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第3218日目 〈虐殺系民族主義者の祖、ユダ・マカバイ?〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 「マカバイ記 一」の読書ノートは鋭意進行中……といいたいところだが、先日1日休んでしまい、それが今後にどう影響を与えるか不安でならない。聖所奪還/清めという最初のクライマックスがぶじ片附いたせいで(早くも)拍子抜けしたのか。
 とまれ、予定日からはどうにか始められると思うので、大幅延期なんていう失態だけは演じないで済みそうである。唯一不安材料があるとすれば、感想がまだきちんと文章の体を為していない部分が多すぎる、という点だろう。ノートを執りながらの箇条書きか、或いはまだまとまりを見せていない断片でしかないからなぁ。
 久しぶりに「マカバイ記 一」を開き、ノートを執りながら1日1章の原則で読み進めていると聖所奪還という当初の目的を果たしたユダ・マカバイがそのあと、対シリア軍事行動のみならず己の意に反する態度を取った衆への容赦なき痛めつける場面が散見される。一時的ながらユダ・マカバイの行動は刹那的かつ短絡的なそれの繰り返しとなるのだ。
 極言すればイデオロギー狂いゆえの残虐・残忍・人非道な行動がクローズアップされてくるのである。これはなんとしたことか。
 地に飢えた獣、なる表現はチト的外れかもしれないが、読書中ノート中はそんな風に感じられて仕方なかった。果たしてユダ・マカバイとヒトラー、スターリン、毛沢東との間にどれだけの差異があるというか。
 20世紀のかれらと古代オリエントのユダを比較するのが間違っているというなら、時の為政者、アンティオコス・エピファネス4世とユダ・マカバイの間にどれだけの差異があるや。共に自らの理念に従って敵対者に牙を剥いた。その点に於いて如何なる相違が?
 ユダ・マカバイは確かに抵抗運動、民族自立の英雄であるかもしれないけれど、いっぽうで<虐殺系民族主義者>の祖、とも映るのである。
 併せてなんとも謎なのは、アンティオコス・エピファネス4世がユダヤ人全体を弾圧したのではなく、記録に拠れば弾圧の対象はエルサレムとその周辺に住まうユダヤ人であったらしいこと。これが事実なら、アンティオコス王のシリアのユダヤ人弾圧はどう説明できるのだろう。この点は確認を兼ねて、調べておく必要がある。
 過日のカルヴァン神学の勉強や、これから書いてゆく予定のエッセイも含めて、なにやかやで聖書とは、ほぼ一生の付き合いになりそうだ。
 なお、明日は安息日とさせていただきます。家族と自分の誕生日、命日等は安息日と決めているのです。◆

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第2642日目 〈サロメとヨカナーンについて語るとき、文オタ・オペ好き・非キリスト者のぼくが語ること。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 「ヨカナーンの首を欲しうございます」と、王女サロメはいった──。
 ご存知、戯曲『サロメ』のクライマックスであります。捕らえられたヨカナーンに心奪われたサロメ。想いを拒まれた彼女が父王へねだった贈り物、それが洗礼者ヨハネの首でありました。
 『サロメ』の作者はオスカー・ワイルド。イギリス世紀末のデカダンを代表する文学者です。暖色に耽って投獄されたり、貴族のような面立ちも手伝って巷間を騒がせることたびたびな人物でしたが、著した作品は幅広いジャンルにわたり、その多くがいまでも読み継がれていることは、おそらく読者諸兄にも周知の事実でありましょう。
 たとえば、小説だと『ウィンダミア卿夫人の扇』や『ドリアン・グレイの肖像』、戯曲にはこの『サロメ』以外にも『真面目が肝心』、童話はおなじみ『幸福な王子』や『漁師とその魂』などがあります。日本では古くから多くの人によって翻訳されてきました。21世紀の現在でも新たな翻訳が生まれています。ワイルド作品はこんにちでも──やや偏りがあることは否めませんが──新刊書店の棚の定番であり、また古本屋の棚でも常連然としております。
 閑話休題。
 ワイルドは『サロメ』をフランス語で執筆しました。これを英語に訳したのがイギリス/イングランド出身の詩人・作家でワイルドの同性の恋人だったアルフレッド・ダグラス卿。もっとも、この英訳にワイルド自身は不満を覚えていたようで、後に自ら修正の筆を入れております。
 『サロメ』の翻訳にはもう1つ、極めて有名なものがある。それが当時のドイツ、現在のポーランドに生まれた詩人・翻訳家のヘートヴィヒ・ラハマンによるドイツ語版。どうして「極めて有名」と申しあげたかというと、ワイルドの戯曲よりもはるかに江湖に知られ、かつ舞台で上演される回数の圧倒的に多い、と或る舞台芸術作品の生まれる原動力となったからなのです。
 それがドイツの作曲家、リヒャルト・シュトラウスの楽劇《サロメ》であります。
 管弦楽書法に於いてワーグナーの後継を恃むシュトラウスは最初、オーストリアはウィーンの詩人、アントン・リントナーから台本を手供されていたが、どうにも曲を付ける気にならない。そこでワイルドの原作をいじくったリントンの台本ではなく、原作のドイツ語訳を台本に用いて(一部削った箇所もあるとはいえ)作曲の筆を進める。斯くして一幕物のオペラとして産声をあげた《サロメ》は1905年、シュトラウス作品にゆかりあるドレスデンにて初演されました。評判は上々──というよりも、背徳的かつ退廃的、そうして原作自体が持つ拭いがたきエロスゆえに一大センセーションを巻き起こしたとのことです。たぶんこのエロティシズム絡みの話題は、単独で演奏されることも多い終幕の〈7つのヴェールの踊り〉に拠ると思うのですが、どうだったのでしょう。〈7つのヴェールの踊り〉は録音を聴くだけでも濃厚で官能的な、或る面で《サロメ》という作品の特質を象徴する音楽でもありますから、初演当時これに接した人々は果たしてどのような想いを抱き、考え、論じ、肯定否定それぞれに別れたのでありましょう? つくづくタイム・マシンのない時代に生まれたことを残念に思うことであります。
 《サロメ》の録音は数多く存在するけれど、やはりわたくしにはシノーポリ=ベルリン・ドイツ・オペラ=シェリル・ステューダー盤とカラヤン=ベルリン・フィル=ヒルデガルト・ベーレンス盤の2種類の録音が双璧だ。前者が理知的で冷徹な《サロメ》としたら、後者は激情と叙情と官能が巧みに調和したそれであります。どちらも甲乙付け難い、いまなお最強の《サロメ》。生きているうちにこれらを完全に払拭させて、CD棚の奥に定年退職願うまでにさせるレコードが現れるのかなぁ……。
 さて、今度はサロメの話をしましょう。『サロメ』でも《サロメ》でもなく、サロメの話。ワイルド描くサロメ王女の典拠のお話です。
 サロメもヨカナーンもワイルドの創造物にあらず。また、本稿冒頭のサロメの台詞もワイルドの天才がゼロから書かせたものではない、というてよいかもしれません。サロメもヨカナーンも、そこにいる──どこか? 新約聖書のなかに、共観福音書のなかに、かれらはいる。サロメはヘロデ王の娘として、ヨカナーンは洗礼者(バプテスマ)ヨハネとして、共観福音書のなかにいた。
 ナザレのイエスが弟子を集めて伝道を始める前、既にガリラヤ地方には「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタ3:2)と宣べ伝える者がありました。それが洗礼者ヨハネであります。かれは人々に水で洗礼を施していましたが、常に自分は地均し的存在でしかない、というておりました。「マタイによる福音書」に曰く、──
 「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。」(マタ3:11)
 この直後にイエスがふらり、とやって来て、ヨハネと洗礼問答をするのですが、ここでは省きます。
 イエスとヨハネの邂逅はこのとき1度きりだった様子。というのもその後ヨハネは、ヘロデ大王の子でガリラヤとペレアの領主、ヘロデ・アンティバスに捕らえられて死海東岸の要塞マカエロス(マケロス)へ幽閉されたから(マタ4:12)。もっとも、幽閉中であっても自分の弟子を通じてイエスとの間接的接触はあったようです(マタ11:2-6、ルカ7:18-23)。
 そもヨハネが捕らえられたのは、ヘロデ・アンティバスが自分の兄妹の妻ヘロディアを娶ったことを批判したため、といわれております。それは律法が許していることではない、というのが、ヨハネの言い分でした(マコ6:17-18、マタ14:3-4)。これに夫婦ともども立腹したことが、ヨハネ逮捕・幽閉につながってゆく。そうして結局ヨハネは、ふたたび外の世界を歩くことなく、剣の下に露となって果てたのでありました。
 サロメがヨハネの首を所望するエピソードは、共観福音書のうちマタ14:6-11とマコ6:21-28に記されています。
 ヘロデ・アンティバスは自分の誕生日の余興で立派な踊りをおどったヘロディアの連れ子、サロメに褒美を与えようといいました。そのとき彼女が求めたものこそ、洗礼者ヨハネの首だったのであります。たいそう心を痛めながらもヘロデは臣下へ命じてヨハネを斬首に処し、この狂気の贈り物をサロメに渡しました。
 ──ワイルドの戯曲、シュトラウスのオペラにはこのあと、サロメがヨハネ(ヨカナーン)の唇に口づけして倒錯した恋心を語り、その様子に恐慌を来したヘロデがサロメ殺害を命令するのですが、共観福音書にそんな記述は勿論、ありません。こここそがワイルドの天才が存分に発揮された部分である、とわたくしは信じて疑いません。
 このヨハネ処刑は紀元28年頃(イエス磔刑の2年前)の出来事とされます(佐藤研『聖書時代史 新訳編』P39 岩波現代文庫)。
 ここで注目すべきは、福音書に於けるヨハネ処刑の経緯が、回想形式をとっていることでありましょう。即ちイエスの活動・奇蹟の数々が耳に入ってくるようになると、ヘロデ・アンティバスは自分がかつて斬首を命じたヨハネが生き返ったのだ、とそう思うてしまったわけです(マタ14:1-2、マコ6:14-16、ルカ9:7-9)。はい、回想スタート(以下略)。
 が、実際のところはそうでなかったようだ。ヘロデにヨハネを思い出させたのはイエスの評判ではなく、しかも死したるヨハネをヘロデに結び付けたのは、紀元36年頃にあった対ナバテア王国戦での敗北だったといいます(佐藤前掲書P23、P56)。
 戦争の陰に女あり、で、当時既に妻帯していたヘロデ・アンティバスだが兄妹の嫁ヘロディアをわが妻とせんがため、それまでの妻を離縁しました。が、その離縁させられた女の実家が実家だけに、この欲望だらけの行為はヘロデ王に手酷い代償を支払わせる結果となりました。
 ヘロデが離縁した女の実家は隣国ナバテア──聖書でナバテア人はアラビア人とも書かれる。ナバテアは死海の東と南に広がる国だ──にあった。そうして父親は、王アレタス4世(在前9〜後39年)だった。この、ナバテア国との間に勃発した戦争については、わたくしもいつか短いエッセイを書きたいと思うております。
 新約聖書の時代を考えるに必須な文献の1つが、フラティウス・ヨセフスが著した『ユダヤ戦記』と『ユダヤ古代誌』であります。ヨセフスはエルサレムの祭司の家系に生まれた、マカバイ家・ハスモン王朝の流れを汲む人。生年は37年頃と伝えられる。第1次ユダヤ戦争ではユダヤ軍の指揮艦で会ったがローマ軍に投稿して、エルサレム陥落を目の当たりにした。その後は帝政ローマの幕僚として生き、前述の2大著を書きあげて100年頃に没したといわれます。
 ヘロデとナバテアの戦争はヨセフスが生まれて間もない時分の出来事、そうして共観福音書の成立(諸説あれどだいたい60年代後半から100年までの間に成立)とヨセフスの後半生はほぼ重なるというのが面白い。このヨセフスが報告するところですが、ヘロデ敗北を多くのユダヤ人が洗礼者ヨハネの処刑と結び付けて考えていたようです(佐藤前掲書P56)。
 また、共観福音書にヨハネの首を所望した王女の名前は、じつは記されていない。にもかかわらずこれをサロメとするのは、ヨセフスの『ユダヤ古代誌』第18章5節の記述に基づいている。そこではヨセフ処刑はヘロデ王自身の判断とされるが、王の妻子について書かれた部分にサロメの名前が登場する。『ユダヤ古代誌』に於けるサロメと共観福音書が伝える王女の記事に一致点が見られることから、かの王女をサロメという名で後世は伝えたのでありました。
 ──西洋の文芸作品の、汲めども尽きぬ創造の源泉の1つが聖書であることは間違いありません。今回のワイルドとシュトラウスについても、例外ではありませんでした。
 共観福音書の記事だけでもじゅうぶんにドラマティックなものを、ワイルドの天才はさらに深みを加えて劇的なものとし、いちど知ったらもう忘れることのできないような強烈なキャラクターと台詞を紙の上に叩きつけて、後の世のわれらに残してくれました。サンキー・サイ。
 もしかすると、ワイルドの『サロメ』/シュトラウスの《サロメ》は、バッハの受難曲やカンタータと同じぐらい、聖書の世界へ皆さんをお招きするのに格好の作品といえるかもしれません。よろしければワイルドの『サロメ』/シュトラウスの《サロメ》に触れてみてください。きっと或る種の法悦を感じ取っていただけると思います。◆

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第2641日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第10章-第12章編with題名の由来、解答編。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 ダニエル書第10章から第12章です。

 第10章(全21節)
 ペルシア王キュロスの御代の第3年。大河ティグリスの畔にて3週間の嘆きの祈りをささげるダニを見舞った、幻と、天使の言葉。
 天使の言葉:イスラエル/ユダヤの上に降りかかるであろう種々の出来事を、幻に託してお前に見せる。について、わたしはお前に幻を見せる。よく理解せよ。
 その、人の子のような姿の者が、ともすれば恐ろしさに打ちひしがれ、萎えて崩れ落ちそうになるわたしダニエルを力づけてくれた。かれはこういったのだ、「恐れることはない。愛されている者よ。平和を取り戻し、しっかりしなさい」(ダニ10:19)と。
 そうしてかれは、わたくしに斯く語りかける、──

 第11章(全45節)
 遠くない時代にペルシアの前に3人の王が立ち、続く第4の王は力を恃みにギリシアへ挑む。が、かの地を統べる勇壮なる王の剣の下にあえなく潰え、代わってかの王が大海の東に広がる広漠たる大地を支配する。しかしかの王は東征中に野望なかばで病に倒れ、空しくなる。ギリシアは王亡きあと4つに分裂する。
 初めは南の王が強く、栄華を誇った。が、その間に北の王が力を蓄え、いつしか南を凌ぐ権力を揮うようになる。やがて南の国と北の国は相争うけれど、和睦して、南の王の娘が北の王に嫁いで友好を結ぶ。しかしそれも束の間。さまざまな謀略と裏切りが両国を戦争に駆りたててゆく──それは講和の糸口さえ見出すことが出来ぬまま、どんどんと泥沼化してゆく。
 すると、そこに1つの新たな勢力が立ちあがる。ダニエルよ、お前の民のなかから暴力を是とする集団が出て、平和を乱す南の国と北の国へ立ち向かうのだ。しかし、かれらは敗北する。北の王が<麗しの地>に入り、支配する。かれは自分の国と南の国の併合を目論むが失敗する。そうして北の王は死に、かれに代わって──
 代わって、卑しむべき者、忌むべき者が甘言を弄し、策を巡らせて王位に就く。かれの洪水の如き勢いと規模の軍隊に諸国の民は呑まれ、苦しむことだろう。が、しかし、契約の民のなかからこれに抗う希望が現れる、──
 「彼は軍隊を派遣して、砦すなわち聖所を汚し、日ごとの供え物を廃止し、憎むべき荒廃をもたらすものを立てる。契約に逆らう者を甘言によって棄教させるが、自分の神を知る民は確固として行動する。民の目覚めた人々は多くの者を導くが、ある期間、剣にかかり、火刑に処され、捕らわれ、略奪されて倒される。」(ダニ11:31-33)
 王は欲しいままに振る舞い、驕り高ぶり、どのような神にもまして自分は貴くかつ高い存在であると自惚れる。「すべての神にまさる神に向かって恐るべきことを口にし、怒りの時が終わるまで栄え続ける。定められたことは実現されなければならないからである。」(ダニ11:36)
 そうして<終わりの始まり>が始まった。
 南の王が戦端を開く。北の王はこれをたやすく撃破する。北の侵攻はとどまることを知らず、遂に<麗しの地>を占領し、<聖なる山>に自らの天幕を張った。しかし、それはダニエルよ、永久に続くものではない。その行為は北の王の、<終わりの始まり>を告げるもの。この王を助ける者は、どこにもいない。

