手が羨ましくなり、同時に嫉妬と殺意を(わずかながら)覚えたのは致し方のないことだと思います。
 あのまま婚約者が生きていたら。家庭を持てていたら。でも、それはもうゆめ叶わない出来事です。どれだけ希求しても、どれだけお金を積んでも、死んだ人間を甦らせることはできないのです。技術云々ではなく、偏にそれは禁忌です。どれだけ才能と技術があっても、わたくしはフランケンシュタイン博士にはなれないのです。
 いつもここに亡き婚約者がいることをつい夢想しますが、いまぐらいそれが空しい行為であることを、目の前のメイドが証明しています。あまりに落差があり過ぎる。わたくしの心は淋しすぎる。どんどん内側にこもって闇のなかへ落ちこんでゆくわたくしを、メイドの台詞が引き戻してくれました。感謝。
 「いやぁ、食べた、食べた。ごちそうさま、ウッド氏。とっても美味しかった。ありがとう。また食べさせてね?」
 「いつでも」と答えた気持ちに偽りはありません。メイドと、あの喫茶店で、2人で同じご飯を食べる。きっとわたくしが望む日常とはこういうことなのだろうな、と今日程実感した日はありません。そうして、彼女をいつしか想うようになっていることも、この2時間弱の間に気附かされました。とはいえ、自分の恋心に自覚はあってもそれは、胸のうちに仕舞っておくべき感情であることもわかっているのです。
 けれどもメイドはといえば、こちらの気持ちを知ってか知らずか、昼間喫茶店で見せたと同じ小悪魔じみた笑みで、ウッド氏がうちに来たらどんなメニューを加えようかな、と算段しています。ロシアの家庭料理は大概のものは作れる、カナダのそれも子供の頃に祖母がよく作ってくれたモンティクリスト(モンテ・クリスト伯でもなければモンティ・パイソンでもない)やメープルマッシュルーム、スモークサーモン、ジビエ料理、シェパーズパイ、アップルクランブル、そんな辺りであればいまでも作れる、と伝えました。但し、材料の関係で日本風にアレンジしなくてはならない場合もあるでしょうが。
 「まぁ、それは仕方ないね」と彼女。
 「向こうと同じものを使おうと思ったら、仕入れも在庫管理も大変になるからね」
 彼女は腰をあげ、洗い物は任せて、といって空っぽになった2人分の食器を片附け始めました。ありがとう、じゃあお願いね、といいかけて、口をつぐんでしまいました。食器を運んでゆく彼女の横顔に、一瞬間とはいえ、似合わぬ影が射しているのを認めたからです。その影の理由については、あとでわかりました。たぶん、もうこの晩には決めていたのでしょう。でもそのときのわたくしには理由についてあれこれ考えを巡らすよりも、誰かと一緒にプライヴェートな食事をした、という数年ぶりに経験した喜びの方が、ずっと優っていたのです。まったく、非道い男です。
 蛇口から水の流れる音に負けじと、メイドが鼻歌を歌っています。それはザ・ロネッツの「Be My Baby」でした。Oh,since the day i saw you, I have been waiting for you, You know I will adore you ’til eternity. (ああ、あなたを見たあの日から、ずっとあなたを待っていたのよ。わかるでしょ、わたしはあなたをいつまでも好きだってこと) ──ああ、メイドよ、そんな歌をうたってわたくしを惑わせないで。あなたの声がわたくしにはサイレンの魔女の歌声に聞こえてならないよ。
 そんな風に悶々としているうち、いつしか鼻歌はやんでいました。水音も然り。洗い終えた食器を拭いてくれているのでしょう。「ねえ、ウッド氏?」
 「なんだい?」努めて声は平静を保ったつもりです。
 「さっきシャワー浴びさせてもらったんだけどさ、やっぱりお風呂に入りたい。いいかな?」
 段々理性が崩壊してゆくのを感じます。でも、まだ理性は死んだわけではありません。「お、おう。じゃあお湯、張ってくるね」
