第3760日目 〈病床からのレポート──2024年01月25日篇〉 [日々の思い・独り言]

 なんだかずいぶんとおひさしぶりの更新になった。パソコンを立ちあげるだけの体力も気力も失われて、伸ばし伸ばしになってしまっていた。外に特に意味や理由はない。幸か不幸か。
 脱毛、食欲不振、排尿量の激減、37度台後半から39度台前半を行き来する体温、その他諸々。これまで経験したことのないような出来事が、時間差でわたくしを襲う。体力と気力をどんどん奪ってゆく。悪夢にうなされる。これまでの人生のツケを払わされているような錯覚さえ抱く。いや、警察のお世話になるような悪さをしでかした過去があるわけじゃあ、ないけれど。
 最近、死者の夢を見る。これは、悪夢ではない。身内だけでなく親戚や友人、知人が、訪れたことのないような場所で、わたくしと朗らかに談笑し、逍遙したりゴルフや釣りに興じたりして、刹那の幸せの時間を過ごす。愛しい死者と夢のなかで出逢うのは、高熱に魘されてではあるまい。心の奥底で無意識に、かれらと逢うことを願ってやまなかったからだろう。そう信じる。でも不思議とあの子は夢に出てこない。
 正直なところ、毎日が辛い。なんの痛みや苦しみとも無縁でいられる日なんて、ここ一週間を顧みてもとんと記憶にない。穏やかな日が最後にわたくしに訪れたのは、いつであったかしら。むろん細切れの時間であれば、静穏な時間を過ごすことも平均2時間くらいはある。いい換えればそんなときくらいなのだ、落ち着いて読書や書き物に励むことができるのは。

 ──次の更新はいつか? わからない。退院日さえ未定である。
 更なる内服や点滴、検査等がわたくしの日常を狂わせる。医療用麻薬が投与されている状態でもあるからいつだって意識が鮮明でいられるわけではない(わたくし個人の感覚で、斯く申し上げる。みながみな、そういう状態であるのではないことを、読者諸兄には正しくご理解いただけることを切に祈る)。まぁ、時々ディック紛いのイカレポンチな世界の夢も見るけどな。
 いつものように脳ミソが〈書く〉ことへ意識を向け出して、倩冒頭の一文や全体像を描けるようになったときは、Mac Book Airを立ちあげてキーボードを叩いてお披露目できるような文章を綴ってお披露目できるようにしよう。なんというてもいまは、これ(本ブログ)だけがわたくしの生存報告でもあるのだから。
 ちゃお!◆

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第3759日目 〈病床からのレポート──2024年01月16日篇〉 [日々の思い・独り言]

 化学療法の負の側面と、点滴にまつわる不安と恐怖で過ごした一日であった。絶望を一瞬でも感じた日は、入院以来正直なところ無かった。今日はそれを感じた点で、稀少なる一日にもなった……前向きに言っているつもりだが、心中穏やかならざることはお察しいただけまいか?
 負の側面とは?
 不安と恐怖とは? 
 あまりに生々しく、打ちのめされるような現実である。告白療法は無効であろう。斯く判断する。逃げているのではなく、もうすこしだけ、向き合う時間が欲しいのである。ただうっすらとした過去の記憶が、二冊の本の内容を呼び起こしてくる。〈チャーリー・ブラウンとビーグル犬スヌーピー〉シリーズのスピンオフと、アメリカのティーンエイジャーをメイン層にした安手のロマンス小説だ。……咨、確かにいまの自分と似通った部分はある。ぼんやりとした意識であっても首肯できる程には。退院できたら、さっそく書架を漁って探してみよう。