 第12章(全13節)
 北の王の終わる時が来る。そのとき、大天使ミカエルが立つ。立って、ダニエルよ、お前の民のその子らを守護する。しかし、ミカエルの立つまでお前の民の苦難は続くだろう。その苦難はおそらくこれまでお前の民が経験したことのないような、熾烈で、過酷で、絶望のすぐ手前にいるに等しい困難であろう。これまでお前の民が経験した何事よりもはるかに辛く、絶望的で、果たして救いや希望がわれらの未来にあるのだろうか、否ありようはずはない、と諦めてしまう程の困難であろう。
 が、大天使ミカエルが立つその時、お前の民イスラエル/ユダヤは救われる。
 「多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。/ある者は永遠の命に入り/ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。/目覚めた人々は大空の光のように輝き/多くの者の救いとなった人々は/とこしえに星と輝く。」(ダニ12:2-3)
 ダニエルよ、お前はこれらのことを誰に聞かせるまでもなく、自分の内に秘めておくようにしなさい。これを知ったらきっと多くの者が、動揺するだろうから。
 ──大河ティグリスの畔でわたしダニエルは、麻の衣に金の腰帯という装いの人を見つめ続けていた。すると更に2人、ティグリスのこちらの岸とあちらの岸に立っているのを見た。
 内1人が麻の衣の人に問うた。この苦難はいつまで続くのか?
 麻の衣の人が答えて曰く、「一時期、二時期、そして半時期たって聖なる民の力が全く砕かれると、これらのことはすべて成就する」(ダニ12:7)と。
 なにがなにやらさっぱりわからぬわたしは、おそるおそる訊ねたのだった。主よ、これらのことの終わりはいったいどうなるのでしょうか?
 麻の衣の人の曰く、「ダニよ、もう行きなさい。終わりの時までこれらの事は秘められ、封じられている。多くの者は清められ、白くされ、練られる。逆らう者はなお逆らう。逆らう者はだれも悟らないが、目覚めた人は悟る。日ごとの供え物が廃止され、憎むべき荒廃をもたらすものが立てられてから、千二百九十日が定められている。待ち望んでお前の道を行き、憩いに入りなさい。時の終わりにあたり、お前に定められている運命に従って、お前は立ちあがるであろう」(ダニ12:9-13)と。
 
 【ぼくから、一言】
 ○本日に限り、コメントというか感想というか、まぁそんな事は章ごとではなくまとめてお届け。そんなこと、どうでもいい、って? なに仰っているのかさっぱりわかりません(呵々)。
 ○エルサレムを擁すシリア・パレスティナ、オリエント/地中海世界に風雲急が告げられる。ダニエルが3週間にわたる嘆きの祈りをささげる間、視た(視させられた?)幻は、これまでの幻よりもずっと具体的かつ詳細で、それゆえに現実感を伴う内容だった。栄枯盛衰の果てにペルシアとギリシアはその地方の地図から消え、南の王と北の王が諍い、争い、一進一退を繰り返し、リビアとクシュは北の王の軍隊に呑まれた。<忌むべき王>を新たに戴いた北の国はシリア・パレスティナを占領して、完全なる支配下に置いた。
 ○これを即ちマカバイ戦争前史と呼ぶことに障りはあるまい。これまでの幻と異なり、現実世界の出来事はダニエルが視た幻をなぞるようにして発生してゆく。ペルシア語やアラビア語で“イスカンダル”と呼ばれるアレクサンドロス大王が版図拡大に勤しむ最中に倒れて内紛(ディアドコイ戦争)が勃発、最終的に3つの王朝が鼎立してプトレマイオス朝エジプトとセレコウス朝シリアが激しく対立。やがて現れたセレコウス朝シリアの王、アンティオコス4世エピファネスが暴虐を欲しいままにしてユダヤ民族を迫害するわけで……。マカバイ家の者たちが反乱軍を組織して抵抗を始めるのは、このあとのお話である。
 ○勿論、これは──この幻はバビロン捕囚期に呈示された未来の光景ではない。既に起こった出来事の数々を、あたかもこれから実現する事柄のように──古人が視た未来の予告に仮託して綴られたものである。
 「ダニエル書」が前164年頃、つまりマカバイ戦争が1つの転機を迎えた頃に書かれたのは、あまりに卑劣、あまりに非道な為政者への抵抗が、民族回復──ユダヤ人の生活や尊厳、信仰や祭儀などをすべて引っくるめたアイデンティティを回復させるための、理に適った必然の行動、義に満ちた行為であることを江湖に知らしめ、信じさせるためであった。為、「ダニエル書」を一種のプロパガンダ文書と呼ぶ研究者もあるが、じつに首肯させられることである。
 幻の内容が終章に近附くにつれて具体的かつ詳細になり、現実と大差ないないようになってゆくのは、「ダニエル書」の著者(たち)が自ら経験した出来事をやや曖昧にして書いているからに他ならない。
 ○前164年とは、ユダ・マカバイたちがエルサレムに入り、荒廃した神殿を奉献したその年である。そうしてアンティオコス4世の死についてなにも触れていないことから、「ダニエル書」の執筆年代が相当絞りこめるのだった。

 以上を以て「ダニエル書」レジュメ(再び。汝、レジュメの意味を定義せよ)を終わります。明日はインターヴァルとしてサロメについて触れ(この流れに特に意味はありません)、いよいよ「マカバイ記 一」の読書を始めてゆきましょう。



 題名の由来でしたね。「MYDY作戦」とはなにか──察しのよい方もおられるようだが、なんのことはない、「マカバイ記を読む前にダニエル書を読むよ!」の略。『夜は短し、歩けよ乙女』の「ナカメ作戦」に敬意を表しての命名であることは、いうまでもない。
 どうか物を投げたりなさらぬよう、お願い申しあげる。◆

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第2640日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第7章-第9章編withつぶやき・なう:マイ・フェイヴァリット・ブラームス〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 ダニエル書第7章から第9章です。

 第7章(全28節)
 バビロン王ベルシャツァルの御代の元年。ダニエルは夢を見た。こういうものだった、──
 荒れる海のなかから4頭の獣がつぎつぎ現れて、恐怖をまき散らした。殊第4の獣は大きく強く、抗う者を鉄の歯で砕き、また足で踏み潰した。
 この獣には10本の角があり、また新たに小さな角が生えてき、10本のうち3本はそのために抜け落ちてしまった。その小さな角には口があり、尊大なことを語るのだった。なおもダニエルがその幻を見ていると、──
 「見よ、「人の子」のような者が天の雲に乗り/「日の老いたる者」の前に来て、そのもとに進み/権威、威光、王権を受けた。/諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え/彼の支配はとこしえに続き/その統治は滅びることがない。」(ダニ7:13-14)
 不安になったダニエルは、そばにいた人にこの幻の意味を訊ねた。その答えに曰く、4頭の獣はこのあと地上に出現する覇権国家である。かれらは興っては戦い、そうして倒れる。なかでも4頭目の獣はすべてを喰らい、踏み潰し、打ち砕く。
 10本の角は10人の王。小さな角はそのあとに立つ王で、かれは3人の王を倒す。其奴はいと高き方の敵となって尊大になり、いと高き方を信じる聖なる者たちを駆逐する。が、かれの専横が続くことはない。
 「やがて裁きの座が開かれ/彼はその権威を奪われ/滅ぼされ、絶やされて終わる。/天下の全王国の王権、権威、支配の力は/いと高き方の聖なる民に与えれ/その国はとこしえに続き/支配者はすべて、彼らに仕え、彼らに従う。」(ダニ7:26-27)
 ダニエルは恐れおののきつつもこの言葉に心を留めた。
 【ぼくから、一言】
 ○第7章でダニエルが視た幻は、ユダヤもかかわる未来の世界史を俯瞰した幻である。意味するところは即ち、4つの世界帝国の支配のあとで神による永遠統治が始まる、ということだ。

 第8章(全27節)
 バビロン王ベルシャツァルの第3年、ダニエルは幻を視た。於エラム州の州都スサ、そのウライ川畔。
 川岸に、2本の角を生やした雄羊。思うままに力を揮ったが、西から突進してきた雄山羊に打ち倒された。雄山羊の額からは大きな角が1本、生えてきた。が、これは力の極みで折れてしまい、あとから4本の角が生えた。そのうちの1本からもう1本、小さな角が生えてきた。この小さな角はいままでに比肩するものがないぐらい暴虐の限りを尽くし、聖なる者に敵対し、聖所を汚していった。
 ダニエルはこの幻に震えおののき、この出来事がいつまで続くのか、と、聖なる者に訊ねた。その答えに曰く、日が暮れ夜が明けること2,300回に及んで聖所はあるべき姿に戻る、と。
 そうして大天使ガブリエルがダニエルに、この幻の意味するところを説いた。即ち、雄羊はメディアとペルシアの王、雄山羊はギリシアの王である。ギリシア王が倒れた後は4つの国が興り、それらの終わりに「罪悪の極みとして/高慢で狡猾な一人の王が起こる。」(ダニ8:23)
 その王は力ある者、聖なる民、多くの人を滅ぼし、最も大いなる者と敵対すれど人の手に拠ることなく滅ぼされる。この幻は真実である。「しかし、お前は見たことを秘密にしておきなさい。/まだその日は遠い。」(ダニ8:26)
 【ぼくから、一言】
 ○既に明らかであるが、念のため補っておくと、──
 雄羊:メディアとペルシアの王ダレイオス3世。
 雄山羊:アルケアス朝マケドニアのバシレウス(王、君主)、アレクサンドロス王(アレクサンダー大王)。
 4本の角:アレクサンドロス王のディアドコイ(後継者)、即ちカッサンドロス朝マケドニア(→アンティゴノス朝マケドニア)、プトレマイオス朝エジプト、セレコウス朝シリア、リュシマス朝トラキア(最終的にディアドコイ戦争の勝者となったのは、トラキアを除く3王国であった)。
 小さな角:セレコウス朝シリアの王アンティオコス4世エピファネス。
 ○つまり本章は、ダニエルの視た幻という体裁でマカバイ戦争前史が綴られるのである。
 ○ペルシア語とアラビア語で、アレクサンドロス王は「イスカンダル」と呼ばれる由。イスカンダル……イスカンダル猊下……。
 ○本章の記述を足掛かりにして世界史──古代オリエント史、地中海世界史へ踏みこむと、面白い視点を得られるように思う。また、本章に至って旧約聖書はオリエント史・地中海世界史と本格的にリンクした、というて過ぎはしまい。

 第9章(全27節)
 ダレイオス王の御代の元年。ダニエルは預言者エレミヤの書を読んでいて、エルサレム荒廃の終わり、即ち捕囚記の終わりまでの期間が70年と定められていることを知った。そうしてわたくしは祈り、訴えた。われらは御言葉に背き、行いを改めようとしなかった。ゆえにいまわれらは散らされ、辱めを受けています。われらは罪を犯し、逆らいました、──
 「主よ、常に変わらぬ恵みの御業をもってあなたの都、聖なる山エルサレムからあなたの怒りと憤りを翻してください。」(ダニ9:16)
 「主よ、聞いてください。主よ、お赦しください。主よ、耳を傾けて、お計らいください。わたしの神よ、御自身のために、救いを遅らせないでください。」(ダニ9:19)
 すると大天使ガブリエルが来て、わたしに答えた。ダニエルよ、お前の民と聖なる都に関して70週の時が定められている。それが過ぎると、罪と不義は償われて久遠の正義が訪れ、最も聖なる者へ油が注がれる。ああダニエルよ、70週のうち69週が過ぎたとき、かつ油注がれた者は不当に断たれ、都と聖所は新たな支配者の民により荒らされる。
 「お前の民と聖なる都に対して/七十週が定められている。/それが過ぎると逆らいは終わり/罪は封じられ、不義は償われる。/とこしえの正義が到来し/幻と預言は封じられ/最も聖なる者に油が注がれる。
 これを知り、目覚めよ。/エルサレム復興と再建についての/御言葉が出されてから/油注がれた君の到来まで/七週あり、また、六十二週あって/危機のうちに広場と堀は再建される。
 その六十二週のあと油注がれた者は/不当に断たれ/都と聖所は/次に来る指導者の民によって荒らされる。/その終わりには洪水があり/終わりまで戦いが続き/荒廃は避けられない。
 彼は一週の間、多くの者と同盟を固め/半週でいけにえと献げ物を廃止する。/憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。」(ダニ9:24-27)
 【ぼくから、一言】
 ○ダニエルに告げられた70週の予言、これはアンティオコス4世エピファネスのエルサレム侵略と聖所の汚しを指す。油注がれた者、てふ言葉のためにメシア到来の予言と捉える向きもあるようだが文脈に照らし合わせればそうではなく、メシア即ちイエスの時代よりもずっと前、マカバイ時代のユダヤ争乱をいうのだ。このあたりのことは特に、一マカ1にてアンティオコス4世がエルサレムで行った幾つもの非道を比喩したものだ、ということが本ブログで「マカバイ記・一」を読むときにおわかりいただけるのではあるまいか……?
 ○繰り返す、70週の予言はメシアにまつわるものではない。自戒をこめて、ここに記す。
 ○「油注がれた者」(ダニ9:26)は大祭司オニアス3世である。前170年、弟ヤソンに大祭司職を追われ、暗殺された。オニアス3世はヘレニズム化の波に抗いユダヤの純粋を固守しようとこれ務めた人、反対にヤソンはヘレニズム化推進派というてよく、また大祭司職を賄賂によって手に入れた。かれらのことは二マカ3-5に詳しい。
 ○この70週の予言、じつは読めば読む程頭が混濁してゆく箇所でもある。すくなくともまだわたくしのなかで整理はじゅうぶんについていない箇所である。いろいろ調べたり、考えたりしなくてはね。為、本レジュメのあと読む「マカバイ記・一」と「エズラ記(ラテン語)」が済んだら、またここへ戻ってくるのだろうな、と予感している。
 ○それにしても前半のダニエルの祈り、切々としていて、心にしみじみ伝わってくる。惻惻かつ連綿たる嘆願の言葉の畳みかけに、ふとマイケル・ジャクソンの「Will you be there」を思い出してしまった。



 ブラームスを鍾愛している。が、好きな作品を4曲挙げろといわれたら、交響曲は入らない。弦楽六重奏曲第1番Op.18と《ドイツ・レクイエム》Op.45、《3つの間奏曲》Op.117、2つのクラリネット・ソナタOp.120、かしらね。あくまで暫定だけど、おそらく不動の4曲。◆

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第2639日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第3章2/2-第6章編withつぶやき・なう:なんてこったい……。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 ダニエル書第3章2/2から第6章です。