 「うん、お願い。ごめんね、わがままいって」
 ──風呂場に行くと換気がされていませんでした。まだ湯気がこもり、彼女の甘ったるい残り香が鼻孔をつきました。お前はいったいなにを考えているんだ、なにを望んでいるんだ、お前が求めるものはなに一つ手に入らないとわかっているだろう。そんな風に自分に言い聞かせて、湯沸かし器のスイッチを入れました。
 戻るとメイドはリビングの座卓に原書を広げて(彼女がライフワークにしている、20世紀中葉から後半に掛けて活躍したアメリカの作家、オーガスト・ダーレスが数多書いた郷土小説の1冊だそうです。タイトルは『Return to Walden West』だったと記憶します)、終わりの方のページに目を落としていました。でも、読んでいるのでない、というのはすぐにわかりました。そう、ただ目を落としていただけなのです。
 なんだか落ちこんでいるような、悩みを抱えているような、そんな雰囲気です。食事中の彼女とは打って変わった様子が、妙に心に引っかかりました。
 わたくしは座卓の反対側に腰をおろして、そっと訊ねました。「なにがあったの?」
 しばし無言、やがて彼女が小さく顔をあげました。垂れた前髪から透けて見える瞳が濡れているように見えました。気のせいかな、と思いましたが、後日になってそれが気のせいでないとわかったときは、もう手遅れだったのです。□

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第3022日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉3/9 [小説 人生は斯くの如し]

 その日、会社に戻ると、リストラされていました。正確にいうならば、例のSDF社──北朝鮮の核開発に一役買っているらしいって噂だよ、とあのあとメイドがいっていました──がわが社を吸収合併することとなり、従業員770名余のうち、8割近くの社員が解雇されることとなったのです。そのリストに自分の名前を見出すのは容易でした。3ヶ月の猶予を与えられていたのは、他の会社にくらべれば寛大な処置であったのかもしれません。
 その日の午後の社内は誰も彼もが皆顔寄せ合う度毎に吸収合併の話で盛りあがっていたようであります。正直なところ、わたくしもその話に混ざって皆の意見など聞いてみたかったのですが、管理職に果たして誰が胸襟を開いて、いや実は……など述べたりするでしょう。もっとも、夕方になろうという頃から管理者会議に参加しなくてはならないため、そんな時間を割くこともできなかったのですが。
 珍しく会議が短い時間で終わり(当たり前です、決定したことについて唯々諾々と従うより他ない経営状態だったようですから)、定時で退勤できる部下はすべて帰して自分も残業を1時間ばかりしたあと、ロビーで憂さ晴らしを兼ねて商店街の居酒屋へ行くという連中と出喰わし、誘いを断り、街灯がぽつん、ぽつん、とあるばかりの上り坂(いちおう、バス道路)を歩いていました。
 ときどき脇を通ってゆく車に注意しながら、わたくしは行く末について結論のなかなか出ない考え事をしていました。こんなとき、独り身であること、家のローンが完済済みであることは、強いなぁ、と実感します。税金や光熱費等々を支払うだけのお金も、貯金とは別に用意してある。けれど、働かなくてはならない。どれだけ稼いでも出てゆくものは出てゆくのです。否応なし。でも、それが現実。Huey Lewis&The Newsではありませんが、”Simple as That”なのです。ふと、メイドの顔が脳裏を過ぎりましたが、そのときはまだ彼女が自分の人生に如何程の存在になっているか、しかと認識することはできていませんでした。
 そのとき、ウッドさん、と後ろから声をかけられました。足を停めて振り返ると、管理部の石田さんが息を弾ませて小走りに駆け寄ってきます。彼も、リストラ対象として挙げられた人物でした。