 それはさておき、シェイクスピアも当面の用事は済ませたので(突破口を開くこと!)、もう頭を使った作業は遠ざけることに決めた。純粋に読書を愉しむ方へシフトしたのだ。
 まずはキングの『異能機関』を読み始めた。読み始めた一昨日は快調に20ページ近く読めたのが、昨日今日は合わせて10ページになるかどうかの量、と来ては、もどかしいにも程がある。
 だって、キングですよ? 面白くてすいすいページを繰る指が止まらぬが当たり前ではないか。神様から下々へ与えられた福音の物語ですよ? 読み耽って当然ではないか。なのに、まぁなんという……。
 戦犯捜しは趣味でないから止めよう。しかし、わたくしはめげない。立ち止まるわけにはいかないのだ。悲しいことにわれら人間は有限の命の民なのだ。
 明日は『異能機関』の下巻を持ってきてもらう。正月休みに読もうと決めこんで買ったままなアーサー・マッケンの『自伝』と、モチベーション維持に必要な荒俣宏のこれまた『自伝』と平井呈一の年譜と作品集も。
 中村真一郎は40代の頃であったのか、神経症かなにかに悩まされて、医師から長いものを読んで療養せい、と言われた。そのとき中村が選んだのが江戸漢詩を多量に漁読、あげくには頼山陽の日記をひたすら読むことに相成って、名著『頼山陽とその時代』を(病癒えたる後に)書いた。これは、学生時代からの愛読書の一つである。
 ……その顰みに倣うつもりではない。が、今のような状態であるとき、国内作家による取り柄のない小説を読むのは却って症状を悪化させるだけだ。事実をだらだら綴った読み物の方が、余程気持ち良い時間を過ごせる。
 マッケンや荒俣をお願いした裏の事情でもある。
 
 と、もう消灯時間を過ぎている。個室とはいえ、それはいけないことだ。
 かなり中途半端であるが、擱筆とする。いちども読み返さずに来たが、いつものことだ。
 それではまた、次回!◆
2024年01月16日 22時08分

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第3758日目 〈病床からのレポート──2024年01月15日篇〉 [日々の思い・独り言]

 題材;案

 本稿で、北国中原街道の女将について書く。
 本稿で、近江の大人(実話怪談作家)について書く。

 共に顕彰。出会えたことの感謝と、その後のわたくしの人生に与えられた潤い。
 生あるうちに。◆

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第3757日目 〈病床からのレポート──2024年01月11日篇。〉 [日々の思い・独り言]

 退院日がどんどん遠くなっている。個室に閉じこめられて窓の外を見ていると、ラプンツェルやクラリスは、或いはアナスタシアはどうやって日々の憂さをやり過ごしていたか、疑問が浮かぶ。見えぬ所に侍従や監視役を置かれている彼女たちは、視点を換えればいまのわたくしと同じでないか。
 入院して十日以上になる。症状は一進一退、痛む部位も痛みのレヴェルも、時々刻々と変化する。これから自分は、いったいどうなってしまうのか。不安は尽きぬ。
 とはいえ、悪いことばかりでもない。支えてくれる人たちにはこちらの都合が優先するゆえに甚だご迷惑をお掛けしている部分もあるが、これもまた視点を変えれば、これまで取り掛かることのできなかった積み残したあれやこれやを片附けていく機会にもなるのに気がついた。
 なにより喜ばしいのは、末端神経にまで喰いこんでなかなかその全部を払拭できなかった腫瘍……毒素を完全追放する好機が得られたことだ。
 本来ならばもっと以前に、この作業には取り掛かるべきだった。わたくしを壊し続けた諸悪の源を根絶できなかったのは、意志の弱さの表れだ。が、いまはもう違う。いろいろな要因が積み重なって、根絶の機会を得た。そうしてそれは殊の外簡単に片附いて、その効果を少しずつ実感している。これがなによりの慶事。

 いまは、痛みと闘いながらも懸念事項が一つ、取り払われた清々しさを味わいながら、シェイクスピア『ヘンリー六世』読書ノートに向けたメモを、乱れた字でモレスキンに書きこんでいる。きちんと読みこもう。歴史的背景についてもうすこし詳細な情報が欲しい。そうなると、途端に病室は書庫と化すから、むろんこれは避けるとしても、却って一冊の本からどこまで情報を引き出し、綜合させることができるか、考えを巡らすことも可能なのだ。
 ただ、勿論、こればかり読んでいるのではない。わたくしは研究者でもなんでもないのだ。キング『小説作法』を読んで感じるところあればそこだけ反復したり、ページの端を折ったりしている。
 その傍らで「ヨブ記」〈前夜〉を忘れているわけでもない。現在のわたくしを見舞う痛み、苦しみは、まさしくウツのヨブが経験したと大差ない。聖書の人物を自分へ限りなく引き寄せようとすると、ほんのわずかの(表面上の)共通点に縋り、そこから発想や思考を広げて深めるしかないのだ。エレミヤが、そうだった。烏滸がましくも、イエスがそうだった。
 このように持病の悪化であれ、理不尽に突然襲いかかった肉体への不幸であれ、人はほんのわずかでも己と共通する点を持った人物に希望を託し、また、その姿に慰めを見出すのである。
 とはいえ、日々のルーティン作業とするに如くはない。要するに、どこかで飽きてくるのだ。同じことをやっていると、体に負担がかかってしまう。寝っ転がって気儘に読書ができれば良いけれど、痛みが集中するのは背中から腰、両脇腹である。そんな格好で一定時間を読書に耽るのは、案外と苦行なのである。それにしても気分転換に、小説読みたいなぁ。◆