 第3章2/2(全3節)&第4章(全34節)
 ネブカドネツァル王が見た夢の話。大地の真ん中に1本の木があり、それはたくましい巨樹に生長した。葉も実もゆたかに茂らせ実らせて、野の獣、空の鳥の憩いの場となった。いつしか巨樹は倒され朽ちるに任され、葉も実も落とされて獣も鳥も追い払われた。そうして7年が過ぎる。
 ダニエルは逡巡の後、夢解きした。曰く、王の支配は地の果てまで広がるが、やがて滅ぼされる、と。また曰く、王は追われて野を彷徨い露に濡れ、獣とともに草を食み、そうして7年を過ごす、と。
 それは現実となった。王は尊大の親玉となった。神の怒りを買って、放擲された。夢にあったとおり、王は7年を野で暮らし、獣のように過ごした。7年の時が満つと、ネブカドネツァルは理性を取り戻し、「いと高き神をたたえ、永遠に生きるお方をほめたたえた。」(ダニ4:31)
 王の上には再び栄光と輝きが与えられ、その御代に帝国は栄華した。それからというもの、王はダニエルたちの神を崇め、讃えるようになった。「その御業はまこと、その道は正しく、驕る者を倒される。」(ダニ4:34)
 【ぼくから、一言】
 ○イタリアの作曲家ヴェルディに《ナブッコ》という、全4幕のオペラがある。本章のエピソードを題材とした作品だ。イタリア第2の国歌ともいわれる合唱曲「行け、わが想いよ。黄金の翼に乗って」は《ナブッコ》第3幕にて捕囚のヘブライ人たちがユーフラテス川畔で唱う、望郷の歌である。
 ○夢解きの章は、どうしても長くなってしまう。なんとかしたいなぁ……。

 第5章(全30節)
 時は移ってネブカドネツァル王の皇子、ベルシャツァルの時代。ベルシャツァル主催の大宴会の席上、人々は人目に美しく映る貴金属を造った神を讃美した。すると宙に人の指が現れて壁に文字を書いた。
 それを読み解ける者がなかったのでダニエルが召され、その解読を任された。ダニエルは一時、父王ネブカドネツァルの事績と信仰を語り、壁に書かれた文字の意味を伝えた。曰く、「ベルシャツァルよ、あなたの御代は既に数えあげられ、終わりの時も定められた」と。また曰く、帝国はやがて二分されてメディアとペルシアに与えられる、とも。
 同じ日の夜、果たしてベルシャツァル王は暗殺されたのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○本章に於いてベルシャツァルは「王」と呼ばれ(ダニ5:1)、父はネブカドネツァルとされる(ダニ5:18)。が、史実に則していえばベルシャツァルは王にあらざるなり、父王より国内統治を任せられていたのが実際のところ。謂わば摂政官である。そうして父王とは新バビロニア帝国第6代にして最後の王、ナボニドゥス(在:前555−539年)である。ネブカドネツァル王の皇子、とした理由は不明だが、ダニエルの物語に挿話を組みこむための恣意的改変に過ぎぬというのが真相であろう。
 ○夢の結びに関しては、まさしくナボニドゥス=ベルリン・フィルベルシャツァルの代で帝国は滅びてメディア人とペルシア人のハーフ、キュロス2世率いるアケメネス朝ペルシアが代わってオリエントの覇権国家となったのである。
 ○ベルシャツァルの大宴会は様々な文芸のモティーフとなって、各分野のクリエイターにインスピレーションを与えた。画家レンブラント、詩人ハイネ、作曲家シューマンやウォルトンなどである。特にウォルトンのオラトリオ《バルタザール(ベルシャザール)の饗宴》はカラヤンが「20世紀で最も優れた合唱曲」と評した作品。録音は数こそ少ないが、個人的にアンドルー・デイヴィス=BBC交響楽団他(プロムス100周年記念)、サイモン・ラトル=バーミンガム市響他はお気に入り。

 第6章(全29節)
 メディア人ダレイオス王の御代。地方からの報告を束ねる大臣の1人に、ダニエルは任命されていた。その働きはすべての面で傑出しており、不祥事もなく、王の信頼も篤かった。それを妬んだ官僚たちは王を欺き、だまくらかして、遂に向こう30日間王以外の何者も讃え、また祈ってはならぬ、という禁令を発布させた。
 この禁令を知りつつ、ダニエルは変わらず自分の神を信じて、祈りをささげた。官僚たちはこの背反行為を報告して、王にダニエルの処分を迫り、首を縦に振らせることに成功した。彼らはさっそくダニエルを、獅子の潜む洞窟へ投げこんだ。翌朝、王が洞窟に馳せ参じてダニエルの名を呼ばわると、果たしてかれは怪我1つない姿で現れた。天使が獅子の口を閉ざしたのだった。
 ダレイオス王はダニエルに対して奸計を巡らせた官僚たちを、洞窟へ投げ入れて獅子の餌とした。そうして「全地に住む諸国、諸族、諸言語の人々に」(ダニ6:26)向けて、ダニエルの信じるイスラエルの神を恐れ、畏み、敬うようにせよ、と勅令を発したのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○王たるメディア人、ダレイオスとは誰か? 新バビロニア帝国に代わってオリエントの覇権国家となったアケメネス朝ペルシアには、たしかにダレイオス王1世なる君主がいた。ならば、かれのことか──? 否! この王は捕囚解放を宣言したキュロス2世の次の次に帝位に就いた人。
 もとより「ダニエル書」は史実に関しては著しく正確性を欠いて無頓着な、言い様によっては歴史を自由にパッチワークした書物である。とはいえ、かつてのバビロン王やキュロス2世ではなく、敢えてダレイオスの名を持ってきたのは、なぜか? なんらかの意図ありや? そう邪推してしまう。本章末尾では、ダレイオスに続いてペルシアの王キュロス王の御代までダニエルは活躍した旨わざわざ言い添えているのが、余計に疑問を深くする。果たして真相や如何に──?
 なお本章でいうダレイオスとはキュロス2世の即位前の別名である、と述べるものもあるが、その信憑性はとても低いといわざるを得ない。かというて、無下に扱ってよい説でも勿論、ない。



 証券外務員の試験を受けることに……!◆

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第2638日目 〈MYDY作戦、発動! ダニ第1章-第3章1/2編withつぶやき・なう:題名の由来〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 「マカバイ記 一」を読み直す前に「ダニエル書」へ目を通しておくように、と指示書きのあったことを、第0000日目で述べた。それにしたがって今年秋10月〜11月にかけて、のらりくらりと読書と執筆に耽ったのであるが、そうやってできあがったレジュメを自分の備忘に留めるか、勇を鼓して本ブログにてお披露目するか、その決心はなかなか付きかねていた──のだが、暮れも押し迫った今日の昼、神棚を掃除しながら「やはり」と気持ちを固めた。
 以下は「ダニエル書」の各章を箇条書きとし(呵々)、時に感想と考察を加えたものである。黙示文学のパートではそこで予告される世界史が実際のオリエント/地中海世界の歴史とどのように異なっていたか、或いは一致していたか、そんな好奇心と知識欲に駆られた文章も、ボーナス・トラックのように添えてゆこう……という、あくまで予定。

 ダニエル書第1章から第3章1/2です。

 第1章(全21節)
 ただ1つのイスラエル人の国となった旧南王国ユダは、列強諸国の干渉を受け続けた結果、遂に前 年、東の新バビロニア帝国によって滅ぼされ、民は一部を除いてかの地へ移送された。所謂<バビロン捕囚>である。そのなかにダニエルという男子がいた。
 明晰にして思慮に富むかれは王宮に仕える者に選ばれ、然るべき教育を施された。が、肉類が献立に含まれる食事を強いられたことから、律法に従うダニエルたちはそれを拒み、野菜と水だけで10日間を過ごした。結果、肉類の入った食事をしていた者よりも血色が良く、健康も損なわれることがなかったので、以後かれは肉類の食事と酒を免除された。
 やがてダニエルは他3人のユダヤ人少年と一緒に、ネブカドネツァル王へ仕える。特にダニエルは誰よりも優れた夢解き師として、重用されたのだった。なおこの前にダニエルと3人のユダヤ人少年は、それぞれバビロン名を別に与えられた。ダニエルはベルテシャツァル、ハナンヤはシャドラク、ミシャエルはメシャク、アザルヤはアベド・ネコ、である。
 【ぼくから、一言】
 ○「創世記」で描かれたヨセフと同じ、奴隷として参った地での立身出世譚。迫害されるユダヤにとってこのような存在は、怯む心を支える、より現実的な希望であったかもしれない。すくなくとも、いつまで待っても実現しないメシアの降臨よりもはるかに、かれらの心を強くしたであろう。

 第2章(全49節)
 ネブカドネツァル王は帝国内の知者、その全員を処刑する旨勅令を発布した。かれらが王の見た夢を言い当て、その解釈ができなかったからだ。
 ダニエルは処刑を免れるために自分の神に祈った。その夜に臨んだ幻で王の見た夢とその意味するところを知った。翌る日、かれは王の前で、王が見た夢をみごと言い当て、それが如何なる意味を持っているのか説いた。それが正しかったので王はダニエルを、国中の知者の上に立つ長官に任命した。その栄に浴したダニエルは王に願い出て、3人の仲間をバビロン州の行政官に任命してもらったのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○王が見た夢、その内容:巨大な像があった。頭は純金、胸と腕は銀、腹と腿は青銅、脛は鉄、足は鉄と陶土でできている。人手によらずに切り出された石が像を砕いて悠希、跡形もなくなった。その石は大きな山となり、全地に広がった。
 ○王が見た夢、その解釈:純金の頭は、新バビロニア帝国を指す。銀や青銅、鉄や陶土は帝国滅びし後に興るオリエントの覇権国家を指し、また譬えられた鉱物は個々の国家の堅固さを意味する。そうして最後の、全地に広がる大きな山──これは、神によって興され、統べられる永世国家に他ならない。
 ○オリエント/地中海世界に於ける覇権国家の推移:金は新バビロニア帝国、銀はペルシア帝国。青銅はギリシア王国、鉄と陶土はローマ帝国。
 また、こうも解釈される……金は新バビロニア帝国、銀はメディア。青銅はペルシア帝国、鉄はギリシア王国。陶土はディアドコイ戦争後の旧ギリシア、就中プトレマイオス朝エジプトとセレコウス朝シリア、と。
 ○ダニエルが自分の栄達に合わせて、少年時代からバビロン王宮で行動してきた3人の仲間を要職に就けてもらったのは、ひとえに自分たちの身の保全を図ってのことだろう。かれらはユダヤ人である。滅びた王国から引き連れられてきた、捕囚民である。為政者が代わればたちまち危難に陥ることも想定される、非常に不安定で弱い立場の者である。
 ゆえにダニエルは幼少期より行動を共にしてきた仲間を、自分の出世に合わせて少しでも上の地位に就けて安全を取り付けようとしたのだろう──わたくしはそう考えている。もっとも、それが裏目に出たのが、次章で語られるハナンヤたちを見舞った出来事なのだが……。

 第3章1/2(3:1-30)
 ネブカドネツァル王は高さ27メートルになんなんとする自らの黄金像を造り、すべての民にこれを拝むよう命じた。
 が、ユダヤの捕囚民の宗教を好く思わぬ、そうしてなによりも捕囚民でありながら国家の要職に就くユダヤ人たちを快く思わぬ一部カルデア人の奸計により、ダニエルの仲間3人、即ちハナンヤ(バビロン名:シャドラク)とミシャエル(バビロン名:メシャク)、アザルヤ(バビロン名:アベド・ネコ)がこれに背いたとして、燃え盛る炉へと投げこまれた。が、かれらは自分たちの神を信じる敬虔な徒であったため、炉のなかでも傷1つ、火傷1つ負わず、無事な姿で炉のなかから帰還した。
 このことをきっかけとして王は、かれらユダヤの神を讃え、これを罵る者あらば極刑に処する旨勅令を発布した。また、ハナンヤたちをバビロン州の高官に任命したのだった。
 【ぼくから、一言】
 ○かれらは着の身着のまま、縛った状態で路に……普段より7倍も燃え盛らせた炉の中へ放りこまれた。その火勢は3人を炉の際まで引き立てていった者たちを焼き殺すぐらいに、勢いが強かった。それなのに炉のなかを、ハナンヤたちは歩きまわっている……。
 それを目の当たりにしたネブカドネツァル王の驚愕、想像に難くありません。否、驚きというよりも凄まじいまでの恐怖を覚えたことであろう。こんなのを目の前にしてしまったら、ユダヤ人の神と宗教に相応の配慮と尊敬を払わずにはおられまい。ダニ3:28-29の王の発布も宜なるかな、というところだ。
 「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をたたえよ。彼らは王の命令に背き、体を犠牲にしても自分の神に依り頼み、自分の神以外にはいかなる神にも仕えず、拝もうともしなかったので、この僕たちを、神は御使いを送って救われた。
 わたしは命令する。いかなる国、民族、言語に属する者も、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をののしる者があれば、その体は八つ裂きにされ、その家は破壊される。まことに人間をこのように救うことのできる神はほかにはない。」(ダニ3:28-29)
 ──これは捕囚地に於けるユダヤ人たちの信仰が守られた、ユダヤ教史の1つの転換点となった事件だった。キリスト教史まで視野に入れれば、ローマ帝国のキリスト教の国教化に匹敵する人であった、とは言い過ぎか?
 むろん、実際にこのようなことが起こったわけでは勿論ないから、次に考えるべきは捕囚時代のユダヤの信仰がどのように扱われたか──虐げられ、敬われ、守られたか──だろうが、あいにくとわたくしはそれを調べることができていない。



 タイトルの意味は、本シリーズ最終日に明らかとなるでしょう。◆

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第2637日目 〈横溝正史『死仮面』を読み終えました。その上で、一言。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 横溝正史『死仮面』(角川文庫)を読了しました。表題作については、<完全版>ではないことを留保しつつも、やはり大した作品には思えなかった。たとえば、──
 クライマックスの火事で建物が焼け落ちる場面など、反吐が出るぐらいに醜悪だ。安易に建物を燃やして人命を危険にさらす、小説の展開上まるで必然性のない火事なんぞ、読んでいるだけで胸がムカムカしてくる。──誰も死ななかったから、まずはよかったですね、なんていうのには、ふざけるな、と侮蔑の一言を以て返したい。
 その火事がどれだけの心的苦痛と肉体への障害をもたらすか、果たして皆様は御存知か? 知らぬなら是非にでもご自身が経験されるがよい。そうして大切な人をその炎のなかで永遠に失ってみればよろしい。骨身に染みた身に「死仮面」の安直な火事の場面は、眉間に皺寄せるどころかこめかみに青筋浮かんでも仕方ないところだったのである。
 わたくしは横溝正史の小説はどれも好きだが、ただ1つの例外が「死仮面」。大っ嫌いだ。
 勿論、火事を扱っているから駄目だ、いやだ、というのではない。然るべき必然性があり、背景が書きこまれ、過程が丹念に描かれた上で発生した火事であれば、どんなわずかなページ数であろうとその火事の場面はじゅうぶん読むに値する、感情を逆撫でされることなくのめりこんで、われを忘れて読み耽ることができるのだが……。
 人命や人生、人間の尊厳や生活、倫理と道徳を軽んじて安易に災害を起こす小説は、どうもページを繰る手が鈍りますよ。
 感想は後日改めて書くつもりですが、併収作の短編「上海氏の蒐集品」には抗いがたい魅力を感じました。これが失われてゆく武蔵野を背景にしたミステリであることは、既に数日前にお話しした通り。
 数時間前、帰りの電車のなかで読み終えたのですが、そのときの興奮と脳味噌をガツン、とやられたようなショックは、いまでも忘れられない。殊にあのラストの仄めかし……それを踏まえて最初から読み直すと、一つ一つの描写、台詞がまた違った側面を見せてくるのですね。いやぁ、惚れました。こんな小説を書きたいです。
 ──明日からは、昭和29年に連載・発表された『幽霊男』(角川文庫)。聴力を失いつつあるいま、読書は唯一の愉悦を与えてくれる道楽だ。どんどん読むぞぉ。◆

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第2636日目 〈この期に及んで、見直しを迫られること。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 タイトル通りなのであります。「ダニエル書」レジュメのワープロ稿を作成しておるのですが、10月から11月にかけて書いたものであるため、すこしずつわれながら記述内容に「?」と思う箇所が出てきた。
 これを点検してからワープロ稿に直しを入れて、お披露目の準備に入る──となると、先達てここでお伝えした今週中の「マカバイ記・一」の開始がずれこむことになってしまうのです。レジュメは4日間に分けて更新してゆくので、それを考えるとなおさら無理なスケジュールとなり……。
 為、恥を忍んで全体の予定を後ろ倒しとし、週末の3連休中にレジュメを済ませ、「マカバイ記・一」のお披露目を始めたい、と読者諸兄にご案内するのが、本日の言行であります。
 ああ、もっと時間が欲しい。仕事が終わったあとの時間が──!◆