 「行かなかったんですね、ウッドさんらしい」
 「誘われたんですけれどね。石田さんはてっきり……」
 そこまで飲んべえじゃありませんよ、と苦笑いしながら、石田さんは頭を振りました。そうしてからやっと、そういえば一昨年の秋に入院したんだよな、と思い出して、すみません、と謝りました。
 「いや、いいんですよ。でも、急でしたね。まったく噂もなかったのに」
 「事前にそれらしい気配があるものなんでしょうけれど……」わたくしはそういって、まだ半分ほどある坂道を見あげました。人生常に急な坂道の繰り返し、上りもあれば下りもある、と歌っている演歌があったように思います。「リストラなんて初めてだから、どうにも実感が湧かないですね」
 いや、たいていの人が初めてだと思いますよ、という石田さんのツッコミは、かたわらを行くトラックのエンジン音で掻き消されてしまいました。まぁ、返す言葉も思いつかないので、苦笑することで返事に代えました。
 「ウッドさんは独身ですよね、まだ?」と石田さん。「あれ、ご結婚されてましたっけ?」
 わたくしの過去については既に申しあげたとおりです。改めてそれを説明すると、ああ、そんなことがあったんですか。石田さんはぽつり、と呟いて、頷きました。「すみません、知らなかったこととはいえ。じゃあ、私がこの会社に来たのは、その直後だったんですね」
 そうかもしれません。
 「石田さんはご結婚されていますよね。確か、息子さんが夏休みに倉庫のアルバイトに来られていた?」
 「そうです。あれも来年、大学を卒業ですよ」
 「お一人ですか?」
 「ええ、そうなんです」と石田さんがか細い声でいいました。「女房がね、息子を産んだあとはもう駄目な体になってしまって」
 でも、石田さんの御子息からは育ちの良さが感じられました。一昨年の夏に倉庫の棚卸しでご一緒したことがありますけれど、そのときのハキハキした様子、キビキビした行動、物事の理解力の早さに感心する一方で、まぶしささえ覚えたものです。きっと石田さんと奥様がきちんと育てたのだろうな。それを伝えたときの石田さんのはにかんだ表情が、あれから何年も経ったいまでも思い出されます。
 そうこうするうちにようやく、坂を登り切った場所にあるバス停へ着きました。どうしてバス会社は乗降客の多いこの坂の下にもバス停を設置してくれなかったのだろう。就職してから今日まで何百回となく抱いた疑問が、またむくり、と湧きあがってきました。
 さて、石田さんはここからバス、わたくしはまだもうちょっと歩きです。バスを待っているのは、石田さんを含めて3人だけ。時刻表を見ると、到着予定時刻はもう過ぎている。それをいうと彼は笑って、そんなのしょっちゅうですよ、たいてい3,4分遅れてくるんです、と教えてくれました。
 ほら、見てごらんなさい。
 石田さんが指さした方、つまりわたくしが歩いていく方向を見ると、宵闇のなかからバスがのっそりと姿を現しました。大寒を過ぎたばかりの街の闇に浮かぶ車内からもれる灯りは、どういうわけだか、子供の頃に祖国の祖母に見せてもらった浮世絵に描かれた狐の嫁入りを思い出させました。さすがにそんなこと、石田さんには──というより、相手が誰であっても話すのは憚られました。というのも、この街が他ならぬ狐の嫁入り伝承の色濃く残る土地だからです。
 「今度、一杯やりましょう。約束ですよ?」と石田さんが、バス待ちの行列が動き始めたときにいってきました。
 勿論、お誘いに乗りました。「約束を守るのが営業の唯一の美点です」
 笑いあって、別れました。その場を去るのがなんだか名残惜しくて、わたくしは石田さんが乗ったバスの去ってゆくのを、視界から消えるまでずっと見送っていました。寒さに頬や耳が冷たくなり、髪の毛が固くなってくるまで、厚着しているにもかかわらず全身がひんやりしてくるまで、その場に立ち呆けていました。