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第3756日目 〈病床からのレポート──2024年1月5日編〉 [日々の思い・独り言]

 元日以来のお目通りとなります。みくらさんさんかです。

 本日入院計画書が作成されました。
 原因は、持病の一つである「慢性リンパ性白血病」の「急性憎悪」と診断。
 化学療法が金曜日から始まりました。
 さいわいと余命宣告が出る程では、ない(誰だ、舌打ちしたの?)。
 当面の間、体調優先で暮らすため、本ブログは不定期連載となります。ご承知置きの程を。

 それでも暇な時間はできてしまうので、特にテレビを視る趣味もないわたくしは、消灯までの二時間弱を使って、並木浩一『「ヨブ記註解』と井上神父のペトロ伝を読みます。◆

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第3755日目 〈病床からのレポート ──2024年01月01日篇。〉 [日々の思い・独り言]

 そうはいうても「レポート」の体は成さないことだけは、いまからはっきりわかっている。

 みくらさんさんかは令和6/2024年01月01日午前6時頃、かかりつけの病院へ緊急搬送された。例の、首の腫れから腰に至る背中の各部位に、これまでに記憶がない程尋常でない痛みを覚えたからだ。数時間は我慢したものの遂にそれも限界に達して、救急を頼ることにしたのである。午前05時20分頃か、119番通報をしたのは。
 10分くらいで地域救急が到着した。車内ではかかりつけの病院が受け入れできない場合、他へ行く可能性もあるといわれた。仕方のない話だ。時期が時期だからね。が、かかりつけの病院へ運んでほしかった。いちばん話がスムースに進み、自分のカルテもあり、なにより三が日明けには診察の予定が入っていたから。
 結論を述べればかかりつけの病院に上記の時間に到着して、しばらくは痛み止めの点滴をした。その間も痛みは絶え間なく襲いかかり、脇腹と背中の左側が殊に痛むとあってはおとなしく横になっていられようはずもなく、悲鳴と苦悶の声をあげながら(我慢できるレヴェルを越えていた)、時間を過ごし……脂汗がじんわりと頭皮に浮かんでからは首や背中にかけてひっきりなしに出てくるわ、吐き気を覚えて吐こうにもそのたび背中が痛むわ、……正直なところ、もう生きた心地がしなかった。
 それでもCTやレントゲン、心電図の検査を済ませて当直医の仰るには、確実に悪くなっている、と。いつ基準で「悪くなっている」なのか聞きそびれたけれど、前回クリスマスの時だとすればこの短期間で症状は斯くも悪化したことになる。看護師の方も、晦日の日からいまの痛みが続いている、というたら、よくそんなに我慢できたね、と同情の声(と捉えたい)をあげてくださった。
 その後、痛み止めの点滴が多少なりとも効いたのか、背中や腰の痛みは我慢できる程度まで落ち着いた。午前8時頃である、みなとみらいの眺めを横目にできる病棟の個室に移動したのは。これからの生活に不安を感じ、自分の痛みを冷静に分析しながら、時を過ごした。その間、病棟の看護師さんや、宿直の内科医の先生、薬剤師の方がお見えになり、検査や問診があった。民については、年末に処方された薬が効かなくなっているので新たにもう一種類、追加で出された。要するにわたくしは、朝昼晩就寝前と痛み止めの薬2種類を服むことになったのである。
 昼から普通のご飯が出たけれど、「食べたい」「食べなくては」と思いはするもののどうしても箸をつけられず、ご飯と果実の他はまったくというてよい程食べられなかった。逆に先程終えた夕食は、ご飯をはじめ魚や煮物などすべて食べられたのだから、内心安堵した部分が多々ある。
 また首の腫れの痛みが強くなってきたので、本稿はそろそろ擱筆とする。文意の通じぬ箇所幾つもあろうが、状況が状況ゆえご勘弁願えれば幸甚である。
 それにしても、元日から入院とはな……かかりつけの先生による診療がすべて終わって退院するまでと聞くから……あと何日ここのお世話になるのだろう? 母のみならず自分までとは。◆