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第2635日目 〈今日はお休みさせていただきますが、それでも一言、二言。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 んんん、なにをいおうとしたのだったかな。と書いたところで思い出した、今年の読書目標であります。
 既に角川文庫から出ていた横溝正史作品集は、ジュブナイル物を除いて残すところ未架蔵は4点ばかしとなった。加えて金田一耕助物はすべて手許に集まってきた。そうして鋭意、消化中。
 今年は金田一に加えて由利先生シリーズは読み終えてしまいたいのだけれど、後者についてはなかなか難しそう。というのも、金田一耕助と違って由利先生の場合、登場作品がまとまっているものもあれば、どうしたわけかノン・シリーズ短編のなかに紛れこんだいたりするからだ。
 となると読書の際は、あまりそのあたりの線引きをしない方がよさそうだなぁ、とも考えるのです。
 ──そこで頼りになるのが、昨年から刊行され始めた柏書房の<由利・三津木探偵小説集成>、単行本で全4巻。
 書店で手に取っていただければ、或る程度以上の年代の方はご理解いただけると思うのだけれど、なによりの救いは活字が大きいこと。多少通勤カバンが重くなろうとも、目のことを考えればそれは仕方ない。目を瞑ろう(目だけに)。おまけに校訂も行き届いているようだ。読みやすいだけでなくテキストとしても信頼できるものが供されているのであれば、そちらを選ぶに如くはない。
 由利先生シリーズが完結したら、今度は時代物、そうして金田一耕助物を、同様に刊行してほしいなぁ。◆

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第2634日目 〈語るべきことを語るときが来た──「マカバイ記 一」再スタートに向けて。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 仕事の終わったあと、スターバックスに寄り道して聖書を開き、ノートする。延々8年間(実質7年間)、ほぼ毎日毎日繰り返されてきた作業を昨年末から再開しています。いうまでもなくただいま必死になって準備中な「マカバイ記 一」再お披露目のための作業なのですが、なかなか調子が戻らなくて溜め息を吐くこと頻り。
 第4章の前半なんてけっきょく5回読み直して3回書き直し、ようやくどうにか満足できるレヴェルのものが出来上がった。1週間かけて、やっと……。
 が、待てば海路の日和あり、とでもいえばいいか、昔のように書けないことでイライラし、それでも先へ進むためにもがき、「時間を無為に費やしているのではないか」てふ焦燥から目をそらして、なんとか或る程度の満足がゆく第3稿を仕上げたことで、これでいちばん大きな壁を乗り越えた。このあと幾つも壁にぶつかるだろうけれど今回に較べれば大したことはない。
 文章自体のクオリティは高くとも読みこみが不足した原稿は、どこか据わりの悪さを読み手に感じさせるものだ。「マカバイ記 一」への再挑戦をわたくしに決めさせたのも、じつはこの点にあった。何度も繰り返してきたけれど、特に地理関係の知識が不十分であった──調べが不足していたために、登場人物の行動を辿ることが曖昧な作業になってしまっていたのだ。
 たとえばセレコウス朝シリアの帝都アンティオキア。じつはマカバイ時代、シリア・パレスティナの都市(の一部)はヘレニズムの影響下で、従来の都市名に加えてギリシア風のそれを持つ所があった。アンティオキアという名を持つ都市は、帝都以外にもあったのだ。そうして参考文献はいちいち律儀に両方の都市名を併記してくれない。わたくしは最初の読書のとき、「マカバイ記 一」に出てくるこの町が、どこのアンティオキアなのか、恥ずかしながら特定しかねたのだ。それゆえの混乱……。
 もちろん、こちらの誤認識に基づくノートの不備は他に幾らでもある。
 そんな瑕疵を1つでも減らして内容の誤りを正し、ついでにいえばもっとクオリティの高い原稿で(旧約聖書続編では唯一の歴史書である)「マカバイ記 一」の物語を読者諸兄にお届けしたいのだ。
 ──さて、ここらで筆を擱く準備を始めよう。語るべきことを語るときが来たからだ。
 残念ながら「マカバイ記 一」のノートを大量にストックして、余裕を持った更新ができる状況にはならなかった。追いかけられる焦りを抱えながら更新開始を余儀なくされた(わたくしのせい? 勿論である。他にどんな理由が?)。が、既に述べたように最大の障壁は乗り越え、「前途には希望に満ちた時が広がっている」(ヒルティ)。従前のような毎日更新のお約束はまだ出来かねる、と弱気な部分はあるけれど、ね……。
 まずは現在ワープロ稿を作成中の「ダニエル書」のレジュメを3日間の予定で更新した後、「マカバイ記 一」の更新に取り掛かる。そうね、早くても来週01月10日(木)午前2時からかな。それまで、眉に唾つけながらお待ちいただけると、うれしいです。◆

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第2633日目 〈ユッシ・ヤラス指揮シベリウス管弦楽曲集を聴きました。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 年が明けてからの3日間、クラシック音楽にかんしてはシベリウスの音楽ばかり聴いています。交響曲全集、ヴァイオリンのための作品集、合唱・独唱曲、ピアノ曲集……そうしていま本稿を書く傍ら、スピーカーから流れてくるのはユッシ・ヤラス指揮のシベリウス管弦楽曲集。
 ユッシ・ヤラスは作曲家の四女マルガレーテと結婚した、いわば娘婿であります。岳父がみまかった際は葬儀にて《テンペスト》からの音楽をピアノで弾き、また翌年にはシベリウス若き日の大作、《クレルヴォ交響曲》を蘇演。シベリウスの音楽に心底から敬意を払い、愛情を寄せ、熱意を持って多くの曲を聴衆に紹介した人です。
 録音された交響曲は少ないけれど、管弦楽曲に関してはすくなくともCD3枚分がこんにちでも聴くことが可能。勿論メジャーな曲──《フィンランディア》や劇音楽《クオレマ》の第1曲〈悲しきワルツ〉、《4つの伝説》の第2曲〈トゥオネラの白鳥〉、作品番号が付されたものとしては最後の作品となる交響詩《タピオラ》──も含まれている。他はいわゆる<シベリウス振り>の指揮者でないとあまり俎上に上さぬ作品が目立つが、けっしてマニアックな選曲というのではない。
 いまの時点でまとまった数の管弦楽曲を1人の指揮者で聴こうとすると、たぶん筆頭にあげられるのはネーメ・ヤルヴィがイェーデボリ交響楽団を振ったDG盤であろう。
 現在はタワーレコード・ヴィンテージ・コレクションから6枚組で復活しているヤルヴィ盤でも、まず満足できる量の管弦楽曲が収められているけれど、シベリウスの伝記を繙くとかならずといっていい程言及される愛国劇のための音楽《歴史的情景》第1番や晩年の隠れた傑作、シェイクスピアの同名作品への付随音楽《テンペスト》などが聴けぬ恨みがある。
 わたくしが県立図書館で借りたユッシ・ヤラス=ハンガリー国立交響楽団(ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)による、オーストラリア・デッカの《ELOQUENCE》シリーズからリリースされた管弦楽曲集を自分用に購入したいちばんの動機は、この《テンペスト》の響きに魅せられたから。架蔵するCDに《テンペスト》がないとわかると尚更手許に置いておきたくなり……。
 録音が1972年ということだが、この時代はレコーデイング技術が頂点を極める頃でもあったので、目くじらを立てるような<くもり>も<こもり>も、<にごり>も<かすれ>もない。合奏技術はこんにちに較べればどうしても精微さという点で半歩劣るところがあるけれど、鑑賞する上で年代の古さはけっしてマイナス要素とはならないのだ。
 《白鳥姫》もむかしCDショップで働いていた頃、BISというレーベルからリリースされたものを聴いて以来の鑑賞となったが、清冽さと叙情的なところに胸打たれて、新たなお気に入りのシベリウス作品となったことを申し添えておく。
 このようにしてシベリウスばかりを年が明けてからの3日間、聴き耽ってきた。そうしていま、きわめて厄介な病に自分が罹患していることを知った──前述のBISからシベリウス・イヤーを視野に入れてリリースされた《シベリウス大全集》CD70枚組がね、なんだか無性に欲しくなり……。BISから出ていたCDは殆ど処分してしまったからなぁ。貴重な録音もけっこう潔く売り払っていたのが悔やまれるのですよ、これのリリース情報を見たりしていると。なんというても日本語解説・歌詞対訳付きというのが、良い。正直なところ、この別冊解説だけ入手できればCD自体波動でもいい、っていうね。
 さて、如何にこの欲望と折り合いを付けようか──。◆

 追伸
 ああ、今日は仕事始め……また1年間、働くのかぁ。■

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第2632日目 〈横溝正史「上海氏の蒐集品」を読んでいます。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 スケジュール調整という奴を一度やってみたかったので、これ幸いと今日ここでそれを行わさせていただきます。
 「マカバイ記 一」の開始時期を見定めていましたが、これまで殆ど文章を書いていなかったせいか書きたいことが多すぎて、それを吐き出すのを優先してしまい、開始まで予想外に長引くことになってしまいました。<予定>というのを立てるのがもとより苦手なために、こんなことになってしまっております。相済みません。
 過日ここで存在をお伝えした「ダニエル書」レジュメですが、いろいろ考えた結果、体裁を整えて数日後にお披露目することにいたしました。終わるまでに3日程掛かってしまいますが、これが終わったら「マカバイ記 一」<前夜>に続けます。具体的な日付けはお約束できませんが(おい)、仕事始めの4日以後だよねぇ、とだけはお伝えできる。
 その日が来るまでゆっくりと、読みかけの横溝正史「上海氏の蒐集品」(『死仮面』角川文庫所収)を読んでいましょう。……読み始めたばかりなのでまだなんともいえませんが、これは作者なりの武蔵野レクイエムに感じられてなりません。
 この作品の前には国木田独歩『武蔵野』があり、この作品のあとには宮崎駿『平成狸合戦ぽんぽこ』がある。この3作を続けて鑑賞することで、武蔵野がどれだけ短期間で往時の面影を失ってゆき、破壊がされていったか、を否応なく眼前に突きつけられる思いなのであります。
 わたくしは東京という街を、仕事する街としか認識していませんでした。例外というべきは学生時代を過ごした御茶ノ水・神保町・秋葉原エリアと奥多摩地方ぐらい。それがこの数年で意識に変化が生じたのは、江戸時代の遺構や面影を残す地に異動して、そこに籍を置いてそれなりの歳月が経ったからでありましょう。そうして、武蔵野という場所に個人的な思い出がありましてね……自粛しますけれど。
 失われているけれどその残照はまだ街のあちこちに息づいている東京……極めて嫌いであった帝都への感情が変化したのは、ほぼ間違いなく池波正太郎と横溝正史の作品に触れたから。
 以前「貸しボート十三号」の感想でも書いたことに付け加える形になりますが──横溝正史の小説を読んでいると、その執筆時期が戦前から戦後、高度経済成長期まで至っているゆえに東京の変化が克明に記されているばかりか、公的記録になかなか残りづらい近過去の記録が留められている点で、貴重な資料となっていることに気附かされます。
 ……「上海氏の蒐集品」を読み終えたら、かつて「貸しボート十三号」や「霧の中の女」で試みたように(いや、勝手にほっつき歩いて悦に入っただけですけれどね。ん、これって“聖地巡礼”? 仕事帰りに? わお)、久しぶりに今日武蔵野と呼ばれているエリアに足を向けて、面影を偲んでみようかな。◆

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第2631日目 〈あなたはいったい誰ですか? 松田一谷『贋作 妖精の島』(オレンジ出版)に寄せて──、〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 書庫の大掃除でいちばんの妨げとなるのは、むろん棚の片隅に忘れていた書物を見出し、それに読み耽ってしまうことである。かれははっ、と顔をあげ、窓外の光景がもはや夕暮れ深いことを知って、青ざめる……さっきまで太陽は天頂にあり、鳥のさえずりだって聞こえていたのに。
 幸いにしてわたくしは昨年の教訓から斯様な失態を演じること、今年は免れたのだったが、危うくその目に遭いかけたことはあった。たった1冊の書物が、大掃除を妨げるところだったのだ。
 ずいぶんと前に某新古書店の見切りコーナーで発掘した、戦前戦後に筆を執った文学者の作品集である。その著者を松田一谷、書名を『贋作 妖精の島』という。著者の読みはおそらく「まつだ かずや」でよいのだと思う。
 また版元のオレンジ出版について調べるも、こちらもまた情報は殆どなく、また代表者の簡単な履歴を伺うもこの出版社に触れたものはない。しかもこの方、既に東日本大震災のあった年に逝去されており、もはや追跡の手段は断たれた。
 初出誌の記載は巻末にあるので、すくなくとも太平洋戦争が開戦した年からケネディ大統領が暗殺された年まで、断続的ながら筆を執って『三田文学』や第二次『近代文学』の誌面を飾ったことは確かめられる。
 が、著者の経歴は一切不明である。戦前に『三田文学』に寄稿しているところから慶應義塾大学の塾生乃至は塾員かと推察されるも、三田のメディアセンターにかれの消息を伝える資料はなにもなく、勿論塾員名簿にもその名は見当たらない(そも松田一谷なる名が本名かも不明だ)。同じ三田会の文学愛好家に訊ねてみても、わからぬ、という。国会図書館に問い合わせても結果は芳しからず。松田一谷名義の著書も、すくなくとも自分で調べ得た範囲ではない様子。
 いったいかれは何者だろう。まったく以て経歴不詳の文学者が、果たして近代以後どれだけあっただろうか。
 忘却の淵に沈んでけっして浮上することなき文学者というのが、たしかに存在する。その一方で、篤志家の慧眼と情熱と尽力によって救い出されて、散逸した作品が一巻にまとめられた幸運な文学者も、いる。生田耕作の握玩によってよみがえった山田和夫と山崎俊夫の如く──。
 ああ、松田一谷、汝はどこに……?◆

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第2630日目 〈果たしてホームズを脇にのけてまで観る必要もないのでは、と思うのだが……。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 毎年正月3が日はのんべんだらりと、シャーロック・ホームズのドラマを観て過ごすことにしているのだが、今年はどうもその慣習を自ら破る羽目になりそうだ。
 というのもそろそろHDの容量が怪しくなってきて、録画しっぱなしの番組を片端から観てゆかねばならぬ状況と相成ったためである。自業自得? うん、そうとしか言い様がない。
 正直なところをいえば、観ようと観まいとどちらにせよ、DVD-Rに焼いて保存となるのだけれどね。とはいえ、焼いたあとで観ようとしてもそれは絵に描いた餅以上に非現実的なことだから、やはりどうしても事前に観ておく必要があるのだ。
 で、毎年恒例のホームズ鑑賞を放棄してでも観ておかないとならぬドラマとは、いったい何か?
まぁ金田一耕助なんですけれど。これが古谷一行や石坂浩二ならまだしも、片岡鶴太郎の金田一耕助だからなぁ。正直なところ、過去30年に於いて金田一を演じた俳優のなかでこれ程魅力のない人もいない。
 なんか腹の底で悪巧みしていそうな、善人の面をかぶった卑怯者。これが片岡鶴太郎の金田一耕助を初めて観たときから今日に至るまで、変わることなき印象。かれの主演した金田一耕助シリーズは全8作あるけれど、どれを観てもその演技にわざとらしさとあざとさがあって、原作にあるような「人懐っこさ」を微塵も感じられないのだ。
 人の輪のなかに自然と入りこんでゆくことは困難でしょう、相手方は皆一様に警戒して口をつぐみ、疎んじ、挙げ句に誤解に基づいたリンチを喰らわすでしょうよ、片岡/金田一がコミュニティに入りこんできたら。疑わしさじゅうぶんですもん。
 でも観ておかないと、気分が悪いのですよ。それに横溝正史の魅力にどっぷり浸かるようになった昨年以降、映像化されて鑑賞する機会に恵まれた横溝作品にはすべて目を通すことを誓っているから、むかし観てそれっきりだった片岡/金田一もいちおう観ておこうと思うている次第。おまけに全8話、ってことも知らなかったからなぁ。
 片岡鶴太郎の金田一耕助が製作されることは、今後さすがにないだろう。製作されたとしても、観たくないです。が、先日放送された加藤シゲアキの『犬神家の一族』、あれは好かったな。ジャニタレの金田一かぁ、と正直馬鹿にしていたのですが、実際はこれがなかなかのお似合いで。1作だけじゃなんともいえないから、あと2作ぐらい──原作に可能な限り忠実に、と前置きした上で個人的には『女王蜂』と「貸しボート十三号」を観てみたいですね。
 古谷一行や石坂浩二、小野寺昭(想定外に適役だった!)に続く、21世紀の金田一耕助として期待したいのは、この加藤シゲアキと池松壮亮(この人の「貸しボート十三号」と「蝙蝠と蛞蝓」が観られたら、ファンとしては文句なしですね!)、そうして長谷川博己の3人ですね。桐谷健太やムロツヨシ、小栗旬の金田一耕助なんて実現したら悶絶するわ。でも、実はいちばん期待したいのは、やっぱり堂本剛であります──無理かなぁ。
 さて、つまらない片岡鶴太郎as金田一耕助を観てくるか……。催眠効果は抜群だろうな。◆

