第2754日目 〈読書のための時間を考えよう。〉 [日々の思い・独り言]

 ようやく『晩年』が最後の1編を残すのみとなったことを、ここに謹んでご報告させていただきます。誰に、というツッコミまた質問は受け付けない。
 いやぁ、ここに辿り着くまで、本当に長かった。障り事あり暇を持て余す身なれど、かというて時間をたっぷり読書に使えるわけではなかった。目論見が甘かったね。種々の記録を読み返して「道化の華」あたりまでは順調であったことがわかる。失速したのはそれ以後、「猿面冠者」で躓き始めて「彼は昔の彼ならず」でピークに達し、そのままだらだらと日を過ごした。わたくしにとって定期的な外出とは、読書時間の確保と同義だったのだなぁ、と改めて思う
 これを正当化して「本はゆっくり読むのが肝要」と騒ぐこともできる。が、それは1冊に延べ時間を費やせばよい、ということでは勿論、ない。すべての本には読むにふさわしい時間、そうしてペースというものがある。
 現代語訳を作り、かつ卒業論文を並行させていたとはいえ、『古事記』は読了まで1年を費やした。スティーヴン・キングの『ダーク・タワー』シリーズ、新潮文庫版で何だ彼だで7ヶ月ぐらい掛かった、新共同訳聖書旧約聖書続編附きはブログ執筆とリンクして足掛け8年実質7年という歳月が、読了までに必要だった。いずれも妥当だと思う。
 が、しかし、である。流石に『晩年』に2ヶ月近くを費やしているのは、どうなのか。たとい定期的な外出と縁なき生活を強いられているとはいえ、もうすこし時間を有効に使う術を考慮し、意識を読書へ振り向ける努力をするべきではなかったか。家にいるとき、お前はいったいなにをしているのか、と強く問い詰めたいところだが、当然事情の一切を承知しているので振りあげた拳も行き場をなくして、押し黙るより他にない。伝記を読み耽っていた頃の中村真一郎に較べればわたくしの現状などものの数ではないかもしれぬが、とはいえわたくしにも言い分はあるのだ(自粛対象)。
 研究目的ではなく、趣味で読む『晩年』にこれだけの延べ時間を費やして読んだ人が、自分の他にいるとはあまり思えないのだが……。◆

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