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第3754日目 〈令和5/2023年 よかった本、がっかりな本、だめな本。 〉 [日々の思い・独り言]

 喪中のため新年の挨拶や「本年もどうぞ……」なんて元日のテンプレ文言は一切差し控える。
 
 タイムリミットが迫っている。買い物帰りに体を休めんと寄ったカフェ、今日は閉店時間が十七時と云々。執筆を企んでいた短文は、果たして残り三十分で書けるだろうか? 時間はない。go ahead.

 手帳に書き留めて可視化した所以もあるのか、顧みて2023年はやたらと本を読んでいた一年だった。その数はせいぜい二百冊(作)を少々超えるという程度だが、「今年の読書量は三六〇余冊でした、ぜんぶ(現代の軽い)小説です!」なんてTwitter(現X)の腐乱死体が臆面もなく述べ立てるものよりは中身で勝負できる書物ばかりであった、と自負できる。……咨、勿論このなかに仕事で必要になって目を通した本は一冊もない。お断りしておく。そんなもの、読書の筈あるか。
 で、そのなかから「よかった本」「がっかりな本」「だめな本」を数にこだわらず選んでゆくのだが、以下に挙げるのはあくまで現時点(12月31日 23時09分)でのセレクトであり、今日残りの時間で変化する可能性はじゅうぶんにあり得る。あらかじめ申し伝えておきたい。但しそれは「よかった本」に限った話。「がっかりな本」「だめな本」の変更はない、追加はあろうけれど。
 スティーヴン・キングとP.G.ウッドハウスの小説については敢えてリストから外した。「よかった本」に入るのは読む前から当然であり、また外すことで他の本に陽の目があたるのを優先したからだ。再読本も含めていない。なお、これはあくまで<読んだ本>であり、<出版された本>ではない、といわずもがなのことを言い添えておく。
 それでは以下、順不同で、──

 ○よかった本
 青木理  安倍三代  朝日文庫
 杉原泰雄  憲法読本 第4版  岩波ジュニア新書
 山本芳久  キリスト教の核心をよむ  NHK出版
 大田俊寛  一神教全史(上下)  河出新書  
 山本博文  歴史をつかむ技法  新潮新書
 清水加奈子  死別後シンドローム  時事通信社 
 三浦優祐・小野純一  アーカムハウスの本  書肆盛林堂
 G.K.チェスタトン (生地竹郎・訳)  聖トマス・アクィナス  ちくま学芸文庫
 ヘンリ・ナウエン (渡辺順子・訳)  傷ついた癒し人  日本キリスト教団出版局
 ナポレオン・ヒル (田中孝顕・訳)  思考は現実化する  きこ書房
 エーリッヒ・フロム (鈴木晶・訳)  愛するということ  紀伊國屋書店
 フラウィウス・ヨセフス (秦剛平・訳)  ユダヤ古代誌、ユダヤ戦記  ちくま学芸文庫
 スー・スチュアート・スミス (和田佐規子・訳)  庭仕事の真髄 老い・病・トラウマ・孤独を癒やす庭  築地書館
 ヨン=ヘンリ・ホルムベリ編 (ヘレンハルメ美穂他訳)  呼び出された男 スウェーデン・ミステリ傑作集  ハヤカワ・ミステリ
 Jake Ronaldson  The Gandhi Story  IBCパブリシング


 ○がっかりな本
 大崎梢  横濱エトランゼ  講談社文庫
 北村薫  遠い唇  角川文庫
 北村薫  雪月花  新潮文庫
 阿刀田高  ストーリーの迷宮  文春文庫
 綾辻行人  Another 2001(上下)  角川文庫
 ※これは、もう二度と読むことないだろう人たちのリストでもある。綾辻は『双子館の殺人』が最後になる。

 ○だめな本
 渡辺祐真・編  みんなで読む源氏物語  ハヤカワ新書

──以上。

 年が明けた。
 神社参道に面するわが家だが……咨、外うるせえ。◆

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