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第2629日目 〈グレン・グールド・プレイズ・フレデリック・ショパン〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 ちかごろはショパンのピアノ・ソナタ、就中第3番を聴く機会が多いのですが、ついでとばかりに自分の架蔵する音盤を検めたら、意外とこのポーランドの作曲家のCDが手薄なのに気附いた。
 おそらくはイディル・ビレットがNAXOSに録音した全集で満足できてしまっていたからでしょう。この全集には当時の自分の思い出がこびり付いていることも手伝って、ずっと座右にあってただの一度もその地位を陥落したことがない、稀有の音盤となっております。
 たしかずっと以前にこのあたりのことはエッセイに書いた覚えがあるので、今日はどうしてショパンのピアノ・ソナタを聴くに至ったのか、ちょっとその辺を短くも書いてみようと思います。
 すべてはシャンパンならぬグレン・グールドのせいなのです。
 じつは今夏に至るまで、グールドにショパンの録音があることを知らなかった。バッハとブラームス、シェーンベルクとヒンデミット、リヒャルト・シュトラウスぐらいでしたからね、購っては聴き、そうして処分することなく残り、CD棚の隅っこでいまも再び聴かれる機会を待っているのは。それにかれの著作や彼について書かれた本でも、グールドのショパン嫌いは触れられている。たしかにグールドとショパンの相性は悪そうだな、自分から探し求めて聴く機会を得ようとは思わないだろうな、というのが当時から抱いていた正直な気持ち。
 にもかかわらず、わたくしがちかごろショパンのピアノ・ソナタを専ら聴いているのは、これすべてグールド氏のせいなのである。
 なんとTSUTAYA某店にてそのアルバムを発見したのだ。もういちど、いいますね。TSUTAYAでグールド弾くショパンのアルバムを見附けたんです。そう、あのTSUTAYAです。これまでどのTSUTAYAでも見たことがなかったグレン・グールド・プレイズ・フレデリック・ショパンが、いやぁまさか……。
 もっとも、このTSUTAYA、他に較べてやたらジャズの在庫が充実しており、クラシックもどうしたわけかベートーヴェンの交響曲全集が3種類あって(全集だけでも事件なのに、それが3種類も!)、今夏以来週一で通い詰めています。まぁ、借りるのは殆どジャズなんですけれどね。あとはときどきボカロとアニメ、洋楽を。
 さて、こんな風に書いているのだから、お前はきっとグールドのショパンをもう借りたんだろう、ですって? 借りてiTunesに取りこんで、折に触れて聴いているんだろう、とな? 滅相もないですぜ、旦那(だれだ?)。気持ちはいつだって動いた。借りちゃおうかな、借りちゃえ! 殊最後の1枚がなかなか決まらないときは、安全パイの選択肢として手を伸ばしてカウンターまで運びかけたことも、実際に数回あった。が、結局わたくしはたいして悩みもせずにそれを手放し、他のCDを選んでセルフ・レジに足を向けたのだ。
 なぜか? きっとそのうちに自分の架蔵品として欲しくなるに相違ない、なる予感があったからだ。実際のところ、TSUTAYAを始めとするレンタル店であれ図書館であれ、これまで借りたCDの何枚かについては後日自分用に買い求めたことがあったのである。先日のヘンデル《メサイア》然り、ペーター・マークと都響のドヴォルザーク然り、ハービー・ハンコックの《ヘッド・ハンターズ》然り、ジェリー・マリガンのアルバム各種然り……。
 そうして時は流れて今日(昨日ですか)12月30日。庭の掃除と神棚の浄めを済ませ、お焚きあげのお札等を神社へ持ってゆき、松飾りを飾ったあと、夕方に差し掛かった時分だったが個人的なお出掛けをした途中で寄った某新古書店にて、数日前に見附けて買うを悩んでいたグールド弾くショパン:ピアノ・ソナタ第3番のCDを購入したのである。ついでにコルトーとルービンシュタイン、ポリーニのロ短調ソナタのCDも買ってきた(ルービンシュタインはアファナシエフのブラームス2枚と一緒に音盤連盟にて)。
 本稿を書きながらのBGMは、勿論あまり世評の芳しくないこのグールドのショパン。これを聴く前の耳均しに例のビレットとコルトー、ルービンシュタインを選び、いよいよ……。
 このときの感想は後日に譲るとしてグールドのショパン、偽りなくいえばさしたる異形のショパン、おぞましいショパンではなかった。グールドの個性が煌めくショパンであるのは間違いないが、これはこれでじゅうぶん「アリ」な演奏ではないのか……?
 名盤と呼ぶには異端かもしれない。言葉を連ねていえば──或るとき妙に聴きたくなって仕方がなくなる……記憶の底で眠っていたのがなにかの拍子に突然うごめき始め、すぐに欲求が満たされないと途端、落ち着きをなくしていても立ってもいられなくなる、そんな中毒症状を来す類の演奏だ。──モーツァルトやベートーヴェンも(わたくしにとっては)そうですが、今回の経験を踏まえるとショパンはそれ以上に中毒性の高い演奏だったのであります。
 こうなると、グールドにショパンの録音が他にないのが残念でなりません。ソナタ第2番《埋葬》やポロネーズあたりは「ぴったり」とはいわないまでも、化学反応を起こして面白い演奏になったと思うのだけれどなぁ。◆

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第2628日目 〈アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』に誤植(或いは誤訳)はないか?〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 「『カササギ殺人事件』の担当編集者TKです。2018年9月の刊行以来ご高評をいただいていました『カササギ殺人事件』が、上記の年末ミステリランキングすべてで1位に選出されました。」とは東京創元社のウェブマガジン「Webミステリーズ!」に寄せられた、当該書目の担当編集者による感謝の文章の冒頭部分(http://www.webmysteries.jp/archives/14221574.html)。
 わたくしもこの作品は実に愉しく読ませていただいた。クリスティ・ファン必読とかいう事前の触れこみも効いて、書店に並ぶや上下巻一緒に買い求めて数日後から読み始めた。朝の通勤電車はかならず寝ることとしているにもかかわらず、そのときばかりはバッチリ目を覚まして『カササギ殺人事件』を読み耽った。
 まだ上下巻の構成など知らずに読んでいたから(ネットの情報は意図して遠ざけて、目に触れぬようにしていたのだ)、上巻冒頭の現代に於ける「私」のモノローグと、アティカス・ピュントの活躍がどうリンクするのか、さっぱりわからぬうちに到着した上巻ラスト。そ、その続きはどうなるのか……!? と言葉にならぬ混乱を鎮めるため、あらかじめ持ち歩いていた下巻を開き、……またまた困惑……肝心のラストは「私」こと担当編集者の手許にも届けられていなかったのだ。
 そうして読了、とっても素晴らしいミステリを読んだ、という満足を胸に再び横溝正史読書マラソンを差異化したのだった……が!
 下巻に誤訳と思しき箇所がありませんか? この点が気に掛かり、当該ページ以後は物語に没入することがそう簡単ではなくなってしまったのだ。
 実はこの誤訳と思しき箇所について、わたくしの思い違いか、読みこみ不足ゆえかを確かめるべく、東京創元社の問合せフォームから質問のメールを送ったぐらいである。普段は重い腰をあげるのも面倒臭くてこうしたことは打っちゃっておくのだが、好きな作品でもあったのでどうしても疑問を解決しておきたかったのだ。こんなこと、『時計館の殺人』以来だ。
 ──
 『カササギ殺人事件』下巻P259の5-6行目、「(読み進めてゆくと)ふと気がつくと、左手側のページの方が右より少なくなっている」だが、ここで語り手であるスーザンが手にしているのは、原稿やゲラではなく刊行された書籍で、少なくなっている左手側のページは未読のページと考えられる。しかしながら、この訳文は誤りではないか──英国では日本と逆に書籍は活字横組みのため、左開きとなり、読み進めてゆくと既読ページは左手側に、未読ページは右手側にある。訳文通りのことが起きるのは、活字が縦に組まれる日本の場合だ。
 活字が横組みされた書籍を最初から読み進めていったとき、左手側のページは右より少なくなっているのではなく、逆に増えていなければ、おかしい。本作を原書にあたって確認したわけではないから、実際にこの訳文通りの原文となっていたら恥ずかしさに穴があったら入りたい気分。が、第7刷の時点で引用したままの文章ということは、おそらく誰も指摘されないまま今日に至っているのだろう。もしかして、わたくしの壮大なる読み間違い、認識違いなのだろうか? 訳者或いは担当編集者の側に、日本の読者が「左と右」で混乱したりしないように書き直しておきましょう、なる優しさに気附けなかったわたくしの愚かさなのだろうか──?
 問合せから1週間以上が経過して、担当編集者に確認する旨返信があったが、いまに至るまでなんの音沙汰もないので、おそらく出版社はマジメに対応する必要はない、とご判断されたと思しい。おそらく年が明けても、また何年経とうと担当編集者氏や翻訳者からの返信を、わたくしが拝受することはあるまい。
 というわけで、わたくしは本ブログの一編として、自分の疑問を文章にまとめて表明しておきたい。何年か経った頃に識者が丁寧にコメントを寄せてくださることを期待しつつ。むろん、東京創元社からのご返信があった場合は、本稿は読んだ時点から168時間以内に公開取りやめとすることをお約束する。既に差し替え原稿の用意は、できている。◆

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第2627日目 〈仕事納めです! 横溝正史『死仮面』を読んでいます。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 今日でようやく仕事納め。いやぁ、この1年は長かった。いろいろな別れに彩られた2018(平成30)年だったけれど、だいじょうぶ、来年はきっと再生とよみがえりに象徴される1年となるだろう。期待ではなく、実現のためにわたくしは力を尽くそう。進むべき道は、あるはずなのだ。
 と、厳粛なる雰囲気で始めた本稿だが、当然のことながら最後までこの調子でゆくつもりは、ない。自分を知る者は幸いである、どのような事態になろうとも、まぁきっとなんとかなるだろう、と楽観していられるから。
 ──さて、顧みるまでもなく今年は明けても暮れても横溝正史を読む日々が続いた。もっとも、中弛みして秋風の吹く頃からは海外のミステリに浮気して、古典と新作、双方の傑作に触れて驚喜しつつも横溝正史へ立ち帰るタイミングを模索していた。と、先日翻訳ミステリの大きな賞を受賞したアンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』を喜びと疑問のうちに読了したその瞬間だ、いまこそ立ち帰るに相応しい時、と心が大きく叫んだのは。
 そうしてわたくしは帰還した……ふしぎと飽きることのない横溝正史の探偵小説の世界に。現在は曰くある角川文庫版『死仮面』。再開第2弾の読書である(第1弾の栄を担ったのは短編集『金田一耕助の冒険』全2巻)。発表年代順に読みたいな、と思うていたらこの順番になったのだ。
 曰く、とは、戦後間もない時分に発表されたこの長編小説が久方ぶりに発掘されるも、しかし残念ながら連載第4回目がどこをどう捜索しても発見されず、仕方なく角川文庫版横溝正史シリーズの監修役を務めていた中島河太郎によって補筆・発売されたのが、他ならぬいまわたくしが読むヴァージョンだからだ。
 更なる説明を加えると、本作は後年発掘された連載第4回目を復元した完全版が、春陽文庫から発売された。当然絶版。それゆえもあり古本屋やネットオークション、どこであっても高値が付いていて、ちょっとわたくしの手に負えない金額となっている。
 そんなヴァージョンの話はさておき、この『死仮面』。帰りの電車のなかでしか読めない状況だったが、どうにか先も見えてきた。大掃除や追加の年賀状書きなどなどいろいろあるから確約はできぬが、明後日あたりで読了できるはず。
 古谷一行主演の<名探偵・金田一耕助>シリーズのなかでドラマ化されたのを観た記憶はあるが、どこまで原作に寄り添って製作されていたか、読書しながら記憶をすくいあげんと務めてみても、その成果ははかばかしくない。地下室や胸像の台座、複雑因果な家族関係、そんなあたりは覚えていても、その他の点はまるでさっぱり……。
 次の年の暮れ……今日から367日後と迫った大晦日までに果たして何冊の横溝正史を読むことができるだろう。幸いなのは、すくなくとも角川文庫から発売されたシリーズはその殆どすべてを蒐集し終えており、残すは行き付けの古本屋やネットオークションでいつでも全点が転がっているジュブナイル物を除けば、ほんの3,4冊だ。けっしてキキメに等しい書目でなく、可能な限り美本に近いものが欲しいから手に入っていないだけの話。稀覯に属する未入手本といえば『シナリオ・悪霊島』だが、正直な話、特に欲しいと思えぬ本の最右翼。著者自選の人形佐七シリーズ全3巻も綺麗な状態のものを、なんと1,000円に満たない金額で揃えられたしな……。
 まだまだ横溝正史読書マラソンは続く。聖書としばらくは並行して、続く。それをおそらく読者諸兄は気が向いたようにお披露目される読書感想文にて、知ることとなるだろう。◆

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第2626日目 〈よかった、どうやら間に合ったみたい。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 だいじょうぶかな? この第2626日目、更新できている……?
 眠くて眠くてたまらないから、今日はブログの更新を休みますね──とツイートしたのがだいたい20時間ぐらい前のこと。あれから朝になって会社に行って、ぽやぽや仕事して定時過ぎに帰宅して、いま……ふと思うた。短い原稿でも、中身のない原稿でも構わないので、これから書いて更新すればいいのじゃないか、と。その通りだった、午前2時更新に拘泥していたから、こうも簡単なことに気が付かなかったんだね。いやはやなんとも。
 この数日、会社帰りに最寄りのスターバックスへ寄って、「マカバイ記 一」のノートを書いています。まだ第3章の途中だけれど、なんとなく以前の<カン>やらなにやら、文章の運び方も含めて思い出してきた。じつはここに至るまで試行錯誤、書いては棄て、嗟嘆の溜息ばかりが出てしまい、正直なところ、リヴェンジは叶わないのではないか、と諦めていたのだ。覚悟を決めて重い腰をあげ、自分を追いこんでみたら、あら不思議、いつの間にやら毎日読んで書いて更新していたあの頃の感覚が甦ってきているではありませんか。
 現時点で書きあがっている「一マカ」の原稿は──未だモレスキンのページに書かれた第一稿と雖も──、まず<前夜>。続けて第1章と第2章、第3章の半分。聖書ダイジェスト(んんん? 汝、“ダイジェスト”なる言葉を定義してみよ)のあとにあった註釈やわたくしの感想、疑問点など書き連ねた部分は、いまの時点では箇条書きに過ぎないけれど、分量はともかくあまり労せずして書きあげられる予感しかしていない。「予感しかしていない」とはなんともポジティヴ、言葉を悪くすれば「脳天気」な発言だけれど、これぐらいの態度がいちばん間違いない気がしています。
 おそらくこの調子ならば、年明けすぐに旧約聖書続編唯一の歴史文学、「マカバイ記 一」を読み始めることができるに相違ありません。
 問題はそれまでどうするか、で……帰りの電車のなかでもこの点、倩考えていたのだが、明日28日は本稿と同じ調子の文章がお披露目されるだろう。が、幸いにして明日を以て仕事納めとなる(殆どの民間企業がそうじゃない?)。
 なにを意味するか? 多少夜更かししても支障はない、ということだ。これを更にいい換えれば、「マカバイ記 一」に先立って読んだ「ダニエル書」の内容のメモを書き改めた後、レジュメとして3日程に分けて公にする企みを実現できそうだ、ということ。他にあともう1編、福音書に登場する或る女性にまつわるエッセイも用意できている。
 ──明日をどうにか乗り越えれば、年明け早々に<前夜>さえお披露目できてしまえば、あとはひたすら1日1章の原則で機械的な、判で押したようなスケジュールを消化してゆけばいいだけの話だ。
 明日もこれぐらいの時間に更新できるように努めよう。◆