 携帯電話がどれだけの時間、鳴っていたのかわかりません。かじかむ手でコートの内ポケットから苦労して出すと、液晶画面にはメイドの名前と(勝手に自撮りされた)写真が表示されていました。昨夜のメールで明日の晩、つまり今夜泊めてほしい、とおねだりされていたのをすっかり忘れていました。さっき、喫茶店を出るときに念押しされていたにもかかわらず、です。断っておきますが、色恋が絡む話ではありません(少なくともこのときは、そう信じて疑いませんでした)。
 しまった。舌打ちついでに口のなかでそう呟くと、通話ボタンを押して受話口を耳にあてました。メイドの声は、震えていました。どうやらポーチの階段に坐りこんで長い時間が経っているようです。玄関周りは風に当たらないように設計されているとはいえ相応の時間、外にいればこの季節なら震えて当然。どうして鍵の在処を教えておかなかったのか、と自省しました。……いますぐ帰ります。鍵の場所を教えるから、入っていてください。「あと、暖房つけておいて──」
 「当たり前でしょ!」
 すこぶる怒り気味な調子でメイド。電話はがちゃり、と切られました。明日、鍵の隠し場所を変えよう。そんなことを考えながら、帰途を急ぎました。
 雲が重く垂れこめ、いまにも雪が降り出しそうな空でした。□

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第3021日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉2/9 [小説 人生は斯くの如し]

 「あれ、ウッド氏だ」
 いつもの衣装を纏ったメイドがカウンター席から顔をあげて、こちらへ視線を向けました。意外なものを見たという風な言い方です。よっ、と席から立つと、ぶふふ、といまにも笑い出したいのをこらえられない様子で近づいてきました。ご丁寧に目尻まで下げています。「なに、サボリ?」
 サボリじゃないってば。そういって、いつものテーブルに座を占めました。「商談が終わってね、会社へ戻る途中の息抜きですよ。──コーヒーをくださいな」
 「<晴れの日ブレンド>でいいよね? ちょっと待っててね。……あ、水、自分でお願い」
 うん、と返事して腰をあげると、さっきまで彼女が坐っていたカウンター席に広げられたハードカヴァーの洋書と辞書、レポート用紙とシャープペンがあるのに気が付きました。「邪魔したかな?」
 気にしないで、と彼女。「ちょっと急ぎでレジュメの依頼を受けたからさ。喫茶店の仕事の合間にやってるの」
 本業はどっち? といまさら訊くまでもない質問を投げると、「翻訳に決まってるじゃん」と予想通りの答えが、ほんわかした口調とふにゃりとした笑顔で返ってきました。
 ああ、やっぱりこれなんだな、と思いました。このやわらかい雰囲気と春の陽光を感じさせるあたたかさに惹かれて、わたくしはここに通い詰めること多々なのであろう、と改めて実感したのです。商店街の店主たちがランチ時でもないのに、そうしてけっして暇なわけでもないのに集まってきて数十分を過ごしてゆくのも、同じような理由からなのだと思います。
 一部に熱狂的なファンを持つ音楽評論家の故能生芳巧がこの町を偶さか訪れた際、この店に寄って彼女の煎れたブレンド・コーヒーとダブルレッグカレーを絶讃し、帰京して後はレコード雑誌のエッセイで彼女に触れて「店主(兼メイド?)のやわらかな口調と心蕩けさせられる笑顔が、この喫茶店が今日まで営業できた秘密といえよう」と曰うた。以来県外からもお客が来るようになったが、もともとそれより前からwebではちょっとした有名店だったようで、喫茶店マニアが作るHPで紹介されている程なのです。でもなぜか雑誌の取材は、彼女、頑として断り続けています。まぁ、わたくし共のような地元の常連にはありがたい限りです。
 「ハイ、お待たせ」
 彼女お気に入りの香蘭社のカップに淹れられたコーヒーが置かれました。湯気が立ちのぼり、鼻腔をかぐわしい香りがくすぐります。「心して、ありがたく飲み給えよ」