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第2625日目 〈「ダニエル書」が書かれたのって、いつ頃なんだろう?〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 旧約聖書<預言書>のパートに収録される第27の書物、「ダニエル書」。他の書物が概ね1種のカテゴリーへ分類されるのに対して、「ダニエル書」全12章は前半6章が歴史物語、後半6章が黙示文学という一風変わったスタイルを持つ。
 まぁ歴史物語はあまり固有名詞や史実、年代に拘泥することなく書かれた内容を愉しめばそれでよいのだけれど、黙示文学のパートはいろいろ含蓄多く調べること多く考えこまされるところ多く……つまり一筋縄ではいかないのである。
 読むのに難渋することがあるのは「ダニエル書」に限らず黙示文学の常だけれど(特に「エズラ記(ラテン語)」な)、いちばん大きな関心を寄せてしまうのが成立年代にまつわる事柄だ。毎日毎日、聖書読書ブログを書いていた頃からそうだったけれど、わたくしは書物の成立時期や著者、書かれた(編纂された)場所などについての揣摩臆測を巡らせるのが好きらしい。「ダニエル書」に即してそのあたりを述べてゆくと、──
 作中のダニエルが生きるのはバビロン捕囚期、所はバビロニアやメディア、アケメネス朝ぺルシアの王宮内である。が、わたくしは先程あまり固有名詞や史実、年代にとらわれずに読むが宜しかろ、と記した。ベルシャツァルをバビロニア王(ダニ5:1他)とするのは、かれが新バビロニア帝国最後の王ナボニドスの王子と雖も摂政として帝国の国政を司り、第3の王と呼ばれたこともあるから言葉の綾の範囲で収められようが、たとえばメディア王ダレイオス(ダニ6:1)とは誰であるか? それはバビロニアを倒してオリエントの覇権国家となったペルシアの王の名である……が、ダレイオス1世の登場は捕囚解放を宣言したキュロス1世よりも3代あとの為政者なのだった。
 むろん、すべての記述が時系列で進むとは決まっていないのだから、そのあたり、シャッフルされて編纂・編集されても別段問題はない。逆にいえばそれはダニエルの活躍期間の長さを必然的に物語ることとなり、想像を逞しうすればエルサレム帰還団の面々や後にかの地へ派遣されるエズラやネヘミヤとの面識ありやなしや、なんて考えてしまうのだね。
 それはともかく。
 そも実際のところ、ダニエルなる捕囚民が実在したかすら定かでない。それでもその名を冠した一風風変わりな書物は書かれ、編まれ、収められ、伝わった。──そうしてそこに「ダニエル書」の成立時期を示唆するヒントがある。
 「ダニエル書」はその後半、黙示文学のパートで数々の幻による未来予見を綴った。それはバビロニアが滅びてメディアが興り、ペルシアが覇権を握ってギリシアの前に倒れ、そのギリシアも分裂してそこからオリエントを揺るがす卑しむべき王が出現する、という内容だ(ダニ7-12)。
 卑しむべき王(卑劣な王、という方がより正しいように思われる)こそセレコウス朝シリアの王アンティオコス4世エピファネスだが、「ダニエル書」はその最後にかれの出現と暴虐をそれまでは見られなかった密度で精細に描いてみせる。第11-12章で描かれるのはセレコウス朝シリアとプトレマイオス朝エジプトの小競り合い、そうして汚される<麗しの地>エルサレムの様子……。つまりマカバイ戦争前夜の緊張した空気と防ぎようもない悪の侵攻が塗りこまれているのだ。
 ここで着目すべき点は、アンティオコス4世の数々の所業こそ記されているものの、その死については微塵も描写されていないことだろう。アンティオコス4世エピファネスの到来と所業はたしかに「ダニエル書」で予告されている。それらは「卑しむべき者」(ダニ11:21)と罵られるシリア王がしでかした数々の行いでもあるのだけれど、じつは「ダニエル書」のどこをどう読んでもアンティオコス4世の死は描かれていない。もし本書がシリア王の死後に書かれ、成立したならば、ダニエルが視た幻にそれはあったはずだ。
 人々──学者はそれゆえに本書の成立年代を斯く想定し、それは概ね受け入れられているようである……「ダニエル書」は前164年に成立した書物であったろう、と(加藤隆『旧約聖書の誕生』〔ちくま学芸文庫〕など)。第11-12章の出来事、そうしてそれ以前の第7-10章でダニエルが視た幻とその解読は、これから起こる出来事にまつわるものではなく、とってもちかい過去と現在進行形の出来事をむかしの人の幻に仮託して綴ったものだったのだ。現実と幻が重なり合う様子も至極もっともなお話だよね、うん。
 前164年……
 まず、アンティオコス4世が軍資確保のためペルシア遠征を決め、セレコウス朝の国事と王子の養育をリシウスに任せて出発した。リシウスは軍勢をまとめてユダ・マカバイ軍とイドマヤの地で激突したが、撤退を余儀なくされた。
 シリア軍がアンティオキアまで退いて体勢を立て直している間、ユダ・マカバイは兄弟や同志たちとエルサレムへ。かれらは荒廃した都と神殿、祭壇を見て嘆き、奮起し、汚辱にまみれた聖所/神殿を修繕して清め、焼き尽くす献げ物をささげて祭壇を新たに奉献した。「民の間には大きな喜びがあふれた。こうして異邦人から受けた恥辱は取り除かれたのである。」(一マカ4:58)
 神殿奉献と時を同じうしてユダたちは都に堅固な砦を高い城壁を築き、敵からの攻撃に備えた。遠征先でそれを聞いたアンティオコス4世エピファネスは種々の心労もあって倒れて寝こみ、回復することなくそのまま崩御した(一マカ6:16)。
 これらが前164年の出来事。シリア王の死がこの年のいつだったか伝えられてないけれど、「マカバイ記 一」の記述を信じれば、エルサレムで神殿奉献がされて以後、その年が暮れるまでのわずか数日のことだろう。「ダニエル書」がアンティオコス4世の所業について斯くも的確に述べてながらその死を暗示させる文言が、どこにも見当たらない事実。これぞ「ダニエル書」を前164年頃の成立と仮定させる、そうしてもっとも有力な説の背景である。
 ──「ダニエル書」内のエピソードの数々が捕囚時代の事どもとしながら実際は<現在>、just nowの出来事を語っていると知れば、「黙示文学」と呼ぶことに疑問を抱き、ささやかな抵抗を感じてしまうこと、なきにしもあらず。が、黙示文学が未来の予告と救済約束・信仰堅持を促すジャンルであるのを考え合わせれば、シリアの暴政・圧虐を伝えるのに加えて同朋への抗戦を求め訴え、やがて来たるべき勝利と民族の復権という希望を封じこめ、喧伝する──まさにプロパガンダだ──本書もまた、一種の「黙示文学」と呼んでよいだろうか。
 ちなみにユダたちによる神殿奉献は第148年第9の月、──キスレウの月──25日に行われた。つまり前164年12月25日である。そうして、「ユダとその兄弟たち、およびイスラエルの全会衆はこの祭壇奉献の日を、以後毎年同じ時期、キスレウの月の二十五日から八日間、喜びと楽しみをもって祝うことにした」由(一マカ4:59)。これがユダヤ教の「ハヌカ祭」の謂われである。◆

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第2624日目 〈ヴィンス・ガラルディ『スヌーピーのクリスマス』“A CHARLIE BROWN CHRISTMAS”を聴きました。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 アニメ『ピーナッツ』の音楽にジャズが使われていた。日本でも国内盤として3種か4種のアルバムが出ているが、うち1995年にリリースされた『スヌーピーのクリスマス』“A CHARLIE BROWN CHRISTMAS”は1965年、アメリカで初めて『ピーナッツ』がアニメ化された際のオリジナル・サウンド・トラックである。作曲は、西海岸で活躍していたピアニスト、ヴィンス・ガラルディ。
 ガラルディを起用したのは番組プロデューサーのリー・メンデルスンだった。父親譲りのジャズ・ファンだったメンデルスンは或る日、ラジオでガラルディの曲を聴いて、コミックとジャズの結婚という奇異にして卓越したアイディアを思いつき、……幸いにしてそのアイディアは成功し、番組の視聴層に大人まで取りこむ結果となった。
 『スヌーピーのクリスマス』に収まる12曲は、ガラルディのオリジナルに留まらず、民謡やクラシックの編曲(1曲のみオリジナル)で構成されている。マイ・フェイヴァリット、そうしてオススメは②〈ホワット・チャイルド・イズ・ジス(グリーンスリーヴス)〉と⑦〈スケーティング〉だ。
 〈ホワット・チャイルド・イズ・ジス(グリーンスリーヴス)〉はイギリス民謡、というよりもむしろレイフ・ヴォーン=ウィリアムズの管弦楽編曲で知られる“あの”〈グリーンスリーヴス〉をガラルディが、ピアノ・トリオ用に編曲したもの。原曲の持つ惻惻とした感じを残しながら、しっとりとして落ち着きのある、奥深い内容に仕上がっている。流れるように音を紡ぐピアノ、ピアノへ寄り添った繊細なタッチのドラム、屋台骨に徹したベース──元々ガラルディのこのトリオは個々の楽器が自己主張ではなく調和を専らとしたトリオのようで、そんな性格が〈ホワット・チャイルド・イズ・ジス(グリーンスリーヴス)〉を斯くも上品な演奏を実現させたのだろう。なおアルバムの最後にはアレンジをやや違くした〈グリーンスリーヴス〉が収められている。こちらも滋味のある演奏で、好ましい。
 コミックの『ピーナッツ』では冬になると、子供たちがスケートに興じる場面がしばしば登場する。〈スケーティング〉はその様子を音化したら斯くありなむ、てふ印象の曲だ。短いながら、聴き終えたときには心が喜びで満たされているような、そんな小品である。
 他にも①〈もみの木〉や⑪〈ザ・クリスマス・ソング〉などなど佳曲が目白押しなのだけれど、ガラルディのソロが存分に味わえる⑩〈エリーゼのために〉もなかなか良い演奏だ。ちょっと線を崩した、ロマンティックな香気を漂わせたにあふれた〈エリーゼのために〉、わたくしは好きだ。
 世にクリスマス・アルバムは沢山あるが、静かな一刻を過ごすに流したいとなれば、個人的には筆頭候補の1枚。◆

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第2623日目 〈ヘンデル《メサイア》;初めて出会った音盤が、最上の演奏であった……。/A.デイヴィス=トロント交響楽団による旧盤を聴いて。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 クリスマスに聴く機会の多い合唱曲の最右翼が、ヘンデルのオラトリオ《メサイア》。タイトルからお察しいただけるように、イエス・キリストの生涯を描いた作品であります。でもけっしてクリスマスに所以のある曲でもない。
 実はこの曲、わたくしをクラシック音楽に開眼させた作品の1つで、あとはホルストの《惑星》とワーグナーの《ヴァルキューレ》、ベートーヴェンの《第九》とシュトラウス一家のワルツ、と、ちょっと脈絡がありません。なかでもヘンデルは特異というてよい出会い方をしており、近所のレンタル店で偶然見附けて、わけもわからず借りて来て、強烈に印象に残った音盤だったのであります。
 演奏はアンドルー・デイヴィス=トロント交響楽団、キャスリーン・バトル(ソプラノ)、フローレンス・クィアー(アルト)、ジョン・エイラー(テノール)、サミュエル・ライミー(バリトン)、トロント・メンデルスゾーン合唱団、という布陣の2枚組CD、国内盤(EMI)。1986年12月22〜23日にカナダはオンタリオ市で録音された……時期的にライヴレコーディングかと思うたら、特になんの記述もない。カセットテープに録音してヘビーローテーション、たぶんいまでもそれはどこかにあるはずだが、見当たらない。
 見当たらないといえばつい先年に購入した、ずっと捜し歩いていた国内盤の全曲CDも、見附からない。筆を執るまでずっとCD棚を漁っていたのだが、不思議なことに行方不明。心当たりのある場所も捜索してみたけれど、捜し物は見附からない。捜し物はなんですか、見附けにくいものですか、と斉藤由貴の歌の一節が脳裏を過ぎることしばしばだったが、その度「そうだよ!」と合いの手を入れてみたりね。
 けっきょく国内盤の探索は諦めて、その数年前に購入していた輸入盤全曲を引っ張り出してきて、聴いています。
 《メサイア》には幾つかのヴァージョンがあって、そのどれもが最近では音として聴ける便利な時代になった。デイヴィス盤は作曲家ユージン・グーセンスがトーマス・ビーチャムに依頼されて編曲したヴァージョンを採用している由。さりながらこのデイヴィスの旧盤、グーセンス版へ全面的に依拠した演奏でもないらしい。
 でも、正直なところどんなヴァージョンの楽譜を用いていようと、あまり大した問題ではないのです。肝心なのは、デイヴィスによるこの演奏がすばらしく感動的で、他の録音を聴いてもここに立ち帰ってくるという事実。わたくしにとって《メサイア》演奏のマスターピースである、という動かしがたい事実なのであります。
 たまたま学生生活を御茶ノ水・神保町界隈で過ごしたせいで、講義のないときは中古レコード屋に日参、安いLPレコードを購っておりましたが、ベートーヴェンの交響曲やワーグナーのオペラ、ビル・エヴァンスとソニー・ロリンズ、ウィンダム・ヒルのアルバムと並んで、《メサイア》のLPも余程の価格でなければ時偶買いこんでいました。
 そんなことから《メサイア》をいろいろな人の指揮で、オーケストラで、ソリストと合唱団で、今日に至るまで聴いてきました。が、初めて聴く音盤に出会うと決まってドキドキワクワクするけれど、それはたいてい期待値が高すぎたがゆえの不完全燃焼で終わる。なかなかデイヴィス盤の感動を上書きする程の演奏とは、出会えないんですよね。
 わたくしが《メサイア》でいちばん好きなのは、第1部第12曲「ひとりのみどりごがわれらのために生まれた For unto us a Child is born…」という、「イザヤ書」第9章第5節(*)を基にした合唱なのですが、デイヴィス盤が軽やかななかにも優雅さと清らかさを湛えているのに対し、他の有名指揮者による<名盤>とされている演奏からこの曲を聴いてもなんだかなおざりな演奏で、惚れ惚れするような想いを抱くことができた試しがない。法悦をまるで感じない演奏の目白押しなのだ。ここさえ納得できる演奏であれば、それだけで一段上の遇し方をするのだが……つまり腰を据えて第1部第1曲から第3部第8曲まで通しで何度も聴いてみるのだが……大概は1度切りの通し視聴で終わる……われながら不幸な聴き方をしているな、と思うが時間は有限なのだ、すべての音楽に深々と淫してばかりはいられない。
 それにしても、有名な〈ハレルヤ〉ですが、1743年ロンドン公演時、時の国王ジョージ2世が途中で起立して観客もそれに倣い、爾来慣習となったてふ。史実でないというのが大勢とのことですが、さもありなん、と首肯させてしまう説得力を持った合唱であります。
 しかしながら、極東の島国である日本、人口のうちキリスト者の占める割合の多くないこの日本で、やはり同じように〈ハレルヤ〉コーラスになると、待ってました、とばかりに全員立ちあがるのはどうかと思いますな。同じ阿呆なら踊らにゃ損損、参加することに意義がある、とでもいわんばかりの勢いで総勢が立ちあがる光景は、まったく以て異様であります。節操がないというべきか、柔軟性が高いというべきか……或いはイヴェントとして愉しもうというのか……本来の趣旨からずれた慣習になんの疑問もなく迎合してしまえるのは、やはりクリスマスの魔力なのでしょうか。
 先祖の神を捨ててバビロニアやシリアの悪しき慣習を迎え入れることに抵抗なかったイスラエル/ユダヤの民と日本人は、あんがいと通じあうところがあるのかもしれませんね。
 ヘンデルは作曲の筆がなかなか進まないとき、部屋の天井の片隅を何時間も見あげていた。そんなエピソードを、図書館から借りた渡部恵一郎『大音楽家・人と作品15 ヘンデル』(音楽之友社)で読んだ記憶があります。それが事実であったか、確かめるためにも今度は自分のために古本屋で探し購い、これを頼りに《メサイア》以外は《水上の音楽》と《王宮の花火の音楽》、《合奏協奏曲》しか聴いたことのなかったヘンデル作品の録音を、しばらく追っ掛けてみようかな、併せて今回取り挙げた音盤のライナーノーツに載る英語歌詞はどの英語訳聖書に拠っているのか調べてみよう、と企てているクリスマス・イヴなのでした。◆

*「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。/ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。/権威が彼の肩にある。/その名は、「驚くべき指導者、力ある神/永遠の父、平和の君」と唱えられる。」(イザ9:5 新共同訳)
 Wikipediaは《メサイア》構成の項で第1部第12曲の出典を『イザヤ書』9:6とする。どの聖書に拠った記述であろうか? 手持ちの聖書を軒並み点検したが、ここを第9章第6節とするものは見つからなかった。当該項目を執筆した方がこれをお読みであれば、是非ご教示いただきたいのである。■

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第2622日目 〈気附きと夢見;<前夜>、を巡るエピソード〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 畏き明仁天皇の御代に於ける終の秋、みくらさんさんかはプーさんのぬいぐるみにしがみつかれて寝苦しい夜を過ごしていた。一刻、幻が浮かんで或る夢を見た。朝になってその夢を記録することとし、以下の如く書き起こした、──
 その夜、わたくしは幻を見た。夢のなかのわたくしは、とても大変なことに気附いた様子だった。聖書読書ノートブログにまつわる気附きである。傍観者のわたくしは夢のなかのわたくしに入りこんで、すべての思考と感情その他を共有した。そうしてそれが、実のところさして思案に暮れるまでもない懸念事項なのを知って腰が砕けた。
 かつては新しい書物を開くにあたり、水先案内というか誘いのような文章を<前夜>と題してお披露目していた。分量こそまちまちだったが、その主たる柱は、件の書物の(大雑把な)概略と特徴、著者と執筆年代・場所の4つで付随するようになにかしらの記述を添えたことであった。
 早い段階でこのスタイルは確立していたように思うのだが、ふとした拍子に検めてみたところ、分量や内容にまつわる不備、瑕疵を孕んだ<前夜>はなんと、旧約聖書の過半を占めていた。
 われらは頭を抱え、嗟嘆し、そうして対応を検討した。旧約読了後にブログ欠損部分を埋めるため読み直した「創世記」と「出エジプト記」、<前夜>を欠いていた「レビ記」を除けば、《預言書》へ至るまでの19の書物に、不備や瑕疵を見出すことになったのだから。
 われらは本ブログを愛している。大切にしている。慈しんでいる。誇りにしている。何人たりとも不可侵の領域である。なによりもここは、われら/わたくしの拠り所であり逃れ場であり、魂鎮める場所であり、墓標である。気が付いたとき、目に付いたときには修繕や改良を施す、ワーク・イン・プログレス(現在進行形の仕事)である。けっして完結することなき、……。
 それゆえにこそ、他との整合性を期す目的もあって、《モーセ五書》の「民数記」から「コヘレトの言葉」に至る各書、加えて「哀歌」について、<前夜>の補筆改訂──事実上の新稿執筆となるものもあるであろう──することを、検討の結果採択したのだった。
 そうすると次に浮上するのは、いつ書くか、いつお披露目するか、なのだが……なんの予定もなければ明日からだって構わない。が、喜ばしいことに予定はあるのだ。<前夜>の執筆とお披露目は、その予定をすべて消化したあとのお話。ゆえに、──
 「マカバイ記・一」と「エズラ記(ラテン語)」の再読・再ノートが終わったあとで旧約聖書各書の<前夜>に力を注ごう。「ダニエル書」に触発されて書いてみたいエッセイも4つあるから、具体的に<前夜>のお披露目時期はお答えしかねるが、今年度中にメドはつけたいものである。
 ……斯くしてわたくしはわたくしから離れて傍観者に戻った。
 件の夢にわたくしは憂い、悩み、発憤した。夢の記録を読み返し、夢のなかのわたくしの思考を改めてなぞって、補ってみた。そうしてこれは或る未来の予告であることを思い知ったのである。この文章を結ぶにあたり、最後にそれを書き添えておこう。わたくし曰く、──
 年内には「マカバイ記・一」前夜をお披露目できそうです。実現したらば、では、またそのときに。
 「こうして彼らはローマへ出向いていった。それはまことに長い道のりであった。」(一マカ8:19)
 「終わりまでお前の道を行き、憩いに入りなさい。」(ダニ12:13)◆

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第2621日目 〈かくて我、聖書読書へ立ち戻りけり。〉2/2 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 実は今年5月に第2619日目の原稿を、同10月に第2620日目の原稿を、それぞれ書いたのだけれど(※1)、そちらで吐露した種々の思い──「マカバイ記・一」と「エズラ記(ラテン語)」へ取り組む意思と「ダニエル書」への執着にいささかの変化もないことに、正直なところ自分でも意外と思うている。
 かつて「一マカ」に取り組んでいた時分、読書中か読了後だったか忘れてしまったけれど、その第1章の余白にわたくしはこう指示のメモを残したのだった。曰く、「マカバイ記読む前に「ダニエル書」、ハーレイP508-9(エジプトの、シリアの支配下、3独立の1世紀)へ目を通しておくこと」(ママ)と。
 もしかすると、「ダニエル書」を読み終えたあとになにかの資料で「マカバイ記・一」との関連を知り、あらかじめ斯く書き付けておいたのかもしれぬが、いまとなってはもはや確かめる術なぞどこにもない。
 註記しておくと、ハーレイとはヘンリー・H・ハーレイ著『聖書ハンドブック』(いのちのことば社)を指す。S.ヘルマン&W.クライバー『聖書ガイドブック』や岩波訳聖書、ティンデルの各巻他と一緒に繙く機会の多かった1冊である。中学生の頃から通っていまは閉店してしまうた古本屋の、いちばん上の棚に本書のむかしの版を見出して逡巡の挙げ句、翌週の日曜日、買いに行った思い出も併せてよみがえる1冊である。
 そのハーレイの著書のなかにある、ディアドコイ戦争後のパレスティナを巡る項目を読んでおけ、とメモはいうのだ。
 しかし残念ながら指示は──「ダニエル書」読後のものだとしたら──あまりその目的を果たさなかったようだ。もしその指示にちゃんと従っていたならば、「一マカ」のノートは矛盾や疑問点を内包したまま終わったりしなかっただろう。
 「ダニエル書」と「マカバイ記・一」はすこぶる密な関係性を持つ。「ダニエル書」の後半、第7章以下が黙示文学の領域に踏みこんだ、これから起こるであろう出来事の啓示になっていること、既に当該書の<前夜>に於いて触れているが、第11-12章はまさにマカバイ戦争前史ともいうべき内容なのだ。即ち、新バビロニアとペルシア両帝国の滅亡とアレキサンダー大王率いるギリシア王国の版図拡大、その拡大政策が王の崩御を以て事実上破綻、その後に勃発した後継者戦争とプトレマイオス朝エジプト/セレコウス朝シリアの盛衰、アンティオコス4世によるエルサレム占領と神殿冒瀆が、そこでは予告されている。
 ゆえにわたくしは「一マカ」第1章余白に斯く指示を残したのだった……。
 「一マカ」再読にあたって、では「ダニ」を如何に遇すべきか? むろん、それを読んでおくのはあらかじめ定められたことであるからともかくとして、問題となるのは、(かつてのような)「ダニ」のノートをこの度も作成するか否か──たといそれが後半、黙示文学の部分のみであったとしても──、なのだ。もうレジュメはモレスキンのなかにあるから、整理・推敲すればお披露目できるのだよなぁ。しかし、それって本当に必要なのかしらん。
 いずれにしても、「マカバイ記・一」に集中できるようになるのは「ダニエル書」に目を通したあとだ。では、本ブログが聖書読書ノートブログとして復活するのは、いつのことだろうか?
 希望的観測でしかないけれど、リハビリ期間も含めて今年中にはなんとか再びの第一歩を踏み出すことを目指したい。<前夜>さえお披露目してしまえば、あとは一瀉千里。
 晴れて聖書読書ノートブログが再開したその暁には、BGMとして、そうね、シベリウスの《伝説(エン・サガ)》Op.9を鳴り響かせようか、と考えている(※2)。読者諸兄よ、もう少し待っていて欲しい。◆

※1:本稿の第一稿は10月02日。
※2:ネーメ・ヤルヴィ=イェーデボリ交響楽団による演奏が、現時点での筆頭候補。□

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第2620日目 〈かくて我、聖書読書へ立ち戻りけり。〉1/2 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 今年になってから本ブログはもっぱら横溝正史の読書感想文をお披露目する場となり、しかし後半になると姿を消してゆき、とちゅうからは海外ミステリの感想文がいくつかそれに取って代わり、2ヶ月の断絶期間を経ていまに至る──。が、ここは本来、再三申したててきたように聖書読書ノートブログであったはず。加えて読書もノートも中途半端で終わってしまった「マカバイ記 一」と「エズラ記(ラテン語)」は後日の再挑戦を宣言し、面目躍如を期すつもりでいたはずだ。それらはご承知のように、未だ実現していない……。
 実現していない理由は単にこちらの怠惰ゆえ。聖書全巻を足掛け8年、実質7年を費やして読み終えて2年3ヶ月の歳月が経過してしまうと、気持ちは若干なりとも聖書から離れてしまうたがためそう易々とかつての如き姿勢で読書すること、資料を調べて下書きすること、こうしてMacに向かって原稿を書くこと、それら諸々を難儀に思うているのは否めぬ事実である。偶さか「一マカ」や「エズ・ラ」の再読書を行うとても資料や註釈書、研究書へ目を通しても記憶の薄欠に基づく理解不足や一知半解があるために、すぐに読書を中断して閉じた聖書を視界の外に押しやることも、実はよくあったことで。
 が、そろそろこの膠着状態を打破しなくてはならない<時>が近付いているのを、わたくしはこの身この心にひしひしと感じるようになっている(外圧、とまではいわないけれど、うん、まぁ似たような感じだね)。
 そのきっかけはなんだったろう──そうだ、第一手は今年1月に日本聖書協会の『旧約聖書続編スタディ版 新共同訳』を購入したことだった。昨年暮れにインターネットでこれのあることを知り、休み明けに電車に乗って現在では閉店してしまった書店で購い求めたのだった(読書に使っていた新共同訳聖書も同じ書店で、いまから約10年前に買ったんだよね)。
 また9月頃に神保町は駿河台下の大型新刊書店にて同じ日に引照附き/旧約聖書続編附き新共同訳と新改訳2017を購入したことや、その後図書館で秦剛平のユダヤ史の著作(捕囚解放からマカバイ戦争までの解説書)と聖書ブログ執筆中に多大な恩恵を賜ったS.ヘルマン&W.クライバーの別著を見附けて即座に借り出し読み耽ったこと、大きな要因は斯様なところだが、小さなところまで視野を広げればもっと多くの事柄が絡み合ってくるだろうが、とにかく種々様々な因子が相互に影響し合い、わたくしに作用し続け……遂に堰は破れたのだ。斯くしてみくらさんさんか、聖書読書に立ち戻りけり。
 でもそこに、実は落とし穴があった。「一マカ」の前に「ダニエル書」を読んでおく必要がある。すくなくともかつてのわたくしはその必要性を重く感じて、「ダニエル書」開巻の余白にその指示を書き付けた──のだが、「一マカ」へ実際に取り組む際は簡単に目を通すぐらいで「ダニエル書」を<読み返す>、<読み直す>ことはしなかった。面倒くさかった? 否、先へ進む気持ちが強すぎて、それを蔑ろにしてしまったのだ。おまけに「マカバイ記・一」、「エズラ記」や「ネヘミヤ記」以来の歴史書とあって興奮していたのだ……。いまになってかつての自分が書き付けた指示の意味をとく感じている次第である。
 ──と、ここでお知らせ。本日のエッセイは2部構成の予定であったが、諸般の事情により後半は明日のお披露目と相成った。どうか読者諸兄よ、ご寛恕の程を。◆

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第2619日目 〈前538年、捕囚のイスラエルは解放されて、“乳と蜜の流れる地”カナンへ帰還する。〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 更新停滞の本ブログのテコ入れを検討し、時に新稿披露を果たしてみるも、常に心の底で澱となって残り、なにかの拍子に表面へふわあっ、と浮かんできてしまうのは、「マカバイ記・一」と「エズラ記(ラテン語)」である。
 読解不十分、ノートに瑕疵頻出──足掛け8年に及ぶ聖書読書ノートのうち、旧約聖書続編に属す2書についてはかねてより再読書・再ノートを決意し、その旨ここで表明していた。が、ほぼ毎日続いた(ということに、ここではしておこう)読書ノートが恙なく終わった安堵か虚脱感か、とまれ一旦腰をおろしてしまうては、再びよっこらしょ、と立ちあがるのはちと難儀でな……。
 その状況に好転の兆候が見えたのは、今年になってからのこと。正月休みに『旧約聖書続編・スタディ版 新共同訳』(日本聖書協会)を購い、仕事や趣味の読書の合間合間に読んできた。この読書体験が積もり重なって、ちかごろは「一マカ」並びに「エズ・ラ」へ再び取り組む意欲が日毎に自分のなかで高まっているのを、わたくしは認めざるを得ないでいる。
 顧みれば旧約聖書続編を読んでいた当時、旧約・新約聖書のように幾つもの註釈書や参考文献を自分の周囲で見出すことはすこぶる難しく、ゆえに手探り状態で資料を探し、情報をつなぎ合わせ、思考を巡らせ推理を組み立て、解答という名の推論を導くより仕方ない部分が、多分にあった。旧約聖書続編のノートをぶじに終わらせられたのが、いまでもふしぎなくらいである。
 いやまったく、参考文献の殆ど皆無な点については本当に悩まされたな……。フランシスコ会訳に続編の書物が旧約聖書に組みこまれ、加えて簡単な補注が付されているなんてこと、当時は知らなかったもの。
 「マカバイ記」のような歴史書ならギリシア・ローマ或いはオリエント地方の資料をあたれば事足りたとはいえ、如何せん聖書に即した内容とは必ずしもいい難かったから隔靴搔痒の感は否めなかった。「エズラ記(ラテン語)」に至ってはもはやそれどころの話ではなく……。そうした意味で、件のスタディ版の登場は(個人的には)ちょっと遅きに失したのではないか、と嗟嘆してしまうのだ。むろん、勝手な言い草であるのはじゅうぶん承知。
 心残りを抱いているがそれと向き合うには及び腰であった、そろそろなんらかの結論を出さねばならない、と、そう思い思いしていた時分にスタディ版が登場、書店へ足を運んで瞥見し、わずかの逡巡を経て後購入へ踏み切り、浄机の上に開いて黙読してゆくうち、ふつふつと胸の底から期待と希望が頭をもたげてくるのを、いったいどうしてねじ伏せられよう……。
 ──いまはただ1日も早く読者諸兄の許へ「一マカ」と「エズ・ラ」の再読書ノートをお届けできるよう、これ努めたい。……まぁ、半信半疑で待っていてもらえると、うれしいです。◆