 いつものままです、何も彼もが。このままなに一つ変わることなく、永遠にいまと同じ時間が流れ続ければいいのに。そう思いながら、反対側の椅子に坐りこんだ彼女を見て、口許が弛みました。「頂戴いたします」
 「どうぞ。でもさ、見附かっちゃ駄目だよ、ウッド氏。ただでさえあんたの会社、傾いてるんだからね」袖のカフスをいじくりながら上目遣いで、彼女はそういいました。「クビになっちゃうぞ?」
 彼女がうちの会社の内情に通じているのはなぜなのか、という点は不問に処すとして(リーク先は誰か?)、まったくこの子は……どうしてこうまでわたくしの進退を気に掛けてくれるのか。前にも何度か同じようなことがありました。いつであったか、どうしてそんなに気に掛けてくれるの? あなたの心の真ん中に僕がいるのかい? と冗談で訊いたら、途轍もなくこちらを蔑むような眼差しを投げながら、ウッド氏がいなくなったらその分うちの売り上げが減るんだよね、と言われました(確かそのときは同僚も一緒で、ビールを数杯呷ったあとであった、と記憶します)。
 でも、うれしいのです。ありがたくて、涙が出そうなのです。笑われてもいい、敢えて言いますが、<純真>とか<天真爛漫>という言葉は、いま目の前にいるメイド服姿の喫茶店の若きオーナーのためにあるに違いありません。
 しばらく無言の時間が続きました。こんな無言の時間さえなんだか当たり前の風景に思えてきて、とても心地よいものです。彼女も、わたくし以外に客はいないのだから翻訳の仕事に戻ってもいいのに、そうしようとしないのは、彼女なりの気遣いであったのかもしれません。
 やがて、彼女が、チラッ、とこちらを見ました。刹那の後、あ、という小さな声がしたかと思うと、口がOの字の形になり、こちらを見据えるのです。
 「ウッド氏、ちょっとそのままでいてね……」
 彼女はテーブルの上に乗り出して、両の眼を細めてこちらへ顔を近づけてきます。唇に塗られたラメ入りの口紅が妖しく艶を放ち、色素の薄い肌が薄桃色に染まっていました。そうなると気のせいか、眼も潤んでいるように映ります。一瞬、亡き婚約者の顔が浮かびましたが、形のない圧倒的な衝動の前に雲散霧消してしまいした……む、むろん、想いが消えたわけではありません、が……なのですが……。
 彼女の両手が、すっ、とこちらへ、頸元へ伸ばされました。しゅるしゅる、なにやら覚えのある感触が喉元でします。やがて、溜め息混じりに彼女がいいました。
 「相変わらずネクタイの結び方が雑ですなぁ。これでよく営業部長が務まってるね」
 「寛大なのさ」と短く答えたのは、彼女の行動からやましいことを脳裏に思い浮かべたからです。ごめんなさい。
 「早いとこ、ネクタイ結んでくれる女性を探しなさいよ?」
 そんな人、いません。わたくしは頭を振るだけで返事としました。
 お礼をいって、あとはしばらくテーブルの木目から目を上げられませんでした。おわかりいただけるでしょうか、この居たたまれなさを? 
 どれぐらいの時間が経ったのか、好い加減会社に戻らないとな、と思い至ってカップをソーサーの上に戻したときです。彼女が、そうだ、と、左掌を拳にした右手で打ちました。
 「ねえ、ウッド氏。ウッド氏の会社ってさ、半導体メーカーのSDFって会社と取引、あるよね?」
 わたくしは頷きました。もちろん、知っています。知っていますが、同時にどうしてうちの会社の取引先を知っているんだ……と、疑問が湧きましたが、それはすぐに解決しました。『会社四季報』を見れば一目瞭然です。
 それはともかく、SDF社はいちばん大切な取引先です。もっとはっきりいえば、SDF社空取引が中止されたら本当の意味で、うちの会社は経営不振に陥るに相違ありません。それに、今日ここへ寄る前に商談で赴いていた会社というのが、まさしくこのSDF社だったのです。
 でも、なぜ彼女がSDF社のことを訊くのでしょう? 