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第2618日目 〈蔵書処分への道〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 はい、みなさん、こんにちは。ちかごろすっかり筆無精になっている、本ブログの管理人──というかブログ主、みくらさんさんかです。聖書読書ブログがいちおうの完結を見てからこの方、Macを立ちあげるのも面倒臭くってねぇ、いやぁやんなっちゃいますよ……なんてポーズばかりのぼやきは脇に置いて。でも、聖書を読み終えてブログの更新が間遠になり始めて早……2年か、もう!
 本を読むのも映画(ドラマやアニメ含む)を観るのもすっかりペースが落ちた。ブログの毎日更新・毎週更新から離れた現在、それまで原稿書きに費やしていた退勤後の時間を、ではなにに使っているかといえば、どこへ寄り道することもなく帰宅して、家族団らんや独りの時間はもっぱら不動産投資の勉強とそちらのサイトを巡回していると、もう寝る時間である。
 不動産投資についてはこれをネタにまたエッセイ(らしきもの)を2、3編書くであろうからここでは触れないけれど、これに絡んで1つだけ私事を述べさせてもらえば、恥をさらしてでもいわれなき陰の糾弾を浴びてもそれでもなお会社に踏み留まっているのは、家族あることを別にすれば銀行の評価を上げるのと属性を綺麗にすることを第一として励んでいるからなのだ、というてあながち間違いではない。
 ところで今日は、つい先程遭遇した愕然とするような出来事について報告したいのだ。
 地元神奈川県に根を張る某大手書店の本店文具売り場で来年2019年の手帳を購入(毎年使っているメーカーの手帳だ)、それをリュックの、買い物した品物を入れておく用のポケットへ仕舞ったのね。そのときはなんに違和感もなかった。そうしてそのあと、ぷらぷら、毎度お馴染みなスターバックスに足を伸ばして、リュックのなかをごそごそ漁っていたのさ。そうしたらポケットのいちばん下、奥まったところに、買い物した覚えのないブックオフの袋が出てきた。
 おかしいな、たしかに今日ブで本は買ったけど、袋には入れてもらってないし、そも袋のなかの本はどう触っても文庫本だ。厚みはそれなりにあるけれど、1冊ものではない、何冊かそこには入っている。なんやねんこれ、って開けてみたら、目を疑う光景がそこにはあった……おお、ナイアーラソテップ! 這い寄る混沌!!
 ……ビニール袋のなかから背表紙を覗かせたのは、五木寛之『百寺巡礼 第一巻 奈良編』(講談社文庫)と江戸川乱歩他による合作小説『五階の窓』と『江川蘭子』(春陽堂文庫)だったのだ。お値段、〆て316円也……なんとまぁ。
 なんとまぁ、といえば、これらを購入したのはちょうど1週間前だ。買ったのは覚えているけれど、まさかリュックのなかで保管されていたとは、さすがに思いもよらなかったよ。されど否み難きこの事実には反省せざるを得ぬ。しかも五木寛之の本は既に同じ巻を所有し、端っことはいえいまも机にちゃんと載っているのだ
 そこでわたくし、みくらさんさんかは溜め息交じりに考えた。今後二度とこのような事件が再発せぬよう対策を講じるべきだ、と。自分がなにを持っているのか把握しよう、と。これはなにも本にのみ適用される話ではない。CDに於いても、服に於いても然りだ。把握すべきは「なにを持っているか」だけではない、「それがどこにあるのか」もわかっていなくてはならない。
 余談だが10年近く前か、その頃に書いた掌編小説(事実上、現時点でわたくしが書いて完成させた最後の小説)、題して『美しき図書館司書の失踪事件』の原稿がいつの間にやら行方不明になっており、いまも捜索中だが発掘発見される様子はない。どこかに紛れこんでいるはずなのだが……。
 閑話休題。
 そうした意味では、「それがどこにあるのか」を把握する方が喫緊の課題かもしれません。
 しかし、把握するためにはまずなにから手を着ければよいか。勿論考えるまでもなく不要品の選別と処分である。が、言うは易く行うは難し、という言葉が古来よりこの国にはある。選別、処分、いずれについてもその言葉がずしり、と肩に、気持ちにのしかかり、始める前からわたくしに溜め息をつかせる。やれやれ。思うようには進まぬ作業なんだよ。
 ああ、本、本、本……。それは生涯の友であり、同時に不倶戴天の敵。愛惜一入ながら憎々しいことこの上ない──或る意味でこれらの形容と本はきっと同義語なのだろう。
 処分する? 残しておく? その基準は極めて曖昧だ。なによりも1冊1冊にこめられた想いは様々なのだから。未読で溜まっている本ばかりなら幾らか負担も少なかろう。選別だって考えこむことはあれど迷いに惑わされて決着がつかぬことは殆どなく、古本屋行きのダンボール箱に本を移すその手も比較的軽やかで、作業はすいすい進むことだろうから(経験に基づく)。
 が、やはり厄介なのは既読の本、愛着ある本、研究や資料として集まってきた本、加えてレア本である。これらは1冊ごとに読んだてふ想いが、記憶が、思い出が、痕跡が、拭いがたいぐらいに刻みこまれているのだから。それだけに、残すか否か、の裁判は長期化し、膠着状態に陥り、なかば放り出すようになかば投げやりに、おそらくは残す方の山に重ねられて、そうして再び無間地獄の如き修羅道を果てしなく歩くことになるわけだ。こうなった身に<断捨離>も<ミニマル生活>も、もはや無縁。<ときめかないモノは棄てましょう>に至っては世迷い言の極北である。え、言い過ぎ? うん、そうかもね。
 話は横道にそれたが、結局は愛着ある本は残し、愛好する作家・ジャンルは残し、研究・理解の名目で集まってきた本は概ね残す、という、ちゃぶ台を引っ繰り返してまた元に戻すような羽目になる。これを<元の木阿弥>っていうのかなん。いったい作業の意味はあったのか、と自問したくなりますよ。それで答えが返ってくることはまずない、っていうね。
 だってねぇ……。(しかたないじゃん、という台詞をみくらさんさんかはどうにかこうにか吞みこんだ)好きな本からは、刺激されたり慰められたり、ヒントを与えられたり回答/解答を得たりしたいもの。だから捨てられないんだよ。スティーヴン・キングや怪奇幻想のジャンルを処分する? 冗談ではない、それは絶対に無理だ。断言したっていい。過去に1度、愚かにも実行して深く深く、途轍もなく大きく後悔して悲しみに暮れた挙げ句にその後、処分したうち9割8分の本は買い戻してきたもの。そんな経験があるから、絶対に捨てられない。
 トールキン、リチャード・アダムス、C.S.ルイス、ローリング、スタインベック。かれらの本も捨てられない。火事後の自分を慰め、支え、励ましてくれたのだから。あのときの、「こんなことになってしまって、これからいったいどうやって生きてゆけばいいんだろう?」という気持ち、それまで当たり前のようにあってこれからも当然のようにあり続けると思うていた現実──生活や人が、その日を境に永久に奪われてしまった哀しみや嘆き、そのあとに襲い来たった虚しさと鉛の衣をかぶったような重苦しさetc,etc.そんな日々をどうにか生き抜くことができたのは、踏み外すことなく道に留まったまま前へ歩き続けることができたのは、人々の献身と優しさに救われたのみならず、わずかに現実を忘れて立ち帰る強さを与えてくれたこれらの本のお陰なのだ。回復とは取り戻すこと、曇りのない視野を取り戻すことである、とはトールキンのエッセイの一節である。これを本当の言葉と知ったのは、火事後の読書であったことを言い添えておきたい。
 架蔵する英国古典ミステリ──特にドイルとクリスティ、セイヤーズ──と米国はロストジェネレーションの作家たち──特にヘミングウェイとスコット=フィッツジェラルド──、長短濃淡の差違こそあれ愛読してきた近代以後の日本の作家たち──リストが長くなること必至のため割愛──も、やはり同様に。
 また、生田耕作先生や平井呈一の著訳書。これらは糧に等しいので謝って処分されるようなことあらばきっとわたくしはどうかしてしまうだろう。
 作品のみ、シリーズのみとなればここへ加えるべきものは膨大となり、即ち残す本のリストは肥大の一途を辿るばかりだ。いやはやなんとも、頭を振るよりない顛末ダネ! なんのための処分蔵書の検討やねん。呵々。
 ……いや、呵々ではない。自嘲している場合じゃないのだ。されど解決策として見出したプランはいずれも帯に短し襷に長し。望みをかなえてくれる解決法など、そう滅多にあるものではない、とは勿論百も承知なのだが……。
 まずは書籍購入を控えに控え(抑えに抑え、とも)、蔵書数がこれ以上増えないうちに<残す本>を選別し、<所蔵先>を検討するが急務。もう人生も折り返し点を過ぎたのだ。わたくしに渡部昇一のような真似はできない。新たに読める本も、読み返す(読み返せる)本も、けっして多くはない。荷物が沢山だと身動きが鈍くなり、あとに遺された者が苦労する。もうわたくしは自分が持っている多くのモノを捨ててゆかなくてはならない年齢なのだ。
 斯く嘆息して窓外を見れば、街はもうクリスマスの景色である。恋人、夫婦、家族が、街路を往来している。もうそんな季節なのだ。いろいろな人が、いろいろな光景が、いろいろな想いが、現れては消えてゆく……嗚呼!
 しかしわたくしは進まなくてはならない。前に、前に、進むべき道を切り拓いて。
 今年中には収益物件購入と蔵書処分のメドは付けたいなぁ。◆

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第2617日目 〈おかえり、ATOK! ようやくブログを再開させられるよ!!〉 [聖書読書ノートブログ、再開への道]

 まず始めにお伝えしておきたいことがある。わたくしが日常、Macで文章を作成する際の日本語変換ソフトは、ATOK for Mac 2013であった。また、その時点でMacのOS(macOS)はMojaveである。
 と前置きして、今回のお話をさせていただこう。
 ──キーボードを叩いて任意の文章を一節、なんでもいいから入力しよう。次の作業は「変換」だ。たとえば、「グレン・グールド弾くショパンのピアノ・ソナタ第3番。」なる文章を打ったとする。たとい最初の変換時はちょいとおかしくっても、文節ごとにカーソル移動させて変換させてゆけば、或いは変換する単語の範囲を矢印キーで指定してやれば、上記のような正しい、すくなくとも意味の通じる文章には仕上げることが可能だ。
 ……が! 今回わたくしが見舞われたトラブルは、そんな程度では解決しない類のものだったのだ。のっけから「ぐれん」は「愚聯」と変換された。なんだ、その変換は!? と仰け反ること必至の誤変換。
 ATOKともあろうものが、醜態をさらすものじゃ……そう口のなかで呟きつつ、しかし「愚聯」ってどんな意味だよ、まったく、とぼやいてみる。そうして単語として認識・変換された「愚聯」を正しいものに検めるべく、スペースキーを数回叩いて「グレン」を選ぼうと……すると、それが消えた。「ぐれん」という単語そのものが目の前から、開かれたノートから、ぱっ、と消えた。
 茫然自失? どのような言葉を与えようと、目を疑ったのは事実である。いまの現象は果たしてなんだったのか──? そうして気を取り直して、キーボードに向かって文章をひねり変換するけれど、同じ現象に見舞われるだけだった。
 1つの文章を入力して、正しい文章と用字に検めて、次の文章でも同じ作業を行い、1個の作品ができあがるまで同じ作業を延々と繰り返す。そんな当たり前の作業ができない事態が、いよいよ到来したのである。幾つもある変換候補のうち、常に最初に変換された用字で正しいならばストレスもないのだが、そんなことがあるはずない。
 そんな、徐々にストレスが溜まってゆく日々が続いたがふと思い立って、ジャストシステムのHPを覗きに行って、愕然とする事実を突き付けられた──あなたの使っているATOK2013 for Macは、macOS/Mojaveでは動作対象外なのであしからず(※1)──。おお、なんてこったい!?
 遂に日本語変換ソフトを、暫定的な決定ではあるが、ATOKから他へ移さねばならない日が来たのである。ところが新たに乗り換えたソフトはATOK以上の<わろ>で、まるで使い物にならぬ。敢えて名は伏すが、日本語変換ソフトとしての能力は頭を抱えてしまうぐらいのレヴェル。その変換ソフトへは早々に三行半を叩きつけることとなり、その後も3つばかり他の日本語変換ソフトを試してみたが(勿論、すべてApp Storeで無料のアプリだ)、どれもこれも学習能力のない容量ばかり一丁前に占拠する無能の衆。
 結局ATOKに戻るのか、とジャストシステムの偉大さを実感しつつ紆余曲折の後、給料日の翌日に恙なく家電量販店にてATOK2017 for Macを購入(データ上は在庫があるのに売り場にない=入荷したばかりだったため、店員さんが取りに走ったというハプニングはあったと雖も)。
 帰宅後、iMacとMacBookAirへそれぞれインストールを完了させ、またATOK2013に辞書登録していた単語類の引き継ぎも済ませていま、こうして日曜日の夜に本稿を綴っている次第(※2)。顧みれば、macOSをアップデートしてATOKが動作対象外と判明する直前からこの方、満足に原稿を完結させたことは、ない。胸を張っていえる。
 いやぁ、しかし、いいですよ、やはり、ATOKは。日本語を熟知した会社が提供するだけのことはある。明解にして正確、かつ快適な日本語変換環境(ん、まぁそんな感じ)は他に比肩するものなき唯一無二の存在。日本語変換ソフトとして、もはやATOKは「一強」というだに相応しい。
 さて。
 斯様にして従前と同じ、否、もっと優れた環境を手にしたわたくしが為すべきは、ずっと前から言い続けて実行できていなかった、たった一つの約束を果たすこと。即ち、旧約聖書続編「マカバイ記 一」と「エズラ記(ラテン語)」の再読・再ノート……それ以外になにか宣言していたことって、あったかな? わたくしにはとんと覚えがないのだが……えへ。
 冗談はさておき、年明け早々にも開始する「マカバイ記・一」について、一言。これの読書を始めるにあたって自らに課していたのが、「ダニエル書」の再読だったがこちらはもう仲秋から晩秋の頃に済ませており、不完全ながらレジュメも作成済み。このレジュメをお披露目するか悩ましいところだけれど、まぁ年明けからの聖書読書ノートブログの再開はお約束できそうである。
 もしここに1つ、悩みどころがあるとすれば……そうさな……、読書に用いるのが新共同訳か、今月出版された約30年ぶりの新しい日本語訳聖書;聖書協会共同訳か、っていうあたりかな。これがなかなか頭を悩ませる問題で本稿を書いているいまも視界の端にあって折節ページを開いては「どっちで読もうかなぁ」と嘆息しているところ。多分に自分の怠慢ゆえということもあるのだが、そうして12月に刊行されると事前にわかっていたことはいえ、読書ノートブログの再開と聖書協会共同訳の出版のタイミングが重なるとはなぁ……。good grief.
 いやぁ、でもATOKを新しくしただけで斯くも最大級の懸念事項がにわかに具体的に動き始めるとは、思いもよりませんでしたよ。
 MacへのATOKの帰還、それは即ちブログ再開の目処が立ったことも意味する慶賀であった。けっして大仰な発言ではないことを、読者諸兄にはおわかりいただけることと信じる。──歌おう、感電する程の歓びをっ!!◆

※1:https://www.justsystems.com/jp/os/macosx/
※2:そうはいってもこの第2稿は月曜日の夜に書いているんですけれどね。てへ。■

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