 問い質すと、うんうんもっともな質問だねぇワトスンくん、とパイプをくゆらす仕種をして、しばしホームズを気取ってから彼女はぐっと、わたくしへ顔を近づけました。不覚にも、またドキリ、としました。
 「あの会社ね、裏でとんでもなく物騒なことやっているらしいよ」□

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第3020日目 〈小説「人生は斯くの如し(ヘンリー・キングの詩より)」 〉1/9 [小説 人生は斯くの如し]

 除隊してから流れ流れてこの北陸の地に根を下ろして、もう15年になります。
 いまは、と或る電器部品のメーカーで営業部長です。偉そうな肩書きですが、そんなのはただのレッテルに過ぎません。仕事の軋轢や楽しみなんて、肩書きに関係なく身に降りかかる出来事なのですから。
 給料はそこそこの額をもらっています。散在する理由も趣味もないので貯金していたら、いつのまにか独りで住むにはちょっと広くも感じるコテージの頭金ぐらいにはなり、残りのローンは先々月に完済しました。しかし、15年前と同じようにわびしい毎日を送っております。
 トイレで社長の恋人(男)と隣になったとき、図らずも相手の口から会社の経営状態が良くないことを知らされました。曰く、次の仕事を探し始めていた方がいいかもしれない、いつ他の会社に売却されたりしても可笑しくないから、だってうちはこの手の会社じゃ国内トップレヴェルだからね、狙っている会社はごまんとあるよ、と。
 そんなわたくしの楽しみといえば、仕事帰りに馴染みのパブでギネスを2パイント、フィッシュ・アンド・チップスかミートパイを腹に入れることと、5年程前にオープンした商店街の喫茶店に立ち寄って、なぜかいつも(正統派の)メイド服を着ているオーナーとしゃべること(勿論飲食も)、でしょうか。あとは、そうですね、主に人文学系の本を読むことぐらいですが、そちらはちかごろご無沙汰で、何年か周期で巡ってくるロシア文学熱に、いまは浮かされています。
 恋人で婚約者だった女性とはロシアで出会い、彼女の曾祖父が一部のロシア文学史に名前を残す方であるとを教えられたことから、段々とこの摩訶不思議な文学の世界に囚われていったのです。その彼女は、もうこの世にいません。
 2度目の告白でようやくOKをもらいました。わたくしが日本に戻って除隊手続きを済ませたあと、彼女も帰国して式を挙げる予定でした。が、帰りの飛行機のトラブルで亡き人となりました。その直前に届いた手紙には、喜びと希望に満ちあふれたわれらの未来展望が、端正な筆跡で綴られていました。訃報と新聞記事と一緒にその手紙は筐底奥深くに仕舞ってあります。
 わたくしのラキシス、わたくしのアルウェン、わたくしのイゾルデ、あなたはいま、そちらでなにをしているんだい?
 ときどき、会社の帰りなどにふっと、星が瞬くこの田舎町の夜空を見あげます。あれ以後誰かに好意こそ持っても愛に変化することはなく、これから誰かと一緒になる未来は想像できませんでした。これからもそうなのでしょう。彼女を心のなかから消すことのできる人が果たして、自分の前に現れることなどあるのだろうか。いつまで自分はこの地にいられるのか、いつまでいまの会社で働くことができるのか、これからの自分の未来がしかと見通せぬことに苛立ちを覚えます。
 「この空しい人生の日々に/わたしはすべてを見極めた。/善人がその善ゆえに滅びることもあり/悪人がその悪ゆえに長らえることもある。/善人すぎるな、賢すぎるな/どうして滅びてよかろう。/悪事をすごすな、愚かすぎるな/どうして時も来ないのに死んでよかろう。」(コヘレトの言葉7:15-17)
 ──コテージのポーチに置いたロッキングチェアに体をあずけて、ぼんやりとエールを飲みながらクラッカーを食べていたら、丸テーブルの上のスマートフォンがブルブル震えて、メールの到着を知らせました。その相手というのは……。□

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